2024/11/07 のログ
■緋月 >
「――――――。」
ハロウィンの催しで聞いていた事。
死後の世界の扉が開き、先祖の霊が戻って来るのだ、と。
まるで盆の日のような事だ、と思いながら聞いていた。
まさか、こんな形で「それ」を…恐らく本来とは違う形であろうとは言え、見る事になるとは。
生きているのは、流れる血のような髪のひとだけ。
他は、すべてが、「死」だ。
あの香りを嗅いだ事で予想はしていたが、実際に目にすると、少しとは言え、衝撃が来る。
だが、此処で立ち止まっている訳にもいかない。
幸いにも死者判別の力で、追いかける相手の姿がより明確になる。
後は、その姿を見失わないように追いかけるばかり。
気が付けば…人混みはいつの間にか失せていて。
少し狭そうな家に、血の髪の魔女は入っていく。
(いけない…!)
閉じられたら、見失ってしまう。
一度見失ったら、また見つけられるかが分からない。
ちょっとだけ、俊足の権能が失われたのが惜しかった。
――いや、あってもこの世界で発揮できるかは不明だけど。
兎も角、外套を靡かせながら、大急ぎで少女は駆ける。
扉が閉じる前に手を…かけるのは何だか無礼な気がしたけれど、この際どうこう言っていられない。
もし間に合わなかったら――
(……そう、確か、こう言えば良いんだったっけ。)
ハロウィンの日に家を訪ねる時はこう声をかけるものだ、と教えられた、魔法の言葉。
それが通じればいいのだが。
「と――――」
-Trick or Treat?-
■ノーフェイス >
――そういわれたら、こう応えるんだ。
「Happy Halloween!」
返ってきたのは、高い声だ。しかし、知っている声。
少女の目線より下からだ。
見上げる姿は、前髪も毛先も揃っていない金糸の髪。
長い前髪の隙間からは、海のような碧眼が輝いている。
年の頃、十歳ばかり。身の丈は140cmあるかないかの子供だった。
であるのに、まるで神の造形のように、美しい顔立ちを隠せていない。
磨かれる前の原石でありながら、現在へ続く確かな姿。
ノーフェイスと名乗っていた存在の幼少期であることは、疑いようがない。
「…………だれ?」
明らかな敵愾心が、あなたを見上げるその双眸に宿っていた。
知らない人を拒む、唸る子犬のような有り様だ。
両手に抱えたバスケットには、パンの耳のラスク。
砂糖でコーティングされた……お安い手製のお菓子。
■緋月 >
「――――。」
一瞬呆けていた。
金の髪に、海のような色の瞳。
知っている姿とは髪の色も目の色も、背丈や年齢まで違うのに。
それでも「あのひと」だと分かる顔立ち。
子供の頃のあのひとだ、と、すぐにわかってしまう程。
「え…あ、その、」
敵愾心を向けられれば、つい狼狽えてしまう。
この世界が何なのか、未だに確信は持てないが…目の前の子供は
「自分と出会う以前」の姿と記憶なのだと理解が及ぶ。
「――その、この時期はこうするのが作法だと聞きまして!
