2024/10/17 のログ
ノーフェイス >  
告げている間も。
ともすれば焔か、夜の狼のような瞳は見据えていた。
闇のなかでも、爛々と輝く――輝いていたそれ。
 
「……うそつかなかったの、えらいね。
 そっか、はじめてなんだ。ごちそうさま、でいいんだっけ」

密やかな笑い声も、夢のなかで響くもの。
どちらの――だったろう。
彼女の罪の告白をそうしてきいてのち、指が取っ手を通る。
ココアをひとくち。たっぷりと、沈黙の気まずさをそこに残した。

「…………ボクは魔術をかじってて。
 色気もなにもなくて、使いでのない流派なんだけど……それとは別に。
 101couse……、ここだと、基礎魔術概論のひとつか。
 それをひととおりはできる程度には」

笑みを消した唇は、カップを近くに置いたまま、視線を横に。

「普段だったら、強めの魅了も弾け(レジスト)はするハズなんだけど。
 解呪(ウィズドロール)が数日かかるくらいには深くブッ刺さっちゃってて。
 ……あれからすこしは毎日だったろ?そのあいだ、自分で処置してた」

思い出すとちょっと――熱くなってくるような。
だから珍しく、そちらを見れないから、視線を背けていた。

「ンで、終わるくらいに。
 ほんの小さなトゲくらいは、残しとこうかなって思った。
 ……まさか伽怜にそんな影響が出てるとは思わなかったケド……」

自分が勝手に夢想しているものだとばかり。
少なくとも、悪意でやったことではない。自分ひとりの問題として、残していたのだと。

五百森 伽怜 >  
「偉いっていうか……嘘をつくの、あたしは嫌いなんスよ。
 ……もちろん、申し訳無さも、あるッスけど……」

何に対してもそうだ。
報道も、虚で飾って他人の目を奪うなんてことはしたくない。

告解室(個室)にゆったりと、そして重く横たわる沈黙。
その後に語られる真相を聞いて、
目をぱちぱちとさせた。

「……あたしも、こんなことになるなんて思わなくて。
 そこは本当に……申し訳なかったッス。
 元はといえば、薬を奪われたあたしが悪かったッスから。

 ……でも……でも、それは、ッス。
 できるなら、今すぐ捨てた方が良いものッスよ」

魔術で対処できる内ならまだ良い
その魔術の腕を軽んじてのものではない。
お互いに、心のまで毒が回らない内に。
そうしたことも何とか付け加えて伝える。

ノーフェイス >  
「やだ」

かちゃ、と静かにココアのカップが置かれた。

「やー」

眼を閉じて。

「だー」

はっきりと、一文字ずつ。

「……あ、和栗のミルフィーユだって。
 スイートポテトとカプチーノのチーズケーキもイイな。
 共有(シェア)しよっか。いっこずつー」

ひょいと取り上げたメニューから、気になった季節のケーキをいっこずつ。
危険なもの――それこそ。日本よりも、西洋圏のほうが危険度は通っている存在なのに。

「忘れて欲しいの、ぜんぶ?」

不意に、低く静かなつぶやきが刺し貫くように。

五百森 伽怜 >  
「そ、そんな……」

完全な否定。
現状の自分の弱々しい構えでは、そこに挟めるような手は一切なく。

「……ぜ、全部忘れてほしいとは、思わないッスよ。
 我儘かもッスけど……あたしの為に耐えてくれたことは……
 そりゃ、嬉しかったッスから。大事な支え、ッスから。
 
 でも、それとこれとはっ……」

その論法(話し方)はちょっとずるいな、と思った。
置かれたオレンジジュースに入ったストローを摘んで、
それからノーフェイスの方を見やった。

続く言葉で抗議の一つや二つでもしようと思ったが、
今の自分の置かれている状況、やってきたことを考えれば、
目の前の相手にはおそらくかなわない。

「……シェアは、賛成ッス……」

はあ、と。大きくため息をついた後に、そう口にした。

ノーフェイス >  
「支え?」

どういうことだろう、と眼を瞬かせた。
――まあ、確かに。彼女の人間であろうとする心持ちを尊重したのは、確か。
善意かといえばそれは違って、あえて言うなら敬意だった。
遠くとも、遠かろうからこそ、そう在ろう/成ろう、とすることが。

