2024/08/19 のログ
ご案内:「居住区アパートメント」に『 』さんが現れました。
■『 』 >
気だるげに身を起こす。
ベッドのうえで、あまり寝起きのよろしくない碧眼が、瞬きのうちに黄金に。
白い腕がオモイカネ8を取り出して、網膜・魔力認証――
「……うっっっわ、二度寝してこんな時間とか……」
朝、起きて……やるべきこととやりたいことを済ませたのは覚えている。
それから……?すこししてまたベッドに戻って、意識がなくなった。
はしゃぎすぎた後のケの今日は、そんなふうになった。
■『 』 >
「………………」
少し迷った後、
――To Shanti. pls! take a day off.
そうテキストメッセージを入力してから電源を切って放った。
有事ならそんなもん平気で貫通して脳内に語りくるわけだが、
火急以外はこれでシャットアウト。あっちの要件はお休みだ。
「ふぅ」
ベッドの上に座り込み、壁に背を預けた。
好き放題できる落第街のアジト群と違い、一般的な広さの1LDKのアパートメント。
フェデラルを模した洒落た装いが気に入って、不動産を運用している部活の管理だったこともあって、
色々と防護をすり抜けやすいのも助かった。公式的な寮に比べれば家賃はかかるが、仕方がない。
うず高く積まれた本の群れ――演劇の技法書や資料には付箋だらけだ――に、
新品や中古問わず買い漁ったCDやら、小さいテーブルにはPCとスコア。
あまり私物は持ち込んでいないので、あとは最低限の録音設備とアコースティックギター一本。
たまに寝に来るだけの部屋だったが、最近はよく使っているので、生活感も滲んでいる。
■『 』 >
加湿器は回していたけども、少し冷房に当ててしまっていたか。
「あー、ぁー、aー……Aah~~~」
低音から高音へ。G6までは余裕。喉にふれながら振動を確かめ、深呼吸。
ベッドサイドに置いてある、すこし余裕のできた冷蔵庫から、水分を求めてミネラルウォーターを取り出す。
「…………、いやホント。現金なヤツ」
潤された喉から、自嘲気味な笑いがおきた。
ハシャいで、笑って、不安が解れて。あらたな心配は生まれても。
それでもしっかり補充した感じでパフォーマンスが上がっているのがわかる。
ひょいとシーツをつまんだ――脱いだ浴衣の世話と、これの……
「シーツは……まだ、いいか……」
まだいい。壁に背を預け、僅かな痛みとともに脱力した。
ぼんやりと、そこから対面の壁掛けの映像機器に視線が向く。
なにも映っていない。電源をつければなんでも観られるだろうけど。
■『 』 >
ぼんやりと追想する。
古臭い番組だった。まだ、画面がもうすこし正方形に近かったころ。
子供がおやすみ前にみるには、すこしだけハードな内容だったと思う。
荒れ野に満ちる獣。獲物の喉に、牙を突き立てるオオカミの姿。
自然のありのままを伝えようとしたドキュメンタリーには、生の熱さがあった。
熱中してみていたから、眼の前に置かれたアップルパイに気づくのがすこし遅れたほど。
――こういうの、すきなの?
「…………」
問われたときの、その顔が思い出せない。
きっと見ていなかったのだ。見たくなかったのだろう。
でも、なんてこたえたのかは覚えている――別に。だから、興味のないドラマにチャンネルを変えたのだ。
『……うん、すきだよ。すごく……』
こぼれおちる。
『みて。命懸けで駆ける、痩せた野生のオオカミは、こんなに……』
そして夜闇に、天頂に月に向かって。
哀切をともなう力強い遠吠えが、離れた場所とで輪唱となり、世界を満たす有り様も。
■『 』 >
『……姉さん。わたしね……好きなもの、ほんとはいっぱいある』
好きを口にすることがあまりにも怖かったあの頃。
自分を信じることが難しかった時は、もう戻ってはこない。
『あれから、いっぱいふえたよ……』
なんと言ってくれるだろう――なんて。
それでも、考えない。もしも、は存在しない。
であれば、さみしいひとりごとは、それまでだ。
もうなにも届かない死者のためにできることはない。
捧げる花束も祈りの言葉も、自分の成長のために費やす時間。
唯一絶対の真理というつもりはなく、慰霊や鎮魂を否とするつもりは毛頭ない。
ただ、現世と肉体を真の世界と了解して生きたいという祈りだ。
「よいせ」
冷蔵庫からリンゴをひとつ。足で行儀悪く閉めた。
シーツを身体にばさりと纏って、デスクへ向かう。
刺してあったナイフで鉛筆を削った。
■『 』 >
「よぉ~し……覚悟してろよ、真夜……」
用紙に、ガリ、とひっかく音を立てて書き込む。
ようやく形にできそうだ。今日このうちに。
伝えたいことばが、このうえなく確かとなった。
題名は、そう――
ご案内:「居住区アパートメント」から『 』さんが去りました。