2024/11/18 のログ
ご案内:「学生街 レンタルガレージ」にノーフェイスさんが現れました。
ご案内:「学生街 レンタルガレージ」に挟道 明臣さんが現れました。
■ノーフェイス >
乗用車も置けるガレージに眠るのは、HPLモトサイクルの傑作。
リミテッドモデル『B.Yahkee』、通称『翼持つ貴婦人』。
多くの物的な財産を手放したこの存在が、手元に残している所持品のひとつ。
メンテナンススタンドに乗った荒ぶる機馬を入念に世話してやっていた。
「ふぅ。まったく手がかかるったらありゃしない。
……っとぉ、そろそろかな?」
天井に吊り下がった照明はどこかレトロジカルな電球色の光に照らされながら。
壁際に設えた棚に乗せてある、充電中の学生手帳が示す時刻を確かめる。
――早朝だった。そろそろ夜が明ける頃。定刻である。
話がある、という旨だけで相手を呼びつけたが、
テキストでさえネットワーク上に残したくないという用件を汲んでくれると期してのもの。
視線をちらりとシャッター横の出入り口の扉は、不用心にも鍵を開けてある。
■挟道 明臣 >
定刻通りにノック数回、返事も待たずに扉を開ける。
日の出を拝む事なく外の夜闇に慣らされていた目が、穏やかな灯りの眩しさに少し細くなる。
「流石は随分米国メディアご注目の謎のシンガー、
いい馬乗ってんな」
自分を召喚してきた赤い女の姿を見つけると肩竦めるようにして言い放つ。
ノーフェイス、神樹椎苗が言うところの紅い女。
「お呼び出しのご用件は? っていうのも野暮か。
こっちも聞いておかなきゃいけない事はあるし、どうせその関連だろ」
第二方舟、焔城 鳴火、ポーラ・スー。
それらの事実に彼女がどうかかわっているのか。
有体に言えば敵か味方か、である。
どちらでも無いにせよ、協力できるかによって話しておいた方が良い事もある。
■ノーフェイス >
「正規の学籍がないからな。企業からのプレゼントはまだ受け取れてない。
コイツは今年の頭に死ぬ気で入手した逸品だ。転移荒野も余裕で駆け抜けられる。
乗り慣れてない文化系のお嬢さんが問題なく対話できる程度にオフロードでも安定してた」
立ち上がると、ぐっと伸びをして知己に振り返る。
その先で拳銃をこめかみに押し付けられた探偵さんが、なんて愉快な有り様ではなかった。
「さすが耳が速いね。もしかしたらコイツより。
お祝いの花束が見当たらないケド、お部屋のほうに贈ってあるってコトでイイかな」
シートをポンポンと叩いてから、棚のほうへと歩いて、
置いてあった缶コーヒーの幾つかからひとつを見繕って投げ渡す。
残念ながら常温だった。冷えてると目が覚めるがお腹には効いてしまうので。
「鳴火から聞いたの?」
自分のぶんのプルタブを持ち上げながら、視線だけを向ける。
彼がどういうルートで自分とあの件を結びつけたかはともかくとして、
先に聞いておきたいことがあるんじゃないのか、と、明るい中にあって煌々とするような存在は、黄金の眼光を閃かせる。
■挟道 明臣 >
「そのプレゼントは俺の年収の何倍するのやら……」
言っておいてなんだが、なんと虚しい話だ。
寧ろごく潰しにも近いモルモットに困らない程度の給金を与えてくれているだけありがたい話なのだが。
死ぬ気で、というのは比喩表現でもなんでもない。
HPLモトサイクルともなれば、物によっては文字通り人が死ぬ額するシロモノなのだから
バケットシート一つで
「ご要望とあれば指先一つで送れる範疇なら贈っておくさ。
耳は速くても此処のところ腰が重くてな」
投げ渡されたコーヒーを受け取って、迷いなくプルタブを開く。
寒空の下を通って訪ねた身としては温度に物足りなさはあるが、
真面目腐った話をするのであれば、カフェインをに突っ込む事自体に意味がある。
「んや、俺が直接会って聞かされた訳じゃない。
ワケあって表立って俺が鳴火に接触できないのもあってな。
