2024/06/12 のログ
ご案内:「常世総合病院-ロビー」に五百森 伽怜さんが現れました。
ご案内:「常世総合病院-ロビー」に葉薊 証さんが現れました。
五百森 伽怜 >  
常世総合病院、ロビー。
白に彩られたその空間。

「……よい、しょ」

車椅子に乗った少女が一人、ロビーの隅を移動していた。
自走用車椅子のハンドリム――後輪を手で回す為の部位だ――を懸命に掴んで、前へ前へと。


――
―――

あたしのは今、まともに動かない。
医者からは、『大腿骨頸部骨折』と言われた。
昔は、こうなったら寝たきりになってしまう人も多かったらしい。

学園の技術と、それから――あたし自身に備わった、異邦(サキュバス)の特性で、
人よりも回復力が高いのが幸いした。

皮肉なものだけれど。

しっかりリハビリすれば、元のように動けるらしい。
その日が一日でも早く来るように、今は頑張り続けるしかない。
大丈夫、頑張るのは得意だ。

車椅子の操作には、すぐにでも慣れたかった。
だから練習も兼ねて個室からロビーへ行くことの許可を貰って、
今こうしてここまで車輪を回している。

「あっ……」

女の子の声がした。
自販機でジュースを買っていた学生。
ペットボトルが手から滑って、転がってしまったようだ。

ハンドリムに添える手に力を込めて。
そのペットボトルを拾ってあげようとして――

――ダメだ。
足が痛すぎて、満足に動けない。

足を怪我するって、こんなに不便なんだ。

申し訳無さそうに笑ってペットボトルを拾い去っていく
女子生徒に、ぺこぺこ謝ることしかできなかった。

葉薊 証 > 「……科学の力ってすごいなあ」

車椅子に座り、ぽかんとした表情でロビーに続く廊下を移動する。
歩くのに苦労するような怪我は人生で初めて負った為車椅子に乗るのも人生初である。
現代の車椅子は自動で移動してくれるようで、素晴らしく快適である。ああ、科学の力ってすげー。

とはいえ、本当は病室からは出ない方が良いと言われている。負った裂傷は深く、筋繊維の一部にまで及んでいる為だ。
現代医学がいくら優れていても、予後の悪化を防ぐためには横たわっていた方が良いのだが…
それでも、今はベッドから出なければならない理由がある。今のうちに会って頭を下げなければならない人がいる。

先ほど見舞いという体で来た初めて見る風紀の先輩が残していった言葉が脳内で再生される。

風紀の知らない先輩 > 『お前がケガさせた生徒、さっきロビーでリハビリしてたぞ。端っこで車椅子のってっからすぐわかるぜ』
葉薊 証 > いたって真剣な表情と口調で見舞いのりんごと一緒に残していったその言葉。
それを聞いてすぐに、なんとしてでも行かなければならないという気持ちになった。

幸いその前に拘束は外されていたため動く事は出来る。
…と思い立って歩いて行こうとしたのだが、折れていないだけで深い傷を負った足で立つのはまだ厳しかったようである。
少々情けない悲鳴を上げ、気づいてくれた看護師さんに助けてもらって…事情を説明し、車椅子を持ってきてもらった。

「まだいるといいけど…いいのかなぁ」

重傷を負ったという生徒。彼か彼女か知らないがまだいて欲しいと思ったが、病院にまだいて欲しいというのは何というかおかしい気もする。
そんな細かい事を考えているうちにロビーまで着く。自分の病室からロビーまで何気それなりに距離があった。

車椅子を自動操作から手動操作に切り替え、ロビーの中を探せば…目的の生徒らしき人物はすぐに見つかった。

「―――」

少女。車椅子に乗った少女を見つけられた。
丁度今、違う子がペットボトルを落として、それをひろおうとして…断念する。
その一連の動きを見て、事の深刻さを理解する。
自分があれほどの重傷を負わせただなんて、思っていなかった。
頭の中が罪悪感と焦燥感でいっぱいになっていく。
気持ち悪い冷たさとしっとりした感覚が全身を這い、口がパクパクと勝手に動く。

