2024/09/16 のログ
ご案内:「落第街 廃墟ビル群」に弟切 夏輝さんが現れました。
ご案内:「落第街 廃墟ビル群」に追影切人さんが現れました。
■弟切 夏輝 >
『うーわ……』
――二年前、一年生の秋。
すでに、手に血がついていたころ。
聞き込みを終えてオフィスに帰ってくると、タイミングが悪くがらんとしていて、
ひとりの男子生徒だけがいた。あからさまに嫌そうな顔をしてやる。
そんなリアクションもしたくなる、苦手な相手だ。
というよりも、こいつを得意なやつがいるのかが疑問だった。
『なんで警邏のあんたがひとりでいるの。だれ待ち?』
両手に提げた、土産のドーナツの袋――刑事部のみんなに買ってきた差し入れを自分のデスクに置きながら。
おそらくなにがしかの任務のため、監視役の付き添いが必要なのだろう。
理由もわからず同じ空間にいるのが辛い相手でもあるので、いちおうは声をかけてみた。
■追影切人 > ~二年前、秋のとある日~
「……あぁ?誰かと思えば弟切かよ面倒臭ぇ。」
その隻眼――左目に黒い眼帯を付けた男は、如何にも面倒という表情を浮かべる。
見た目からして風紀らしからぬチンピラめいた風貌と空気。制服を着ていなければまず風紀とは誰も思うまい。
男からすれば、やってきた女は苦手…というより面倒。とはいえ同僚だからあちこちで顔を合わせる機会がある。
「…俺の立ち場と監督役が誰か知ってんだろ?凛霞が野暮用で席外してるからそれ待ち。」
とはいえ、会話を避ける程に面倒とは思っていないのか、オフィスの向こう側を指さす。
別室に居る彼女もよく知る女子生徒の後姿が目に留まるだろうか。
あの調子だと、まだあちらの話が終わるまでは少々時間が掛かりそうである。
ちなみに、弟切の予想通りこの後は監督役の彼女に付き添われてちょっとしたお仕事だ。
■弟切 夏輝 >
『めんっ……藪から棒にあんた……』
こっちの台詞だよこの野郎、と言わない程度には不毛な会話は嫌っている。
義理で話しかけてやったのにこの仕打ち。だからこいつは苦手だ。
『ああ……はいはい。リードを引っ張ってくれる飼い主を待ってるわけ。
凛霞もこんなの押し付けられちゃってまあ……ほら。好きなの取りなさいよ』
ドーナツの箱のひとつを差し出して、開いてやる。
食べさせないとそれはそれで、なんか言われそうではある。
監視対象をどう扱うかは、ひとそれぞれ。自分は苦手だ。
『切人、コーヒー』
チェアに座りながら。
■追影切人 > 「――面倒なモンは面倒だろ何が悪い?テメェこそ俺を毛嫌いつぅか苦手にしてんのはバレバレだっての。」
そもそも、この男を好く人間の方が風紀内でも珍しいだろうが。
特に偏見も無く、普通に接してくれる監督役やこの男の片目をかつて潰して捕縛したどっかの銃使い女は例外だ。
…あぁ、いや。一部同じ一級監視対象の馴れ馴れしい野郎とかも居たが。
「…ケッ!飼い犬なのは否定しねぇが押し付けられたんじゃなくあっちが引き受けたんだろ。――んじゃ遠慮なく。」
悪態を零す様はまさにチンピラだ。これ以上ないくらいにチンピラだ。
そして、その監督役が切欠で好物になったドーナツ…遠慮なんて欠片も無く、特に好きなチョコドーナツをゲット。
弟切からどう思われようが特に気にしない。監視対象なんてどいつもこいつも嫌悪なんて日常茶飯事だ。
「…ハァ?……クソ面倒臭ぇ。」
そして、チェアに腰掛ける彼女と入れ違いのように、物凄く面倒そうな表情で立ち上がる。
給湯室で手早くコーヒーを淹れて来る。面倒だけど自分とアイツの分。
かったるそうにカップの一つを弟切のデスクの上へと置いて。
「砂糖とかミルクとか自分でやれよ。テメェの好みとか知らんからな。」
…面倒でもこういう事は案外きちんとやる辺りが、彼女に余計苦手意識を加速させそうだが。
■弟切 夏輝 >
『お…………』
眼の前に置かれた湯気の立つカップに、すこーし意外そうにする。
視線をカップと隻眼にいったりきたりして、ふうん、と頬杖ついて。
『味はわかるし、コーヒーも淹れられるんだ。ありがと』
しっかり選んでドーナツをとったことを観察していたらしい。
相手をよく観ろ。できる限りさとられないように。
刑事部で叩き込まれることだ――いちおう礼は言っておく。これは、社交辞令。
ミルクと砂糖は――三つずつ。少し甘めに淹れて、シュガーコートのドーナツを。
『……そ。苦手。あんたそういうの気にしてないと思ってた。
その眼も振る舞いも、記録に残ってる戦いぶりも。
血の通った生き物のくせに、なんだか違うものみたいに感じるんだよ』
遠慮なく言ってやる。ここでは互いに暴力は厳禁だ。
委員会のオフィスは聖域だった。
口の中を砂糖と油の暴力的な快楽に満たしてから、コーヒーを一口。
『……あ~』
疲れによく効くんだわ。
■追影切人 > 「――何だその意外そうな顔は。コーヒーくらい淹れられるに決まってんだろ。味音痴でもねぇよ。」
目敏くそれに気付く…いや、あからさまにこっちとカップに視線が行き来していたから丸分かり。
まぁ、それだけ意外だったのだろう…自分でもそうだと思う。単なる気紛れに過ぎない。
「――何だ、どっかの人外や化物や殺戮マシーンみてぇなのと同類扱いか?
