2024/08/21 のログ
芥子風 菖蒲 >  
「……大丈夫。別に無碍にしてるわけじゃないから。
 かと言って、都合の良いように扱ってるわけじゃない。
 どんなものでも、オレが選んだ以上はずっと抱えていくつもりだから。」

それが例え、死を司るようなもの。
或いは、死そのものであろうと抱えて、向き合っていく。
少年は誰に対しても、何したいしても相変わらず変わらない。
広がる青空のように広く、全てを受け入れようとしてしまう。
だから、そう。その話題を出されると露骨に顔を顰めた。

「……だからあの後凄い怒られた。夢の中で。
 何に怒られたかは覚えてないんだけど、正座させられてた……。」

"ソレ"がどんな姿をしていたかは覚えていない。
ただ、あの一連の後の夢は今でも覚えている。
夢の中なのにすっごい足がしびれたし、滅茶苦茶色々言われた。
まるでおじいさんの説教みたいだ。今思い出しても苦い気持ちになる。
……油断してたら耳元の囁きにちょっと小言が挟まった。
うげー、と口元も思わずへの字になってしまう。

「……、……?あ、ソッチか。ごめん。うん、行こうか。」

間違えたらしい。
素直に謝って二人して囁きを振り切るように次の絵に。

月の次は、花だった。
但し、満開になることもなく未完成。
絵としても、花としても不足の美。
青空の視線も、少女から絵へと移り、じっと見ている。

「…………。」

欠けてしまっている。
素朴でありながら、此処までと言わんばかりに止まってしまった。
多分、終わりを意味しているのかも知れない。
作者の終わり。最後に思い描いた自分自身。
見開いた青空。頬を撫でる風。但し、少年が感じたものは生ぬるいものではない。
ただ何も言わず、じっとそれを見据えて、見つめて。

「─────────」

何かを、呟いた。
何を言ったかは定かではないし、少年自身も認知していない。
触れることこそしないが、欠けた花へと手を伸ばした。
否、差し伸べたのだ。そこに咲く、欠けてしまった(なにがし)に。

不意に二人の間を吹き抜けるのは先程とは正反対の爽やかな風。
そう、こんな室内に吹き抜けるはずもない不自然なもの。
気のせいとしてしまえばそれまでだ。だが、少年は暫く手を差し伸べたまま動かない。
彼自体の風体も、存在自体も変わったわけじゃない。
ただ、死の気配はほんのりと濃くなっていった
冷たいわけじゃない。まるで、それ等を看取るような温かな姿。
そして、欠けたそれを埋めるように、連れて行ってしまうような雄大さ。
少年が着込む黒衣も相まって、それはまるで、死神(むかえのもの)



少年は花を見て、それこそ慈しむように微笑んでいた。

藤白 真夜 >  
「え──」
 
 手が、伸びていた。
 先のわたしへ伸ばされたのと、同じように。
 わたしには、見えないなにか、あるいは……もう、見すぎたからか。
“それ”は、きっと、たしかに。……手を取った。
 
 慌てて菖蒲さんのほうを振り向いて、……わからないけれど、わかった。
 だからこそ、彼は選ばれた。椎苗さんに……いや、……あの、神に。

(これは……)

 わたしにも、死の気配はわかる。
 それは時としてわたしを慰め、当たり前にわたしを傷つけ、願って共に在る。
 だから、それが……悪意やなにかじゃないことは、きっと確かだと。

「……菖蒲さん?
 ……。
 もしかしたら。
 ……お墓のかわり、なのかもしれませんね」

 多くは、問わない。菖蒲さんの姿を見たら、やっぱり安心できたから。
 わたしには、見えなくとも。彼の手は、確かに届いた。それは、きっと喜ばしい。
 それが……覆らぬ、死を意味していても。

「わたし、思うんです。
 死は……ゴールなんだって。
 このひとの、……各務遥秋の答えが、どこにあったのかはわかりません、けれど。
 ……冬の寒い夜を越えて、春の花が見えたのなら。
 彼女にとっては……それが、幸いだったのかも、しれません……ね」