ウチの椎苗経由で鳴火とアンタが接触したって話を聞いただけだ」
タイミングの問題。
無関係では無いにせよ、鳴火に接触した人物からコネクションを取られるからには理由がある。
偶然、それが別件だったとしてもそれ自体は問題にはならない程度のジャブ。
それほど量のある物でも無いが、缶コーヒーを一息に空っぽにする。
ありがたみを薄くさせるような振る舞いだが、それこそ本島にいた頃からのクセみたいな物だ。
それでも、舌は十分に湿った。
「何を話したかも聞いちゃいないんだが、あの意地っ張りの教師とアンタがどういう関係かは知っておきたいな。
方舟の連中と対立してるのか、それとも別に目的があるのか。
ぶっちゃけると、俺にはアンタがこの件に噛んでる理由が見えてねぇんだ。
連中の計画自体に賛同してるとは思えねえし、だからと言って自分で首突っ込んでちゃぶ台ひっくり返す趣味も無いだろ」
仕事相手以上の関係ではないながらも、知らない相手ではない。
これまでの振る舞いから考えてノーフェイスがアルカディアによる歪な進化を受け入れるとは思い難かった。
■ノーフェイス >
「逢うたび老け込んでるカンジがしたのは気の所為じゃなかったのカナ?」
甘めのカフェオレは糖分も記してのもの。動くためには必須のガソリンだ。
挽かなくたって温くたって缶コーヒーは美味い。挽いた淹れたてのほうが美味いだけで。
「アレ、しいちゃんも研究所に噛んでんだ。
あのコどこにでもいるな……公安の管轄なのか、あの……?」
なんて研究所だったか。何を調べているかもわからない。
色々あって探偵を廃業して、そこに厄介になっていること。
その色々に興味はなかった。相手から話すまで、根掘り葉掘りは望まない。
――根掘り葉掘り、が比喩でなくなってることも、未だ知らない。
「ン―」
こちらもぐいと煽る形にはなるが、ひといきでは飲みきらない。
まだ缶はある。しばらく籠もって整備する予定だった。
ふらりと立ち位置を変えて、長い脚をひょいと伸ばしてパイプ椅子を引っ張って腰掛ける。
椅子はひとつしかなかった。
「ふぅ。
焔城がむかし、メビウスの星骸計画の被検体だったのは知ってる?」
手をかざすと、革張りの書物が現れる。
すべすべと手触りのよいそれを投げ渡す。
「76ページ――同様に被検体に名を連ねてる、焔城の古馴染みの星護経由。
生活委員会に携わってる常世学園の教師で、別の名前を名乗ってる……。
実験の影響だかなんだかで、精神がブッ壊れた結果かなんだか。
焔城のとこに訪ねたのも、星護の知り合いだから。キミがボクにしてるのと同じ、立ち位置の確認」
組んだ脚をぷらぷらさせつつ。
「ちょいと生活委員として、落第街にもある程度親しんでる彼女に仕事を頼んでて。
ンで、ボクが護衛に雇ってるヤツも彼女に世話になってるモンだから。
星護関係の事情が落ち着くまではある程度、デキることはしよう――ってのが建前。
ちょっと事情が変わった。 ……キミは?惚れた女のためとか?」
表情を緩ませて首を傾いだ。結んである血の色が揺れる。
■挟道 明臣 >
「何にでも噛みつくほどのパッションが無くなったのは事実だな。
その頃は元気が有り余っていただけってこと」
ただ、もう若くないと言い切ってそれを理由に逃げる事はしない。
目に映った物を諦める程に老いたわけではないのだから。
「あぁ、俺も第二方舟には行って来たんでな。
その都合もあるが、あそこにあったモンにはだいたい目は通してある」
投げ渡される革張りの書。
明らかに何もない空間から取り出されたそれに違和感を感じこそすれど、
言われるままにページを開く。
目を通していく内容と、自身の認識に目に留まるようなズレは無い。
ホシノモリアルカ、あるいはポーラ・スー。
ノーフェイスの知己がそちらであるなら、話は分かる。
「方舟の件に俺が噛んでるの自体は完全に偶然なんだが、
