2025/11/25 のログ
ご案内:「美術準備室」に小鳥遊 日和さんが現れました。
小鳥遊 日和 > 美術準備室は、その名前とは裏腹に様々な物品が出入りする。
学園としてほかの組織などと貸し借りをしている資料、
展示会に出展するためのもの、戻ってきたもの。
トラディショナルな絵画から立体、前衛的なオブジェクト、
あるいはコンテンポラリーアートのレシピ、
キュレーションのマニュアルなどなど…。

それらが詰まっている美術準備室は、巨大倉庫の中に築かれた迷宮と化していた。
そんな場所に小鳥遊が訪れたのは、「彫像部」の出展準備の監督をするためである。

「ええと……。ここか。 ACの…30セクションね。」
車いすを上手に操り、指定されたセクションに移動する。
ずらずらと並べられた正体不明の物品の数々の中に、
「彫像部」と書かれた看板を見つけて、そこに近づいた。

小鳥遊 日和 > 看板の下には、まだいくつかの物品が残っている。
なんらかの動物であったり、あるいは植物であったり様々だ。

「わあ、これって搬出予定なんじゃないのかな…。」
今日自分が来たのも、搬出の管理のためなのだ。
念のため、端末で部員に連絡する。
『入れ違いになってすみません、今搬出の途中です!』と、
返ってきた回答を見て胸をなでおろした。
予定された展示会には間に合うのであれば、先生としても
特に搬出にどうこうという話はないのである。

「…。」
あとは生徒を待つだけだ。 そう思っていた時にふと目に入ったのは、
台座だった。 形は円柱状で、人間が座るのにちょうどよい大きさである。
これが彫像ですというにはあまりに未完成なものだし、なにより座りやすそうだ。
事実、急いで準備室に訪れたので車いすから離れて少し休みたかった。

「使わせてもらうね。 材質的には問題ないだろうし…。」
こんこん。台座を軽くたたくとひんやりしたこもった物音が返ってくる。
石造りなのだろう。

小鳥遊 日和 > 台座に両手をつくようにして、えいやと身をひるがえすようにする。
人魚の下半身はこういうときちょっとだけ不便だが、
それでも慣れたもので、問題なく台座にぴたりとおさまった。

「あー、ひんやりした感覚が気持ちいいかも…。」
お尻が心地よい。そのままもぞもぞと姿勢を整えて、
手は太ももにあたる部分の上に。背筋をしゃんと立ててみる。
なんとなく台座の上に座っているのだし、そういうポーズも取ってみたくなったのだ。

「あ…あれ…?」
ぎしり。 ポーズをとったその瞬間、体が動かなくなる。
視線を下にやると、鰭の先端からじわじわと色が変わっていく。
台座のように白く滑らかな石の色だった。

「あー。これって…。」
自分の中で以外だったのは、驚きもおびえも、困りすらしなかったことだ。
どうして自分はこの現象を受け入れてしまっているのだろう。

もちろん、こういう目にあったことは一回二回ではない。
それにしても、この変化のスピードが速いのはなぜなのだろう。
膝に該当する部分まで白く染まりつつある中、目だけ下に向けて考えた。
普通なら物理的に抵抗だってするし、生来の魔術に耐性があるなら
進行を遅らせることぐらいできるだろう。

小鳥遊 日和 > 考えている時間は一分もなかったが、すでに石化は腰から上へと伸びつつあった。

その時に、はっと目を見開く。

「そっか、わたしはもう……」
気づいた。 わかった。 わたしはもう、人間じゃないんだ。
ただのモノ……ご主人様(人魚)モノ(ペット)なんだ。

そう悟った瞬間、石化はするするとお腹を、胸を、腕を白く染め上げていく。
まるで、小鳥遊が自身が何者かを悟るのを待っていたかのように。
もちろん”理解して”しまったことによる抵抗力の抵抗もあるのだろうけれど、
今の小鳥遊が、美術品に…彫像になることを受け入れたのもあるだろう。

時間にして2分もかからずに小鳥遊は姿を消し、代わりに生まれたのは、
どこか陶然とした微笑みを浮かべる、愛らしい人魚の像だった。

小鳥遊 日和 > ……数分後……。

『小鳥遊先生ー!遅れてすんません!』
『台車持ってきました!今運び出しますね!』
何人かの生徒たちが騒々しく、AC30セクションに現れる。
彫像部の生徒たちだ。

てきぱきと大急ぎで台車に物品を…出店する展示品を載せている中、
一人の手が止まる。

『あれ? ねえ、なんで人魚像が完成してるの?』
『えっ? 今その話?! だって今日人呼んで人魚になってもらって、
 そんで石化魔法を受けてもらって~って話だったでしょ。』
『いや、その人から連絡あったじゃん、遅れますって。
 ほら、ここになんか車いすもあるし。』
『じゃあ間に合って人魚化して台座に収まってくれたんでしょ。
 あと、車いすはうちら以外の美術部のやつだよ。たぶんね。
 それより早く手ぇ動かす! 搬出用車両を困らせないのも出展者のやること!』
どたばたとした騒ぎにより、人魚像に対する誰何は行われず、
そのまま台車に乗せられ、準備室の外へと運ばれていった。

…そして、彫像部の生徒たちが引き上げてから数分後……。
新たな人物がAC30セクションを訪れる。

『ごめん遅れたー! 人魚化魔法さあ、すっごい準備が面倒でさあ!
 朝受け取ってきたから遅れたーって話なんだけど、…。
 …あれ?なんで誰もおらんの?』

小鳥遊 日和 > かくしてことが明らかになったのは、人魚像が”展示”されてすぐのことである。
展示場の意向により即座の撤収は不可とされてしまったため、
小鳥遊は数日間、幸せな人魚像として過ごすことになったのだった。

以来、小鳥遊の持つ雰囲気は少し変わった。
人としての気配が消失し、それに反比例するように
愛らしさは強くなったのだった。

「最近、生徒さんたちは、わたしのことを『なんだかぬいぐるみみたい』っておっしゃるんです。
 いえ、もちもちしているとかそういう意味じゃなくて。
 こう…なんとなく触れていて、触り心地がよくて安心するみたいな。
 ぬいぐるみとか…ラグとか、クッションとか。
 もしかしたら、今のわたしはそういったものに近いのかもしれませんね。」
のんびりした、でも楽しそうな調子で話す小鳥遊を見て、
調査員の人は頭を抱えたとのことである。

ご案内:「美術準備室」から小鳥遊 日和さんが去りました。