…別に間違っちゃいねぇよ。そもそも、その手の事は陰でしょっちゅう言われてるわ。」
ハッ、と皮肉気に笑う。自分がどう見られているかなんて嫌でも視線や気配で分かる。
――化物、獣、殺戮機械、鏖殺鬼、全方位辻斬り野郎――凶刃、色々言われている。
「――こっちからすれば、テメェも大概だと思うけどな。
…オマエ、身内以外のヤツの命は割とどうでもいい感じだろうよ。」
さらり、と刃を刺す。ストレートに包み隠さず、嘘も誤魔化しも婉曲な言い回しも無いのがこの男だ。
珈琲で一服している彼女に悪い、とか全く思わない。彼からすれば”お互い様”というやつだ。
■弟切 夏輝 >
『人外、化け物、マシーン』
うざったそうに聞きながら、ドーナツをもうひとくち。
甘さが欲しくなる。思考をこいつに支配されるの自体が業腹だったが。
少なくとも感情はある。味もわかる。チョコが好き。
『どっちかっていうと動物。本能だけで野生で生きてる感じ。
あんたの口癖の、めんどくせえめんどくせえっての。
斬る以外、やりたくないんでしょ。それ以外は余計だって思ってる。
……いっそ、剣にでも生まれてきたら良かったんじゃないの?』
監視対象。
それが何なのか。少なくとも弟切夏輝の手元には降りてこない情報だが。
命令には逆らえない。監視役が必要。そういったことはわかる。
冷たく黒い鎖で風紀委員会に繋がれたものたち。
――人間扱いをされていない。
『わたしがなん、』
そこで、ぴたりと口元にコーヒーを運びかけていた手が停まった。
返事はかえさず、表情の失せた顔でまじまじと彼を見返した。
■追影切人 > うざったいののはむしろこの男自身が一番そう思っている。
騒ぎ立てるな――ウザい。陰口するくらいなら堂々と言ってこい――面倒臭い。本当、纏めて斬り殺したくなる。
『――ああ、そりゃいい。刀剣にでも生まれて全部ぶった斬れんなら色々と楽だわ。
そもそも、動物?野生?それは昔も今も変わらねぇよ…物好きな”上”が飼い犬にしてるってだけだろ。』
自分が人間だとか別に最初から思っちゃいない。ケダモノで結構、斬れるなら何でもいい。
今だって、便宜上学生で風紀なだけで、一つ間違えたら処分される都合の良い飼い犬だ。
――人間扱いされていない?だからどうした。斬るのに人間だ獣だなんて関係ないだろう。
『――勘違いすんなよ、テメェが何をしてるかなんて俺にはどうでもいい。
他の連中がどう思うかは知らねぇけどな…まぁ、どうなろうがそれこそ知ったこっちゃねぇ。』
何時か自分が処分されるか、コイツが俺に斬り殺されるか。その程度の違い。
表情の失せた女を尻目に、淡々とコーヒーを口に運ぶ。
■弟切 夏輝 >
『誰だってそうじゃないの?』
彼の言葉をさえぎるように声をかさねて、はぐらかす。
『大切なものと、どうでもいいもの。
世界なんて、そういうもんでしょ……その範囲が、人それぞれってだけで。
風紀委員にはさ……そういう割り切りがつかないひとも多いし。
どうでもよくない範囲が広いやつが多いけど、わたしは。
凛霞への対抗意識で、風紀に入ったようなもんだから』
たとえそうだからといって、なにかしてるとは限らない。
彼の斬撃のような認識がどこまで見えているのかはわからないが。
どうせ、そのうち死ぬようなやつだ。
『…………ああ、』
カップを置いた。
『大切なものなんてないあんたには難しい話だった?』
斬ること以外、すべてがどうでもいい。
そんなひとでなしに見えていた。
■追影切人 > 『…ふぅん。どいつもこいつも面倒臭ぇな…。』
口癖の如くそう漏らす。実際この男はこう呟く事が多い。
大切なものとそうでないもの。範囲、区切り、割り切り。
…全部等しく斬り捨てる事に躊躇が無い男には理解出来ない。
凛霞への対抗意識についても、まぁ分からないでもないが理解はサッパリだ。
『――大切な物とやらがクソ狭そうなテメェに言われたくねぇな。』
ドーナツの残りを頬張りつつ、淡々と無感情に返す。咀嚼して飲み込んでから。
『――ソレと勘違いすんな。大切だろうがそうでなかろうが、最後は全部斬るのが【凶刃】だ。』
そう、物言わぬ刃の如く感情を一切映さぬまま男は告げた。
■弟切 夏輝 >
『……そんなじゃ』
渇いたふうに感じた喉を、コーヒーで潤した。
こいつが淹れたものだ。誰が淹れても同じ味になる。
……本当にそうだろうか。
