2024/08/17 のログ
ご案内:「落第街 廃墟サーバールーム」にNullsectorさんが現れました。
■Nullsector > 薄暗い廃墟に僅かな機械の駆動音が響く。
そこにある明かりはホログラムによる電子光のみ。
役割を果たすことなかったサーバーを媒体とした大規模なネットサーフィン。
と言っても、乗る波は面にあるような有象無象ではなく深海。
所謂アンダーグラウンドを泳いでいる。決して表には出ない、ダークウェブ。
サーフィンというより、どちらかと言えばダイビングだ。
「──────……。」
そんなサーバーの中央に一人佇む女性。
腕を組み、無数のホログラムモニターが彼女の周りに浮いている。
高速で流れる情報の数々は探しもの、情報の取捨選択だ。
改造された左目にはそれ以上に精密な情報が映り込んでいた。
ご案内:「落第街 廃墟サーバールーム」にノーフェイスさんが現れました。
■ノーフェイス >
トン、トン、トン。
壁を三度叩く。演劇の中のように。
忽然とその背後に現れたようでいて、この廃墟の中の侵入者など肌に触れられたよりも鋭敏に感じ取れる相手だと知っている。
少なくとも防衛機構に蒸発させられたりしていないし、指定された正面から入ってきた招かれ人だった。
「Nullsector……」
壁に背を預け、手にかけた何かがたくさん詰まったビニール袋を振り子のように揺らしていた。
ごくつまらなさそうに憮然としながら。
「いったいキミはいつになったら歓迎のハグとキスをおぼえるんだ?
ボクから声かけるのって、いつになく緊張しちゃうんですケド」
硬質な世界に、いやに甘く、そしてよく響く声。
さして大きな声でもないのに、鼓膜を、骨を、脳を支配するような空気の振動。
金払いのいい依頼人の来訪だった。
■Nullsector >
音がする。気配もする。
正面についてる両目だけが彼女の目じゃない。
既にこの空間には、無数の目が存在している。
誰が来るか何ていうのは、此処に踏み入れた時点でわかっていたこと。
だから振り向かないし、目も向けない。
代わりに返すのは、気だるそうな溜息だけ。
「……してほしいなら相応の礼儀を覚えな、悪ガキ。
アンタが欲しいのはほんの一瞬のお遊びだろうに。あたいはお断りだよ。」
ナンパなバンドマンの常套句。
彼のことは良く知っている。理解はしていない。
それこそあしらうような物言いだ。軽く左目が瞬きすると、一斉にモニターが消えた。
すべての明かりが消え、静かなサーバーの駆動音だけが残される。
「で、わざわざ進捗確認にでも来たのかい?それとも別件?」
■ノーフェイス >
「ガチで口説いてその気にさせて欲しいーぃ?
だったらまずは赤いカーネーションを贈ろうか。
撫子の花の水やりも、月イチ通い以上がお望みならいくらでも」
肩を竦めてから、ビニール袋から取り出したのは瑞々しい果実だ。
橙色に実ったオレンジ。学園の農学部から仕入れたもの。
「ミキサー借りますよぉ、マダム。氷はちゃんと作ってある?」
直接食べるには強く甘酸っぱいものだから。
「団員の名簿が見つかったとか?」
そして強固なパスワード……謎掛けに守られている。
旧時代の遺跡を解き明かすような依頼が、かのハロウィン、巷を騒がせた怪人の用向きである。
最新鋭の機器とその知性でもって発掘作業を依頼し、秘宝の鍵開けや碑文の解読をこちらが行うような。
古臭い冒険映画のような関係だ。報酬がこちらから、色気のない島外の小切手であるけども。
■Nullsector >
「その浮ついた台詞はシンガーの性かい?
冗談。浮気性の男に興味はないよ。それだって何人目のやり口だい?」
浮ついた言葉に惹かれる女もいるだろう。
生憎と、その本気の口説きとやらは一体何回目の本気なのか。
刹那的愛情は既に満席だ。彼の需要は此処にはない。
「……奥の冷凍庫。どうせ使うと思っていたよ。
ついでに一つ聞いていいかい?」
ぶら下がった旧式の電球に明かりが灯った。
目には優しくない、唯軽いだけの明かりだ。
「興味本位だ。イヤなら答えなくてもいいよ。
アンタみたいな軽い男が、こういうのに興味があるなんてね。
何かの因縁かい?それとも、アンタもこういうのが意外と趣味?」
世間の裏側でひっそりと自分勝手にかき鳴らすバンドマンとは無縁の相手。
無論、金を積まれて依頼されれば断る理由はなかった。
ただ、宗教団体とは余りに無縁すぎる世界にいるからこそ気になった。
ホログラムめいた輪っかが浮かぶ左目が、彼の顔色を伺うように一瞥する。
■ノーフェイス >
「………………」
目を細めて、細顎に手をあてて思案顔。
詩吟する美貌の有り様はしかし、内面では"何人目だったっけ…"と考えている。
これで乗り切ってきた局面もそれなりにあるし、本人にも自信がある。
「女としてであれば?受け手も得意ですけれど」
どちらでもあるかのよう。
怪人でも、歌姫でも。どちらでも大差のない話だった。肌が触れ合わぬのであれば。
にこぉ、と可憐な笑顔で誤魔化しながら、魔術で編んだ黄金のナイフで果肉を切り抜く。
赤々とした血蜜柑を、ミキサーにほいほいとと放り込みながら。
「黙秘したら何かありますって言うようなモンだろ。ズルくなあい?」
ミキサーのスイッチをオンにして、その駆動音に低い笑い声が溢れる。
どちらにせよ事実のまろび出る問いに笑った。
嘘はつかない。本当のことを言わないことが多いだけ。
虚空教団――大変容前後まで存在し、そして消えた小規模な宗教団体。
デジタル全盛になる前に潰えた、とある魔術のいち流派の源流で、
言ってしまえば陰謀論者の餌になりがちの、その程度の木っ端だ。
依頼したものは、アメリカ東部を中心に、全世界に散らばった『変容前』の情報の断片の収集と解析。
暗号化された切れっ端がインターネットの浅瀬から深海にまで散らばり、時間をかけたゴミ拾い。
それに対して支払われる報酬は、法外ともいっていいものだったけども。
「キミに信仰心は?」
いつもの薄笑いが肩越しに覗ける。
そちらに目を向けず、ミキサーの内容物がぐちゃぐちゃになっていくのを眺める。
■Nullsector >
「『何人目だっけ?』……ってかい?
