2024/09/11 のログ
■五百森 伽怜 >
「……今回だけは、やめとくッス」
彼が両手を合わせてから、それなりに長い時間の沈黙があった。
それでも最後には、負い目がたっぷりと湛えられた瞳を伏して
五百森はそのように口にする。
ノーフェイスは犯罪者だ。
五百森が尊敬して、追いかけ続けている風紀委員に追われる立場だ。
それは紛れもない事実。
それでも、横に座って話を聞いてくれる。
魅了にかかりながらも、それに抗って、こうして自分の隣に居てくれる。
負い目だけではない。
清涼な水の心地よさと、彼から感じる人柄の良さに。
ついつい口が開かれていた。
「……そうッスね、言ってしまえばその通りで。
飢え、ッスね。
どれだけ拒んでも、サキュバスの血を引いた身体は、
言うことを聞いてくれないんスよ……。
薬は気休め程度。
もっと強い薬を使いたいッスけど、副作用もあるし、何より高いッス。
色々な制度を利用しても、なかなか手が伸びなくて……。
だから、こんな夜は……人には会いたく……なかったッス……」
最後の方は、苦い顔をしながら口にする。
心の内は知れないが、少なくともこんな心細い夜に、
こうして話を聞いてくれる相手の前で、口にする言葉ではないからだ。
■五百森 伽怜 >
「……でも、通りがかったのがノーフェイスさ……ノーフェイスで良かったッスよ」
そう口にすれば、人差し指を己の艷やかな唇にす、と。あてがって。
少し苦しげな表情を浮かべた後に、その人差し指をノーフェイスの唇へと、
そっと、押し当てた。
影と影が、今度は遠慮がちに重なる。
傷が、次第に癒えていく。痛みも引いていくことだろう。
「精気を利用した治癒魔術……
あたしの血……こういう時だけは、役に立ってくれるんスよね……」
サキュバスの血由来の魔術。本来使いたくない術ではあるが、
傷ついた唇をそのままにしておくことはできなかった。
「…………」
怪我した箇所が怪我した箇所であるし。
■ノーフェイス >
洗礼を受けるように、彼女の術を授かる。
ふれられた瞬間、わずかな痛み。睫毛がふるえて、それでも眼は開かない。
――しばし。
そして、顔を離してから、自分の指で唇をなぞった。
歪な血豆が綺麗に消えているのをたしかめた。
ぷるる、とリップロールもしてみたりして。
「わ、嬉し――……って、なにやってんだキミ。精気?
じぶんに血肉を分け与えるほどの余裕はない、
……って話してたばっかだろ、すぐ治るようなケガなのに」
ぱっと笑顔を咲かせた次の瞬間に、じっとりと黄金の瞳がまぶたを落として睨めつける。
負い目もあったのだろう、軽くもしたかったのだろうが。
「ボクは与えられたもんは返すよ、ええと――なまえ……」
ただ与えるだけも、授かるだけも望まない。
膝のうえ、腕をのせて、顎をのせて、ふん、と鼻を鳴らした。
「……キミは、なにがイヤで我慢してるの?」
まあ、なんとなく。
さっきの――心の優先順位がすり替わるような感覚を思えば、こたえは予想はつくけども。
■五百森 伽怜 >
「……そうッスね。馬鹿だと思われても仕方がないッス。
でもやっぱり、放っておくのはできないッスよ。
あたしのせいで迷惑をかけて……傷を……作ってしまったッスから……」
ちらりとノーフェイスの方――首元辺りを見やってから、
視線を上へ。月光と、人口の灯が彼女の瞳に映し出された。
今までで一番長い沈黙があった。
そんな静寂と無貌の人柄は、彼女の心の内を静かに、押し出した。
「……誰かに迷惑、かけたくないッス。
……人を弄ぶ、母親みたいには……なりたくないッス。
……一線を超えたら、自分が自分で居られなくなる気がして。
それも怖いんスよ。
あたしは、ヒトで居たいッス。
バケモノだ何だって、沢山気持ち悪がられて来たッスけど。
あたしはそれでも……ヒトで居たいんスよ。
皆があたしを、受け入れてくれるなんて思わないッス。
皆の居る世界、その端っこでも良いから……
あたしも、皆と……一緒に……この世界に居たいッス……。
それだけ、ッス……」
そこまで口にして、ふう、と息を吐いた。
未だに熱を帯びた瞳を、ノーフェイスへと向けないようにしながら。
「……五百森 伽怜。それがあたしの名前ッスよ」
そうして瞳は合わせぬまま――静かに、名乗った。
■五百森 伽怜 >
そうして精一杯の言葉を紡いだ彼女の瞳に、
潤いに歪んだ月が浮かび上がる。
そこに湛えられていたのは、何処までも透明で穏やかな――涙であった。
何も不思議なことはない。
涙は、流れ落ちる血液が赤色を隠しているだけなのだから。
■ノーフェイス >
「……まぁ、この社会。
おなじ人間だからって懐あけてくれるほど優しいもんでもないケド」
ばけもの、という言葉を聴けば、どこか皮肉っぽく笑った。
