2025/02/25 のログ
緋月 >  
「あ、ありがとうございます…!
成程――そこまでの熱と鉄の粉が。ご配慮、痛み入ります。」

確かに、それだけの鉄の粉が舞えば、普段の服など容易く焼けて穴が開くだろう。
火を防ぐ護りのある服ならば確かに安心。
おまけに厚みもある布地。これならば易々と焼けたりはしなさそうだ。

「此処、ですね。では、失礼――。」

指示を受けた通りの位置に移動し、すらりと愛刀を鞘から抜く。
刀身二尺四寸五分、濤乱刃文の刃が、その姿を現す。
言われた通りに、刀の腹を天井に向ける形でしっかりと持つ。

「このまま、ですね…。」

刀を手にしたまま、その姿勢を保ち続けるのは鍛えていない人間には聊か難事だろう。
しかし、物心ついた時から鍛錬を重ね続けた少女にとっては決して難しい事ではない。

そのまま、必要とあるまで微動だにせず、写しの見本となる刀を持ち続ける姿勢だ。

御津羽つるぎ >  
鑢のかけられた刃に粘土が伸ばされる。刷毛を使い丁重に、熟練の仕事。
覆面は飛沫などが届かないようにするための措置でもあるらしい。吐息はすべてその内側に。

「見事な刃紋…目測の記憶だけでは、やはり少し違ってしまっていたかも。
 こうしていると…うん、やっぱりやりやすい…」

やがて刃全体を粘土で覆い、また色の違う種類が、今度は刃紋を模するように置かれて、伸ばされる。
(むら)く仕上げていく仕事ぶりは、早業ともいえるほど滑らかで。
一方でその口ぶり、幾らでも贋作を拵える事の出来るという自白でもある。
実物があれば酷似した写しを直ぐ様造れる、といった、腕の様。
刃文は流派、刀工の色。それを模する技芸は矜持あらばむしろ唾棄されるべき邪道やも。

「先日、ご依頼にいらっしゃった時から、不思議な品だと思っていました」

糸のような視線は真っ直ぐ刃に落ち、丁寧に、確かに土を置きながら。

「緋月さんは、その月白(かたな)が、どのように造られたか…
 どんなものを込められて生まれたか、わかりますか?」

手の動きは止まらないままに問いかける。当たり前に連れ添う剣のことをどれ程、識っているのか。

緋月 >  
(……鍛冶には詳しくはないけど、見事な手際だというのはわかる。)

作業の様子を余裕のあるタイミングで目にしながら、巫女装束姿の女性の作業の手際に内心で舌を巻く。
まるで、それそのものが流れる河の如き作業。
たとえ邪道といえる業なれど、その技前は、そしてそれを振るう女性の実力は、
確かなものだと思わざるを得ないモノを感じさせる。

「……この子が、どのように、どんなものを込めて、ですか…。」

突然の問い掛けに、かすかに視線が落ちる。
何しろ――――

「……確か、前に話した事は、ありませんでしたね。

実は私、郷では物心ついた頃にでしょうか。地下の座敷牢に、封じられての生活だったのです。
この島では、異能と呼ばれる力…郷に伝わる剣術を扱う者の中から、
先祖返りで稀に現れる、特異な力を持っていた為に。
その力を制御出来ずに「呑まれて」、郷の人々に牙を剥かぬように。
そして…いずれ、「皆伝」に至る才能を、誤った方向に伸ばさぬよう、制御できるように。」

語った内容は…まさに因習そのもの。
先祖返りの鬼子を里人の安全のために、同時に「皆伝」に至るように、隔離して育てる。
この島、否、現代社会であればそれこそ犯罪そのものになりかねない行いだ。