程々にしときなよ。そのうち死ぬよ、アンタ。」
どうにもこういうのはわかりやすいと言うか。
そもそも、とっかえひっかえ遊んでると何時か罰が当たるなんてのは
身を以て知っていることだろうに。呆れて溜息しかでない。
それこそわざとらしく、人差し指で自身の脇腹を叩いてみせた。
何れ刺し傷が全身に広がり死に至る。
痴情のもつれほどくだらなく最も致死量の高い毒だと弁えるべきだ。
「……向ける相手間違ってるよ。
それこど童貞坊やにやりなよ……。」
少なくとも自分に向けるべき笑顔ではない。
その辺に転がっている鉄くずの椅子に腰を下ろし、頬杖をついた。
足を組み、再びホログラフモニターが周囲に展開される。
無数のデジタル情報。虚空教団に関するあらゆる関数が表示されている。
その中には勿論、施錠状態の団員名簿だってある。
キチキチと機械的音を立て、左目の瞳孔が細くなった。
「それ以上深く追求しないだけマシと思いな。
見ての通り、電子の海ってのは広くてね。偶像なんて見飽きてるよ。」
どれも此れも0と1の間に有るような幻影ばかりだ。
そこに信仰心を求めるのは間違いだ。
「……そういうアンタは、まさかあるっていうのかい?」
冗談は顔だけにしておきなよ。
混ざり合うミキサーの中を、自然と右目が追っている。
カメレオンめいて器用な視線コントロールだ。
■ノーフェイス >
「ケーブルも繋いでないのに心を読むなよ。
死とはさいきん、おともだちだから。案外ほんとにうっかり逝っちまうかもな。
ああ、くれぐれもご安心を。今日もニコニコ即日払いで帰りますとも」
ズキッ、と手の甲が傷んだ。そこの痛みだけではないが。
言われると心当たりが無数に浮かぶのではぐらかしておいた。
「最近は控えてますよ。キミはなびかないってわかってるから戯れてるだけだ」
色々あったもので、なんて。
少し疲れの滲む溜め息とともに、グラスをふたつ満たした。
氷の音とともに彼女の手元におくと、自分は冷たい酸味で喉を潤す。
「外暑っつい。……ああ、めらん子ちゃんとかね?」
愉快そうに。今や信仰は八百万どころではない。
「そりゃあるよ」
つとめて冷静に、当たり前のようにうけこたえをして。
白い、血管の浮かぶ手首を出した。
霊的なブロック――今や科学と魔導の融合が当たり前になったからこそ。
そうなる前の、霊的な防護は、むしろ厄介だった。
「アレ繋いで。障壁は破るから。そっからパスワードの解析はキミのほうで。
数十の文字体系が混在した百四十桁超えの範囲でも、ジュースつくるよりはやくやれるだろ」
手首を振る。
魔術で機械とつながるブレスレット型の機器を求めた。
ちょっと痛いので難色を示すが、必要なのでしょうがない。
旧い魔術師だった。
■Nullsector >
「アンタがわかり易すぎるんだよ。
本音を語らない割にはのらりくらりと……誰でもない割には誰彼ちょっかいかけてまぁ……。」
「葬式くらいは考えておいてやるよ。
アンタのデータくらいは、あたい一人位は覚えておいてやるさ。」
それこそ猫のようにふらっと来てはふらっと死ぬ。
刹那的な思考。そういう人間もいるし、誰もの隣人と考えればおかしくはない。
存外しぶといのかもしれないが、死ぬ時はあっという間だ。
電子の海に、そのムカつく顔くらいは遺影として残してやろう。
「ペットなんて飼った覚えはないんだけどねぇ。
そういう割にはこういうのは……まぁ、悪くないね。」
手元のグラスを手に取り、冷たさが喉を抜けていく。
自分好みの甘さと冷たさ。人の扱いの手慣れさには脱帽だ。
「…………たまに思うことがあるんだけどさ。」
彼女が動かずとも、自律的にケーブルが動いていく。
ハッキングによる電子機器の操作。高度な技術は、何ら魔術と変わらない。
それをわかりやすく示したものだ。ブレスレットがするりと手首にハマる。
カチッ、とした音と共にきめ細やかなマイクロケーブルが肌を抜いた。
そう、これが痛いのだ。麻酔など無いし、傷もつかないが回路の直は人によっては悲鳴ものだ。
「どうせ、解析もアンタで出来るんじゃないのかい?