えと、私、遠い所から来たもので……東の彼方、で合ってますっけ…。」
ちょっと慌てながらそう返事。
残っている瞳の青白い炎を急いで掻き消しながら。
(…………。)
-優しくて、柔らかくて……幸せな時間-
-そんなもの、存在してなかったのにね-
つい先ほど聞いた言葉が耳に甦る。
自分の見ているものは「本来のかたち」なのか、「存在しないかたち」なのか。
(知らない人に警戒…というには厳しすぎますね。
こんな感情を向けて来るのは…幸せとは思い難いですけど。)
■ノーフェイス >
「…………………」
じい……。
平たくいえば、人見知りの子供だ。
知らない相手をすぐに信じない。信じてはいけない。
警戒心と敵愾心は、ともすれば臆病さの裏返し。
自信がない。
「SAMURAIだ…………」
あらかた観察して、少しだけ興味が出たらしい。
どうやら仮装した旅行客程度の認識のようだが。
そこで、不意に肩越しに振り向いた。
「……だってさ。入って?パパとママが、いいっていってる。
今晩はクラムチャウダーなの。■■■■の料理、ぜひ食べていってほしいって」
なにかが聴こえたらしい。
少しだけ、機嫌が上向いたようだった。
が、緋月の耳にはなにも聴こえていない。
「エレンも、東の彼方の話がききたいって」
扉を開いて、迎え入れた。
闇の奥。星空の奥。扉が閉まる――
■ノーフェイス >
扉を抜けた先は、浜辺だった。
家屋に入ったはずなのに、すぐ背後には、砂浜のうえにぽつんと閉じられた扉だけが立っている。
寄せては返す、静かな潮騒。
遠い水平線には鋭く細い弧月が浮かび、その周囲に眩しい星が。
そのなかに、ひとつ。ひとつだけ。
紅の星――大きい星が、きらきらと瞬きながら……少しずつ、その光を、鼓動を弱めていく。
「紹介するね!」
星空を映す海に、膝まで浸かった少女が両腕をひろげた。
「こっちがママで――こっちが、パパ。おまわりさんなんだよ」
自慢の家族を紹介する、満面の笑顔。
「それでね」
そして、目線を少し高く、傍らを見上げる。
「自慢の姉さんの、エレン。
それでわたしが……妹の、 。
……ね、サムライさんのお名前は?」
緋月が知る、ノーフェイスでも、紅音でもない名で名乗る少女は。
異常だった。
そこには遠く、どこにも続かない水平線と。
海のように世界を満たす、黒い水があるだけだ。
どこまでも、どこまでも、少女はひとりぼっちだ。
居もしない家族を、目線で追いかけ、身振り手振りで証明しようとする。
あまりに自然にやっているせいで、不気味ですらある一人遊び。
ありもしない幸せな情景を魅せる――星骸の、影響下に。
■緋月 >
「――――――。」
扉を抜けた先は、浜辺だった。
先程の小さな家からは、想像もつかない光景。
ひとつだけ、ひどく大きな赤い星が瞬く、夜空。
「――そう、ですか。」
少し、ぎこちない言葉。
うっかりすると…まるで、ひとりだけの舞台劇を見ているような気持ちになる。
浜辺の先、海だと思ったものは、海ではなかった。
空が暗いから、海に見えていただけ。
(これは、これが、聞いていた「黒い液体」…。)
確信と言えるものでもなかった。状況から見た、推測のようなもの。
少なくとも、膝まで深く浸かってしまった少女が、その影響を受けていないとは、とても思えない。
「私、ですか。
私の、名前、は――――。」
……ほんの少し。少しだけの躊躇。
(……後で、お叱りは受けます。)
その心の中での謝罪と共に、書生服姿の少女は己の名前を口にする。
■ノーフェイス >
「…………、……?」
その名を聴いた。
少女は不思議そうに、眼を見開いて、瞬かせた。
一度、くちのなかで反唱する。
「あれ……」
告げられた言葉を理解できなかったわけではない。
知らない文化の名に、引っ掛かりを覚えたわけでもない。
でも、それは――おかしい。
「なん、で……」
自分が、眼の前の少女を違う名前で認識していたことに気づいた。
会ったばかりの、異国の少女に。
どうして?
「………………」
ぽた、ぽた、と。
黒い水に、雫が落ちる。
右手の、人差し指から、紅い雫が水面に波紋を立てていた。
「……出てって」
少女の双眸に、ふたたび、強い敵愾心が宿る。
さっき見せたあの表情の由縁。
もういない死者を、まるで生きているかのように幻視する逃避。
そして自分を愛さなかった者たちに愛されるという記憶の捏造――
幸せで、痛みも苦しみもない――安息の世界を壊される、外敵を拒む相だ。
■ノーフェイス >
「出てってよ!」
叫ぶ。
水面を震わせるほど、空気を震撼させるほどの。
―――声。
凍てつく吹雪のようなそれこそが、この存在の武器だった。
その身に秘める激情を解き放つ、理外に届き得る存在証明の手段。
■緋月 >
「っっ――!!」
拒絶の言葉と共に、吐き出される叫び。
――違う、歌だ。凍てつくように、突き刺さるように冷たい吹雪のような声。
――だが、その反応で分かった。
「自分が名乗った名前」に拒否反応を起こしたという事は、
「彼女」にとって自分を識別しているのは「普段の名前」という事。
それに齟齬を感じ、拒否を行ったという事は――この楽園を破壊する為に現れた、
「外部の存在」である、と、自分が認識されているという事…!