「…なので、実際に話に聞いた事などは、まるでないのです。
殆ど、郷の歴史から伝わる書物からの知識ばかりで。

その知識も、完全に覚えているものではないですが……。」

書物からの知識を思い出し、口にする。

「……『月宮の業に、魔剣妖刀は不要也。
唯、毀れぬ刃金があればよい。
伝えられ、研がれた業こそが、只の鋼を魔剣へと変える。

刃に遣われるべからず。刃を使うのは常に己である事を心得るべし。』」

特異な力の宿る神剣魔剣の類でなかろうとも。
伝わり、磨いた業が、ただ頑丈なだけの刃を「魔剣」へと変える。
故に、手にする鋼は唯、毀れぬだけの、頑健なものであるだけでよい、と。

「……恐らくは、ですが。郷の鍛冶師たちも、その念を以て刀を鍛え、それだけを念じて込めたのでは…とは。」

直接立ち会った訳ではない為に、推測で語るしかない。

「――それだけで充分な位、月白(この子)は私と共に居てくれてます。
毀れず、砕けず、傷つかず……最初に、この刀を渡された時と、変わりがまるで見つからない位に。」

御津羽つるぎ > …中断致します…
ご案内:「作刀部活「韴霊」事務所」から御津羽つるぎさんが去りました。
ご案内:「作刀部活「韴霊」事務所」から緋月さんが去りました。
ご案内:「作刀部活「韴霊」事務所」に御津羽つるぎさんが現れました。
ご案内:「作刀部活「韴霊」事務所」に緋月さんが現れました。
御津羽つるぎ >  
「刀身が仕上がった際に、祈祷をもって刃を毅くしていたとだけ…?」

少女は、それも伝え聞いた覚えがある程度の伝聞でしかなかったと言っていた。
何かしら特異な成立をしていながらも仔細はこちらも推測するしかない。
同様の儀式が出来るなら門戸を叩いても良いものの、未だ「技」を秘めている門派のほうが一般的だ。

「一族に纏わる異能…才能がなければ、皆伝に至ることはない訳ですか。
 非才の(わたくし)からすれば、幾度も夢に描いたような話です。
 剣士たれと恵まれて生まれてきたような、(ことほ)ぎのようじゃないですか…
 …眩しくさえ感じてしまいます、勝手な感想ですけどねえ」

語られた壮絶な過去に対して同情の色を差し出すことは無かったものの、事情を飲み込みはした。
やはりこの少女もあの男性も、その出生から剣士であることをさだめられた才覚の持ち主と思う。
その間も手は動いて、鋼が粘土に包まれていく。波濤模様に段々重ね。

「構いませんよお。緋月さんがどう思ったか…をお聞かせ願いたいので…」

細い目の視線を刃に落としたまま彼女に続きを促した。
聞けば聞くほど成る程確かに、湧梧との同門の誼であることは間違いないと見える。

「その方々の物言い、刃さえも本来であれば…剣士であれば、不要であるかのようですね」

刀工はそれに異を唱えることなく、知見を得られてむしろ愉楽の色さえ示した。
技が剣士の本体なら、技に至らない剣士を補助するために刃ある剣があるようにも。
それは彼女の語った「月宮」の門の思想なのだろうとも思ったが興味深い話である。

「剣士というよりは…剣術家の一門、と聞こえますね。
 戦いに勝つ、効率よく多く人を斬るよりも、技術を研いで磨く事を至上とする。
 多少の事物騒に聞こえもしますが、当世風でもあるように思えます。
 錆びない刃、毀れない剣、折れない刀、どれも求められた事が御座いますけど。
 大体、耐久性とか持続力を重視した注文だった気が致しますので」

世が乱れれば剣も技も実用に傾いていってしまうもので。
何となく…あの久々能智にもこの月白にも感じる違和感は、訓練の為の道具というもの。
武器として使われるものではない、と感じては…いる。

