2024/08/20 のログ
ご案内:「個展 各務遥秋『苦』」に藤白 真夜さんが現れました。
藤白 真夜 >  
 各務遥秋。
 或る画家。
 ……故人。

 彼女の、最後の個展にわたしがやってきたのは、芸術に興味があるからではなかった。
 曰く、出るらしい。幽霊が。
 この島ではそう珍しいことでもないけれど、展示会に出るとなっては人目につく。誰しもの目に映らないとしても。そうして噂になってしまうと、祭祀局としては調べないわけにもいかない。
 噂になる心霊現象、という段階で、すでにあまり危険ではない。
 いわゆる低危険度の、やれることはやっているアピールをするための、祭祀局に割り振られた仕事だった。
 だから、だろうか。

(個展になんて行くのは、二度目ですねっ。
 一度は、あの美術の先生の。
 ……あのときとは違って、仕事のついでですけど……)

 有り体に言って、浮かれていた。珍しく。
 個展になど行くほど芸術に興味があるわけでも、余裕があるわけでもない。
 ただただ、雑務や仕事……誰かのために為すべきことをしなくては、心が痛むだけ。
 だから、こうして仕事のついでにそういった場所に赴けるのは、素直に喜ばしかった。

 ……その個展へ、入るまでは。


「……あ~……」

 心霊現象がある、ということで噂になっている時点で、少し予想はしていた。
 ……やや、若干、人が多い。
 しかも、絵が目的でなさそうな人が。

(……まあ、わたしもそうなんですけれど……)

 あまり好きではない空気の中、脚を進める。一応、祭祀局の仕事もちゃんとやる。AI審神者はバグるので起動していないけれど、有害な霊の反応は、わたしなら証明できる。いわば、炭鉱のカナリアの役目。歌うことは、無いけれど。

 ……そして、すぐに解った。理解らされた。

(む、むずかしい……!!)

 個展の内容は、そう充実したものじゃない。習作のようなものが多いうえ、水墨画というジャンルはわたしには難しい。漠然と、お上手、みたいに考えるだけの。
 当たり前とは、言えるかもしれない。
 故人は確か、享年27歳。絵の路に挑むには、些か短かった。

 ……でも、ある一角にだけ、それは在った。
 賑やかすだけのような人間は、すぐに流れゆく。あるいは、辿り着かない。
 心霊現象を求める人たちの雑踏が、遠く後ろに離れていった。

 連作 『苦』
 
 幾度も死を迎え、しかし死を受け入れず、呪いと親しんだ躰は捉えていた。
 その中に在る、死の気配を。

藤白 真夜 >  
「……え……?」

 連作の、始まり。
 『生』
 飛び立つ一羽の鳥の、後ろ姿。

 ……すぐに、違和感を覚えた。心霊だとか、怪異だとか、そういうものではない。
 寒々しい空。立ち込める暗雲。鳥は雲間の向こうへと飛びたち。羽ばたきは果敢で。だが、その身は痩せて……予感させる。

(後ろ姿……)

 タイトルを見れば、この連作の意図はわかる。生老病死……明るいテーマになるはずもない。もっと言うのであれば、その感覚は、わたしのもっている──いや、わたしの世界観に近しい。
 ……生とは、苦である、と。
 その始まりである生は、なんら祝福するものではなく。
 ただの、終わりの始まり。
 飛び立つ鳥を後ろから眺める構図に、そのモチーフも違和感は無かったはずだった。
 なのに。

(……置いて、いかれるような……)

 そんな、訳もない寂寥感が、まず在った。
 そして……
 

藤白 真夜 >  
 連作の、ニ。
 『老』
 美しい空の下で仲睦まじく戯れる、双魚。

 この一連の区画では人は少なかったが……そこにだけ、おばあさんがいた。じっと、絵を見ている。
 絵に、目を移す。
 そこでまた……難解さに囚われた。
 ううん、難しいというより、先の違和感に似た……なぞなぞをかけられたような、きもち。
 
 空は高く、明るく、輝いている。
 老という単語とは裏腹に……光は、二匹の魚を祝福するかのように、降り注ぐ。

 わからない。
 なぜ、急に?
 そう……思いながら、答えを探すように、絵を見ている老婆の姿を見る。
 
 絵に、集中している。……本当に、絵にだろうか? 
 手に、小さく目立たない花束を持っていた。……でも、個展への献花というわけではないはず。そういったものは、受付で預かる手筈……だったはずの。じゃあ──