「っ……お断りします!」
必死に「声」に抗いつつ、そう一喝。
「ここは――あなたが居て良い場所じゃない!
私たちが、最後に辿り着くべき場所でもない…!
ここは…ここは、都合の良い「幻」を見せて人を取り込む、ただの楽園です!」
ぎり、と歯を食いしばり、一歩。
更なる叫び声を、少女に向ける。
「こんな、人を堕落させるような場所で――――」
「あなたは、楽な方に逃げるつもりですか!!」
■ノーフェイス >
「!」
一喝を受けて、びくっ、と肩が竦んだ。
大きい声をあげられるだけで恐懼に震える。
いまの自分と違う。あまりに遠くかけ離れている、幼少の姿。
良すぎるほどの耳は、あらゆる外界の音に苛まれる。
「なに、いってるの……ちがう……そんなはずない……」
心ない言葉を投げかけられたように。
涙に滲む瞳は、ざぷ、と僅かに一歩、沖のほうへと下がりかけて。
なにひとつ境界線のないちいさな家がある。
愛情ばかりに満たされた幸せな家族がある。
これが幻であるはずがない。
……そう、なによりも欲しかったもの。
だから羨ましかったのだ。あの殺人鬼が――
――誰のことだ。知らない。知らない記憶だ。
「…………逃げ、……る?」
――なにから?
紅き星の明滅は、重く、強く。
心拍のようにして、空に在る。
満ちていく月の相の下で、一歩を前に踏み出した。
「―――……、……なにがわるいの」
気づけば。
少女の両腕は、ずたずただった。
細い傷にまみれ、血が流れ落ちる。
白いワンピースは紅に染まっていた。
「やすらかな日々をすごして、なにがわるいの!
家族といっしょにいることが、わるいことなの……!?
……苦しいよ! あなたのことばは、……まっすぐすぎて、痛い……!
わたしは、ここで……この場所で……終わりで……よかったのに……」
旅にも出ず。
理想を目指さず。
終わることが、間違いなのか。逃避なのか?
「わたし……どこ、に……」
……向かって、いたのだろう。なにから、逃げているのだろう。
波は、引いていた。
砂浜に立つ両足は、未だ濡れていたけれど。
少女は、俯いたまま。
痛みに染みる潮風に、眼を閉ざすことができぬまま、ただ血を流していた。
■緋月 >
「――「ここは現実じゃない」。
あなた自身が、もう薄々気付いているのではありませんか?」
ざり、と一歩。
足を踏み出す。
少女が留まる、黒い海へと向かって。
「安らかな日々。家族と一緒。
…そうですね、それは、とても得難い、ものでしょう。
ここが、奈落でさえなければ。
総てが、幻…この海が見せる、まやかしでさえなければ。」
――今から、自分は酷い事を言う。
それは心に突き刺さる棘となり、痛みを齎すだろう。
だが、そうでなくてはならない。
痛みがなければ、生きている事を忘れてしまう。
「……都合の良い幻に浸って、現実から目を背けるのはやめなさい。
どんなに願った所で、此処に留まったところで、「与えられなかった」現実が戻る事は決してない。
――そう、絶対に、ない。それはもう、失われた…あるいは、「最初からなかった」ものなのだから。」
すう、と息を吸い、更に一歩。
「――――――――」
「私に、「キミがいい」と言ってくれたあなたは、
そんなんじゃなかったでしょう!!」
■緋月 >
――ああ、言った。
ひどいことを、言ってしまった。
でも仕方がない。こうでもしないと、あなたは目を覚ましてくれないだろう。
でも、
やっぱり、酷い言葉をかけるのはつらいものだね。
ほら、涙がとまらない。
■ノーフェイス >
俯いたまま。
その声が、届いたのか、響いたのか。
引き結ばれた唇と沈黙のなかで、ひく、としゃくりあげる声。
「……………」
砂浜に、足音がひとつ、ふたつ。
やがて少女の眼の前に来ると、握った拳を振り上げた。