「緋月さんにとっては、技を磨くための利器として以上の価値があるようですね。
 思い入れ…のような…そうですね、これはなんとなく聞くんですけど」

刷毛を一旦刃から離して具合を確かめながら。

「その月白は、毀れにくい刀ですか?それとも絶対に毀れない刀ですか?」

ちょんちょんとまた刷毛が動き始めた。

緋月 >  
「はい。今すぐに思い出せる限りでは――凡そ、この位で。」

今の所、思い出して話せる事を一通り話せば、軽く一息。
見本となる刀を手にしたまま、その姿勢は微動だにせず。
覆面で呼吸が少しし難いせいか、軽く額に汗が浮かんではきているが、その位だ。

「それでも、飽くまで「才能」だけですから。
これだけで「皆伝」に至れるか…確約されたものではないです。
事実、「才能」を持たなかった者でも皆伝を得られたという伝承は、
数える位でしたが郷の古書にも記述はありましたし。」

才能とは言え、飽くまで「皆伝」に辿り着きやすくなる位のものではあるらしい。
困難ではあろうが、才無き者とて皆伝に至った例もある、と。

剣術家、という表現には、少しばかり苦笑するような息遣い。

「確かに…そう思えるのも道理かも知れません。
――皆伝に至らぬ身の為、私には流派名を名乗る事は許されてはいませんが。

どれ程の過去からか、既に把握が覚束なくなる程の昔から……ただ、「常にて斬れぬ」モノを
斬る為の技を引き継ぎ、教え、伝えて来た者達の集まりです。
例えば風、例えば空、例えば――流れる水をその流れごと。

尋常な剣術からは、聊か逸脱した業を伝えて来た者達の集まりです。
故に、特異な力を持つ刀は要らぬと。ただ頑丈で、毀れぬ刃のみでよいと。」

壊れさえしなければ、極論、ただの木の棒ですら充分である、と言わんばかりの教え。
寧ろ、その技を腐らせぬ為に、「丈夫である」事以外はまるで求めないといえる思考。
確かに、常の剣術からは聊か逸脱している。

そして、己の刀について訊ねられれば、うーんと小さく思案の後。

「……そう、ですね。
この島に来てから…あまり大っぴらに話せる事ではないですが、幾度か月白を
「実際の戦い」で抜いた事はありました。
決して、楽なものではない事が殆どでしたが…月白は、それでも私についてきてくれました。

……不変のものは、この世にない。
いつか月白も、毀れる日が来るのかも知れない。

宗主様から言われた教え…それと、私の少々曖昧な実感ですが、」

ふぅ、と息を吐き直し。

「――もしもこの刀が砕ける日が来るとしたら、それは私が斃れた時、だと思います。」

半身が死すれば、もう半身も生きてはおれぬ。
砕ける時は即ち死の時。

作業に当たる巫女装束姿の女性の期待した返答では、ないのかも知れないが。

御津羽つるぎ >  
「門外の私には、尋常も異常も判断はできませんけど…」

剣士の中でも、正道も異端派もいるようだ。
何が正しい剣なのか、何と異なる剣なのか、刀工にはその別がつかない。
当たり前に剣士である者たちのことが判らない。知らない。
興味深そうに耳を傾けるのは個人の事情よりも業界、界隈…剣士という概念そのもの。

「…、……」

だが、その剣が毀れる可能性を…一心同体の未来の行く末を聞いた途端、
落胆の感情が落ちた肩に宿ったことを、恐らく隠す心算もなかったのだ。

「毀れぬもの、毀れづらいもの。
 それも、十二分に尋常でなく特異な力だと(わたくし)は思います。
 …大事にされると良いでしょう。きっと代えは効きませんから」

剣か己か曖昧に濁しながら、やがて不意に摘んで支えていた茎を持ち上げ、寝かせた刃を目の高さへ。
表と裏に伸ばされた粘土の具合を確かめてからひとつ…

「うん。これで良いでしょう。
 それでは鍛冶場へご案内します。そこで」

丁重に捧げ持ち、台へ載せ替え、土の置かれた刃を掲げて立ち上がる。
踵を返して壁に向かうと、壁を欺瞞していた光が落ち葉のように剥がれ落ちる。
壁に貼られていた結界の向こうには暗い闇と、地下深くへ続く螺旋階段が降りていた。