どっちかってーと方舟のやり方と内容に危機感とかを感じてるのがメインだ。
ただ、それで信用できないってのなら女の為の意地と思ってくれ。だいたいあってるから」
来客用の椅子は無いらしい。
手持無沙汰に、革張りの書の背を撫でる。
鳴火を守るのも、その願いを叶えてやろうと思うのも自己満足だ。
惚れたはれたの話ではなくとも、他人の為に命を賭けてでも物事を変えようというのは狂気じみた真似でしかない。
それでもそれを見過ごして、見捨てて生きられる程、俺はできた人間では無いのだ。
「本来なら鳴火を守ってやるってんならこんな所でふらふらしてられないんだが、訳があってな。
俺と鳴火やホシノモリアルカを他所の……というか方舟の連中だなそこに関連付けて見られる素振りができない。
下手を打つとそっちの二人より真っ先に狙われるのは俺になるからな」
染めなくなった髪色は以前とは変わった。
人と会う事が減って伸びた髪はいつの間にか首筋よりも伸びて。
それでも、変わらない黄金の瞳は紅を見つめる。
「一つ聞くんだが、アンタはホシノモリか……いやそいつが懇意にしてるアンタの護衛ってのでもいい。
その為になら死ねとは言わねぇけど、命かけるような所まで巻き込んでも良いか?」
■ノーフェイス >
「あんまりスリスリされると落ち着かないんだケド」
革張りに這う手を見ると、くっくっ、と楽しそうに肩を震わせた。
「キミの行動原理が合理ではないことは、長い付き合いでわかってるつもり。
疑うとしたら、現在よりも咄嗟の判断でしくじる可能性があるかも、くらい?」
土壇場の土壇場で、頭を冴えていられるかというところ。
追い詰められたところを見たことがないので判断がつきかねている。
カフェオレを飲み終えて、足元にことりと缶を落ち着けた。
「こっそりヤろうとしてるって時点で、本人たちも無理筋だって気づいてるのさ。
首謀者は脳内に創り出した恩師の亡霊に呪われるままに動いてる。
協力者どもも共鳴してるか、"支配者なりたがり"だろう。
……進化だのなんだの。劇薬を投じたところで、結果は得られないと歴史が証明してるのに。
そんなスタートラインに立つことをゴールと見てる連中さ。
危惧するのがフツーだ。コイツら大丈夫か、ってな」
合理と利己のプロデューサーがいない技術者集団の思想暴走――というのが。
冷めた目で見下ろす事態だった。
歴史を思うくだりに、僅かばかり表情は翳るものの――
「――――」
二本目のコーヒーに手をかけたところで。
「実際のトコ。星護、焔城、ンで……クラインか。
あいつらの取り巻く、私的な事情についてはどこまで?」
最後の問いの返答はひとまず保留して、問うてみる。
資料にない、感情の話――焔城鳴火という人間について、彼からしか視えてない情報と印象もあろう。
パキ、とプルタブをあげて、カフェインを取り込んだ。
■挟道 明臣 >
「おっとコイツは失礼」
冗談めかして開いていたページを閉じてそっと近くに置く。
物理法則を無視して、少なくとも俺から見てそう見えた事もあって手の中で遊ばせていたのを指摘される。
探求心のようなものはそうそう枯れて消えないらしい。
「妙な所で直情的なのは自覚してるんでな、こればかりはどうとも」
最果てまでクールで、というのは叶えられるかは怪しい所ではある。
思考はともかく、冷徹に何かを切り捨てる判断を最後まで降せないのは、弱さでもあるのだろう。
「第二方舟の件も結局のところ、水卜の暴走が原因だった訳だしな。
幸いなのは方舟の連中も二つに割れる程度にはマトモな思考してる奴がいたことだが」
研究と計画の目的。
その手段として据えられた人類の進化を、終着点としていた節はある。
いや、恩師たちの仕損じた事を自分が為すという事それ自体に執着していたのだろう。
先など、まるで見ていないように。
「鳴火と会ったのは今ん所第二方舟が最初で最後だからな……。
