2025/01/20 のログ
ご案内:「炭火焼きハンバーグ「はれやか」」にネームレスさんが現れました。
■ネームレス >
――「はれやか」。
リーズナブルで食べ応えのある牛肉100%ハンバーグが売りにして唯一のメニューだ。
新鮮な野菜や果物を利用したソースからわかるように、ソフトドリンクの類にも力が入っている。
モールの高層階から学生街を望めるオープン席はもちろんのこと、
割増料金と予約をすればそれなりの広さの個室も使うことができるので、
部活や委員会の会議やら、学生同士の集会にも人気である。
ランチタイムと放課後はだいたい埋まっているほどだ。
ちなみに間違っても悪いことをしてはいけない。
そんな個室席――ランチタイムのぎりぎり終わり際の頃に、ひとり。
カバーのついた文庫本を開いて、黙読している姿があった。
オープン席にいようものなら随分と悪目立ちしそうなその存在は、
どこか険しげに、多機能搭載眼鏡をその顔にかけたまま、
遠回しに呼び出した相手を待っている。
いちおう、手元にはしぼりたてのアップルジュースを注文してあるけれど。
正式な注文は、向かい側が埋まったあとで。
ご案内:「炭火焼きハンバーグ「はれやか」」に五百森 伽怜さんが現れました。
■五百森 伽怜 >
はれやか。
この店は、新聞同好会の集まりで使ったことが何度かあった。
故に初めて入店するという訳でもないのだが、
少し緊張したような面持ちで、深めに被った帽子の下で
右へ左へ視線をやりながら、そそそ、とやって来る少女が一人。
気づく人が見れば一瞬視線が向くが、すぐに視線をハンバーグへ
戻す程度、そう目立つような足取りでもない。
新聞同好会二年、五百森 伽怜である。
発行している新聞への投書――その中に隠された暗号を辿って、
ここまでやって来たのだ。
個室に入る前に、すぅ、と小さく息を吸えば。
ふっ、と軽めに息を吐いて、個室の扉に手をかける。
一瞬拳を扉に幾度かぶつけてみようか迷うが、その拳は
スッと腰の横へ。そういう場でもないだろう。
先まで案内してくれた店員にぺこりと頭を下げながら、
扉にかけた手をスッと動かして中へ身体を滑り込ませる。
第一声、どうしたものか。
色々と悩んだ挙げ句――
「こ、こんにちは……ッス!」
――ストレート。
■ネームレス >
アイウェアとしてもデザイン性に優れた翻訳機つきのレンズ越しに、現れた待ち人を見上げる。
その格好を――決して体つきではないはず――値踏みするようにみつめた。
実際に顔を合わせるのは、秋口以来、実に三ヶ月ぶりになる。
――が、まったく久しぶりという感じはしない、そういう繋がりだった。
「やあ」
文庫を閉じて、隣席に置いた。
そこには――紙袋が置いてあった。何かが入ってるらしい。
迎える顔は、いつもであれば軽薄な笑みをその顔に浮かべるはずだけれど。
珍しく笑顔を浮かべずに、どころか表情も薄いままだった。
――不機嫌。
「大正解だ……さすがの優秀さだね、伽怜。
……来なかったら、ひとりで食べて帰るつもりだったケド。
すわって。好きなの頼みなよ。奢るから」
要件も伝えないまま、備え付けられていたモニタに指をすべらせる。
お行儀悪くテーブルに肘ついて、何にしようと白く長い指が踊る。
まあ基本はハンバーグで、サラダやスープ、フライといったサイドをプラスするのが常道だけど。
放送も入って楽しめるが、基本はこうした注文に使う。
■五百森 伽怜 >
「やっぱり貴女だったッスか、暗号の主は……」
ちょっぴり唇の先を口の中に巻き込んで、
そのように口にする。
さて。
実際に対面するのは久方ぶりではあるが――
その実、相手のふとした所作の変化について、
気づかぬような間柄でもなくなっている。
とはいえ、その感情の変化が、如何なる過程で生み出されたのか、
そこまで予想が及ぶものでもない。
