2024/09/12 のログ
ご案内:「白の思い出、終わりの夏。」に五百森 伽怜さんが現れました。
■五百森 伽怜 >
一面の白。純白の世界。
無色の壁に囲まれているそこは、それでも。
とてもとても、あたたかい世界。
輝いていて。大切で。かけがえのない。
――いつかの、教室。
■五百森 伽怜 >
『大丈夫、いおちゃんの相談なら何でも乗ってあげるから。
私達、友達でしょ……? 友達はさ、困った時は何でも相談するものなの!』
穏やかな目をした、茶髪の女の子。
その前に居るのは、あたしだ。
学校の机に力なく身体を預けて、目に涙を浮かべて。
自分の手をそっと握ってくれた、
その女の子の手を、ずっと見つめていた。
茶髪の女の子はずっと、あたしの目を見ていたけれど。
あたしはその子の手だけを、一生懸命に見ていた。
目に、焼き付けようとするように。
ああ、思い出した。いや、忘れられるもんか。
これは、この記憶は。
栗山 楓。楓ちゃん。
あたしの友達だったかもしれない女の子との思い出――。
とても、あたたかかった。
大切な、あの日の、思い出。
■五百森 伽怜 >
転換。
『五百森、あんた……そういう奴だったんだ』
眩しい光が、目に映った。太陽だ。
照りつける夏の太陽が、屋上に居る二人に濃い影を落としている。
あたしと楓ちゃんは、屋上に居た。
あたしは屋上のフェンスに背中を預けて、震えていた。
「……あの、楓ちゃ……」
あたしが、言葉を発する。
その言葉が終わりきらない内に、楓ちゃんの口が鋭く歪んだ。
『あのさ……私フラれちゃったんだよ……?
馬鹿みたい! あいつは、私だけを見てたんだよ……?
なのに、信じらんない……まるで何もなかったみたいにさぁ……。
最近はあんたのことばっかりばっかり……ばッッッかり話して……』
歯軋りの音が、確かに聞こえた。
「あの、ごめ……」
弱々しく口元から出た、小さな音。
それが精一杯の、否定だった。
『ねぇ、どれだけ奪えば気が済むの……?
楽しんでるんでしょ、あんたさぁ!』
どくん、と心臓が。
強く、重く。鳴り響いた。
違う、そんな訳ない。楽しんでいる訳なんか、ない。
■五百森 伽怜 >
『ねぇ、どれだけ奪えば気が済むの……?
楽しんでるんでしょ、あんたさぁ!』
どくん、と心臓が。
強く、重く。鳴り響いた。
違う、そんな訳ない。楽しんでいる訳なんか、ない。
『あんた……私達が苦しんでるのをさぁ……
心の底じゃ楽しんでんでしょうが……!
ねぇ、違うのっ!? 悪魔女ッ……!』
――違う。違うよ。違うんだよ。
否定の声は出ない。出せなかった。
――あたしはただ、仲良くしたかっただけなんだ。
心の中の一番大きな気持ちすら、この口からは出てくれない。
友人だったかもしれない、楓ちゃんの悲しみ。
そして己の魅了が生んだ罪悪感。
色んなものに絡め取られて、あたしの口は満足に動いてくれやしなかった。
だから目を閉じて、一生懸命に首を振る。
子どもみたいで、情けなかった。申し訳なかった。
暗くなった世界は、仮初の安寧すら与えてくれず。
■五百森 伽怜 >
『ほらね、やっぱりバケモノじゃん。
……泣けば許されると思ってんの……?』
熱くなった目から、涙が零れ落ちていくのが分かった。
あたしの内側から出た生暖かいものが、頬を伝っていった。
謝ったところで、到底許されるものじゃない。
許して貰えるとも、許してほしいとすらも。思っていなかった。
『私に……私達に……二度と関わらないでッ!
