2024/10/29 のログ
ご案内:「Free5 第二方舟」に焔城鳴火さんが現れました。
ご案内:「Free5 第二方舟」に挟道 明臣さんが現れました。
■挟道 明臣 >
【9/25 16:39】【適合率:002%】【浸食値:06】【B1 所長室~】
堅牢なセキュリティに守られた扉を潜れば幾人かの先駆者の姿が見えた。
しかし━━
「駄目かこりゃ……」
マトモに応答できる状態の者は、一人としておらず。
此処まで駆け抜けたのか、倒れたままピクリとも動かぬごく僅かな生徒と職員の影。
音か、あるいは差し込んだ光に反応して顔を上げたのであろう座り込んだ人影は、
虚ろな視線だけをこちらに残して、ピチャリと溶けた。
意識はあるように見受けられる職員も、心が既に死んでいるのか最早その光景に反応する素振りすら見せない。
憶測にすぎないが、ここは彼らにとって一縷の希望のある場所だったのだろう。
ただ、救いを与えられなかった事だけは間違いはなさそうだが。
それらの個々に手を差し伸べている暇は最早ない。
これから派手に破りに行く地図の切れ端。そのこっち側に運良く乗っかった奴が勝手に助かるだけ。
全ては上手くいけばというたらればの話で、万能の救い主などではないのだから。
歩を進めるのは執務室の奥、そこには煌々と輝きを放ったままのディスプレイが。
絶え間なくウィンドウがポップアップしては画面を埋めて行き、
見慣れない文字の羅列が異常な速度で流れていく。
「うーわ……なんだこのスパゲッティ」
読みづらい。
いや、ロジックや文法の類で読みづらい、という意味ではないのだから正確では無いが。
とはいえ訳の分からない文字で表記されたログを見せられればこうも言いたくなる。
星骸で汚れたディスプレイを、雑に拭って改めて向き合う。
グローブ越しにネチャリとした嫌な感覚が伝わってきて、内側から捩じられるような頭痛に襲われる。
さっき打った鎮痛剤のせいか、パフォーマンスに影響が出るほどではないのが幸いか。
「俺はこっちのログを追ってみる。
私室は任せて良いか?」
【適合率:002%】【浸食値:07】
■焔城鳴火 >
【適合率:142%】【浸食値:11】
「――これはどうしようもないわね」
相棒の言葉に同意を示す。
本来なら、医療者として彼らの状態を放置するべきではないのだろう。
だが既に、そうして浪費する時間も惜しい段階へと進みつつある。
少なくともこの場所に水卜千利がいないという事実が、状況の最悪さを示していた。
「――ばか、不用意に見るんじゃないわよ。
頭がイかれたら助けてやれないんだからね」
そう言いながら相棒に、抗浸食薬を注射器に入れて預けておく。
少なくとも一瞬で廃人になるようなものではないようだが。
恐らくはここにいる人間の内、何割かはこの端末に触れた事で壊れたと考えていいだろう。
「深追いするんじゃないわよ。
なにが動いてるか、わかったもんじゃないんだから」
そう言いながら、水卜千利の私室へと向かう。
【9/25 16:46】【B1 水卜千利 私室】【適合率:623%】【浸食値:46】
「――想像以上、か」
水卜の私室に入って感じたのは、やっぱり、という思いだった。
私室とは名ばかり、私物などまともに見当たらず、あるのはサイドテーブルとベッドだけ。
こんな場所でどう生活していたのか、そんな想像の余地すらない、無機質な空間だった。
「とはいえ、あるもんはある、と」
ベッドの上に腰掛け、そこに投げ出されていたタブレット型端末を手にする。
それは今時、無線接続も存在しない、完全に孤立したの端末だった。
「ん、一応有線での接続はあるのか――うわ、規格古っ!?」
USBのタイプAの形状――今時、どこも使っていないだろう規格だ。
電源は入りっぱなしだが、それすらも、スライド式だ。
しかもよく見ればバッテリー式ですらない。
「ボタン電池って嘘でしょ――はは、笑える」
どれだけ用心しているのか。
セキュリティ面だけでなく、所有者がどれだけ気狂いだったかが、これだけでわかるというものだ。
「で、パスワードね」
しかもヒントが酷いものだ。
――『Mは失敗した』――
パスワードのヒントは自分だけが分かるものにしましょう――とは、情報教育でもやるものだが、まさにこれは手本とも言える。