奢ってと言われれば、小さい肩はそのままに
ちょこんと向かいの席に座って、ぱちぱちと瞬きを二度。
それから目を伏せながら、机上のメニューへと視線を向ける。
「え、えーと……そんな、自分で払うッスよ。
それじゃ、これで」
ここに来る時――と言っても、そう機会は多くないが――には
必ず頼む、最も安価なハンバーグを指さして、小さく頷いた。
「それで、今回はどういった……?」
■ネームレス >
「部室に直接、逢瀬のお誘いをしたほうが良かったかな」
もう、そういうことができる身分になった。
逮捕、裁判、釈放ののち保護観察処分決定――そんなニュースも年越し前。
プロの音楽家としての道を歩み始めた身は、互いの間にあった隔たりを一枚剥ぐような。
「…………イイんだよ。そういうの。
奢るって言ってるんだから、ボクに払わせて」
憮然とした様子で、そのハンバーグが二個なやつをふたつ。
ちょっと強引に事を成そうとするのは、焦れているような、らしくないような。
飲み物も――同じものでいいだろう。トントン、と古めかしいタッチパネルで注文しながら。
――問われると、流し目を向けて。
少しの間の沈黙ののち、席に背を預けて、正対。
「会いたかったからっていうのはまあ、バレる嘘だよな」
頬杖をついたまま、グラスのストローをくるくる。
不透明で濃密なアップルジュースのなかで氷が泳いだ。
「……まず。ああ、まず……。
さいきん頻度が高いだろ。公演が決まって……。
そのせいだ。それがごめんっていうのが、ひとつかな」
赤い唇がストローの先を食む。
眼を瞑ってひとくち――……明らかに探したような文言。事実だが。
おそらくこれは、本題ではない。
■五百森 伽怜 >
「い、いえ、ここで大丈夫ッス……」
眼前の相手が、
既に大手を振って世俗に肩を浸からせることができることは
五百森とて知っていた。
二流三流とはいえ、己も情報を発信する者、と。
ニュースには常に目を光らせているのだ。
「そ、それならありがたく……」
一度目は遠慮、しかし二度目は失礼にあたるだろう。
そうして厚意を受け入れようと口を開こうとした時には、
既にタッチパネルに彼女の指先が向かっていた。
「いや、それは寧ろ、あたしの方こそ申し訳――」
サキュバスとしての、繋がりの話だ。
そこに関しては心底謝りたい気持ちでいっぱいだったが、
この相手を尊重する答えでないことは、火を見るより明らかだった。
故に。
「――いや。あたしは、まぁ何とか大丈夫ッス」
日々、身体に力が満ちていく。
男子に声をかけられる回数はどんどん増えてきているが、
人目を避けて上手に社会と付き合って行くやり方は、日々学んでいる。
「それで、それは本題じゃないッスよね?」
焦れている様子を見せる割には、らしからぬ話題の振り方だ。
軽く握った拳は太腿の上に置いたまま、ちら、と視線を相手へと向ける。
■ネームレス >
「記事も……筆が乗ってるカンジするよ。
このまえのは特に良かった。やっぱりキミのルポライティング、スキだな」
容姿を褒め倒すのは、まあ――追い詰めてしまうだろう。
と、判っては言っても口に出すのが普段であるが。
そうではなかった。此度は、何だか、両者ともにぎくしゃくとしていた。
「――……現実だと言わせ方が強引なのねぇ、キミは?」
ずばり言い当てられてしまった形になる。
意図が読めぬ不安が相手にあろうが、よりにもよって……
ばつの悪そうに視線を逸らすのだ。後ろめたいことがあるようでもある。
そして、下唇を噛むようにして。
……から、開いた唇が、なにかを言おうと……
「……ソースってどれが美味しいの。キミがいつも頼むやつとか、オススメとか……」
色とりどり、種類が多すぎて迷うんだよね――などと、パネルの画面に逃げる始末。
あからさま過ぎる韜晦だった。遅延行為。
■五百森 伽怜 >
「本当ッスか!
