2024/07/03 のログ
蒼き春雪の治癒姫 > 「うぅ」

これは……斬られたのか?
話を。

そう思うと、とんと扇子でおでこを抑えて落ち込む。
でも緋月様がそうおっしゃるなら、これ以上は言わないでおこう。

今は!

「…やっぱり…余計なお世話ですよね。」

ちょっと、残念だけど。…貴女様は強いから。きっと、なくたって大丈夫なんだろう。

「―――量ですか、少し舐める程度では少ないですが。
 おおよそ…これくらいの嵩になる程度に頂きたく。」

扇子を広げて指で示す。
ちょっとわかりにくいジェスチャーかもしれないけど、
ようはそんな山ほど貰うわけじゃない。
コップに入れたとしたら、"多少嵩がある"って分かるくらいだ。

「畏まりました。」
「血液は減りますが、…血を流す際に開いた傷口は私が責任をもって塞ぎますので。」

立ち上がって、丸椅子へひょいと腰掛ける。
こうして大人しく動いたら細雪みたいな女である。

緋月 > 「申し訳ありません。
誰かを斬る以上は、誰かに斬られる…傷つく覚悟も、必要なので。
お気持ちは嬉しいです、本当に。」

ちょっと落ち込んだ様子の声に、そうフォローを入れる。

さて、問題の血液の量だ。
指を軽く斬った程度では到底足りない。
かといって手首をぶった切ったら多すぎる。
となると、

「……やっぱり、掌くらいは行かないとダメですね。
では、少し失礼して。」

点滴がされていない左の手を天井に向けるように軽く持ち上げる。
その掌に、右手の人差し指を乗せて、後はちょっとの覚悟で準備は完了。

「では、行きます――――っつ!」

「斬る」という意識を籠めて指を左手の掌に真一文字に滑らせれば、鋭い刃物で切られたようにすっぱりと傷が付く。
当然、そこから血が溢れて来るので、急いで掌を軽く丸め、血がこぼれないようにする。

「どう、でしょう――これで足りますか?」

蒼き春雪の治癒姫 > 「…これが貴女様の斬る、か…」

目の前で見ると…驚くばかりだ。
刃物など、なかったのに。それに…自分も斬れるのか。
だが、驚くのは後だ。

「はいッ!失礼致します。」
「んちゅ…」

丸めてくれた手のひらにたまる血液を、余さず啜り取り。
そして、飲み干していく。

(あー…やっばいかも…美味しい……!)

ほんのり、喜悦と諸々に頬を染めながら、飲み下し。

「ありがとうございます」
「では―――経絡系の治癒の促進と、たった今開かれた切り傷を」

手のひらを翳す。
暖かな蒼い雪が、結晶し、注ぐ。

「春に融けた雪が戻るように」

瞬く間に、傷口が塞がり―――

「暖かくも」

体内の傷ついた経絡系は…少しかかるだろうけれど。

「永劫融けぬ」

それでも、元気にはなってほしい。

「安らぎと」

…って本心。

蒼き春雪の治癒姫 >  

「癒しを―――お与え、致します。」

…にこっ、て。淑やかに笑った。

 

緋月 > 「これ、は――」

蒼い、雪。彼女が名乗った通りの。
冷たさを持たないその雪が触れるや、斬った筈の掌の傷が巻き戻しのように塞がっていく。
それだけではない――体の、経絡が、幽かに熱を持ったような感触。
蓮華座開花の、激しい氣の巡りとは異なる、穏やかな温度。
僅かではあるが、未だに残る体の痛みが雪のように解けるような感覚。

(――目の前で見たのに、信じられない。
いや、私の「斬月」も似たようなものか。)

異能による癒しという、未知の感覚に、思わず目を見開いてしまう。
驚くべき力だ。
成程、治療担当という言葉を身をもって痛感する――と、

「――――っっ!」

にっこりとした、淑やかな笑顔。
己の持たないそれに、思わず赤面と、羨ましさを感じてしまう。

(…女として生きる事は半分諦めているけど、
それでも、ちょっと、その笑顔が羨ましい――。)

