2024/10/21 のログ
挟道 明臣 >  
「密室にしたのは鍵閉めたアンタだろうに……
 それに、生きて帰るつもりだから滅多なことはねぇの」

コイツ、口を開けば余計な事がついて来るタイプの女か。
戯言もそこそこに、開けられたスペースの端には小さく腰掛ける。
頭痛も眩暈も薄れたとはいえ、本調子では無いのだから。
取れる休息を意固地になって断る事も無い。

「━━概念的に」

識者がそうというなら、まぁそれが表現としては正しいのだろう。
それなら、だ。
現実として、本質的にアレは人から何に進化し損ねた?
これはもはや疑問ではない。
殆ど確信として理解しながら、その度し難さに目が回りそうになっていた。
イカロスの翼を知らないのか此処の連中は。
あるいは、数多くの犠牲の上にでも成功例が一つできれば満足なのか。


名乗りを受けて、合点が行く。
第一方舟(ファーストアーク)、か。
第二ってのは神話気取りの二番煎じのネーミングじゃなく、前身があった訳だ。

「ん、どうも━━って、あぁ、名刺取り上げられてんだった。
 名乗らせたら自分も名乗るのが紳士らしいんでね。408研究室の挟道明臣だ。
 名ばかりの研究職で、アンタもご存じの紅博士のモルモット」

差し出された非常食を手に取る。
良くこんな訳の分からん施設の物を食えるな、と思いはするが違うのだろう。
此処にある食物の類それ自体に害があるような所ではない事を、この女は知っている。
知っているだけなのだ。

「で、その被検体ってのは元が付くんだろ? 別に現職の第二方舟の所属でもない。
 なら何でこんな所にわざわざ顔を出してる。
 見学ついでに巻き込まれたって口ぶりでも無いだろ」

 疑問が多くて悪いが、そいつはミステリアスな自分を呪ってくれ。

焔城鳴火 >  
「それはいいわね。
 自暴自棄な世捨て人ってわけじゃないなら、この会話にも意味があるってもんだわ」

 肩を竦めながら、口角を上げる。
 こんな場所、状況だというのに不調の欠片もあるようには見えない。

「そ、概念的には。
 正確には進化ではないんだけど、まあその辺は良いか。
 どのみち、ああなったら助ける方法なんてないし」

 もしかしたら、精神的に正気と自我を保っているモノもあるかもしれないが。
 それを人間の形に戻す方法は、鳴火の知る限りでは存在しなかった。

「キョウドウ、ね。
 なーにがモルモットよ。
 紅博士のお気に入りなら、もっといい扱いされてるでしょうに」

 左手が空けば、また菓子棚を漁り始める。
 何かしら咥えていないと落ち着かない、こればかりはどうにもならない性分だ。

「まあね、関係者ではあるけど、第二(ここ)の連中と関りがあるわけでもないし。
 まあしいて言えば、この舟でふんぞり返ってる船長気取りをぶん殴りに来た。
 穏便に言えば交渉。
 ちょっとばかり、取り返したい物があったんだけど――」

 結局、菓子棚にはあまり期待したものはなく。
 棒付きキャンディの袋を引っ張り出して抱えるハメになった。

「どうも、そいつが厄種になったみたいね。
 巻き込まれた皆様にはお悔やみ申し上げますってとこ。
 ――星骸計画の失敗、にしては被害が小さい。
 そうすると星核――アルカディア?
 支配に失敗して暴走――にしたって、なんで今?


 バリバリ、とキャンディを噛み砕きながら、口の中でぶつぶつと呟く。
 大方、なにが起きているかは予想がつくものの。
 どうして起きたのか、についてがどうにもわからない。
 失敗も事故も起こりうる、が、何故、研究が完全でない今の段階で起きたのか。

「――ああ、そうだ」

 ふと思い出したように、銀色のケースを開ける。
 その中は衝撃吸収素材で出来ており、いくつもの薬品であろうアンプルと圧力注射器が押し込まれていた。

「このグローブとブーツ、使うといいわ。
 防護服からもぎ取ってきた」

 そんな医薬品の中に混ざって、実用性だけはありそうなグローブとブーツが入っている。

「とりあえずこれでも着けておけば、頭からひっかぶらない限り、星骸――ああ、ごめん、黒い水に影響される事はないから」

 『その左手用のは無いけど』と余計な一文を足しつつ。
 

挟道 明臣 >  
「あんまり手持ちがねぇから何時でも全賭け(オールイン)でね。
 勝たない選択肢が残ってねぇのよ」

命を賭して事を為すことと、自暴自棄で命を投げ出す事の差を知っている。
如何なる艱難辛苦があったとしても、カードを投げて良いのは死んだ後。
それまでにテーブルを降りる事を、俺自身が決して許さないのだから。

「どっちかというと転化、なんだろ。
 順当にあるべきスケールとは別の樹に飛び移るようなもんだ。
 片道切符だろ、そこまで乗車する意思があったかは知らねぇけど」

認識の違いが、修正されていく。
11のメモリが致死圏(デッドライン)と思っていたが事実としては死んじゃいない、のだろう。
既に人ならざるものであって、死んではいない。
あるいは死というくびきから外されてしまうだけかも知れないが。

「……もしかしてアイツ割と外だとマトモな科学者扱いされてんのか」

あのゆるふわが。
実際のパーセンテージはともかくとして、二分の一で自分がどうこうなる実験を任せているせいか、
自分の中での認識が周囲の一般的な観点からのイメージと大きく隔たりがあるのかもしれない。
というよりも、自分が触れている内容が極端過ぎるだけなのだろう。

「んで、見た感じ交渉どころの騒ぎじゃなくなったわけだ。
 悔んでくれるならササッとエントランスの連中助けるなりの方法が欲しい所だが。
 ……あ? なんて?」

なんの失敗って言った?
聞こえない。というよりもこれは聞かせるつもりで話していない。
重要な情報では無い、というよりも鳴火自身にも把握できていない事なのだろう。
順序立てて議論するにも推論を立てるにしても、こちらの前提知識が著しく足りていない。

「こりゃどーも、用意が良いこって。
 まぁ、ニンゲンの上でタップダンス踊る予定はねぇけど踏み場がねぇ所もあるしな……
 左手は最悪触れた部分だけ削ぎ落せば、まぁ何とかなるだろ」

感謝を述べる間もなく注ぎ込まれる知らない単語。
セイガイ。星外? 星の……成れの果て。
いや、字はこの際どうでも良い。イコールで結びつく物で理解はできた。

「で、こんなプレゼントまで貰って。
 その船長さんとやらに会いに行くまでの荷物持ちでもさせて貰えんの?」

嵌めたグローブを数度握り、ブーツを履き替えながら問う。

「俺としては、此処の玄関開ける手段が聞ければ誰でも良かったんだよ。
 ただ、これは私怨ですら無いし部外者からの厄介なクレームみたいなもんなんだが
 このセイガイとかいうもん、どうやって用意したかが気になるんだよなぁ」

軽い調子でそう言って。
ただダルそうに外した眼鏡の奥に輝く金色の中には、確かな苛立ちが宿っていた。

焔城鳴火 >  
「ふぅん?
 察しも悪くないし、度胸もあるし、情に枯れてるわけでもないけど、足元は見えてる、と。
 いいわね、あんた」

 与えた情報は、決して多い訳じゃない。
 それでも誤差を修正して、その上で状況が悪いと認識しつつも落ち着いている。
 しかも現状から勝ちを拾うつもり、というのが特にいい。

「――すごく人道的な医学者よ。
 たった一年で医療用植物研究、なんて未知の分野で一定数の支持を得た、本物の天才。
 内向きは知らないけど、それでも、あんたみたいな研究対象を粗雑に扱うような人じゃないんじゃない?」

 もし自分が研究者であったなら、丈夫で稀少な被検体はそう簡単に壊したりしない。
 少なくとも、命の保証だけは確実に出来るよう工夫する事だろう。
 ――あくまで私見でしかないが。

「あ――悪い、口が滑った」

 聞かれて困る内容じゃないが、一つ一つに答えていられるほど余裕があるか、というと、微妙なところだろう。

「ま――大体そういう事、って便利な腕ね。
 紅博士のお気に入りを捨て置くのも気分が悪いでしょうよ。
 それにあんた、結構、頭が回るみたいだし」

 そう言ってから、数秒ほど考えるそぶりを見せた。

「――まず、ここから出る手段だけど、基本的には無いと思っていい。
 ま、その内、清掃業者さんがやってきてきれいさっぱり片付けてくれるとは思うけど。
 リミットは、余裕を持ってみて五、六時間って所か」

 そのタイミングであれば、隙を見て抜け出す事も、最悪正面突破する事も出来るだろう。
 特に鳴火に至っては、名前だけで道を開けさせる事も出来なくはない。
 ――あくまで方舟の上に繋がればの話だが。

「セイガイ、星の骸。
 やめとけ、って言っておくけど。
 ハッキリ言って、相当に気分が悪い研究よ。
 被検体が言う事でもないけど」

 そう言いながらガシガシと、乱雑に頭を掻く。
 見てくれに対して、かなり女らしくない仕草だ。

「あんたが知りたい事は多分、資料室に行けば一通りわかるでしょうね。
 ――先に予言しとくけど。
 知ったら、あんたも暴力に訴えたくなるわよ」

 キョウドウの苛立ちにどことなく共感を覚えつつ。
 やめておけ、と言わないのはそれを聞く人間でないと直感しているからだ。

「ここから帰るのに一番確実なのは、所長室からこの施設の管理権限を分捕ること。
 もしくは、外部に連絡を取る事。
 ここの地下には、確実に外に繋がる経路が存在してる。
 とはいえ、それが見つかるかは運次第。
 とっくにスクラップになってるかもしれないからね」