不思議なんだよね。わざわざあたいに、金を詰んで頼むのがさ。」
それこそその気になれば何だって出来そうなものだ。
無論、科学と魔術は相反する。その域ではないと言われればそれまでだ。
左目がぼんやり、ホログラム光を発する。解析準備は万全だ。
■ノーフェイス >
「バカ言うなよ。ボクの死を独占する気か?意外と重いんだねえ」
ひとりくらいは。そう言われると、面白そうに肩を震わせた。
「無為に死ぬつもりはないよ。
死とは?……そう考えると、それがひどく身近に……思えてくる。
黒く毒々しい花を愛でるように、まあ、いい曲を誕むための定立と主想のハナシ」
芸術家はそうして、即座に現代人――デジタルの魔物の理解を拒絶するような言葉をうたいながら、
そうだろう?と、舌鼓を打つ彼女に体を寄せた。
「ッ、……まあ、血が出ないだけマシだけど、歓迎できるタイプじゃないな。
注射もあんまりスキじゃないしなー……あ?」
大きい手――長い細指。それでも女の手だ。それをぐっぱーとしてから、魔力の通電を確かめる。
計器が脈動を示すと、準備を示した。
「ンなことないよ。ボクが人に頼む仕事は、ボクができなかったり、都合の悪いコトだけ。
出来るのに、やらないこと――は、それなりにあっても、お互い様だろ。
ボクには電子の海を、人並みに泳ぐことしかできない。
動画みたり、ニュースとか……学園では、公開されている論文くらいだ。
ハッキングなんてのは、最近まで、SF映画のなかだけのファンタジーだった。
数十年前の、この無味乾燥なくせして、なぜか厳重に守られてる表作成アプリの産物なんて、
一回めちゃくちゃになった世界のなかで、キミ以外で見つけられる人間をさがすことにも何年かかるか」
だからこそ、その能力に価値を見出していた。
「熟れた女の魅力に惑って、金を貢いでるとでも?」
皮肉っぽく笑う。障壁が破れる。
急いでいた。その団員の名簿を、見たがっていた。
好奇――ではなかった。このために、数年前から依頼をしていたのだ。
「……信仰の話。
キミは、何を信じて生きてる?
それを、まっすぐ強く、信じていられているか?」
パスワードの解読を促しながらも。
■Nullsector >
「アンタこそバカ言うんじゃないよ。
風化する位なら覚えといてやるって言ってんのさ。
誰も覚えてなさそうだからね、アンタのこと。」
自惚れの度が過ぎればなんとやら。
涼しい顔して受け流してみせた。
「哲学的な話をする気はないよ。
思うよりも幻想的なモンはあらかた出揃い済みさ。
頼むから、アンタは死んだら無に還っておくれよ。喧しくて仕方ない。」
死後の世界だの幽霊だの神だの。
上辺だけの幻想は気づけばそこに有るようなモノになっていた。
無為な死だって、"その後"が生まれるような話。
全く以て夢がない。夢がないからこそ、話題性もない。
隣に来ても拒否はしない。見向きもせず涼を喉に流し込む。
「いいや?アンタが思うほど難しいモンじゃないよ。
それこそ簡単さ。異能だの魔術だの、難しい事は必要無い。
ただちょっと、体を弄くればいい。……簡単なことさ。」
たまたまそういった異能だっただけであって、今の技術ならば幾らでも代替は効く。
無論、そこには"手段を選ばない"という文言付きだ。
この左目と脳と同じようにちょっと機械を繋ぐだけでいい。
相応の覚悟があれば誰だって同じことが出来る。
異能や魔術ばかりの世界ではない。機械も相応に、此の世界は進化した。
「……少なくとも、そうでなけりゃ野垂れ死に。」
左目のホログラムのは既に無数の数字が羅列されている。
堅強なプロテクト。虚数の防壁。感覚としては針の糸を通すようなものだ。
ハズレは引けない。引いてはいけない。それこそ我が子を愛でるように一つ、一つ。
それこそ高速の世界で流れていく。幾つもの数字が流れては消えて、流れては消えて……。
──────……カチリッ。鍵穴にはまり込んだ。
「……そういうアンタは、何を信じて生きている?」
■ノーフェイス >
「……………」
知名度、というには。歌声も、顔も。島外にさえ知れているほどだ。
有名人――放言も嘘ではない。幾らでも。言い返そうと思えば、できた。
覚えていない――その言葉については、黙った。
刺さった、というわけでもなく。あるいは、グラスを傾けたからか。
「……そうなんだよな。
この時代、あらゆるものに正答がある。あってしまう。浪漫は否定され、夢想は形骸になり。