これ以上、私達の日常を壊さないでッ!!』
歪んだ視界の中で、それでもはっきり見えた、
私の気持ちよりも。感覚よりも。何よりも。
泣き叫んでいた楓ちゃんの顔が――
■五百森 伽怜 >
――あたしには、忘れられない。
■五百森 伽怜 >
転換。
朧気な覚醒。
頭が、どうかなりそうな程に――熱い。
抑制剤無しの夜は、どれだけぶりだろうか。
喉も心も、渇いて、乾いて。
それなのに身はじっとりと汗ばんで。
どうしようもなく火照っている、
熱い。その筈なのにどうしようもない寒気を感じて、
思わず自分の身体を抱きしめた。
そうして気づく違和感。
ソファの横――床を見れば、そこには自分の制服が転がっていた。
すっかり汗ばんだ太腿に手を滑らせる。下着は――辛うじて無事だった。
ノーフェイスに貸して貰った、柔らかなタオルケット。
縋るように握っていたそれの端は、手元でしわくちゃになっていた。
それを先まで自分が身を預けていた座面へ、そっと置く。
熱いんだか寒いんだか、もうよく分からない。
ただただ、頭が何処かぼう、っとしていた。
そして、胸の内からこみ上げる何かが、
胸の内側を掻き毟るように暴れている感覚が、
鼓動の音に合わせてどくどくと、
自分の中で波打っているのが感じられた。
「ふぅ……はぁ、ふぅ……」
呼吸と共に吐き出される声が、暗い室内に響く。
気休めにしかならないのは分かっていた。
それでも頼れる薬が手元に無い以上、深い呼吸に縋るしかないのだ。
――落ち着いて寝直そう。
朝になれば、きっと発作も収まるだろうから。
そうしたらお礼を言って、早くここを出ていこう。
これ以上、迷惑はかけられなかった。
■五百森 伽怜 >
頭を振って、制服に手をかけた瞬間。
その音が、耳に入ってきた。
一つ壁を隔てた向こうの部屋から聞こえてくる、そのオト――音?
それはまさに今、自分の内側を掻き毟るそれと同じ色を持っていた。
重なる。
鼓動が旋律に。
絡まる。
心が旋律に。
昨晩、二つの鼓動が重なった時の感覚。
リフレイン。
リフレイン。
リフレイン――。
手に持っていた制服は、いつの間にか手から滑り落ちていた。
視界にノイズが走る。
元よりぼうっとしていた思考は、更に曖昧になっていて。
何かを求めて。
あたしは、そのドアの前に立っていた。
この薄い扉一つ先に、あたしが今求めている何かがある。
■五百森 伽怜 >
転換。
気がつけば、ドアノブに手が添えられていた――分かってる、あたしの手だ。
息が荒い。
頭がおかしくなりそうだ、いや、もうなってる!
ただでさえ熱かった身体が、更に火照っている。
苦しさを覚える。口を大きく開けて、何とか息を繋ぐ。
視界の端に、月光が煌めいた。
見やれば、それは鏡だった。
そこに映っていたのは、脱ぎかけの下着を身に付けた、バケモノで。
息を荒げて、頬を赤くして、何かを求めている、それは。
紛れもない自分自身だった。
怯えきった瞳、汗の滴る輪郭。
恐怖の色に染まったその表情。
だけれど、見てしまった。
その口元は――笑みを形作るように、妖しく緩んでいたんだ。
母親みたいに。
「……っ!」
思考が一瞬、鮮明な色を取り戻した。すぐにドアノブから手を離す。
■五百森 伽怜 > 『ほらね、やっぱりバケモノじゃん』
■五百森 伽怜 > 何処かで聞いた声が、頭の中に響いた。
「ち、ちが……」
否定の言葉は壁一つ隔てた部屋からやって来る音を前にして、消え去っていく。
そうして、思わず力なく、へなへなと後ろへ倒れ込んだ。
頬にはまた、涙が伝っていた。
■五百森 伽怜 > 『泣けば許されると思ってんの?』
■五百森 伽怜 >
また、だ。
ドアの向こうから聞こえてくる旋律のリフレインに重なるように、