「緋月さんには祈って頂きます。
 あなたの故郷では、そういう作法だそうですので」

緋月 >  
「――はい、大事にします。これまで以上に、これからも。
…すみません、期待したお答えを返せなかったみたいで。」

落胆を見せる女性には、そう謝りつつ。
そして、いざ作業が終わり、次の工程へ…鍛冶場での作業に向かう事になると分かれば、
手にしていた己の刀を一度鞘へと戻す。

「……深い、ですね。」

壁のようにみせかけ、その姿を隠していた螺旋階段、そしてその奥の闇を目にして、
思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。
どことなく、無暗に立ち入ってはならぬ…例えるなら、神社の奥宮じみた気配を感じ取ってしまった為だ。

「祈り、ですか…わかりました。
郷の鍛冶仕事の場には入った事がないので、作法までは詳しく知りませんが、
邪念が入らぬよう、頑張って祈りを捧げます。」

御津羽つるぎ >  
階段も壁も白檀で出来ており、木板を踏む感触と足音が響く。
灯りがないために次第に薄暗くなっていく降下行の最中に、黒髪を揺らす後ろ姿が呟く。

(こわ)れない道具(かたな)…」

呟くようにしながら足は止まらない。

「私が考える、佳き刀とは、それなのです」

落胆したのは答えを持ち合わせていなかったからではなく…
目的への手がかりが手に入らなかった即物的な失意だと語る。
知らぬ存ぜぬを責める意図はなく、気にしなくて良いと言いたげだ。
それでも落胆を見せたことも、それに頭を下げられたことへの詫びを語るつもりもないようだ。
佳き刀と語ったものへの想念は…相当なもの、らしかった。

「可能な限り頑強さを高めることは出来るでしょう。
 防護の祈り、堅牢の(しゅ)、百は手筋は思いつきます。
 然し、それはあくまで『非常に(こわ)れづらい刀』止まり。
 何の因が起ころうと、けして『毀れる』という結果を齎さない。
 永久不変、金剛不壊。私の作でも辿り着けていない有り得ざる剣…」

低く呪うように語られる言葉は人を違えたような恨み言のようでもある。

「名を、真の韴霊としよう。
 何せそうなってしまえば、茎に銘を打つことも出来ませんでしょう。
 ですから此処に看板と掲げているのです…ふふっ。
 経津主神がここにいると、少し期待させちゃいましたかね~」

数十は降りたか。闇が深くなってきたあたりで声が毬のように弾む。
さっき濁した言葉の続きは、これくらい深くなら喋ってもいいらしい。
やがて…地下の果て、社の入口のような障子戸が、両者を出迎える。

緋月 >  
「毀れない、刀……。」

思わず、その言葉を繰り返してしまう。
その言葉は――先を往く女性が「佳き刀」と考えるものは、まさしく月宮の郷の
鍛冶の者達が追い求め、そして届かぬものでもあったのだから。

『毀れぬ刀、曲がらぬ刀、不壊の一振り――如何に求め、試そうとも、「不壊」の壁超えるに叶わず…。
されど、何時の日かその壁超えんと――龍骨の脈に在りし、鉄ならざる鉄が、その手掛かりになる事を祈願し――』

まるで呪うかのような女性の言葉に、ふと思い出され、脳裏に浮上してきた、古書の一節が口から零れる。
こちらもまた、呪い、祈るかのような響きの言葉に――

「――と、すみません、不意に郷の古書の言葉が思い出されて。」

謝罪を入れた所で、地下の底――社の如き障子戸が目に入る。
ぞくり、と、背筋に緊張が走る。

「…此処が、鍛冶場ですか。」

やはり、どことなく神社のような雰囲気。思わず身が引き締まってしまう。

御津羽つるぎ >  
「そのお話。詳しく聞かせて頂きましょう。
 すすんで口を割りたくなる程には、佳き仕事をしましたよ」

興味をそそられたらしいが…今はこの手にある仕事(かたな)が先だと言う。
ここから先はつるぎの領域なれば、不語(かたらず)の逃げ道は無いに等しい。
障子戸がひとりでに開く…そこは、暗かった。薄闇だった。

