2024/10/03 のログ
ご案内:「第二方舟」に藤白 真夜さんが現れました。
藤白 真夜 >   
 【9/25 9:59】【適合値:4%】【浸食率:0】

『――――しかしいつか我々は彼らを隣人として認め、並び立てると信じています。
 人類の、科学の目標とは何時であれ、より高く、より遠きを目指すこと。
 そのために払われる対価と倫理をどこまで認めるかを──』

(……。)

 熱弁をふるう、研究所の職員。
 表面的な話。でも、そこには確かに弛まぬ意思と傲慢な野望の気配がある。そう思った。
 ……が。
 なんとかその話を飲み込もうとしつつも、内心では嫌な予感が拭えない。話半分に聞いていることを、認めざるを得なかった。
 なぜなら……
 

藤白 真夜 >   
 数日前。

「潜入調査……ですか!?」

「ううん、調査というほどでもないわ。顔を出しておいて、くらいの雑なものね。
 ほら、前の一件があったでしょう? あれのせいで、みんな“神殺し”には敏感になっているんでしょう。
 アプローチは随分と違いそうだけれど」

 祭祀局の、とある下部組織。
 その中の、ある種の特質と異能を持ち合わせた人員で構成された小さな部隊。そこに属する先輩から、任務を受けた。

「大体、真夜に調査なんてできるの?
 奇跡論なら私向けだし、魔術ならめぐるが……、……難しいのかしら」

「そ、それはそうですけど。
 つまり、……いつも通り、ということですね。
 ……でも、なぜわたしたちに?」

 危険を想定される場所への潜行。わたしたちに下る任務は大抵がそれだ。
 今回のものは、そこまで危険がハッキリしているわけではないはずだけれど……。

「いつもの露払いじゃないの?
 本来なら私が行くべきなんだけど、そこまで危険じゃなさそうだから。
 あと──」
  
 紅先輩はそういうけれど、わたしにはその時から予感がしていた。
 そう──

「──あなたが居たところに少し似ているから」
 

藤白 真夜 >   
 考えが、戻ってこない。
 この施設──第二方舟(セカンドアーク)に入ってからというものの、思考が乱れていた。どこかで見知った顔が視界の隅に映った気もするけれど、今は己の裡の嫌な予感を抑え込むので精一杯だった。
 
(……ううん。言っていることは、間違えてない。
 科学と信仰は、交錯しえない。同時に、進化と停滞も。
 科学が前に進むためには、道徳を無視しなければいけないときがある……)
 
 その施設が掲げる“神性の研究”は、まさにそれだった。
 大変容以降すでに神性は人々の物理的な隣人であり、それらを研究し呑み込むことこそ、人類の強さだとわたしも思えている。
 それはときに冒涜的に映ることもあれど、そこに人の意思があるならば正しさを証明できる。
 そう、知っていた。
 だが、どうしてだろう。
 その予感は、拭えない。
 ──人間は、間違えるのだ。
 
『────────────』

 突如、スピーカーから気味の悪い音が流れた。
 何かの故障……そんな考えは、一瞬で消える。

(……これ、は……っ)

 自身の重なりがズレるような感覚。
 致命的な危機感。
 ──心臓の拍動。
 それが意味することを理解するよりも前に……、

 危機感を直接的にかきたてるけたたましい音が響き渡る。
 ──致命的な失敗の音。
 それが訓練でもなんでもないことを示す人々の悲鳴に、隔離を意味するシャッターの堕ちる音が繋がっていく。

「……! だ、大丈夫ですかっ。
 い、今救急車を、……!」

 本能的に立ち上がる。
 逃げていく、溢れていく逃げる人々の波に押されながらも。倒れ込む人を見つけて、駆け寄った。
 ──外傷はない。わたしに出来ることなど限られている、せめて助けを。そう、思ったのに。
 抱きとめるその体は、ひどく軽くて。

