2024/08/28 のログ
ご案内:「徒然之作「蛍」」に芥子風 菖蒲さんが現れました。
芥子風 菖蒲 >  
それは本当に暑い夏の日だったと思う。
常世渋谷付近の路地を歩いている最中の事。
照りつける日差しは此の服に良く吸い込まれる。

「あっつ……。」

理由あって着込んでるにしてもやっぱり暑い。
服裏に冷却用の札が入ってはいるけど汗が出てきて仕方ない。
気だるい気持ちを抑えながら額の汗を腕で拭い、一息。
自販機で何か買おう。人の雑踏を抜け、曲がり角を曲がった。


瞬間、ふわりと頬を撫でる夏の冷風。


「ん……。」

場の雰囲気が変わった
人の気配が消え、あれだけ暑かった日差しは何処にもない。
周囲の景色こそ変わっていないが、"迷い込んだ"のは間違いない。
それが何処かわからないけれど、特に危機感は感じなかった。
その感情は、慣れが近い。何時もと違うことと言えば、傍らの"鋏"。
錆こそすれど、少年の半分はあろう大きな鋏。死の象徴。
死の神より預かりし、縁切り鋏。横目でじとりと見やれば、肩を竦める。

「呼んだ覚えは無いんだけど?
 ……ま、いっか。お前が出たいんなら、それでいいよ。」

「とりあえず、進もうか。」

そこに留まる選択肢はない。
鋏も刀も、共に担いで歩いていく。

芥子風 菖蒲 >  
坂を登り広々と開いたのは、穂波。
金色の波があらゆる建造物を侵食し、猶予(いざよ)うように揺れている。
せせらぐ囁きはなく、無数の金色は押し黙ったままだ。
人影が穂波に置き去りにされ、時折此方を手招いては消える。
こんなにも太陽は燦々と輝いているのに、すっかり空気は冷え込んだ。
淀み、何処か肌を撫でる不気味さだが少年は意も介さない。

「……見覚えがあるなぁ……。」

記憶と少し違う光景だけど、何時か見た金色だ。
音もなくこうして揺れているのを覚えている。
穂波をかき分けると、ばさりと背より羽ばたく音。
空を見上げれば、鳥が羽ばたいていった。
一羽、また一羽と空に彷徨う。
水鶏のように見えるけど、何かはわからない。
ただ一匹だけは、何時か見たことある気がする。
だって、その痩せっぽちな姿は、いつか見た景色()と似ているから。

「…………。」

羽ばたいた姿を追うように、少年は穂波をかき分ける。
一つ凪いでは砂に崩れた。空も景色も、徐々に色を失い
七彩は枯れ木に刺さり、燃えていく。

芥子風 菖蒲 >  
七彩無き白黒の世界。不思議と音はない。
自身が染まっていても、特に少年は気にすることもなかった。
稲穂に背押させて並み居る川門(かわと)
せせらぐ川は長く、深く、何処までも底の見えない黒が続いている。
彼方には光が見え隠れ、暗闇で足跡となるように求めあい、ちぢれていく。

『……あっちかな。……声出てる?』

音はない。口だけは動いた。
喋っているはずなのになにもない、変な感触だ。
とりあえず、用があるのは川の向こう側だ。
流石に得も知れぬ水に入るのは危険のが大きい。
橋でもあるかも、なんて楽観的に考えながら川を辿った。
流れもどちらかさえわからない。そんな川の先、遠く、遠く、遥か遠く。
水分(みくま)りの指先には湖と成っていた。
唯一色を持つそこで、水々しく双つと飛び跳ねる魚影。
陰陽色が水面に飛び込み、広がった。
潦が決壊したように、歪んでは細濁り、絶え間なく沈んだ。

『……そういうのは、良くないな。』

あれは良くない。
一つの心意気に泥を引っ掛けるような行為だ。
流石の少年も顔をしかめはするも、道はわかった。

『あっち、だな。……お前もそう思う?
 じゃあ、間違いじゃない。行こうか。』

ちらりと鋏を見やり、たった今沈んだ濁りに歩を進める。

芥子風 菖蒲 >  
気づけばそこは森になっていた。
鬱蒼とした森には光はない。
晴天の空は黒く塗り潰されてしまった。
薄月夜。但し此処に夜明けはない。
ただ白黒と静寂が支配する場所。
そこにいるだけで、見上げるだけでいい知れぬ不安が人を襲う。
不思議と少年は涼しい顔をしていた。表情一つ変えていない。

理由は単純に、一人でないことを知っているから

『……眩しい。所で、何時から皆いたの?』

小さな光。蛍のように消えては光り、少年の周りを揺蕩っている。
"漸く"認知した存在に問いかけるも、答えはない。
小さな影と背負い、噤み行く。その先には、たった一輪咲いている。

『…………。』

花弁の欠けた、一輪の花。
いつぞや見た、不足の美。
少年はあの時、認知さえしなかったが誘ったのは確かだ。
此処に招かれた意味を理解すれば、青空をぱちくりとまばたきさせる。
とんとん、と軽く鋏で地面をたたき、頬を掻いた。

『……いいの?』

問いかけに答えは、返ってこない。

芥子風 菖蒲 >  
それが正解だとは思っていない。
正しい答えだけど思っていない。
ただ、しなくちゃいけない気がした。
自分で選んだことだから今更だ。
吐き出す吐息は、冷え込んだ。
錆びた鋏を掲げ、金切り声と共に刃が開く。

『──────……。』

青空が見据える一輪の花。
隠沼(こもぬり)に落ちた夢に、刃を突き立てる。

じょきん。

刹那、歪み裂ける虹と冷光。
掠めて遠く──────……。

芥子風 菖蒲 >  
ひらひらと光が重なり架け橋になる。
森の奥、せせらぐ側の向こう側。
揺蕩う光は一つ増え、一つ消え、彼方へと玉響に。
水に影短くして在り、それぞれの夜明けを待っている。

『…………本当に良かったんだね?』

事は既に済んだ後。
縁切り鋏は、確かにその"縁"を断ち切った。
誰が為に行き、誰が為に渡す重きなのか。
七彩に問うても答えは返ってこない。

『ねぇ、アンタは────……、……いや……。』

思わず声を張り上げるが、息を呑んだ。
橋を揺蕩う光達は黙して答えはなく
ただ、白い手が彼方で手招きして溶けた。
そう、確かに向こう側に用があった。
どんな用事かは覚えていない。
ただ、会いたい誰かが向こうにいる。

『ごめん、まだいけないや。』

それは今ではないと、なんとなくわかった。
まだ現世(あっち)でやることがある。

またね

少年は静かに彼方へと微笑み、背を向けた。

芥子風 菖蒲 >  
 
               ──────気づけば暑い日差しが、頬を撫でる。
 
 

芥子風 菖蒲 >  
下り坂の上、人の喧騒と喉の乾きが少年を襲う。
ふぅ、と気だるそうに吐息を吐けば歩みだす。

「…………。」

ちらりと振り返る坂にはなにもない。
けど、青空にはしっかりと映っていた。
坂を登るその先に、穂波が光っている事を。
今も変わらず、増えて、消えては、光っている。

ご案内:「徒然之作「蛍」」から芥子風 菖蒲さんが去りました。