2026/01/21 のログ
ご案内:「空港」にネームレスさんが現れました。
ご案内:「空港」に緋月さんが現れました。
ネームレス >  
空港(エアポート)は常世島の主要玄関のひとつだ。
大変容によって様変わりしたのは地上だけではないものの、依然として地球人類は空のインフラを多用している。
多くの人類の努力と研究の結晶であり、翼あるものへの憧れが結実した鋼の翼がまた一機、堂々と降り立った。
米国は東海岸を拠点とする大手航空会社のロゴが眩しい、最新式の旅客機である。

ぞろぞろと降機口へ向かう者たちのなかに、ひときわ派手な血の色の髪がある。
サングラスをかけていたとて、その白い肌も相俟って華やかに目立ちすぎる容貌。
久しい機外の風――海が近いからかすこしべとついた潮風を頬に感じて、溜息。
少し色褪せたように見える青色は、見慣れた常世島の空だ。

ニューヨーク(あっち)は寒かったね」

昼過ぎの現刻でも氷点下に近い気温ではあるが、一週間ほど滞在した外地に比べれば優しくすら感じた。
地面に向かって渡されたエアステアを、出荷されるように行列に紛れて降りていく。

「もう少し居たかったな……今回もほとんど取材とMVの撮影で終わっちゃった。
 そっちのほうは充実していたケド――観劇もできなかったし、蝋人形館も見れなかった。
 あ……でも、連れて行ってもらったステーキハウスのディナーは絶品だった!
 牡蠣の鮮度もよかったし、デザートのチーズケーキなんてすごく濃厚で」

保護観察中であるため、長期滞在の許可が降りないがゆえの強行軍だった。
そんなふうに濃密な旅を振り返っているのは、Vlogを吹き込むマイクに向けてではない。

「さて――」

視線は自分の手に向かっていた。上質なコートの先には白い手がある。
いつもの意地悪な、悪戯っぽい微笑を向けた。

「そろそろ手を離してもイイかな、お嬢様?」

緋月 >  
「……………。」

無言で付いて歩くのは、ワインレッドの落ち着いたスーツに着替えている、ライトグレーの髪の少女。
ドレスコードやらTPOといったものに対応する為、必要を感じて購入した代物であった。
普段からゆったりした服を着ている影響か、どうも締め付ける感じがして窮屈に思える。

まあ、それも今は些末事であるが。

「……やっぱり、慣れないですね。」

引き締まった表情から放たれるのは、微妙に震えている声だった。
こちらもサングラスで目元を隠してはいたが、外せばすぐさま落ち着きのない目元が明らかになってしまう。

原因は主に二つ。一つは、

「……どうしても、空を飛んでいる事に気付くと、不安になってしまって。」

飛行機に全く慣れていない為の緊張である。
文字通り地に足が付かないのがこれ程不安感を煽るとは、正直思っていなかった少女。
まだ乗った回数が少ないというのもあるが、それでも慣れないものは慣れないものである。

そしてもう一つの理由。こちらもいたって簡単。

「……思い出話もいいですが、早く荷物を受け取りに行きませんか?」

普段から手元にある刀袋がない。それがもう一つの理由だった。
飛行機に乗る以上仕方のない事ではあるが、やはり長時間手元から愛刀が無くなるのは非常に不安になる。
腰にも手にも慣れた重さが無いというのは、正直かなり心細かった。
結果、不安感と緊張感で手を握って貰ってしまう有様である。

ネームレス >  
「スーツはキマってるのに格好(カッコ)つかないなぁ、もぅ!」

嘆かわしげに肩を落とすものの、彼女の不安感はまだ拭われていないらしい。
互いの立場がいまいちふわふわした取り合わせのまま、手はまだ繋いでおいてやる。

「なぁに、このまま列かきわけて先に行っちゃう?
 すっぱ抜かれてネットで炎上しちゃうかも。"帰国後いきなり、せっかち発動!"」

航空技術の進化、最適な空路の整備――そういったものもあって、大変容前より空の旅の所要時間は短くはなる。
それでも、米国はニューヨークかた常世島までは直行便でも長旅だ。
疲れた様子なのは何も少女だけではない。遅々としているわけではないが、列の進みはゆっくりだった。
ちなみにこいつはものすごく元気だ。数ヶ月前、一度目のフライトで、
少女の様子が尋常ではないことに気づくまでは機内でも凄まじくはしゃいでいた。