どん、とその胸をたたく。小さい身体でも、相応に重い。
「泣きたいのはこっちだって……」
血まみれの両手が肩に手を添え、背伸びをする。
流れる涙に唇を押し当ててから、かかとをふたたび砂浜に。
目元が腫れてはいたが、落ち着いた碧眼が、じっとみつめた。
「…………ちょっとずつ。
思い出して、きたよ」
ぽす、とその身体に身を預ける。
そこまで、傷ついた相を見せることはない。
わかってたことだった。背を向けた世界には、なにもないのだ。
「わたし、きちんとなくせてなかったんだ。
おわかれを言えなかった。死に目にもあえなかった。
……だから、そう、もしかしたら……やり直せるって……」
甘い夢に、足を取られる。
やり直しが効くかもしれない。戻れるかもしれない。
そうやって過去にすがってしまい、溺れていく――、……。
いつかの、眼の前の少女のように、だ。
「…………ほんとは、ずっとつめたいおうちだった。
わたしのせいなんだ。わたし、ひとよりできなかったから。
だから、できるようになろうとして……、だれよりも……
……でも、いつからかな、こわがられてたの。
きづいたときには、もう遅かった。わたしが家族をこわしちゃったんだ。
……さすがに、地下に閉じ込められたりは、しなかったけど、さ」
――だれかみたいに。
優れた才気が、家族に、周囲に畏れを与えることも。
胸に埋めた顔。大きく息を吸い込む。深呼吸。
「あんまりやわらかくない……」
ためいき。
■緋月 >
「わるかったですね、大して大きくない胸で…。」
最後にかけられた言葉には、そう返してしまう。
でも、簡単に涙は止まってはくれない。
仕方がなかったといえば許されるかも知れない。
必要だったといえばそうなのかも知れない。
それでもやっぱり、ひどい言葉をかけるのは、つらかった。
「……つらかった、ですね。
自分で、自分の家族を…どんなものであっても、壊してしまうのは。」
軽く頭を抱くと、そっと撫でる。
普段の彼女は自分より上背があるから、少しだけ新鮮な気持ち。
「だったら、せめて幻に決着を着けて、戻りましょう。
言えなかったお別れを言って、二人で帰りましょう。
私たちは、お互い、こんな所で立ち止まっててはいけない。
そうでしょ?」
言いながら、何とか顔を擦り、涙を拭う。
別れの時は、涙くらいはなしで見届けたい。
■ノーフェイス >
「ねえさんはもっとふわふわしてた」
まあいいけど。と妥協を滲ませて顔を埋めたままあげない。無礼。
「むかしはやさしかったのかな。
あの小さい家に住んでたときは、あったかかったのかな。
それももう、はっきりしなくて…………だから……」
幻覚に楽園を映して、お人形遊びに興じていた。
過去を過去とできぬまま、やり直しに期した弱さ。
「この孔が、わたしの原点。
……すべての原動力である、餓えのはじまり……」
抱きしめられると、自分からは抱き返さなかった。
ただ、受け取る。受け止める。眼を伏せて、相手を感じた。
根本から、金糸の髪が、紅へとその色を変えてゆく。
晴天が、黄昏に灼かれるように。
「だから、ふさぐことは、できない。
……ただ、うん……そうだね……」
どうすれば、乗り越えられるのか。
それがずっと、わからなかった。
忘れてしまえば、埋めてしまえば、自分はきっと歩けなくなる。
「…………この痛くて苦しいきもちを、いまは。
歌いたくて、しょうがないんだ。
そうしてるときが、いちばん生きていられるから。
……いちばんかっこいいボクだから」
在るべき理想の己へ。
向かうべきは、きっとそう。
……彼女に言葉をぶつけた自分も、そうなるように生きていたはず。
求めたる完全と、テレビの向こうの憧れと、自分の激情の行く先が。
たったひとつ、歩くべき人生ならば。
「行こ。 連れてって?