『けっきょく何も、残らないじゃん。あんたはそれで――』
言おうとしたところで。
オフィスにあらわれるものがある。ちょうど、彼の飼い主の用事が終わったらしい。
『おっつかれー、凛霞。ドーナツあるよ~。
ほら切人!飼い主にもコーヒー淹れてあげなってば』
無神経は嫌いだったが、個人としては不思議と嫌いではなかった。
苦手ではあるが、はねつけようとは思えない相手だった。
■弟切 夏輝 >
――なにより、心のどこかで。
弟切夏輝は、追影切人という存在を必要としていた。
彼をみるたび、人でなしと思うたび、
自分はまだ、人間である――と。
……どこか、安心していたのだ。
ご案内:「落第街 廃墟ビル群」から弟切 夏輝さんが去りました。
ご案内:「落第街 廃墟ビル群」に『逃亡者』弟切 夏輝さんが現れました。
■『逃亡者』弟切 夏輝 >
「―――ッ」
咳き込んで、眼が覚める。
壁にもたれて、数分だけ意識を飛ばしていたらしい。不覚だった。
廃墟群の日陰に座り込んでいた。見上げれば塗ったような青空。
手のひらには血痕はない。調息によって内臓も癒えてきたようだった。
ずいぶん重くなったように感じる体を起こす。
「…………逃げなきゃ」
追跡の手が及ぶ前に、落第街からも離れなければいけない。
いままでも続いた違反部活生や仮面のものたち、そして橘壱との戦闘で、
銃の1本だけでなく、すさまじく消耗した体は、もうほぼ戦闘には耐えられまい。
安全かつ隠密のルートを探るのも一苦労だが、逃亡にはそれが不可欠である。
「ん……?」
そこでふいに、向こう側が騒がしいことに気づいた。
自分の追跡者だろうか。いや違う。小競り合いか、悲鳴か。
引きずるように歩を進めて、瓦礫の影から騒ぎの様子を伺った。
乗じて逃げられるなら、それに越したことはないが。
ご案内:「落第街 廃墟ビル群」から追影切人さんが去りました。
ご案内:「落第街 廃墟ビル群」に『凶刃』追影切人さんが現れました。
■『凶刃』追影切人 > 「――嗚呼…全く。どいつもこいつも面倒臭ぇ。」
ふと、昔の”アイツ”とのやり取りを思い出しながら呟いた。
右手には既に抜き身の刃――腰には予備の小太刀。
普段、刀剣の一切の携帯を許可されない男がそれを許可されている理由。
『て、テメェは何なんだよぉぉぉ!!!』
『痛い…腕が、俺の腕があああぁぁ…!!』
『この眼帯野郎!!テメェら俺らが誰か分かってんのか!!俺らはあの――』
「―――うるせぇよ、こっちは虫の居所が悪いんだ。」
無情にその右手の刃を振るい、死屍累々といった有様の連中の生き残りの首を斬り飛ばす…筈が。
『…追影やめろ!!それ以上はやり過ぎだ!仮にもお前だって風紀だろう!!』
『…ったく、ケダモノかよお前は!他の皆になんて報告すりゃ――…』
「―――あぁ?こっちは”仕事”で来てんだよ。深見、吉崎。
テメェらがちんたらしてるからこっちも余計な手間が増えたんだ。
これ以上俺の邪魔すんじゃねぇ……邪魔するなら。」
躊躇なく、偶々居合わせた同僚達へと右手の刃を振るう。そこに一切の躊躇も情も無く。
…彼らは同僚で、顔見知りで名前も知っている。だからどうした?それはそれ、だ。
【凶刃】を妨害するならば、敵味方なんて関係ない。つまりは――…
■『凶刃』追影切人 > 「――お前らも纏めて斬り殺すぞ。」
■『逃亡者』弟切 夏輝 >
「……!?」
理解不能な光景だった。
白日の元の惨劇。風紀委員同士の……というよりはひとりの委員の暴走か。
乗じるには十分な騒ぎだ。逃げおおせられるだろうが。
(凛霞はなにやって……)
本来、こうはならないように監視役が就くはずである。
その監視対象の暴走の理由が監視役の不在に思い当たり、さらにその理由は――)
(……切人の標的はわたし、か。
そりゃ凛霞も帯同できない。いよいよ本気で殺りにきたわけだ)
橘壱に重傷を負わせたのは、やはり自分にとっても痛手だった。
なんとしても逃げ果せるべきだった。
対人にT-REXをぶっ放したことは紛れもなく殺意の介在であり、弁明のしようもない。
(……悪いけど、いまのわたしで切人に対処しきれるかどうか……)
でも、逃げなければ。
この混乱は間違いなく好機。切人の犠牲になる委員たちには、涙を飲んでもらうしかない。
涙を飲んで、死んでもらうしか――――……
………全員、よく知った顔なのに?