迫害、拒絶。知らないわけではない感覚だ、とでもいうような。
――だいぶ冷めてきた。ぴょん、とコンテナから飛び降りる。
「ふうん」
搾り出した言葉にはしかし、短い返事ばかり。
視線の向けられぬ瞳に湛えた涙を盗み見ようとも、それを拭うことはせず。
「でも、キミはその血からは逃れられやしない。
そのカラダと、いずれは向き合わなきゃいけないんじゃない。
だれにも触れず、触れられず……愛さず、愛されないまんまで。
ヒトの社会で生きるってのも、それはそれでむずかしーとおもうケド」
ごまかし続けるには限界がある対症療法。
それこそがきっと、乗り越えねばならない試練として、近い将来立ちはだかるのだろうと。
本人がなによりわかってるだろうから、横からそう言いそえておいて。
「そのうえで、理想のヒトで在りたいと思考し、成長の意志があるなら。
ボクはキミを受け容れよう。すくなくとも、ひとりぶんは確保できたね。
そりゃもう、ボクはメーワクな無法者。
……イオモリ。風紀の記事にあんだけ熱量込めてる奴からしたら、あんまり嬉しかないかな」
きゃらきゃら笑いながら、がさ、と袋を揺らして。
「ほら、行こ?こっちだから」
■五百森 伽怜 >
「こんな弱気、見せちゃいけないッスね」
うっすらと浮かんだ涙はすぐに、五百森自身の手で拭われた。
拭った後に、五百森は足に力を込めて何とか己の力だけで立ち上がった。
今にも転びそうな、危うい状態ではあるが。それでも立ち上がった。
「あたしだけが困ってる訳でも、辛い訳でもないってのは、十分理解してるッス。
種族とか異能とか……他にも沢山、色々困ってる人達が居るッス。
それがこの島ッス」
異邦人問題も、異能の問題も根深い。
彼女のような異邦人二世が抱える闇もまた、深くはあるが、一部に過ぎない。
熱は、微量の涙と共に、少しは流れてくれたらしい。
大きく息を吸う。まだ頭は熱っぽいし、思考も若干乱れているが、
それでも何とか自立して行動することはできるまでになったようだ。
「たとえそれが夢でも理想でも……あたしは追いかけていくッスよ。
あたしを受け入れてくれるヒト達が、ちょっとでも居るのであれば、
あたしもまだ、立てるッスから」
それ故か。その言葉は、今までで一番力強かった。
普段の彼女が見せる力強さではあったが、この路地裏においては初めてのことであった。
直後、背中から壁に寄り掛かる羽目になるのであるが。
眼前の人物からの誘い。
このまま路地裏で過ごして、朝まで待つのは悪手中の悪手だろう。
それでも、犯罪者についていくのは、それはそれで悪手であろう。
今の自分に悪手しかないのであれば、より良い悪手を選ぶしかない。
進み続ければ或いは、コインが裏返ることも、あるかもしれない。
「……朝まで。お世話になる……ッス」
様々な悩みと思いを胸に、五百森は弱々しくも、一歩一歩を歩き出したのだった。
■ノーフェイス >
「どーしてもダメなときは言ってくれてイイよ。
感情を吐き出してくれたっていいし、無様に泣いたっていい。
でも、それは立ち上がるためなら……が前提になる。
感情の処理の方法は、身につけておくといい。ボクの場合は舞台だケド」
そのせいなんだよなー、とは言えない。最近立てていないので。
普段ならレジストできる魅了に傾いてしまったのは、そうした禁欲のせい。
「夢や理想なんてのは、自分の手で実現するためにあるって思うんだ。
人間という生き物は、そのために生きるべきだ。
まぁ完全にボクの持論だし、押し付けるつもりもないけど……
届かないものとしてその言葉を使うのは、あんまりスキじゃなくって」
まるで諦めているようじゃないか、と、どこかさみしげに月を見上げた。
それはただ見上げるものではなくこの手に掴むもの。
落第街から社会的価値を積み上げ、島外にも威を示す歌声はそう告げて。
「……追い駆けるためではなく、叶えるために生きてほしい。
ボクに向かって宣言したなら、それくらいは覚悟して。
ぜったいにできるなんて、いわないケド。
ヒトで在る、ヒトに成る……それを、夢物語なんて言わないでほしいな……」
自己を中心とする哲学。
決して他利行の理想像に交わらぬ、エゴイスティックな生き物のあり方。
みずからの理想図の実現に向けて突き進む、苦難と研鑽の旅路。
「――あ、」
くるり、と振り向いて。
「居間のソファの寝心地、けっこうイイんだ。タオルケットも貸すよ。
だから……夜這い禁止ね?いまだとたぶん抗えないし……」
なおしてもらったくちびるのまえに、ひとさしゆびを立てて。
ウインクして戯けてみるのだ、が――
■ノーフェイス >
「伽怜」
■ノーフェイス >
一声。
天性と技術でもって、脳に刻み込み。