蒼き春雪の治癒姫 > 「ふふっ…」
「永劫融けぬ蒼雪―――そう呼んでおります。」

綺麗に治った貴女様の掌をそっと撫でて見つめる。
うん、大丈夫。
開いた傷口はきれいさっぱり元通り。


奇しくもお互いに
今お互いの目の前で起こったコトに驚いている

片や刃物も持たぬまま掌を斬り裂き
片や薬も使わぬまま裂傷を塞いだ

この学園には色んな人がいるけれど…
……ある意味、真逆の現象とも、言えるか。

「…ひ…緋月様ッ」
「その、そのようなお顔をされてしまいますと……」
「わ、わたくし調子に乗ってしまいますよ…ッ」

…赤面。
こんな顔も、してくれるのかって。
また違った意味で驚いた。
…嬉しい。
"癒し"を以って、私という個を、
承認してくれたようで―――

……嗚呼、本当に。

(このまま、どこまでも、調子に乗れたら良いのに…。)

緋月 > 「い、いえ、その…申し訳ございません!
その、あまりに淑やかな(かんばせ)でして…少し、羨ましくなって…!」

わたわたと慌ててしまう。何と言う無様。

「その、私、この通り、刀を振るしか出来ない者ですから……女としての生き方は、諦めていて。
ですので…少し、羨ましいなと、思ってもしまったり、して……。」

其処まで言うと、ちょっと口を滑らせすぎたのが恥ずかしいのか、顔が赤いまま下を向いてしまう。

(ぬぅ…私は別に女色の性質はないはずなのですが…!
修行が足りぬ、煩悩退散!!)

毛布を握る手に、ちょっと力が入る。
つい今しがた、小さくない傷が入ったはずなのに、もう痛みも残っていない。
代わりに、ちょっと掌が熱くなった。

蒼き春雪の治癒姫 > 「……えっえっえっ……」

扇子を広げて口元を隠す。
めっちゃくちゃだらしなくにやけてるから。
もうぜーんぜんっ、淑やかじゃないから。

「今ッ」
「私の"顔が良い"とッッ!?」
「……ほう、ほうほうほう……ッッ」

……本当に?
緋月様が?
私を?
本当に?
……うぅ。

「……率直に申し上げますと。」
「照れます。」

「いえ。……その。」

瞬き数度。

「本当のことを言えば…」
「私も、貴女様を羨んでおります。」
「強く気高く」
「かの巨悪に立ち向かい、斬った(救った)貴女様は。」

「刀を振る事しかできぬ者とは到底思えません。」

今でも昨日のように思い出せる。
―――貴女様があの満月の決戦の夜に、凛々しく名乗りを上げた事。
―――巨悪をも殺めず、救いとしての刃を差し出した事。
―――なんと美しい事だろう。……素晴らしい。……もっと、近くで見たい。
―――……欲しくなってしまうくらい。

「けれど…」
「貴女様が私を羨んで下さる等、まるで淡い夢でも見ている様です。」

呟く。

「先ほども申しましたが、私は貴女様の大ファンですので」
「えぇ…」

落ち着かぬ。

「何でもします、とも申しましたし」
「いかが、でしょう」
「その」
「ええと」

あたふた。
あたふた。

「私とお友達になってくださいませんかッッ」
「せ、青春を致しましょうッッ!」
「共に、華やかなる女学生としてッッ!」

「そしてですね、緋月様にはお可愛らしいお着物と扇子をご用意いたしますので、
その暁にはより麗しいお姿にて、お揃いでご一緒にひと夏の星空をおおおお……」
「んんんっ…」

言いたいこと言いまくって、咳込み。

「……はっずかし……」

頭から、湯気が出そうだ。

緋月 > 「い、いえ…そんな大それたものでは…。
その結果、手に余る無茶をして、今はこれこの通りの病み上がりの身でして…。」

――果たして、あの鉄腕の怪人だった男に、あれが救いとなったのか。
更なる苦悩と、苦難の道を拓いただけではないのか。
部外者故、詳しい事情は分からないので、彼がどうなったかを知る術はまるでないのである。

