2024/12/28 のログ
■藤白 真夜 >
「……活き活きと……」
わかっている。
わかっているつもり、かも。
普通の人間の思いやりこそが、わたしに欠けがちなその視点をくれた。
容易く死を選んではならない。倦むような生を送ってはならない。
……だが、他の生命のためならば命を使うべきだと。
そう、死を想えと。
でも、活き活きと生きる──その視点は、わたしにはなくて。
……だからこそ。
「そうですね。
……お洒落に着飾るくらい、活き活きとしてもいいのかもしれません……ね」
……さすがに、あんなロリィタファッションはむずかしいけれど。
彼女に言われたようにちょっとぐらいお洒落をするのも、いいのかもしれない。そんな風に、思えたのだ。
「椎苗さん。
……そ、それは──」
……ちょっと待ってほしい。お洒落をするくらい活き活きとしてもいいかもとは思った矢先にこれは。
まるで邪悪を退ける祭具を手にしたかのように、仰々しく両手に載る──ネコミミ。
椎苗さんのは大分映えるが……ではなく。
「…………こ、これがあれば、あの黒い水をどうにかできるのですね……!?」
ごくり。疑問と生唾を飲み干し、……すっ、と頭にカチューシャを乗せた。ぱちり、ときっちりクリップで留めても、……本気でこれが祭具かなにかと思い込んで緊張感を高めた真剣な顔にネコミミが生えていると、浮いているかも……しれなかった。
■神樹椎苗 >
「――ふむ、やっぱりよく似あいますね。
写真も撮っときましょう」
これがあれば――との問いは完全に無視して、自分の趣味私利私欲のために、少女にネコミミを付けて撮影するロリ。
それが神樹椎苗だった。
「別にこれ自体はそんなすげーもんじゃないですよ。
見た目が可愛いんで、開発中にしぃの意見を無理やり採用させただけです」
恐らく、開発者は涙を流した事だろう。
「これは、正式名『感覚機能拡張デバイス』、つまり、複合型の受信機です。
ほら、少し静かにしてみてください。
すごく遠くの音や、草木の息遣いまで、聞こえるように感じますよ」
そう言って椎苗は少しの間、口を閉じる。
周囲で小動物が動く音から、遠くの方で行われている戦闘の音まで。
非常によく聞こえるだろう。
「――これがあれば、少なくとも鳥獣の類の不意打ちや、遭遇戦を避けたり出来ますからね。
しぃがこの区画を探索するための、基本装備の一つです」
それ、お前にやりますよ、とあっさり譲渡してしまうあたり。
物自体は優秀でも高価な物ではないのかもしれない。
「で、黒い水に関しては――ふむ。
ちょっと歩きながら探しましょうか」
そう言って、水溜まりのようになっている黒い水を探しながら、森の中をゆっくりと散歩していく。
静かな森の中、ネコミミの補助もあってか、聞こえる微かな音や気配がどこか心地よくも感じられるだろう。
■藤白 真夜 >
「……?
……!?