身の上話を長々と聞いたわけじゃないし、資料で見た通りの内容がほとんどだ。
ただ━━あいつは死ぬかも知れないって状況でも星護の事を最優先に動いていたようには見えた」
そもそも、あの研究所を訪れた理由自体がそれを助けるためであるように。
「自分の命が狙われる事を見据えて、その上で自身を助けてくれとも言わずに星護を助けてくれと頼まれた。
そこには嘘も無かったとは思うさ。
クラインに関しては、どうだろうな。今となっては暴走しているとしか取れない計画を阻止する意思は感じた。
ただ、第二で焼いた水卜と比べるとどうしても近い位置にいた奴だからな……」
いざという時どうするか。
そればかりは、推し量る事しかできない。
■ノーフェイス >
手を離したのを確認して、虚空を指でひっかくと、書物は朧と消えた。
異能の類かはたまた魔術か、小器用な技芸を習得したらしい。
「世界――人間社会の運営を考えるなら、大事なのはそのあと。
大変容の混乱期、狙いすましたように常世財団が手を挙げた――」
そして今日、世界各国、そして財団。多くの地球人類の努力が人間社会を維持している。
だからこそ理想、夢想の実現こそが本旨と見えた。
優れたブレーンが事を動かしていたなら、そもそも盤上遊戯にすらならなかった筈。
「計画の完遂は困難。だとして、理論上は実現可能だから動いてるんだろう。
ドミノトップリングは完遂されずとも、阻止までに何枚かは倒れる。
――第二方舟の事故現場。 あそこで何人死んだんだろう。
星骸と融けた連中は、そもそも死んだものとして扱われるのかな?」
よくあることなので、自分のほうは特に何か思うことがあるわけではない。
引っかかることはあるし、彼を呼びつけた理由はそこにもあるが。
缶で隠した赤い口元も、表情を浮かべることはない。
「クラインと鳴火も、もとは仲良しこよしだったんだってよ」
鳴火の優先順位において、星護が最優先になることは理解した。
そこは感づいていた部分ではあったので、彼の発言から確度が上がったのは大きい。
「メビウスの死やそれにまつわる一連の事情から。
星護の精神は変容し、クラインは妄執に憑かれ……鳴火はどうだったんだろう?
たのしかった過去にとらわれたまんまなのかもしれないね。
――ま、言っちゃえば、三者……というよりもクラインと鳴火の相関は家族喧嘩。
星護を守ろうとしてるのも、まあ、感情的な執着だろーさ。 所感だケドな」
ボクらは部外者さ、と苦笑する。
「――水卜からもいろいろ訊けたらとは思ってたケド。
風紀や公安に引き渡す以前に、もうダメだったカンジか」
焼いた、という文言から、尋常の様子でなかったことは見て取れる。
言葉が通じない。精神の変容。ともすれば肉体までも。
彼の私室の端末が黒い水で汚れていた理由も、なんとなくは読めた。
「――――で、まァ。
なんでボクが、敢えてまだ関わろうとしてるのはなぜか?」
部外者ではあるし、風紀や公安でもなければ。
正義の味方でもないし、星護や護衛を理由とする、かなり遠い存在ではある。
犯罪は警察機構が取り締まるべきだ――とは。犯罪者ながらに思ってもいる、が。
■挟道 明臣 >
「叶えた時点で終わるような刹那的なモンじゃ意味が無いからな。
宇宙に行ってみたいのと宇宙でしたい事があるのは別の話だ」
技術的進歩の確認事項として、そのステージを実現する事を目的にすることはあるだろう。
ただ、その先があってしかるべきだ。
「さぁな、かなり強引に隠蔽された節がある。
死んだ事にもされずに居なくなった事にされるのがほとんどだろうさ。
それに、ドミノと違って倒れた者は帰ってこない。
それらしい薬はあそこにもあったが、あの状態からヒトに戻れるとはとても思えん」
預かってることまでは口に出さず。
絶対数に限りがあるうえに手遅れは存在するだろう。
そもそもなり損ねた進化の結果としての黒い水からまともに戻れるとは思わない。