……ゆえに、神は死んだ。今度こそ、本当に殺されてしまったんだ。
"大変容"によって、神と聖霊の概念にすら機構があるのではという涜神に人間が確信を得たことで、
幻想もなにかもが、この世界における現実になってしまった。
……死ねば、どうなるか?」
空になったグラスに、氷が音を立てる。
「人間が良き死のための善行を積極的に受け入れるために天国が創造され、
勧善懲悪の教えを説くために地獄の概念が生まれて長い長い時を経て、
そうした――いわゆる現し世の否定から成る世界観の構築に、
人間社会が進歩し、世界が豊かになるにつれて、ノーを突きつける人間が多く発生した。
曰く、真の世界とは天国でも涅槃でも、常世国でもなく……
穢れた肉体が満ちるこの現世であるがゆえ……いや、ホント、勝手に連れて行くんじゃねえよ」
宗教家の神託のように。
歌は、声は、言葉は。
大いなる旧き時代から、人間の心を支配し動かすために使われてきた。
「死んだら、そこまでだ」
死をそう定義する。生を絶対とするがゆえに。それは、生の終わり、でしかない。
本当にそうなのか、という疑問に囚われ、自分の幻影に殺され続けながら。
「神を」
信ずるものは。
「胸に抱く、理想の自分こそがわたしの神だ。
神との合一を目指し、思考し、自らを研鑽する、し続ける。
であればこの世界において、それ以外に信じられるものがあるのか。
……空白、なにもなし。そんな名前を名乗ったあなたは、どうなんだ。
根っこの部分はお節介で、それを隠しきれていないあなたの。
……その行為は、なんの代わりを求めてのものなのですか?」
その顔を見ないまま、画面に釘付けになる。
■ノーフェイス >
「…………数十年前だったら、大金持ちだ。
いまでもまあ、それなりに金にはなるネタかな」
無味乾燥なリスト。
文字と表で構成されたそれは、教団の規模に比べればずいぶんと膨大だ。
――なにより。
政治、芸術。そうしたものにいくらか通じていれば、知っているような名前がずらりと並ぶ。
生年月日から入信日――そして、……横に並ぶずらりとした0の数は、寄付金額か。
「虚空教団はな、聖人との合一を目指した連中だ。
……ってのは、ちょっと調べりゃ載ってるし、本山も公開してた情報だけど。
まあ要するに、怪しげな修行セミナー……やってたトコ。
ンでまあ、こんだけ金集めて最終的にどこへ行くつもりだったのかてのは……まぁ、どうでもよくって」
くいくい、と指を上から下に動かした。リストを下っていこうと。
「こいつらが担ぎ上げた、輝きの御子……
都市伝説になってる、実在も定かでない偶像の。
その実在を証明したいってのが、キミへの依頼のすべて」
美しく飾り立てられた物語のウラ側を暴きたいと。
すべてに正答があるこの世界だから、何かタネがあるんだと。
――――お前は誰だと問われたら。
Nullsectorもまた、正答を持つのだろうから。
■Nullsector >
講説を垂れる貌無しが答えを求める。
実に哲学的で、啓蒙的。敬虔なる者だからこそ語る。
だから、思わず"表情も白けた"。いや、或いは此れが本音なのか。
「思ったよりもマジメだね、アンタ。
普段のアレは演技かい?」
それとも癪に障ったのか、まぁ何でもいい。
「アンタもそうだけど、小難しい話が好きだね。
偶像としての神は確かにもういないだろうねぇ。
隣人が神だって言うのは、今じゃよくある話さ。
夢も浪漫も無いのがアンタは許せないのかい?」
道を歩けば人間以外の某は道を歩く。
車も空を走り、奇跡と科学の境界も曖昧だ。
今や幻想、偶像として存在は淘汰され、所謂一個人、一種族に収まった。
それを受け入れられたのかはわからない。
だが、それらを持ってしても、世界は変わらず動いている。
それが答えだ。カラン、と氷がグラスを叩く。
「死んだらそこまでなのは同意するよ。
今じゃ化けて出るのも、それとも虚数の存在になることさえ出来るけど……。」
「歩んだ"人生"はそれで終わり。」
その後があったとしても、それ以降は全て蛇足。
恐らくその先はもっと別の物語だ。地続きかどうかは、さておき。
ふぅ、と額を抑えて軽く首を振った。ぱちぱちと数度の瞬き。
左目のネオンライトが消え、疲労感が襲いかかるも、表には出さない。
「……"私"に答えを求める前に、小難しい話をする前に摂理だろうに。
アンタの……そう、音楽?今後残っていくのかね?
