2025/01/21 のログ
■五百森 伽怜 >
分かっている。
どのような言葉を並び立てたとて、
彼女が満足行く言葉は出せまい。
きっとこれは、すれ違いから始まった話なのだから。
そう、分かっている。
それでも、信じていたいものはあるし、
こうして互いに向き合っている時間は本物だ。
憧れの人の机の引き出しの中や鞄の中、ベッドの下まで、
ひっくり返して見る必要はないというだけの話だ。
故に、その沈黙は、少なくとも五百森にとっては――
――一つの、望ましい回答であった。
故に、少しだけ困った色は残るものの、笑顔を見せたのだ。
そうして。
「……へっ?」
置かれたその紙袋。自分への物とは露知らず、ただ背景に置いていた五百森は、
突然のことに瞬きを三度、いや四度――神妙な面持ちで打った。
「えと、その……なんだか申し訳ないッスけど……
いや、ありがとうございます……ッス!」
あたしは借りだなんて思っていない、などと。
口にすることはせず、ただその気持ちを受け取った。
それが一番良いだろうから。
そんな折に、扉が開いて漸くハンバーグが届く。
料理を持っている店員を待たせまいと、急いで紙袋を自分の席の横に、
静かに置いて。
「……借りてるつもりがあって、それを返したいと思うんだったら……
その、楽しく過ごしてくださいッス……こっちも、なかなか楽しいッスから」
そうして少し恥ずかしそうに、そう口にして微笑むのだった。
■ネームレス >
「それなら、そのにじみ出る色気も隠せるだろ。
……それに、まだしばらくは寒いんだってー。
だからそれ着ててよ。上着も、高い買い物だもんな……?」
畳まれて紙袋におさめられていたのは、黒羊毛のダッフルコートだ。
丈長で地味ながら十分な防寒性……なによりも、まっすぐ降りて体のラインが隠れる。
とうぶん棘を抜くつもりもないが、それに対して持ち出した折衷案でもあった。
質実で安めなブランドはらしくないチョイスだが――高価なものに気後れする女子もいる。
ということを、最近よくよく学んでいたところでもある。
「……………たのしく……」
そう、言われて、少し迷った。
熱された鉄板に乗ったハンバーグが、部員によって丁寧に調理される。
中はまだピンク色だが、なんでも十二分に管理された肉を使っているとかで。
その断面がぎゅっと鉄板に押し付けて火入れしたのち、
かけられたソースがばちばちと跳ねるところまで楽しむものらしい。
油跳ね対策のペーパーはあったがちょっと難色を示した。畳まれてるとはいえ着てきたコートは白い。
「………………ボクは」
部員が退店するまで、ぼーっとそれを眺めていたが。
やがて、できたてほやほやのハンバーグに手をつけないまま、大きい手に顔を埋める。
言うか否かを迷ったうえで。
「借りっぱなし、って感じたままで、
のうのうと生きてる自分を許せるほど鈍くない」
むしろ繊細すぎるほどだ。
頼んだわけでも、それを期したわけでもなく。
与えている、と思った相手に、不随意の借りを作った不覚。
その指の隙間から覗く黄金の瞳は瞳孔がきつく細まり、狼のようになって。
白い額に、こめかみに、表情が引き締まったせいか血管が浮かび上がる。
抱えている感情は……怒りだ。伽怜にではなく、己に対しての。
「これは、戒めなんだよ。
ボク自身のやらかしに対しての。
それを着てくれてるキミを見れば、忘れないだろうし。
見るたびに――……だから」
とんでもなく、自分勝手な物言いがでてきた。こういう人間だった。
テーブルに置かれていた側の腕が動くと、肉叉を拾い上げる。
そのままカッ、ハンバーグを突き刺して、その向こうの鉄板とぶつかる音を立てた。
「でも……」
それでも、まだ。
なにか、伝えたいことがあるらしい。
もごもごして、そこまで出かかっているから、なにかを口に含めない。
■五百森 伽怜 >
「に、にじみ出る色気……で、でも……これはありがたいッス……!」
紙袋の中を見て、目を輝かせる五百森。
サキュバスの血は、簡単に人を惹きつけてしまう。
故に、衣服には特別気を使わねばならない。
制服だって、特注で丈を長くして貰っているし、私服もなるべく露出は抑えている。
そして五百森の場合は、お金もなく、あれこれと服を買うような余裕もない。
このプレゼントは実用的で、本当に助かるものだった。
だからこそ、心からのお礼を口にするのだ。
さて、ハンバーグだ。
いつも頼んでいる量の二倍。部員が目の前で調理してくれる様を、
これまた嬉しそうに眺めて。
しかし、それも僅かな間のみ。
眼前の相手の表情の変化や声色の起伏を受け止めれば、真剣な面持ちで――
「でも……?」
促すように、首を傾げた。
■ネームレス >
「…………キミの証言が、裁決の際に考慮されたのは確かだろうから。
この言葉は、ちゃんと自分の口からキミに言っとくよ」
深いため息とともに、ある程度感情は落ち着いた。
手を剥がす。不機嫌と怒りは顔にのぼったままだったけれど。
その剣呑さの度合いと気迫の程が随分なだけで……ふてくされているだけだった。
「…………ありがとう」
投げるようにそれを言ってようやく、ハンバーグを口に含んで咀嚼する。
いつか彼女があの朝に言った礼を、自分は聞くことはなかったし、知りもしない。
それでも、与えっぱなしではなくなって、それがどこか居心地が悪い。
「……たのしいかどうかは、ともかく……。
一番充実しているのは舞台の上だから。
こんど大ホールで演るから、良かったら来て」
借りを返すというのなら、その姿を見せることだとは思った。
とはいえ――来場は観客の意図でなければならないので。
もくもくと、食べごたえのあるやつを摂取する顔は終始不機嫌だったが、
「……あ、美味しい。でもこれもうキスできないな」
残すことはなかった。
■五百森 伽怜 >
「あたしの言葉がどれだけ役に立ったかは分からないッス。
さきも言った通り、ただ感じたことを伝えただけッスから。
だけど……せっかくだから、その言葉は受け取っておくッス。
その、どういたしまして」
お礼なんて、と断るのは簡単だ。
でも、ここまで相手が――内心色々抱えていることはあるだろう中で――
感謝の言葉を述べてくれているのだから、それを無下にするのはナシだろう、と。
五百森はそう思うに至ったのだ。
「そういうお誘いならぜひ、こちらも楽しみにしてるッスよ。
ノーフェイスの曲、好きッスから」
実際に近頃はよく耳にしている曲であるし。
だからこうして会っているのも、なんだか不思議な感じが未だにするのであるが。
「……あ、あはは……」
キス。
その言葉には色々と思うことがあり、困ったように笑みを浮かべつつ。
眼前の相手の見慣れた――いや、色々と慣れてしまった唇から視線を逸らして。
「ま、気にせず味わうが吉ッスよ……こんなに美味しいんスから」
美味しそうにハンバーグを頬張る五百森なのだった――。
ご案内:「炭火焼きハンバーグ「はれやか」」からネームレスさんが去りました。
ご案内:「炭火焼きハンバーグ「はれやか」」から五百森 伽怜さんが去りました。