(…………)

 考えて、少し……落ち込んだ。
 当たり前だ。この連作に、明るいものなどないと、わかっていたはず。
 これは……振り向いた時の、景色だ。
 かつて、在ったもの。
 老いる前に、在ったもの。
 ……若かりしときの、輝かしい思い出。きっと、愛しただれかとともに。

 だからこそ、それは……老境に差し掛かった人間に対して、どう見えるのだろうか。
 老婆に目をそむけて、次に向かう。
 ……そして。
 

ご案内:「個展 各務遥秋『苦』」に芥子風 菖蒲さんが現れました。
藤白 真夜 >  
 連作の、三。
 『病』
 水墨画に持ちうる全てのものを以て塗り込められたような……月の遠い、黒い夜。

「──」

 ──塗り込められた、絶望。
 月だ。
 月が在るのが、良くない。
 それは、ただ一面の黒じゃない。
 夜闇の中、届かないなにか。絶対にたどり着けない場所。闇に呑まれる己の終わり。
 孤独と絶望の中の映える月が、こちらを見下ろしていた。

 心霊現象を面白がって個展に来る人間が寄り付かない理由が、一瞬でわかった。
 怖いだとか、恐ろしいだとかじゃない。
 切実な、いたたまれなさ。
 訴えられる現実が、其処にはあった。
 それを、わたしは……

「……きれい」

 目を、見張っていた。
 それは、恐怖であり、諦観であり、肯定だった。──自らに迫る死への。
 他ならぬ画家が、己の内面をテーマとして捉え、それに向き合わないはずがない。
 それは、わたしがずっと密かに願い、求める瞬間に近しい。
 わたしの中に在り、でも血肉を持たない……死への願いと恐れ。
 その真に昏い夜は、そのおぞましさを如実に描いていた。

芥子風 菖蒲 >  
絵画の世界、或る画家の個展。
絵の世界、というよりも芸術の世界は良くわからない。
興味がないわけじゃないけど、取っ掛かりもなかった。
では、何故訪れたのか。実を言うと言葉には言い表せなかった。
ただ、そこには何か"共鳴"するものがある。
自分自身ではない。時分が宿す、とある"物;死"がざわめいていた。
だからどうしても行きたいという友人に付いていくことにした。

「……各務遥秋……。」

確か、そんな名前だった気もする。
どんな人だったんだろう。人物としては興味があった。
そう言えば祭祀局の人たちが何か目をつけていたような気も。
心霊現象がどうとか、言っていた気もする。
ということはこの人混みには、そういった人たちもいるんだろうか。
やけに多い人混みを進みながら、ねぇ、と隣に声をかけるも……。

「……あれ?」

いない。どうやらはぐれたらしい。
人も多いし、仕方ないよな。困った。
後でインフォメーションでも行こうかな。
ぶっきらぼうな表情のまま、考えることはお気楽だ。
とりあえず、示された順序の通り進み、鳥の姿を、双魚の姿を。
空のように住んだ瞳に映していくと……"黒"が映った。

「あ……。」

見間違えるはずもない、後ろ姿。
黒い少女が月を見上げている。
一面の宵闇、孤独の月を見上げる少女。
全体的に仄暗い雰囲気を感じてはいた。
そう、それは誘うように、闇の中で見下ろしている。
胸の奥で、(ソレ)がざわめく。雑念の囁きだ。
それ以上に、何か焦燥感のようなものが胸を燻った。
だから……。

「────真夜先輩。」

思わず、名を呼んだ。
気づけば彼女の背中まで早足で、さながら何かから引き止めるかのように手を伸ばしていた。

藤白 真夜 >  
「……え、……!」

 ……び、びっくりした。
 すっかり、絵に取り込まれていたらしい。飲み込まれるような黒い夜に惹き付けられながらも、それはどこまでも、魅入るだけの、片恋慕のようななにかだった。
 がく、と躰を揺らし、どことない既視感を覚えながら振り向くと。……そこには、菖蒲さんがいた。
 