その声が頭の中で響いた。
――ごめんね、楓ちゃん。それでもあたしは、此処に居たいんだ。
――我儘なのは、分かってるんだ。でも、あたしは……。
覚えているのは、そこから何度か荒い呼吸をしながら、
必死に自分自身を押さえつけていたこと。
――ごめんなさい。ごめんなさい。それでも。
――世界の端っこでも良い。皆の居る世界に一緒に居られるように、頑張りたい。
――それは、バケモノには贅沢すぎる願いだったとしても。
――それでも、諦められないんだ。
――ごめん。ごめんね。
――もう少しだけ、もう少しだけ……我儘を……頑張らせて。
頬に熱いものが流れているのを感じた。
床の上で握る拳。血が滲むほどに強く握った拳。
その、痛み。
それが、最後の感覚で。
旋律の中で、いつの間にか。
あたしの意識は飛んでいた。
■五百森 伽怜 >
翌朝。
ドアの前で汗びっしょりで倒れていたあたしを。
ノーフェイスは見つけるだろうか。
ご案内:「白の思い出、終わりの夏。」から五百森 伽怜さんが去りました。
ご案内:「すべてが夢だったことには、」に『 』さんが現れました。
■『 』 >
快楽。
生きているときに生じる感覚を、端的に言い表すとこうなる。
舞台――生命力の権化が魂を燃やして叫ぶ、戦場。
なにひとつ言い訳もなく、油断もなく、絶対もなく、困難だ。
みずからを中心として生じる熱狂の坩堝。夢中で解き放ち、世界と交歓する時間。
このせまい世界で、自分が全力をだすことができる聖域。
そこでだけ――自分は生きていられる。生きることができる。
この存在にとって、音楽は、もはや生命の鼓動に等しかった。
あの殺人鬼は言った。
自分にとって、歌うことは■■■■なんだ、と。
――なるほどその通りだと納得したものだ。
自分の混沌にくすぶるもの、世界とふれあうことで満ちた熱に、
曲や詞という秩序を与える行為も、
複数人で重ねて編曲して作品として練り上げる行為も、
舞台に向かって練磨を絶やさないあの埋み火のような時間も、もちろん楽しく、熱い戦いだ。
でも、本番は舞台。
ひとりで向き合い、たとえもやつく劣情と恋慕にうなされながらギターを抱えて、
数時間で一曲ある程度かたちにしてしまうくらい捗っても……
■『 』 >
ふときづいたとき、空は僅かに白みはじめていた。
顎に伝う汗を拭う。身体を燃やしていたあの感覚はだいぶ落ち着いていた。
耐え抜いた――心地よい疲労感と達成感に包まれながら、
レコーダーの録音機能を停止する。ずいぶん捗った。
ミネラルウォーターを小型冷蔵庫から取り出して、喉を潤す。
「夜行性……
さすがにもうそろそろ、落ち着いてるかな……」
冷房の風を肌寒く感じられるほどには落ち着いている。
名を呼ばれることもドアが開くこともなかった。
彼女もどうにか耐え抜いたらしい。時刻は――午前4時を半ば回っていた。
気配は感じているから、出ていったわけではないようだ。
「シャワー浴びて……朝ゴハンくらいはつくってあげよーか。
お金も貸したほうがイイ?さすがにそこまではお節介か……?」
風紀が仕事をしてくれているかもしれない。
学生街でのひったくりとなれば、落第街よりは遥かに盗難品が戻って来る芽もある。
そも昨晩から湯を浴びてない。じっとりと汗がまとわりつく感覚が煩わしくて、
ギターをクロスで軽く手入れしてから立ち上がる。
■『 』 >
――そう。創作活動もあくまで、舞台のための。
要するところ、疲労感と達成感はあっても、果てたわけではないので。
「―――――ッ」
扉を開けたさき、足元に転がっていたものに目を瞠る。
よく磨かれたフローリングのうえで、呼吸に応じて動く生白い物体の正体を、