 そう言ってから、手の平を上にして、人差し指をキョウドウに向けた。

「それを踏まえた上で――あんたは何が出来る?」

 目的はほぼ同じと言っていい。
 となれば、次は協力できるかどうか、互いにメリットがあるかを確認する必要がある。

「私は、ここの研究に関する知識が多少なりある。
 それと、異形体を殺す事に関してなら、あんたよりは慣れてるでしょうね。
 あと、ここに入ってる薬品の使い道が一通りわかる。

 ――正直な所、私は一人でもどうにでもなるわけ。
 ただ、リストバンドを総当たりして所長室まで行くのは避けたい。
 だから、出来るなら効率を上げたいわけ。
 で、その辺で何かあんたは役に立ってくれるのかしら、キョウドウ?」

 挑戦的な、けれど性格に反して酷く理性的な視線が向けられる。
 

挟道 明臣 >  
「妙な褒め方すんな……おだて無くても木にくらい登ってやっから」

こっぱずかしい事を面と向かって言ってくれる。
それもこれも全部、普段目的も無く生きている反動だ。
死ぬかも知れねぇって時くらいは、最後までただ恰好付けていたい。
胸を張って、やる事はやったのだと誇れなくてはならない。
そうで無くては、先に死んだ奴らに顔向けできない。

「常識は無いが、まぁそうか━━そうだな。
 悪いようにはしてこないってのを信じれるくらいにはイイ奴だよ」

実兄をみすみす死にに行かせたような俺を相手に、何処まで知ってか良くしてくれる。
全てを話したところで恨むような事を言われることも、無いだろう。
その優しさが分かっているから、俺は甘えているのだろう。
貰えるはずの許しを受け取らない事で、敢えて負い目を持ち続けている。
安らぎを与えられればきっと、俺はその泥濘の中を墓場に選んでしまうから。

「気分の悪いモンだ、ってのはさわりの部分から分かってたしな。
 それを見て見ぬ振りができたら、そもそもこんな事言い出さねぇっての。
 予言も何もあるか、知らない内から手は出す心づもりだぞ」

はっきりと言い切る。
俺にはもう、捨て置けないのだ。
道端に捨てられたゴミも、蔑ろにされる人の姿も。
それらは絶えず増え続けて、あまりにも多く。
全てに手を伸ばす事などできる訳も無く、そもそもその思い自体が傲慢だと知りながら。
だから狭い研究区に引きこもって、狭い世界の綺麗な部分だけを視界に入れてきた。

「所長室……そこで正面ゲートだけでも開けれるか、それだけ試させてくれ」

まだ、そこに残る多数の生徒のため。
地下にしか外部への出口が無いのなら、異形体に対抗できない全員が時間切れを待つ羽目になる。
それだけは、回避しなくてはならない。それが絶対条件だ。

「少なくとも、面倒な奴らに囲まれでもした時の蟲避け(露払い)くらいにはなるのと
 ━━ズルして(異能使って)良いなら、探し物は大の得意だ」

見上げるような目線に、小さく口角をあげて答える。
足手まといにならない程度には動ける。そうで無ければこっち(研究エリア)まで来やしない。

「こっちは報告書を書かなきゃならねぇ身でな。
 李華に読ませる文章に女に任せて逃げ出して来たとは書かせてくれるなよ」

乗るからには、最後まで降りる気は無い。

焔城鳴火 >  
「――オッケー、なら、景気よく一発。
 こんなことしでかした奴をぶん殴るとするか」

 ふ、と悪だくみでもするように、意地の悪い笑みを浮かべる。
 組む相手としては本当に――悪くない。

「ま、私も形だけとは言え先生やってるしね。
 あんたが紅博士に格好つけたいみたいに、私にも、たまには恰好つけたい子がいるんだわ。
 ――あの子に、助けられる子達を見捨ててきた、とは言いたくない」

 そう言って一度眼鏡を外し、レンズを拭って掛け直す。

「――ただ、異能か。
 使う時は注意しなさいよ。
 この所内には、飛散揮発した星骸が充満してる。
 それだけなら無害だけど、異能や魔術を使えば、どんな干渉を引き起こすかわからない。
 使うなら、それなりの反動くらいは覚悟した方がいい」

 戦闘型の異能でないなら、周囲にまで被害は及ばないだろうが。
 探知型、感応型となれば――本人の精神にどんな影響があるか分かったものではないのだ。

「それでも、まあ、旧式とはいえ知識は頭に入ってる。
 ある程度のところまでは、処置してやれるわ。
 どうにもならなくても――最悪にはしないであげる」

 それは、ある程度を越えてしまえば手の打ちようがないと言っているのと同じだが。
 その時は介錯くらいは努めよう――と。

「なんて、脅したってやるんでしょ?
 なら早速――そこで寝てたやつから調べて貰うわよ。
 資料室に行くならまずはクラスBのリストバンドを見つける必要がある。
 研究室は一通り調べたけど、Cクラスがたまに混ざってるくらいで、残りはD。
 ――クソったれな話だけど、この上辺の研究エリアじゃ、殆どが表向きの善良なお薬を作ってるだけの所員だったって事ね」

 胸糞の悪さに舌が鳴る。
 ほとんどの研究員は、何も知らないままに星骸になり果てたのだ。
 しかも異形体の多さから、適性の高い人間をわざと集めていたとしか考えられない。
 それこそまさに、いつでも使い捨てられるモルモットだ。

「はあ――とりあえず、調べものは任せた。
 こっちは手元の薬品を仕分けさせて。
 とりあえず使えそうなのを放り込んできただけなのよ」

 そう言って、自分はケースの中身に向き合った。
 

挟道 明臣 >  
この行いは正当性も何もあった物では無い。
気に食わない物に殴り掛かるという、至極暴力的で野蛮な思考。
手段としての暴力が褒められたものでは無い事なんか承知の上で、やる。

「まぁ、手当たり次第で片が付く内は使うつもりも無いさ。
 ただまぁ、万が一にも自我を失うような事があったら……
 そうだな、左腕(コレ)だけ大人しい内に抉ってくれ」

介錯するにしても、それからだ。
そこだけが、己の身体に残る武器でもあり不安要素。
これは宿主()の扱えるように抑えても尚、その硬度や純粋な膂力だけで見れば異常発達してしまう。
四肢の内の一つでも、死地に飛び込むには十分だと判ずる程の代物。
それが抑えも制限も無く野に放てば、恐らく碌でもない事になる。

「研究室に残ってた奴らでCだのDだのってのは聞きたく無かった話だな……」

研究室の連中にアクセス権限が無いなら誰の為の資料室だ。
持ってる奴らが真っ先に逃げ出した、となればお手上げじゃねぇか。
言いつつ、任されるままにベッドを調べていく。
一段目には染みにこそなっているが目当ての物はなく、二段目にこそその大本はあった。
カジュアルな装いに白衣だけを重ねたような服装。
乱れも無く、穏やかに眠っていたのであろう整った形に残されたリストバンドは━━B。
いや、あんのかよ。

「お片付け中のところ早速で悪いが、あったぞ。Bのリストバンド。
 それとメモ……手書きのパスワードか?」

上から覗き込むようにして、作業中の手元に投げおろす。
メモ書きの方で思い当たるのは事務室にあった金庫の二重ロックの物理キーか。
金庫の中身が不要かと言えば否、だがロックの等級も分からないまま向かうには時間が惜しいか。
飛散揮発した星骸とやらが満ちている限り、この所内にいれば時間切れは訪れるのだろう。

「アンタの頭ん中に全部入ってるって訳じゃないなら資料室は洗っておきたい所だが」

どうする? とは問うが、他の選択肢も多くは無い。
まだ確認していない会議室か、地下に伸びる階段へ進むか。

焔城鳴火 >  
「――いや、あんのかよ」

 転がってきたリストバンドに思わず出た言葉だった。
 つい、眉間を押さえてしまう。
 のんきに寝てないで、真っ先に対応しろよ上級所員――と、言いたかった。

「はぁ。
 どこにでも、間抜けは居るというか――」

 寝てる間に溶けただけ、恐怖もなく幸運だったとも言え無くはない、が。

「パスワード、ね。
 間抜けでもBクラス所員のメモでしょ?
 とりあえず確保しといて」

 パスのいるロックが掛かっている場所、となると幾つか思いつきはする。
 資料室か、その中の資料個別の物か、それこそエントランスの金庫か。
 はたまた電子端末のログインキーかもしれないが。
 なんにしても、有って損はない。

「――そんなあんたに朗報」

 アンプルを三本、指に挟んで揺らす。
 中には色の着いた液体。

「抗浸食薬。
 これで、星骸の浸食をある程度抑えられる。
 資料を洗うのに、あんたの異能で無茶が出来るんじゃない?」

 資料室へ向かう事に関しては反対はない。
 むしろ鳴火としても、第一と第二でどの程度の差異があるか確かめたいところだ。
 でないと、殴りに行ったつもりが、踏みつぶされて終わるとも限らない。

「それとこっちは増幅剤か。
 適合率を無理やり引き上げるもんでしょうけど――」

 自分の手元を見て、苦笑を浮かべた。

「私やあんたじゃ、まとめて十本くらいキメないと意味がなさそうね。
 ないよりはマシくらいか。
 後は鎮痛剤、鎮静剤――この辺はいくらあっても困らないわね。
 あんたがラリったら、すぐに打ち込んでやるから安心しなさい」