率直に言えばきっとその内に消えると思ってるよ、私は。
誰でもない、何にでもない。親しみやすい隣人がいた気もする。」
「そりゃあ、心に残る奴もいるだろうけど存外人間、外っ面だけは忘れるもんさ。
それとも何か?アンタは常に本音で腹割って話しているのかい?冗談。」
「一人二人覚えてくれりゃ上等だよ、アンタなんて。」
歴史に名を残した人物だっていると人は言うが、所詮は活字。
或いはそれはデータ上の何某に成り下がった。"本物"を知るものは恐らくいない。
いつか、そんな音楽家がいたのかもしれない。後の世間はそう語る。
貌無しの音楽なんて、それが"関の山"だと言っているのだ。
■Nullsector >
ずらりと並んだ教団のリスト。
かつて、その時代に生きていたもの達の姿。名前。
何処かで見たこと有るような昔の著名人まで入っている。
小規模ながら、熱中するやつはとことん熱中するらしい。
「偶像が偶像暴きとはね……
アンタも随分といい趣味してるよ。まさかとは思うけど、血縁者とか言うんじゃないよ?」
ちょっと有り得そうなのが嫌な話だ、ぞっとしない。
「……で、リストには乗ってるのかい?
まぁ、無いって言うならまた潜ってやるけどさ。」
■ノーフェイス >
「どちらもボクだ。人は仮面を付け替えている。意識してるか、そうでないか。
キミにみせるボク、ほかのだれかにみせるボクは、別人でありながら、同一人物だ。
――『パリで暮らすということは、仮面舞踏会で踊るようなもの』。
こう綴ったあの小説は、百五十年の時を超えてなお、この世界に残っている」
フランス人ではないけどな、なんて、自嘲気味に笑った。
「どうだろうね。夢のない世界だとは思う。
肉体を機械に変え、電脳を操る魔術師が、夢のまた夢でしかなかった時代に比べてね。
大切なのは、そう変わったことが……人間に対して、良い影響を与えたかどうかって話……」
人間が、成長するために。
――大変容は、是か、否か。
それを試されているのが、常世学園であると、認識していた。
すぐにこたえは出ない。明日にも。きっと、いまこの場にいるものが生きているうちには。
それでも。
「たかだか三十そこら、一度の人生の失敗談と教訓話で。
子供の思考を制御して安定させようとすんのは、あんまりよくないと思うぜ」
頬杖をついて、痛烈な罵倒にも、どこ吹く風だった。
それは、聞き流して受け流すわけでも、否定するわけでもない。
覚悟の上だと、その余裕だった。
「希望と絶望は常に両天秤に載ってる。
絶対に出来ること、誰にでも叶えられる夢、他者から借り受けた理想に興味はない。
格好悪い着地を恐れて、予防線張りめぐらせて。全力出さずに生きるほうが、全然イヤだ。
成し遂げると。成し遂げてみせると。それでも思考を捨てず、熱情に溺れずに」
――否定など。いくらでも、されてきたと。
親に否定され慣れた子供の振る舞いだった。
「それに……ボクの野望は、音楽を後世に残すことではないから」
ごく、冷静に。
「繰り返すケド、キミはどうなんだ?
理想の自分で、在りたい自分でいられているのか。
進み続ける時間のなかで、前に進めている?……進もうとしてる?
大人は、大人であることで人間を動かすことはできないよ、Nullsector。
……誰にだって出来やしない」
頬杖をついて、問うた。
子供は、大人を、よく見ている。
「…………知ったふうに諭すなら。
相応の生き方をできている大人であるべきだろう。
その言葉に、説得力を持たせられる人間でいられている?
胸を張れるのか。自分の生き方に」
お前は違うと言うわけでもなく。
ただまっすぐに、"そう在れているのか?"と。
Nullsectorという人間に、黄金の炎が視線を向けた。
――今の自分を、どう受け止めている?
二十年余りの隔絶を経ながら、子供は大人に問う。
■ノーフェイス >
多く、ずらりと無機質に並ぶ文字の群れのなかで。
木端の団員たちが、無数に並んでいる。
一家まるごと入信した連中もいるらしく、子供も時折散見されるなかで。
彼女の言葉には、うけこたえはしなかった。
「…………これ」
指が不意に画面にふれた。操作を横取りする。
名前のない団員が、ひとりだけいた。
生年月日は、1991年、10月31日。
そこをクリックすると、生年月日のほかに、身分登録制度への照合番号が記載されていた。
番号頭の識別子は、米国東海岸の地方都市のもの。
米国には戸籍といえるほど厳密な管理制度はなかったものの、大変容前後、そのあたりのデータベースの整備は急務となった。
基本的に制度が確立されてから、データはずっと残り続ける。
「アクセスできる?」
ハッキングにはなるが、識別番号をたどれば役所のデータベースで照合は可能だ。
■Nullsector >
「あたいに説教かい?よく言うよ。
アンタこそ知った風に言うじゃないか。
そこにはNullsectorよ。少なくとも、アンタに語る事でもない。」
「あたいに答えを語らせたいなら、先ず自分から腹でも出してみるんだね。」
少なくとも此処にいて、言葉遊びに興じているならそれ以上は無い。
虚無の情報屋と顔もない音楽家。それだけで答えは十分だ。
大人と子どもと言うには余りにも歪だ。
それこそこんな無軌道な事を制御しようとは思わない。
これっきりでも十分だ。は、と鼻一つで笑い飛ばせる。
「……けれど、その考えはいいんじゃないかい。
泥臭くてもいいって言うのかね。まぁ、それなりに応援はしとくさね。」
全力で泥を追っ被ってでも自分の理想を追い求める。
その輝きの眩さは理解しているつもりだ。