死んでしまったと形容しても、相違ない状態と言えるだろう。
「家族喧嘩、か。
鳴火は第一方舟の頃の連中を姉さんや兄さんなんて呼んでる節もあったし、確かにな。
ただ、過去は過去だ。戻れやしねぇし取捨選択はしなきゃならねぇ。
そん中で、アイツは星護を取るんだろうさ」
俺だって部外者だ。
偶然あそこに居合わせただけの、ただの研究職。
だから本来はあの一件が片付いた時点で無縁の生活を送るほうが賢明なのだろう。
「あの事件が起こった時点で、恐らく星核か星骸を自分に取り込んでたんだろうさ。
ツラの皮だけ面影があったとんでもサイズのバケモノになってたんでな。
とてもじゃないが、訊けるような状態じゃあ無かったさ」
本来、元の姿に戻すなりの方法があったのならそうしてしかるべきだったのだろうが。
聴きだすべき事も、暴走こそしていたが真実を知っていれば力になった可能性もあったのだから。
とはいえ、過去は戻らない。
起きた事も、喪われた物も全て。
「領分じゃあ、無いだろ。
研究者同士のいざこざも、そこで使われた被験者の末路も。
アンタが個人として星護に入れ込んでるのなら話は違ったが、そこだけは聞かせ貰いたいとこだな。
俺は、鳴火の願いを叶えてやる為に方舟に対立するってところまでは決めちまったが理由も無くこんな舟乗らねぇだろ」
■ノーフェイス >
「宙の涯てに浪漫を求めて、とかな。
そこに実利が在ると過程してた連中にも、心当たりがあるケド」
苦笑した。変えたら変えっぱなしじゃ、意味がないのだった。
これさえ叶えばという浅薄な賭けですべてがうまくいくなら、誰も苦労はしていない。
だからこそ、神の奇跡というものは罪深いのだろう。
人間に都合のいい夢を見せてしまう。狂信は妄動を駆り立てる。熱と力をともなって。
「"星護を守って"、ってヤツ?
焔城個人に入れ込んでるってよりは――なんていうか。
おりこうな判断をすることが、じぶんを裏切ってしまうような性分かな」
原動力が女だというほうが、まだ納得はいくのに。
片目を瞑って愉快そうに笑うのだ。自己を呪うような行き方。
そうした律儀さに助けられて来てはいるので、あれこれ挟むことはないけども。
「成長も進化も、促しこそすれ最終的には自分で階段を登らなければ意味がない。
そういう部分で、ボクは星骸計画の時点で『方舟』を認めるコトはできない。
――まァ、メビウスの意思で行われた実験だったか、というのも実際は怪しいケド。
人類の再定義はあくまで理想図に過ぎず、
それを半端に実現できる可能性――黒杭と星骸の理論成立が暴走を招いたのかもしれない」
方舟、という組織そのものが、ボタンをかけちがえ続けている可能性もある。
そのあたりは実際に探ってみないことにはわからないことだ。
立ち上がり、彼の元へと近づいて。
1メートルほどの間合いをとって向き合った。
「全世界をどうこうするより、ひとりの代表……
人造の星の擁立。アルカディア計画のほうが、まだ現実味のある手段だケド。
たったひとつの星をこっそり作って空に打ち上げようなんてのは認められない」
虚空を撫でる手を、自らの心臓に。
とんとん、と鼓動を打つ場所を指で叩いた。
「世界でただひとつの星はボクであるべきだから。
クラインの目論見も、迷惑な家族喧嘩も滅茶苦茶にブッ壊してやろうと思ってる。
そうすりゃウチの狂犬のケがある護衛も納得するだろうしな」
納得できる?と問いたげに。
牙を剥く狼のように、芸術品の貌に獰猛さが滲む。
■挟道 明臣 >
「浪漫を求めるのは個人の自由だが、浪漫だけで生きるなんてのは土台無理な話だろうにな」
笑う、愉快さとは程遠く笑えてしまう話なのだ。
それでも視野狭窄というのか、一度そこにはまり込んでしまった人間は視点がおかしくなる。
復讐なんて物の為に生きて、その先を考えていなかった俺が言えたような話ではないが。