 そう言ってから、全てのアンプルをケースに戻して閉める。
 そしてBクラスのリストバンドを相棒に投げ返し。

「あんたが持ってて。
 最悪、私が異形体を引き付ける事になるだろうし。
 ああ、文句はなしよ。
 あんたは調査が得意。
 私はあいつらを壊すのが得意。
 お互い出しゃばらず、役割分担は守ること」

 そう言ってベッドから立ち上がると、キャンディをガリガリと咬んで。
 新しい物を咥え直した。

「――さって、とりあえず資料室。
 南側にあるはずだから、会議室の中を抜けて行くのが安全かしら。
 それとも、真っすぐ行って、先に地下の入口だけでも見ていく?
 無駄はないけど、異形体に見つかるリスクはあるわね」

 ルート選びは任せるとばかりに、選択権を丸投げする。
 いずれにせよ鳴火にしてみれば、大した違いはないのだ。
 

挟道 明臣 >  
「抗浸食薬はともかくとして、増幅剤の方は無用な気がするが……」

無茶をする時、俺はアンプル漬けになる定めにでもあるのか?
ともあれ、資料室の探索に異能が十全とは言わずとも使用できるのは助かる。

「あいよ、お嬢様の仰せのままに」

わざとらしく大仰に言って見せる。
投げ返されたリストバンドを掴んで、大した高さも無いベッドの段差を飛び降りる。
ざっと見る限り会議室の中に異形体は見えないのだから、無意味にリスクを取る必要もあるまい。

「会議室経由一択だ。
 戦って負ける相手じゃなくても無意味に戦う意味がねぇ」

まぁ、そこは行ってみての話だ。
状況次第。会議室に爆弾が落ちてる可能性すらある。

「そんじゃ、戦闘は任せるとして不似合いながらにエスコートしてみるとすっか」

軽薄に言いつつ、翳したリストバンドの認証でロックが開け放たれた扉から歩み出る。
【9/25 13:44】【研究エリア会議室~】

挟道 明臣 >  
「……クソ広いな」

研究エリアの中心、各所へのハブにもなる位置に存在する会議室。
如何にもな大判のテーブルに設置型の全指向性マイク。
その席のいくつかに、警備室にあったどの物よりも明らかに金のかかった電子端末が見受けられる。
が、広さのわりに物が散っている訳ではないのが救いか。

「どんな気味の悪い発表会をしてたんだ……?」

アクセスできるかはともかくとして、端末の内の一つに触れてみる。
タップ感知が反応したのか、スリープモードにあった端末の画面が点灯し━━

(……あ?)

一瞬、星空が映ってそのままロック画面が表示される。
その光景にブラックアウトした時の事が思い出されて身構えるが、特になんという事もない。
リストバンドを翳せば端末は自動認証でログインされたが……

「特定条件下における神性の摩耗、化学薬品によるアプローチ。
 こっちは対外的な講演会のスケジュールか?」

いくつかファイルを開けて斜め読みしてみるが、おかしなことは書かれていない。
が、真新しい物もまるでない。
どれもが、世に出して恥ずかしくない綺麗すぎるデータの山。

「……黒いデータは研究室の方と資料室にあるってか?
 駄目だな、そっちは何か見つかったか?」

無駄に空間が広いせいで声を張ったが、相方の方に収穫を問う。

焔城鳴火 >  

「へえ、血の気は多いクセにやっぱり冷静ね。
 それじゃ、お嬢様らしくエスコートされてやりましょ」

 くっく、とらしくない事を言った自分に苦笑しつつ――

【9/25 13:44】【~研究エリア会議室】

「そりゃあ、広いでしょうよ。
 何かしらの講演だとかもここを使うんだろうし」

 どうやら、幸運がマイナス同士が組むと、値が反転するようで。
 幸いにも異形体に遭う事はなかった。

「Bクラスでどこまで見れるか――、っ!」

 一瞬だけ画面に映った星空。
 それが目に入った瞬間、強烈な眩暈に襲われる。

『――君はあの空の星々をどう思う?』

 頭の中に遠くから聲が響く。

『――いつかあの星々は、あの眩い光で、この世界を焼き尽くすだろう』

 足元に広がる、灰色一色の大地。

 ――――タは研究室の方と資料室にあるってか?
 駄目だな、そっちは何か見つかったか?』


 端末を見ていた相棒の声に、ハッとした途端、膝から力が抜けて、その場に崩れ落ちた。

「――悪い、アテられたみたい。
 あんた、は、何ともない?」

 呼吸が途切れる。
 動悸が激しい。
 世界が揺れる。
 視界の色が全て一色に染まっている。

「――クソったれ」

 ケースを開けて、鎮静剤のアンプルを首筋に打ち込んだ。
 すぐに、中枢神経系の症状が治まり、灰色の幻覚も消えた。
 世界に色が戻る。

「――まさか、私が先に使う事になるなんてね」

 眼鏡を外して、片手でこめかみを押さえながら、ゆっくりと呼吸をする。
 一時的な幻聴と幻覚。
 この程度は、昔も散々経験した事だ――そう自分に言い聞かせながら心身と思考を落ち着かせる。
 
【適合率:000%】【浸食値:00
 

挟道 明臣 >  
返事の代わり。
小さく聞こえた音に端末に向き合っていた体が飛び起きる。

「おい……大丈夫か!?」

半ば叫ぶようにして駆け寄る。
震える手でアンプルを自己注射する姿には先ほどまでにあった不遜さが無く、
毒づく面差しは病人のそれに近く、強がりにも似た無理が見えた。

「こっちは特に何も無かったが……」

アテられた、と言ったか。
画面を見やるが、さっき自分の確認した物と何ら変わりはない。
考えられるとすれば、一瞬映ったあの星空の画面か?
だとしたら、この差はなんだ?
端末ごとに画像が違うのか? それとももっと根本的に━━

ふと思い至り、強引に腕を掴むようにして鳴火のリストバンドの表示を確認するが……

「━━は?」

適合率0%、浸食の度合いを指すメモリも0のまま。
脳裏に浮かんだ仮説が、数字に否定される。
いや、そもそもこれは……
破損しているのか?
元とはいえ前身の施設で被検体だった人間の適合率がこの値になるのか?

「くそっ、理屈は分からんがとりあえずちっと休んでろ。
 その間は、ひとまずここに散らかってるモンを漁ってくる」

異能を使えば、他に知れる事がないかの判別くらいは付くだろうがこの状況では無理がある。
寝かせてやる為に休憩室に戻る、というほどでは無いのを確認してから
手当たり次第にそう多くない星骸を調べて回るが、結果として大したものは得られない。
ただ、少しの時間が無為に過ぎていく━━

焔城鳴火 >  
「はは、慌てすぎ。
 大丈夫――」

 血の気が引いてるのは感じていた。
 恐らく、顔色も悪く見えているんだろう。

「あんたが平気なら別に――ぁ?」

 急に腕を引かれて、気の抜けた声が出る。
 リストバンドの表示は、見事に『0』だ。

「あー、別にそんな騒ぐほどのもんじゃないって。
 もうほとんど落ち着いたし」

 そうは言うものの、頭が重く、すぐに立ち上がれるわけでもない。
 呆れたようにため息を吐き、ガチャリ、とケースを閉めた。

「――クラスBでそんな当たり障りのないもんしか出ないなら、ここにはデータが置いてないか、クラスA以上の権限が必要なんでしょうね」

 だとすると、第一よりもセキュリティレベルが高い。
 良くも悪くも第一は、もう少し開かれた場所だった。

『いつかあの星々は――』

「――キョウドウ」

 会議室を探る相棒の名前を呼ぶ。

「あんたは、星空を見た時、なんて思う?」

 そんなまるで場違いな問いを投げかけた。
 

挟道 明臣 >  
あまりにも場違いで間の抜けた問い。
意図が読めないからこそ素直に嘘偽りなく、ただ答える。

「━━何も。
 ただ其処にあるだけだろ」

古い記憶、幼い記憶の中にはそこに祈りがあった気がする。
夢があったような、気がする。
綺麗だとかなんだとか、心を揺らす何かがそこにあった。

ただ、それらは全て学習の中で積み重なった上澄みが与えていた物に過ぎない。
磨いて、削って摩耗して。
そうして残った地金()に、(感動)は残らなかった。

あまりにも淡白な答えだが、メイカの問いに俺はこれ以外の答えを持ち合わせない。

焔城鳴火 >  
「――なるほどね。
 その答え、変わらない事を願ってるわ」

 その返答を聞いた頃には、脚にも力が入るように回復していた。
 様子をみつつ立ち上がり、ふらつきが無い事を確かめると、ズレた眼鏡を直した。

「そんで、なにかあった?」

 そう言いながら、相棒の方へ近づく。
 顔色の血色も戻っており、心配は必要なさそうに見えるだろう。

「せめてリストバンドか、端末のパスでもあればいいんだけど――は、なさそうね」

 相棒の様子を見れば肩をすくめる。

「やっぱり肝心なところは資料室でしょうね。
 そっちの扉を抜ければ、すぐに資料室の入口よ。
 出る時は一応、慎重にして頂戴」

 そう言って南側の扉を示す。
 流石に異形体に待ち伏せするほどの知性――理性は残っていないだろうが。
 開けたら偶然、という事はあり得る。

「もし、近くに異形体が居たら、私の事は一旦置いておきなさい。
 一息に資料室に駆け込むか、こっちに戻るか、即断即決で頼むわ」

 そう言いながら、扉の近くまで移動する
 その足取りは、一先ずはふらつく様子もなく、危なげはなさそうだ。
 

挟道 明臣 >  
「とりあえず、オーケー。とりあえず俺が先に出る。
 んで、危険が無けりゃその後にどーぞ」

耳を澄ませてみるが、物音は聞こえず。
実際にいるかどうかばかりは、出たとこ勝負になるしかない。

変わらねぇよ、絶対に

聞かせるつもりも無い言葉。それでも吐きだすのは、一種の自己暗示。
たとえ願われたとしても、変われないのだから。

【9/25 14:26】【~資料室】
左右、そして天井の順に確認してから資料室のロックを開ける。
念のため、資料室内も死角になっていた部分を潰してから扉まで引き返し、合図を送る。