「だいじょうぶだよ。キミの月白(かたわれ)も、言葉の伴である阮も。
 もうじき受け取れるし、それまではちゃんと手を繋いでおいてあげる。
 ……ハイジャックが起きなくてよかったねえ。あっちでも襲われたりしなかった、平和だね」

少女の仕事からすれば、波風立たぬは暇であるかもしれないが。
もちろん、報酬は問題なく支払われる――ただし航行中は適用外……とは今回、
常世島から出発する際に新たに書き加えられた契約だった。

「それにしても、ほんとにダメなんだね。
 意外な弱点があるもんだ……あのキミが機内食を我慢してまで眠ることを選ぶなんて。
 (わんこ)もなんか静かだし……あ、そうだ」

やむにやまれぬ時の代理も、そういえば静かだった。
エアステアを降り切った。何の用向きか、米国の線に乗っていた者は多いようだ。
そこで思い出したようにごそごそ、とポケットをあさり始める。

緋月 >  
「せめて手元に月白か、似たような物があればまだ何とかなるんですけど……。」

実に情けない声。
話していない事ではあるが、こちらに来てまだ間もない頃、風紀委員に任意同行求められて
愛刀を一時取り上げられた時も、それはもう情けない有様だった。
その頃に比べれば、まだまだマシなレベルなのだが。

ともあれ、木刀でも持ち込み禁止なのである。
代用品で気を紛らわす事も出来ないので、不安感とストレスは結構なレベルだっただろう。

「うぅ…ありがとうございます…。
返って来ると分かってても、やっぱり慣れないものは中々慣れないですね…。」

しょんもり。
不安だったら阮位は家に置いてきても良かったのだが、遠い所に置いたままは、それはそれで
不安になってしまうし、練習もあまり欠かしたくはなかったので、ちょっと頑張って持って来ていたのだった。

「ええ…変な事故も、事件も、起こらなくて何よりです。
空を飛んでる最中に事故事件だなんて、考えたくもないです……。」

この精神状態では、飛行中に事件が起こっても対応できるかがそもそも怪しい。
普通に構えている位に慣れる事が出来れば大丈夫なのかも知れないが、スーツ姿の少女には
中々に遠い道のりにも思えた。

「何か、食べても味も分かりそうになかったですし、そんなんじゃ用意して貰っても失礼じゃないですか…。
無事に戻って来れましたし、荷物を受け取ったら食べに行く位でちょうどいいと思います。ホントに…。
朔はあっという間に寝られて、本当に羨ましいですよ…。」

思い返したら、ようやく空腹感を感じる位に余裕が出て来た。
美味しい食事も、味を感じられる余裕があってこそ、である。
と、其処で手を繋ぐ相手の挙動に気が付いたらしく。

「…どうかしましたか?」

ネームレス >  
「まァそこは――VIP待遇だったら帯剣した護衛の同行くらいは認めてもらえるかも。
 そのときは専用のキャビンで、ワインでも片手に空の旅を満喫できるかな」

最前列のファーストクラスは快適だったが、それでも正規の手続きで入手した往復のチケットだ。
曰く、契約しているレーベルは"甘やかしてはくれない"という。
相応のものだけを提供し、不足があれば自分で勝ち取る成果を見せるしかない――
とはいえ、ディナーもホテルも上質ではあったのだけれど。
空を見上げた視線は、自分が"まだまだ"だ、と恥じ、苦しむような煮えたぎる感情をよぎらせる。
それも一瞬だ。他人に地を見せたがらない。ネームレス/ノーフェイスという虚構があればよい。
だから、傍らの少女に根ざす欲求に、興味と嫌悪を持つのだ。