「あ、菖蒲さん?
 ……び、びっくりしました……珍しいところでお会いしますね。
 菖蒲さんも……観に、来られたんです?」

 再開の挨拶に、というわけでもないけれど、頑張って微笑む。
 ……あまり言えたことではないけれど、大分恥ずかしいところを見られてしまった気がする。
 若干、慌てて頬が熱い。
 見てはいけないものをじっくり観察しているのを、見られたような、そんな感覚。

芥子風 菖蒲 >  
もし拒否していないのであれば、その手を握っていた。
ぎゅっ、と少しだけ強く温かな少年の手。
まるで子どもが寂しさ余り誰かを引き止めるようなそんな感覚。
眉も下がった少年の表情は、彼女を心配していた。

「ん、久しぶり。ごめん、何だか良くない気がしてつい……
 ……えっと、こういうところだとあんまり声出しちゃいけないんだよね。」

こういう場所ではお静かに。
荒事も大声もご遠慮願いますって書いてあった気がする。
申し訳無さにしゅん、としながらもうん、と小さく頷いた。

「友達との付き合い。げーじゅつ?っていうのは……正直わかんない。
 けど、何だか作ってる人に惹かれるものがあって……。」

「オレが、って言うよりも、"オレの同居人"?」

そういう表現であってるのかな。あの鋏。
死を運ぶ縁切り鋏。危険極まりない死神の顎。
少年は死に魅入られた訳では無いが、その傍らには立つ。
故に認められ、その身に宿す死が燻り、何かしらの共感を生んだ。
とは言え、傍から聞いてると何いってんだコイツ、とも思える発言だ。

……今一度、大きな月を一瞥する。
本当に大きな月。何かに嘆いているような、絶望。
何も思って此れを描いたのだろう。孤独、嘆き。
見ているだけで、胸がざわめいてくる。
耳元で囁く"ソレ"が大きくなってくる。
思わず、顔をしかめた。

「……なんだか、怖いね。」

彼女とは正反対の感想が漏れた。

「ねぇ、先輩も見て回ってるんだよね?
 良ければだけど、一緒に回ってもいいかな。」

藤白 真夜 >  
 手は、届く。
 ……ただ、この絵に魅入ることが少し、恥ずかしく思っただけで。
 女の手は握り返しはしないけれど、離れない。少し、冷たい手。
 ……いや、ちょっと恥ずかしくてもじっとするかもしれません。

「ど、同居人ですか? ……あ、すみません……」

 かと思いきや、ちょっと声が大きくなった。それはちょっと早いのではないですか、みたいに頭の中で考えるだけ考えて、気づく。
 ……いつかの、気配。この身を貫いた、それ。
 それをたどれば、見当はすぐにつく。

「椎苗さんの、あの神器ですね。
 ……あんまり、良くないとは思うんですけど、ね。
 …………なにより、菖蒲さんには似合いません」

 最後の言葉はほんのちょっぴり、拗ねたように。

 そう。
 この画家の絵は、その域に達しているように思えた。
 死の、概念。
 技術だとかじゃなく。
 その、信念と魂が。
 
「……はい。こわい。……わたしも、そう思います。
 でも、……だから、いいのかもしれません。
 自分の中に無いもの、少ないものと、向き合える。それは貴重な機会で……忘れちゃ、いけない感情です」

 うそはついていない。でも、ちょっと言ってないことも、多い。
 実際、菖蒲さんは恐怖を知らないところがある。たまにはそういうものも理解ってもらわなくては。
 でも、それくらいでいい。死や恐怖に感じ入る様を見られるのは……純粋にちょっとこまる。

「え。
 ……い、いえ、わたし、仕事できていて……。
 …………ちょ、ちょっとだけなら……」

 この個展、一緒に回るようなものなんでしょうか?
 わ、わたしとですか!?
 変なとこ見られてないかな…………

 そんな心の声を貫通して、でも声をかけてもらったし……となけなしの勇気を振り絞って、答える。
 でも──

「次は……見ないほうがいいかも、しれませんよ」

 小さく。でも恥じらいに揺れない確かな声で。
 それはきっと、わたしには他のものを見る余裕が無くなる。
 どうせなら……見たいものを見たほうが、いいのだから。

芥子風 菖蒲 >  
「……?おかしなこと言ったかな。
 うん、そう。それ。ソイツ。今も何か耳元で煩いんだよね。
 オレにしか聞こえてないし、何言ってるかは良くわからないけれど。」