「見たところ問題は無さそうだ。
 メイカ、来て良いぞ」

言ってる間に来られても困るから、ドアのセンサーが反応する位置で到着を待つ。
しかし……

「足跡結構あんな……。先客か、もしくは職員側が資料を持ち出す為に入ったか」

踏み荒らされた跡の見える黒い水の跡。
辺りを調べればおおよその資料が納められた棚は手元のリストバンドで開錠ができた。
が━━

「此処の幾つかだけ、開かねぇか」

恐らく、要求されるのはもう一段上のクラスA。
そいつが無い限りはお預けって所か。

都合よく該当するリストバンドが落ちてはいないかと視界を巡らして、
棚に戻されずに置かれたままになっていたファイルが、目に留まる。
開いてみたが、中身はどこかで見た物に酷似した謎の文字。

「『第一方舟:星骸計画』……か。
 アンタはこれ、中身読めたりすんのか?」

後から入って来たメイカに向けて、差し向けてみる。

焔城鳴火 >  
【9/25 14:26】【~資料室】【適合率:000%】【浸食値:00

「――まったく、ほんとに慎重なやつね。
 それで臆病ってわけでもないし」

 キャンディを噛みながら資料室に入って、扉が閉まればロックが自動で働いた。

「キョウドウあんた、本業なんだったの?
 まるでドラマや漫画の、探偵かスパイみたいじゃない」

 冗談交じりに言いながら、相棒の後を着いていく。
 確かに言葉通り、色々と痕跡が残っている。
 少なくとも一人か、数人がここまでたどり着いたのかもしれない。

「その辺は機密レベルが高い物。
 資料の管理方法は第一とあまり変わらないわね」

 馴染みのある光景。
 毎日のように入り浸った、あの場所とよく似ていた。

「ん――はぁ?」

 少し呆けていると、相棒から予想外の言葉が聞こえて。

「――ちょっと寄こしなさい」

 そう言ってひったくるようにファイルを手に取ると、パラパラとページを捲っていく。
 鳴火の視線は、当たり前のようにページの文字列を追っていた。

「まさか、こっちに記録が移されてるなんてね。
 しかもこんな方法で機密のレベル上げてるなんて、何人ぶっ壊すつもりなんだか」

 はあ、と眉間を押さえた。

「――これはいわゆる異界言語。
 方舟(アーク)では、ギリシャの理想郷になぞらえて、アーケイ語、って呼んでる」

 そこまで話すと、眼鏡を外して、相棒を見る。

「――一応、読めばあんたの知りたい事は軒並み知れると思うけど、個人的にはオススメできないわね。
 この文字は、一定以上の適性が無いとそもそも読めないようになってるんだけど。
 私の眼鏡を通せば、普通に読めるはず」

 ただ、と一息置いて。

「こっちに、どんな影響が出るかは保証できない。
 眩暈やら幻覚で済めばいいんだけどね」

 とんとん、と自分の頭を指先で叩く。
 そして眼鏡とファイルを一緒に相棒へ向けた。

「どうするかは任せる。
 ただ、読むならヤバいと思ったら直ぐにやめなさい。
 書いてある内容も、私には懐かしくても、あんたにとっちゃ不愉快な記録に間違いないからね」

 そう、念を入れて確認はするが、読むにしろ読まないにしろ、制止はしない。
 

挟道 明臣 >  
「━━本業?
 さぁな、清く正しくとは行かない事だけは確か。
 もしかしたらコソ泥かも知れねぇぞ」

本気で問い詰めるような口調で無いからこそ、適当に濁す。
前職なんかは、知ってる奴に見られれば知られることだが好き好んで話す物でも無い。
そっちこそ学校で教師やってるようなタマかよ。
言いかけて、存外しっくり来る事に気が付く。
キツメの言葉とひねた物言いが目立つせいで腑に落ちない所もあるが、何故か納得がいく。

「アーケイ……?」

古代ギリシャの理想郷、となるなら……アルカディアが元か。
ただ、短縮したとしてそうなるか?
理論はともかくとして、理屈の部分に感じる違和感。

「アンタが知ってるって事は、第二方舟(ここ)の前からある言語って訳だ。
 んで、適正が無い俺みたいな人間からすれば文字としてすら認識できない、と」

しばし、考えて━━答えを出す。

「そいつの中身は、今は遠慮しておく。
 その手の道具には詳しくないが、ようはピントを無理やり合わせるもんだろ。
 下手打つと、それ読むだけで再起不能になりかねん」

理由はいくつかあるが、絶対的な物がひとつ。
認識できる世界がズレた時、俺の異能が完全に機能停止しかねない。

「それに、全部終わらせちまえば、
 アンタが昔語りで聞かせてくれりゃあ事足りるだろ」

それなら、良い。
俺にとっての不愉快をアンタが保証するのだから、今はそれで構わない。

「どっちにしろ、見つけなきゃいけないもんがまだ見つかってないからな」

クラスAの解除キー。
あるとしたらこの部屋の中かと思ったが、無いなら地下に直接向かうしかないか?

焔城鳴火 >  
「アーケイ――アーケイディアの前半分。
 なんで半分なのかは、まあ、これには載ってない。
 名付けた人は、『不完全な言葉』って言ってたけどね」

 半分の理想郷、不完全なアルカディア。
 今思えば随分と悪意的――いや、自虐的なネーミングだ。

「――懸命ね。
 でも、私もそう自由に語れるわけじゃないから、ちゃんと知りたいなら読むに越したことはないけど」

 誰かさん(ポーラ・スー)と違って、頭に細工をされて喋れなくなってるわけではないが、下手に話し過ぎると、鳴火の周囲に被害が出る。
 要するに人質を取られているようなものなのだ。
 ――という事も、下手に話すと危ういところである。

「そうね、このファイルも、あくまで昔の、私が関わってた頃の記録でしかないし。
 ここでの研究記録でもあればいいけど――その辺は高望みか」

 恐らく、この資料室にあるのは全て、過去の記録だろう。
 今現在、推し進めている研究の記録となれば、一般人でも入れる可能性のある場所には置かないはずだ。

「このへんにあるとは思うけどね。
 このファイルが出てるのもそうだし、棚が開きっぱなしだし。
 その辺に転がってたりしない?」

 そう言いながら、ファイルを一先ず適当な所に置いて、眼鏡をかけ直す。
 足元を探し始めるが、パッと見ではリストバンドらしいものは見当たらない。
 

挟道 明臣 >  
「名付けた人、か。」

違和感の正体は、これか。
日本語を母語とする言語圏であれば、おおよそアルカディアと呼称される事の多いそれ。
だが、発音は個々人の母語に大きく左右される所がある。
人名一つとっても、そうだ。
名付けたのは、どこの国の誰なのやら。
少なくとも、ここを仕切ってるらしい水卜の仕事じゃないのは確かだろう。

「まぁ、見ての通りで」

こんな状況にありながらも散らかった様子はそこまでない室内をぐるりと見渡して。
が、見当たらない。
文字通り、一見してみる分には。

「……しゃあねぇ、ぶっ倒れるか狂うかしたら任せるぞ。
 探し物の時間だ」

━━俯瞰しろ。
自分の意識を切り離して、人としての骨組みをバラシて捉えろ。
場所に、物にこびり付いた情念の濃い部分を探せ。


床に散った星骸……違う。
星骸計画のファイル……近い、が直近の記憶に蓋をされて過去が掴めない。
ロックがかかったままの棚はどう、だ。

意識を向け、触れれば過去を掴んだ実感があった。
が、その瞬間に━━墜ちる。

(っ!? なんっだこれ!?)

掴んだ過去から選んで抜き取り、そして垣間見る。
そんな普段の物とはあまりにも異なる感覚。

時間と人の感情の壁を、その身一つで遡行し続ける自由落下(フリーフォール)
記憶の入り口で、何時か見た血のような赤色が遠ざかっていく。

カれてる……
     3         アルカディ0ア計
        縺上i縺?ス博士への報告は
     適した    2
    身体が   みつか   4
  で 8        再定義を
まの繋の繋ぎぎぎっぎgっぎgggに


万華鏡の中に放り込まれたかのように、無数の光景が繰り返され……

「あっ、っがっ」

脳の処理が、限界を迎え(オーバーフローす)る。
ただ、見つけた。

「とび、らのせんさーの、上……スラいドしろ」

息も絶え絶えに、そこまで言った所で胃液がこみ上げてくる。
が、耐えろ。吐き出して思考が散れば二度と思い出せないかもしれない。

「ぜロ、はち、よん、に、さん……ゼロ、ハち━━」

ただ、うわごとのように繰り返す。

焔城鳴火 >  
「そ、名付けた人。
 もういないけどね」

 そう言って、肩をすくめて首を振る。
 まさに見た通り、何もないように見える。

「――は?」

 いきなり何を――と言う間もなく、相棒が苦しみ始める。
 異能を使ったのだろう事はなんとなく理解したが。

「こんの、馬鹿――!」

 今にも倒れそうな体を支え、その口から零れ落ちる言葉を、辛うじて聞き取る。

「扉のセンサーの上、『08423』――わかった、わかったから、一旦休みなさい」

 そのまま、相棒の身体を壁に寄せて、座らせる。
 そしてすぐに、放り出していた銀色のケースから、鎮静剤を取り出して注射した。
 少なくとも、これで体の方は大丈夫だろう。
 異能の大まかな種類も掴めた。
 だから問題は――