いまはひとまず、遥か東の彼方まで……線路をたどっていけばいいかな?」
古い映画みたいに。
顔をあげて、笑った。
■ノーフェイス >
「パパ、ママ。……エレオノーラ」
ただ、静かに。
「……Farewell.」
そちらを、振り向かない。
だって、誰もいないのだ。
すでにいなくなったものたちに、届く言葉などないのだから。
別離も、祈りも、すべて自分が進むための儀式だ。
喪失の痛みも苦しみも、癒えることはなくとも。
■緋月 >
「――そうですか。
私の……姉上は、どうだったでしょう。
会う事も碌になかったから…どんなひとだったか、よく思い出せません。」
話を聞いていて、思い出すのは血を分けた姉の事。
恐らく、自分が帰らなければ姉が子を産み育て、流派の命脈を繋ぐのだろう。
あるいは既に、そういう話になっているのかも知れないが。
「それじゃ、帰ったら聞かせて下さい。あなたの歌。
一番にとは言いませんけど、できるだけ早い内に。」
流石にそこまで欲張る事はしない。
でも、ちょっと位は早めに聞いてみたい、というのもある。
軽い我儘みたいなものだけど。
出発を促されれば、一度目を擦ってから小さく笑い、手を繋ぐ。
「方角が分かればいいんですけど…現実じゃないから、星の方向を見てもアテにできないですね。
此処を斬って脱出する事も…壊したらまずいですし、其処まで力が届くかも怪しいですし。
それじゃ、あっちに向かって歩きましょうか。」
そうして、静かな別れの声を聞けば、黒い海に足を沈めないように気を付けて、浜辺を歩き始める。
どこに歩くのが正解かは、流石に分からない。
だけど、歩いているならきっと辿り着くだろう。
自分達は幻に縋る事はしないで、先に進む事を選んだのだから。
歩いていればきっと見つかる。違う?
■ノーフェイス >
「胸を張って逢えるように、なれればいいんだよ。
……いつか挨拶にいくんじゃなかったっけ?」
でしょう?
そうやって微笑んだ。
まだ、生きているはずで――まだ、なにかが起きるかもしれない。
自分の分まで、なんて傲慢は伝えない。
「見せたげよっか。
曲がどうやってできるのか、さいしょっからぜんぶ。
公演も、もしかしたら、もうすこしで」
にひ、と子供っぽく笑う、いつもの顔だ。
「―――」
手をつなぐ。
向かうは、どこだろう。ハロウィンの喧騒からは、遠くなる。
ああ、でも、懐かしい。確か、こうやって……。
「迷子のふりして、ねえさんにかまってもらおうとしたんだ。
……本気で怒られて、こうやって手をぐいぐい引っ張られたっけ」
出てくるのはやっぱり、微妙な思い出ばかりだけれども。
「道は」
何処にある。
「意志あるところに」
――きっと。
■ノーフェイス >
「――…………」
呼吸が乱れて、瞼があがる。黄金の瞳が覗いた。
意識が戻るのは、ほぼ同時。
頬を伝う涙が陽の光にかそけく輝く。
真昼の廃神社。
ほんのわずかな時間だった。その間、首に埋まる頭を抱いていた。
灰色の髪を優しく撫でながら、痛み続ける首の孔を感じた。
「こうなるのか……」
ぽつりと呟く音。
深い溜め息。
そのあとに、抑え込んだ嗚咽が続く。
■緋月 >
「――――」
何かを伝えようとして、口の中に、鉄錆のような味を感じて。
意識が、戻る。
真昼の、廃神社。
確かに、居た所だった。
「………。」
牙を立てた首筋から、口を静かに放して、
そこで、自分が涙を流している事に気が付いた。
――随分、酷い事を言ってしまったな、と、また少し罪悪感。
「………どんな理由があっても、」
少し掠れた声。
「ひどい事を言うのは、やっぱり苦しいですね。