現代(イマ)は、飛行機に直接乗り込んでくるタイプのハイジャックも夢物語じゃないんだぜ。
 竜族の領空近くでは、嵐竜(ストームドラゴン)の群れが巡回飛行してるのが見れたよ。
 ボクらが荒野でやり合ったヤツより随分小型の種だけど、見応えあったよ。映像で見るのとはワケが違う」

そう言って学生証を見せると、その映像が収められている――
――わけではなかった。搭載された高機能カメラで撮影したものは写真だ。
色の抜けた白い髪に、しっかりと着こなしたワインレッドのスーツ。
そんなどこかで見た少女が、シートに身を預けてよく眠っている姿が画像データに切り取られている。
フリックでスクロールすると、行きのフライト、前回の往復のときにも撮っていたらしい。

「コレクションを自慢しようと思いまして」

ひらひらと学生証を振って、笑う。

「見知らぬ土地へ行って、見知らぬ人と文化と接し、見知らぬ人と出会う。
 旅は楽しんだかい?思い出を心に刻み込み、豊かに成長するための時間は。
 ボクはツアーガイドじゃないから、サービスを提供することはしないケド……そうだな。
 ――"ディナーのご希望は?すぐ入れるところならどこでも"」

最後に問うたのは、流暢に、どこか威勢の良い発音の英語(イングリッシュ)だ。
歌も、現地での会話も聞かせているのだ。簡単な会話くらいならできるようになっているやも、と。

緋月 >  
「そんな待遇に着くのは…あなたの実力を低く見積もってる訳ではないですけれど、短くない時間が必要そうですね。
一段飛ばしで進むのが易しくないのは、剣も音楽も同じようなものでしょうし。」

目標に向かう為の近道はいつも遠回り…というのは、自分が一番実感している。
楽をしよう、という訳では決してないのだが、目標まで辿り着くのに一番近い道は結局は地道な
積み重ねによる道の開拓…近道に見えて最も遠回りな道程だった、という事は修行の中で味わった事だ。
まあ、そんな長く険しい道行だろうと、隣のこのひとはそれこそ笑いながら力強く踏破してしまうのだろうが。

「どれどれ――って、なんですかこれ。
うわぁ…実際に見せられるとすごく恥ずかしい…。」

外からやって来るダイナミックな飛行機襲撃犯候補の映像か、と思ったら、映っているのは
ぐっすり寝こけている自分の姿。
こうして見せられると、中々に恥ずかしい。

「消せとは言いませんけれど…他の人には見せないで下さいよ。
まさかこんなに無防備に寝てるとは思いませんでした…。」

気を落ち着かせる為に寝に入ったのだから、無防備になるのは仕方ないと言えば仕方ないが。
それでもやはり、こうして記録に残されて目にすると中々に恥ずかしいものではある。
他の人に見せないようにしてもらう事を祈るばかり。

「――それは、もう。あなたはお仕事(ビジネス)の為に海を越えたんですから、そんな役割を求めるなんて
お門違いも良い所じゃないですか。
…以前の時も思いましたが、世界の広さを実感してます。
あんな乗り物に乗って、時間をかけて空を飛んで海や山を越えないと届かない場所に、別の国があるんですから。
知識として持ってるのと、実際に見るのでは、大違いです。」

はるばる海を越え、辿り着いた異邦の地は、慣れ親しんだ国とはまるで…とは大げさだが、随分と
違っていたのは紛れもない事実であった。
道行く人々、話す言葉、様々な文化。
まだあまりそれらを見知ったとは言い切れないが、それでも常世島だけに留まっていた以前よりは
知見が広がったのでは、と自分では思っている。

「……"お蕎麦かうどんとか、いかがでしょうか? 肩肘張らず、気楽に。"」

血の色の髪のひとに比べると、発音や言葉遣いが少々手探り気味の拙い返答であったが。
割と上手く返せたのではなかろうか。

ネームレス >  
「キミのそういうところスキだよ」

へらへらと軽薄に笑った。真に迫って囁かないのは、却って本心だ。
短い時間で驚かせてやろう、なんて火もつくというもの――そういう人間(いきもの)だった。

よくできました(Good Girl.)