頭でっかちに講説垂れるよりは余程いい。
批判にも負けずと言うなら少しは視ているのも悪くはない。
何者であるか、誰であるか。在りたい自分で要られているのか。
問答の答えとしてはそれで十分だ。
必要以上に親は干渉などしない。
子どもから助けを求められるまで、ただ見守り、寄り添うだけだ。
「そういうアンタは……まぁ、聞くまでもないか。」
そこまで啖呵を切ったんだ。
寧ろ自分こそハッタリでしたなんて"格好の悪い"事は在るまい。
左目のネオンライトが再び輝き始める。
「今更だけど、墓荒らしだね、こりゃ。
呪われなきゃいいけどね。アンタ、祓ってくれる?日本式。」
十字架なんて切るんじゃないよ、と冗談めかしに言えば左目を見開いた。
無数の虚数、偶像の世界が膨大に広がっている。
右は現実、左には虚空。景色が入り乱れる見慣れた光景。
例えるなら海だ。熱くもない寒くもない。ただただ深い海の底。
無数の残骸、プロテクトの隙間をくぐり抜け、指を、手を這わせていく。
ただ揺蕩うような不思議な浮遊感。初めてきた道なのに道を知っているかのように自然と答えにたどり着く。
脳が、瞳が、耳元で虚数が"そうである"と囁いた。
<Success>
左目にその文字が移れば、数度瞬きしホログラムモニターが二人の間に表示される。
「……コイツで合ってるかい?」
■ノーフェイス >
「…………、」
から、とグラスを揺らして、鳴らした。
「ごめん。言い過ぎた」
深く突っ込もうとして躱されて、そこで冷静になった。
問われれば、こたえながら、問い返す。
どこまでも熱意を宿す子供はまた、折り返しに入った大人を、完全には理解し得ない。
それでも、立ち入られたくないこと。ビジネスの関係で、立ち入ってはならない領分を。
侵してしまった確信はあったから、視線を反らして詫びを入れてた。
「おかわり淹れてくる。
……これで終わりじゃ、サイアクのおしまいになっちゃうし?
それとも、やっぱり一晩くらい寝ておくー?
百聞は一夜に如かずとも言うし、ボクのことよーくわかるかもよ。
どれくらいキミに対して本気だとか、さ」
苦笑して、立ち上がった。
少なくとも、普段の軽薄さよりは、素に近く。自分と彼女のグラスを持って、ミキサーのほうに歩いていった。
情報の取得は――ひどくゆっくりだった。
常世学園に敷かれた最新鋭のネットワーク設備、通称システム・テスラの性能は世界最高峰である。
あるけれども、結局のところ、送信元がのんびりだと、どうしようもないところがある。
ゆっくり、ゆっくりと暴かれていく墓碑銘は――果たして、不可思議なものだった。
登録された身分に、確かに存在している。
しかし、情報が著しく欠損していた。
まず、氏名がない。ありえないことだった。
生年月日。家族、および登録者に至るまでが空欄だった。
血液バンク、および遺伝子バンクへの登録はなされており、
輝きの御子は、確かに実在はしている。
けれども、身分変更――1999年に、何らかの事情で情報を変更された形跡があった。
偶像に、名前は必要ない。その前も後も。
信徒を操り、金をせしめるための、まさに偶像だけあればよいと。
正体を突き止めようとするハッキングの魔の手を、その時から考慮していたように。
■ノーフェイス >
その背に。
取り落とされたふたつのグラスが、床にぶつかって砕け散る破裂音が響く。
呆然と、それを見ていた。
あらゆる欺瞞の剥げ落ちた落ちた――子供の、少女の顔で。
「……、……どうして」
その音に前後して、遅れて顔写真が表示された。今の時勢なら一瞬でダウンロードできるはずの、荒れた画質の。
■Nullsector >
思わずふ、と口元がほころんだ。
「いいさ、あたいも大人気なかった。」
売り言葉に買い言葉。
生憎と決して良い大人にはなれなかった。
此処にいるのは虚数の情報屋。親らしい事も何も出来てはいない。
良く見ているというのであれば、それはきっと残滓だ。
無数の虚数の海に残された残滓。虚無に至る前の一人の女性。
そんな彼女が生きていた頃の名残なんだろう。
「アンタがきちんと自立した大人になったら考えておくよ。
少なくとも、"誰に対しても"本気なんてのは、コッチから願い下げさ。」
情熱的な大人のベッドタイムは此処にはない。
少なくとも、熱情に茹だるだけならまだまだだ。
本当に一晩を過ごしたいと言うのなら、それこそ紐解くべきだ。
言っては悪いが、簡単に揺らぐ女なんて、まだまだ青いものさ。
此の虚数の海には虚偽も真実も綯い交ぜにされている。
何もかもが簡単にそこに残せ、簡単に消えていく。
激動のようで静寂。そして何よりも流れが早い。
そこに記載してある"モノ"が全てだ。嘘か真かは────……。
「…………。」
語るまでもないようだ。
確かに此の左目に映ったそれは、出したものは確かなものらしい。
ゆるりと立ち上がり、砕けたグラスをクシャリと靴底が潰す。
「──────大丈夫かい?」
空白の衝撃。
茫然自失の暇を手繰り寄せるように、その髪の毛をくしゃりと撫でた。
寄り添うだけ。鼻腔をくすぐるバニラの香。
人のぬくもりを持った指先が、確かな現実を引き戻そうとしていた。
■ノーフェイス >
びく、と大仰に肩が跳ねた。
釘付けになっていた瞳が、大きく見開かれたまま、ゆっくりとそちらに動く。
「…………」
なにかを言おうとして、開きかけた唇は、ゆっくりと……閉じてから。
「髪、触んないで……」
むすくれたようなような物言いとともに腕をもちあげて、その手から逃れた。
それでも、その指先に正気に引き戻されたのは確かだ。
