2025/08/26 のログ
ご案内:「増井食堂」に松村 大地さんが現れました。
松村 大地 >  
腹が減った。
もう如何ともし難い。
空腹が最高のスパイスであるなら、
料理が見えなくなるくらい振りかけられていることであろう。

革命が起きた街から聖堂に逃げ込むパリ市民のように
俺は増井食堂という看板が掛かっている飯屋に入った。

メニューを開いて視線を上下させる。

「サバの味噌煮定食ひとつ」

お冷が届く前のファストアクションであった。
オーダー、ハズレのなさそうな料理。

2年の運営する部活だろうか?
学生さんたちが賑々しくキッチンで動いている。

松村 大地 >  
拷問されて過ごすかのような長い11分27秒の後。
料理が届いた。

香り良し。見た目良し。
サバの味噌煮に添えられたキャベツの千切りも細心だ。
感動的ですらある。



情動で震える箸で魚の身肉を一切れ取り、食べる。
「ヴェア」
えっ……何。
生臭い……?


浜辺に打ち上げられた魚の死体をそのまま煮込んだような生臭いサバ。
味噌の入れすぎで味は味噌そのもの。
まだ味噌を掬って口に運んだほうがマシな尖り方だ。
これを食べて腹を壊して死んだら閻魔様も同情してもらい泣きしてくれるに違いない。



……とりあえず白い飯を口にしよう。
口の中が味噌一色(ミソイーソー)に塩辛いから今なら美味しく感じるはず。

松村 大地 >  
ご飯は糠臭かった。
なんだこれは。
拷問のような待ち時間の後に本物の拷問がきたぞ!?
何をどうやったら日本の安全基準を超えた臭い飯を作れるんだ!?
ちゃんと米を研いだんだよな!? 除染したのではなく!!


二口しか食べてないのにもう痛む胃をさする。
先程の情動とは違う理由で震える箸でキャベツの千切りを口にした。

硬い。

有刺鉄線を噛んだら同じ食感になるだろう。
キャベツ……?
うん、どこからどう見てもキャベツだ。
俺が狂っている可能性はあるか?
それとも世界が狂っているのか。


お冷を飲んだ。
ケミカル臭がした。

もう嫌だ!!
コップというのは洗うものであって洗剤に漬けて放置した後に客に放り出すものではない!!

松村 大地 >  
「すいません、お茶ください」

お茶を濁す。そうだ、落語家らしく!!
たとえ残したとしてもそれなりに食べたけど口に合わなかったなーくらいの!!
飄々とした態度で店を去る!!


来たお茶は緑色の沈殿物が底に付着していた。
ああ、あれね。ペットボトルの。お茶の。底にあるやつ。
今までの料理の印象のせいで沼の底で死蝋化した死体を想起させた。
一口飲んで残す。


小皿に乗った漬物と思われるものを凝視する。
紫色という人倫を踏み躙るカラーリングのシワついた切れ端。
ここまで来て普通ということはあるまい。
だがこの後、夏の盛りを寮まで歩くのだ。
多少は塩分を取るのも悪くはない。
(もちろん自分の心を騙すための欺瞞だ)


漬物を口にした。
甘じょっぱい。普通だ……
涙が出そうになる。普通というのは素晴らしいことだ。
何が贅を尽くした趣向だ、何が料理人の魂を込めた調理だ。
普通、その輝きに……



この味、本土で食ったことあるな。
120円でパックに入ってる柴漬けだ。

松村 大地 >  
「お会計お願いします」
920円。水道光熱費を振り込む時の表情で払った。

もう二度と来ない。
こんな不幸な気持ちで食事などしない。
そう誓って店を出た。



後日。増井食堂は潰れていた。
ただ潰れていたのではない。
違反部活の隠れ蓑として作られていた店舗だったので
風紀の摘発と共に店員共々一網打尽にされたのだ。


この場合、何に感謝し、何を恨むべきなのか。
今もその答えは出せないままでいる。

ご案内:「増井食堂」から松村 大地さんが去りました。