「秋のスイーツは甘くて美味しいよね。
 そろそろリンゴもたべごろだ。月末にはカボチャ(パンプキン)のケーキでも作らなくっちゃ」

溜め息をついて折れたような姿に、
鼻歌でもうたいそうな上機嫌で、彼女をなだめすかしながら。

「……夢魔は、ぜんぶなかったことにして去っていくんだろ?」

オモイカネ8を取り出しながら、今どき珍しい――もはや化石の有線式イヤホンを、
最新式のソケットへと沿えた。押し込む必要もなければ、通電する必要も。
どこかちぐはぐな器具の片方を、指でつまみあげてみせて。

「耳出してよ、伽怜」

五百森 伽怜 >  
「……な、何でもないッス」

ふいふい、と頭を振って、そこには答えないことにした。
一から十一まで全部伝える必要なんてない。
そう思ったからこそ。

そうして奏でられる軽やかな旋律(言の葉)
気づけば、自分のため息はどこかへ流されてしまっていたようだった。

「……だ、だから、全てって訳じゃ……」

相手が伝えてきた言葉を、しっかりと反芻する。

全て無かったことにして、去る。
相手のことなどお構いなしで、餌を食っては去っていく。
夢魔(サキュバス)であることを否定する五百森からすれば、
それは確かに否定すべき生き方である。
繋がりは保つべきだと、そう見ることもできようか。

だが、それは危険な道だ。
いや、それでも、信頼を――だけど――

『耳出してよ』。
有線式イヤホンの珍しさに、思わず目を奪われながら。
気づけば、耳をそちらへ向けていた。

ノーフェイス >  
「えー」

教えてくれないらしい。
明らかに不満げな顔をしたが、食い下がることはない。
薔薇の下では、秘密は許容されるものだから。

「…………」

その耳に、数秒、じっと、表情のない視線をおくってから。
耳珠にそっと、負荷がかかりづらく設計されたイヤホンをかけた。

「好みにあうかはわからないんだケドね。
 これはキミが……あの夜が、ボクにくれた(もの)

再生ボタンを押せば。
わかりきっていたものかもしれないが、音源として録音された、あの旋律。
煩悶と、葛藤と、それでも押し留められぬ官能の音色。
ゴスペルに近しいコード進行。重苦しいベースと、遠くささやかに跳ねる鍵盤を軸に。
低く、柔らか(メロウ)な曲調は、鼻歌(スキャット)から(ことば)を得ていた。

幻夢の如くソウルフルな甘い歌声は、耳に、心にまとわりつく。
どこにも辿り着かぬような、底なしの自由落下(フリーフォール)
落ちていく。墜ちていく。堕ちていく――どこまでも。
なににもぶつからないまま朝陽とともに夢から解き放たれたせいで、
寝ても覚めても、まだ堕ち続けている、その曲の末尾は、

――朝。まるで総身を濡らす寝汗のように、濃すぎるほどの余韻が長引く
ひとにいえない夢のような、毒のような、そんな楽曲。
あの夜を過ごさねば、生まれ得なかったものが、こちらにもあって。

