2024/07/05 のログ
ご案内:「文庫喫茶「ひみつの通路」」に先生 手紙さんが現れました。
先生 手紙 >  
――音はしているのに、(しず)かな店だった。それが第一印象。

7/1から始まった期末試験もなんとか終わり。
男は山積みの問題を一つ片づけ、どういった経緯かこの店で、瑣末で微笑ましい問題――何を注文するか――に直面していた。

なにせコーヒーが無い。しかし紅茶は豊富。色々あるので悩んでもいいのだろう贅沢。

聞こえないはずの時計の秒針が、チク、タク、チク、タクとささやいているようだった。

メニューとにらめっこすること数分。


「イリッシュモルトのミルク。チーズケーキのセットをお願いします」

遠ざかっているほどではないが、普段飲まないフレーバーティーとケーキの、好きなモノの組み合わせを頼んだのだった。

傍らには本――ブ厚いハードカバーの豪奢な装丁の成りをした、その実『報告書』がある。

先に置かれた水を一口飲んで、男は頁を気だるげに開いたのであった。

ここまでが導入。

先生 手紙 >  
さて。ざっと目を通した文章を要約すると『お任せします』に帰結する。

此処が自分の部屋だったら「やってらんねー」と煙草を吹かしてやさぐれたくなるような、そんな感じだった。

カモフラージュとして、この本は前後、『報告書』以外のページがきちんとした内容の一般小説である。一度閉じて、今度は最初から開く。

――上質な紙を捲る時の感触とかすかな音が、ひっそりと『好きなものリスト』に入っていることを男は公表していない。

公表していないことばっかりな男だけれども。

ぺらり。

速読の技能を使うこともない。一行に込められた情景と、行間の呼吸を味わうように、それはそれはゆっくりと読書をするのです。

先生 手紙 >  
やがてティーポットとカップ、それからチーズケーキの乗った皿が置かれた。ごゆっくりどうぞ。ハイ。

頁を開いて置き、ポットからカップへと紅茶を注ぐ。

そして一口。ミルクとはなんだったのか。ストレートで飲んでいる。いや理由があってですね。これは後半、濃くなった分にミルクを足すと美味しいンですよ。誰に言い訳してるンだろうね。

「…………」

うーん。久しぶりに飲むとやっぱり美味しいなァ、なんて感想は胸の中。チーズケーキの先端にフォークを落として一口。口当たりが滑らかで、台の方はタルトだった。嬉しい誤算である。単純に好みの問題で、スポンジよりタルト生地の方が好きだったというだけ。

ぎしり、と。最初よりか深めに柔らかな椅子に腰を落として、読書を再開する――

先生 手紙 >  
ぱたん、と本を閉じた。
独り言を口にする場でもないので、黙々と――というよりも粛々と喫茶している。

出の濃くなったフレーバーティーにミルクを入れて、一口。幾分かぬるくなったが、香りは飛んではいない。

すとん、とチーズケーキを割っては口に入れ……

空調の利いた部屋に差し込む木漏れ日のようにバラけた光が、どうしようもなく、現実感を薄れさせてくる店だな……などと。そんな二つ目の感想を持った。

先生 手紙 >  
すっかり長居してしまった。本を片手に立ち上がる。


窓の外には行き交う誰かの影法師。


会計を済ませ、カウベルに見送られる。


ちりん、ちりん。

出てしまえば、そこは南国もびっくりの日差しが燦燦と。

――今年は暑くなりそうだ、なんて。男はそうして、当たり前の人々の中に戻っていき。

自身もまた、ひとつの記号(アイコン)になり果てた。

ご案内:「文庫喫茶「ひみつの通路」」から先生 手紙さんが去りました。