2025/03/15 のログ
ご案内:「Gibson House 201」にネームレスさんが現れました。
■ネームレス >
――魘される夜だった。
熱帯夜を超えたような目覚めは、決して顔をのぞかせ始めた春のせいではない。
不快なような、心地よいような、虚脱感と疲労感、開放感。
汗じみた腕をもたげてカーテンをずらすと、朝日が夢の残滓を吹き払っていく。
服だけではなくて、洗いたてのシーツももう一度洗濯機に叩き込む必要ができた。
朝いちの予定は決まったらしい。
■ネームレス >
あれから。
楽曲制作にミーティング。そして急に必要になった図面制作に。
濃密な一日の夕刻に、また新たな訪客があった。
(住所不定じゃなくなるとこういうコトになるんだな)
よく世話をされた箱は適温に保たれている。
――生物。差出人が明記されていなければ流石に二の足を踏みそうになる。
それは信頼のあらわれであるが、なにより謎を読み解くための鍵でもあった。
良い意味で食べるのを躊躇う見た目のそいつを、寝る前に一粒つまんでベッドに入った。
「狙い通りではあったケド」
流石に、てきめん過ぎる。苦笑せざるを得なかった。
シャワーを身を清め、気に入りのガウン姿で浴室から這い出す。
水回りの洗濯乾燥機の音が聞こえづらい上出来な間取りの部屋だった。
「さて――――」
朝食。フレンチトーストの用意はない。
濃い目に淹れたコーヒーを、デキャンタごと氷で冷やす。
そいつをロックアイスの氷山のなかへ注ぎ入れれば、すっきりしたアイスコーヒー。
一日の始まりとしてはご機嫌なグラスと、冷蔵庫から取り出したのは――
■ネームレス >
深く呑み込まれるような柘榴石の横。
ともすれば桜の色づきを思わせるトリュフチョコをつまんだ。
可愛らしい趣味だ。おそらく既製品ではない。
「キミにこんな技術があるなんて知らなかったな」
何かと多忙そうな少女だ。
時間がかけられないなら、自炊より惣菜で済ませるほうが安く済む。
食事の技巧は必然的に積み上げられていくものであって、
もしこのために勉強してくれたと考えれば、だいぶ気分は良いけれど。
もしかすれば、誰かに教わったのかもしれない。
友人か、あるいは―――
「…………」
広くもないキッチンに、並んで笑い合う日々を思い出す。
得意料理のロブスターロールとクラムチャウダー。
昨日の昼食だったクリームパイも、家族から教わったものだった。
「自分からは訊けないなァ」
血を呪い、抗うような、そんな少女に。
もしかしたら、優しい思い出がずっとむかしにあったのかもしれないのなら。
■ネームレス >
あの魅力があれば、多くのものが手に入るだろう。
歴史と故事が物語る、人を惑わす傾城の色。
賢しい悪とは、他者に損をさせないもの――それを知覚させないものだ。
とらわれたものは甘い蜜を啜り上げ、幸せの只中で涸れ果てていく。
そんなふうに生きることもできるだろうに、
それだけの才能をもってなお、それが理想の己でないとのたまうなら、
茨の道を歩むその歴程に、悪夢となってみようと思った。けれど。
「……………」
そんな彼女に助けられた事実は、常々自分を灼く炎をなおも燃え上がらせる。
なんとも、まあ、最後に会った時は、
互いの余裕の有り様が、正逆になってしまっていた。正直まだ悔しい。
美味しそうにハンバーグ食べやがって。美味しかったけど。
■ネームレス >
「"I curse my stars in bitter grief and woe,
That made my love so high,and me so low."
――もっともやもやさせちゃうか」
薄ら笑み。深く、強く、棘が食い込んでくる感覚。
どこまで耐えられるのだろう。境界線の存在に。
お互い様の話だった。
「まァ……」
指の間で、溶かしてしまうのはもったいない。
「おはよ」
そう囁いて、口のなかに放り込んだ。
じっくりと味わって、飲み込んでからもしばらく。
きりりと冷えた苦みはそれから。交互に味わいながら、その星はみずから生きるべき現実へ回帰する。
ご案内:「Gibson House 201」からネームレスさんが去りました。