2024/09/25 のログ
■伊都波 凛霞 >
───二人きりの空間に、銃が落ちる硬質な音が響いた。
遠ざかった、額にあたる冷たい感触と、
力なく手からするりと抜け落ちた彼女の手の感触──。
薄く、ゆっくりと瞳を開いて。
へたり込み、嗚咽を漏らす彼女を見る───。
一度目の時点で、全て打ち明けていたら。
あるいは周りに…私個人にでも、相談があったなら。
彼女はここまで深く傷つくことも、誰かを傷つけることも…生命を奪うこともなかったんだろう。
………けれど、時は戻りはしない。
「──…ひとのこと、あんまり言えた義理じゃないんだけど…」
「独りで抱え込むのって、よくないよ」
屈み込み、落ちた銃を拾い上げる。
自分と共にいつも事件に向かい合った彼女の…既に片割れだけになってしまった愛銃だ。
弾倉をスライドさせ、装填された弾丸を橋の上へと落とす───。
凶器の無力化、犯人確保の際に行われる基本的な行動ではあったが──、こんな気持ちでそれを行うなんて思っていなかった。
……夏輝がしてしまったことは、許されることじゃない。でも…。
やっぱり、私には全てを知ってもまだ…夏輝だけを責める気にはなれない。
手を下したのは…彼女であり、彼女の放った弾丸だ。
事件の"悪意"は、彼女をヒットマンとして使った側に在る。
恐怖、焦り…彼女は決して堅牢ではなかった。
何がいけなかったのか…殺しの才能?命を奪っても何も感じない?そんな人間はいくらもいる…殺したことがないからわからないだけだ。
では何が──彼女の脆さ、弱さを言い換えるべきか…しかしそれも、ありふれた話だ。
ありふれた人間が、悪意あるいは善意に唆され、道を踏み外す。
きっと、珍しい話じゃない。
──たまたま"彼女だった"だけだ。
「……××時××分。……弟切夏輝を確保」
懐から取り出した、冷たい錠を──瞬間、躊躇うような顔は見せつつも──彼女の手首へと。
「……少し、痩せたよね」
肩を震わせている、その身体を抱く。
ずっと逃げ続けていた彼女は、ボロボロだった。
食事も最低限…輝き、尊敬と信頼を得ていたあの頃からは見る影もない。
心身ともに弱りきった──漏れ落ちる謝罪の言葉からは、そんな色しか感じ取れなかった。
「私達は、大丈夫…」
「夏輝が逃げずに、ちゃんと罪と向き合ってくれるなら…。
──それだけで十分…、私は…どんな結果になっても受け入れる…。
私を恨むなら、恨んで。呪うなら、呪って……。それくらいしないと──」
「とてもじゃないけど、罪悪感でいっぱいだよ、私」
親友に手錠をかけて、死刑台に送る──。
結果が確定したわけではないけれど、それだけの覚悟で臨んだ。
言葉は、せめて精一杯笑って手向けたつもりだったけど。
もう…完全に無意識。頬に伝うのはただただ、熱い雫。
ほらね、何に対してであれ、悔いて涙を流せる存在が、人でなしのわけがない
人間の感じ方…価値観──それぞれ色々な人がいる…ただそれだけ
一線を超えてしまったか、そうでないか。……そんな違いしか在りはしない。
■弟切 夏輝 >
親友の手に、そっととりあげられた手首にも、もう力は入っていない。
くたりとしたその腕に、すべてを振り切って逃げようとした活力はもはやなく、
無抵抗に嵌められた正義の証に、しかし、照り返す光はどこか鈍かった。
「あ…………」
一瞬強張った体は、単純に驚いたのだ。
冷えた金属の形につづいた柔らかなぬくもりに、その温度差に。
心臓はまだ、弱くもしっかりと動いていて……しかし、疲労していた体を、
自分の意思で脱力させ、その身体に身を預ける。明日へむかう相手に。
よりかかって、しまった。