外つ国の、しかし世界に広くつたわる言語での受け答えに
上機嫌に笑って、繋いだ腕をぶんぶんと振ってみる。

「キミはやっぱり、物覚えがいい。良い意味で、子供らしい柔らかさがある。
 興味があるコトには、特にスポンジみたいな吸収性を見せてくれるよな。
 ……ハリーに"新しいバンドメンバーかい?"なんて言われたケド、もしかして冗談じゃ済まなかったりしてね」

阮のケースと刀。
変わった装いのボディガードは、外つ国の仕事仲間たちからは注目の的だった。
それを見てどこか不機嫌な姿も見せたシーンもある。
"自分より注目されているな?"と感じたからである。
ともあれ、大和撫子(サムライガール)は概ね好意的に受け止められていた。

「栄えた都もあれば、落第街みたいな、あるいはもっとヒドい有り様のところもあるっていうぜ。
 ここ数十年で出来たような、大変容スラムだけじゃなくって。
 ハーレムやサウスブロンクスは、現代でも犯罪が横行してる。
 ベースボールのスタジアムの近くで、相変わらず入場券みたいな手軽さでおクスリが売られてる。
 見知らぬ土地に踏み入れば、穢れも濁りも"識る"ことになるかも……」

それを、喜べるかい?
どこか試すような物言いで誂った。
人間(だれか)に対してだって、そうだろう。

「これからもボクはいろんなとこ行くケドね」

ゲートをくぐれば外気から遮断され、竣工して日の浅い空港が出迎えてくれる。
内部は暖かく快適だ。まずは手荷物の返却口で、
順番通りにキャリーケースと、竹刀袋に阮のハードケースがめいめいに返却される。
袋には封がされていた。"構内では抜かないように"――だ。

「感動の再会だ」

撮っていい?そんな風に、学生証のカメラを構えた。

緋月 >  
ありがとうございます。(Thanks a lot.)

返す言葉は、やはりというか少々堅苦しめの、普段の言葉遣いを思えば妥当だろうかと思える感謝の言葉。
世界規模では最もメジャーな言葉という事で、学園の授業の時も身を入れて勉強した甲斐があったというものである。

「それについては…何と言えばいいか。里で剣ばかり学んでいた反動、かも知れないです。
修行は好きですけれど、それだけではないものが世の中には随分とありますから。」

それを知る機会となったのは、間違いなく繋いだ腕をぶんぶんと振ってくる隣の人だろう。
楽器店を覗いてみようかと思ったのも、阮の演奏を始めてみようかと思ったのも、思えば
このひとを通じて「音楽」というものに触れた影響が大きい。

「――今更、ですよ。
此処に来る前も、1年とはいえ旅の身分だったんです。
そりゃ、あの国とは比較には出来ないでしょうが、それでも「昏い」面は見て来ました。
「現実」を知る重みは感じるでしょうが、綺麗なものばかり目にしてきた1年ではありませんでした。」

遊び感覚で恐喝や暴力に耽る若者、行き場を失って路上で生活する者。
歓楽と犯罪が背中合わせで共存する街。
流石に比較には出来ないが、既に世の中の濁りは少なからず目にしてきた。
何も知らぬ子供のままでなど、いられる訳がない。
それを知った上で、自分の道を進む。難しくはあるだろうが、その芯を曲げないだけだ。
ある意味、それもまた「試練」なのかも知れない。

「――ええ、やっと一息つけるというものです。
普通の価値観の人からすれば、然程離れていた訳でもない、んでしょうけれど。」

小さく苦笑しながら、封のされた刀袋を手に取り、阮の収められたケースを背負う。
慣れ親しんだ感覚と重みに、ほ、と安らぎのひと息。

「あんまり他の人に見せないで下さいよ。」

困ったひとだなぁ、と思いながら、それでも撮影については止めないのであった。

ネームレス >  
「まァ、それがなきゃ困るしな」

しっくり来ている……そんな感じの彼女に、意味ありげに微笑んで。
剥き出しの白い指で、自分のコートの上から、心臓を叩いた。
ココ、ココ。そう示すのは、きっといつか斬るならその剣になるだろう。
そういう約束で、そういう理想だ。
 