M――順当に考えたら、持ち主の水卜のイニシャルだろう。
と、その時点でもうパスワードが解けない仕組みになっている。
このパスワードをヒントから解読するには、方舟に於いて『M』と特別に呼ばれる存在を知らなければ、前提にすら立てない。
「――私にこれを入力させた落とし前は、絶対につけさせてやる」
迷わず、四文字を入力し――予想通り、あっさりとロックは解除された。
そしてその内容は――
「――これは、キョウドウに見せた方が良さそうね。
私じゃ先入観が強すぎる」
眉間を揉みながら、眼鏡を外した。
――眼鏡を外した世界は、一色に染まっている。
鳴火の眼鏡やコンタクトは、そもそも視力を矯正するための物ではないのだ。
『失ったものを補う』という意味では同じだが。
星核の移植、そして第一方舟の事故以来。
鳴火の視覚は、常に様々な異常を起こすようになっていたのだ。
異能や特異体質と呼べるようなものではない。
視覚異常――これは病だ。
「――一応、こっちも見ておくか」
なにも載っていないサイドテーブル。
そこの引き出しを開ければ、申し訳程度に、予備の電池と、わざわざこの端末を使うために用意したのだろう、有線接続用のケーブルが入っていた。
「さ、てと」
相棒の方はどんな状況か。
うっかり気でも狂ってなければいいのだが。
■挟道 明臣 >
深追いするな、そう釘を刺す言葉にヒラヒラと手を振る。
手渡された物の効果はリストバンドが表示してくれるが、
薬の類で超常のモノとのせめぎ合いをすること自体がナンセンスというものだろう。
どう転んでもあまり余裕は無い。
(こっちの流れ続けてんのは実験ログか?
支離滅裂な日付の並びに成否の表記も所々抜けてるが……)
真っ当でこそ無いが、研究者に混じって生活をする身として断言できる。
これは、報告の類ではない。
落書きじみた、かき集めた経歴のパッチワークを見せびらかすような自慰行為。
ただ、その内容はあまりにも常軌を逸していた。
「星骸化の実証記録、なのか?」
恐ろしい速度で流れていく文字を、辛うじて読める範囲で拾い上げていく。
刺胞動物門等の単純構造の生物━━━━確立 。
つる性植物において同様のアプローチを実施したが、中途で存在が崩壊。
二次実験、失敗。
━━失敗、失敗、失敗、失敗、……成功。
その中には、幾度と無い失敗の果てに主目的であろうヒトの星骸化確立の文字があった。
「っつーとこれは……」
ウィンドウの中で無限にポップアップを繰り返すメッセージ。
こちらからの操作を受け付けない上に多重表示され続けるせいでマトモに読めないが……
湧き続けているのは実行時エラーの表記なのは分かる。
この閉じられた舟の中から外部に向けて送信され続けているモノ。
「何処までが、成功したんだ……?」
星骸計画、人類の進化を図る計画の一端としてヒトの星骸化に成功した事までは分かった。
固有の自我を保持したまま高次元の存在へと転ずるのが計画の肝だろう。
自我の保持に関する実証ログが欠片も見当たらないのは偶然か?
その状況で、コイツは一体何を『実行』しようとし続けている?
「ブレーカーでも見つけてそれごと落とすか?
━━いや、非常電源で動かれるだけか」
余計な事をしてドアのロックが完全に固定でもされては目も当てられない。
端子に水でもぶっかけたところでダウンしてくれるような設計はしていないだろう。
「おいメイカ、結構洒落になんねぇことなってるぞ」
多分とか恐らくとか、そういった憶測の域を超えないが。
逃げ出して仕舞い、とはいかない碌でもない事になっている事だけは直感が告げていた。
■焔城鳴火 >
「そんなの、とっくにわかり切ってたでしょうよ」
執務室に戻ってくれば、相棒が端末に向かって唸っているようだった。
どう、洒落にならない事に成ってるかまではわからないが。
「交代。
あんたはこっちの方を見て少し休んどきなさい。
余裕、あんま無いでしょ」
星核を移植されている自分とは違い、相棒は義手こそ特殊だが、普通の人間だ。
星骸による浸食が閾値を超えてしまえば、もう取り返しがつかないのだ。
そもそも、今の状況で正気を保てているだけで大したモノなのだから。
「――で、なに?