「キョウドウ、聞こえてる?
 リストバンド、見るわよ」

 そう言って、相棒の腕を取ってそこの表示を確かめる。
 

挟道 明臣 >  
【適合率:002%】【浸食値:6】

こめかみの内で、痛いくらいに血管が脈動しているのが分かる。
聞こえる声の全てが遠く、焦点が合わない。
取られた手の感覚があやふやで、持ち上げれた浮遊感が全身に伝わって、嫌にくすぐったい。

「……助かった」

感覚は麻痺していても、短い言葉は意思と相違なく吐き出せた。
肩回りに残る鋭い痛みに気が付いて、鎮静剤を打たれたのだと思考が噛み合っていく。

危ない橋だが、その為に用意されたアンプル群だ。
一人で突っ込むなら取れない手が、組んでるからこそ踏み切れる。

焔城鳴火 >  
「――六、か。
 絶妙な所ね」

 そしてそのまま、手首の脈を取って、呼吸に合わせて数を取る。
 徐々に心拍数が落ち着いてくる。

「――助かった、じゃない!」

 迷いなく、相棒の頭頂部にゲンコツを叩き落した。

「いきなり始めるんじゃない、馬鹿!
 処置が遅れたら、どうなってたか――ああもうっ!」

 苛立ちながら、自分の頭を掻き回す。
 評価を修正する必要がある。
 この相棒は――やると決めたら躊躇が無さすぎる。

「――で、なにが見えたか覚えてる?
 記憶の混濁は?
 ちょっと、目を見るわよ」

 そう言いながら、瞼を押さえて瞳孔をのぞき込む。
 光量に対する反射は正常、眼振もない。
 首に手を当てて、頸動脈に触れる。
 まだ脈が強いが、脈拍は落ち着き始めている。
 不整脈もない――一先ずは大丈夫か。
 

挟道 明臣 >  
絶妙な所、らしい。
人間卒業への折り返し地点は超えてしまっているはずなのだが。

「っ痛え、遅れないように先に言ったろ……任せるって。
 使える時にも波があるんだよ、勇み足で準備して使います……ってならねぇの」

先にそれを説明しろと言われれば、ごもっともだが。
手加減はされているはずの一撃に、視界の奥がチカチカと。
助け起こしておいてとどめを刺す気かこの女は。
あんま頭掻くと髪痛むぞ、などとは流石に言えばどうなるかが分かっていたから口には出すまい。
二発目をマトモにもらえば本格的に意識が飛びかねない。

「記憶は絶賛整理中……で、見えたのはあらかたの資料が断片的に。
 内容そのものというよりは先駆者様の記憶をぐちゃぐちゃにして吸い上げた感じ。
 全文が読み解けたってもんじゃないけど、鍵の場所が分かりゃ後は読めるんだろ?」

まぁ、その鍵で開けれるような資料が一番ろくでもない事を書いていたのは、理解している。
星骸が想像通りのイカれた手順で用意された事も。

「ただ、改めてこれだけは言える。
 こいつらの目的がどんなに崇高だろうと、理由があろうと。
 ━━ぶち壊す」

宣言されていた通り、ばっちり不愉快極まっていた。
その素材の抽出に関する手順をそのまま異能者に向ければどうなる。
その研究結果の果てに効率化するための兵器が完成したことを喜ぶ奴らを野放しに?
させる訳が、ないだろう。

焔城鳴火 >  
「それならそういうもんと先に言え――って言っても変わりそうにないわね。
 ったく、こういう奴には着ける薬がほんとにないんだから、クソったれ」

 バイタルを確認して、向き合うように座ると、苛立ちを隠さずに罵倒した。
 一応は元プロの格闘家である。
 加減自体はばっちりだったが、K.O.ギリギリに抑えた割と本気気味の一発だった。

「はあ――まぁね。
 それに、今のアンタの浸食具合なら、ほとんど自力で読めるわよ」

 それこそ、読む順番を考えれば、機密レベルの低い方から読むうちにレベルの高い物も読めるようになってしまうだろう。
 異能を使った様子は、斜め読みをしたようなものだろうから、普通に読み解くよりは相当に時間を短縮できるだろう。

「――悪いわね」

 ぽん、と。
 相棒の頭の上に手を置いた。

「そんなクソどもに、私も含まれてんのよ。
 それに私は今も――博士たちの理想が間違っているとは思ってない」

 人類の再定義――その理論も手段も、外道と言われれば反論のしようがないが。
 それでも、それが必要だと。
 今のままの人間が、全てを受け入れるには――精神も文明も幼過ぎるのだと。
 ――何様のつもりだと言われればその通りでしかないのだが。

「とりあえず、これでも咥えてなさい。
 糖分不足で頭が働かないなんて、笑い話にしかならないんだから」

 そう言って、相棒の口に棒付きのキャンディを押し込んだ。
 なお、マスカット味。

 そして自分は立ち上がり、資料室の扉の上に視線を向ける。

「――たけーっての」

 はぁ、とため息を吐きながら扉に近づき――軽く数十センチ跳躍し、センサーが取り付けられている縁の上に指を掛ける。
 そのまま懸垂の要領で体を持ち上げ――るどころか。
 反動をつけてセンサーの上に飛び乗った。

「っ、と。
 天井が高すぎんのよ、もう――」

 ほんの数センチの僅かな足場に乗り、天井に片手を突いてバランスをとる。
 言われた通り、埃の被ったスライド式のボックスを見つけた。
 カバーを滑らせれば、入力キーが現れる。

「ゼロ、ハチ、ヨン、にのさん、と」

 カシュ、と軽い音と共にボックスが開き、小さな板状の小物が数個。
 その中から二つ抜き取って、扉の上から飛び降りた。

「――なるほど」

 床に降りて確かめてみれば、リストバンドにあるスリット状のスロットにぴったりと嵌った。

「キョウドウ」

 相棒の方に、その小さなタグを放り投げる。

「それ、リストバンドに差し込めば、クラスを上書き出来るみたいよ」

 何はともあれ、最初の目標は達成できた。
 相棒に声をかけながら、その隣まで行って、腰を下ろした。

「はあぁぁぁ~~――」

 クソでかいため息とともに。
 

ご案内:「Free5 第二方舟」に挟道 明臣さんが現れました。
挟道 明臣 >  
「馬鹿は死んでも治らないって言うからな……」

だから厄介なんだよと、他人事のように言い放ち
言われるままに適当な資料に手を伸ばす。
節々に黒塗りされたような違和感があるが、確かに読める。
見え方というべきか、脳の捉え方というべきか。
それらが、適合していくようなおぞましさ。

「知ってる……さっき言ったろ。
 資料のあらかたを斜め読みした、って」

だから知っている。
神だなんだと呼ばれる連中が、あまりにも並び立つには規模の違う存在だという事も。
目の前の女、メイカが自由意思の元に過去の第一方舟に参加したのであろう事も。
そんな人間に、この計画自体を根底から批判する事の惨さも。

「理想は、だろ」

口に突っ込まれた物を大人しく舌の上で転がして。
酸味のような何かが僅かに感じられたが、数年前に失くした味覚は何味かを判別しかねた。

関わり、短い時間ながらに話したから理解できる。
メイカが盲目的に自分たちの行いの全てが正しいのだなどと、
そう思えるほどの豪胆な精神の持ち主では無い事も。
必要悪、必要な犠牲。研究には、進歩には何時でも犠牲が伴う。
なぁ、もうその犠牲も払ったんじゃねぇのか。

「さっすがお嬢様、今時の教師はアクロバットも得意な訳だ」

器用にリストバンドを回収してくる姿に、手伝ってやろうと体を起こすことも無く。
放り投げられたタグすら体で受け止める体たらく。
ゆっくりと、資料を斜め読みしながら手元のリストバンドにタグを嵌める。

「━━溜息を吐くと幸せが逃げていくらしいぞ」

お互い、逃げ出す幸せも碌に持ち合わせていないのだが。

肩も触れない距離。
ただ、呼吸をするたびに温度が伝わるようなその距離で、
その小さな顔を盗み見る。
小さくて、まだいっそ幼くすら映るその体躯にどれだけの苦しみがあった。
誰にそれを打ち明けられた? 何人がその苦しみを共有してくれた?
思いは色々とあった。
その全てを飲み込んでその亜麻色の髪をくしゃくしゃと撫でるに留めておく。
ただ、ページをめくりながら空いた手でその絹のような手触りに触れる。

焔城鳴火 >  
「逃げる幸せなんて、最初(ハナ)っからないわよ」

 拗ねるような言い方で、行き場のない物を吐き捨てるように。
 ふ、と俯いたら、頭に温かい物が触れてきた。

「――なによ、もう」

 出てきたのは、今にも泣き出しそうな子供のような声。
 それに自分でも少し驚きながら、俯いたまま膝を抱えた。
 ――今の顔を見られるのは、耐えられそうにない。

「それ、で。
 あんたから見て、どんなワードがぶち壊したい筆頭なのよ。
 あんたが、どんな資料を斜め読みして来たのか、私にはわからないんだけど?
 あんたのその融通が効かない異能、情報共有する能力とか、お菓子のおまけみたいにくっついてないの?」