熱も力もつぎ込んだ果てに、エンドロールの後にも物語は続いてしまうのだから。
「まぁな。でも久々に、何かの為に必死になってる気はするのさ。
見ちまったし、知っちまったから。
それを無かったことにする事を自分が許してくれない」
生きづらい性分だとは思う。
己を呪って居なければ、生きていられないのだ。
見捨てられないからこそ、瞳を伏せて島の端に隠居しているくらいだ。
「きっかけはもたらされた物でも構わないけどってか。
まぁ、結果としてそれを掴める奴もそうでない奴も出てくるが、
方舟の連中はそれもまるっと進化させようとしてる訳だしな。
実現できてしまった、偶然とはいえその片鱗を手に取っちまった結果なんだろうが、
すべての人をってのはあまりにも傲慢だと思わなかったもんかね」
ともあれ、方舟に対してのノーフェイスの認識が取れたのは助かる。
星骸計画そのものに賛同されるような事があればどうしようもない。
「……ははっ」
無茶苦茶言ってやがる。
ただ一つの星として、自分を指すこの女。
傲慢、とも言えそうではあるが、コイツに限っては違う。
嘲笑ではない、恐らくこの島で誰よりも輝きある者である事にストイックな人間に言われれば、笑うしかないだろう。
「アンタがアイツらの計画を無茶苦茶にするってのを決めてんなら、納得するさ。
俺も鳴火の家族喧嘩自体の仲裁をする気なんかさらさらないからな、ちゃぶ台事ひっくり返すきでいるわけだし」
くつくつと、愉快そうにひとしきり笑って。
「あぁ、それなら利害は━━少なくとも同じ方見てクラインの事蹴り飛ばせるってのは分かった。
だからって訳じゃないが、何の為ってのを煮え切らないなりに俺からも久々の情報のプレゼント」
「第二方舟に保管されてたのは、アルカディアの心臓じゃねぇ。
実際にあったのはホシノモリアルカの心臓━━今のところ俺が預かってる」
■ノーフェイス >
「たとえ必要に迫られたコトも多かったとして、
人類史を紐解けば、成長も進化も往々にしてそういうモンだったハズだろ?
……個人、という単位だって、そのハズだよ」
課題だったり、試練だったりを。
もたらしたのは災害であったり、病であったり、社会であったり。
そう語ったあとに、わずかばかり真面目な顔をして、
「…………、大変容が起きてさ。
人間という種族に、異能やらなにやらが生えてきて。キミは。
それを進化だと、人間は成長できたのだと思う?」
まっすぐ見据えた直後に、返答を待たず。
「いや、生まれるずっと前のコトだ。言われても困るよな」
肩を竦めて、混ぜっ返した。
問うたことに対して、自分はそうは思っていないと。
成長や進化が、種としてできていないと――そうとらえていた。
「まァ、だからってなにかの手立てがあるワケじゃないケドな。
どんだけ言ってもボクは個人。たったひとりの音楽家。
風紀や公安が先んじて動くかもだし、なにか出来るコトあるかな~」
細顎に手をあててにっこりと笑って見せるものの、
語ることはなんとも場当たり主義で格好のつかない話だ。
社会的価値を帯びていても権力はいまのところない。
「自分で決めた道のクセして、悲壮な覚悟だかなんだか。
そんなの負ってるカンジのヤツ、好きになれないんだよな」
敬意をもって打ち倒す好敵手ならず、だ。
盤上に上がる主役はだれか。たったひとりでなくともだ。
エンタメ性に富んだドラマが好きなもので。
「てことで、いつになくやる気になってるおっさんと同じほうを向こう。
そんなキミにふたつ仕事を頼みたいのと、伝えときたいコトが――
――心臓?……なんでまた?」
星護の心臓、というのなら。
生身の人間の部品でしかない筈だ。アルカディア――神性の肝ならいざ知らず。
状況が読み込めずに、眉根を潜めて怪訝な声と目が。
「星核でも埋め込んであるってか?生身の心臓に?」
■挟道 明臣 >
「━━━━」
それは一方的な問いかけ。