 それが、死という終わりだとしても。
 虚ろな生誕。
 帰らぬ青春。
 延々と続く病。
 ……その終わりが、彼女にとって喜ばしい、永い眠りの誘いだったのなら。
 そこに漂う空気も、連作のテーマも。
 どれも、物悲しい。
 それでも、わたしには……全てをやり遂げた人間の、解放されたを、確かにその死から感じていたのだから。


「あの……もう、行きましょうか。
 ……ちょっと、報告書を書くので……喫茶店で一休みとか、……ど、どうでしょう」

 日の光の差す出口へ向かって歩きながら、……流石にちょっと短かったし、もうちょっとお付き合いしないと失礼かもとか自分の中で弁護しながら、そんな誘いをした。
 ……報告書、書くの時間かかりそうだな……なんて、予想をしながら。

芥子風 菖蒲 >  
眼には見えない。その青空にも映った訳でもない。
でも、確かに温かな手に"ソレ"は触れた。
ぎゅっと、温かな少年の手がそれを握り、引いた
青空は誰の上にも広がっている。時には夜に、夕暮れに。
ある時は試練を与えるのが空。それは、全てを見守る母、父なる存在。
故に、また少年(ソレ)も何処までも広がっている。
知る由があるかはわからない。
傀儡と言えど、教祖と祭り上げられたカリスマめいた雰囲気がそこにはあった。
あるはずのない爽やかな風が、少年の黒衣をはためかせ、そして────…。

「─────…ん、呼んだ?」

は、としたように彼女へと振り返る。
嘘のようにはためいた黒衣はピタリと止まり、周囲の空気も元に戻った。
既に雰囲気は何時もの少年だ。影も形もなく、不思議そうに血色を見据える。

「……お墓代わり……。
 ちょっと寂しい墓標な気もするけど……。」

「遥秋って人には、この花がそれに成れる位には良かったのかな……。」

最後に眼にした光景、或いは脳裏に浮かんだ光景。
如何にしてこの不足の花が出来上がったのかはわからない。
それこそ、本当に未完成で都合よく解釈しているだけかもしれない。
死人に口なし、死者は黙して話さず。昔から言われている事だ。
ほんの少し暗い表情にはなっていたが、彼女の言葉に目をぱちくり。

「……ゴール、か。
 確かに生きてる人の終わりはそうかも知れない。
 ……この人の(ゴール)が、せめて救われたなら良いけど……。」

そこまでの道が苦難の道であったとしても、救われる権利はあるはずだ。
せめて最後くらい、有終の美として幸せであって欲しい。
勝手な願いだけど、この不足の美にせめてもの手向けがあればよい、と。
そう思う少年は、少しくすぐったそうに首を振った。

「生きてる人の(ゴール)なら、オレのはもう少し後がいいなぁ。
 ……何処までいけるかは知らないけど、いける所まで進みたいし……」

「何より、真夜先輩と歩いていたいから。」

ほんの少し、人生のワガママ。
その(おわり)は本当に突然かもしれない。
それでも、それでも一緒に、彼女の隣にたまに入れたら良い。
無欲な少年が持つ、ほんのちょっぴりのワガママ。
例え苦難が待っていても、不安も心配もない。
だって、何時だって青空はそこにあるのだから。

「ん、もう大丈夫なら……あ、まぁいいか……。」

はぐれた友人は大丈夫だろう。
なんだかんだしれっと戻って来るし、平気だ。

「うん、いいよ。行こうか。」

彼女の提案には二つ返事で頷いた。
二人揃って、光差す出口へと向かっていく。
その最中、二人の頬をまたほんのり風が撫でた気もした。

藤白 真夜 >  
 逆光の中、振り返る。
 暗い、影の中で。
 これは、温かい人に見せるには恥ずかしい。昏い、感情。


 その花は、欠けている。未完成だ。
 それでも、彼女はこの絵を飾った。──それが、本人の意向だという。
 彼女が何を以て死を選んだか。
 それはきっと、だれにでも想像できる。あの……朧な月の浮かぶ、幻めいた真に昏い夜をみれば。