「…………耳もずいぶん反応良かったよね」

イヤホンと余韻のむこうから、近づいていた唇が不意に。
夢でみた光景を、ふと追想(リフレイン)してつぶやいた。

五百森 伽怜 >  
「こ、この曲……!」

耳から脳へ、心へ、魂へ。
奥深くへ届くその旋律は、あの夜のものだった。
だから必然、思わず身体が跳ねた。

フラッシュバックするあの夜のこと。
夢の中の情景。静かに身体の内側から迸る――熱。
ただ奪うだけでなく、渡していたというその、音色。

一番痺れたその曲は、間違いなく自分の胸に響く一曲だった。
だからこそ聴きながら、半ば放心状態だったのだろう。

声をかけられて、今度こそ目が覚めるようにそちらを見やった。

「……っ~~!」

すぐにイヤホンを外した後、思わず耳を押さえた。
声にならない声、再び。気づけば、汗ばんでいた。
熱が、出口を求めて身体中を走り回っていた。

「……いい曲、だったッス」

素直に伝える。そうして。

「いずれ、絶対に棘は抜いて貰うッス……。
 お互い、取り返しのつかないことになる前に……」

今の自分では太刀打ちできない。
だから仕方なく、そう伝えることにしたのだった。

ノーフェイス >  
「毒を飲まされてなきゃ、この曲は生まれなかったんだ。
 ……『As long as I Fall.』、こいつは今晩あがるから、どうぞ気が済むまで」

引き抜くさまには、おっと、とイヤホンを引いて、オモイカネごとしまい込んだ。
こんなときでも、曲を褒められれば上機嫌。
奥の奥まで届いてつながる、そんな感覚がとてもよい。

「キミのおかげ。キミのせい。
 これからどうにかして、抜こうとするっていうなら。
 ボクの意志では――抜いてあげない。
 ボクひとりではつくれなかった。この棘がボクを理想に近づける。
 ……ふたりで育んだもの、なんていうと、ちょっと寓意がすぎるかな」

気づけばケーキが手元に。
フォークで、ちょい、ちょい、とそれぞれ半分に切り分けてしまおう。
するりと切れるチーズケーキ、ちょっとこつがいるミルフィーユ。
うっかりするとばらばらになって不格好だ。

「もう綺麗なふりなんてできないよ、ボクのまえでは」

こっちは意図せず紅く穢してしまったし。
そっちは意図せず深く突き刺したのだ。
視線は、ケーキに。上機嫌に。

「今後ボクがどうなったって、自分のためだけに生きるのは変わらないから。
 ……キミが風紀びいき(そっち)なんだったら、こうなるのは必然だよ」

あの住所を風紀にたれこめば、どのみち終わる話なのに。
そうは口にしないまま、チーズケーキの端っこを刺したフォークを、
伽怜の唇にそっと寄せて、艷やかに微笑んだ。夢と同じ、睦言をささやくときの貌。

「……どっちの夢魔にも、敗けないようにね?」

紫紺と深紅が堕落に誘う。支えでありながら、芳醇な毒。
悪意や害意でも、愉悦でもないなにかで、この存在はそこにいざなう。
彼女の決意が本物だとわかるからこそ、楽ではないほうへ。

「あ、今晩も逢いたい?」

にひ、と冗談めかした笑顔。こういう人間だ。

五百森 伽怜 >  
「As long as I Fall……」

複雑な気持ちだった。
ノーフェイスのアーティストとしての腕は認めているし、
音楽だけ聞けばファンなのは間違いない。

ただ、犯罪者であるという一点において、
受け入れがたいものがあるだけだ。

綺麗なふりなんてできない化け物;獣の姿も。

だからと言って。
甘えてしまう;諦めてしまうことなんて、できない。

恋人にするように、子どもへするように。
口元へ差し出されたフォークの柄に、手をそっと手を添えた。
そうして軽く会釈をすれば、そのまます、と。
自分の手で口元にフォークを運び、自分の意志で甘味を口にした。

「あたしの戦う淫魔は一匹で十分、それに負けるつもりは……ないッス」

支えであり、立ちはだかる敵でもある。
差し出されたフォーク;支えは、いずれ乗り越えてゆかねばならない。
分かっている。
だからこそ、こんなところでうじうじしていられないし、
改めてそう伝える。
しっかりと、ノーフェイスの顔を見据えて。

「お、お断りッス……!」

笑うノーフェイスを前に、
不貞腐れたようにオレンジジュースを飲む五百森であった。

ご案内:「喫茶「Under the Rose」」からノーフェイスさんが去りました。
ご案内:「喫茶「Under the Rose」」から五百森 伽怜さんが去りました。