■『逃亡者』弟切 夏輝 >
【凶刃】の足元に、二発。
牽制の射撃が撃ち込まれ、.500S&Wが地面をえぐる。
「なにやってんの、あんた」
瓦礫から飛び出し、離れた場所から銃口を彼にむけて照準。
おそらく別口の仕事でこのあたりに訪れたのだろう委員たちに、
「――行って。早く。巻き添え食らうよ」
冷ややかな表情と声を向けた。逃げるための方便でもあるが。
いまの自分を見られたくないという気持ち強かった。
ついでに吹っ飛んでる腕も持っていってほしい。くっつくかもしれないし。
じきに、犯罪者の存在と、制御不能の監視対象が居合わせるこの現場に、
応援を連れて戻って来るはずだ。
――それまでに、追影切人を始末する。
■『凶刃』追影切人 > 「――よぉ、やっと姿を見せやがったか。」
足元に撃ち込まれる二発の弾丸。”アイツ”の腕ならそもそもこっちに正確に撃ち込むのは朝飯前。
…つまり牽制、威嚇。…お優しい事で。テメェは盛大にやらかしてる癖に中途半端に。
振り上げていた刃を下ろしつつ、そのまま肩に担ぐように気だるそうに構えながら隻眼を向けた先に。
『アンタ…その銃…まさか弟切――…。』
『……くっそ、複雑だが恩に着る!…退くぞ深見!俺達だけじゃどうしようもない!!』
『――くっ、了解!…追影!お前早まるなよ!あと、弟切!アンタも…あぁ、くそ、死ぬなよ!!』
ギリギリ命拾いした風紀の二人が、流石に風紀の一員だけあって素早く撤退していく。
そちらには一瞥もくれず、ただ小さく吐息を漏らしたのが僅かに感情らしい感情を示したかもしれない。
そして、生き残った違反組織か部活の連中も生き残りと千切れた腕なども回収して引いていく。
ここは死地で戦場だ。巻き込まれれば命なんて一瞬で消え去るのが連中だって身に染みただろう。
「――で、随分ボロボロじゃねぇか。…まぁ、自業自得だけどなテメェの。」
無感情に淡々と、2年まえから変わっていない”ような”隻眼を『逃亡者』へと向ける。
さて、やっと仕事だ…俺が斬り殺すか、コイツに俺が始末されるか。
――緩やかに猫背のように前傾姿勢になる。肩に無造作に担ぐように持った白刃が煌めく。
――殺気、敵意、害意、剣気…どれとも違うこの男の独特の圧と気配。
「――んじゃ、さっさと始めようぜ。…逃げたきゃきっちり俺を殺してけよ――弟切夏輝。」
そう、初めてきちんと彼女のフルネームを口にする。
■『逃亡者』弟切 夏輝 >
かつての同僚に、言葉は返せない。
返せるはずもない。顔さえ見れない。どんな顔を向けろというのか。
凛霞にあんなことをした手前、綺麗事を言うつもりもないが。
そんなこんなでふたりきり。白日の下、崩れたビルの基部。天井はない。
壁も、そこかしこにくずれた壁の残骸があるばかり。
細い路地よりは動きやすいが、自分にとっては狩り場と言い難い……
「飼われてるあんたが羨ましいよ。
……野良はシャワーもろくに浴びれやしないんだから」
身だしなみもなんもかも、口すっぱく言ってたのも遠い昔だ。
ぐしゃぐしゃの髪。基礎化粧すらされてない顔。
ボロボロだと揶揄されれば、そうやって力なく笑うしかない。
自分は変わり果ててしまった。化けの皮が剥げ落ちたともいえるか。
「……あんた、ほんとに変わらないね、切人」
切っ先を喉にあてられたような、どこか冷ややかな威圧感と直接相対するのははじめて。
人のそれ、ではない。ひとでなしの威圧感。
「――――ッ」
名を呼ばれた瞬間、肩がびく、と跳ねた。そして。
「―――ずるい」
■『逃亡者』弟切 夏輝 >
「ずるいずるい狡いズルいッ!なんで――……」
毛の逆立つように、感情が爆発した。
疲労と消耗が激を抑えられなくて、表出した癇癪。
「あんたなんかがそっちでッ!わたしがこっちなんだよッ!
わたしは――わたしはまだ……ッ」
その瞬間、既に発砲は終わっている。
「――人間なのにッ!」
銃声が遅れて聴こえる錯覚すら起こす、理外の早撃ち。
抜銃・照準・発射。その動作を瞬間で終わらせる。発射後にしか反応を赦さない絶技。
二発。追影切人の両腿を撃ち抜き、行動不能に追い込むために放たれた。
――と同時に、右側へ駆け出す。彼が眼帯をつけている側、死角へ回り込むように。
■『凶刃』追影切人 > 「――知るかよそんなの。文句は”上”とかオマエの”親友”にでも言ってやれ。」
”殺人鬼”の癇癪や戯言など知ったばかりではない、と”人でなし”は切り捨てる。
瞬間、既に男の両膝に命中寸前にまで迫っていた弾丸が勝手に粉微塵に斬り裂かれた。
…男は呑気に刀を担いだままだ。その姿が幽鬼のようにゆらり、と動き始める。
「――人間?だからどうしたよ”殺人鬼”。」
俺と何が違うよ?とばかりに冷笑を浮かべながら。己の死角――左側に回り込む動きを察して右手の刀を無造作に降る。
剣術も何もあったものではない、荒々しい横薙ぎ――それだけで、距離のある彼女ごと背後の建物を真っ二つに両断せん勢いの斬閃が迸る。
■『凶刃』追影切人 > (――変わらないのはどっちだよこの馬鹿が。テメェこそあの時から”何も変わってねぇ”だろうが――!!)
