2024/05/26 のログ
ご案内:「学生街」に葉薊 証さんが現れました。
葉薊 証 > 「はぁ…はぁ…出遅れちゃったな…」

端末により伝達された『援助不要』の四文字を見つめながら、荒れた息を整えようと大きな深呼吸を繰り返す。
その呼吸は随分と乱れており、直立も少々難しいような状況の少年の表情は、苦しそうな表情の中にでも残念そうな表情が読み取れる。

「もっと…鍛えておかないと…ダメだね…」

呼吸を整えながら誰に告げるでもなく溢した独り言に、前から来た生徒が不審そうな眼を向ける。
情けない所を見られている感覚に恥じらいを感じる。

「せっかく僕が活躍できるかもしれない機会だったのに…
運もないなぁー」

少し呼吸が落ち着いてきたと共に、体を起こしながら改めて端末を見つめる。
ここから事件が拡大する可能性も無くはないだろうが、何かあった訳でもなしに勝手に現場に現れれば、叱られてしまうかもしれない。
常世ではこの程度の小規模な事件は珍しくないことは既に体感したし、風紀委員が”組織”であることも十分に理解しているつもりだ。
その構成員である以上、勝手な事はあまりよくない筈…である。
そんなことを考えながら近くの壁の出っ張りに腰掛ける。
”つまらない”という感情が見て取れる表情で緩やかに空を見上げた。

葉薊 証 > 「先輩方は凄いなぁ。やっぱりちゃんと鍛えてるのかな」

一縷の希望と共に、持ち上げた端末を眺めながらつぶやく。
必須とまではいかずとも、現場に出る風紀委員である以上欠かせないものがあると思っている。
機動力と戦闘力の二つだ。
事件の現場に不在では、何もできないから機動力は必須。そして、駆け付けられたとしても何も出来なければ役目を果たす事は出来ないから戦闘力も欠かせない。
もちろんそれだけではないのだろうが、これらがあれば大抵はなんとかなるだろう。
どちらも不要なら、風紀委員会という肩書さえあればなんとかなる…筈だ。

「僕もしっかりと鍛えないと…走っただけでバててるんじゃダメだ~」

端末と視線をガクッと落として大きなため息を吐く。
トラブル発生の報告を受けたのが…5分程前。
既に解決したということは随分と早い段階で誰かが現着していたのだろう。
たまたま近くに誰かいたのかもしれないが、それでも随分と行動が早い。
距離があったとはいえ、5分走って現着すら出来ずに息を荒げている僕では戦力になれない。

「街中で異能を使うのも…ちょっと危ないしなあ
異能さえ使っていいなら…」

拗ねたような情けない言い回しで再び小さくため息。
仮に異能を使う事が出来れば、もっと早く現着出来ただろう。
だが、安定性に欠ける僕の異能では周囲に被害を出す可能性を否定できない。
特に学生が多くいるここで異能が暴発するような事があれば、僕が鎮圧されかねない。

常世は秩序のある都市だ。以前いた場所も秩序がある場所には変わりないが、異能や魔術といった超常の力への理解が段違いであり、その分そこへの規制も厳しい。
義務教育を終えた身で在るという事も相まって以前までのような甘い考えは許されない。

そんな事を考えているとまたため息が出そうになったが、くよくよしていても仕方がないと右頬をぺしぺしと軽くたたいた。

葉薊 証 > 「何か手ごろなトラブル、転がってないかなあ」

顔を少し上げて周囲を見渡すが、そんな都合よくトラブルはやってこないものだ。

風紀委員ならば、本来その真逆を願っているのが模範なのだろう。
しかし、少年は模範とは程遠い。トラブルを解決し、誰かを救済する事を強く望んでいる為だ。
その為に風紀委員会に入ったし、見回りにも積極的に名乗りを挙げているのだが…
常世に来て二か月弱、風紀委員に入ってからはまだ一か月と少し程度…
これといったトラブルには一度も直面出来ていない。
トラブル自体は何度も発生しているが、どれも少年の手の届かない所の話だ。
何か力になりたいと言ってみても、全て却下されてしまう。

「先輩はそういうものだって言うけどさぁ
僕だって…」

―戦力になれるのに。
そう言いたげな拗ねた表情を見せる。

…少年は分かっていない。自分が入学から二か月弱で、16歳で、実績もないという事を。
異能は強力な部類に入るかもしれないが、それだけである。
風紀委員会は、まだ幼いとも言える少年にわざわざ危険な任務を課すような組織ではない。
少年に信頼がないという以上に、少年の身を案じて危険性の低い事しかやらせていないのである。
そして、少年の願望に全く気づけないような者ばかりでもないのだ。

葉薊 証 > 「…落第街とか…行っちゃおうかな」

ぼそりと呟く。その表情は発言からは明らかな迷いが見てとれ、その言葉が本気ではない事が感じられる。
だが、島に住む者であればその発言の意味が如何に危険かつ無謀であるか容易に察せるだろう。
落第街は、いくら風紀委員とはいえ、学生が気軽に立ち入って良い場所ではない。
下手をすれば命を落としかねないし、それだけで済めば運がいいとすらいえる。
その事は少年もよく理解している。風紀委員としても、落第街が如何に危険な場所であるかはよくよく聞かされている…

「…でも、だからこそ…」

だからこそ、救済のし甲斐がある。
学生街の見回りなんて、大したトラブルに遭遇できるとは思っていない。
それでも、今やらせてもらえる範囲は精々その程度。
だが、落第街に踏み入れる事が出来れば…
トラブルの規模も、遭遇のチャンスも、大きく膨れ上がる筈だ…!

無意識のうちに口角が少し上がる。
自分の願望を果たせるという憶測に感情が昂り、迷いの元である不安や後ろめたさを断ってしまう。
そして、その昂りに応じて少年の周りに不透明な宝石のような小さな粒が浮遊する。
一見宝石のようなそれらは、よく見るとどれも整っているとはいいがたい歪んだ形状と薄く濁った色をしていた。
高貴に見えて、実態は歪んでいる少年の願望を表しているようなそれらは、少年の周りを回り続ける。

葉薊 証 > 「…いやいやいや、ダメだダメだ。危険すぎる
そもそもまだ歓楽街だって全然行った事ないんだから…」

汚れた宝石が視界に入った事で自分が今どれほど良くない思考に陥っているかを理解し、ブンブンと頭を振る。
昂る感情を宥めようと意識を落ち着かせようとするが、焦りは思考の制御すらもあやふやにしてしまうものだ。
とはいえ、悪感情とも言える問題の意思は既に鳴りを潜めており、周囲を回っていたエフェクトのようなものも地面に落ちて、ゆっくりと霧散を始めていた。
それに気づき安心したことで焦りも収まり、深呼吸と共に落ち着きを取り戻す。

気付けば、乱れていた呼吸もすっかり整っている。
時間も既に5分以上経過していた。

「…まずはいろいろ鍛えないとなぁ…ランニングとか、筋トレとか…?」

落第街に行くとか、誰かを救うとか考える前に、先ずは鍛えなければならない。
そもそもトラブルと遭遇できないうちは何もしようがないだろう。
とはいえ、鍛えるという行為とはあまり縁がない。何から始めればいいのだろうか。
腕力とかは要らないから、脚力が欲しい。そんなことを考えながら再び見回りを開始した。
サボっている暇はないのだ。

…結局その日も、トラブルと遭遇することは無かった。

ご案内:「学生街」から葉薊 証さんが去りました。