それが、大事なひとなら猶更――。」
涙声、とまではいかない。
ただ、涙が流れて、簡単に止まってはくれないのだ。
■ノーフェイス >
「…………」
あふれる感情のなかで、少女の独白を聞く。
ああ、やっぱり、と合点がいった。
自分が絶対に知り得ない情報を彼女から打ち明けられていたから。
その答え合わせが済んで、あらためて彼女を抱きしめる。
「……ありがとう。応えてくれて」
その役回りを押し付けたことを詫びるよりも。
臆せず、傷つきながら伝えてくれたことが、道を続けた。
鋭く傷をつける剣こそが、安らぎのまどろみのなかに求めた役割。
まだ――まだいけない。死にたがりながらも生きる己の。
生きるに、殺すに値する命のありかたでは、なかったから。
「………」
そっと。
頬に手を添えて、向かせると、額に、目元に、鼻先に。
接吻を落としてから。
「えっち」
むい。
頬をつまんだ。
「勝手に覗くなよ」
顔を赤くして、拗ねたように告げた。
――視られたくもないものを随分見られたものである。
■緋月 >
「――――」
「ありがとう」の言葉に、何かを答えるより先に口づけを落とされて、
言葉にする機を逸した所に、
「むぐ。」
頬を摘まれてしまった。
痛くはないが、ちょっと伸びてしまいそう。
「なんですかー、連れてったのはあなたでしょー…。」
少し顔を赤くしながらも、ちょっとむくれたような抗議の声を上げた所で、肝心なことに気が付く。
「うみゅ…そう言えば、神山舟は、どうなってるんでしょう。」
頬を摘まれたままなので、視線でなんとかこの事態を齎した代物を探してみる。
これで駄目だったら一回くらい斬っても…斬ったところで元に戻るだろうし、
そもそも斬れるか疑問だが、それ位しても罰は当たらない、と思う。多分。
■ノーフェイス >
「もともと、持ち込もうと思ってたのは月白だけだったんだよ。
……意識が混ざるなんて。さいきん、そういう事象が多いからかな……」
むすくれてた。
だめだったときの自分。そして、だめだめな自分。
誰にだって見せたくはないものを覗かれると。
くしゃ、と自分の紅の髪をかき混ぜて。
「…………神山舟か」
ふ、と拝殿の出口のほうに手を伸ばした。
掌の前に出現した八面体が、開く――
二秒ほどの時間差をもってそれらが粒子にまで霧散し。
「こう、かな」
手を握る。
刀の形状へと凝った星空の流体に、手首を返し、指を跳ね上げる。
空中へ放られ、そのまま回転しつつ――拝殿の床にとすり、と突き刺さる。
本来の使い手ほどの瞬間変形とはいかないが、応えている。
無事に試練を超克できていた、ということであるものの・
「…………」
少し考えて、眼を瞑ってから、顔を向けた。
――そして、瞼をあげる。
「緋月」
その双眸は。
――左の瞳が、深い赤に。眼の前の少女と同じ色に変じていた。
「異能、やってみ?」
ほら。と同じく、拝殿の出口の方向を指さした。
■緋月 >
「つまり、私が紛れ込んだのは完全に事故、ですか…。
いや、危ない所だったのかも…ですし、結果良ければ何とやら…なんでしょうか。」
むくれてらっしゃる彼女に、ちょっと立場が逆だった場合を考えてみる。
……確かに、少しどころでなく、見られるのに抵抗があるというか、恥ずかしいかもしれない。
ともあれ、問題の代物に目をやれば――記憶のものと少しばかり形は違うが、その現象には見覚え。
確か、元の持ち主が以前に手にした扇を刀に変えていた事を思い出す。
「――あの時のあーちゃん先生とそっくりです。
確か、扇から刀に変えてた筈。」
少しの間、刀を目で追いながらそんな事を言いつつも、返事がないのに少し首を傾げれば、自分を呼ぶ声。