刃を振るいながら、決して表に出ない感情らしきものが荒れ狂う。だけど”人でなし”にそれは邪魔だ。
己はただ、仕事を淡々とこなしてかつての同僚を無情に斬り殺すだけ。それ以上も以下もない。
■『逃亡者』弟切 夏輝 >
撃たれてから避けるやつ。
撃たれても避けられるようにするやつ。
そして――意志ひとつで弾丸を斬るやつ。
異能、殺刃剣限。凶刃の所以。
基本的に対人を主とする風紀において、綱紀粛正役としてはうってつけの――理外。
「なんもかも、こだわりがなくただ斬りたいだけなら―――ッ」
それでも、斬撃の輝閃が追えるなら避けられる。
前方に飛び込み、すぐ頭上を通り抜けていく斬閃を回避しながら、彼の視界の外より肩口へ撃ち込む。
「あんたが、こっちでいいでしょ……!野良犬でッ!ひとりぼっちでッ!
……ちょうだいよ。その鎖を!だれに後ろ指をさされたっていいッ!
わたしを……風紀委員会に繋いでくれるものを……ッ!」
まったくもって、見当違いの要求だ。
転がりながら排莢、再装填――.500S&W最後の五発。
これで仕留められなければ、あるのは頼りない自動式拳銃とナイフ一本。
■『凶刃』追影切人 > 「―――……。」
斬閃が回避され、すぐ後ろの建物が両断――そこから更に粉々に斬り裂かれる。
飛び込んでくる女を迎え撃つように、右手の刀を引き戻し――肩口。弾丸が撃ち込まれて右肩に命中。血飛沫が上がるが…
「――ぐだぐだ文句を吐き出す暇があるなら、もっと死に物狂いで俺を殺しにこいや。
――野良犬?一人ぼっち?…あぁ、そりゃあ別にいいけどよ……。」
右肩の弾丸が、命中した瞬間。肩が爆ぜる前に弾丸が勝手にバラバラになり体外へ放出される。
ダメージはきちんとあるが、右肩が使い物にならなくなる前に異能で弾丸を裂いて排出。
幾ら弱体化していて制限もあるとはいえ、その理外の性能に曇りは無い。
「―――鎖が欲しいとかテメェが言うんじゃねぇよ…!!!」
ハッキリと怒気を現した瞬間、再装填を終えた瞬間の彼女に獣のように瞬時に飛び掛かり、真っ向両断するが如く右手の刃を振り下ろす。
異能が影響しているのか、刃を振り上げた段階で周囲の建物が”勝手に”切断されており――…
■『凶刃』追影切人 > ――躊躇なく、地面を、周囲を、全て斬り裂かんばかりの凶刃の顎が女を千切り斬り裂かんと迫り。
(――ふざけんじゃねぇ、だからテメェは――!!)
■『逃亡者』弟切 夏輝 >
「あんたには重荷でしかない?
自由に斬らせてくれない制約がさ……」
怒気を向けられてしかし、言葉通りに瞬然、放たれた矢のように彼へと同じく間合いを詰める。
唐竹割りを、銃身で刃身をはたくようにして跳ね飛ばしながら、回り込む。
その刃に直接銃身を晒しはしない、神業の回避だった。
「羨ましいよ!あんたが!罪に汚れて、ひとでなしの烙印を押されても、
そのさきがある……ッ!」
極限状態だからであろうか。
開きっぱなしの氣の流れは、その斬閃――追影切人の意の存在を先読みしたかのように、
寸前の回避でやり過ごす。とはいえ、スタミナの残量はまったく心もとない。
「わたしには、ないんだよッ!あんたと違ってッ!
この逃亡が――ラストチャンスなんだよッ!」
至近。この距離なら、意に先んじよう。
回り込んだ先、死角から至近で、両脚にそれぞれ一発を撃ち込む。
――……なにより、彼の振るうこの、剣。風紀の備品資料で見た覚えがある。
彼の異能の斬閃であれば、回避できなくとも残る一丁の銃でやりすごせはするが。
異能とこの剣の合せ技は――まずい。
■『凶刃』追影切人 > 「当たり前だろうが、誰が好き好んで飼われたりするかよ。刃を取られて命を握られて、力だって振るえやしねぇ。」
――そして、何かやらかせば場合によっては封印処置か始末だ。先なんて最初からこの男には無い。
飼われていようがそうでなかろうが、ただの刃が血濡れたままでいればいずれ錆びて刃毀れして朽ち果てる。
唐竹割りを銃身で刃を叩くように跳ね飛ばされて回避される。
男もケダモノじみた身のこなしで、回り込まれると同時に身を捻り――…
「俺が先なんて望んでるように見えるならテメェは節穴だ。」
そんなものは”いらない”。ここで死のうが既に死んでいようが男にとっては同じだ。
ただ、斬りたい。斬り合いたい。野良犬で一人ぼっち?ずっとそうだった。
今は同僚や仲間に囲まれ、友人みたいなのも居る。だけどそれがどうした?
最後はそいつらも斬り捨てると分かっているのに?
