2024/12/16 のログ
ご案内:「未開拓地区:黒い森」に藤白 真夜さんが現れました。
ご案内:「未開拓地区:黒い森」に挟道 明臣さんが現れました。
■藤白 真夜 >
未開拓地区。
未だ青々とした自然の横溢する転移荒野にも程近い一帯。
普段は旺盛すぎるほどの自然をその気になれば楽しめる場所が……今は、不穏な空気の漂う何某かの狩り場のように成り果てていた。
伸び放題の樹々には巨大な爪痕に銃痕、なんらかの異能による焦げ跡が残り、辺りには獣臭と腐臭が漂う。
だが最も忌まわしく映るのは、あたりに飛び散る“黒い汚泥”だった。
本能的な嫌悪感を訴えるその物質と、その泥に塗れる凶暴な獣たち……あるいは植物。あるいは幻想種。
そんな生き物が跋扈する封鎖区域で──
「はぁ、はぁ……っ!」
息を切らせ、樹間を走る女が居た。
(森から出なきゃ……! 平地にでれば、まだ、なんとかなる。
先遣隊が残した結界が境界に張り巡らされてるって報告があった、あと少し走れば……──!)
横合いの衝撃。
いきなり突き飛ばされるようにして、倒れ込む。
──右腕に、もはや何の生物か元かもわからない動物が喰らいついていた。
「く、……あぁぁあぁ~~~~ッ!」
まるで苦悶の声のように喉を引き絞って、己を奮い立てる。
──ここで引いては、わたしは何も出来ないままだ。
決意と声が、異能の引き金になる。真っ黒なドロに覆われた四足の異形の、頭部らしき部位から……血のツルギが突き出す。血液操作の異能の、最も単純で暴力的な発露。わたしの嫌いなそれ。
「……」
ぶつり、と肩先から千切れるセーラー服に、真白い女の細腕が何事もなく伸びていた。
──対照的な、頭から先がちぎれ飛んだ黒い獣の、黒い液体と赤い血を見下ろしながら。
(──だいじょうぶ、だいじょうぶ……。
護るため、わたしを、……)
獣に対しても空虚な自己弁護を繰り返しながら、奪ったものを見下ろす。
……秘めていた決意は、その現実の前にはすぐに揺らいでいた。
「……、……わたしは、……ここは、何故、こんなことを……」
動物の命を、なんて思い込むほど無垢ではないつもりだった。
ただ、何故?
そう、考えずにはいられない、そんな場所だった。
人と獣が狩り合う、黒いなにかに塗れた場所。
……あの研究所の続きと思えば、納得出来たのだろうか。
■挟道 明臣 >
探している少女━━藤白真夜らしき少女が隔離区画へ向かうのを見た。
映像も無いし、確たる証拠足り得る物では無かった。
ただ、外で聴き及んだその一言は男がこの森に踏み込むには十分な理由だった。
「なんだってこんな場所に……」
自らの意思か、あるいは祭祀局の遣いで向かわされたのか。
どちらかは、分からない。
それでも彼女は自ら赴いてしまうのだろうと、そんな予感があった。
いっそ、確信と言っても良い。
彼女なら危険な場所と知っていても━━いや、知ればこそか。
自身の不死性に何処まで本人の理解があるのかを直接問いただしたわけでもない。
ただ、優しくて強いからなんてそんな素敵な話じゃあない。
彼女は自分を犠牲に晒す事に、あまりにも躊躇が無さ過ぎる。
「邪魔ッすんな……!」
襲い来る影を乱雑に払い除け、吼える。
駆け抜けるのはある程度の安全を確保されている地点までの最短経路。
緋月という少女に倣った訳では無いが、ルート無視の文字通りの強行突破。
ビチャリ、と何かが砕けるような音と共に何かが木に打ち付けられて爆ぜる。
文字通り、染みになるように。
黒と赤の水たまりになって、形をぐずぐずと失っていく。
何度、何匹屠った?
これがヒトだったらどうなっていたか自分でも分からない。
ただ、そんな極度の集中状態とも言える神経が、僅かな声を捉えた。
声のした方へ走って、走って。
足が重い。着こんだ服の内側も額にも汗が止めどなく湧いて来る。
息も絶え絶えに、ようやく見つけた少女の姿は傷一つ無く━━
だからこそ、直ぐに分かった。
「……っ、無事か!?」
藤白真夜。
赤い林檎の、イドゥンの源。
数度会ったに過ぎないと筈の少女だが、彼女の身体に傷の無い事など分かっている。
ただ、立ち尽くすように呆然と眼下を見下ろす姿にそう問わずにはいられなかった。
■藤白 真夜 >
「……う、……」
黒い泥との接触は、最小限にする。それが、前回での教訓だった。
それでも、今のような汚染の強い個体に近づかれると接触は避けられない。
異能──自らの根底が揺らぐような不快感と絵に描かれたような理想郷への望郷の強制。
その体に今は傷一つ無くとも、赤い血で出来た存在では黒い泥との相性はひどく悪い。
……それでも、声は届く。
警戒心が少し、安堵がほとんど。……そして、どこかで聞いたその声を思い出して。
「……ノアさん……?」
いつかの赤い花の事件でお世話になった、あのひとに。
装いは少し変わって見えたけれど、その声は確かにそう聞こえた。
人のことは言えないけれど、相変わらず無茶をするその姿に、声も顔色も和らいで弾む。
「お久しぶりです!