一瞬で理解できる頭が若干恨めしく思った。
白い膚、女、恋人、指先、くちびる、声、汗――黒子。黒と白――ミルク……
「フザけ~~~~~……ッッ」
目を閉じて、口元を手で覆って、その場でしゃがみこんだ。
かっと熱くなる身体。恋の呪文はだいぶ落ち着いてもまだ残っている。
むしろ疲労感がよくない。血液が一気によくない巡り方をしはじめた。
「……そんなに餓えてたのか、キミ……」
うっすら開いた視界は濡れていた。
特大ウーファーでもブチ鳴らしているような重低音は自分の心拍だ。
ここまで来てしまったうえで、直前まで耐え抜いたのだ。
境界線を超えられていたら――心のどこかで惜しいとさえ思ってしまうが。
そうなれば彼女は、楽なほうに流れてしまっていたはずだから。
「……ッ、ああもう!クソッ!」
我慢、禁欲――まったくもってらしくない。うんざりする。
ばちん、と頬を両手で張って、意を決して抱き上げた。
■『 』 >
その瞬間にじっとりと肌を湿らせる感触に、ぎょっとした。
腕のなかの重み、柔らかさ、ぬくもり、曲線――呼吸音――そして。
「びしょびしょじゃんか。風邪ひいてないだろーな……?」
ここからも泊めることになると色々危険だ。
自分の理性もだし――疚しいことはないけどバレたくもない。
香水は揮発しきっているのだろう。鼻腔を支配する汗の甘酸っぱい香りにくらくらする。
引きずるようにして寝室に連れ込むと、ベッドに寝かせて、シーツにくるんだ。
ソファの座面よりは汗を吸う。さすがに拭ってやるのは――たぶん耐えられない。
「はぁ……~~ッ」
ベッドに乗り上げそうになった自分を律して、作業用のチェアにぎしりと身体を休めた。
じくじくと疼く身体。シャワーを使える状況で良かった。水を浴びられるだけでだいぶ違う。
「……あいつ、いつまでフラフラしてんだよ……」
顔を両手で覆った。熱い。
すぐそこに、夢のなかで慰みものにした肉がある。ぐるぐるする―――……
■『 』 >
「…………」
深呼吸。どうにか――落ち着いてきた。
シーツ越しに浮かび上がる艶めかしいラインをつとめて視ないようにしながらも。
この感覚を、ぜったいに――自分は、否定できないのだ。
「ひとの心を奪って、縛って……支配して。虜にする。
それは……その行為そのものが問題なんじゃない……」
寝入っている彼女には、絶対に聴かせられない独白だ。
最悪なのは意図せぬ過程と結果のほう、であって。
音楽家がしているのは、そういうことだから。
根源的な衝動。魂のかたち。餓えたるもの――理想。
悪逆だろうと、非道だろうと、そこへむかって歩み続ける。
■『 』 >
「伽怜……キミは……いまはまだ。
世界の端っこさえ、手に入れられていないケド」
そう、まだ。そんな、切なる小さな望みさえ、叶えられていない。
眠る彼女は前に進めているのだろうか。あえかな足取りで。
足踏みし続けるしかない状況から、目を背けているようにも――見えた。
彼女の魂の羅針は、いったいどこをどのように示しているのか。
「……もし、それが手に入ったとき、心が満たされることがなかったら。
いや……手に入らなくても、いま、それ以上を、それ以外を。
つよくほしい、と望んでしまったとき――キミは、とまれるの……?」
欲望の化身、我執の徒は、そう問うた。
薬による制御を失いつつあるあの瞳の存在を。
内なる欲望が暴走したときに、制御しきれるのだろうか。
■『 』 >
「……………いや」
不意に。
ぎし、と背もたれをきしませて、天井を見上げた。
「そっか」
思い出したのは、かつて。自分が小さかったころの話。
ノーフェイス、なんてくだらない名前ではなく。
家族にもらった名前を名乗っていたとき。
