2024/09/14 のログ
ご案内:「追想:わたしの値段」に弟切夏輝さんが現れました。
■弟切夏輝 >
「北海道は、でっかいどう~」
北海道帯広市出身。
まばゆい季節に生まれ、夏輝の名前を授かる。
降雪にまわりがテンションを上げている横で、
うんざりしているような生徒だった。
「なまらダルい~」
■弟切夏輝 >
――おまえはギフテッドだ。
父親がよくそう言っていたのを覚えてる。
わかりやすくいえば、生まれつきの天才なのだと。
なんの天才だったのかはよくわからない。
ただ、ひたすら期待されていたのだろうとは思う。
でもそんなことはどうでもよかった。
(わたし、女の子なんだけど)
殴ったり蹴ったり、そういうのはちょっと。
あこがれるのはアクションヒーローではなく、ヒロインのほうだし。
男の子のほうがよかったと夜中に話してるような両親は、
まわりの家族の話をきいているとすこしおかしいことがよくわかったし、
正直……きらいだった。
家での稽古はつまらないし、
学校で話題に乗り遅れないようにする、情報収集の時間を圧迫する。
なにより痛い。同級生と遊ぶほうが、はるかに楽しかった。
家にいたくない。
■弟切夏輝 >
小学校の先生が優しかったのも幸いして、痣だらけで登校するようになるころ、
警察のひとが家にきて、わたしは親元を離れて施設で暮らすことになった。
やりたいことを、やらせてもらえるようになった。
嘘のような成功体験。
余暇、つれていってもらったスケートリンクで才覚を発揮し。
声をかけられたら、あれよあれよ――
輝ける声援と喝采の只中へ。
そこから数年。
『――弟切夏輝!見事踊りきりました!』
『トリプルアクセルからの華麗なる着氷――』
『無垢なる氷上の天使、弟切夏輝!』
『今年度、ジュニア選手権のトロフィーは彼女の手に――』
わたしの人生は、一度目のピークを迎えた。
■弟切夏輝 >
「……引退?」
『あくまで薦める……というだけ』
「なんで」
『正直このままだと厳しいと思う』
「……スキルはどんどん上がってる」
『このまえの身体測定の結果は?』
「…………」
『夏輝』
「……ひゃくごじゅうきゅう……てん、なな」
『でしょ』
「五輪狙えるってノせたじゃん」
『女子で160超えるとむずかしいんだよ……男子なら……』
「わたしならやれるって!」
『……つぎの世代の子に、もう話がいってるの!――ね、モデルへの転向の話……』
………。
なに?
一回落っこちたわたしに、まだ積み直せって?
でかくなりすぎて引退したんですよー、って
今後は雑誌やワイドショーで笑いものになれって?
……ああ、
■弟切夏輝 >
「……やめとく」
『あ……』
「進学して、ふつーに就職する。わたし成績いいんだよこれでも」
『夏輝』
「だいじょぶだいじょぶ、綺麗にさっぱり終わろ?」
期待に、応えつづけていたんだけどな。
わたしは時間の流れとじぶんの身体に負けてしまった。
スケートリンクにもいたくない。
消えてしまいたい。
そしてまた逃げた。
『弟切夏輝さん、ですね?』
「……けいさつ……? えっと、なんの御用ですか?」
『大変申し上げにくいのですが、落ち着いてきいてください。
ご両親のことで……』
■弟切夏輝 >
転がり落ちた先の、中三の夏。
誕生日を迎えたわたしへのプレゼントは、世間一般からすれば最悪のニュース。
『葬儀は――、今後の――』
「ああ、はい」
なに。
わたしの才能って、道場で伝えてた氣って。
そこまで大事なものだったの?わたしの終わった将来よりも?