…………つ、つまり、獣の感覚を与えるためにネコの耳の形を模した属性の模倣とかでもなんでもなく、ただかわいいだけということですか……!?」
意味を理解するのにぽけーっと考えこむ。ネコミミをつけたまま。
そういう意味があるのかも、と真面目に考えていたものはどっかにとんでいった。
「……た、確かに……ネコどころか精霊並の感覚の拡張……。
やはりネコである必要は──」
……しかし。
先ほど、思い立ったばかり。活き活きと生きることも、考えていいのだと。もちろん、それはわたしの禁欲を超えることはないだろうけれど、……誰かの施しであるのならば──
「そ、それに、見た目も可愛くて良い……そういうことですね、椎苗さん……!」
ネコミミを、受け入れた。意識すると逆に恥ずかしい。ちょっと気合をいれてみたものの、むしろ頬は嫌な暑さで火照っていた。
森の中を行き、すぐに理解する。実際に、ネコミミの効果はすごかった。自然の感覚に近いそれに少し驚きながらも、元から危機感を高めた小動物のような意識でこの場所に赴いていたわたしにとって、それはぴたりと重なる。
獣の脅威は遠ざけられても、黒い水のあの感覚には何度も辛酸を舐めさせられただけあって……楽しげな散歩というより、恐る恐るの小動物の徘徊感はまだ抜けてはいなかったけれど。
■神樹椎苗 >
「――ぷはっ、良いですね、今の表情」
写真を撮っていた椎苗は、少女が見せた驚愕の表情を楽しそうに見て。
「でも、ネコは可愛いですし」
恐らく開発中もこのノリでごり押ししたのだろう。
「ふふっ、そーいうことです。
ほらほら、さっきのお前の写真ですよ。
可愛くて似合ってるじゃねーですか」
そう言って、手帳を開いて見せた画像は、少女がネコミミを付けて少し頬を染めている様子だった。
そして歩き出すネコミミ二人。
周囲に見えるような特別な危険もなく、ネコミミが感知する情報も、おとなしいものだった。
「――ふむ、この辺りは綺麗に掃除もされた後って所ですかね。
あ、まった」
そう言って、椎苗はしゃがみ込むと、茂みをかきわけていく。
その先には、ある程度まとまった量の黒い水が、地面に溶け込むでも、蒸散するでもなくそこにあった。
「――うん、手ごろな量と質ですね。
これならちょうどいいでしょう」
そう言いながら、椎苗はその黒い水の前にかがみこんで。
さも当然のように『素手』でそれを掬い取った。
■藤白 真夜 >
「…………い、良いのでしょうか、これで……」
スマホに映る自分の姿を見た感想は、…………違和感。
もしかしたら椎苗さん的審美眼には適ったかもしれないものの。
わたしは、藤白真夜を見る目がちょっと厳しいのであったとさ。
「これは、……。
やっぱり、あまり見ていて気分の良いものではない、気がしてしまいます。
わたしが見てきたものとは、また別……動物や、話に聞く“汚染源”とやらの残したものなのかもしれませんが……」
黒い水を見る目は、やはり険しい。思い起こさなくてはならないものもいくつもある。それに、黒い水に触れたときの感覚は、精神そのものに幻覚を見せるような気がした。椎苗さんも、物理的には耐性があるだろうけれど──
「──し、椎苗さん!?
は、離してください! それに触れると、嫌な幻覚と異能を──命を否定されるような感覚が──」
いざとなれば椎苗さんの手をはたき落としてでも。
そう意気込んではいるものの、ちょっと及び腰。
そしてなにより。この少女のいう、黒い水との付き合い方。
……もしかしたら。
そう願いながら、そっと椎苗さんの表情を心配そうに覗き込む。
■神樹椎苗 >
「むしろ、『ソレ』がいいんですよ。
後で送っておきますね」
少女は多くの苦しみを経験してきている。
だからこそ――こんな少し、間の抜けた『活きた』時間があるべきなのだ。
四年の月日をかけて、椎苗は、そうやって考えられるようになりつつあった。
「ふふっ、焦らないでいいですよ。
まあ、真似しろとも言いませんけど」
そうして椎苗は救った黒い水を、手から流す。
椎苗の様子を見れば、幻覚にさいなまれているようにも、不快感を覚えているようにも見えないだろう。
「――これは、別に毒や薬品の類じゃねーんです。
なら、この黒い水は一体何だと思いますか?
多くの犠牲を生み出し、多くの人を錯乱させるこの黒い水は?」
そう、椎苗は謎かけのように少女へ問いかけた。
■藤白 真夜 >
「……椎苗さん、……!?
