2024/06/25 のログ
■藤白 真夜 >
地図に載らない街、落第街。その只中の、暗がり。
複雑に入り組んだ路地は、差し込む月の光すら疎く。
狙ってか狙わずか、直線の通路に届いた小さな月明かりが、その“壁”を照らしていた。
正確には──
「……へえ」
その壁に描かれた、花を。
赤黒い色、ただ一色で。
空に浮かぶ月。中天に届くほんの僅かに手前。その一時のみ、この路地裏に光が届く角度だった。
月明かりの中、浮き上がる……路地裏の薄汚れた壁。それを画布として描かれた、巨大な花。
その真正面に、女が一人。
この街では異常な、正常なだけの格好をした女が。
「なんだろ。
……“模倣”……じゃない。
そも、アレが真似るほどデキ良かったかというと──いや、それは受け取り手次第なのか」
心当たりがある。
……間違いない。これは、わたしが遺した花だ。
それをモデルにしたのか。それを真似たのか。……あるいは──
「いや、違う。模倣だっていうなら、決定的な要素が足りてない。でしょ?」
すん。
わざとらしく、鼻を鳴らした。そんなコト、しなくても当然わかってる。これは、ただのペンキだって。
臭いがしない。わたしの花に籠められたものが、足りてない。じゃあ、模倣には成り得ない。
だからこれは、どこかの誰かがわたしの花に感銘を受けて同じものを作り出した……なんて感動的(?)なモノじゃない、ってコト。
■藤白 真夜 >
「……じゃあなんなの~……?
『お前を見ているぞ』系の警告とか──」
別に、気分は悪くはない。
魅せつけられた感覚がある。何より、デキが良かった。
わたしのあの花は、何もわからないままねじこんだだけのモノ。
己の異能を、普段ふるわない形にして、残しただけの。芸術的なセンスやらは知ったこっちゃないけど、ただ本能と、己の裡に在る異能を形にしただけの。歪だが湧き上がり地に植わった薔薇だ。
だがこれは、違う。
考えて創られた絵だ。──芸術を識っているモノの描いた感覚が伝わった。
つまり──
勢いがあって、型に収まらず。
法を破る蛮勇と、しかし理性を持つ知性の輝きを。
そして、その理性を打ち破るだけの炎のような愛を。
「まー。そんなプロファイリングはどーでもいーんだけどね。
目立っちゃってたら、そういうこともあるのか、な──、……?」
──いや。
引っかかった。他ならぬ、自分自身の思考に。
──考えて創られた絵?
(……当たり前でしょ。絵は勢いだけじゃ描けない。あれは描けてるように見えてるだけ。
そこには、研鑽と、技術と、頭の中で思い浮かべた青写真が、……──)
──引っかかる。
思考に、ではなく。
目が。
──絵の中に、何かが、あった。
■藤白 真夜 >
壁に、顔を近づけた。食い入るように、細部を見逃さぬよう。
にやりと笑みを浮かべる。
──やっぱり、何かがある。
異能や、魔術なんかじゃない。
誰にでも、理解るヤツだ。その気になれば、誰にでも。
騙し絵のようにして、なにか──そう、暗号が仕組まれている。
それを、具に見つけていけば──
「……A……、……S。
……H……?
…………──わかんな~い!」
──実際のところ。
こういう、頭を使うコトは不得手極まりない。そういうのは真夜の担当だ。わたしは、もっと単純に生きてるんだ。
……このあたりが、潮時かもしれない。
確かに、綺麗だった。確かに、驚かされた。
これ以上踏み込むなら、何かが要る。その、ライン。
……普段の己ならさっくりと諦めているだろう、そこで。
「……ちょっと、場所っぽいんだよね。
…………ふふん。いいよ。
わたしが調べればいいんでしょ?」
わたしは、そう考えもせず、落第街に居た。こっちのほうが楽そう。その程度の認識で。
だから、落第街のことを知ってはいる。だが、知ろうとはしていなかった。
だから、これが──こっちの藤白真夜の、はじめての、自発的な落第街への調査、学習になるのだから。
きっと、暗号は解けるだろう。……少し、手間取るかもしれなかったけれど。
──灰の劇場へ、繋がる資格と至る道は。
■藤白 真夜 >
「おおっと。忘れるとこだったー!
……えいっ」
立ち去るその間際。
手をふるう。びしゃり、と音が響く。
壁の花に、上塗りするかのように赤い液体をブチ撒けた。
美しい花の上に、線を引くかのように溢れた、血。
喧嘩を売ってる……そうも取れるかもしれない。
解けた、という意思表示……そうも取れるかもしれない。
「薔薇でしょ?
ほら、やっぱりさ、香りが無いとねぇ?」
そのまま、上機嫌に立ち去っていく。
それは、付け加えただけだった。
あれが模倣だというなら、足りないモノがある。
花の香りであり、欠かせない画材──血を。
女が立ち寄る場所には残る、においを。
ご案内:「落第街 路地裏」から藤白 真夜さんが去りました。