計画関係の実験記録かなにか?」
そう聞きながら、相棒に個人端末を押し付けつつ、狂った端末をのぞき込んだ。
そこにあるのは、生物を星骸に変化させるための実証実験のログ。
ただ、そのログは不完全で、鳴火の記憶にある記録とはまた違うものであった。
「実証実験のログのように見える、けど、これ――」
そんな、生易しいデータではない。
送信先は、第二方舟所内全体――そして無差別な外部ネットワークチャンネル。
「道理で、音や映像で星骸化が進むわけだわ。
この端末、生き物を星骸に出来る電子データを、圧縮して手当たり次第に送信してやがる」
ダメもとで端末のキーを叩いてみるが、反応なし。
恐らく、端末にこびり付いている星骸が端末を支配しているんだろう。
目的は、本能。
同族を増やすために、無差別にデータをまき散らしているのだ。
「キョウドウ、私のケースから抗浸食薬を取って。
最後の一つだけど、使うしかなさそう」
まずは端末を支配している星骸を無力化する必要がある。
幸い、総量は多くない。
薬をぶちまければ、星骸としての状態を保てなくなり、無害化できるだろう。
とはいえ、それでデータの送信が止まるわけではない、というのが問題なのだが。
■挟道 明臣 >
「……? あぁなるほどな」
一瞬疑問を持ちこそしたが、状況と合わせて理解に至る。
星骸は死体ではなく、意思を持っているのだ。
随分詰め込んできて持ってきたように思えていた薬も、これで打ち止め。
ほらよと、言いつつ投げ渡しかけたのは、振る舞いがクセになっているのかもしれない。
なんとか咄嗟に思いとどまって端末に噛り付いたメイカに手渡してやる。
「んで? こいつは……水卜の個人端末か。
……また随分毒の回った回顧録だこと」
押し付けられた黒い板。
表示されっぱなしの画面に表示されているのは水卜の日誌だった。
読み進める途中までは理路整然として『アルカディア計画』なる物の進捗の記録。
ここ数か月という期間に入った辺りで『K』への強情な物言いが目立ちだし、
果てには主語を含めた表記が崩れていく。
「……第二方舟が、水卜の本来進めていたのはこれか」
アルカディア━━その名の通りの理想郷を造り、守護したという特殊な『星』。
そいつの権能を用いて他の『星』を制圧するのが計画としての概要。
アルカディア計画。第二方舟の進行プロジェクトは、コイツだ。
リストバンドの数値は、その『星核』と『星骸』を移植する為の適合値の計測なのだろう。
そこまで知れたところで、条件が整った。
さっき端末に触れた時点で欠落していた物が埋まり、
空ぶったはずの異能が今になって発動する。
■ > ━━これは、この場所に残された過去の記憶。
『アルカディアは、ぼくの物だっ』
吼えるような、病的な叫びと共に男が自らの身体に星骸を受け入れた。
ぐずぐずと溶けるように、黒と一つになりながらケタケタと笑う男は端末を操作する。
『これでっ世界はアルカディアの、ぼくの元で一つになる』
その動きから、意識と理性が失せていく。
反復してきた動作を身体がただなぞるように繰り返しているような、緩慢な動作。
身体の節々で膨張と破裂を繰り返し、壊れた人形のような足取りで男は地下へと続く扉を開けた。
『……ディア、ぼ、くの━━だけの、星かク……』
■挟道 明臣 >
━━視界が、世界が元に戻る。
予想通りの結果だったせいか、異能の使用に大きな反動は感じない。
全ての星を、星骸を支配する唯一の存在と星骸という新たな肉体を得た人類。
それらを以って他の全てを統率せしめんとするのがアルカディア計画の本来の思惑として、
問題点その1、果たして水卜はその統率者として成ったのか。
問題点その2、星骸化した人類の自我の維持が実証されているのか。
その3は無い。そもそも全てがクソ食らえだ。
見切り発車で終末の津波を起こそうとしているこの馬鹿を止めるぞ。
「とにかく、コイツを停止させるぞ。
地下に行った馬鹿をどうすっかはその後だ」
抗浸食薬を要求して来た時点で、思考と目的は既に合致していたのだろう。