なぜ……」
……本当の意味で、驚いていた。椎苗さんがなにかをしたようには、少なくとも視えなかった。ただ無造作に、黒い水を掬っただけ。
それは、“対処法”が奇跡やなにかの類ではなく、存在するという証左だったから。
「黒い水の、正体……」
考えれば、どうしてもすぐに思いつく。
……目の前で、黒い水に溶けていった人のことを。
「わたしは、……それは、人が溶けたモノだと、思っていました。どうしても、そう感じてしまう。
でも、それだけじゃ説明がつきません。
なにより……あのひとたちが溶け合った先が、こんなものになるとは思えない」
この黒い水には、生理的な忌避感が在った。それを正しく捉えられているとは思えない。それでも、わたしの目からは──
「……“汚染”。
わたしには、そう見えます。…………わたしの、異能を侵すものは……」
昏く、瞳が瞬く。わたしには、そう感じた。
わたしの異能に手を触れるもの。それは、ひどくおぞましいものに、わたしには見えて仕方がなかった。
■神樹椎苗 >
「ん、どれも正解です。
ただ、どうしても満点にはならねーんです」
そう言いながら、スポイトを取り出して、黒い水を回収する。
「この水の正しい名称は『星骸』。
簡単に言えば、ただの生物です」
あっさりとそんな事を言う。
この水が、生き物なのだと。
「ただ、特殊な生き物の――つまり、神と呼ばれる物の成れの果てですから。
触れた時の心象や、恐怖、価値観に大きく左右されてしまいます。
そして、その影響から脱せなければ」
回収した水にしっかりとキャップを付けてしまいこみ。
残念そうに首を振った。
「自らも同じものになってしまったり、混ざり合って存在そのものが変質してしまったりするんです」
それらこそ、今、この区画で起きている事の正体なのだ。
「しぃがこの水、星骸から根本的に影響を受けないのは、この星骸に対してなんの負の感情を持っていないからです。
ですから、それらが増幅されて幻覚を目にしたり、精神に異常が起きたり、という事が起こり得ない――んー」
そこまで話して少し考えてから、言葉を直す。
「例えば、警戒心むき出しの猫に手を伸ばせば、逃げられるか引っかかれるかですが。
警戒心を解いた猫相手であったら、多少触れ合った所で、怪我する事もないでしょう。
そんな、生き物と接する時のわりと普通な心構え――それだけで、星骸の毒性は大きく軽減できるんですよ」
などと――まるで、この星骸という物の研究に熟知しているような。
どころか、『方舟』の研究にすら精通しているような事を言いながら、少女を安心させるように微笑みかけた。
■藤白 真夜 >
「……『星骸』……」
その言葉も、知らなかった。
あの場所でわたしが得たものは……それこそ、黒い水への忌避感だけ。
「星──神のむくろ。
だからこそ、なにかを汚染する強い影響力を持ち……命をも溶かす容量を持つ」
意味は理解できる。
……それでも、黒い水への恐怖心、嫌悪感……怒り。そういったものを薄めるのは、難しい。
それは例えるならネコではなく、わたしには炎に見えていた。
熱くない、と思っても触れると手を引っ込めてしまう……そんなものに。
「……。
……困りました。
わたし、犬猫にはすごく嫌われているんです」
茶化すようでいて、淋しく……力なく微笑んだ。
実際に猫には触れ難く、猫に例えたその水にも、そうだった。
…………。
……無理はしない。約束が頭をよぎる。
「──でも。
実はわたし、少し怒っていました。あの水は、確かにわたしの異能を歪ませたからです」
手を伸ばす。
黒い水の、みずたまり。
……直接手を触れたりなどはしない。その明快な事実を知ったといえど、今のわたしではあの施設の二の舞だろう。
でも……今はもう、知っている。
みつめる物に依って性質を変える物──神に似た、それへの触れ方を。
伸ばした手の先。握りしめた拳から、紅い雫がまっすぐに線を引く。
黒い水へと落ちた血は……歪で不快な音をたててすぐさまに蒸発する。……それが、わたしが黒い水へ抱いている不快感の表れだった。
「──出来るはずがない。
わたしの異能は、わたしの根本。それを──わたし以外がどうにかできるはずがない、と。
……そう。わたしがそう思っていたから、そうなったのですね」
流れる赤色が勢いを増す。黒い水に、赤色が混じりはじめた。
完全に混ざり合うことはない。入り乱れ、互いを貪り合い……そして弾け、消し飛んでいく。熱した油と水を注ぎ合うような。
「もう、この感情をなかったことにすることはできません。
──わたしは、あの場で見たのです。ひとが黒い水に溶ける様を。それをなかったことには、できない!