「にげろ、……縺ォ縺偵m縲!
 縺サ縺励′縺ィ縺代※繧?¥」

 男の人だ。少しくたびれた風の。短く整えた黒髪の。……笑えば人好きのしそうな顔つきの人が。
 抱きとめた先から……溶けていった。
 黒い、ただの液体に。 
 服と白衣だけを遺して、溶けていく。……いいや、黒い泥水に変化した。
 突拍子の無さが、それが如何に絶望的かを語るように。……物言わぬ水へと、一人の人間が消えていった。
  

藤白 真夜 >   
 【9/25 9:59】【適合値:4%】【浸食率:2】
 
 
 ──星の海が広がっていた。
 無窮の暗黒。一面に瞬く彼方の星。そして、かがやく、──

「──げほっ、ごほ、……っ!」
 
 ……浴びた。黒い泥を。
 ソレは人の根源的な不快感を呼び起こす効果があるようだった。歪な恐怖そのものが上塗りされるように、自身の感情を覆い隠そうとする。
 だが、そんなものは関係ない

「あなた、は……」

 名も知らぬ彼がつけていたリストバンドと、もはや着るものの居ない黒く汚れた衣服だけが残っている。
 人が消えた。人が溶けた。その成れの果てを。
 感情無く眺めることなど、わたしには出来なかった。
 液体と触れ合うだけで体が怖気立つ。関係ない
 頭の中に走る走馬灯めいた幻視。関係ない
 リストバンドの数字の意味。自由の効かなくなっていく躰。関係ない

 人が死んだのだ。目の前で。
 人でありながらもはや人でなくなった異物へ抱く不快感などあって当然で、それ以上にそんなものは何の意味も無い。
 ソレが人であった。
 それだけで、不快感も違和感も全てを切り捨てられる。

 リストバンドに記された名を憶える。その、最後の表情を。意味のわからない言葉、しかし確かに逃げろと告げたその想いを。

(……逃げよう。あの人の言葉通り。
 ──でも)

 黒い水に汚されながらも、立ち上がる。
 ……すでに、弱々しい心臓が慌ただしく拍動を始めている。そんなものはこの躰に必要なかったのに。
 間違いなく、異能の制限が始まっている。異能に身体機能を上書きされたこの体にとって、異能制限は身体の停止を意味する。その状態での死は酷く面倒くさいことになるのを経験済みだ。最悪、どうなるかわからない。──当たり前の人間と同じように。

「──あなたの死の意味を知る。あわよくば、……。
 たとえ、叶わずとも。
 人類のため、遥か空を見上げる者がいるならば。
 ……わたしは、あなたの最期を見届けたたのだから」

 手元にあるリストバンドを見た。そこに在る名前を、己の裡に刻む。
 彼らの宣うように、人類の発展がため切り捨てて構わない命があったとしても。
 わたしは、それを覚えているように。
   

藤白 真夜 >  
 ────……。
 ───……。
 ──……。
 ──。
 
 
 【9/25 18:22】【適合値:4%】【浸食率:7】


「は、ぁ……はぁ……」

 荒い息遣いだけが、所狭しと本棚が並ぶ部屋に響く。
 ここにくるまで、いくつかの場所を経てずいぶんと時間をつかってしまった。
 壁に手をつきながら、ゆっくりと。弱々しく萎えた心臓は、歩くだけで悲鳴をあげる。普段必要の無いはずの発汗は、冷たい脂汗になって髪と服をへばりつかせる。黒い液体に触れ続けた指先は汚くくすみ、おぼつかないつま先は幾度か転んでいた。割れんばかりに脈打つ心臓、悪寒と幻惑と不快感でいっぱいの頭の中を、しかし。
 歓喜とともに、ゆく。
 苦しみは、痛みは、生を際立たせる甘露に他ならない。久方ぶりに味わうそれを、しかし酔ってはならぬ、と心を律したまま。
 
(……ようやく、着いた……。
 この資料の数……きっと、あるはず。みつけなきゃ。
 なにか、なにかを──)