うなされるような息遣いとともに、画面に近づく。
「……これと、これがあれば……。
だいじょうぶ。必要なものは、これだけ……」
冷房の効いた空間で、画面に震える指をふれた。
たどたどしくコピーして、ペースト。自分のオモイカネ8に、確かに記述していく。
個人としての識別番号。血液バンク、遺伝子バンクの登録番号。
更新は先日だ。「E」と「T」の戦争を経てなお……経たからこそかもしれない。
それは、身分としての"確度"を大きく時間を経ても保ったままだ。
だから問題はない。
「………………だいじょうぶ。いままで、ありがとう」
目を伏せて、ポケットから黒いカードを取り出す。
親指で魔力を通電させ、認証された小切手。
いつもこれで金をやり取りしていた。法外な値段……ノーフェイスという個人にとっては、
それだけ払っても、惜しくない、価値ある情報にたどり着くための投資だった。
額面を書かずに、顔を向けないまま彼女に差し出す。好きなだけ書くといい。手切れ金だった。
■Nullsector >
逃げるようなその言動は、幾ばくか年齢が下がったように錯覚してしまった。
否、或いは本来の彼…彼女がそうなのかもしれない。
仮面も存在し得ない一人の子ども。
真実を目にした今、その衝撃は計り知れない。
図らずとも、自らの言葉が本当にそうだとは思うまい。
此れが恐らく、当人にとっても分岐点。
「そうかい?触り心地は良かったんだけどね。」
それこそ、軽口で返してみせた。
売り言葉になんとやら。普段相手がやっていたような、軽薄な態度。
仕返しとしては此れで十分だ。指先が空をなぞり、ホログラムモニターを表示させる。
何時もの小切手にしては、なにかが足りない。そう、数字だ。
そういうことだとは理解した。だが、敢えてそこには何も書かない。
静かな沈黙。左目を瞑ったまま、モニターをじっと見ては不思議そうに小首を傾げる。
「……おっと、さっきのジュースが依頼料だと思ったけど違ったかい?
結構美味しかったんだけどね。アンタにしちゃ、あたいの好みを良く覚えてたよ。」
透き通るようで口残るような程よい甘さ。
先ず"子ども"が"大人"におねだりする時のご機嫌取りの常套句だ。
モニターを切るようになぞればホログラムは閉じ、女は静かに微笑んだ。
「この先何をする気かは知らないけど、必要にはなるだろう?
残しときなよ。なんだかんだ、細かい所に金銭は巡ってくるさ。」
「"私"は何時だって、アンタを見てるよ。
一晩くらい寝るんだろう?なら、いってらっしゃいの一つ位言ってやるさ。」
それこそ子ども一人を毟り取ってほっぽりだすなんて大人のやることじゃない。
この先の道が如何に不安定かは当人しか知り得ない。
手を繋いで歩くことは出来ない。それは、当人しか進み得ない。
出来ることは見守り、"もしも"の時に帰れる場所となってやることだ。
それが、"大人"である自身に出来ること。
言ったように、必要以上に深くは聞かない。
代わりに向けた微笑みこそ穏やかな、母のような温もりだ。
■ノーフェイス >
「ヘタ打つと殴られるからな、髪……」
じっとりと目を細めて。経験則もあった。
まずはしっかり距離を詰めて。褒めて褒めて、丁重に。
……自分を模されているという自覚があったから、低い声で唸った。
「………………」
向けられる慈しみも、優しさも。
きっと、彼女の生来から来るものなのだろう。
それを違うだとか疑うほどに、人間に絶望はしていない。
受け止めて、甘えてしまえば、きっと楽になれる。
――――楽なほうに流れてしまう。
「…………まだ、ボクとつながる気でいるなら」
その手を掴んだ。
新世界への切符、火傷しそうなほどに熱した銀の鍵ごと。
それをもたらした電脳魔術師を引き寄せて、睨みつける。
「落第街から出て、観に来いよ」
出来るだろう、と脅しかけるようにした。
それは、単に――境界を超えて出かけて来て、という意味ではなかった。
業火のような瞳が見据え。
帰る場所は――求めない。決然の炎だ。見せるべき腹の内。消えない欲望の熱情。
――安らぎは要らない。試練が欲しい。
痛みを乗り越える鷹の心を、悲しみを飲み込む蛇の執念を。
阿らずに荒野を駆ける、狼の精神を。
「ボクは、だれかの代わりじゃない。
……キミも、だれの代わりでもないから」
子の代わりでも。
親の代わりでも。
だから、対等な人間であることを求めた。
■Nullsector >
虚数の海の代理人。
誰かの代わりでもあり、何者でもない。
匿名の何者かに代わり、張り巡らされた監視網で虚空を掬い上げる。
掴まれた手から感じるような火傷するような熱量。
黄金に燃ゆるのは消しようのない熱情。
「…………ふぅん。」
脅しかけるような物言いにすれど、まるで子どもの癇癪のようだ。
だが、確かに手本を見せるのも大人の役割だ。一理ある。
「……潮時かね……。」
ふ、と力なく笑う顔は何処か諦めのように見えた。
アングラに燻るのも、此処までかもしれない。
彼女だけでなく、色んな人間を気にかけてきた。
情が移ったわけではない。ただ、似合わないことをしてる自覚はあったから。
新たな決意に、観に来いと言われるのはきっと、どんな舞台よりも新しいチケットに見える。
「今までアンタから色々ふっかけられたけど、一番ぐっと来たね。
……そうだね、そう言われちゃあ仕方ないか。それで……?」
挑発的に口角を上げる。
「女の髪どころか、手まで掴んだんだ。
ちゃんと責任持って引っ張れるのかい?坊や。」
■ノーフェイス >
「アーン!?Nullsectorアーン!?なんだよその情けない言い草は!