いや、その……やっぱりあの投書、ノーフェイスの書いてくれてるやつッスよね。
いつも読んでいただいて、感謝ッス」
ここに来て、初めて五百森の顔が明るくなったように見えるだろう。
先まで強張っていた表情は、その一言で随分と解れたようにも見える。
「そ、それは……今回の件、何で呼び出されたのか聞いてない訳ッスから……
気になるじゃないッスか」
鹿撃ち帽をぐい、と被り直して、やや庇を横に向ける。
先からの態度が引っかかるところもある。
相手が心中でどのような思惑・葛藤でこの場を設けているのか、
特に何も知らされていない五百森としては、その意図を知りたい気持ちがあった。
「あたしはやっぱりオニオンッスかね。味は和風の方が好みッスから」
電子端末に逃げ場を見つけた彼女を前にして、
五百森は内心で困ったようにため息をつきながら、
その逃亡に少しばかり付き合うことにしたのであった。
いずれ、相手から話すことであろう、と。
■ネームレス >
「キミがどういう理想を目指してるのか……を、ハッキリとは聴いてないケド。
やりたくてやってる活動なんだったら、そこになにかがある気はしててね。
もともと新聞はスキだケド……おもしろくなければ読まないから」
惑わせはするけれど、それはそれとして。
夢魔ではなく人間として在ろうとしている活動を認識していた。
(風紀やりゃイイのにってのは意地悪だよな)
好きこそものの上手なれという。
義務ではなく、風紀委員会を追いかけるその姿にある情熱に対して、
新聞部という形を取ったのは――周知したいのか、それとも、なんて。
じっと見つめて考えてはしまう。眼を吸い寄せるほどの雰囲気。
お硬いコミュニティに属したら、うっかり爆弾になりやすいのは……そうなんだろうが。
「じゃあ、ボクもそれにしよっかな――……ぁ、
……これ匂いとかだいじょうぶ?」
食べたら事に及ぶというワケではないが、ちょっと気になる。来たことがないのだ。
鉄板肉料理を嗜もうとしている時点でそんなの手遅れではあるのだが。
――さて、そうして注文すると、間が空いてしまう。
どうにか平静を取り繕う時間が生まれると、両の肘をついて。
組んだ手のうえに……額を置いてうなだれた。
「……………」
長く、深いため息を吐いて。
意を決したように切り出したのは。
「……公判で。ボクの素行に対して、情状証言があったんだ。
依頼した弁護人がどっかから持ってきたやつ」
裁判記録にも載っている。
それがどれほどに判決に寄与したか――は、透明ではないが。
それでも確かなもの。俯いたまま、ぼそぼそと、通り過ぎるほどよく通る声が。
■五百森 伽怜 >
「そのまま、褒め言葉として受け取らせていただくッス」
じっと見つめられれば、やはり視線は逸らしてしまう。
夢では幾度となく会っても。
ただ見つめ合うだけでない領域まで踏み込んでいたとしても。
現実では、そう多く顔を合わせた訳ではない。
居心地の悪さを感じていないと言えば、嘘になろう。
自然と頬も、ばつが悪そうにほんのり赤らもうというものだ。
「流石に匂いはするッスよ」
ちょっとじとっとした目で、それだけ軽く口にすれば、流れる沈黙。
別に、意図して招いた訳ではない。自然に訪れてしまった間。
「えーと、その……もしかして、それって……」
相手の交流関係には明るくない。
それでも、相手から出てきた言葉から、
五百森は漸く、この場に呼ばれた意味に思い至る。
■ネームレス >
「東山ってヒトに、なんか言った?」
顔を伏せたままだ。
証言の内容を鑑みれば――眼の前の少女だとしか思えなかった。
「ボクのコト」
だから、何を言ったか、ではなく。
言ったのかどうか――の、確認。
静かに、懺悔のように重ねられる問いかけが、態々呼び出して、現実で会いたがった理由か。