……でも、すこしだけ。もう少し、歩きましょう。
すぐそこに、獣避けの結界があるんです」
……あるいは、もうすでに獣避けの結界にたどり着く寸前だったか、もしくは……、誰かのために命をかけるその様が、獣の目にも恐ろしく見えたからか。周りから獣の気配は薄まっていた。
「どうしてここに、……と問うのは、お互い様かもしれませんね。
……ノアさんは、大丈夫ですか?」
女の中身は、あの泥に触れる度衰弱する。異能こそ、その異常な生命の源であるから。
だが、外見に目立った怪我は一つもなく。
だからこそ、無茶な吶喊を果たした探偵のほうを気遣うかもしれない。
■挟道 明臣 >
懐かしい響きだった。
ノア、落第街の探偵。
この島に来てから己が被り続けてきた、いつかの偽名。
「あぁ、俺は大丈夫。
森の中なら……特にね」
手袋が破れて剥き出しになった掌を地面に添えて、枝の一つを地に残す。
近くに気配こそ感じ無いが、寄ればそれらを射貫く槍となる即席の地雷のような物。
「無事、というのも可笑しな話だが……本当に良かった」
パッ、と顔色の変わった少女を見て、隠すことも無く安堵する。
生きていた、ただその事実に目頭の奥が熱くなる。
ノーフェイスに話を聞かされて以来ずっと、胸中に渦巻いていた不安が抜け落ちるように。
切らした息がどうにも上がったまま戻りもしない。
格好はつかないが、別にみっともなくても良いだろう。
ゆっくりと、少女の誘いに頷き導かれるように森を歩く。
「君を、探してた」
言葉足らず。
というよりも長い言葉が吐き出せなかったのだが。
「第二方舟に、居ただろ?」
疑問形ではない。
黒い水に直面した他の生徒の姿は此処までに見てきた。
それらの恐慌具合とは明らかに違う振る舞いを見て、断言する。
「なら、分かってたろ。危ない所だって」
途切れ途切れの言葉。どうして、の回答。
責めるわけでも叱る訳でも無い。
ただ心配で、不安になった事をどう伝えた物か悩んで━━
言葉にできずに、その頭をくしゃくしゃと撫でて有耶無耶にした。
■藤白 真夜 >
「それは、祭祀局の……、……」
祭祀局の任務で来た。
……嘘ではない。
たとえ人造の神性であろうとも、神に届かんとする第二方舟の偉業は祭祀局でも注目を集めていた。それが現実になるのであれば、だけれど。
でも、それは藤白真夜にとっての真実ではなかった。
……なにより。
ノアさんの、言葉足らずでもあまりにもわかりやすいその想いを前にしては。
「……はい。ヒトが、あの黒い水に溶けるところを見ました。
ここも、……そうなんでしょうね。以前の場所より、よほどわかりやすくて、……──」
──おそろしい。
異形化した動物が、ではなくて。
相手が人間ではなく動物であるならば。
そう、思ってしまったことが。
それよりも、あの黒い泥は……本当の意味で、わたしに恐怖を与えるにふさわしかった。
異能が働くならば、わたしはそう肉体的には傷つかない。
でも、あれは違う。
あれに塗れたまま死ねば……わたしは、帰ってこれないかもしれない。
「……ごめんなさい。危ないのは、わかっていました。
でも、……知りたかったんです。
ヒトを、動物を、植物を。
……命を溶かして。泥に塗れさせて。たどり着くものが……本当に、正しいのかを」
足を止める。樹林と平野の境界線上のような場所だった。鬱蒼とはしてないが枯れ木が並び、冬の木枯らしに吹かれて揺れていた。
すでに、獣の気配は薄い。つかの間の、平穏。
「ん、……ご、ごめんなさい」
わたしにも、譲れないものはある。
……でも、くしゃくしゃと撫でられればされるがままに頭を下げて小さく謝った。
■挟道 明臣 >
「正しい訳が無い」
強い言葉で、そう言った。
少女の探求心を動かしたこの実験の慣れ果てを、男は明確に否定する。
「いや、俺が正しいとは思えないだけか。
例えそれがヒトの為を思って進められた事だとしても、
犠牲にしてきた物を肯定できるような成果なんてありやしない。
あっちゃ……いけないだろ」
あまりにも身勝手な自論だとは思うが。
全身の3割以上を誰かの研究成果で賄ってる人間の言って良い事では無い。
研究の為には犠牲は付き物だ。
実験の最中に費やされたラットの命を指折り数える程の心は持ち合わせに無い。
「俺も居たからさ、あの時の第二方舟に。
……酷かったなんてもんじゃない、見ていられなかった」
ヒトが、ヒトだったものに変わる瞬間のおぞましさは未だに拭えない。
それを企てた研究者の狂気の空恐ろしさも。
エゴの為に他の全てを蔑ろにできるその精神性が、恐ろしくて、許しがたい。
「……色々考えたよ、分からない事も多かったし。
ただ、許せない物だけは確かだったから、迷わずに済んだ」
半分は、嘘だ。
あそこの資料はあらかた漁って、だいたいの事は知れた。
その上で、容認できなかったからこその怒りは内側に満ちているのだが。
「……で、君はどう感じた?
あぁやって、ヒトも動物も全部溶かして。それを良しとして目指されている物がある事」
歩幅は小さく、酷くゆっくりしたもので。
あの日から変わらない金色の瞳で少女の相貌を見やり、そう問うてみる。