 悔しいのやら、哀しいのやら、腹立たしいのやら。
 苛立ち任せに余計な一言までくっつけて。
 

挟道 明臣 >  
読めていたような返事に、クツクツと小さく笑う。
コイツも、何がどうあれば幸せなのかも忘れて久しいような、
幸せを享受する事に足る者だとすら自己を誇れぬような、負い目を抱えているのだろうか。

酷い事をしている自覚はある。
人道に背く物だという大義名分を振りかざして、一方的に噛みついているのが俺だ。
背景も思いも何もかもを度外視して、事実を突き付ける為に動いているのだから。

「……あ?」

震えた声に、はたと触れた手を止めてするりと手離す。
膝を抱える姿は、一層小さく丸まってそれこそ年頃の学生のようですらあった。

「ホームランバッターしかいない球団相手に誰が脅威ですかって聞く奴いるか……?」

先頭打者から打率3割越えの化け物ぞろい。
だが、敢えて言うのであれば一番醜悪に映ったのは━━

「計画そのものって言っちまうと元も子もないが、コレか」

セキュリティクラスA、『対神兵器:黒杭』
その資料を押し付けるようにして渡す。
中身はまだまともに読めないが、断片から読めた分だけでもコイツの設計思想が、イカれてる。

「神に対抗するための武器みたいな口ぶりで名前付けてるが、違うだろこれ。
 これはもう、非人道的とかどうこうのレベルを逸脱してる」

神を素材にした、更なる素材を得るためのツール。
そうして権能を、存在を抽出して作ったのが『星の鍵』とやらって所だろう。

「誰が、人と神との境を判ずるってんだ」

神に等しい力を持つ異能者など何人も現れている。
人に抗う力も持たぬ弱き神がどれだけいる。
俺からすれば、どちらもただ其処にいるだけに他ならない。
端々まで目を通せば対象や限定規則があるのかも知れないが、
理屈上、コレは異能者に向ければチカラを持ったナニカに変じさせかねない。
人から神秘を抽出して物質化を目指す違反部活を幾つも見てきた。
それら全てにとってのブレイクスルーになりかねないこれを、俺は看過できない。

文明と、研究と。その進化を犠牲にしてでも、俺はこれを否定しなくてはならない。

焔城鳴火 >  
「あー、まあ、うん」

 喩えに妙に納得してしまう。
 実際、道徳的に許されない実験ばかりだったのは違いないのだ。
 ただ、このやけに真っ正直な相棒の思考を追ってみるのなら――

「――だと思った」

 黒杭――それは、偶然に偶然が重なって造り出せてしまった(・・・・・・・・・)悪意の塊だ。
 実際にそれが作られた当時の事までは鳴火も知らなかったが、産み出してしまった恩師が、乱用された杭のせいで苦しんでいた事を知っている。
 理想を追い求めた、鳴火の憧れた人間たちが、唯一自分たちの罪だと後悔を残した、人類の悪意。
 必要悪という言葉で許容されてはいけない物。

「それを使わせないために、上層部を納得させるために開発されたのが星の鍵(・・・)ってやつ。
 杭のファイルがあるなら――最悪、ここにも持ち込まれてるかもしれない」

 備品としての管理簿でもあれば確実だが――もし存在するとしたら、万が一にも、この島に残していてはいけない。
 この島に、あんな悪意を流出させるわけにはいかないのだ。
 ――鳴火がここに来た目的の一部は、その確認でもあった。

「実際、人間にも使われた事がある。
 この存在を許せなかった人が、一つ残らず壊そうとして――星核に変えられた。
 ここに――」

 とんとん、と自分の頭を指先で叩いて。

「――移植されたのが、その人。
 私に怒りの火種を残してくれた人。
 クソガキだった私たち幼馴染を、両腕で抱えていっつも不愉快そうにしながら、守ってくれてた人」

 『第一での研究記録もあったんでしょ』と。

「星骸計画は、そんな人たちが悪意の中で唯一勝ち取った、理想に近づける可能性だった。
 ――それも、失敗しちゃったけどね」

 そこまで話してから、また一つ、大きく息を吐いた。

「――私がここに来たのは、ここの管理者を問い詰めるため。
 今、方舟(アーク)がどの計画を動かしているのか、黒杭が運び込まれているのか。
 そして、誰がこの島で、その指揮を執っているのかを確かめたい」

 ――そしてすべてを灰にする。
 それこそが、鳴火に残された燃え残った怒り、火種だった。
 

挟道 明臣 >  
「それで納得して大人しくしてくれるような連中なら、こんな事にはならないんだろうさ。
 未知の目標に走り続けられる奴はそういないが、
 一度手にした道具(軌跡)を取り上げられて我慢できる奴もそういない」

人は抗いがたい生き物だから。
悪だと知っても尚、リターンが見えているならそれに手を伸ばす。
俺も人の事は言えない。
忌避すべき事だと、犯してはならぬ事だと心得ながら、それでも手段として引き金を引く。
どの面下げて他者を糾弾できるのかと言われれば、耳が痛い。

「━━っ」

既に、手遅れだった。
理屈や可能性の問題ではない、実証済みの悪。
人に向けられたという事実とその結果が眼前に出揃って、流石に言葉が出ない。

被検体番号五番、焔城鳴火。
それは彼女自らの名乗りであり、辿った記憶の中でも聞こえた物。
懐かし気に、自嘲するように語る姿はいっそ軽やかで、饒舌で。
だからこそ、辛そうで見ていられない。
コイツは、何処まで素直じゃないんだ。

「あるとしたら、そいつは地下か。
 ここにはそれらしいモンも帳簿も無さそうだしな」

其処にも無いのが理想だが、俺もメイカも幸運や望みという物を掴む才に欠けるのだから
そんな理想は、存在しない物として動く。

「順当に行けばここの責任者の水卜って奴になるとは思うが、
 どうせ所長室(そいつ)も下にしか無いからな」

此処はもう、必要なモンだけ手分けして洗って向かうのが得策か。
片っ端から全てに目を通す余裕は無い。

暫くの後、運動機能も回復しきった頃。
重い腰を上げて、二人で資料室を後にする。
苛立ちに火を着けるための薪は、ここの資料だけでも充分過ぎた程。
【9/25 15:52】【~B1 保管室】

焔城鳴火 >  
「それでも――アレだけは許すわけにいかない。
 アレを全て葬る事が、私たち幼馴染に託された願い。
 今の私の、するべき事」

 少しして、やっと俯いていた顔が上がる。
 眼鏡を取った瞳は、燃えるように揺れている。
 眼尻が赤くなっているのを隠すように、再び眼鏡をかけ直した。

「けど冗談みたいでしょ――それなのに、私はとびきりの失敗作で。
 なんなのよ、適合率も活性値も0%って。
 ほんっとに、なにからなにまで無能なんだから――は、笑える」

 第一方舟(ファーストアーク)最後の被検体は、そう自嘲する。
 異能も、魔術すら扱えない自分に何ができるのか。
 銃を向けられただけで、無力化される程度の存在のくせに、と。

「――そうね、有るとしたら保管庫。
 ついでに、この事態を引き起こした元凶もね」

 そう言って、続く言葉には首を振る。

「水卜――第一のエンジニアだった朱美(あけみ)さんならともかく。
 あの男に動かせるような低次元の計画(プロジェクト)なんて無いはずよ。
 だからたぶん、この状況は本当に事故か、あるいは――」

 あるいは、自棄を起こした水卜千利の暴走。
 これが一番可能性が高いというのが、糞に糞を上塗りしている。
 ――せめて『霊亀』の心臓がどこにあるかだけでも、聞きだせる状態ならいいのだが、と。

「――長居をし過ぎたわね。
 キョウドウ、一応これを打っときなさい。
 適合率が低くても、そろそろ正気がぶっ飛んでもおかしくないわ」

 そう言って、ケースから抗浸食薬のアンプルを圧力注射器に入れて渡す。
 恐らくこの先、まだまだ星や星骸の影響を受けざるを得ないだろう。
 いくら何でも、目の前で溶けられでもしたら、寝覚めが悪すぎる。

「とりあえずは階段ね。
 防護扉が開いてると良いんだけど」

 そして資料室を後にする。
 ――幸か不幸か、防護扉は『先客』によって開けられていた。
 黒い湖を渡りながら、階段を降りていく。

【9/25 15:52】【~B1 保管室】【適合率:000%】【浸食値:00
 

挟道 明臣 >  
【9/25 15:52】【~B1 保管室】【適合率:002%】【浸食値:05】

ひと際重く、分厚い扉。
開閉にどれほどの時間を要求するのかも知れぬその扉は、既に開け放たれたまま。

「……不用心にも程がねぇか」

十中八九、職員側の仕業では無いのだろうが、好都合と言えば好都合。
バレる事前提の物取りみたいなルートで駆け抜けた奴がいたとでも言うのか。

渡されたアンプルを腕に注入し、異物感に顔をしかめながら周囲確認。
眩しいほどの照明に照らされるのは、コンテナの山。
重火器や刀剣の類の、所謂武器ではない。
もっと規模が強大で危険な代物、兵器だ。
表面に張り付けられたラベルの危険物表記は、恐らく脅しでも何でも無いのだろう。
その中に、ソレは見つかる。
他のコンテナとは異なる電子ロックを要求するそのケースの内には━━