個として、人の枠組みから先に進み出た者が居ないとは言わない。
ただ、現実としては異能者と非異能者が混在するようになっただけだ。
ましてやその種の抱えていた問題を超克できた訳でも無い。
応えを、求められている訳ではなくとも理解はできる。
「保守派と革新派とでもいうべきか、二つに方舟が割れてるらしいからな。
クライン本人が出てくるかはわからんが、次に動きがあるとしたら指揮に立場のある奴は出てくるだろ、
そこに横槍入れるのが無難だとは思うが」
結局のところ、こちらから動き出せることなどほとんど無いのだから。
鳴火、あるいは星護のいずれかに働きかけてくる所に対抗するしかない。
組織を相手取るのに個人で、となれば相手の作ってくれた隙に付け入る他ない。
「そらそうだ、んな奴好きになる方がどうかしてる。
誰も彼もに手を差しのべるような良い奴でもねぇし、できねぇって割り切っておきながらうじうじ言ってんだ」
みっともねぇ事この上ない。
自らを誇れるような生き方を、心の持ちようをしているのであればこうはなりはしなかったのだろう。
広げ過ぎた手を大切な物が落ちていく。零れていく。
そんな過去を超克できる程、俺は強くない。
「それでも、大切な奴に顔向けできるくらいにはできる事やりてぇんだよ。
好かれようともおもってねぇし悲劇の登場人物を気取るつもりもねぇ。
もうすぐ三十路のおっさんの強がりだ、だから手ぇ貸してくれ」
結局のところ、俺も個人でしかないのだから。
研究室総出で敵対すれば変わる物もあるかもしれないが、あそこは俺の物でもない。
「さぁな、それでも認識上のデータ識別こそ誤魔化されちゃいたが、最奥にあったのは間違いなくソレだった。
椎苗と話した時にも違和感はあったが、アンタは星護と会ったことあるんだろ?
その身体はマトモな人のもんだったのか?」
あのデータに記されたものが比喩などの物でないなら。
星護は、心臓を持たずに生きていた。
「本物のアルカディアの星核は別のところ、クラインの手元にある可能性が高いが、
ホシノモリアルカの心臓がなぜ研究対象たる星核足り得ていたのかは、正直な所分かってない」
確かなのは、第二方舟で回収した心臓が手元にある事。
そして、それがアルカディアの星核とすり替えられた星護の物であるという事。
「その辺りを、星護の知己なら知ってる事もあるかと思って期待してみてたりするんだが……
まぁ、ひとまず仕事があるならそっちから聞く方が良いか?
なんせこっちも情報がまるで足りてなくてなんで人の心臓なんかにすり替えてたのかが検討ついてなくてね」
■ノーフェイス >
「三十路間近でも挑み、成し遂げられると。
ハッキリ魅せてくれりゃボクは構わないぜ、探偵さん。
ひとつ、みずからの意志と力で、階段を上がれるかどうか。
……お礼はー、まァ、ふたつの頼み事の報酬がその分ってコトで」
手を貸すもなにも、同じほうを向いている。
であれば、予め契約を交わしておく必要もない。軽いノリで引き受けておいた。
「打ち倒すべきはそう。
クライン、焔城、星護の三人――悲壮な覚悟でも背負ってそうな奴らさ」
――完全に同じほうは、向いていないかもしれないが。
誰かのために行動するということを、絶対にしない人間だ。
たとえ結果が利他となろうと、己の我がそこに介在しない限りは。
「ま、コッチも大事な時期だしな。いつも通りやるさ」
星となるべく挑戦と研鑽の日々は、いまも進行しているので。
「首から下が――焔城鳴火の言うコトにはアルカディアって神性に取っ替えられてる。
――ハズだね。現に、アイツからは心臓の音がしなかった。
ややこしいんだケド。
神性の心臓はクラインが管理し、遠隔操作で星護の生命機能を維持させていた。
星護の心臓は――正直肉体ごと廃棄されてたかと思ったけど、心臓だけ残ってたってコトはー……。