耳を貸しちゃいけない事はわかるよ。」

特に、恐らくこの個展の気配。
と、言うよりは恐らく書き手の念と言うのだろうか。
そういう匂いが、気配が濃いからこそやたら煩い。
今でもこうして、彼女の声と被って何かを囁いている。
常人が理解してはいけないものだとわかっているからこそ、流している
ある意味では、それを授かりし者達とは真逆のスタンス。
死と対峙し、誘いを見て見ぬふりをするほどの精神力。
似合わない、と言われると少し小首を傾げた。

「オレ、ハサミ似合わない?」

そういうことではない、ズレた言葉が返ってきた。
なんだか拗ねてる感じもするからこそ、余計に不思議そうだ。

「……そっか、先輩もそう思うんだ。
 いいのかな。けど、さっきの後ろ姿はなんか……こう……」

「吸い込まれてる気がしたけど……なんか、ヘンな感じだ。」

だからこそ思わず声を上げてしまった。
彼女を月に攫われないように、繋ぎ止めるように手を伸ばした。
思うことは同じでも、恐らく感じるものが違うのかもしれない。
なんだか、それは嫌だな。だからさっき彼女が拗ねたように。
ほんの少し、唇を尖らせてそう言った。

「あれ?仕事中だったの?じゃあ、それも手伝うよ。」

それなら大丈夫。そういう問題か?
それはさておき、何だか乗り気で、彼女が了承してくれれば自然と微笑む。

「……?オレは真夜先輩の事ずっと見てるよ?」

言葉の意図を上手く汲み取れていないらしい。
そういう意味ではないが、しれっとこういう事は言うタイプ。
まだ離していない手をほんの少し引っ張って、行こうよと促してみる。
恐れ知らず、死に躊躇なく踏み込む者。鋏が少年を見出す理由も滲み出ていた。

藤白 真夜 >  
「う、う~ん……。
 祭祀局員的には、怪異の言葉には耳を貸してはいけないけど、重要な言葉は聞き逃しちゃいけなかったりするんですが、そういうことではなく──
 いえ、なんでもありません。……菖蒲さんなら、大丈夫なんですね」

 思わず心配したり、仮にも怪異どころか神性にも届くその扱いを……と思ったけれど。
 菖蒲さんのお顔を見ると、なんだか落ち着いた。
 他ならぬ、椎苗さんの信じたもの……いえ。
 菖蒲さんなら、菖蒲さんの望むまま、それを使いこなすのだろうから。

「……はさみ、壊しちゃいましたからね……」

 ズレた返事にちょこっと肩透かしを喰らいつつ。元あるべきだった姿は、わたしも見た。ついでに、刺された。
 もしかして、それで怒って耳元で愚痴をいい続けているのでは、なんて思っているこっちもちょっと、ズレているのかもしれない。
 ……平和に理髪店を営む菖蒲さんを想像すると、ちょっと似合う気はした。

「い、いえ、お仕事はもう、大体終えてはいるのですが。
 ……! そ、それだと、絵を見る意味がないのでは……!
 …………。
 わかりました。では……」

 繋げた手につられてそっと、歩みを進める。
 恐れはもとから、自分自身以外へ向かうことが無かった。
 ……菖蒲さんに、妙な姿を見られるのは恥ずかしいけれど、……果たして。

 
 ──果たして。
 四枚目の絵は……花だった。
 不完全な、未完成の欠けた花。

 そこから、読み取れるものは少ない。なにせ、未完成なのだから。
 花の意匠は読み取れるものの、野に咲く、ふつうの花。
 それだけ、だった。
 ふわりと、目に見えない風が頬を撫でた気がする。吹くはずのない、生ぬるいなにか。……でも、それだけ。

「……あ」

 声が出た。歓喜や、恍惚のものなのではなく。
 ……あっけない、終わりに対して。
 納得してしまった。……ああ。貴女が走れたのは、そこまでだったのですね、と。

「……終わって、しまいましたね」

 何に向けてかは、不確かに。
 でも、少しだけ寂しそう。
 ……出口は、すぐそこだった。
 この連作『苦』が、この個展の最大の見せ場であるはずなのに、行き交う人は少ない。みな、噂にばかり、気を取られて実を見てはいなかった。