「……黒杭」

人の丈をゆうに超える、黒き柱。
神に、人に、打ち込む為の悪の所業。
ケースを開封した瞬間に走った怖気に、思わずその蓋を閉じる。

「これ自体をどうこうするだけの筋力は……流石にないわな」

ここにある他の兵器で、破壊する?
いや、諸共死ぬ未来しか見えん。
生きて、脱出することを前提にするなら……

「なぁメイカ。
 この運用ドローンってのは、他の何かで気安く代替できるようなもんか?」

目についたのは、本体ではなくその隣。
端末とセットで納められた、代物。

焔城鳴火 >  
「先客がいたみたいね。
 異形体も星骸もないし、上手く立ち回るもんだわ」

 感心しつつ、相棒の後ろから保管室に入る。
 恐らく大型のコンテナや、特殊なロックが掛かっている物は軒並み兵器群だろう
 どうせなら目録くらいあればいいのだが――

「そこまで親切じゃ――っ?」

 ぐわぁ、ん、と。
 重く頭に響く耳鳴り。
 まるでここに何かがあると知らせるようなタイミング。

「――あ」

 耳鳴りと周囲の物資に気を取られてるうちに、相棒が黒杭を見つけていた。
 そしてそのケースが開けられた瞬間――

『――壊せ壊せ壊せ壊せ!
 全て砕き潰し微塵も残すな!
 怒りを火にくべろ――鏖滅(おうめつ)の名と共に!』


 足元が揺らぐ。
 その強烈で狂気的な怒りは、炎と言うにはあまりにも破壊的すぎた。

「――っ、あ、ああ」

 相棒に声を掛けられて、現実に引き戻される。
 二人の前にあるのは数本の黒杭と、その運用ドローン。

「基本的に、触れるだけで発狂物で、人によっちゃ一瞬で星骸化よ。
 ただ、直接触らなければどうにでも使える。
 それを素手で握って鈍器にしてた人がいたくらいだからね」

 そう、こめかみを押さえながら眉をしかめて。

「ドローン自体も然程特別な機構じゃないの。
 アームで射出装置に装てんして、オートで打ち出す。
 それを壊したところで、いくらでも代えが利くのよね」

 となれば、黒杭本体を壊すしかないのだが。
 通常兵器で簡単に壊せるものでもない。
 そう、通常兵器でないのなら、破壊出来る。

「――キョウドウ、あんた、星の鍵の記述も読んだのよね?
 その中に現在の保管場所は記録されてなかった?」

 念のために聞いてみる。
 たが、それがあったなら真っ先に代案に上がるだろうから、期待はしていないが。

「もしかしたら、使える『鍵』があるかもしれない。
 探してみてもいいかもしれない――そうか」

 少し考えてから、再び口を開く。

「キョウドウ、あんたの能力で、私と関係のある物をこの中から探り出せたりしない?
 私自身はともかく、私に移植された『星核』は、間違いなく鍵と強固な関係がある」

 そう言ってから、ただし、と付け加える。

「とりあえず可否だけ答えて。
 また急に使われて厄物に当たったら、次も助かるとはかぎらないんだから」

 と、念を押した。
 

挟道 明臣 >  
物理的に破壊するしか、無いか。
灰に還すと言うからには、元よりその選択肢しかなかったのかも知れないが。
 
「……おい、どうした?」

顔色が━━
言いかけて、止める。
どうしたって気丈に振舞うのだろうから。
耐えられる限界まで、痛みすら堪えて。

「それは……」

膨大な数の『鍵』についての記述。
冗談みたいなカタログこそあったが、その現在地や保管状況についての記載は無かった。
コンテナだけで幾つあるかも分かんねぇ。
どれが『鍵』かの判別はおろか、その中からピンポイントに使えるもんを探す?
んな事が……

「……できる」

恐らく、だが。
黒杭を絶ち得る性能でソートすると、圧倒的なノイズの量で全部かき消される。
星の鍵(コイツら)は、内側に内包している情報の密度が異常だから。
ただ、コンテナの山の中に繋がりを感じる。
メイカと、ではない。
その内側。そこに、酷く似た同じ温度を。

「多分資料室ん時ほど酷くはならねぇ。
 ただ、繋がりさえ維持されてりゃあ、見失わない」

確証はないが、無責任にそう言い放つ。

焔城鳴火 >  
「――いいわね」

 確証などなくて元より。
 可能性があるなら十分だ。

「なら、私に触れて。
 ただ少し――ごめん、かなり、破壊と怒りの意志が強力だから、あんたの意識を引っ張り過ぎるかもしれない」

 そう予め、可能性は予告しつつ。
 おもむろに、右手を差し出した。

「私をハブにすれば、多分、星骸の影響はほとんど受けないでやれると思う。
 問題があるとすれば、私の意識が雑音になる事だけど。
 その辺りは上手い事仕分けして。
 ただ、ヤバそうに感じたらすぐにやめる事」

 などと、言っても無駄そうな念押しをして。
 ふぅ、と妙に重い耳鳴りから意識を逸らすように息を吐き。

「多分、有るとすれば一まとめにされてるとは思う。
 その辺に雑然と転がせるほど、適当に管理出来るもんじゃないし」

 だからではないが。
 相棒の負担はもう少し減ってくれるだろう。

「行けそうだったらいつでも。
 あんたのタイミングでやって頂戴」

 そう言って、右手を差し出したまま目を閉じた。
 

挟道 明臣 >  
「あい━━分かった」

異能の説明こそしていないが、大枠の理解はしているのだろう。
思考を、過去を盗み見る。無許可で縁を辿る墓荒しの御業。
それは本来生者に向ける物にあらず、常に手遅れであり続ける物。

小さく、熱を持った手に触れる。
意思を持って、明確に辿るべき物を定めろ。
一切の無駄なく、導に従って探査しろ。

手順(プロセス)指定━━完了。
探査属性(アトリビュート)固定━━完了。

「……起動(アクティベート)

時間が、止まる。
息もできない空間の中で、全ての情報がバラバラになって……全てが線の束になる。
合致しない属性を、除外して除外して除外して。
果てに掴んだ赤い糸。
求めるはただ一つ、この線の━━届く先。
握りしめた糸に導かれ、その先を知る為に停止したはずの時間の中を進む。
身を裂くような痛みが走る。
分厚いガラスの奥に叩きつけられるような、そのまま果てまで引きずり込まれるような、そんな痛み。

「━━コイツ、か」

痛みが、なんだ。
死ぬほど痛くても、死にはしない。
気が付けば、異能の発動地点から随分と移動していた。
握った手をそのまま引っ張っていたのか、亜麻色の髪もその後に。
ひとまとめにされ、多重のロックに封をされたコンテナ。
その奥に━━焔があった。
灰燼に帰せよと、怒れる意思が、そこにはあった。

焔城鳴火 >  
「――っ」

 好きなタイミングで、と任せた物の。
 いざそれが始まれば、自分の内側を探られるような奇妙な感覚。
 しかし、それも程なくして指向性を持つ。

 手を引かれるままに着いて歩く。
 その先にあるのは、明らかに他よりも厳重なロックが掛かった、コンテナ群。

「い、っ」

 頭の中にまた強烈な耳鳴りが響いた。
 恐らくは、星の鍵と、鳴火の頭に埋め込まれた星核の共振。
 ――けれど、なぜ今更それが起きる?
 鳴火の星核は、完全に不活性なはずだというのに。

【適合率:637%】【浸食値:29

「当たり、みたいね」

 相棒の手を放し、一つのコンテナに手を掛ける。
 奇妙な気分だった。
 知らないはずなのに、当然のようにロックを解除し、コンテナの蓋を開く。
 そこには――

「――箱?」

 いや、明らかに箱ではなく、それには蓋があり、スイッチがいくつかあり、底面にはキャタピラ――それと吸い込み口のある、1mほどの長方形。
 識別番号VV-01――通称、水漏れ掃除機。

「ぷ――」

 その再会は、堪えるには難しすぎた。

「あ、は、はははっ!
 うっそでしょ、なんで最初に見つけるのが、これなのよ――ふふ、あははっ」

 鳴火は腹を抱えて笑いだす。
 正式名称、V式自律駆動洗濯機型掃除機。
 洗濯と掃除を同時に使うと、部屋中に水をまき散らす迷惑な、けれど立派な星の鍵だった。

「や、ばい、最初に一番つっかえ無いの出てきた――ぷっ、ははっ!」

 ばんばん、とその装甲板を叩く。
 確かに星核もあり、材質もタマハガネだが、今の状況ではどう見積もっても出番がない。

「ちょっとキョウドウ、見てよコレ!
 あーもう、よりにもよって、出てくるのが世界最初の星の鍵って――ああもうっ、絶対ヴィヴィ姉さん、笑ってるわ」

 あまりの間の悪さと、なつかしさに、笑いが止まらない。
 使い道のなさに放置されていたのだろうが。
 このタイミングで出てくるものじゃないのは間違いなかった。
 

挟道 明臣 >  
「見れっ……るかっ!」

無呼吸状態の反動による過呼吸、心拍数の急上昇。
資料室ほどではないとはいえ、現在と過去の情報をバラシて精査をかけて、反動が無い訳が無い。
楽しそうだな!? この女。

「ちょっと待て、それか!? 俺がっ、さっき見つけた奴か!?」

嘘だろ? いや嘘であれ。
が、しかし知らない筈の名前に妙な郷愁を覚える。
ヴィヴィ姉さん、ヴィヴィ……その名前は資料に……?
違う。この感情は、俺のものでは無い。
流れ込んできた物の、残滓がそうさせるのだろう。

