2024/06/24 のログ
ご案内:「The meaning of life」に藤井輝さんが現れました。
藤井輝 >  
6月某日。接見室。
アクリル板で区切られた向こう側。

そこに機界魔人テンタクロウと呼ばれた男が椅子に座っている。

もう動かない足を補助する金属製の補助義足がつけられている。
金属のフレームが足を覆うようなそれは。

藤井輝にある煮え滾るような憎悪を完全に奪っていた。

発達した高度な犯罪心理学により、そうすれば。
『テンタクロウは動けなくなる』と。
そう予想され、逮捕の一週間以上前から用意されていたものだった。

ご案内:「The meaning of life」にレイチェル・ラムレイさんが現れました。
レイチェル・ラムレイ >  
薄暗く静かな空間、接見室。
そこには、厳粛な雰囲気が漂っていた。

部屋の中央には、
透明なアクリル板で仕切られた大きなデスクがある。

アクリル板は、この学園の施設に相応しい特殊加工済みの代物だ。

随分と厚くて、頑丈なそれの向こう側に、かつては見慣れた男の姿があった。

灰色を基調とした無機質なその部屋に居る彼。
憎悪を振りまき、世間を騒がせた怪人、
テンタクロウであったと言われても、
多くの者が首を傾げることだろう。

灰色に囲まれた彼は、何処にでもいるごく普通の青年だった。


「よう」

こういう時の第一声、というのは難しいものだ。
レイチェルとしても、接見室の扉を開ける前は、
少しばかり躊躇する気持ちもあった。

かつての同僚、同級生――藤井 輝の、このような姿を見たくないという気持ちは、どうしても拭いきれなかったからだ。

だが、それでも。

しっかりと、話を聞いてやりたい。
その気持ちの方が、彼女の中でずっとずっと強かった。
そのことを再度、自身の胸の内に確かめてから、
力強く歩を、進めた。

そうしていつも通り遠慮なく椅子に座れば、
板の向こうに居る男の顔を見やった。

「どうだ、新しい足の調子は」

椅子の腕で足組みをして、胸の下で腕を組むいつものスタイル。
それは、藤井 輝がかつて見た彼女と変わらない。
面持ちは、ほんの少しばかり硬かったが。
それでも、なるべく柔らかくしようと努力しているようには見えた。

藤井輝 >  
ごく自然に。
風紀委員同士でそうするかのように。

「やぁ、レイチェル」

と挨拶をした。

足の調子を聞かれると、金属のフレームを撫でて。

「立ったり歩いたりする分には問題ないよ」
「足の神経がないから痒くなって困ったりはしないしね」

そのまま椅子から立ち上がって。

「この通り」

そう言って再び座った。

 
立ち上がった瞬間、周囲の風紀委員に緊張が走った。
それはそうだ。
ここにいるのは風紀委員を憎み、暴行事件を起こした凶悪犯だ。

レイチェル・ラムレイ >  
見守る風紀委員達に緊張が走る。
腰のものに手を添えたものも居ただろうか。

誰が責められようか。
この板の向こうに居る男は、猛獣より性質(タチ)が悪い。
まだ、そんな思いを拭い去れていない者も居るだろう。
理性では現状(あんぜん)を落とし込んでいても、
恐怖(ほんのう)を拭い去れていないものも居るだろう。


「何も問題はねぇよ」

そこに放たれたのは、簡潔な一言だった。

レイチェルだけが一人、そういった意味では緊張をしていないように見えた。
無遠慮にパイプ椅子に凭れる彼女は、彼の顔を見て。
そして、いつもの互いに風紀委員だった頃のような、ありふれた応答を受けて。
優しく微笑んだのだった。