「どうぞ。あまり人は入れないんですけどね。
 最近はよく人入りも増えた気がします、お客様が増えて有り難いことで」

熱風が吹き出して来る。空間の闇を薄めているのは進んだ先、地面と思しき高さに光源がある故。
そこには火が燃えていた。燃え盛っていた。鍛冶場の心臓、火床(ほど)であった。

「経津主神は居らずとも」

それ以外の灯りをもたらさない火だけの世界の中に踏み出していく。地面は固い石のよう。
その火の御前まで往くと、丁重に、床に仕事(かたな)を寝かせた台を置く。
それぞれ、刀掛けを乗せた台と、清らかな水に満たされた細長い湯船が、火床の左右に配してある。

火産靈神(ほむすびのかみ)は此方におわします」

ひどく…暑い。太陽とは違う、火の熱さによる高温が、真夏に勝る熱で空間を満たす。
火床(ほど)に熾こされている火には、神気のようなものはない。霊気のようなものも感じられないだろう。

「…たぶん」

紅白衣装の後ろ姿が肩を竦める。

緋月 >  
「あ、はい、私の思い出せる限りでよければ…では、失礼します。」

「仕事」の後は、質問の嵐だろうか、と思いつつ、ひとりでに開かれた障子戸を、
巫女装束姿の女性の後に続く形で潜る少女。
進めば、熱を持った風が押し寄せて来る。思わず空いている手で顔面を庇い、
熱風に慣れるまでをそうして進み――

「火産靈神……カグツチ神の、異なる名、でしたか。」

その位の知識は、少女にもあった。
灯りになるものが何もない空間。ただ、燃え盛る炎だけが唯一の光に見える。

(……見通せない。)

夜目に慣れているつもりの視力だが、この空間の全容をまるで見通せない。見通せると、とても思えない。
奇妙な感覚に支配されつつ、燃え盛る炎と、肩を竦める女性を見る。

「――真偽は兎も角、そう思わせるだけの「圧」は…感じられます。
どう、と訊ねられると、言葉に困るのですが。」

神の気や、霊気の類は…飽くまで己の感覚だが、感じられない。
しかし、この場にはどこか…底の知れない、強い「何か」があるように感じられてしまう。

(…あの炎を見たせい、でしょうか。)

まるで地の底から這い上がって来たような、火床に燃え盛る炎。
あてられたのか、と思わずにはおれなかった。

「…私は、何処につけばよろしいですか?」

少し心を奮い立たせる。何はともあれ、まずは己の役目を果たす事だ。
どの位置について、祈りを捧げるべきか。この鍛冶場の主が居る以上、彼女の指示に従うべきだろう。

御津羽つるぎ >  
「郷土では良く信仰されている神様だそうでして。私の家は代々神職を…。
 …鍛冶は私の一存で始めた事、この服も儀式も、こうすると気が引き締まるので。
 でもほら。きっと(かまど)にはちゃんといますから、神様」

御津羽つるぎは浜松の神道の家の出であり、火を信ずる家系に生まれた。
神に仕える衣を身にまといて火を扱うなら、生半の仕事をすることはない。
その袖が動いて指は先ず、刀掛けのある台座を指した。

「あなたの月白(けん)をそちらに…できれば刃だけを。
 はずした拵えは、掛けたその下に、なくならないように並べておいてください」

言いながら腰を折ると、用意してあった筒を手にして、造り込まれた刃をそれに差し込む。
トントンと根本まで入りこませると、粘土に包まれた刃は随分と長い柄を得た。

「では、柄尻の部分を持ってください」

ようやく振り返ると、糸のようだった目が開いていた。
穏やかな目つきの、その黒瞳だけは炎の照り返しの中で、純真な少女のようにつぶらだ。

「これより、焼き入れという作業をします。
 細かいことは省くと。かたちを、月白の写しとするための工程ですね。
 その間、月白の見守る傍らで、あなたはただ祈って祈って、祈っていてください。
 どの様にでも構いません。郷に伝わる侭でも良し、緋月さん個人的なものでも良し。
 多くの執念と思想の結実、あなたのための月白はそのように作られたなら…
 この器を満たすものは、再誕を望んだ者の祈りであるべきですよね?」

