2024/12/16 のログ
ご案内:「公安委員会 第二法廷」にネームレスさんが現れました。
ネームレス >  
最終陳述。
結審の直前に、被告人が言葉を述べる機会。
少女ともいえる年嵩の裁判長が、厳正な声で被告人を呼ばわった。

「はぁーい♡」
『被告人、挙手はしなくてよろしい』

久しく袖を通した服は、地味なスウェットより余程気分が良いようだ。
化粧気もないのに、輝くような顔貌。
紅の髪が揺らしながら颯爽と足を進め、証言台に立つ。

「ああ、楽にして?」

戯けるように両掌を見せて、傍聴席にそう示してから。

「諸君。本日はボクのために集まってくれて、どうもありがとう。
 これからは名無し(ネームレス)と名乗ることにしたからどうぞヨロシク」

ネームレス >  
朗々と、(うた)が響く。
まるで演説のように軽やかに、力強く。
静謐を染め抜くように波濤をもたらす、この存在の武器は。
魔力や異能といった超常を一切帯びぬままに、超常だった。
 
「ここでこう名乗れるということは、ボクは権利を取得したというコト。
 生活委員会に書類を提出して、開かれている『制度』を利用して、
 いや頼って、ボクは社会的に保証された住民権を得た。
 そして被告人として『法』に罪を問われ、負った罰を贖う権利も。
 これは常世島に来てから、多くのものを手に入れてきたボクが、
 ずっと欲しかったものであり、そして非常に大きな目的のひとつだった。

 いまのボクは『法』の枠組みのなかに在ることを確かにされていて、
 これからの評議に基づいた裁決――自分の行く末の決定を待つばかりとなった。
 そこで、せっかくだからあらためて、ボクという『人間』を明確にしておきたい」

そこで、両手を証言台についてから、息を吸って。

「はっきり言っておくと――」

ネームレス >  
「反省はしてない。必要であると考えて、選んで決断したことだ。
 いまのボクの『価値』を形作るにあたって、大きな転換点(ターニングポイント)だった。
 結果がどうであるかは、なによりも明々白々なことだと思う。
 この場だけキミたちの好感度を稼ぐために、下を向いて舌を出すような――
 そんな自己弁護(ポーズ)をするつもりはないんだってコトだ」

放言である。
今後も人前に出ようとする人間のその場凌ぎにはなんの価値もない。
否、むしろみずからを毀損し得るのであれば、なおのことそうする意味がない。

「だけどボクが出廷し、こうして被告人としての立場にあるのは、
 みずからを、『法』という確かな掟になろうとしているシステムの、
 その庇護下にあるものとしての自覚があるというコトだ。
 そして、そのシステムに則った、裁判という手続きに向き合う意志の表明でもある」

そう告げて、宙空、前方に白い手をのばす。

「ただ」

ぎしり、と大きな手が、握り込まれた。

ネームレス >  
「ボクを一員(ヒト)として認めたこの社会に対して宣誓しよう。
 決して損はさせないと。いいや、歴史に刻まれる英断だと。
 今日このときはそのようになる

一足先に。
正規の学籍を持たぬながら、常世学園という環境で。
学び、思考し、研鑽し、ひとつの価値を証明し得た者は。
踏むべき順番がめちゃくちゃな数年の果てに、
そう告げてから――拳を緩めて、腕を体の横に垂らした。

「……不誠実な嘘を並べ立てたくなかったんだ。
 キミたちに対しても、自分に対しても。
 それらをもって、この身が受けるべき裁決を『法』のもと、キミたちに委ねたい。
 陪審員として選ばれたキミたちにとって、ボクは何なのかを問うてみたい」

引き締めていた表情を緩めて、言葉を結んだ。
そしていつもの公演と同じく――
深々と頭を垂れてから、顔を上げる。
なにひとつ恥じることもないように踵を返し、席へと戻った。

それが数十分前の出来事。
派手な異邦人が関与した、重犯罪未満の傍迷惑な罪。
ひとまずの結末と、転換の話、日常と非日常の境目。

裁決は――

ご案内:「公安委員会 第二法廷」からネームレスさんが去りました。