「――戻るチャンスを悉く不意にしたのはテメェ自身だろうが!!ラストだとか今更都合の良い事言うんじゃねぇ!!!」
ああ、イラつく…無情に淡々と切り捨てるだけのつもりがこれだ。
だから感情だとかそういうのは面倒臭い。あと、仕事関係なくこの女はぶった斬らないと気が済まない。
至近距離、今度こそ両足に撃ち込まれるが、思い切り右足で蹴りを放つ。弾丸が右足に命中した瞬間に異能を発動。
弾丸を斬り裂いてその破片を彼女へと浴びせるように飛ばす。そして、追い打ちのように構わず胴を蹴り飛ばさんと。
左足にも異能で弾丸が命中した瞬間に裂いて排出するが、右肩と両足に銃創…軽くはない怪我。
――まだだ。蹴りを放った直後の片足の体勢で右手の刀を瞬時に左手にスイッチ。
――【七ツ胴】。かつて試し斬りで七人の胴を軽々斬り裂いたと言われる曰く付きの刀。
左手に握り直したそれを彼女の脇腹へと目掛けて振るう。不安定な体勢からの絶妙な時間差の蹴りと斬撃。
――既にその斬撃には異能が纏わりつき、大気が切断されて獰猛な唸りを響かせている。
■『逃亡者』弟切 夏輝 >
「―――――ッ!」
自業自得。
その言葉に、眼を剥いて歯を食いしばる。
わかっている。わかっていた。自責しながらも、それを受け止めることができない子供じみた――
否、子供の部分が、現実を忌避してしまう。逃げてしまう。
「あんたなんかに……ッ!」
言われたくない。
もはや子供の喧嘩のような、単純な反駁しか返せず、涙に滲んだ瞳が反駁する。
「っぐ……」
右脚は――止まらない。どころか、撃ち込んだ弾丸が破裂して帰ってきた。
防弾コートはそれを受け止めるが、左脇腹に石礫を連続で食らったようなものである。
ごぷ、と喉をせり上がってくる血液が、口端から鼻腔から溢れ――
――左銃を右腕に空中でスイッチ。
「―――――あああぁぁぁッッ!!」
喀血を吐き散らしながらの、絶叫。
昏倒不可避の威力の蹴り――もしやすれば、そこにすら斬撃が乗っているかもしれぬ殺意の蹴撃を、
打ち下ろした左肘と、打ち上げた左膝で挟み込んで静止させる。
上下から挟み込み、骨を粉砕。流し込まれた氣は、
片足そのものをずたずたに引き裂くようにその肉体内で荒れ狂う。
――であるがゆえに、そこに意識を割いたがゆえに、左刃への防御は――間に合わない。
振り上げた魔銃の銃身が、刃を受け止める。
追影切人相手に、鍔迫り合いなど不可能だ。
ズ、と金剛不壊なるはず銃身に、"七ツ胴"の刃が食い込むのが視認できた。
まるでスローモーションのように、集中が、高まる――
■『逃亡者』弟切 夏輝 >
切り裂かれんとする銃身。すなわち、刃が"食い込んでいる"ということ。
そのまま腕をねじりあげ、ともすればへし折るようにして右腕を振り上げるとともに、
体を大きく沈ませる――右手を銃把から離す。
ほどなく切断され機能を喪うであろう、魔銃の残り一丁も放棄。
武器は――ある。
右手は、切人が腰に帯びているもう一本の刀の柄をひっつかむと、
その腹部を靴底で蹴り込んで、転がりながら大きく離脱する。
戦場における瞬間の判断力。風紀で培ったもの。――今や、風紀から逃げるためのもの。
引き抜いて簒奪した刀を右手に下げ、ごほごほと赤い咳を零しながら。
ゆらり、と立ち上がる。
■『凶刃』追影切人 > 「俺に言い返される程の”軽さ”しかねぇんだよテメェの御託はなぁ!!」
右足は既に捨てたようなものだ。命中した弾丸を異能で裂いて破片手榴弾じみたカウンター。
蹴りそのものは、しかし彼女の肘と膝で挟み込まれ――あっさりと砕かれる。
本来なら激痛が男を襲って怯みそうなものだが、痛覚を”斬った”ので全く怯まない。
それでも、右足は完全にズタズタにされ本当に使い物にならなくなる寸前、といった有様で最早体重を支えるのも不可能。
だが、それでいい――本命はむしろ左手で振るった刃の方だ。
不安定な体勢ながら、正確に荒々しく振るわれたそれは咄嗟に防いだ彼女の魔銃に食い込み――だが。
「――チィッ…!!」
狙いに気付いたがワンテンポ遅い。魔銃ごと彼女の体を構わず斬り裂く一刀の筈が。
刃が食い込み、銃を両断する前に彼女が腕を捩じり上げて体を沈ませる。手放される魔銃。
同時に、少し遅れて魔銃が完全に”七ツ胴”の切れ味と男の異能の合わせ技にて両断され破壊。
腰に差していた予備の小太刀――【影縫】が引っ張られる感覚。