「謝らないと……!」

呆然と呟き、車椅子を操作して少女の方へと向かう。
車椅子が妙に遅く感じる。もっと速く動けないのだろうか。そんな、意味のない焦りを感じる。

少女との距離が縮まるにつれて、心臓の鼓動が高まる。
まるでこの前おこん先生と触れ合った時の様な…いや、あれとは似てるけど全然違う。
とても気持ち悪い。心臓と一緒に胃も動いている様に感じる。
病院食を吐き出そうと脈動しているような感覚がとても気持ち悪い。

「…あっ…あの…」

少女と車椅子二つ分程度の距離。その距離から小さく情けない声で呼びかける。
左手を伸ばそうとするが支える右手が痛く断念。
顔は少女の方を向いているが、少女がこちらを向くなど反応を見せればすぐに斜め下にでも向いてしまうだろう。
悪寒は消えないし、吐き気も脈動も収まらない。青い顔でびくついている少年がそこにはいる。

五百森 伽怜 >  
午後のリハビリに備えて、早めに病室に帰ろう。
そう考えて、ハンドリムに手をかけた時だった。

ふと、男の人の声がした。
いつもなら大丈夫なのだけれど、
あんな夢を見た後だったから少しだけ、敏感になっていた。

「……え、と」

それは、何処かで聞いたことのあるような声だった。
でもそれは、ずっと柔らかくて。ずっと弱々しくて。
触れたら、壊れてしまいそうな程に震えている音だった。

だから、一瞬胸に抱いた警戒心は、すっと消え失せていった。
穏やかな雨に洗い流されるかのように。

「あたしに、用っすか……?」

振り向いた時に、全てを理解した。
青ざめている少年は、少し前に――あのヴィラン、
テンタクロウと交戦をしていた風紀委員。
葉薊 証だ。

――葉薊さんも、この病院にいたッスか。

当然だ。あれだけ激しい戦いだったのだから。
その中心に、居たのだから。

眼の前のこの震えている男の人(葉薊さん)
何て声をかけたら良いのか分からなくて。

俯いて、彼の方を見て、また俯いて。
それを短い時間の内に何度か繰り返してから、ようやく一言。

最後は、自然に。心の赴くままに。
取り繕わない自分そ、ぶつけることにした。

「葉薊さんッスね。お会いできて、光栄ッス……!」

当然だ。風紀委員は、あたしの憧れなんだ。

自分にできる精一杯の笑顔を浮かべて、そう口にした。

きっと、あまりよくない話を聞いただろうから。
自分を責めているだろうから。

自分は大丈夫なんだぞ、って。伝えたかった。

葉薊 証 > 「は、はい…あの…」

たとえテンタクロウに再度相対してもこれほど震える事はないだろう。
それほど、少年にとっての罪悪感が大きい証。
まだ本人であるかどうかを確認すらしていないとか、本来なら抑制してくれるような思考を回す余裕もない。
今は異能を抑制されているが、それが無ければ脆いガラスのような心象風景(エフェクト)が周囲に浮かんでいたことだろう。


自分の怪我させた少女が、こちらを振り向く。
その様子に震えが一層大きくなる。胃液が喉元まで来ているような感覚で言葉が遮られ、何も言えない。
謝らなければいけないのに、頭を下げて…どうすればいいんだろう。彼女の為に償えることは―


「………え…?」


今、この少女はなんと言ったのだろう。聞き間違えでなければ”光栄”、そう言ったのだろうか?
…いや、いやいやいや、そんな訳がない。きっと”帰れい”とか言ったんだ、そうに決まっている。

一瞬呆気にとられたような表情を見せるが、すぐに頭をぶんぶんと振って自分に都合のいい思考を切り捨てる。
そして、幸いにも脳内で渦巻いていた思考が一瞬排他されたことで思っていた事を口に出来るようになっていた。

「ごめんなさい!僕のせいで怪我をさせてしまって本当にごめんなさい!!!!」

罪悪感に比例して多くくなった声は、病院であることをなど忘れたのかという程の大声と共に頭を深々と下げた。
ロビーの誰もが驚いたり突然ふり向いたり、端末を操作する手を止めたり。元々静かなロビーが更に静かになる。