その根幹たる種子――感情の動きは、曖昧ながらに。
■五百森 伽怜 >
「証言、というと少し大げさにも感じるッスけど……
確かに、ノーフェイスのことは話したッス」
彼に語った言葉は、彼女と共に過ごしたあの一夜の内に、
五百森が感じたことそのものだった。
嘘偽りなく、そのままを伝えた。
「あたしが、感じたままを」
シンプルにそれだけを伝えた。
続く問いかけ。
まるで聖堂の片隅で静かに響く告白のようであった。
その真意や、心の機微までは無論読み取れよう筈もないが、
五百森は五百森らしく、そんな相手にただ一言だけ渡した。
「ただ、それだけ……ッスよ」
飾らず、ただ受け取ったものを伝えただけなのだ、と。
■ネームレス >
意図の如何は、さておいて。
是の応えが示されたことにも、まず沈黙。
そしてその意図においても……伏せた顔を、上げることはなかった。
個室にはBGMがない。よく知った呼吸の音が聴こえるほどだ。
「……………あのときはさ」
やがて、という間を置いて。
「キミに棘を刺されていなかったら、
結果はまるで違ったと思うケド」
境界線をしっかりと引いて、らしくなく禁欲を耐えたのは、
むしろこの棘こそが理由だったのだ。
あの熱が自分の意志ではなかったから、手を出さなかった。
なにかを否定するわけでもなく。
ただ事実を述べるようにした直後に、ジュースのなかで溶けた氷が高い音を立てた。
■五百森 伽怜 >
「海で一人、行く宛もなく、流されていた人が居たとして」
少女は、目を瞑る。瞑って、静かに、悲しげに、しかし、何処か軽やかに。
「暗い夜の海に浮かびながら、寒さに凍えている中で」
言葉を紡ぐ。
「一隻の船が自分の前にやって来て、拾い上げてくれたとしたら」
個室に音はしない。
静かに唇から紡がれるその柔らかく甘美な声色は、はっきりと耳に届く筈だ。
「海の上で孤独を食んでいた人は、その船を動かしていた操縦士が、
どんな目的でその海にやって来たかなんて……きっと気にしない」
そうして、紡がれた物語。
目を開き、視線を送る相手との間には、もっと深く、揺れ動く心の機微や、
それこそ荒波の如く激しい感情もあったけれど。
「あたしにとっては、あの一夜の結果がすべてだった。
あたしにとっては、あの日の貴女は、大切な救いの手だった。
……それじゃ、不満っすか?」
そうして、サキュバスは少し困ったように柳眉を下げて、
そちらの方を見やるのだろう。
■ネームレス >
たらればの話は、それこそ自分らしからぬ物言いであったろう。
迷夢のなかで魘されるように言葉を重ねても、
真っ直ぐな言葉が返ってくるなら、それをはねのけることはしなかった。
――美化されたものだ、とは思った。
彼女がかつて言った、支え、と表した意図がなんとなくわかった。
自分をどう見ようと――どう思おうと、そのヒトの勝手だ。
それを、どうこうしようとすること自体、表現者である自分がやってはいけないことだ。
――不満?
問われたことに、……。
沈黙が返った。否定とも、肯定ともつかぬまま。
数秒。たっぷり数秒、なにかを思考したまま。
顔を上げる。表情のない貌に輝く、黄金の瞳が、扉のほうを見た。
「……ぜんぜん来ねーな。混んでんのか……?」
沈黙を破る者が訪れなかったので、結局は逃げ道がなかった。
諦めたように鼻を鳴らすと、隣席に置いておいた紙袋をテーブルに置いて、彼女のほうに。
「もらってよ。奢りとコレで、借りを返せるとは思ってないケド」
憮然と告げた。貸し借りは、自分が思ってるだけ。
テーブルに置いた時に、紙袋の音しかせず、衝撃がグラスを揺らすことはなかった。
持ってみると僅かに重みはあるが、紙袋に納められているのはおそらく布製品。