「え。SNSにあげちゃダメ?」

シャッター音。出来栄えを確認しながら、ちろりと視線をあげた。
フォロワーの数は――相当数である。とんでもない数の衆目に晒し者にされかねない。
釘を刺さなければ危なかった。そう思わせるのは、素面なのか、演出なのか。

「見えないものや感じないもののことを気にしてもしょうがない。
 いまも遠い国で誰かがひどいめにあってても、間違いなく他人事だ。
 ボクやキミが直接観て、感じて、初めてそれはそこに存在する。

 ……たとえばなし、考え方のひとつだけどね。

 つまり、認識して、受け止めて、それははじめて意味が生まれるんだ。
 どう受け止めてどう活かすかって話さ」

この存在は、すべてを自分の糧にしようとする。
キミは?……イマすぐに応えを求めるわけではない。
少女の現実は、これからも、この島で、外で、死ぬまで続いていくのだ。
思い出話。それは、受け止めてきた自分を見つめて確かめる儀式だった。

検疫に入島審査。前者は念入りに、後者は学生証があればすぐだ。
顔パスでないことにぶーたれている者もいるが、それも"まだまだ"。

「……蕎麦は細く長く。うどんは太く短く、って願掛けがあるんだっけ。
 どっち食べる?ボクは海老の天ぷらをたっくさん乗せたいな」

そうして、あとは帰るだけ。
ロビーに出て、人の行きかいのなかで、隣り合って。
少しの間、常世島の外にあったものたちは、また此処に戻ってきた。

  >  
そのときだ。
血色の麗人を挟んだ、少女の向かい側。
フードを目深に被った小柄な影が、すれ違おうとした瞬間、
パーカーのポケットに突っ込んでいた手を抜いた。

その手に握られていたのは、ナイフの形をした何かだ。
短くも細く鋭い刃は、人の皮膚くらいなら、体重を乗せれば()いてしまえそうな。
動きは、鈍重で、間違いなく素人だった。だが、同時に迷いもないようだった。
柄尻を腹に当てて支えとしながら、方向を切り替えて突進する。
麗人の脇腹に突き立てんと、ほんの数十cmの距離は瞬く間に――

緋月 >  
「ダメに決まっているでしょう。
そっちの方でも影響力が凄いの、知ってますからね。」

流石にSNSという文化も知る機会があった少女。
載せられた日にはえらい事になってしまうとは凡そながら予想は容易くついたのだった。

「直接見て、感じて。初めて、それは自分の世界に、ですか。
――すみません、ちょっと、前の事を思い出して。」

直接見て、感じた、暗い事件のひとつ。
常世島に来て間もなくに、巻き込まれた事件の事を思い出した。
機界魔人を名乗り、幾多の傷害を重ねた、一人の男の事。
気が付けば、彼が世を去ってから随分と時間が流れた気がする。

不意に思い出された過去の事件をぼんやりと振り返りながら、検疫と入島検査を済ませれば、
戻ってきたのは懐かしきかな、常世島。

「海老の天ぷらですか。だったらやはりお蕎麦――――」

と、口にした所で。
少女の眼は、「それ」を見逃さず。
刃物のような形をした何かを抜いた、フードを被った小柄な影。

頭が其処まで理解すれば、行動は早い。

緋月 >  
「失礼しますね。」

平坦な声で血の色の髪のひとにそれだけを告げ、ぐいと腕を引いて鋭い切先が向かう先から
その身体を手早く退避させる。
少々荒っぽいが、身体に傷でも残るような怪我になったら大事にも程がある。

「物騒な真似は、其処までですよ。」

襲撃者に、果たしてその言葉は届いたかどうか。
空を切ったであろう刃物…それを握る手を目掛けて、ひゅん、と風を切って向かったのは、
スナップを利かせて放たれた弧拳にも似た跳ね上げの拳。
刃物を腕から叩き落とせればそれでよし、無理でも拳で打ち、跳ね上がった腕の手首を打ち上げた
勢いの儘に、追跡し、握り込んで制止すればよい。