「そうだよな……」
■『 』 >
赦されざる初恋に、身を焦がされていた幼少期。
自分の異常性を、社会との不調和を知ったとき、
顔もみられず、言葉をかわせず、日に日に募る想いを抱えながら、
どうにか距離だけは維持しようとして、拒むようにして。
恋した相手を傷つけたくなくて、それ以上に嫌われたくなくて、飲み込んだ。
彼女は、その瞳で見つめるだけで、友情も恋も、傷つけ歪めてしまうのだ。
与え合うことさえできない呪いがかかっているように思えた。
「……でも、それでもさ、もうすこし。もうすこしだけ。
おもいえがく理想くらいは、ワガママになってもイイんじゃないの……」
――いつかの苦い永遠の初恋に、いまの自分なら、とも思うから。
それは、力あるもの、成せるものの、傲慢な言葉だったかもしれない。
そう在るため成るために、彼女が積み重ねなければならない苦行は想像もつかない。
あるいは、じぶんの後悔と、二度と取り戻せない愛を重ねたものか。
それでも……前に進んでいれば、どこかにはきっと、たどり着ける。
道半ばに膝を屈し倒れた結果だとしても。
■『 』 >
「……シャワー浴びよ。鎮まんないや」
立ち上がる。ぐっと伸びをした。
制服の洗濯乾燥――血は落ちないだろうが。
ふたりぶんの朝食をひとりぶん残していく。
よく食べるフレンチトーストの冷凍ベリー沿え。
シャワーの利用許可と、ほんのちょっとのお節介。
体調が悪いなら交通系の部活を呼べばいいし。
鍵はオートロックだから心配はいらない。
そんな書き置きを残して、レコーダーを手に、
機材を置いてあるスタジオに早々出かけた。
末尾に。
――ボクのうたを聴くように!
借りを返すつもりがあるなら、それでいい。
ご案内:「すべてが夢だったことには、」から『 』さんが去りました。
ご案内:「帰路」に五百森 伽怜さんが現れました。
■五百森 伽怜 >
「ん……」
陽光が僅かに射し込む部屋で、紫髪の少女は目を覚ました。
耳に入るのは、静かに響く冷房の駆動音と、鳥の鳴き声。
目に入るのは、見覚えのない天井、知らない肌触りのシーツ。
そして、確かに感じる――――覚えのある香り。
「あたし……え……?」
目を擦りながら、上体を起こす。
思考はまだ、鈍い。
ふと、肩に手を置く。自らの素肌の感触が、手に伝わる。
すぐに、視点を自らの身体へ。
ほぼ、裸だった。
「わっ……た……」
思わずベッドの上で飛び上がるが、
湿ったシーツに足を絡めて――
「……たぁ……!」
――ベッドから転がり落ちた。
痛みと同時に、昨晩のことを思い出す。
そう、ここは――あの、ノーフェイスの部屋。
どうやら寝室らしい。
瞬間、脳内に呼び起こされる記憶。
混ざり合う香り、交わる、流血色と紫色の糸。
触れ合う肌、踊る影と肉――妖艶な笑みを浮かべる自分――。
一瞬だけ青ざめるが、思考がクリアになるにつれて、
理性は落ち着きを取り戻す。
「――夢、ッスね」
現実味のない、朧気な空間での一夜。
それはソファの上で、三度も目覚めた時の話だ。
■五百森 伽怜 >
「起きなきゃ……」
色々と、思い出した。
歌に、歌に惹かれたのだ。
眠れる夜にあの歌を聞いて、あの美しい旋律と歌声に、
鼓動が重なって。
気がついたら、ドアの前に居て。
手に持った、汗に濡れたシーツ。
罪悪感に苛まれながらも、それを一旦置いて。
「流石に勝手に洗濯とかする訳にも……ッスね」
部屋の中にもドアの外にも、人の気配はないようだ。
外出しているのだろうか。
「ずっとここには、居られないッスね……」
制服は見当たらない。
仕方がなく下着姿のまま、寝室を出ることにした。
■五百森 伽怜 >
居間へ。
少し明るくなったその部屋は昨日とは随分印象が違うように思えた。