 
「なら、まぁそこは良かった。
 それで……身体の調子は?」

彼がテンタクロウとして、自身の身体に大きな負担を
かけて戦っていたことは既に耳に届いていた。
故に静かに、そのことについて問いかける。

「無茶して、めちゃくちゃやりやがって。
 大勢の心と身体がお前の手で痛めつけられたんだ。
 罪は、軽くねぇだろう。 
 
 ったく……相談の一つでもしてくれりゃ、オレもお前の為に動けただろうによ」

今更そんなことを言っても仕方がない。
そんなことはレイチェルも当然理解しているが、それでも。
溢れる思いは止められなかった。

藤井輝 >  
彼女の言葉を聞いてから、周囲を見渡した。
どうやら僕の一挙手一投足が周囲に威圧のように受け止められるしい。
それも仕方のないことだ。

僕は機界魔人テンタクロウなのだから。

 
体の調子について聞かれると苦笑して。

「良くはないね、こうなると脳神経加速剤よりも悪魔の心臓で発生した脊髄ガンが問題だ」
「ステージ4、医者の見立てでは余命半年らしい」

膝の上に視線を落とした。

「抗癌剤治療は断ったよ、言っちゃ何だけど手遅れだ」
「光との待ち合わせに遅れたくないしね」

そこで天羽光の名前を出して。

「ああ……僕はあれだけのことをしたんだ」
「それは理解しているつもりだ……」

緋月と戦ってから。
僕は理解することにこだわるようになった。
骨が折れる音よりも、ずっと大切に。

人の言葉に耳を傾けている。

「僕が一人で思い詰めてやったことだ」
「決して君の存在を軽んじたわけじゃあない」

外に雨の音が聞こえてきた。
どうやら土砂降りになるらしい。

レイチェル・ラムレイ >  
「こいつの中には、もうお前らの考えてるテンタクロウ(凶悪犯罪者)は居ねぇよ。
 こいつの中の、テンタクロウ(憎悪)を消す。
 
その上できちんと、その正体と向き合ってやる。
 その為に風紀が――皆が、動いてきたんじゃねぇか」

風紀で、そしてこの学園に来る前から。
多くの闇を抱えた者に接してきたからこそ。
レイチェルは、ゆっくりと落ち着いて、その言葉を周りに伝える。

「葉薊 証は、戦闘経験もろくにないにも関わらず、それでも果敢にお前に挑んで、敗北を喫した」

どれもが、激しい戦いで。

「橘 壱は、強い意志で、最後の最後までお前との戦いに向き合おうとした」

誰もが、己のやり方で向き合って。

「桜 緋彩は、己の技でお前に立ち向かい、戦いの中でお前に問いかけ続けた」

そうして、彼らの出した戦闘データが。個人への分析が。

「伊都波 凛霞は、持てるものを全部使って、事件を収束させるために動いた。
 黒條 紬と同じく、独自で捜査もな」

彼に関わった者達その、全てが。

お前を逮捕するに至った人間も、死力を尽くしてお前と激突し、
 お前の牙を抜くべく戦い抜いた」

全てが。時間の限られたこの場では、到底名前の挙げきれない者達も含めて。

何らかの形で関わり、交わりあい、この終幕を結実(じつげん)させたのだ

レイチェル・ラムレイ >  
「そうか……」

彼の状況を聞く。想像は、ついていた。
あまりに重い、現実。そして彼自身の、覚悟。

「……残り半年、か。後悔、すんじゃねぇよ。
 いや、後悔はさせねぇ。
 何かあれば、いつでも頼りな。
 風紀委員会が、喜んで力になってくれるだろうよ。
 
 風紀委員会は、ただ犯罪者を叩きのめすような組織じゃねぇ。
 犯罪者(ぞうお)が消えたなら、後に残った生の人間と向き合う。
 その命、生き方と向き合うのがオレ達だ」

ふぅ、と息を吐く。
時計の針が、無慈悲に刻まれていった。

「……はっ。こんな話、前も話してたよな」

おかしくなって、笑ってしまう。それはこの無機質な接見室には不釣り合いだったかもしれないが。

フラッシュバックしたのだ。
お互いが一年生だった頃。
入学式で出会って。似通った異能だったこともあって、親交を深めて。
互いに風紀として働いていく中で、いつかに交わした風紀の活動についての話。

藤井輝 >  
そうだ、風紀委員は誰もが僕と真剣に向き合ってきた。
悪因悪果、今の僕が死にかけているのは僕のせいだけれど。

僕と戦って負傷した彼らには何の落ち度もなかったはずだ。

葉薊証……僕が痛めつけた少年。
彼の名前が出ると、どうしても気になることがあった。

「葉薊証と───彼と戦った6月10日に建造物の一部が崩落した」
「その崩落に巻き込まれた少女はどうなった?」

あまり考えないようにしてきたことが。
今、眼の前に突きつけられていく。

 
そして後悔のない人生を、という話の後に続く。
彼女の犯罪者との向き合い方。そのスタンスを聞いて。

「懐かしいね……僕はレイチェルと入学式で出会った」
「お互い、加速系の異能で、まだまだ危なっかしくて」

「それでも、毎日のように理想を語ってた」

雨垂れが落ちる音。一際大きく、一度鳴った。

「僕が光……天羽光が考えたコンバットシステムを突き詰めてさ」
「レイチェルは現場に出て経験を積んでた」

「今、思えば……どうしようもないくらい、青色の季節だった」

レイチェル・ラムレイ >  
「ああ、そいつのことなら。
 今は入院中だ。
 オレも一度見舞いに行ってやったが、まぁ一生懸命リハビリしてたよ。
 今は、まともに下半身が動かねぇらしいが……。
 