侵蝕するような声を、墓前の薔薇のように手向けた。
夜――名前を呼ばれても決して返事をしてはいけない。そんな伝承がある。
「夢のなかでボクがキミを呼んだら、ぜったいに拒まないように」
夢魔の作法に則って、ちょっとした意趣返し。
――実際、魅了の効果か……ひどく惹かれていて、我慢するのだし。
冷房で誤魔化せど、熱帯夜の懊悩は、せめて共有したいものだ。
「……じゃ、こっち。すぐそこだから」
■五百森 伽怜 >
飢えですっかり弱気になってしまっていた、などと。
言い訳は幾らでもできるかもしれない。
でも、心の奥底にしまっていた感情であったことは、間違いない。
そのことは受け入れた上で、五百森は、改めてノーフェイスに告げる。
「……そッスね。あたしの本当にやりたいことは、立ち上がった先にあるんスから」
たとえ自分が表舞台で輝けなくても、世界の端っこで、輝いている人達を応援し続けたい。
できることならば小さなことでも、皆の役に立ってみせたい。
そうしたら、いつか憧れの、風紀委員の人達に。あの先輩に。
一歩でも二歩でも、近づける気がするから。
「よ、よばっ……そんなことしないッスよ……!」
そこは少しだけ勢い良く、否定する。
しかしノーフェイスが最後に口にした言葉には、
ただただ沈黙して、顔を伏せるしかなかったのであった――。
■五百森 伽怜 >
夜は、更けていく――。
ご案内:「学生街 路地裏」からノーフェイスさんが去りました。
ご案内:「学生街 路地裏」から五百森 伽怜さんが去りました。
ご案内:「晩夏の夜」に『 』さんが現れました。
■『 』 >
夜半、訪ねてきたものに名を呼ばれても、決して応えるな。
それはあなたの望みの姿へと変じ、ひと夜の果て、
すべてを夢だったことにして消えていく――
ひとに言えないゆめの正体。
■『 』 >
「……こたえなくても、出てくるじゃんか……」
闇に蠢く、かすれた嬌声。
真っ暗な室内、オモイカネ8の画面に浮かび上がる正確無比な時刻。
それが示すのは、寝台に入ってからまだ1時間弱しか経過していない事実だ。
「ちょっと……、想像以上、だな……」
冷房の駆動音が信じられなくなるほどに身体が熱い。
無自覚に握りしめていた、湿ったシーツから手を離して、身体を起こす。
三度目の覚醒だった。三度とも同じ夢を視た。しかも続きもの。
獣の荒い呼吸が聴こえる――自分のものだ。なんてざまだ。
痛みのあるゆめ……
「……ちっ」
ベッドサイドの小型冷蔵庫からリンゴジュースを取り出して、
瓶の冷たさに縋りながら、栓をあけて喉を潤す。
あまりに生々しく、現と夢の境が曖昧なその甘い時間に、
現れたるは望みの姿ではなかった――三度とも。
濡れた瞳を横に滑らせる。狭い寝室と、居間を隔てる扉は閉じたままだ。
……ここは現実か?そうであってほしい。さっきまでの光景が現実かもしれないから。
■『 』 >
ベッドの隅に座り込み、壁に背を預けた。背中までぐしょぐしょだ。
自分とあちらと、冷房以外の音はない。針が動く時計も置いていない。
「ここまで効くのはたぶん、そうそうないんだろうケド……」
彼女がどうにか新聞同好会に席を持てているのは、
影ながらの努力の賜物であろう――とも。
信徒の禁欲の限界、不義密通の隠匿、囁かれてきた艶美の伝承の裔。
「混ぜものだらけの薬じゃあ、やっぱりそのうち……」
致命的な破綻の足音、ほかならぬ化け物の自分に怯える日々。
日に日に成長していく肢体を歓迎できない青春に思いを馳せ、――
「―――――」
心のなかの優先順位が、気づかぬうちにすり替わり、燃え上がる感覚。
効いてしまった自覚がないまま、夢のなかにとらわれる。
制御できず振り回すには、あまりにも強すぎる恋の呪文。
白い膚、女、恋人、指先、くちびる、声、汗――黒子。黒と白――ミルク。
悶々と脳内をめぐる、解答がひとつだけの連想ゲーム。
「…………ッ」
ぶんぶん、と頭を振り乱した。膚に張り付く髪が鬱陶しい。
鎮めるために冷たいシャワーを――だめだ。
いま、あの境界線を超えたら取り返しがつかない。確信があった。
あの向こうに確かに感じる気配が、早暁に浄められ、出ていくまでは動けない。
このぬるついた不快感と、ともにあるしかなかった。酸味と甘さをぐいと干す。
■『 』 >
「ヒトで居たい、か」
ヒト――社会という群体の構成要素、最小単位。
すべてがひっくり返ったこの世界は、それでもまだ人の世だ。
過日『大変容』をもってしても、万物の霊長、ヒトの群体――人間社会を斃せなかった。
それほどまでに強固なシステムが、この地球上には張り巡らされている。
どこにいようと逃れることはできず、逸脱したと思えばそこにも人間社会がある。
――どこまであればヒトになれるのだろう?
