2025/01/27 のログ
ご案内:「Gibson House 201」にネームレスさんが現れました。
■ネームレス >
夕刻。
まどろみを抜けて、白い腕がシーツの上で泳ぐ。
感じる重みを抱き寄せてから、眼をあける。
眼前にはどこか気の抜ける顔があった。
視界を埋め尽くす、平和の象徴のような……
「―――……」
ネコマニャンのぬいぐるみだ。
遅れて事態を理解する。
カーテンから漏れるべっ甲色の夕焼けに、血の色の髪が照らされていた。
■ネームレス >
「……あいつ、もう登校してるんだったっけ……」
暖かいシーツから身体を剥がすように、もぞりと起き上がる。
大魔術の行使に対して疲労が想定より浅かったのは、性徴によるものか。
眼を擦ってから、小型冷蔵庫からオレンジジュースを取り出しつつ、
視界の端を確認。プライベートの連絡が来る学生手帳への、緊急の着信はなし。
喉を甘さと酸味で潤す。人間が水でできていることを自覚する。
「……なにかあれば連絡来るよね」
護衛との名目で彼女を傍に起きたがったのは、
いくら検査で特殊な所見がみられなかったとは言え、
星骸の影響による瞳と髪の変色の経過を、すこしの間はその場で観察しておきたかった。
蓮華座の最大開放による身体の負傷も、十代半ばの若い盛りは、
すぐに歩ける程度に回復したようだった。
疲れた体をひきずって無節操に買い込んだ肉類ですき焼きをキメたのも大きかっただろう。
ジャンクに過ぎる食べ方だったがあまりにも美味しかったし、
自分もあのあとぐっすり眠って、そのあとの数日も栄養と休養をとってほぼ回復した。体は、
「あー」
―――――、――――………。
■ネームレス >
「……………」
"夢"を見る頻度が上がってきている。
もやつき、惑う心、刺さった棘から滲む出血のように。
引きずるように起き上がって、シャワーを浴びる。
汗とともに眠気を洗い流せば体の調子はほぼ完全となった。
「……家政婦とか雇おうかなぁ。
可愛くておっぱいおおきいコがイイ……」
洗濯乾燥機にいろいろ放り込んでから、保湿ののちナイトガウンを羽織る。
やることが増えた。
家事もなにも自分でやっていたが、存外、学生兼社会人となると提出や登庁の機会も増える。
ただでさえ少し特殊な身の上なので、致し方ないところだが。
「さてと」
リビングのソファに、寝室から連れてきたネコマニャンを座らせて、その隣に。
テーブルに備え付けられた端末を立ち上げて、専用のエディタを立ち上げる。
書きかけの文面が、タブ分けされて複数保存されていた。
■ネームレス >
あの件について、魔術学会と認可を下した各委員会に提出しなければならない報告書。
魔術によるエネルギー発生原理の安定性検証実験のレポートも上げなければ。
いちおうそういうことをしとけば追及もゆるいし、単位も降ってくる。
講義を数日すっ飛ばしているので、それはサボれない。
休養とはいったが、その間もなにもしていないわけではなかった。
鼻歌まじりに、テーブルの上に浮かび上がったホロキーボードに指を伸ばした。
「………………」
指が止まる。
鼻歌はやみ、表情は凍った。
彫像のように、動かない。
それは、どう続けたものか思い浮かばない、だとか。
そういうものではなかった。
まるで時間が停まったように、しばらくそうしていると。
出し抜けに立ち上がり、姿見を通り過ぎて寝室へと入っていった。
■ネームレス >
足音が程なくリビングに戻ってくれば、
レトロなアナログレコーダーと、マイク。
そして、アコースティックギターを。
ネコマニャンが耳を立てる横で、指が滑る。
幼少期より訓練して獲得した絶対音感は調律に困らない。
流石に録音の際には調律機を使うが、
作曲の段階では、これでいいだろう。
ペグを回し、ストローク……ずいぶん乾いた音がする。
高価なモデルではないが気に入りの一品で、作曲や練習用に愛用していた。
防音がしっかりした家を選んだのは自宅でも製作を行うためだ。
そのあと、両手で顔を覆って、
長く……長く、息を吐く。
■ネームレス >
指の隙間から、対面の壁を睨むかのように。
否、そこにはなにもない。視線は、そこを視ているわけではなかった。
掌のむこうでは、噛み締めた奥歯が軋み、
興奮に収縮した血管が浮かび上がるほどに表情が強張っていた。
灼熱の鬼気が、細身の肉体から荒れ狂うように迸る。
そこにいたのは、ノーフェイスでも、ネームレスでもなかった。
ひとりの人間がその身に抑えきれぬほどの怒りを宿していた。
これは、藤白真夜に向けるそれとは、また違うもの。
あまりにも鮮烈で、懐かしく、身近なはらからのような熱。
鋼鉄の理性を押し破りかける情動を、
舞台に上がるまでこのままにしておくことは……不可能だった。
音にしなければ。形にしなければ。
息を吸う。
■ネームレス >
創作において――唯一、原則があるとすれば。
それは――
「――――」
いまはまだ詞なき音が、コードに乗って紡がれていく。
主旋律はすぐに固まって、進んでは戻って、
広げられた楽譜に、都度都度万年筆が走った。
五線譜に、自分の世界を描き留める。
「――――――――」
触れたもの。識ったもの。
自分を通して見る、遥かなる故郷の端っこ。
寄せ集めの一発目。新世界へのご挨拶は大成功といえた。
続くこの二発目は、―――。
主想は固まった。
あとは、向き合うだけ。向き合い続けるだけだ。
これからもっと忙しくなる。
楽しく過ごして欲しいと、あの少女は言った。
楽しく過ごせているかはわからないが、
やりごたえに溢れた人生を生きていることは間違いなかった。
ご案内:「Gibson House 201」からネームレスさんが去りました。