 それでも、医者によりゃ、一生懸命リハビリすりゃ、また元通りの生活に戻れる可能性もあるらしい。
 だから、すげー頑張ってるってよ。復帰が諦められないんだとさ」

新聞同好会の五百森 伽怜。初めて会ったが、パワフルな奴だ。

「危なっかしかったよな。
 このくらいの時期だったか、1年の時。
 どっちがはえーか勝負だ、なんて言ってさ。
 お互いにぶつかりそうになって焦ったの」

ふっ、と笑う。
思い出のアルバムが、捲られていく一方で、時計の針は進んでいく。

何があっても。何を願っても。
世界は、いつまでも残酷に時を刻んでいくのだから。

それでも。

「ああ、クソ……懐かしい、な」

藤井 輝と、天羽光。
レイチェル・ラムレイと、月夜見 真琴。
互いに仕事仲間を得て、己の道を進み始んでいったのだ。

そうして出会った、凛霞や、華霧。

他にもたくさんの仲間と過ごした、思い出が過る。

「過ぎ去った青色の季節は戻らねぇ。
 そいつは、オレ達だけじゃなく、誰にとってもそうさ」

この世に生きる誰もが、きっと青色を通り過ぎていく。

それは本人の気付かないような、淡いものだったりするかもしれない。

あるいは。

「……こうして話して、思い出せただけでも、良かったぜ。
 あの時、オレ達は間違いなく青色だった」


何年も経った後にふと、こうして語り合うことで、

ようやく気がつけるものかもしれない。

藤井輝 >  
まともに下半身が動かない
僕の鼓動が跳ねた。

僕は正しいと信じて犯行に至った。
でも──やはり、不幸の再生産をしているだけだった。

僕は……僕は。

 
「……あったね」
「今、考えれば危険だったよ……上級生から怒られたのも仕方なかった」

加速異能と加速異能で競争なんて、するべきじゃなかった。
同様に……僕自身の異能がアクセラレイターで、
バレットタイムに嫉妬している場合じゃなかったんだ。

そして続く彼女の言葉に。
光と、レイチェルと……風紀委員(仲間たち)と過ごした日々が一瞬で脳裏を流れていった。

春に光と一緒に映画を見に行ったこと。
夏にみんなでバーベキューをしたこと。
秋に本庁前の枯れ葉をかき集めたこと。
冬に震えてあちこちの警邏をしたこと。

二度と戻らない季節たち。

「正義がわからなくなった。ただ………」

涙が流れた。

「あんなことするべきではなかった」

血染めでもなく、青色でもない。
ただの透明な涙だった。

レイチェル・ラムレイ >  
四季は、当たり前に巡る。

桜の花が散っても。
桜の花が、雨ですっかり流れてしまっても。
それはこの世界にとっては当たり前でしかなく、季節は当然に巡っていく。

たとえ、季節に取り残された者が居たとしても。



世界は、当たり前に回る。

誰かが居なくなっても。
ぽっかりと空いた穴に落っこちてしまっても。
それはこの世界にとっては小さな穴でしかなく、世界は当然に回っていく。

たとえ、そこに取り残された者が居たとしても。



そうだ。

世界は、続いていく。どこまでも、続けていく。


この世から、テンタクロウ(藤井の憎悪)が居なくなっても。


いつか。 いつの日か。

藤井 輝が、季節(あき)に取り残されても。

レイチェル・ラムレイが、世界から居なくなっても。

レイチェル・ラムレイ >  
秒針は、機械的に時を刻むのみで。

少年少女の溢れる思い程度では、到底止められるものではなかった。


板は、無機質に人を隔てるのみで。

少年少女の小さな願い程度では、到底取り除けるものではなかった。



『――時間です』



見守っていた風紀委員の一人が、そう口にした。

静かに、口にした。 

レイチェル・ラムレイ >  
彼が流した透明な、涙。後悔の言葉。
レイチェル・ラムレイは、その色を見ていた。
透き通った色を、見ていた。

だからこそ、口にする。

「ばっか野郎が。
 後悔、してんじゃねぇか……やっぱり」

笑った。女は無理に、笑った。
滅多に泣かない筈の女の瞳は、どうしようもなく、隠せないほどに潤んでいた。

「畜生、かっこつけてんじゃねぇよ……。

 てめぇはもう怪人でも、何でもねぇ。
 オレ達の知ってる藤井 輝なんだから。
 
 なぁ、藤井。
 
 もし……。

 生きてみて、また……春を見たいって思ったらさ。

 生きたい、って願うのは……何も悪いことないんじゃねぇか

言葉を紡ぐ。
見守る風紀委員達が、そっと距離を詰めた。

「罪は、償わなくちゃならねぇ。
 辛い思いも、しなくちゃいけねぇ。
 
 それでも。
 それでも、さ。
   
 その為の助けをするのが、オレ達風紀委員なんだから」

椅子から、立ち上がって。

(あいつ)なら、ちゃんと待っててくれるだろうさ」

傷だらけのクロークを、翻した。

「また、会いに来るぜ」

藤井輝 >  
こうして藤井輝の───機界魔人テンタクロウを巡る物語は終わりを告げた。

世間はダスクスレイの事件同様に。

彼のことを歩くような速さで忘れていくだろう。

それでも、彼はまだ生きている。


ここにいる。

ご案内:「The meaning of life」から藤井輝さんが去りました。
ご案内:「The meaning of life」からレイチェル・ラムレイさんが去りました。