阮の練習にばかりかまけていた訳ではない。
かつて、ある人物から文字通り叩き込まれた無手の技は錆び付かせる事もなく、鍛錬を重ねている。

刃物を落とせるか、あるいは手首を掴んで凶刃を封じられるか。
いずれにしろ、手にした刀袋の封を解いている暇などない。
少々乱暴だが、これを抑えに使う形で不審者の身柄拘束と鎮圧に使う形になるか。

  >  
標的はあっさりと退かされて、
護衛の手は滑らかに、事を遂行する運びになった。
事態が動いて妨害が入ったことへの戸惑い、その一瞬で十分だったことだろう。
護衛がいると思わなかったのか、少女が護衛と知らなかったのか。
うまくいくはずだった出来事が遠のいたことに、まずすぐには気づけずに、

「ぁ」

短い悲鳴ととともに、磨かれた床にナイフが転がった。
拳で跳ね除けられた痛みを覚える頃には、腕をねじられた上に警棒代わりの刀に抑え込まれている始末。
反応は鈍かった。要するところ、荒事の経験も武術の心得もない素人仕事。

「痛い痛い痛い……ッ!」

しっかり拘束されながらも泣き言を喚く、フードの下からはぼさぼさ髪の、同年代くらいの少女の顔が覗いた。
一拍を待たず、慌ただしく「何事ですか」「大丈夫ですか」と空港の保安を担当する委員が複数名、駆けつけてくる。

ネームレス >  
「お見事~」

そうして、襲撃者を拘束している護衛の背後から、賞賛とささやかな拍手が響いた。

「高硬度の合成樹脂(レジン)ナイフか。
 確かにセンサーにかからず持ち込めるね……いや、起こっちゃったな、事件」

不意なことだった。当事者になるのは、いつだって不意だ。
護られた側は、緋月から見れば、事が起こる瞬間まで完全に無防備だった。
構えているかどうかなど、武術に通暁する少女からすれば見誤ることはないだろう。

「鈍ってないようで安心した。
 地上に足ついてればこれくらいは朝飯前(アップルパイ)かな?」

しかし上機嫌に護衛の少女の仕事ぶりを賞賛する一方で、
まったく驚いたふうがないのは……
そこに殺意があると気づいていたにもかかわらず、一切の無防備でいた、ということ。
少女が動かなければ、ナイフを腹の深くまで受け容れていた――可能性がある。

呻く下手人を引き取るべく、保安員たちは淀みなく、少女に協力する。
間もなくして、引き渡しも行われるだろう。
混乱、悲鳴……固唾を飲むような緊張と沈黙の、良い的にもなってしまった。

緋月 >  
「すみませんが、これも大事なお仕事でして。
風紀委員の方が来られるまで、痛いでしょうけど我慢して下さいね。」

かけられる声はひどく平坦。
然るべき相手に引き渡されるまで、がっちりと身柄を確保。

「全く以て、物騒な世の中です。傷がないようで、何よりですよ。」

引っ張った時に腕は少し痛かったかも知れないが、その辺りは目を瞑って貰いたい所。
全くの無防備であった事は気付けたので、まさか身体を張って自分を試したりしたのではないだろうか、と
聊か邪推をしてしまいそうになった。

兎も角、警備の委員に襲撃者である少女を引き渡せば、当然ながら自分達も
事情聴取の対象になる事は、経験的に予想は出来たので。

「…帰って来て早々、時間が掛かりそうな急用ですね。
予定を変更して、カツ丼でも頂きましょうか?」

ついそんな軽口が出てしまう。
自分達は犯人などではないのだが、取調と言えばやはりカツ丼であった。

年頃の少女がどんな理由で凶行に及ぼうとしたのかは、今は分からない。
分からないが、これもまた世の中の濁りの一つ、なのだろう。
少しばかり憂鬱さを覚えながらも、早めに解放される為に出来る限りスムーズに終わるよう、
取り調べには協力する姿勢を惜しまない少女であるのだった。