2024/10/28 のログ
ご案内:「Free2 第二方舟」にシャルトリーズさんが現れました。
シャルトリーズ >  
【9/25 10:00】【適合値:005%】【浸食値:1】【エントランスホール周辺】
 
きっかけは、生活委員の同僚からの頼みだった。
本来予定していた視察に、急用で参加ができなくなったとの相談だった。
ちょうど予定が空いていたので、足を運んでみたは良いものの。

清潔感のあった白は一瞬にしておどろおどろしい赤に染まり、
人々の悲鳴や怒号が響き渡る。パニック状態だ。
当然だ。
人間が突然溶け出して、冷静で居られる人物がどれだけ居るだろうか。
閉じた扉を力いっぱい殴りつけるもの、周囲の人々に助けを求めるもの。
ただただ恐怖に泣きわめくもの、苛立ちを隠せずに舌打ちするもの。

「突然こんなことになって、怖いのは私にも分かります。
 でも、落ち着いてください。焦りは人を簡単に殺します」

状況をある程度掴んでから、そう口にして、静かに立ち上がる。
椅子に座っていた私は、暫く周囲の様子を見るのみで、動かずに居たのだ。
まずは観察。考えなしに動くのは、駆け出し冒険者だけで良い。

「まずは、落ち着いて」

さて、私の言葉で多少は落ち着いた人間も僅かだが、存在しているようだ。
それでも、施設の奥側から駆け出してきた者達には何の効果もないようだ。
そもそも意思の疎通が難しい。次々に黒のインクとなっていく人間達。

悪夢のような光景だ。でも、悪夢は若い頃に沢山見てきた。
救えないものと分かれば、心はひどく痛むけれど、
大きく狼狽することなどない。

行動指針がないから、根本から狼狽するのだ。

シャルトリーズ >  
見やれば、どうすれば良いかも分からず、泣いている女子生徒が二人。
静かに近寄って、肩を撫でてやる。
それで、何が変わる訳ではないかもしれないが。
それでも、少しだけでも、不安を取り除ければ。
少なくとも、ここで立ち往生していては、
明るい未来は開けないだろう。

勿論普段から心の相談は受けているが、
あくまでも私のケアは、身体面へのケアがメイン。
それでも、寄り添うことが大切なのは十分理解している。
だから暫くの間、無言で肩を撫でつつ。

視線は、リストバンドのメモリへ。
己のものと、黒い液体の上に浮かんでいるものを見比べて、目を細めた。

「……外に出られる道は必ずある筈ですよっ。探しましょう」

朗らかな笑みを見せれば、顔を上げる女子二人。
そこに、他の男子達も合流して、意気投合しつつあるようだ。
一旦は大丈夫だろう。
それに、私とて、あまり余裕がある訳ではない。
今は彼らから離れて、歩き出すことにする。
あとは、若者達の力を信じよう。

見れば、既に何人か、動き出している者も居るようだ。
その中には、どうやら顔見知りも居るようだ。

さて、次の行動は――

シャルトリーズ >
【9/25 10:10】【適合値:005%】【浸食値:1】【エントランスホール周辺】

――液体の方は。

液状化した人間――持てる魔術を駆使しても、
これを元に戻すのは難しいだろう。
少なくとも、大規模な儀式魔術の準備ができれば、
まだ目はあるだろうか。
いや。
世には、できることとできないことがある。
これは、どうにもならない事象だろう。
ドラゴンが吐く酸のブレスで全身溶かされた人間とは訳が違う。
内側からの崩壊だ。その原理も不明。
公的に明らかになっているこの研究所の特性を鑑みれば、
ある程度のあたりくらいはつけられるが、
詳しいことは何も分からない。