「ですので、ファンと言われる程、私も大した人間では――――」

其処まで口にした所で、全く予想外の申し出。

お友達。
青春。
華やかなる女学生。

ちょっと、頭が真っ白になった。
雰囲気としては、ウサギのようなバッテン口の間抜け顔。

だってそれは、今まで生きて来た中で、とんでもなく遠い場所にあった、「平凡」そのものの集合体だから。

知人と呼べるような相手は幾人かいても、友人と言い切れる相手は…果たしていると言っていいのか。

そんな平凡な、何処にでもいる娘のような真似が、果たして許されるのだろうか。
許されていいのだろうか、自分に。

「あ、」

勝手に口が動く。

「その、」

――これは、今まで諦めて来たものが、口から出て行こうとしているのか。

「私でよければ――――」

……いいか。
形はどうあれ、私も今は「常世学園の生徒」ではあるのだから。

「その、謹んで、お友達から――おねがいします。」

ぺこり。

蒼き春雪の治癒姫 > 「……えへへ。」

扇子をたたむ。
晒されるニヤケっ面。
淑やかさ?
もうそんなものはない。

でも。
緋月様とお友達…!!
こんな事があって良いのだろう、か…

「ありがとうございます。緋月様。」
「お友達の握手~」

綺麗になった掌同士、ぎゅって。

「どうか」
「――無茶した自らを、貴女様を。誇ってください。」
「貴女様はあの時"貴女様にしかできぬことをした"のです。」
「私は―――」

「そんな貴女様の事が、何よりも素晴らしいと思う。」
「自分にしかできない事をやってのけた」
「…斬る事、救う事、全部、全部、全部―――緋月様だから出来たんだと思います」

目を閉じる。
何故、あれ程重たい感情をぶつけるか?
少しはわかってもらえたかな。

「そして私も―――」

蒼き春雪の治癒姫 >  


「そんな素晴らしいお友達を、誇りますよ。」
「緋月様。」

―――にこっ。

 

緋月 > 「あ――――」

ぎゅ、と握られた手が、あたたかい。
言葉が、あたたかい。

自分にしか、出来ない事を成したのだと。
己惚れてしまっても、よいのだろうか。
私だから、出来たのだと。

ならば、

「――ありがとうございます、蒼雪さん。
あなたとお友達になれて、よかった。」

淑やかとは言えない、気の抜けた笑顔。
でも、今はそれでもいい気がした。

緋月 > そして、その後もとりとめのない会話を続けている内に、看護師が面会時間の終わりを告げにやって来る。

別れの挨拶は、さようならではなく、またね、であったのだろう。

ご案内:「医療施設群 一般病棟 とある個室」から蒼き春雪の治癒姫さんが去りました。
ご案内:「医療施設群 一般病棟 とある個室」から緋月さんが去りました。
ご案内:「学生通りのどこか」にシャンティさんが現れました。
ご案内:「学生通りのどこか」にノーフェイスさんが現れました。
シャンティ >  
【再び 幕は上がる】
 

ノーフェイス >  
これまでのあらすじ(・・・・・・・・・)など、
そう語ろうとしてみればいくらでもつまらなくできる。
彼女の口から語られた、意図して希釈された歴程を、咀嚼する。
表情は変わらない。まっすぐ見つめたまま。

すくなくとも。
いつぞやか自分の感性でそうと受け止めた彼女の理想図――
それは、真実とはすこしずれていたらしい。

「……………」

同情も同調もない――否、それをわずかながら感じることはあっても、
毛羽立つ激情(さざなみ)に身を任せようとはせずに。

彼女がいつぞやか、()せられた。
自分にも求めてくれていた――挑戦目標(モチベーション)
彼女の見ていた、自分にないもの(・・・・・・・)……。

「……なりたいの?」

現在(イマ)