見れば――左の瞳が、見覚えのある色。
自分の瞳と、全く同じ色だ。
「ちょっと、その眼は――いや、それは置いておいて…アレ、って、これ……ですか?」
流石に刀を振り回すのはちょっと躊躇われる社の中。
ふ、と息を吐き、ここは指で扱う事に。
「斬る」という念を込め、右手の人差し指と中指を立てて、ふつ、と振るう。
今回はシンプルなもの。斬撃を飛ばすタイプの「斬月」だ。
■ノーフェイス >
僅かばかり。
使い手にのみ視える世界。不可視の斬光に星空が宿る。
――異能に乗せたのだ。形を変える不滅を。
「もしかしたらと思ったケド、出来ちゃったかぁ」
苦笑して、瞬き。双眸がもとの黄金に戻る。
あのとき使い手の内部に在った存在もまた、これを振るうに能うものとして選ばれている。
使用者としては自分に主導権はあるが――権能は双方扱えるわけだ。
花形も殺陣師も、なれ同じ舞台に立つ者同士、別はないということだ。
「……ホントに覗かれてたんだ……そっかあ~~」
天井を仰いで、溜め息。
じくじく痛む首の傷跡を撫でれば、改めて顔が赤くなるものの。
「――ま。いくらでも悪用法が思いつく玩具だし、せいぜい遊ばせてもらうか」
使い道も、すぐに来る気がするし。
指に滲む血液を見下ろして。
「神を造り出すなんてのは、残念ながら承服できない。
この世に星が唯一つならば、ボクがそうなるべきだから。
……あの連中の家族問題、横からめちゃくちゃにしてやろうぜ」
家族に過去に、問題を抱えているふたりではあるけれども。
半ば巻き込まれた形になるのだ。望む結末に向かって道を敷いたとて、
神の罰など求める身でなければ。
「じゃあ。 あしたのためにそのイチ。
美味しいモン食べにいこ。ご褒美になんでも奢ったげる。
んで、そしたら作曲だ――行こ?」
にひ、と笑いかけた。
傷がそのまんまではあるのだけれども、そう。どうあっても、明日は来てしまうのだから。
死に物狂いで生きるしかない。結論は、変わらない。
痛みをともなう、あえかな、しかし確かな成長とともに。
■緋月 >
「は――?」
流石に、驚愕が隠せない。放った斬撃に、星空が映る。
こんな事は、今までになかった。
少しの混乱の中、出来ちゃったか、という声に、思い当たるはひとつ。
「……斬月に、神山舟を、乗せたんですか。」
形の無い神器。意の儘に姿を変える代物とはいえ…まさか、自分の異能という「形」を
与えられるとは、全く以て想像はしていなかった。
悪用法、とはよく言ったもの。使い方は、それこそ使い手の発想力次第だろう。
流石に自分の自由になるのは此処までだろうし、それも「使い手」の許可がなければ扱えないだろうが。
それにしたって、ないよりはあった方がずっと手が広がる。
「……お互い、色々覚える事が増えますね。」
そう、声をかける。
自身は手札を、彼女は手に入れたものをより「上手い事」扱う方法を。
「…ええ、それはもう、望む所です。
でも、ご飯の前にしっかり傷の手当と消毒はして置きましょうね。
噛み傷は悪化すると、色々と洒落にならないらしいですから。」
自分でつけてしまったという事もある。
責任、というほど重大には考えないようになったが、それでもこれを放置するのはよろしくない。
きっちりと傷の手当をしてから、食事へと繰り出そう。
-あの時教えた名前、他言無用です-
-本当は、封じてないといけない名前ですから-
こっそりと、そんな言葉をかけて置く事も忘れずに。
ご案内:「廃神社 星の試練」からノーフェイスさんが去りました。
ご案内:「廃神社 星の試練」から緋月さんが去りました。