月白を鍛った職人は此処にはいない。

緋月 >  
「炉に、神は在る――。」

古今、火の神は身近なものであるという。
火を扱う、最も日常的な場所――即ち台所の神は火の神であるとは、学園の授業の中で聞いた覚えがあった。

呼び名は異なれど、それこそ本州の最北から南の島に至るまで。
竈神の伝承は広いという。

「…ここ、ですね。では、失礼しまして。」

刀の手入れは日常の事。
流石にこの工房の主程に手際よく、とはいかないだろうが、それでもスムーズな手つきで
拵えを外し、丁寧に纏めると、指示の通り刀身だけとなった愛刀を刀掛けにそっと置く。

剥き出しの茎には、「月白」という銘、そしてその裏側に幾文字かの漢字が刻まれている。
この鍛冶場の主には、角度のせいか、総てを読む事は出来なかっただろう。
後で刀身のみを検める機会があれば、それを見る機会はあろうが。

「――柄尻を、ですね。こうか…。」

指示通りに手に持つタイミングで――今まで見えなかった、巫女装束姿の女性の瞳が、見える。
今までずっと糸のように細められ、どんなものかが視えなかったが――

(……純粋、だ。)

ともすれば危うさすら感じる程に。
そんな印象を、現れた黒い瞳の輝きから、少女は感じ取る。

「……かしこまりました。
兎に角、ひたすらに祈り続けよ――という事ですね。
それが私の役目とあれば、やり遂げてみせます。

――では、雪白の事は、よろしくお願いします。」

伝えられた「役割」にはそう返し、いざ仕事にかかるであろう女性に向けて深々と頭を下げる。
生半可な祈りで良い訳がない。それこそ、全身全霊で以て祈らねば。
郷の刀鍛冶たちが大勢で行っていた事を、一人でやるのならば尚の事だ。
その緊張が、思わず少女の目つきを鋭くさせる。

御津羽つるぎ >  
「その月白(けん)は望まれて生まれたもの。
 そして今この雪白もまた生まれることを望まれている。
 共鳴する手本は其処に在らば…祈りませ、祈りませ。…刀刃とは如何在るべきか

形を写し成り立ちを写す、作業は単純明快かつ原始的だ。
普段より余計な光を眼に入れぬ刀工は、請け負った少女に頷くと、火に向き直り。
薄闇に鋭く喝破のような柏手一つ打ち響かせると、朗々と詠む。

「かけまくも畏き火産靈神(ほむすびのかみ)
 遍く神代の昔より、高き貴き大神の恩顧を被ることを、
 嬉しみ奉り、忝なく奉りて。
 取り扱う火の禍事なく、夜の守り日の守りに守り…」

深々と頭を下げる。

「恵み幸え給えと畏み畏み申す」

平身低頭は暫し。そして。

「よし!じゃあ始めましょう!
 火加減は私が見ておりますので、良しと言ったら空かさず…」

柄尻を握る彼女に対し柄腹を握る。二人で一本を支え持った。
そして示すは火に照らされゆらゆらと波打つ水の満ちた湯船。

「そちらに刃を突っ込んじゃってください。エイッ!って。
 あ、落っことしたりしたら大変なことになるので気を付けてくださいね」

仕事はまだあった。それが祈りの工程になるのだと刀工は語る。

「ご準備はよろしいでしょうか!」

緋月 >  
「刀刃とは、如何在るべきか……。」

語られた言葉を、噛み締めるように口に出しながら。
祝詞を唱える長身の女性の所作に思わず目を奪われる。

(…見事な祝詞。
私は、何の為に、何を以て雪白を満たすために、祈る――?)