真っ先に浮かんだ疑問は、それだ。
余計な駆け引き(ゲーム)は横にさておいた。
わかりきった質問であったろう。

それでも、彼女に言語化してほしかった。
墓所に眠る亡骸を、暴くような凌辱(コト)であっても。
無理に押し込まねば触れ得ぬ場所へと、(ゆび)を。

シャンティ > 何が、そうさせたのだろう
断片的には物語っても、掌編は語ることもなく

……ああ、きっと。
聞いてしまったからなのだろう。

それが、問いかけてくる
余紆も曲折もなく

「…………」

沈黙
語不

分陰
寸刻

「……なれない、わ」

吐息のように、言葉は吐き出された
明言を避けるようにも、思いを吐き出すようにも想える
吐息

ノーフェイス >  
言葉を握りつぶすように。

その胸倉を掴んだ腕が、彼女を自分のほうへと引き寄せた。
みずからも身を乗り出した。

ふれて重なる。
見開かれた劫火の色が、覗き込む――表情はなく。
それが見えずとも、熱は。

シャンティ > ぶらり、と人形のように引き寄せられた
だらり、と彫像のように身じろぎもしない

虚ろな目が、見返した
見えずの目が、見返した

何も揺れない
何も動かない

いつもの笑みもない
いつもの吐息もない

ノーフェイス >  
「なにもないのなら」

乾いた喉が、ひとつ嚥下して。

「……共感(ひびき)はしない」

無の仮面には、もはや興味はない。

「いつまでも未練がましく、しがみつくことだって……」

花と名付けた幻想に、腕まで折らせておいて。
なにもないだの、なんだのと。
死者で在りたいと、なぜ望むのか。

シャンティ > 「……そう、ね」

ぽつり、と口にする

「……私に、ある、のは……憧憬、夢想……」

憧れが、あった
遠く遠く輝く星
そこにたどり着くことは一生ないであろう、夢想の星

「遠く、眺めて……」

言葉が途切れる

「……なり、そこ、なった……の、だ、もの。
 ……なれ、なかった、の、だ、もの。」

虚ろな目が、さらなる虚ろを彷徨う

「なり、たく、ても……」

小さな吐息が漏れた

ノーフェイス >  
「キミは、……」

考えてみれば、そうだ。
彼女がいま、なんなのか(・・・・・)を考えれば。
伏せられていた線の示す先など、思考を巡らすまでもない。

「……燃え尽きることすら、できなかったのか」

シャンティ・シン。
一般生徒(・・・・)
燃え殻ですらなかった。
そこに生まれた灰に、埋もれて死ぬことを願った。

「どんな……」

それでも。
手は離さなかった。
縫い付けた。ソファの座面へ。
逃さない。覆いかぶさる。

「思い描く、理想は?」

シャンティ > 「……ご明、察ぅ」

知った先にある、終着
その言葉に、虚ろな声が虚ろに応える
正しく、推測ができ祝着であると

「……」

人形のように力のない体は簡単に縫い留められる
どこにも力のようなものは感じられない

しかし

「……満足、する……死」

それだけは、はっきりと口から漏れた

「……けれ、ど……ダメ。
 今の、私、が……なにを、して、も……薄、汚、い……だけ」

有終の美、という言葉がある
最期を全うできなかった以上、最早そこに美は残らない
何をしても

ノーフェイス >  
「その理想は、どこから?」

自己憐憫(・・・・)には付き合わない。
そういう人間だった。優しく、慈悲で、同情で包み込むことはしない。
この存在がそうするときは、すべて演技(・・)だ。

「キミのめのまえで――そうやって、生き抜いたひとたちのように?」

なにゆえ、それを得たのかと。
あの冒険で、自分が原点を語ったように。

いかにして理想を得たのか。
シャンティ・シンが始まったのは、どこなのか。

シャンティ > 「……」

同情も、憐憫もいらない
ただ、自分の求めるもののために……
ああ、それならば

「……そう。
 夢想(かりそめ)、から……真の物語(真実)、へ。
 本、から……抜け、出して……輝く、人を、みた、の」

本が読めなくなって、触れた
本が読めなくなって、識った

人の輝き、というものを

「……その、側で……輝き、を……見て。
 嫉妬し(憧れ)た」

ノーフェイス >  
()……」

主想(テーマ)