突っ込む余裕も無いとは言うが、実際は違う。
余裕なんか無くてもこうまでされれば突っ込みもする。

焔城鳴火 >  
「あー、おかしい――大丈夫、キョウドウ?
 鎮静剤キメとく?」

 それまでと違って、楽しそうな調子で、相棒に注射器を見せる。
 そう、よりによって最初に見つかったのが、最もしょうもない星の鍵だった。

「はーあ、なんかもう、まさか今になって姉さんに遊ばれるなんて――」

 とは言え、目的とはかけ離れた鍵である。
 相棒のツッコミももっともだ。

「あー、悪いわねキョウドウ。
 ヴィヴィ姉さんは、第一にいたエンジニアなの。
 星の鍵の生みの親であって、自分のあらゆる作品にサプライズを仕込む、稀代の天才発明家。
 ――ったく、今これを見つけたってしょうがないってのに」

 一通り笑って落ち着けば、ようやく次のケースに手を伸ばせた。
 それは縦に長い、やけに厳重なロックのケース。
 けれど、鳴火にはなぜか、当然のように開ける事が出来た。

「――これ」

 出てきたのは、一本の大槍。
 Mシリーズの四番、蛇の名を持つ槍。

「シウコアトル――キョウドウ、これなら杭を壊せる。
 あんたの左腕、腕力はあるのよね?」

 この大槍は、星の鍵の中でもシンプルな武器だ。
 大きな両刃の穂先と二メートルはある大きさ。
 最大の特徴は、その狂った質量密度――重さだ。

「コイツを使えるなら、あの杭をへし折って、叩き割って、粉々に出来る。
 ある程度の大きさにまで砕ければ、杭は勝手に星骸に戻って溶けだすわ」

 そう言って、大槍を相棒に示して使えるかと問う。
 

挟道 明臣 >  
「いらねぇ……」

馬鹿笑いしてる奴を見ると、冷静になるとは言うが、その通りかもしれない。
時間の経過で脈も、頭痛も問題の無い反中に収まっていく。

「……あぁ、それでVVか。
 こんな戯けたもん作って黒杭の件沈めようとしてたって本気で言ってんのか疑いかけたぞ。
 というか形状からして掃除機の類だろ、兵器と一緒くたにして仕舞うなよ」

仕舞ったのは、方舟の連中かも知れないが。
同じカテゴリーに危険物と同居させた奴らにも責任あるだろう。
横にどれだけ広がって責任取るつもりだったんだここのエンジニア陣の奴は。
此処も恐らく俺とは相容れない、部分なのだろう。実際に会ったら間違いなく喧嘩だ。
実用主義の一点張り。道具に振れ幅を求める事など、あってはならない。

「あるんじゃねぇか、マトモなのが」

おもちゃじゃねぇんだから遊び心を二度と見せてくれるな。
外見だけで行けば大概大雑把な作りに見える槍の類。
黒杭よりは幾分か人間で持てるようには、作られているらしい。

「重さだけなら左手で無茶苦茶すればなんとか━━」

って待て。コアトルはともかく、シウってなんだ。
羽持った蛇(ケツァル・コ・アトル)の類似種か?
━━否。
剝き出しになった槍は、明らかに高温を内に秘めていた。

「……そういえばコレ(左腕)の弱点って言ってなかったっけか」

ありていに言えば火だ。
とはいえこれがメイカの腕で、生身の身体で振るえるとも思い難い。

(あまりコイツに弱点の対処法を与えたくないんだが……)

状況が状況ゆえ、仕方なし。
正確には対処法と言うよりはただの力技なのだから。
外皮に当たる層を何重にも重ねて、肥大化した腕で槍の柄を握る。

触れているだけでも身を焼くような高温を発するそれは、持ち上げただけでも穂先が赤熱し、焔を纏う。

「アッつ……!」

何度あんだこれ。
触れた場所から、直接焔に触れた訳でもないのに左腕の表面が炭化していく。
ただ、それだけ。
内側まで炭になって、崩れる程では無い。
だから、動かせるうちに━━叩きつける。

振るうと言うにはあまりに不格好で、振り回されていると言った方が正しいのだろう。
それでも、持ち上げてしまえば━━後は勝手に落ちていく。

(これ何回目だ……!?)

振り降ろすたびに、破砕音と共に黒い結晶が辺りに散っていく。
途中から数えるのも億劫になって、ただ機械のように振り降ろす。
意思を関与させれば、痛みで悲鳴を上げる身体に心が持って行かれそうで。

ただ━━

「あっ、やべ」

腕の耐久度の限界が、先に来た。
ベキリ、と。乾いた音を立てて折れた腕の先。
赤い軌跡は、ひと際の眩さを伴って黒き柱に落ちていく。

あまりにも不完全な最後の一振り、それは━━黒き柱の牙城を崩すのには届いたらしい。

焔城鳴火 >  
「ああ、リストかなんかにちゃんと載ってたんだ?
 流石に試作品も試作品過ぎて、省かれてるかと思った」

 そう、ヴィヴィという女性は、こんなふざけた物を、大真面目に作る人だった。
 だからこそ、あのチームは絶妙にバランスが取れていたのだと思う。
 そして何よりも、星核に残留した意識や思念を無視する事はしなかった。
 その結果が洗濯機兼掃除機なのは、どうかと思うが。

「そりゃあ、あるわよ。
 Mシリーズ――メビウス博士が設計した星の鍵よ」

 そう言いながら場所を空ければ、入れ替わりに相棒が入ってくる。
 が――

「――あ、そうか」

 うっかりしていたとばかりに声が漏れる。
 どれだけ強靭でも、ベースは植物なのだ。
 高熱と炎と来れば相性が悪いのは間違いない。

 とはいえ、他の鍵はと探しても何が残っているか未知数なのだが。
 ――無理はするな、と言う前に。
 相棒は灼熱の焔の槍を掴んでいた。

「無茶しすぎんじゃないわよ!
 叩きつけるだけで十分、壊せるはずだから!」

 少し多めに距離を取って声を掛ける。
 その熱と炎に巻き込まれては元も子もない。
 それからはひたすらに、槍を叩きつける相棒を見守り――そして。

 並べられていた黒い悪意は、見事に炎の大蛇に食いちぎられた。

「キョウドウッ、生きてる!?」

 そう声を掛けながら、鳴火はもう一つの星の鍵を起動させる。
 そう、先ほど笑いに笑った、VV-01だ。

『オソウジシマス!』

 電子音声と共にキャタピラを回して突進していく洗濯機は、砕け散った杭の残骸や、溶けて星骸に戻った残滓を破砕音と共に吸い込んでいく。
 どれだけふざけていても、人造神器の名は伊達じゃない。
 残骸を粉砕し、掃除しつくすと、ついでとばかりに、相棒と大槍に冷水をぶちまけて、そこが定位置だとばかりにコンテナの中へと戻っていった。

「ほんっとに、無茶に躊躇が無いわね、あんたは――」

 駆け寄って、その体に鎮痛剤を打ち込む。
 あれだけの重量をほぼ片腕だけで振り回したのだ。
 他の生身の部分に、相応の負担がかかっていた事だろうと。

「――でもまあ、やったじゃない」

 これで一先ず、この施設にストックされていた黒杭は破壊出来た。
 一体総数でいくつの杭が持ち込まれているのか見当はつかないが。
 それでも大量に作れる兵器ではない。
 十分な成果だろう。

「ほんとに無茶させたわね。
 ごめん――ありがと」

 一仕事終えた相棒の背中に額を当てるようにぶつかり。
 小さく、素直じゃない感謝を伝えた。
 

挟道 明臣 >
「生きては、いるが……」

話半分に、シリーズの設計主の名を聞いていた。
いや、生きていれば十分か。
内側まで炭化した腕の再生には暫く時間がかかるだろう。
それどろか、重量物を無理やり振り回したのだ。
肩口はもとより背骨から腰の関節の節々が軋んでいるのが分かる。

「もうそんな無茶出来ねぇし、なんか持ってくっつーにもこっちは限界だぞ」

とてもでは無いが、この大槍を持ち歩けと言われても実現できそうにはない。
オソウジシマス、の機械音声と共に一緒くたにして洗い流されてもおかしくないボロ雑巾。

「……おもてぇ」

労いの言葉を背に受けて。
素直じゃない言葉を、ぼやくように返す。
気恥ずかしさを紛らわせるための、皮肉るような言葉。

とはいえ、一番の邪悪はひとまず消えた。
予備なり他のところにも保管されてる可能性は大いにあるが、総数を減らせたなら上々だろう。
残るは━━

「エライ奴の顔を拝みに行く、ってところか。
 ……行くんだろ? 問い詰めに」

あるいは殴りに。
肩越しに問いかけて、姿勢を起こす。

「他に回収するようなもん無いだろうな? メイカ。
 さっさと仕舞にして、日が暮れるまでには帰らせてくれ」

気を紛らわせるように軽口を叩いて時間を確認する。
今から帰ってようやくノー残業って所か。

【9/25 16:39】【~B1 所長室へ】

焔城鳴火 >  
「素直に感謝されときなさいよ、馬鹿」

 とん、と背中に触れて出た言葉は、どうしようもなく嬉しさが滲んでしまっていた。

「――当然」

 身体を起こす相棒を、小さい体で支えつつ。

「早く帰りたいのは、心底同感。
 ――一応、使えそうな鍵は見つけた。
 けどこれは、最悪の事態用ね」

 鳴火の左腕には、赤く錆びた手枷と鎖が巻き付いている。
 そして、立ち上がった相棒には、ずぶ濡れの頭から一枚の布を被せた。

「とりあえずお互い一つずつ、保険って事で。
 使い方は後で教えるわ」

 そう言いながら、相棒と共に保管室を後にし。
 所長室を目指すのだった。

【9/25 16:39】【~B1 所長室へ】【適合率:236%】【浸食値:82
 

ご案内:「Free5 第二方舟」から挟道 明臣さんが去りました。
ご案内:「Free5 第二方舟」から焔城鳴火さんが去りました。