僅かな思案。
そうして祝詞が終わり、巫女装束姿の女性が月白の柄腹を握り、火に照らされて、
橙色にも見える水の張られた湯舟を示されれば、首肯をひとつ。

「そちらに刀身を入れてしまえばよいのですね。
分かりました、落とさぬよう気を付けます…!」

一度目を閉じ、ふー、と大きく息を吐いて心を落ち着ける。
ゆるりと目を開けば、答えは一言。

「はい、いつでも!」

御津羽つるぎ >  
「それでは」

腕を引くなり、粘土を纏った刃はその身を、熾された神火へ委ねる事となろう。

「…いざ!」

それ以上に言葉はない。その眼は刀の温度に向けられる。
火以外の灯りがないのはそのためだ。地下深くに築かれているのは其の為だ。
信ずるは天照大神でも月讀尊でもなく、闇と火の齎す色合いのみが確かな答えを示す。

轟轟渦巻く火は厚着に覆いともなれば、体力を削り汗を呼ぶ。
過酷。剣士の肉体に体力気力充溢せども、鍛冶仕事は過酷の部類。

燃え立つ炉に、時折押し引きしながら刃に均等に熱を伸ばしゆく。
粘土の鞘を身に纏った刃はじわりと色を白ませ…その白が炎の赤みを浮かばせる。
時は緩やかしかし刻一刻と過ぎる。祈らなければ、空洞の刃が一つ仕上がるのみ。

緋月 >  
「――――!」

その合図と共に、ぐ、と強く目を瞑る。
鍛冶の業に興味がないかと訊かれれば、ないと答えるのは難しい。
だが、今自分が行うべきは其処に目を奪われる事に非ず。

(オン・アビラウンケンソワカ――)

内心で、短く真言を唱え、精神を鋭く高める。
何を以て祈るか。考えついた先にあったのは、この刀を生み出した「友人」の事であった。

(――――――――)

諸々の縁によって、刃交え殺し合わねばならなくなった、友と思ったひとりの少女。
呪われた業から解き放つ事は出来れども、意識不明となったまま、未だに目覚めぬ蒼い少女。
彼女が遺したものが、折れてしまった雪白であった。

(――――――)

最早、終わってしまった事である。其処にもしもは存在しない。
そも、「もしも」を祈り願う事程、不純な事はあるまい。
故にこそ、祈る事は。

―天清浄 地清浄 人清浄 六根清浄と祓給ふ―
―願わくば……―

(願わくば、かの人との記憶が「不壊」のものとある事を――
「砕けぬ」記憶が、残されたものを満たします事を――!)

友と呼んだ少女の面影と記憶。
それこそを忘れ得ぬものとあるように…それが折れた刀を満たす、壊れぬ祈りとなるように。

(――――――!!)

祈る。祈る。ただ、一心に、祈り続ける。
極まる程に高まる祈りが――口から、小さく響く鈴のような音を漏らす。
同時に、少女の身を中心に、赤い光の蓮の花が燐光を伴い、開花する。

極まる祈りは、極限の集中にも等しく。
無意識に開いてしまった蓮華座…チャクラとも呼ばれる器官が、全身に氣を勢いよく巡らせ、
その氣の巡りがより集中を明瞭とし、更なる深く強い祈りを呼び起こす――!

御津羽つるぎ >  
熱が十二分に入るまではものの数分の仕事である。
一千度に迫る熱を孕んだ刀身は、赤く闇に輝くようだった。
均一に一塊になり誕生を待つ胎児はその意に応え…ない。
剣に使われるべからず。剣を使うべしと言うのなら。剣に意志は非ずが道理。
ただ人の眼がその歴程に見出した意味合いを心鉄(しんがね)と宿したならば。

「ここです」

水を打つ声が最後の始末を求める。少女の意と手で、終わらせて始める事を。