2024/06/08 のログ
■被害者の男子学生 >
「くっ…あああぁ…!!」
暴漢も! 乱入者も! 誰も彼もが恐ろしい!!
まともに動かない足を見捨てるかのように!
男子生徒は腕で這ってその場を逃れようとする!!
■テンタクロウ >
「音にこだわったつもりはないが」
触腕が伸びて男子学生の肩を強引に脱臼させる。
力任せに引っ張ったに等しいそれは、絶叫と共に恐怖を伝播させた。
「好きなだけ聴いていくといい」
「人が壊れる音をな」
『どうして』『あっちで人が襲われてる』『助けを呼んで』
『ここは学生通りなのに』『風紀委員はまだなのかよ』
『機械の塊みたいなヤツが』『また落第街の』『早く逃げ』
周囲に騒ぎが波を打ったように広がっていく。
■アッシュ >
「イイんだ」
「奏でる音…ってのは、拘りじゃない」
「慣れて、熟れて、馴染んで──良~イ、音になるんだよ…アンティークの楽器みたいにな」
男子生徒の絶叫が響き渡る。
その悲鳴にまるで甘美なメロディでも聞いているかのように陶酔する男。
「逃げられない絶望。耐え難い苦痛。生の悲鳴ってのはそうそう聞けるもんじゃない。
特に、こんな場所じゃあな……。こいつらは二級学生と違って『当たり前の明日』が在る…」
「絶望の質が違う」
「──だぁ、が」
突如、男はギターを掻き鳴らす。
アンプにも繋がっていない筈の楽器が奏でる破壊的な音は、周囲の騒ぎの声を片っ端から飲み込み、掻き消してゆく。
「NOISEEEEEEEEEEEEE…!
うるっせェんだよギャラリー!!。
誰も助けようともしねェくせに騒ぎ立てんなカス!!」
「……カカッ。好きなだけ聞いていくさ。新人の割に太っ腹だなテンタクロウ?」
捲し立てる男、そして妙に"圧"を孕んだ音の壁に当てられ、雑音を奏でる群衆は思わず口黙る。
「っても風紀は優秀だからなァ。此処は連中のエリアからも近い。割とすぐにクるぜ?
──さっさと殺らねェのか」
拷問、と称し男子生徒を痛めつけるだけの魔人へと、興味深げに問いを投げて。
■被害者の男子学生 >
破壊的な音。あまりにも破壊的な。
特別恐怖を煽るものでもないが。
騒いでくれている周りの人が黙った。
それは少年から希望を奪い取った。
「あ、ああああ……!」
絶望の声。どう足掻いても痛みと恐怖しかないと察した人間の。
■テンタクロウ >
「ハァァ……なるほど、音が馴染む…か」
「確かにその点で言えば、私の作り出す音は」
「未熟なのかも知れないなぁ……ハッハ」
笑い声と共に右手の指を折った。
「しかし反応が鈍くなった」
「絶望したな……こうなるとつまらないものだ」
殺さないのか、と聞かれると首を左右に振って。
「殺しは趣味ではない」
「そんなものはただの解放に過ぎん」
「こいつは何ヶ月入院すると思う?」
「半年か、一年か……それとも魔術的処置を受けて二週間で退院するのか」
「しかしどう足掻いても骨が折れた記憶は消えない」
「ふとした瞬間に思い出す……痛みと、不便を」
両手を広げると触腕が手慰みのように信号機を捻り潰した。
「悪を成すというのは、この街では風紀との戦いだ」
それは風紀委員を待っている、とも取れる言葉だった。
■アッシュ >
「んん…素敵な悲鳴だ。
希望も、痛みも、喉も擦り切れて。
なァ少年?当たり前に明日も朝ご飯を食べて学園に通って…なんて思ってたんだろう?
しかしそんな平凡は来なかった。オマエは特別な夜を手に入れた」
「一生忘れられない夜になったなァ…」
高揚した声色で、慈しむように。
諦めた少年へと優しくそう語りかける。
「──生かすことで己の悪を刻み込む。
リスキィ…そんなことをしてりゃあすぐに足がつくぜ。
俺は刹那的なリリックも、嫌いじゃあないけどな」
信号機を容易くスクラップに変える様子を見ればヒュウ、と口笛を鳴らし、肩を竦める。
「イイ音が聞けたぜ。サンキュー、マッド・テンタクロウ。
今日のアンタの行いから生まれる俺の音楽を、またの機会に聞いてもらおう」
ギターを抱え直し、用は済んだとばかりに踵を返す。
「SEE YOU,またアンタの奏でる音を聞きたいな。
今日は初モノ、ヴァージンと比較するのも楽しいもんだ」
背を向け、大きくひらりとその手を振って、闖入者なバンドマンはその場を立ち去っていった──。
後にリリースされる楽曲『サッド・マッド・スクリーム』ライナーノーツには、この日の出来事が綴られることとなる。
ご案内:「夜の学生通り」からアッシュさんが去りました。
■テンタクロウ >
「お前は」
溺れかけた深海魚のように深く深く息を吐いて。
「面白い男だ」
一生忘れられない夜。
それは特別な惨劇。
「この街で悪を成す者の大半が明日など考えてはいない」
「追い詰められて、退廃的で空想的で感傷的な妄想に駆られて」
「あるいは己が悪しきそれであることを誇りに悪を成す」
「足がつくから人を傷つけないのであれば、日の下に居ればいいんだ」
片手を上げて去ってゆく男を見送る。
「構わんさ、特別な夜には特別な音が必要だ」
そう言って触腕を広げると、屋根から屋根へと巨大な蜘蛛が這うようにその場を去っていく。
初報は『学生通りにバネ足ジャック現る』だった。
だが、すぐにテンタクロウの名は。
知れ渡っていった。
ご案内:「夜の学生通り」からテンタクロウさんが去りました。