「…………」

解釈する。
――死にたきゃいますぐ脳天撃ち抜きゃいいだけの話。
そうではない。生きる理由がなくても生きられるのが人間であっても。

「……本質は、輝き(そこ)か。
 我が身を儚む情動(デストルドー)じゃなくて。
 その結果に――いや、そこに行き着くほどに、輝くコト……」

なれば、そこにあるすべてを擲つこと。
一世一代の大一番。

「………………あ、」

嫉妬。
その言葉を訊くと、僅か。
怒りにも似た鉄面皮が――驚きに。

それは、

……()だ。

「キミに、」

だから、もっと奥へ。

「……足りなかった、ものは?」

シャンティ > 彼らは消えていった
彼女らは消えていった

己の信念に、己の美学に、己の存在意義に
その全てを賭けて

「……いや、な……問、ねぇ……」

ぽつ、とこぼす

「なに、も……かも。
 情熱、思想、理念、勤勉さ……」

賭けるものが
縋るものが

己の中になかった

「なに、よりも……輝くもの、が……なかった。
 それ、だけ……」

なかったから、こそ
欲しかった

なかったから、こそ
見つめていた

ノーフェイス >  
「追いつかれただけだろ……」

逃げ続けてきた現実(こと)から。
冷たい悪魔の手が、その背を掴んだ。
あるいは天使かもしれない。
いずれにせよ、人間にとって、最悪な時にあらわれるろくでもないものだ。
大変容によって否定されてしまった概念。

「いつでもボクたちは、理想には足らない。
 ……恥だ。苦痛だ。それとともにあるんだ。
 欠け落ちている自分の断片を、どうにかさがして、拾い集めて……
 それが、生きることのハズだ……だから、キミは死んでいたんだな……」

眼を覗き込む。

「…………」

息を吸う。

「――――醜い(・・)

嘲るでもなく。

「嫉妬と、羨望……、」

であれば、問わねばならない。
彼女はこう考えているかもしれない
格好の見世物と。
でも。
ならばこそ。

ノーフェイス >  
 
 
「……ボクにも?」
 
 
 

シャンティ > 「否定、は……しな、い、わ?」

そもそも、自覚がなかった
簡単な理由だ

識らなかった
それだけのことだ

「気が、つく、のが……遅、かった……の、だ、もの
 死者、が……一時、息、を……ふき、かえ、した……だけ」

小さく、息をつく
醜い。薄汚い。そのとおりである

けれど

「……」

その問、は――

「……ええ、そう……ね。」

ノーフェイス >  
 
 
「どのくらい?」

見えぬ瞳を。
剥かせるような。
 
そのなかにはいっていって。
見えぬ瞳の視界を、覗き見るように。
自分(ボク)は、彼女(キミ)に、どう視えているのか。
 
 
 

シャンティ > 「ぁ、は……」

ああ、そんなこと問われてしまえば
そんなものは、秘してしまっておくことなのに

ああ、伝えてはいけないことなのに

「あは、ふふ……は、ふふ、あはは」

笑いが、漏れる
咲いが、漏れる
嗤いが、漏れる
嘲い(わらい)が、漏れる

シャンティ > それは呪詛めいて
それは寿ぎのようで

ノーフェイス >  
「キミに赦されるのはそこまで(・・・・)だ」

断頭台の刃は、そうして静謐を打つように落ちた。

「特等席で観ているつもりで、実際のところはフェンス越しに遠巻きだ。
 会場には入れない。そこにいる(・・・・・)ことすらできない。
 聞いたよな。痛かったのかって――」

物理的な痛みのことで、あるはずもなかった。
突きつけられた無常にすぎた現実に、なにを見たのか。

彼女の言葉を受け止めて。
しごく冷静に受け止めて。
そうだろうとおもった。
これほどのものなのかとも。

「ボクの輝きを見てそう思うなら――
 星の海のようなこの現世は、きっと地獄だろう。
 キミは終生、付き合い続けるしかない。
 その眼裏に焼き付いてやる。消えない輝きになってやる」

だからこそ。矛先に在りたいと思った。
在り続けたいと。

――そして、

「その、嫉妬と羨望(みにくさ)を――」

刃は、返る。

ノーフェイス >  
 
 
「――輝かせてみないか?」
 
 
 

