2025/12/24 のログ
ご案内:「Free2 とある日の、とある浜辺」に杉本久遠さんが現れました。
杉本久遠 >  
 ――これは挫折のための物語だ。

 綺麗に青く澄んだ空、耳に心地よい穏やかな波の音。
 日差しで眩しく輝く海面を前に、細やかな粒の砂浜に座っていると、心もゆったりと凪いで行くようだ。

「――いい空、いい海、好い風だ」

 冷たいくらいの風は、今は心地よいくらいのものだった。
 この男は、静かな風に吹かれるのが好きだ。
 特に、全力を尽くした後の、熱を冷ますような風が好きだった。
 

杉本久遠 >  
 この男は、どこまでも愚直な人間だ。
 この男は、諦める事を知らない人間だ。
 この男は、全てを尽くして挑む事を恐れない人間だ。

 そんな彼を、知人たちはさまざまに評価する。

『まさか一撃返されるなんて思わなかった!
 ここまで追いついてくるなんて、あの時は思いもしなかったよ』

 昔を懐かしみながら、その成長を喜び。

『さすがは迦具楽くんの肝いり、と言った所だね。
 ひやりとさせられる瞬間は確かにあったよ』

 圧倒的な高みから、しかし冷静に評価をし。

『すごいなあ杉本君。
 まさかあんなに早くなってるなんて!』

 親しみを込めつつ、その成果を称賛する。
 

杉本久遠 >  
 いずれも、彼が歩み続けた成果であり。
 いずれもが、彼の歩める限界であった。

 憧れには追いつけず。
 頂点から見れば『宿敵』のオマケでしかなく。
 親しい先輩の強敵(ライバル)にもなれない。

 彼は才能という点では、恵まれているとは言えなかった。
 確かに体は大きく育ち、筋力もあり、努力も惜しまないと、光るものはあった。
 しかし、それだけだった。
 

杉本久遠 >  
 同じだけの時間、同じだけの努力をしたのなら、彼の妹の方が遥かに先を行っただろう。
 それこそ彼の憧れた選手たちからも、一目置かれるようなトップレベルの選手にもなれただろう。
 しかしそれでも、彼の妹はその道を選ばなかった。

 彼の妹は貪欲に頂点を望んだ。
 けれど、自分の才覚ではそれは叶わないと知って早々に諦めた。
 届かないと知っていて努力出来るほど、彼の妹は我武者羅にはなれなかったのだ。

 そんな妹の才能にも及ばない彼に出来たのは、愚直なまでの努力だけだった。
 それだけが才能の有無に関わらず許された、自己を高める術だったのだ。
 しかし、努力で埋められる溝は限られている。

 彼はその溝を埋めきったのだ。
 限界まで、努力をしつくして、やり切ったと言っていいだろう。
 その上で辿り着いたのが、この場所だった。
 

杉本久遠 >  
『満足出来た?』

 投げかけられたのはその一言だけ。
 それ以上の問いは必要なかった。

「――ああ、思ったよりも清々しい気分だ」

 己の全てを賭けて、なりふり構わず世界に挑んだ男は。
 空を見上げながら、眩しそうに、しかし心底寂しそうに笑った。

 ――これは挫折のための物語だ。
 

杉本久遠 >  

【エアースイム世界大会 三種目混合 第十六位】

 そんな、一時話題に上がって消えるような記録が、杉本久遠の集大成だった。
 生涯、久遠はこの記録を更新する事はない。
 翌大会にすら、名前が上らないかもしれない、そんな記録が全てだった。

 しかし、一つだけ、久遠は確かに世界に名前を刻んだ。

【エアースイム 世界最高速度更新 時速91km】

 このささやかな記録は、技術の進歩と共にすぐに塗り替えられるだろう。
 けれど、これより三年の間。
 杉本久遠は、世界最速のスイマーとして、競技史に名前を残す事となるのだった。
 

ご案内:「Free2 とある日の、とある浜辺」から杉本久遠さんが去りました。