でも、……!」
血はまだ、蒸発するように宙へ溶けていく。黒い水に弾かれ、焼かれ、重さのない砂のように。
でも、消えていく血を上回る量の赤色が流れ込んでいく。握りしめた拳は、今や赤く染まっていた。
「恐怖ではなく、義憤を以て! わたしはこの骸に……神に向き合います!」
異能の指先──流れる血で触れた黒い水を、無理矢理捩り合わせた。
黒い水は歪に赤と入り混じり、赤黒い結晶を産み──ばきり、と砕けた。そのまま、跡形もなく消えていく。いや、消し去った。
……解決法とは程遠い。不格好なわたしに似た、対処法。
きっと、また触れたら汚染は止まらないだろう。……それでも。
「…………ありがとうございます、椎苗さん。
……あまり、うまくはいきませんでしたけど」
安心させようとしてくれた椎苗さんの期待に応えられたかは、……ちょっとあやしい。珍しく、キレていたから。
運動をしても汗など流れない代謝を持っているのに、額から汗が流れた。
異能こそ、わたしの根幹。それを揺らぐほどの、無茶だったから。
……それでも。『黒い水とはなにか』。その問い掛けへの答えを得た、晴れやかな顔をしていた。
■神樹椎苗 >
「――成長ってもんは、案外早いもんですね」
星骸を知った少女は、その成れ果てを、正しく弔った。
そのやり方が正解か否かは問題ではない。
彼女自身が、そうして自ら向き合ったという事実が、とても大きな少女の進歩――『生きている』証だった。
「恐怖でなく、義憤で。
いいでしょう、とても好いと思います。
上手い下手なんてかんけーねえですよ。
お前はお前らしいやり方で、星骸と向き合うと決めたんですから。
立派なもんです」
くすくす、と笑う。
知らない事は怖い。
未知は好奇心も刺激するが、それ以上に恐怖を助長する。
だからこそ、正しく知れば――恐怖が完全に払しょくできずとも、向き合う事は出来るのだ。
「――ほら、『陰気巫女』」
椎苗は立ち上がり、少女を手招いてから、両腕を開いた。
■藤白 真夜 >
「──は、……」
息が上がっていた。……いや、心臓ではない。もはや心臓はまともに脈を刻まず、異能がわたしを動かしている。
その疲れた躰と、……己の恐怖と向き合った反動。
安堵と疲弊が、溢れていた。
「椎苗、さん、……。
……ちょっと、無理……しちゃいました……」
手で招かれた先の、小さな腕。
細くて脆く見えるそれが、今は確かな大樹の腕のように見えて。
……力の抜けた体を預けて、……安堵の吐息を零した。
■神樹椎苗 >
「まったく、へろへろじゃねーですか。
もうちょっといい対処法を教えてやらないとですね」
ふらふら、と倒れ込んでくる少女を見ながら、どこか嬉しそうに笑う。
「――はい、でも、よくできました」
子供と大人程に体格の違う少女を、まるで揺るがずにしっかりと抱き留めて。
優しく、何度も何度も、頭を撫でる。
少女は褒められる事が少なすぎるのだ。
だから――たまにはこうやって、甘やかされたって許されるだろう。
――そうやって、少女の状態が落ち着くまで、ゆっくりと穏やかに少女を抱擁していて。
けれど、少女が落ち着いたころに、椎苗の学生手帳から、まるで自己主張でもするかのような音が響いた。
「む、思ったより遅かったですね」
独り言のように椎苗が言うと。
開いても居ない手帳の中から、椎苗と同じように幼い、けれどどこか豊かな花畑と、どこまでも広がる群星の海を思わせる底抜けに優しい声が響いた。
『もうっ、わたしだって空気くらいは読むわっ!』
そんな言葉とともに現れたのは、桃色の妖精――そのホログラム。
天使のような羽と円環を持つ、桃色の髪をした三頭身くらいの少女は、椎苗を見て、次に少女を見て、とても嬉しそうに微笑んだ。
『はぁい、初めまして、愛しい人の子♪
わたしはエデン。
世界で一番可愛い、ピンクの妖精さんよ!』
と、その小さなホログラムは少女へと挨拶するのだった。
■藤白 真夜 >
「……!