座り心地のいい椅子にいよいよくっついちゃったカナ?介助なしじゃ歩けませんって?」
ばしっ、と手を払った。鮮血色の髪が揺れる。
指先を眼前にびしりと当てて。
「自立した大人だってところ、見せてみろって言ってんだよ。
なあんでボクが手を引かなきゃならない。この手はもう先約があるの。
年上のお姉様にグズグズに甘えてたら、そっぽむきそうなヤツの手でさ」
ひらひら、とその手を振ってから。
「やり残したことを終えたら先に行く。
それで、ボクは待たない」
誰のことも、待たない。
……手の引き方があるとすれば、それだ。
「一介の音楽家にできることなら。
報酬次第で手伝いますケド」
手の甲を見せたピースを、自分の細顎にふれさせる。小顔アピール。
……戯けた調子から、ぱたりと体の横に腕を垂らして。
「……だから、先行くね」
■Nullsector >
ぱしっと手は払われた。
特に気にもせず、微笑みを崩すことなく真っ直ぐと彼女を見ている。
「いいや?アンタが手を掴んだからエスコートする気なのかと。
なんだい、慣れっこだろう?なんだ、違ったのかい。今日に限って落ち着きがないねぇ。」
それこそ何時もの意趣返しと言わんばかりにいってやった。
飽くまで乗ってやっただけだとも。おや、釣られてしまったようだ。
いつもならそれこそ"数多"手を引いていたくせに、此処ぞとばかりに良くぞイモを引いたな、と。
払われた手を見せつけるようにわざとらしくひら、ひら、と振って見せればはにかみ笑顔。
「よく言うよ。ソイツは何人目の予約だい?
……もしかして、本当にお一人様?……ああ、まぁ、怨みを買ってないといいねぇ。」
女絡みは同じ女だからこそ恐ろしい。
本当にコイツ何時か刺されるんじゃないか。
いや、刺されていたなそう言えば。じゃあ今度は脳天かも。
片付ける前に刺されないといいねぇ、なんてわざとらしく付け加えて腕を組んだ。
「いいんじゃないかい?一度止まったら、もう進めないんだろ?」
それなら引き止める理由も、引かれる理由だってない。
後は思うようにやればいい。吉と出るか凶と出るかは、それこそ進んでみないとわからない。
「言われなくても、アンタよりは長生き……のつもりなんだけどねぇ。
この場合はどうなんだい?まぁ、アンタよりは"大人"のつもりさね。」
「今更イモ引くマネはしないよ。さぁ、行った行った。」
し、し、と追い払うように手を払う。
「……すぐにでも観に行ってやるから、アンタはアンタのままに進みな。」
■ノーフェイス >
「因縁つけたのを都合よく解釈するんじゃねーーーよ。
乙女脳か~?壁ドンでもしてやろーか?慣れてるからクオリティは保証しますケド~?」
両手をひらひら。戯けて笑った。
「秘密ぅ~~~。キミ絶対お節介焼いてくるから。
どーせボクくらいのどっかの若いカップルとかにもあれやこれや世話焼いてんだろ~?
キミのほうもだーいぶ、コドモの扱いに慣れてるもんなあ」
――なるべく情報網をかいくぐるようにしなければ。
そう心に誓った瞬間であった。スキャンダルを見世物にするつもりもないので。
「……精々」
身を翻して、紅の頭髪を揺らす。
「若者の背中、息切らして追っかけな」
挑発的な物言いは、こちらも。
どちらが正しいかではなく、どう生きたいかの。
背を向けたまま二指で気取った礼をして、音楽家はその場を後に。
いつかの未来にまた逢えたら。
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