昨晩自分が這いずり回ったフローリングの上を見て、
一瞬胸の内側が強張る。
こみ上げる後悔と申し訳無さと、恐怖と――@何か;;。
視界を横に移し、鏡を見て、漸く心が落ち着いた。
そこにはただ、
眉を下げて不安そうにしている女が映っているだけだ。
居間に漂う別の香り。
甘くて、優しい爽やかな朝の香り。
その香りは、自分の為に残されていたようだった。
ノーフェイスからの書き置きを見やった後。
少しだけ足踏み、周りを見渡してから、そっと椅子に座る。
魅惑的なフレンチトーストと少しだけにらめっこしてから、
それを手に取った。はむ、と口を開けてそれに噛みつく。
やがて、甘味と酸味が口の中に広がる。
何だかとても嬉しくなって、申し訳なくなって。
目の中で少しだけ歪んでしまったそれを、そのまま口に放り込んだ。
少しだけ前向きになれた気がしたのは、
己の中に潜む飢えを取り去る、朝日のお陰だけではあるまい。
■五百森 伽怜 >
テーブルの上に、きちんと畳んで置かれていた制服。
おそらくしっかり洗濯してくれたのだろうそれを手にとって、
思わず抱きしめた。
制服を身に付け、
ソファに転がっていたポラロイドカメラを手に持って。
このまま出ていっていいものかと、引かれる後ろ髪を振りほどいて。
出ていこうとした時に、ふと。
胸のポケットの中に写真が入っていることに気がついた。
お気に入りのピンク色のボールペンが収められたその写真。
手にとって、力を込めれば、ボールペンが実体となって飛び出す。
虚空実録。
物体を写真の中にしまい込める異能。
手元に置いておけたのは、カメラばかりではなかったらしい。
ボールペンの先、デフォルメされたクマの頭をカチ、と押して。
書き置きの下に、こう書き残した。
■五百森 伽怜 >
『色々と、本当にごめんなさい。
今回のこと、それから美味しい朝食も、ありがとうございました。
いずれ、曲の感想はお伝えします』
■五百森 伽怜 >
ペンを置く。
ノーフェイス。
落第街に咲く薔薇。
自らがその背中を追いかける風紀とは、決して相容れぬ存在。
おそらくは、自分自身とも。
それでもノーフェイスが自分に渡してくれた言葉。
『――でも、キミはその血からは逃れられやしない。
そのカラダと、いずれは向き合わなきゃいけないんじゃない。』
目を閉じて、その言葉を思い出す。
やっぱり、もう少しだけ。
再びペンを取って、ほんの少しだけ書き足すことにした。
■五百森 伽怜 >
『生まれ持った血にはもしかしたら、勝てないかもしれません。
でも、負けないように頑張って生きていきます』
力強くその一言を書き添えると、書き置きの上にボールペンを置いた。
このボールペンは、このまま置いていくことにする。
ドアを開ける。
まだ少々ふらつくが、まずは――近くの風紀分署へ向かうとする。
■五百森 伽怜 >
――取り戻せるものが、まだあるかもしれないから。
陽光の下、少女は歩き出す。
それは、いつもとは違う色の帰り道。
それでも、いつもの帰り道。
ご案内:「帰路」から五百森 伽怜さんが去りました。
ご案内:「Free4」に五百森 伽怜さんが現れました。
■五百森 伽怜 >
そのまま、出ていこうとして。
ノーフェイスの住居の出口で、一度振り返る。
そうして深く腰を追って、一言告げた。
「ありがとうございました……ッス!!」
少しだけ朱色に染まった白の制服を身に着けて、少女は歩き出す。
夢の如き一夜。
それでも、全てが夢ではなかった。
少女の心には確かに残った。
■五百森 伽怜 > 真っ白な制服の上に残った、朱色の跡が。
ご案内:「Free4」から五百森 伽怜さんが去りました。