柄に手を伸ばした彼女がそれを掴んで引き抜いた彼女の蹴りは防げず、そのまま派手に後ろにすっ転んだ。
「――しぶといなテメェ。さっさと斬られろよな…。」
バネ仕掛けのように体が跳ねて起き上がる。右足はズタボロだが左足一本で立つ。
その左足も銃創は負っているが、痛覚を斬っているので何も感じない。感じていたとしても”無視”するが。
左手に持っていた”七ツ胴”を右手にまたスイッチしつつ、まるで居合のように抜き身の刃を腰だめに構えた。
右足が砕けて踏ん張りが効かない筈なのに、どっしりとした構え。彼は剣術は全く使えない…だけれど。
「――いい加減ケリつけようぜ夏輝。テメェが斬られるか俺が死ぬかだ。」
■『凶刃』追影切人 > ――もう今は居ない、男が唯一【恩人】と認識した黒髪の女性の技。
ただ一つ、男がまともに技と言えるものがあるとするならばこれしかない。
「―――斬り捨てる。」
呟く。後の事なんざ知った事か。この一刀で決める。俺が死ぬかアイツが死ぬか。
心を捨てて、意志を捨てて、アイツが誰かも分からないくらいに一点に意識を注ぐ。
――対峙する両者。お互い肉体は満身創痍。どちらが死ぬにしても共倒れになるとしても、ここらが潮時で分水嶺。
「――空間抜刀。」
瞬間、男の右手が閃いて刃を振るう。空間そのものを鞘に見立てた抜刀術だ。
荒々しいさっきまでの斬撃とは別物、次元が違う研ぎ澄まされた一閃――ではない。
ただの一振りにて、無数に分裂した斬滅の”檻”が彼女ごと周り全てを一切合切斬り捨てんとする。
(テメェを斬る――俺に出来る事はこれしかないんだよ。)
人でなしの凶刃に感情や想いはいらない。最後は切り捨てるから。
それでも――刃に無意識に乗ったモノは確かにあって。
――嗚呼、だから。必殺の一撃の筈が…少し…ブレてしまったかもしれない。
■『逃亡者』弟切 夏輝 >
言い返しようがない。
一発目の弾丸――その時点なら、取り返せた?
殺人の罪業を、しかし一片も背負うこともないままだ。
自分の責を、居場所を喪うことを、現状が変わってしまうことを
ただ恐れていただけの、生まれついての精神病質。
「……軽いごたくで、……なにが悪いのよ……
信念もなんもない、からっぽの人間で……、なにが悪いっての……ひとでなしが……ッ!」
こんな小太刀すら、重い。
心臓が痛い。眼が霞む。自分が立っているのか、倒れているのかさえ。
「盗むのは、真琴の得意技だったっけ……」
――【影縫】。刃渡り二尺。反りの浅い柳生拵の小太刀。
陽光の下にあって闇を湛えるような糸直刃は、頑健の示威である。
壁足場、肉切り、鎧貫。様々な用途に扱うための高い貫通性を帯びたもの。
おそらく七ツ胴同様に、魔銃の破壊を目的として持たされたものだろう。
自分は、早晩死ぬと割り切られているわけだ。
「…………覚えてる?あんたの好みがチョコドーナツだったって知ったときのこと」
右手を引く。弓矢のように引き絞る。
半身に構えて、腰を落とす。平刺突の構え。直線軌道、スピード・スケートの急加速をおもいえがく。
弟切夏輝の唯一にして超逸の秘奥、瞬間極限速度。
それは本来、こうした刃物を扱ってこそ本領を発揮する、一合にて最強の天稟。
「あの日、あんたを殺すかどうか迷ったんだよね。判断ミスだったね。
……二年越しに、今日があんたの命日。カレンダーに縫い止めてあげるよ、切人」
自嘲気味に笑って――その姿が掻き消える。
■『逃亡者』弟切 夏輝 >
一瞬遅れて、踏み込んだ地点に蜘蛛の巣のような亀裂が生まれる。
追影切人の切り札――それがなんであろうと、なにが起ころうと、後出しで先んじる。
――否、そんな都合のいい話はない。きっとこの体はずたずたになる、だろう。
空間をみじん切りにするような圧倒的な『斬る』嵐を、必中の一矢は貫けるか。
――否、それ以前に、精神性の懸絶がある。
夏輝は、人間で。
切人は、人でなし。
そう考えることで、自分を保っていた。
自分より低いものを見て安心する、醜悪な人間性。
そしてその差が、すべてを分ける。
自分が狙っているのは――相手の肩口。
殺せない。
弟切夏輝に、仲間は、殺せない。
自分でもわかりきっていた、ことだ。
(――『糸』よ)
鎖を得られず、楔になれず、ただ自分をつなぎとめるあえかなる糸。
それを使えば、発動さえ間に合えば、『死』からは逃れられ―――、
(――――!?)