……はい、……はい。
ふふ、そんなに、褒められた感情では、ありませんが……」
わたしがあの水に籠めて、爆発させたのは、ほとんど怒りの感情だった。
……それでも。
ただ、泣くでもなく安らぐでもなく、椎苗さんの抱擁を受け入れた。
体力のようであって違うなにかを消耗していたそれは、精神に程近い。元気だ、と意識すれば、すぐにも旺盛に回復し──
──目の前で、妖精さんが浮き上がっていた。
「……──」
まだぼやけた目で一度見つめ、……ごしごし。目元を擦ってもう一度。
妖精種はあんまりお目にかかったことが無いけれど、こういうかんじだったろうか。もう少し、神秘的な……。
「は、はじめまして。
……祭祀局に所属している、藤白真夜といいます。
…………ふふ、案外空気は合っているかもしれませんね」
あたりを見回して、気づく。
わたしも椎苗さんも、ネコミミだ。しかも、わたしのはちょっと浮いている。
……なら、このピンクのちんまい妖精も割と空気にあっているのではないか。……そんな、お花畑が開ける考えを、わたしも持ってしまった。そんな雰囲気の妖精さんだったから。
■神樹椎苗 >
「ふふっ、お前はもう少し甘え上手になるのが課題ですねえ」
くすくすと笑い合って、少しの穏やかな時間。
そして、それを打ち破ったピンクの妖精さんは、少女の周りをぐるぐると飛び回って、何かに納得したように、大仰に、嬉しそうに頷いた。
『よろしくね、マヤ。
うん、マヤなら大丈夫そうね!』
そう言って、小さな手の中に魔法の杖を呼び出すと、こんどは少女の手帳に何らかの着信があった。
『マヤ、もしマヤが、この事故や、この平和な島で何が行われようとしているのか。
それを知りたくなったら、いつでもそこにいらっしゃい?
マヤが傍観者じゃなくて、自ら未来を選ぼうと思った時、わたしたちは、いつでもマヤを歓迎するわ!』
そう言って、通信時間の限界なのか。
ピンクの妖精さんは、期待に満ちた笑顔を浮かべたまま、ノイズと共に消えるのでした。
「――まあ、そういう事です。
今日はちょっとしたテストも兼ねてたんですよ。
悪かったですね、偶然を装ってまで」
そう、少しだけ居心地悪そうに。
「ですが、お前には真実を、多くを知る権利があります。
もしお前の選ぶ未来が、しぃたちと交差すれば。
しぃたちはいつでも歓迎します」
そう言って、椎苗はその小さな右手を差し出して、『対等と認めた立派な巫女』へ、握手を求めるのだった。
■藤白 真夜 >
「貴方は……、……」
魔法のステッキと連動するように、スマホが小さく震えた。今流行りのオモイカネ8じゃない。個人で使っているのは使い古しの旧型だった。
慣れない手付きで確認すれば、ある場所の座標。
「……エデンさん。
わたしは傍観者で構いません。わたしは“今”で精一杯で、未来を見る余裕があんまり無いんです。
…………でも、行きましょう。
あのひとのためだけではなく。……わたしの、我が儘な義憤のために」
あの妖精に対して、どう振る舞えばいいのかはまだわからない。未来を掴み取ると即答出来るほど、気が大きくもない。
ただ、ずっと残っている。あのひとの最後の顔。
あのひとのために……あのひとを看取ったわたしのためだけに、行こう。
そのために、まっすぐに……消えていく電子の妖精を見つめていた。
「いえ、大丈夫ですよ。誰にでも、というわけにはいかないことはあるものです。
……そんなに良い点数かは不思議ですけれど」
独りで立つ。虚脱感はすでに消えて、炎に怯えたはずの心に小さく灯火が宿っていた。
動機は簡単で。
そこに運命も縁もなく。
ただ、居合わせた科学者の命のため。
「……はい。
方舟が、何処へ向かうのか。
……その最期を、見届けるため」
方舟から飛び立った鴉は居なくなったけれど、鳩は戻る。勝利と成功の橄欖を口にして。
聖書に倣うには、わたしは少しばかり……鴉に近かったけれど。
小さな導き手の手をしっかりと取って、握手した。
「大丈夫です、椎苗さん。
この島に居る時点で、重なっているものがあるんです。
……約束を守るため、無理はできませんけれど。
わたしのみた命のために、わたしには選ぶべき道があるのです」
……ほんの少しだけ、陰気さが抜けた顔で。自分の目指すべきものを、その小さな手の中に見いだしていた。
ご案内:「Free2 未開拓地区:汚染区画」から藤白 真夜さんが去りました。
ご案内:「Free2 未開拓地区:汚染区画」から神樹椎苗さんが去りました。