生物への星核の移植。生命体を星の鍵とするような実験を星護も受けていたのかな。
しょーじきそこらは曖昧。あとで鳴火にでも確認してほしいトコだけど……
星核が移植された心臓よりも、神性の肉体のほうが方舟的には価値があったんだろうね」
語るに事情がややこしすぎる。
推測に推測を重ねるようなことはあまり好きじゃないんだけど、と視線を横にずらして。
「ま、何かあるとアレだし、いまも動いてるんだろう心臓は。
恥ずかしい秘密を綴った日記とおなじくらい、大事にしまっておいてよ。
――で、頼みたいコトってのは、ふたつ。
ひとつ。ボクが動けなくなったとき、護衛……緋月ってヤツなんだけど、そいつの面倒を見て欲しい」
ひとつ。
指を立てたのは、遠からず一時的に動けなくなる可能性があり。
「ふたつ。祭祀局に所属してるハズの。
藤白真夜、ってヤツの安否を確認してほしい。生きてる確認が取れればそれでイイの」
ふたつめの指を立てた手を、ぶらん、と体の横に垂らして。
不意にゆっくりと歩み寄ると、出入り口の扉にそっと脚をかけた。
出ていかないように塞ぐような立ち振舞い。顔は視ない。扉に額をこつんと押し付けた。
■挟道 明臣 >
「やるさ、その為に重い腰上げたんだ。
唯一の星を名乗る奴を魅せるってのも大仕事な気はするがな。
足腰動かなくなっても這ってでも登るさ、歳食った大人だからな」
書面での契約も何もない口約束に過ぎないが。
そんなもんで、良い。そこそこに長い付き合いなのだから。
「他所の家族喧嘩なんか見せられててもたまったもんじゃないしな。
大人しくしてもらわねぇと降って来る火の粉でそれこそ島が燃えかねん」
見ているモノまで全てが揃っているなどとは思わない。
細部はどうあれ、大目標自体が同じであれば十分だろう。
「HPLにMAZEに……まだあったっけか。
むしろ良くこの島にいるなとすら思うが、まぁいつも通りならそれでいい」
成功者と言って差支えの無い実績と栄誉を得ながら、未だ研鑽の只中にあるこの女を。
いつまでこの小さな島が抱えて於けるかは分からない。
が、いつも通りというのであれば今はそれでいい。
「首から下ってぇとアルカディア自体がヒトの形をしていたか……押し込めた……?
星護って人間の脳がアルカディアの権能を使えるようになる事を目的にそう作ったって所か。
計画通り唯一の管理者としての機能を果たさせるために脳が必要なのはまぁ分かるが。
星核覚醒者……確か人体に星核を移植するっつーもんだったか。
そのリストの中にも、確かに星護の名前はあったな。
図抜けて高い適合値で……星核は摘出済みっつー話だったが。
移植ってのが身体ごと取り替えた事を言うんじゃねぇなら……」
順序と、過程が分からない。
与えられている情報がそもそも断片的な事もあるが、
ミスリードを踏みかえない以上は憶測に踏み込んだここらで一度持ち帰るべきか。
「あぁ、まず誰かの眼につく事の無い所で厳重に保管してある。
クラインがわざわざすり替えておいた理由は分からんが、必要になった時の為にもな」
言いつつ、頼まれた仕事を反芻する。
「……随分入れ込んでるんだな。
良いさ、アンタが不在の間不自由が無いようにさせるくらいの手配は受け持てる。
……が、狂犬気味とか言った奴だろう、あまり長くは放してくれるなよ」
一つ目、緋月という名前には覚えが無い。
とはいえ、ノーフェイスがこの件に関わる一端を担うあたり、ただの知り合いとは言うまい。
「藤白真夜の方は生存確認、と。
結果の報告はウェブより口頭かお手紙で、って所か?」
二つ目、藤白真夜。
何故彼女の名前がここで上がる?
━━がそこは頼まれた事をこなす上で調べるべきか。
この女の女好きの交友関係は今に知れた話ではない。
「まぁ、二件承った。未来のスターに恩を売れるなら安いもんだ……で」
扉をふさぐようなしぐさ。
「なんだ、脚でも撫でろってか? 落第街価格で高く付くぞ?」