 自ら、死を選んだのだ。

 それは、いい。わたしは、死を否定しない。たとえそれが、自ら選んだものでも。
 でも……自殺には、ふたつ、カタチがあるとわたしは思う。

 悲劇か、決意か。

 そのふたつは、そも形を違えないことも多い。でも、わたしは、そう信じている。そう信仰している。
 恐れ、逃げ出すようなものではなく。自らを殺してでも何かを守る決意は、時として存在すると。

 彼女が……各務遥秋が、そのどちらだったのか。

 それは、本当の意味では彼女自身にしかわかり得ない。
 わたしが、他人が、それを想像すること自体、下卑た行為だ。
 でも、それを考えなくては、芸術の……その概念の受け取り方が、変わってしまう。未完成という死を見るか、未完成であるからこそ完成された作品を見るかどうか。
 わたしにとって、その価値は、その選択は、どうしても違えられない。見つめたくなる。その、昏がりの中身を。

(……おそらく。きっと。すべて、推論。それでも。
 もし。
 もし、各務遥秋が……病や絶望で筆を折った結果、ではなく。
 ──もう、筆を執れない事実を、芸術に使った……悪しざまにいえば、利用したとしたら?)

 目の前の花は、未完成だ。
 でも、その完成を阻んだモノを、描いていたとしたら?
 ──彼女は、己の死すら、淡く儚い濃淡の墨……色彩の無い絵の具として使っていたとしたら?

 それは、目前に命と死を芸術として浮き彫りにしたモノが存在していることを、意味していた。
 その未完成の空白こそ、どうしようもなく各務遥秋を浮き上がらせる。無色透明の、幽霊のように。

「────」

 声もなく、震えた。
 我慢できず、己の胸を抱く。掴む。
 服が、撓む胸が、存在する肉が、血の詰まった袋が煩わしい。わたしの、求めるモノを見て戦慄く心臓をただただ、感じていたかった。
 死という永遠の断絶に、喜びなどない。病と絶望で死にゆくものに、希望などない。
 でも、死を前に芸術にさえ取り込む画家が、死の一筆が、失意のまま逝くと、わたしは信じたくなかった。
 ……きっと、この上ない達成感を持ったまま、生と老と病の苦しみから、旅立ったのだ。
 終わりの始まりの、あの痩せさらばえた鳥のように。

 死は、終わりだ。
 それは、否定的な意味だけじゃない。
 そこで、終わる。終われる。終わることができる。

 死と、絵は、似ていると思った。
 ある一点を、そこで切り抜くから。
 人間は、死ねばそこで絵になる。
 今までの命をキャンパスに載せて。二度と変わらぬものになる。永遠に。

(どうか、……どうか……)

 各務遥秋への、そのおぞましくも美しい死を見た者の、光無き瞳への、絶望に満ちた夜への、あらゆる感嘆は……すぐに、焼け付くような嫉妬になった。その、永遠になった美しさに。いや、その行いに。
 死への恐怖。絶対なる死の目撃。しかし諦めぬ意思。解放たる甘美なる死の受領。そして──美しき運命の死との邂逅。
 彼女は、わたしのしたいことを、ほとんどやってのけたのだから。

(どうか、わたしも。
 逃げずに、死に向かい、責務を果たし……そして、彼女のように……美しい死に、(まみ)えられるよう)

 振り向いた影の中、目を向けた。
 未完成を以て完成させた、死の花へ。
 どうか……。
 その死に、幸多からんことを。その呪いの終わりに、祝福を。
 どうか……美しき終わりに、たどり着けているように。
 

ご案内:「個展 各務遥秋『苦』」から藤白 真夜さんが去りました。
ご案内:「個展 各務遥秋『苦』」から芥子風 菖蒲さんが去りました。