対等でありたかった。頼られたかった。応えたかった。
そうでなければ、そこにいられないと思った。
「……ホントだ……」
――抱え込みすぎると、よくないんだ。
あのうらぶれた街で、自分を助けてくれたもの好きなひとたちに、
内心を吐露したときと、同様に。
こんなにも安心できるのに、安らげるのに……それからも怯えて、逃げていた。
「…………」
顔を上げた。腫れた目元も隠せぬまま、向き合った。
こんな顔をさせたくない。ずっとそう思っていたから。
涙に暮れながらも表情は薄い。わずかに残った弟切夏輝。
「……じゃあ、めいっぱい呪うね。
罪悪感、ちょっとは薄れるだろうから……
覚悟して聞いてね。わたし、いまから、すごくひどいこと言うからね、凛霞」
唇が、うっすらと微笑んだ。夏の残照は、柔らかく。
自分はひたすらに赦しを求めた。許容を求めた。甘えただ。
■弟切 夏輝 >
「"わたしにとらわれないで"」
未来に進む、あなたたちに。
傷と後悔を残してしまったなら、それでも前に進んで欲しいと。
そして、
「"わたしを"、」
息を吸って、吐いて。死ななければ、生きている。
なにより恐れた、罰を受けるということ。
世間の風評が、ただ事実だけを残すこと。
輝きが失せてしまうことから……逃げ続けた。
「"忘れないで"……」
それでも、友と思って慕ってくれていたのなら。
冷たい事実の傍らに、輝く思い出ももっていてほしい。
疼き続ける呪いを残して、真実を伝えよう。
「わたしも、忘れないから。
できるかぎり……みんなに応えるから。
みんなのこと、大好きだからさ」
あのとき、過去形に語ったのは、大きな嘘だった。
最後まで捨てきれなかったもの。弟切夏輝が人間であれるよすが。
罪人の身では、抱きかえせないから、
ただか弱いだけの残る力で、しがみついて、抱かれた。
「…………おねがい」
これからのこと、このあとのこと。
すべてを託すには重くとも――親友に対する、全幅の信頼の言葉を、最後に。
■伊都波 凛霞 >
「いいよ」
「何も言ってくれないよりは、迷惑かけられたほうが、よっぽどいい」
彼女は、弟切夏輝は、皆の信頼と期待に応えて見せる、確かな輝きをもった風紀委員だった。
輝きが強ければ強いほど、その抱える影も深く昏い──そのことに、気づいてあげられていたら。
「…私が夏輝のことに囚われて動けなくなったら、
引っ叩いてでも前に引っ張ってくれるような、頼りになる先輩がいるの、知ってるでしょ?」
「前は忘れて、なんて言ったくせに。
誰が忘れてなんてあげるもんか。しょっちゅう会いに行って、ちゃんとやってるか見てあげる」
「───それから…」
言葉が続かない。
大好き、なんて…そんな言葉を向けられるから。
──何もなければ、きっとこれからも二人で、皆で楽しく笑えた筈だったのに。
「………」
「…約束する。まずは…ゆっくり休んで──それから、ゆっくりと…自分と向き合おう…?」
涙声になるのを頑張って堪えながら、彼女を抱きしめる…。
僅かばかりの時が過ぎ、にわかに辺りに人の気配が増え始める。
確保の報告を受けて、包囲していた刑事課の風紀委員達が橋の上へと駆けてきていた。
彼女を知り、信頼と尊敬の眼差しを向けていた刑事課の多くの面々が見守る中。
疲れ果てた彼女を、ただただ大切なものを守るように抱きしめていた。
───与える者の起こした騒乱の一つはこうして幕を閉じる。
夏の輝きも失せはじめ、秋の訪れが肌寒さを感じる朝日の中で、逃亡者は逃げることを辞めた───
ご案内:「橋の中央部」から弟切 夏輝さんが去りました。
ご案内:「橋の中央部」から伊都波 凛霞さんが去りました。