頭を下げる為に体を支える右腕がじくじくと痛むが、そんなことは知らない。
彼女の不自由と比べたら、安いものだ。

五百森 伽怜 >  
大声での謝罪。
それまで静かだったロビーが、
また一段と静まり返ったように感じた。

こちらから『病院ッスよ』なんて態々口にする必要はないだろう。

だからこそ、そこは省略。

ちょっと周りの人たちの視線が気になって、逸らした目に自分の足が映る。
ぐるぐる巻きの状態のその足は、
誰が見ても悲惨なもので。
あたし自身、目を背けたくなるし、この先が怖いけれど。

でも、悪意の――少なくともあたしに対して悪意を持っていなかったこの人だから、あたしは心の底からこう言える。

「この怪我のことなら、責任はあたしの方にあるッスから……
 葉薊さんが謝る必要なんてないッスよ」

こちらの方が、申し訳なくなってきた。
とても優しくて、真摯な人なんだろう、と思った。
あの戦場での姿とはかなりギャップがあったから、
少し驚いたけれど。

――いい人、ッスね。

いつもの如く逸らしていた視線を、
ほんの少しだけ相手に向けて。言葉を続けることにした。
じっと見つめないように、いつだって気をつける必要がある。
魅了(サキュバス)の目は、いつだって面と向かって相手と話すことを簡単に許してくれはしない。
特に今は、薬を飲んでから結構経っているから、余計に目を合わせたくなかった。

目線を反らしているのは貴方に対して怒っている訳ではない。
そう伝えたいから、精一杯の笑顔は浮かべたまま。

「……ちょっと、場所を移さないッスか?
 あたしの病室、302ッス」

もう少し彼と話してみたいと思ったから、
自分の部屋に招くことにした。

葉薊 証 > 「で、でも僕が…僕の異能が暴走させちゃったから…!」

謝る必要がないだとか、そんなことは無い筈なのに。
だって、やったのは自分だと聞いている。暴走の結果ビルが崩落したことも聞かされている。
それほどのダメージを与えてしまった責任は間違いなく自分に…

少女が自分の責任だと伝えれば、少年はびくりと震え、顔だけ上げた状態で必死になって弁明する。
自分が悪いのに、少女が自分のせいと言っている状況に、罪悪感が増していく。
そんなことを言う必要はないのに。守るべき人を傷つけてしまったのは自分でその責任は全部自分にあると、そう思っているのである。
失礼を詫びて、頭を上げてくれと言われるのとは話が違う。これでは、到底頭を上げられないだろう。

「え……あ……」

合った視線に一瞬ドクンとまた違った脈動を感じる。妙にその笑顔が印象的に感じた。
影響を、少なからず受けたようで…それは少年の幼さだけではなく、心の弱っている今だからか。

そして、少女の言葉に今更気づいたように周囲を見回す。
そういえばここは病院で、なんならロビーで…
それに気づいたところで、慌てて身体を起こして「はい…」と呟いた。

本当は、あまり二人きりにはなりたくない。いろんな意味で気まずいからだ。
だが今の少年にその誘いを断る権利はない…少なくとも少年はそう思っている。
素直に病室まで着いていくだろう。
何か話かけられれば、応えるだろうが…そうでなければ視線を逸らしながら黙っているだろう。

五百森 伽怜 >  
病室までは、無言で進んでいった。
こういう時、自動スライド式のドアは便利だ。
二人がゆっくりと病室に入ってから、静かにドアは閉まっていった。

「ちょっと込み入った話になるかと思って、病室に招待したッス。
 
 あたしが一方的に、『あたしが悪かった』なんて言っても、
 多分葉薊さんは……辛く感じてしまうかもしれないッスね。
 
 葉薊さんの噂は聞いてるッス。
 誰かのために動ける葉薊さんは、いい人ッス。
 でも、だからこそ、ッスよね……」

個室ではあるが、それなりのスペースがあった。
車椅子が二つ入っても、不自由がないくらいに。

「……っとと、申し訳ないッス、
 さっきからあんまり、視線合わせてないッスよね」

車椅子の方向を変えて、ベッド脇にある小さな机の上にある
錠剤を取る。ペットボトルに入れた水でそれを一気に喉へと
流し込むと、一つ息を吐いてから彼の方を見やった。

「怒ってる訳じゃないッス。
 あたしの身体の特性で……あまり人の顔を見ていると……
 よくないッスから。
 自分で、コントロールが効かないんスよ。
 生まれつきのものッス。