手元には何の道具もなく、詳しく調べることは不可能に思えた。
事前知識も道具もなしに、
先まで人であった筈の黒い液体、触れない方が懸命なのは自明の理だ。

歩を進めることとする。

「何かあったなら、やはり奥ですかね……」

そうして、眼前にある研究エリアへのゲートと対峙する。

シャルトリーズ >  
【9/25 10:15】【適合値:005%】【浸食値:1】【エントランスホール周辺】

「これはまた頑丈そうな扉ですねぇ……」

試しにリストバンドを翳してみるが、権限がないらしく、
扉が開くことはない。

「……仕方がありませんね」

静かに呼吸を一つ。
その後、電子ロック式の冷たい扉に手を触れる。

「……オーダー・オヴ・オープン!」

解錠の魔術だ。
生徒達には教えていないが、
冒険者時代には随分と世話になった魔術の一つ。

木製だろうが鉄製だろうが、
電子ロックだろうが、それが『鍵がかかっている状態』であれば、
開くことができる。

その上、魔力の消費も軽い。
この先、何があるかも分からないこの施設では――

その重い扉が開いた、その瞬間。

心臓がドクン、と。
大きく跳ねる。
ただの一つの魔術で、凄まじい量の魔力が持っていかれた。

すぐに目を閉じ、精神を集中。己の状態を走査。
内側に、問題はない。

――なら。

周辺を見渡す。黒い液体と、周囲に立ち上る嫌な気配。

「……外部からの干渉ですか。
 意図的な妨害か、或いは――」

シャルトリーズ >  
『いやぁ~、あの時の魔神様の顔と来たら』

酒場の中央のテーブル。
エールを手に、笑う男性の姿があった。
隣には、線の細いエルフの女性の姿もある。

『今度の冒険も楽勝だったな!
 シャルトリーズのお陰だよ』

椅子の上にちょこんと座っているのは――私だ。
私が、私を見下ろしている。
鎧に身を包んで、やはり手にはエール。
楽しそうだ、とても。

『シャルトリーズ、ありがとう。
 貴女が庇ってくれていなかったら、今頃私は……』

私の隣で、穏やかに微笑む、エルフの女性。

『癒やし手のナーセラが倒れたら、
 ワシらは全員土の下に還るしかないからのぉ』

老齢の男性が髭の下からも分かる、朗らかな笑顔を見せる。

目の前にずい、と突き出される、3つのジョッキ。

『今後の俺達の冒険に――』
『私達の活躍に――』
『ワシらの栄光に――』


『『『――乾杯!』』』

シャルトリーズ >  
【9/25 10:20】【適合値:005%】【浸食値:2】【エントランスホール周辺】

「……ッ!」

意識が引き戻された。
精神干渉。身を守る魔道具は全て回収済み。
まともに喰らったそれが見せてきたのは、かつての。
在ってほしかった仲間たちの姿で。

「……神性だか何だか知りませんが、
 デリカシーに欠けた野郎ですね」

一つ、大きく息を吐く。
手元のリストバンドの数字は、一段階上昇していた。

「……進みましょうか」


シャルトリーズ >  
【9/25 10:30】【適合値:005%】【浸食値:2】【研究エリア:通路】

開いたゲートの先を見て、思わず眉間に皺を寄せる。
通路に横たわる、大きな水たまり(元・人間)

その水たまりの先に、異形の巨躯があった。
全身の筋肉が異常なまでに盛り上がり、
破れた皮膚の裂け目からは幾本もの触手が生えていた。
その触手は何人もの白衣の人間――死体の首に巻き付き、
それらをズルズルと引きずっていた。
床に、赤い線が描かれていく。
死体は損傷が酷く、ここですぐにどうこうできる状態ではなさそうだ。
それに今はそもそも、治癒の魔術も使えない。

黄に変色したその目。
互い違いに散らばっていた赤の瞳をこちらへ向けると、
口を開き、笑い声のような叫び声を放つ異形。
子どもがおもちゃ箱から、新たな人形を見つけたかのような、
無垢な叫びだった。

同時に、口から発射されるのは触手だ。
舌が柔軟に、そして頑丈に変質したかのようなそれは。
不意打ちを受けた私の首に巻き付いた。

触手をしっかりと掴んで引き離そうとするが、
そうこうしている内に、私の体はどんどん前に引き寄せられていって、
今にも黒い水たまりの上に引きずり込まれそうだった。

このままでは首をへし折られるか、
この得体の知れない水たまりの上で形が変わるまで床に叩きつけられるか。

選択肢は既に、ない

私は首に巻き付いていた触手そのものから、手を離した。
狂ったように笑い声をあげる異形。

――残念ながら、これにて、一巻の終わり(ゲームオーバー)ですね。

シャルトリーズ >
「……そちらの方が、ですけどねえッ!!」 

左手を、巻き付いていた触手の方へと伸ばす。
しっかりと掴んで――両の足で、しっかりと床を踏む。
砕けるほどに。

そうして、一気に――左腕に力を込める。
ドワーフは剛腕を生まれ持つ。
それを冒険の中で何度も、何十回も、何百回も、鍛え上げれば――
徒手空拳とて、兵器となる。

巨躯が、ふわりと浮かんだ。まるでボールのように。
そのまま、黒い水たまりの上を飛ぶように、私の方へ。

右の拳は既に、十分固めてある。
あの巨躯を、弾き飛ばせるくらいには!

着弾/衝突。

手繰り寄せた触手と、巨躯。それを、固めた拳が迎え撃つ。

十分に固めた拳は、異形の腹部に深々と突き刺さる。

衝突/静止。

互いに交差する視線。

狂気の内にも、見て取れる驚愕。

刹那の静寂の後――衝撃(インパクト)

風圧で靡く髪。波立つ黒い水たまり。
巨躯は、為すすべもなく通路の向こう側の天井に打ち上げられた。

「身元が分かる程度には、加減してますよ」

頭部から床に打ち付けられて動かなくなった巨躯。
おそらく彼とて、元人間の筈だ。
それならば、最低限守られるべき尊厳はあろう。

大きな水たまりを飛び越えれば、首をへし折られていた職員の
リストバンドを手に入れる。『C』と表記のあるそれは、
今後の探索に役立つだろう。

それを拾った後、私は奥へと進んでいった。

シャルトリーズ >  
【9/25 10:50】【適合値:005%】【浸食値:2】【研究エリア】

そこからも、探索は続いた。
遭遇した異形の怪物を何度か相手取り、見かけた生徒は励まし、守り、
休憩室で一休み。
煙草とお酒があれば最高だが、贅沢は言ってられなかった。

贅沢を言わない私へのご褒美か、
より高ランクのリストバンドも見つかったことだし。

それを使って、研究室や資料室を漁りに漁ってみたが――
正直、十分な情報は得られなかった。

解読不能なものもあったし、成果としてはいまいちだ。

だが、一つ成果があるとすれば。

それは、私の経験だろう。

資料を片っ端から漁っていた私の耳に、
大勢が突入してくる音が響き渡る。

通路から聞こえてくる、揉めるような声。
どうやら相手方は、手荒くやって来たらしい。

資料を手元に置いて、精神統一。
周囲のノイズは、大分薄れている。

それならば。
私は、指を二度鳴らして去るだけだ。

それだけで事足りる。
すっかり姿が視認されなくなった私は、そのまま資料室の外へと向かう。
後に残るのは、指紋一つ残らない資料の山だけだ。