……だからさきほど、抱きしめることも、涙を拭うこともしなかった。
いくらでもできたけれど――どうでもよくなくなったのだ。
きっと、伝わらない――違う。彼女は受け取れないだろう。
真贋判じかねる愛情を、なお受け取る資格なしとでも思っていそうなあの貌では。
「……どいつもこいつも」
最近、そんなやつばっかりと逢う。
冷めない熱い疼きのなかに、どこか奇妙な疲労を感じた。
みずからを赦せるまで、ひたすらあがない続けるような生き方。
――どこまでいっても、この孤独感が癒える保障などないのに。
どれだけ強くなろうとも、なにを得ようとも。
■『 』 >
変えてやろうだとか、救ってやろうだとか、そんな思い上がりは抱かない。
――それでも疑問は尽きない。
「キミがほんとうに求めてるものって、それなのか」
世界の端っこでもいいから、そこにいたい。
成長と経験を経て醸成された夢や理想というよりは、
それは否定に否定を重ねた結果、かすれてしまった願望の骸のようにも。
「でも、なあ~……」
そう思えど、彼女は風紀びいきの新聞記者だ。
それも大衆娯楽より、現地取材で光るものを見せるタイプ。
無法者を見る目にも、精神の根本も、どこか相容れないものがあるようにも。
なによりいらない世話焼いて、彼女の足をとってしまうようなマネは――
「ううん、逃避だなぁ、コレ……」
あの瞳に対する、無自覚の畏れでもある。
自己分析の結果なんとも情けない消極性を発見してしまい、ため息。
ちろりと窓の外、燃える瞳が半分欠けた月を見上げた。じくりと滲む罪悪感と悔しさ。
――いろいろと識らなさ過ぎる。自分が彼女に与える価値は、影響は、整か負か。
いずれにせよ逃げるなということでもある――
社会に属するならヒトと触れ合う必要がある。
「…………はあ」
視線を落とす。逃げられない現実。
いますぐ扉を開けて飛び出したい衝動に向き合わねばならない。
気配と吐息以上のなにかに怯え、ドアノブが回ることを恐れ、
――いまや呼ばわるもののない本名を呼ばれる不安に苛まれ。
思考しようと聖句を読もうと、時間の進みは緩慢だった。
■『 』 >
――なにより、
「……さすがに、室外にはそこまでうるさくないと思うケド」
防音も外観も、こだわってみつけた気に入りの物件だ。
もう眠れる気がしないし、夢の訪問で精神力を削られたらいよいよ扉を開けかねない。
いちばん濃密に熱い時間を過ごせるのがなにかを、よく知っている。
ベッド端まで移動して、スタンドで待っていたアコースティックギターを手に取る。
木材の重みを膝に。張り替えてすこしして馴染んだ冷たい弦に指先をすべらせる。
――いまこの胸を焦がす熱情が、
ペグを回す。機材なしでの完璧な調律。
「これくらいは許せよな。たとえどんな夢を視たとしても……」
――幾度目かの朝日とともに、嘘のように消えてしまうのだとしたら、
爪弾かれる枯れた六弦が、ひとつに混ざって泣いた。
重苦しく静かなアルペジオに、艶めかしい歌声が乗せられる。
思いつくまま漫ろ奏で、かたちにするための作業。
それがたとえ欲求を顕在化させてしまうのだとしても、やめられない。
■『 』 >
(それはそれで、癪なんだよな……)
記憶も忘却も、自分の意志で決断したいというのは、
人間の領分を超えたワガママなのかもしれないが。
――ひどく哀しいことのように思えた。
幻影に抱かれながら、愛撫のような音を奏でて、
晩夏、長くなりはじめた夜を、ともにうなされるように過ごすのだ。
ご案内:「晩夏の夜」から『 』さんが去りました。