2024/06/23 のログ
ご案内:「学生街のとあるマンションー213号室ー」に葉薊 証さんが現れました。
■葉薊 証 > 「……」
無言で机に向かって手を動かし続ける。
一週間入院していた影響で遅れた分の授業を取り戻さなければならないし、その間の課題やレポートも溜っている。
だから、余計な事を考えてはいけない。
謹慎も終わりが近いのだ。それまでには全て終わらせなければならない。
「…でも、そろそろ寝ないとなぁ」
なんて窓の外に視線をやれば、既に真っ暗。
今日は満月だから影響のある人は気を付けてくださいと、オモイカネ8が言っていた。
今は…12時前。満月は丁度頭上に在るぐらいの時間だろう。
遅れた分は順調に取り戻せている。
この調子なら、明日で全て終わるだろう。謹慎は月曜日までな事を考えれば、余裕がある方だろう。
そろそろ布団に入ろうと、椅子を引いた時だった。
■オモイカネ8 > テロリン♪
■葉薊 証 > オモイカネ8が鳴る。
不要な外出を禁じられ自宅から出られない僕でも、両親の協力のおかげで手に入れられている。
そして、現時点でオモイカネにインストールしてあるアプリと言えば…
「委員会からの連絡…?」
風紀委員会のアプリのみ。
他のこまごまとしたアプリは後回しに、最低限の移行で後回しにしていた。
だから、オモイカネが鳴るという事は風紀からの連絡があったという事だ。
今の僕は謹慎中という事もあり、回ってくる連絡も限られている。
警邏中の不祥事であったということもあり、事件や事故の連絡は来ない。
それでも回ってくる連絡と言うことは、重要な連絡という事。
「どうしたんだろう?」
それとなくオモイカネを手に取り、電源を入れて通知をタップする。
顔認証を突破し、思いのほか短い連絡を確認し…
■葉薊 証 > 「テンタクロウ…捕縛…」
忘れようとしていた記憶と感情がふつふつと上がってくる。
指先に力がこもり、画面の固い感触が伝わってくる。
これは、どういう気持ちなのだろうか。
苦しいような、辛いような。悔しくて、情けないような。
怒りや憎しみではない。悲しい訳でもないし、妬ましい訳でもない。
喜ぶべきだ。
2週間もの間、常世中で多くの被害者を出し、風紀委員と何度も激突し、その名を馳せた魔人テンタクロウ。
それが、ようやく捕縛されたのだ。
多くの人員を動員し、多くの被害者を出しながらも精力的に事件の解決に尽力した風紀委員の一員であるならば。
喜ぶべきだ。
■葉薊 証 > 先輩の言葉が思い返される。
『私たちに任せてくれ』
先輩たちは、僕がお願いしたようにテンタクロウを捕縛してくれた。
先輩にありがとうございますとメッセージを送った方が良いだろうか。
いや、直接ではなくとも、関与した全ての風紀委員たちに感謝すべきだ。
だけど、僕の心象に感謝も喜びも浮かんではこなかった。
「本当に、何も出来なかったなぁ」
オモイカネを電源がついたまま机の上に放り出し、椅子の背もたれよりも後に首を倒す。
目に優しい光を放つ灯りが視界を明るく染める。真っ白だ。僕の成果みたいだ。
■葉薊 証 > 言い訳のしようはいくらでもある。
謹慎してたからとか、入院してたからとか。
入学したばかりだからとか、戦闘経験皆無だったからとか。
それら自体は、全く持って事実だ。確かに、これは何も出来なくても仕方ない。
「そうじゃないんだ…」
両手で軽く顔を覆う。
視界が黒と、指先から漏れた赤色で染まる。
出来る事はあっただろう。
入院してしまってからは兎も角、テンタクロウと遭遇した時、そのことを共有するだとか。
逃げ回って時間を稼ぐとか。
避難誘導に尽力するとか。
出来る事はあったし、そうしていればその後だってあっただろう。
でも僕は…
「結果は…一人の少女を傷つけただけ…」
重々しく言葉が漏れる。
口の端から黒い煙のような心象が零れる。
重力に従いゆっくりと落ち、床を隠していく。
■葉薊 証 > 「僕が捕まえたかった…」
顔を覆ったまま、かすれた声で漏らす。
それが、償いになるとか思っていた。
先輩と約束を交わしてなお、いつかまた相まみえ、その時は仕留める。
そんな妄想のような願望を抱いていた。
出来ないなんてことは分かっていた。敵わないなんてことは分かっていた。
だから、考えないようにしていたのに。
零れだした黒い心象は、空調に無力に吹き散らされていく。
テンタクロウを前にした少年のように。
■葉薊 証 > 「…でも、まだ終わりじゃない」
顔を両手で覆ったまま、うなだれていた頭を前に戻す。
そうだ、まだ終わっていない。伽怜さんへの償いはまだ始まったばかりだし、学園生活だってまだ何年もある。
火曜日からは委員会活動だって再開出来るし、今日からリハビリも兼ねて軽い筋トレも初めてみた。
心象を覆っていた無力感を払っていく。
ここで諦めても何もできない。そうだ、まだ終わった訳ではない。
僕は風紀委員会をやめる事になったわけでもないし、退学になったわけでもない。
伽怜さんは生きてるし、僕だって無事だ。
同級生のみんなだって、僕を責めるんじゃなくて、励ましてくれた、応援してくれた。
テンタクロウは捕縛されてしまったが、全部が終わった訳じゃない。
まだ僕に出来る事は沢山ある。
■葉薊 証 > 「落ち込んでる場合じゃない…!」
顔を覆っていた両手でそのまま両頬を叩く。
軽快な乾いた音が鳴る。少し痛い。
過去はなくならないが、未来がまだ残っている。
それを捨てる訳にはいかない。まだ失われていない未来を守らなければならない。
その為にも、ここで立ち止まる訳にはいかないのだ。
「よし!もう少し勉強しよう!」
椅子を元の状態に戻し、再び机に向かう。
明日は休日だ。多少夜更かしするぐらいなら問題ないだろう。
誰も見ていない所で、ひとりの少年が決意した。
明日を生きる力をまだ少年は失ってはいない。
ご案内:「学生街のとあるマンションー213号室ー」から葉薊 証さんが去りました。