『……大丈夫ですか?』
「はい」
……でも、まあ。
そのときにはもう、わたしにとって両親は、どうでもいい命になっていたみたいで。
ただ、これからどうしようという漠然とした不安だけがあった。
施設にはいていいといわれていたけど、ふと一枚の学校案内のパンフレットに目を惹かれた。
『常世学園に?』
「バイトも自由みたいですし、学費も安いってはなしですから」
『……すこしどころじゃなく、変わってるところだぞ。
奨学金とかもある。おまえの成績ならいろんな制度が……』
「ここにします」
モデル都市なので、いろいろと何が起こるかわからない場所ではあるようだけれど。
家族に先立たれ夢も失って、かわいそうになったわたしをまわりにみられたくなくて。
先生から、校内からの進学実績をつよく期待されていたのもわかっているのだけど。
わたしは北海道からも逃げ出した。
■弟切夏輝 >
常世学園に入学してすぐ、わたしのストレスはピークを迎えた。
専門課程はたいへんだったが、一般過程の授業には問題なくついていけてたんだけど。
『だからさー、凛霞にはぴったりだって、風紀委員!』
『責任感もあるし……カッコイイし!どう?やってみなよ、ね!』
講義と講義の間の時間、すこし離れた席がきゃいきゃいと姦しい。
そのときのわたしは、まだ輪の外がわにいた。
(うっっっっっっざ……なにアレ……囲まれちゃってさあ……)
その中心になってるのは、なんともきらきらとした女の子だ。
いろんな年齢とか種族のひとがいるけど、たぶん同い年の地球人。
男女問わず視線を奪うような、なんでもできるすごい子。
ぐちゃぐちゃと胸の中にうずまくのはあからさまな羨望だった。
■弟切夏輝 >
(わたしだって、中学まではああだったっての……)
ふてくされていた。
だいぶくすんだ女の子になってしまった。
身長は168cmまで伸びた。きりっとした顔立ちは、好きな服も着づらい感じで。
どうやらもう、ガラスの靴は履けなくなってしまったらしい。
視界の端にうつってるやつは。
だれからも期待されて、それに応えて、信頼されてるようなやつ。
むしろ、それを生きがいにしてるような……眩さ、さえ。
こうは……なれないだろう。
(ふうきいいん……)
きらきらしてる女の子がやれることらしい。
頬杖つきながら生徒手帳を機動し、あらためて学園案内を確かめる。
■弟切夏輝 >
(むかしとった、なんとやら……だっけ)
武術や魔術の経験があるといいらしい。
(ほかにやることもないし……)
忙しいらしいが、むしろ没頭できるほうがありがたい。
ふつうの学校の委員会と違って、事実上、公務員になるようなもので、
お給料と単位をいっしょにもらえるうえに、
卒業後の就職にも、いろいろ有利になるんだときいた。
ちら、と視界の端を再び盗み見る。
(髪の毛、あげてみようかな……
……いや、もーばっさり切っちゃうか)
男子選手みたいに――というわけじゃないけど。
心機一転、むかしの自分が重ならないように。
そしてわたしは、風紀委員をはじめた。
■弟切夏輝 >
銃は、すきだ。
ちいさいころ、テレビでやってた古い映画で。
格好いい主人公に手を引かれて、恐ろしい殺し屋から逃げるシーン。
子ども心にわくわくしたのをおぼえてる。
殺し屋が使っている単発銃が、ひどく恐ろしく、震え上がるほどで。
『おまえは、白兵武器のほうが向いてると思うぜ?』
頼もしい感じの教練官の先輩は、つとめて裏表なくそう言ってくれた。
わたしの一番の強みともいえる瞬発力を活かすならむしろ、
拳銃の発射から着弾への時間差が最大の足かせになってしまうと。
(なんていっても撃たれてから避けるやつなんて……
いや、いたわ。ていうか眼の前にもいるわ)
それでもどうにかと食い下がった。
ひたすら訓練してて、手がぼろぼろになるころには、
根気強く付き合ってくれた先輩や同期とはずいぶん仲良くなっていて、
あの鼻持ちならなかったやつとも……気づけば一緒にいるようになってた。
そして、人生は二度目のピークへと差し掛かった。
■弟切夏輝 >
高校一年生相当の年齢にもなると。
わたしは自分がどういう人間なのかを、漠然と理解しはじめた。
(いつか……)
順調すぎるくらいうまくいっているこの数ヶ月を思うと、すこし不安にもなる。
(また逃げたくなるのかな。
風紀委員会からも、常世学園からも)
わたしはけっこう優秀なほうだ……と思う。
でも、すこしでも落ちてしまうと、途端にストレスに苦しむようになる。