 ……さっき、何か感じたんじゃないッスか? あたしに」

薬はすぐに効いてくる筈だ。
それまでは、目線は合わせないでおく。
そうして目の端で彼の様子を確認はしつつ、
声色穏やかに語を紡いでいく。

「あたしも、自分の力を制御しきれてないッス。
 あたしの力のせいで、多くの人達に、迷惑をかけてきたッス」

そこまで口にして目を閉じた。

葉薊 証 > 背後で病室のドアが閉まる。
これで、この空間には少年と少女の二人だけ…
その状況に、気まずさは増すばかりである。
少年の表情はこわばっているし、少女の方を見る事が出来ない。
罪悪感とか、何をすればいいのか分からない困惑とか…それと、先ほどの笑顔がなぜか脳裏からはがれなかった。
笑顔もそうだが、笑顔が離れない事(・・・・・・・・)にも既視感を感じて妙な悪寒を感じる。
恐らく、全く違う状況で感じた事があるこの感覚。なぜか以前よりは軽いように感じるが…それでも、忘れてしまいたくなる気持ち悪さがあった。

「あ、ありがとうござい…ます…」

少女の言葉に少年が少し照れたように頬を赤らめ…すぐにハッとしたように表情をこわばらせる。
強張っていても仕方ないのだが…こんな状況で見せるべき表情ではないと感じたのだ。
何をしているんだ僕、とか考えながら脳内では全力で好意的な感情を否定している。

少年がそんな葛藤をしている間に、少女が机の方へと向かう。

「き、気にしないでください。僕の事なんか見たくないと思いますし…」

普段なら絶対言わないであろう言葉と共に、おもりでも乗せられたように全身が沈む。

「……
…はい……感じました…」

少女の言葉に逡巡するが、素直に答える。
実際未だに先程の笑顔が離れていかない。もしかして、何かの異能だろうか。そんな思考が脳裏をよぎる。

「…そう、なんですね」

なぜか、少女の言葉はすんなりと飲み込めた。
言ってはなんだが、自分の異能(ちから)で人に迷惑をかけたのは今回が初…そりゃ、小さな迷惑は沢山かけてきたが、それは悪ふざけとかの領域で…
なのに、何故か少年は少女の言葉に共感を感じていた。何故かは分からない、思い出せない。

「で、でも…それで僕が許される事にはなりません…どうにかしてこの罪は…償いますから…!」

目を閉じる少女に向かって前のめりに伝える。
少女が他の人に迷惑をかけたからといって、それと自分の罪は別の話だ。
自分の罪は、自分が償う。自分が救いたい。そんなことを考えていた。

五百森 伽怜 >  
「あたしも迷惑かけてるから、葉薊さんの今回の件もしょうがない、なんて言う気はないッスよ」

ふっ、と笑う。

そんな詭弁で納得するタイプの人には見えないし、そんな詭弁で丸め込もうという気もなかった。

「……どうしても償いたいって言うんなら、それじゃ、責任取ってほしいッス」

今度こそ、葉薊の方を見た。薬は効いてきている筈。
すぅ、と息を吸って、大きく吐く。
結構勇気要るんスよね、こういうこと言うの。

「……あたし、友達って言えるような友達、あんまり居ないんスよ。
 
 こんな奴ッスからね。元々そんな感じなのに、この病院じゃ本当に寂しくてかなわないッスよ――」

そう口にして、車椅子をちょっとだけ近づけて。自分の手を彼へと伸ばした。

五百森 伽怜 >  
 
 
「――だから、葉薊君を、こんなあたしの友達にしちゃうッス」 
 
 

五百森 伽怜 >  
 
そう口にして、手を伸ばした。 
 
「あたしは、いつもトラブルばっかり持って来る奴ッス。
 
 そもそも、まともに顔見て話すのも難しいッス。
 
 ……この際だから言っておくッスけど、半分サキュバスッスからね。
 
 あと、大食いだから一緒に何処かに食べに行くと、皆の視線が集まるッス。
 
 それに、元気な時は話してるとぎゃーぎゃーうるさいッスよ多分。

 こんなあたしと、友達になる覚悟……あるッスか?」 
 
 
そう口にして、あたしは不敵に笑った。

葉薊 証 > 「っ…」

自分から言っておいてなんだが、改めて相手から言われてしまうとそれはそれで心に来るものがある。
とはいえこれは仕方のない事で、妥当な事で、超えるべき事だ。
苦々しい表情を表に出さないように歯と歯を強く嚙合わせる。

「せ、せきにん?!」

少女の言葉に、驚いて叫ぶ。
責任…それは…ごにょごにょ…
そういうことだ!

