2025/12/24 のログ
ご案内:「Free2 とある日の、とある浜辺」に杉本久遠さんが現れました。
■杉本久遠 >
――これは挫折のための物語だ。
綺麗に青く澄んだ空、耳に心地よい穏やかな波の音。
日差しで眩しく輝く海面を前に、細やかな粒の砂浜に座っていると、心もゆったりと凪いで行くようだ。
「――いい空、いい海、好い風だ」
冷たいくらいの風は、今は心地よいくらいのものだった。
この男は、静かな風に吹かれるのが好きだ。
特に、全力を尽くした後の、熱を冷ますような風が好きだった。
■杉本久遠 >
この男は、どこまでも愚直な人間だ。
この男は、諦める事を知らない人間だ。
この男は、全てを尽くして挑む事を恐れない人間だ。
そんな彼を、知人たちはさまざまに評価する。
『まさか一撃返されるなんて思わなかった!
ここまで追いついてくるなんて、あの時は思いもしなかったよ』
昔を懐かしみながら、その成長を喜び。
『さすがは迦具楽くんの肝いり、と言った所だね。
ひやりとさせられる瞬間は確かにあったよ』
圧倒的な高みから、しかし冷静に評価をし。
『すごいなあ杉本君。
まさかあんなに早くなってるなんて!』
親しみを込めつつ、その成果を称賛する。
■杉本久遠 >
いずれも、彼が歩み続けた成果であり。
いずれもが、彼の歩める限界であった。
憧れには追いつけず。
頂点から見れば『宿敵』のオマケでしかなく。
親しい先輩の強敵にもなれない。
彼は才能という点では、恵まれているとは言えなかった。
確かに体は大きく育ち、筋力もあり、努力も惜しまないと、光るものはあった。
しかし、それだけだった。
■杉本久遠 >
同じだけの時間、同じだけの努力をしたのなら、彼の妹の方が遥かに先を行っただろう。
それこそ彼の憧れた選手たちからも、一目置かれるようなトップレベルの選手にもなれただろう。
しかしそれでも、彼の妹はその道を選ばなかった。
彼の妹は貪欲に頂点を望んだ。
けれど、自分の才覚ではそれは叶わないと知って早々に諦めた。
届かないと知っていて努力出来るほど、彼の妹は我武者羅にはなれなかったのだ。
そんな妹の才能にも及ばない彼に出来たのは、愚直なまでの努力だけだった。
それだけが才能の有無に関わらず許された、自己を高める術だったのだ。
しかし、努力で埋められる溝は限られている。
彼はその溝を埋めきったのだ。
限界まで、努力をしつくして、やり切ったと言っていいだろう。
その上で辿り着いたのが、この場所だった。
■杉本久遠 >
『満足出来た?』
投げかけられたのはその一言だけ。
それ以上の問いは必要なかった。
「――ああ、思ったよりも清々しい気分だ」
己の全てを賭けて、なりふり構わず世界に挑んだ男は。
空を見上げながら、眩しそうに、しかし心底寂しそうに笑った。
――これは挫折のための物語だ。
■杉本久遠 >
【エアースイム世界大会 三種目混合 第十六位】
そんな、一時話題に上がって消えるような記録が、杉本久遠の集大成だった。
生涯、久遠はこの記録を更新する事はない。
翌大会にすら、名前が上らないかもしれない、そんな記録が全てだった。
しかし、一つだけ、久遠は確かに世界に名前を刻んだ。
【エアースイム 世界最高速度更新 時速91km】
このささやかな記録は、技術の進歩と共にすぐに塗り替えられるだろう。
けれど、これより三年の間。
杉本久遠は、世界最速のスイマーとして、競技史に名前を残す事となるのだった。
ご案内:「Free2 とある日の、とある浜辺」から杉本久遠さんが去りました。