シャンティ > 「そう、よ。
 私は、傍観、者。そこに、いる、だけ……
 いる、こと、しか……でき、ない……置物、と、同じ
 いつ、だって、いたく、ない、し……いつ、だって……いた、いのよ」

どれだけ手を伸ばしても
どれだけ手をかけても
どれだけ近づいても
どれだけ憧れても

壁は超えられない

「そう……そう、よ……それ、で、こそ……
 一生、の……輝き、で……私、を、焦がし、て……」

そうして、その熱で灰になることができればあるいは――

「……え?」

漏れた声は、妖気も、なにもが抜け落ちた空の声

「なに、を……?」

ノーフェイス >  
「いや、だから」

覆いかぶさったまま。
互いの間に差し込んだ手で、ひとさし指を立てる。

「……ある(・・)んだろ……?」

憧憬と妬み。羨望と嫉み。
たしかに彼女のなかにあったものを、果たして無視できたものか。
――そんなはずはない。
なにもないなんてことはありえない。

「磨いてみようよ」
 

シャンティ > 「そん、な……」

考えてもみなかった
いや。そもそも考えることを放棄していた
ちがう、考える意味がないと最初から諦めていた

「……そん、なの……美、しく……ない……
 醜い、だ、け……」

声が震える
そんな塵芥の山からは、何も産まれないのだと

「で、きる、はず……」

輝くものなど、現れるはずが

ノーフェイス >  
「はあ?」

なにをバカな。そう言いたげに声があがった。

「キミが大仰に有り難がってみせてきた物語(モン)のなかに、
 ひとつとしてそれ(・・)がなかったと――そういうつもりか?」

嫉妬、羨望。
それに突き動かされる者たちの人生(・・)
情念(・・)こそ、原動力となるはずだ。
生の欲動の化身は、そう信じてやまなかった。

「もちろん、完全に重なるものはないだろうケド。
 おなじ名前を与えられたって、人それぞれ(・・・・・)――どこかしらかは違うもの。
 でもじゃあ、さ……教えてくれよ……
 なにをもって、シャンティ・シン(キミ)だけは特別なんだ……?」

心からの疑問だった。
燃え尽くした後なら、わかる。
やり尽くした後なら、頷けよう。

絶対(・・)なんてない」

そう、あるはずも。

「保証もない」

――だから?

「ああ、」

そうだ。

「やらない理由はもってない(・・・・・)よな?」

シャンティ > 「……」

嫉妬、羨望、憎悪……
持たぬものが持っているものに抱く情動
持たぬがゆえに、輝いた者たち

そんな者は……当然に、いた

「……」

自分は?
自分は、折れてしまったのだろうか
そうなれなかった自分に絶望して
寄り添えなかった自分を憎悪して

「……理由」

あるのだろうか、そんな大層なものが
この自分に

「わたし、は……
 あと、を……おえ、なか、った……」

それが?
それは”特別”だろうか?

それは……

「わたし、が……課した……咎……」

に、すぎない

ノーフェイス >  
件の()が――
どのように咲いていたのかなんて。
ニュースの情報しか知らない自分には、わからないけれど。

「じゃあそれ、ひとまず横に置いとこうぜ」

横に。
両の掌の間でそれ(・・)を表現して、横に置くジェスチャー。
なかったことにしろなんて言わない。
追いかけたかった者たちとの間に、あるいは一方通行に。
そこに確かにある大切なものに、触れることはしないから。
傷も痛みも醜さも、眼を背けてはならないその人間の一部であってほしい。

それはそれとして(・・・・・・・・)

「――――あのときは、」

不意。こちらもじゃあすこしだけ。
かつてに、記憶を飛ばそう。

「いろいろ言葉を繰ってみせて、キミを()せてはみたものの……。
 さて、期待に応えられていただろうか、キミを魅せられていただろうか。
 でもそうだ。あのときのボクにはいえなかった。
 ああ言うことが、キミというポテンシャルを最大限活かすと信じていた。
 同じ方向を向けていると、それなりに長くは信じ込んでた――必死だったからな」

これ(・・)に捕まったのが、不幸と言うほかない。

「だから、きょう……
 いまのボクだから言えること、言わせてもらってもイイ?」