とか思っていたのだが、少女が言葉を続けた事で誤解だとわかり安心する…と同時に訪れる落胆。
何で落胆しているんだろう、と思ったが少女の言葉が少女からの要望であることを理解すればすぐに意識をそちらに傾ける。

「友達…ですか?」

きょとんとした表情で差し出された手を何気なしに見つめる。

そして、二人の手が触れ合う。その事に一拍遅れて気づけば頬を僅かに紅潮させ、ぎこちない動きで顔を上げ少女の顔を見るだろう。

「………」

少女が語った全てに、呆然とした表情を向ける。
サキュバスとか、大食いとか言っていた気がするけど…そんな事よりも。
友達にする、責任をとって欲しい。そしてその覚悟はあるか―

あるにきまっている。自分が果たせる唯一の贖罪。
目の前の名前も知らぬ少女を”救える”ならば…

「もちろん…ですっ…!」

不敵に笑う少女に対して、力強い頷きと共に応える。
気の抜けた表情は、すっかり覚悟を決めたものとなっており…不謹慎なことに、僅かな喜びがにじんでいる。
…少年すら気づいていない。この状況が、少年の望むものであることに。感覚的に気づいていても、意識では気づけないものだ。

五百森 伽怜 >  
「それじゃ、改めまして――」

手を握ったまま、言葉を続ける。

「――あたしは五百森 伽怜ッス。
 よろしくッスよ、証くん

このやり取りだって、詭弁と言われるかもしれない。
友達にしてやるー、罪を償えー、なんて。
他の人が聞いたら笑ってしまうかもしれない。

それでもあたしは真剣で、この人も真剣なら。

きっと、それはもう詭弁なんかじゃなくて。

大切な、約束だ。

「じゃ、一緒に頑張って治すッスよ。証くんも身体、ボロボロッスよね?」

まだ、頑張れる。リハビリも、この学園での生活も。

そう思えた。

葉薊 証 > 「よ、よろしく…です。
か、かれん…さん」

先ほどの強気な表情はどこへやら。尻すぼみに弱くなっていく語調。
敬語は抜けたし、名前呼びまでは出来たが…ちゃん呼びは無理だった。
女子の友達はいたが、こんな感情を抱きながら突然ちゃん呼びを出来るほど座った肝は持ち合わせていない。
ゆでだこというほどではないが、紅潮した顔で俯いてしまうだろう。

「そ、そうですね。一緒に治しましょう!かれんさんが治るまで付き合います!」

まだ熱気の抜けきらない顔を上げ、から元気で応じる。
そうだ、まだ死んだわけじゃない(・・・・・・・・・)。まだやり直す事は出来るのだ。
償えるのだ。


償って見せる。今度こそ。
全てまとめて、無かった事にするぐらいに…

葉薊 証 > ――――――だからこそ、償って見せると決めたからこそ。

今自分がしようとしている行為が正しいのか、分からずにいた。

灯りの消えた暗い個室。異能を抑制する薬が置かれたテーブルへと視線を移す。

やるなら、今しかない。

部屋の制限を突破出来る自分への異能(イデア干渉)の行使。

抑制薬を飲んでいない今しか、出来ない。

看護師が言うには、強力な薬だから二つに分かれているという。

朝の軽め薬と、夜の重ための薬…夜の薬を飲めば、異能抑制が効くという。

これを飲んでしまったら…焼き付いた笑顔(悪寒のする感覚)はもう切り離せない。


「……」


沈黙。空調の音だけがする空間で考える、深く考える…


「やめよう」


ため息とともに意思を吐き出し、異能発動の為に頭に沿えていた左手を下ろし、そのまま落ち着いて薬を取り出し…水と一緒に流し込む。

ここでこの記憶を切り離してしまったら、逃げてしまったら。

きっとまた(・・)償えない。

何故かそう思った。

ご案内:「常世総合病院-ロビー」から葉薊 証さんが去りました。
ご案内:「常世総合病院-ロビー」から五百森 伽怜さんが去りました。