 黒い水たまりの中に落ちたリストバンドを、ためらうことなく拾い上げる。脂汗が黒い水溜りへと溢れおちた。
 幸い、自身のその汚染への耐性は多少はあるようだった。──あるいは、そちらが強く反映された、というべきかもしれなかったが。
 繰り返される幻影にはもはや何も感じなかったが、自らの裡の異能が歪んでいくのは辛かった。
 いまや、触れる度に拍動は弱まり、背後に在りもしない幻影が迫り、足元から溶けていく錯覚を覚えながら、……意識が飛んだ。
 
 

灰の川霧 >  
『きみは、何度死ぬつもりだい?』

 おぼろげな灰色のヴェールの向こうに、人影が見える。熱に魘されて見る夢か。(よる)の名残か。
 そういえば、あれも川だった。

『解ってるはずだろう。死で罪は雪がれはしない、と』

 赤い水に波紋が起きる。かすかに身動ぎする己の体は、ソレをものともしなかった。

『道徳的なことを言うつもりはないんだ。
 でも……命には、重さがある。いや、逆か。……死だ。
 君のソレは──』

 極限状態が湧き上がらせた無意識が、たまたま意識の水面に出ただけ。
 覚えてはいなくとも、元からその空白を理解できていたのだから。

『死を恐れる必要は無い。事実として、それは君の力となるだろう。
 だが、……死を決して、軽んじるな。
 ……慰みに使うのは、それで最後にしなさい』

 ……その言葉の意味を、今でも正しく理解しているとは思えない。
 いわば、初期衝動。そんなことを言われたのは、はじめてだった……というだけの。
 …………なのになぜ。
 異能による忘却を越えて、わたしは覚えていられたのだろう?
  

藤白 真夜 >   
「──は、っ……!」

 現実に、戻ってきた。
 手元には、誰かのリストバンドがある。……Aクラス。きっと、この資料室の鍵も解錠が叶うだろう。
 もしかしたら、何かが解るのかもしれない。夢のような、黒い水に溶けた人をもとに戻せる方法が書いてあるのかもしれない。

 ──でも、限界だ。

 すでに、立っているのも覚束ない。いや、脚は、躰はどうでもよかった。元からさしたる感覚も無い部位だ。
 問題なのは、心臓。
 張り裂けそうなまでに脈動するのに、どこまで脈打ってもそれが破けることは無かった。今も冷や汗は流れてはいるが、そうじゃない。
 ……この場所に漂う、諦観。
 どうしようもなく感じる、悲哀と絶望。
 ──わたしはただ、黒い水から感じる逃れようの無い死に、憤りと昂ぶりを得て心臓を弾ませているだけだった。
 疲弊だけじゃない。それは、喜びと興奮と怒りの拍動だ。
 ……解ってしまう。ソレがもう、どうしようもないことを。

「……、……死を、慰みに、……戯れに、用いるな……」
 
 リストバンドを、手放す。もう、何かを求める意味も無い。ただ、覚えていればいい。その、永遠に喪われた(ひと)の名前を。
 
 それに未練が無いと言えばウソだ。
 あっけなく水に溶けていった人たちの、意味を知ることが手向けになるはずだと。
 ……でも、できない。
 そこに、自らの命を……意思を天秤にかけることは、できないのだ。
 異能の動かないわたしは、いまや重病人と大差が無いのだから。

(……ひきかえせ、……。
 いまなら、まだ……)

 朦朧とする意識の中、踵を返す。
 ……生きること。
 たとえそれが呪われた生だとしても。神に愛されぬ身だとしても。……神に至れぬ依代だとしても。
 ただ生きる以上の尊さを、わたしはその星空に見出だせなかった。
 

【状況】 >  
 【9/25 20:18】【適合値:4%】【浸食率:9】

 突入した【救助部隊】と遭遇しかけるも、溢れた黒い水を足蹴に無理矢理突っ切り逃走に成功。
 脱出。
  

ご案内:「第二方舟」から藤白 真夜さんが去りました。