そして、すぐにすべてを投げ出して逃げ出してしまうのだ。
ここにいたくない、と思ってしまう。思ったから、ここにいる。
天使なんて呼ばれていたこともあったけど、でも実際は違う。
定住することができないだけの、風に流される渡り鳥だ。
(どうしたらいいのかな……)
でも、わたしは
■弟切夏輝 >
(……ここにいたい)
そういう気持ちだけがあって、どうすればいいのかを考えた。
しっかりとここに留まるためには、なにが必要なんだろう。
そして、馴染んできた周囲をあらためて観察してみる。
わたしのなかには正義も情熱もなく。
島民や風土へのつよい愛情もない。
上を目指したいという野心だってない。
社会をこうしたいという理想もない。
いわば、"信念"といえるものが、ないのだ。
(でも……)
ただ、そう。
ひとつだけ、なんとなくわかるものがあった。
期待されて、それに応えて、信頼と笑顔を勝ち得ていく。
それを生きがいとするような、あの眩しい女の子。
期待されることはよくあった。
これなら、自分にもできるのではないだろうか。
同じほどにはできないだろうけど、同じようには。
そうなれば、自分にも、現状を留めておくことができるんじゃないか……
■弟切夏輝 >
「立件、厳しいんですかね」
『物証はほとんど上がってるっていうが、あと一押しがな』
となりの班の事件をぼんやりと眺めている。
疑わしきは罰。悪には天誅。
そんなわかりやすい正義の行いができないのも、風紀委員会の常。
『でも、あと一押しだ。協力要請があればすぐ動けるようにしとけ。
こっちはこっちの……だ。よし、行くぞ』
「はーい」
■ >
十代の学生に警察機構を任せることに問題視する向きは依然、内外とも騒がしい。
未成熟の精神性に対して暴力の箍を外し、権力のもとに執行を許諾することは、
健全な心身の生育に著しい影響を与えることは明白である、ともいえるし、
本来なら発見されるはずのなかった精神の欠損や欠陥を自覚させてしまう危険性もあった。
遠ざけておくべきだ。
しかしそれはまた、内外の一部層の物の見方にすぎない。
■弟切夏輝 >
「島外逃亡……?」
『このままだと――あいつ、逃げちゃう……!』
落第街、捜査中によく会ってた二級学生が悲嘆に暮れていた。
いわく件の違反生が島外に脱し、捜査を躱す手筈を整えているのだと。
勾留による時間稼ぎは現状でもまだ困難、そして一時出島手続きは容易だ。
「わかった。せんぱいたちにかけあってみる……!」
急ぎ庁舎に引き返し、連絡を取るために手帳を取り出そうとした手を掴まれた。
『……これ』
奇妙な感触。
「なにこれ」
ぐしゃぐしゃになった数枚の紙幣だった。血とかの染みで汚れている。
『これで、あいつを』
「…………」
まっすぐな瞳に、見つめられた。
正直なところ、助けてあげたいとか、かわいそうとか。
そういう熱い感情が沸き起こったわけではない。
でも。
期待をされたのだ。
わたしに――わたしだけの―――――
■ >
捜査の手法や証拠の収集など、さまざまな能力を供与するということは、
同時に隠匿やさまざまな犯罪を行う「死角」を供与することに等しい。
捜査官を育成するということは、狡猾な犯罪者の発生と隣合わせなのである。
遵法精神、社会的価値観の成熟が追いつかない少年少女に対してならば、なおのこと。
大変容を経た現在に至っても、世界中で、警察官の犯罪、不祥事もあとを絶たない。
■弟切夏輝 >
現実的に考えて、物証を固めて公式的に捕られるかは――賭けには、なる。
多額の金銭と引き換えに逃し屋を営む違反部活の話もある。
それでも明らかに間違っていた。
断らなければならない信頼だった。
だが、それを断って、法に従い掟に従い、
自分は風紀委員会に留まれるだけの信念を得られるのだろうか。
輝ける青春がくすむ未来をふと想像すると、
足元が崩れていくような感覚に襲われた。
墜ちる。堕ちていく。
そしてきっとわたしはまた―――
■弟切夏輝 >
銃は、すきだ。
手応えも、罪悪感もない。
結果だけが、他人事のように眼の前を通り過ぎてく。
■弟切夏輝 >
いつかの夏の夜の暮れ、闇のなかに閃光がひらめいた。
ひとつの命がうしなわれた気配に、烏がかまびすしく鳴いている。
地面に広がっていく赤い水たまりに、黒い羽が舞い落ちた。
わたしの初体験は――
■弟切夏輝 >
――よかった。なにも感じない。
ご案内:「追想:わたしの値段」から弟切夏輝さんが去りました。