だが、そう。
いましも全身を撫でる死の鎌鼬の、そのブレに気づかぬ弟切夏輝ではなかった。
全身に様々な斬傷を追いながらもそれらを重傷なくやり過ごせたのは――『糸』の力ではない。
本来であれば、【凶刃】の暴威であれば、ふたつやみっつの致命傷は避けられなかったはず。
みずからを弾丸として射出する突進技。鋭く突き出す切っ先は。
切人の肩に、過たず突き刺さり、
同時に手を離すことで、夏輝をその場に置き去りに、切人を大きく突き飛ばす形になる。
ぽたり、ぽたり、と小さな赤い雨が、地に。
なぜ、と問いたげな瞳と、呆然とした表情を、残酷に眩しい陽光の下に晒したまま、立ち尽くす。
■『凶刃』追影切人 > 「――あァ、うるせぇなぁ…人でなしだからこその刃だろうがよ。」
何度も何度も何度も何度も聞いた言葉だ。今更言われても何も感じない。
異能も制限され、切れ味鋭い”だけ”で特殊性も無い刀が一振り。しかも手負いのアイツとやっと互角かどうか。
…何が【凶刃】だ。俺の刃がここまで錆びて刃毀れしていたのかと。
…やっぱり感情なんて学んだり理解したり持つもんじゃねぇ、とうんざりする。
「――アイツの事は話題に出すな、何かイラッとする。」
白いの――真琴の名前に嫌そうに眉を潜める。この男にだって苦手な相手の一人や二人は居る。
腰だめに刀を構えたまま、出血や各所のダメージは普通ならとっくに限界を迎えている頃合。
痛みを斬っているとはいえ、それは痛覚が無いだけで肉体がダメージを抑えている訳でもなく。
…どのみち、この一刀で決めれなければいよいよくたばるかどうかといった所か。
「――テメェはやたら甘いコーヒー好みだったのは覚えてるぜ、不本意だがな。」
ハッ、と小さく笑う。2年前のあの何気ないオフィスでの会話を思い出した…今更、本当に今更何で思い出す?
「――残念だったな。あの頃の俺は今より強ぇ…テメェなんか返り討ちにしてやったよ。
――上等だ。テメェの胴体を七つくらいにぶった斬ってやらぁ、…来いや夏輝。」
――そして、天凛の神速と斬滅の檻が交錯する。
■『凶刃』追影切人 > 「―――!?」
空間抜刀――繰り出した瞬間、それに気付いた。…舌打ち一つ。俺とした事がなんてザマだ。
――刃の檻に僅かに綻び――ブレが出たのを悟った。手加減も油断も慢心もしていない。
そもそも、雑念は一切交えずただ斬り殺す為に繰り出した筈だ――だから、理由が思い当たらない。
宣言通り、アイツの肉体を七分割くらいはしてやるつもりだった筈だ。狙いに躊躇は無く致命傷を狙った。
だけど、結果は見えた――これでは夏輝を斬り殺せない。致命的――何が原因だ?何が……。
「―――クソが、そういう事かよ…!!」
その刃のブレに気付いた。アレは――いらないと散々言っている己の感情だ。意識すらしていない程の僅かな。
それに気付いた瞬間、肩口に強烈な”突き”を喰らう。しかも右肩。
異能で防ぐ、あるいは軽減する間も無く貫通し、凄まじい衝撃に吹き飛ばされる――だが右手の”七ツ胴”は手放さない。
「――――ッ…!!」
思い切り背後の建物の壁に激突し、文字通り縫い留められてしまう。
彼女の奥義の威力もあってか、影縫は男の右肩を壁に縫い付けた状態で切っ先が破損していた。
「………あ~~…くっそ。」
小さくぼやくように呻きながら、右腕を動かす…がっちり壁に縫い付けられた動けない。
右手の刃を放り投げて左手に持ち代える。まだ死んでいないしアイツを斬っていない。
だが、全身満身創痍で右肩の”影縫”もかなり食い込んで抜くのもしんどい。
「――何を呆けてんだテメェは。俺はまだ死んでねぇぞ…。」
止むを得ず、異能で右肩の”影縫”ごと右肩を砕いて壁から離れる。
最早、右足と右肩が使い物にならないダメージ。だが、片腕片足だろうが止まるつもりも無い。
「……だから”感情”は邪魔なんだよ…。」
その一言が全て。彼女を仕留め損ねた原因。意識はしなくとも確かに彼を動かしたモノ。
■『逃亡者』弟切 夏輝 >
空間すべてを薙ぐような『斬る』意志――意思の本流はしかし。
寸断された周囲の瓦礫。新たに瓦礫となった建造物の残骸たちの中心で。
嵐が過ぎてみれば、まるで弟切夏輝だけを避けるかのような有り様で。
「なん、で……」
遅れてやってきた、おそらくは撃てる最後であろう極限速の反動に、全身をねじ切られるような痛み。
湧き上がる吐き気のなかで、おぼれるように問いかけた。
偶然、かもしれない。そういうことも、あるのかも。
――そんなはずはない。【凶刃】は、如何なる時であっても斬殺に帰結する。
であれば、この沙汰は眼の前の男が【凶刃】ではない、と判ぜざるを得ない。
追影切人は、人間なのだと。
現役時代は我慢していた甘いものを楽しんでいたことを、覚えているような、そんな。
「あ……ぁ……」
――勘違いすんな。大切だろうがそうでなかろうが、最後は全部斬るのが――
「う゛ぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあ―――――ッッッ!!」
叫ぶ。
血にまみれた両手で顔を覆い、絶叫する。
未だ戦意を見せる男のまえで、しかし、弟切夏輝の心は決壊した。
元来、そもそもが戦士ではない。適正はあった。才能もあった。
しかしその性質はフィギュアスケーターであり、少女であり、殺人者であり。
風紀委員でいたかっただけの、――
「――――――ッッ……」
絶叫は、続く。幾度も、振り絞るように、白日の下で醜く叫ぶ。
追影切人はそっちで、弟切夏輝はこっち。
人でなしはいずれかと、現実を突きつけられて。
――やにわに、周囲が騒がしくなる。
さっきがたの風紀委員たちが呼び出した応援だろう。
取り囲まれる。銃を向け、警告も声高に。