2025/03/14 のログ
ご案内:「Gibson House 201」にネームレスさんが現れました。
ネームレス >  
『あの』

いざや帰宅というところで、困り顔の配送部員に呼び止められる。
振り向いた時に気後れした顔、驚きの色を見せられるのは慣れていた。
一瞬の空白のあと、時間が動き出したように慌てて単車から降りる様をみて、肩を竦めた。

「お疲れ~。 ボク宛て?部屋に直接?知り合いかな」

微笑むなり、その制服姿でまさか道を訪ねたわけではないと考えて問いかける。
住所は知っていても、知らない相手が贈答するのはご法度――
煩雑だが、常世学園にも置かれているレーベルの支部を通さねばならない。

見た目以上の収納容量を誇り、そして品の安全を保証するボックスから取り出されたものに、
しかし黄金瞳のほうが驚きに見開かれることになった。

『それが…』

梱包の不思議さもさることながら、何か言いたげに視線を彷徨わせるその部員の意図を察して、
その横まで歩いて並ぶと、未だ手渡されない荷物の配送票を覗き見る。

ネームレス >  
差出人の名前は――消されていた。
無記名ではない。一度書いてから、毒々しい色で塗り込めて上書きされていた。
配送できているという以上は、正規の生徒によるものであるはず――

「ああ」

その奇怪な差出人を示す色に、困惑する配送部員を横目に得心顔だ。
手を差し出すと、反射的にぽすりとその手に届け物が収まる。

「ケガは?」

その問いかけに、きょとんとした部員は――しかし、首を横に振った。

「そっか」

背負ったギターケースを取り落とさぬよう、もう片方の手が学生証を差し出した。
専用のハンディマシンで認証されると、授受の手続きが成立する。

「ありがとう。まだ回るんだろ?気をつけて」

ギターケースのストラップを確かめて、あらためて自宅のエントランスへ。
あらたな困惑に首を傾ぎ、なにやら置き去りにされたような配送部員は、
しかし生真面目に、排気音を響かせて次なる届け先へと向かった。

扉が閉まる。外界の音を遮断した、静かな空間。
瀟洒なフェデラル様式の居城は、階段を踏むブーツの足音をよく響かせる。

「…………」

歩きながらに、鼻先を匣に寄せた。奇妙な香りがする
混ざっている。箱に染み付いた甘い香り。よく知っている。
そして――おそらく配送ミスではない、最初から空いていた孔から漂うもの。
こちらの香りも、よく知っている
これを不協和音と片付けるのは、無作法で、無粋だ。

「フフフ」

思わず、といった調子で、唇がほころんだ。

「今日、そういう日なんだっけ」

お返しの日、があるのだと。
一ヶ月前は、この存在の時間感覚からすると大昔だ。
差し出した時点で目的(感謝)は達成していたから、この日のことはすっかり忘れていた。

ネームレス >  
帰宅し私事を程度済ませてから、――
今日は紅茶にしよう。普段はコーヒーだから、茶葉の消費はゆっくりだ。
昨晩焼いた郷土料理(コンフォートフード)のクリームパイが、冷蔵庫に残っている。
これで一息つくことにしよう。

「さてと!」

部屋着の装いになっていつものソファんに座って。
お茶を楽しむ前に――そう、こいつだ。

「ようやくふたりきりだね。
 ……清純ぶったそのドレス、脱がしてあげる」

純潔を思わせる箱のリボンに、白く長い指がそっと差し込まれる。
――しゅるり。ほんの僅かな布が擦れる音とともに、ほどいていく。
断ち切るなんてとんでもない。抵抗があるわけでもない。

「……………、」

アッサムの芳香がふわふわと立ち上るなか、
そうして暴いた箱の中身は――……

ネームレス >  
ふたつ。

「……なるほど」

ふたりぶん。
これ以外にないだろう贈り物。
カードをそっと自由にしてやり、ふたつの筆跡を指先がなぞった。

何oz(どんだけ)()いたんだよ。
 ここまでのことされちゃうと、嬉しくなっちゃうんだケド……」

ガラスケースをそっととりあげて、思わず苦笑する。
何かに混ぜて、なんて生易しいものじゃない。純度100%。
つまんで飲み込んでしまったって良さそうなものがひとつ。
おそらく、送り主が自分に飲み込ませたいものがひとつ……。

「…………」

小さいケースを胸に抱いて。
指をぐっと伸ばせば、心臓のあたりに指をなぞらせる。
大きく、ゆっくりとした心音。
聴かせるように、重ねるように、しばし――

………。

「キミには台座と……キミには(シース)をあつらえないね。
 金工に渡りをつけといてよかった。いつなにが必要になるかわかんないもんだ」

ネームレス >  
温もりをうつしてから。
そっと、テーブルに戻すと。
 
「思い出すね」

もう、雪は融けている。
胸に去来するものは、白のなかに咲いた光沢のない花。

「たしか、ここに」

箱に孔をあけた犯人を取り上げて。その切っ先を、

「こう……」

――ぷつり。
手の甲に触れさせると、鮮やかな赤い泡が、ひとつ。
膨れ上がって、それが河のように、手首から肘へと流れていく。

ネームレス >  
傷に口づけて、リップ音とともに、みずからの血潮を啜り上げる。
それでもまだ、じわりと滲む新たな紅。交わる二つの色。

「殺害予告だな」

じゃあ、ここではまだ死ねない。
そのまま、切っ先を下に向けて、振り下ろ―――

「…………」

立ち上がり、寝室へはいって、戻って来る。
さすがにガラスの天板に突き立てたら大惨事になる。

「ひとまずは、これで我慢しててくださる?」

バニラの甘い香りを立てる香木。使用しているブランドが売り出したアイテムだ。
高価な品だが惜しくはない。それをテーブルに置くと、改めて――すとん。
滑り込んだ刃が、まるで墓碑のように佇立した。

「うん」

ふたつの贈り物。これで眼でも鼻でも楽しめる。
ちょっと鼻につんとくるやつ。甘いものとの食べ合わせはどうだろう。
その向こうに映した誰かを想いながらに、何でもなかったはずの一日はその色に染められた。

ご案内:「Gibson House 201」からネームレスさんが去りました。