懐古主義も唸るような端子の伸びた個人端末を手に相棒に並んで執務室の端末に向き合う。
■焔城鳴火 >
「サンキュー。
投げてきたらぶん殴る所だったわ」
受け取った薬を、少量ずつこびり付いた星骸に浴びせて無力化していく。
その上で、その辺に転がってる廃人から布切れを拝借し、強引にぬぐい取れば、一先ずは星骸からコントロールを奪い返せる。
問題は、そうなっても、端末が操作を受け付けない事には変わりない事か。
操作を拒否するエラーメッセージが出るようになっただけ、マシと言えばマシだが。
「そ、アルカディア計画――もう実現まであと数歩、って所の計画。
問題は、人造神に最も適していた人間でも、要求スペックに満たなかった、って事。
だから方舟が今やってんのは、より適正のある人間探し、って所かしらね」
言いながら思いつく限りのコマンドを入力してみるが――端末は操作を受け付けない。
エラーメッセージを辿れば、原因は権限不足らしいが。
「千利の馬鹿は、自分が計画から外されると思い込んで暴走したって所でしょうね。
けど、そんな適性があいつにあるわもな――あー、だめだめ!」
そう言って鳴火はもろ手を挙げた。
そもそもこういった機器の扱いは、最低限は出来ても得意な方ではないのだ。
鳴火が思いつく事には限界がある。
「ちょっとキョウドウ、あんたこういうの強い?
どーも権限不足で、操作が全部弾かれてるっぽいんだけど。
こいつを止めないと、馬鹿をぶちのめしても、研究区がぶっ飛ぶのは避けられないし――」
参ったように苛立ち紛れに言う。
データの送信を止めない限り、被害は最悪、島中に広がりかねない。
ネットワークの海に流出でもしたら、もはや手の打ちようが無いだろう。
■挟道 明臣 >
「多少は他の奴より知っちゃあいるが、今回に限っちゃ……」
言いつつ、お手上げといった形で万歳してる横から端末の下部を前にしゃがみ込む。
星骸に汚れた銀のボディを拭ってやれば、視認も難しいほどの僅かな細い線。
「━━あった。これしかないだろ」
最大限まで継ぎ目を隠した、スライド式の隠しインターフェース。
総当たりすれば見つかるのかも知れないが、最短経路は異能で得た成果って奴。
揃いも揃ってアンティークみたいな規格の有線端子だが、
そんなアンティークが二つ揃えば意味など一つだろう。
挿し口に上下が規定された個人端末のコードを差し込めば、
若干のラグの後に一瞬画面が暗転して━━同期完了。
執務室の物と同じ画面が黒い板に表示されて、そっち側は操作ができそうだ。
「とりあえず片っ端から保留んなってる実行処理は停止するとして……」
幾つタブできてんだこれ。
精査する余裕も無いだろうと、開かれた実行処理のタスクを丸ごと指定して強制停止。
これで無差別に星骸化させられる、といった最悪のケースは回避できた……だろう。
アラートの表示ごと綺麗さっぱり消え去った画面に、ただ一つ残った表示。
1ミリ秒単位でガリガリと削れていくタイマーの表示は━━緊急時対応:清掃実施。
「清掃っつーのは、まぁ言葉のまんまの意味じゃあ無いわな。
リミットは……ざっくり数えて20時過ぎか?」
ちゃんと非常事態の後処理まで用意されてはいるらしい。
まぁ、碌でも無い物に違いはないのだろうが。
■焔城鳴火 >
「今回に限っちゃ?」
珍しく、好奇心と興味に彩られた表情で、相棒の行動を眺める。
骨董品じみた端末二つが繋がれば、へえ、と感心する声と、軽い拍手。
「やっぱ手を組んで正解だったわ。
わたしだったらこんなの、どうしようもなかったし。
一か八か物理的に壊す、の一択だったわよ」
それでデータ送信が止まる保証は、まったくと言っていいほどない。
相棒の行う操作をどことなく面白そうに眺めつつ。
「――え、これで終わり?
あっさりすぎない?」
そう驚きはするものの、データの無差別送信が止まっているのは確かだった。
しかし、残っている表示――それがシンプルに厄介だったが。
「あー、んー――清掃部隊、方舟の証拠隠滅チームね。
基準が昔と同じなら、戦力的には、戦闘向きの異能者や魔術使いなら不意打ちで突破できるくらい。
ただ、私とあんたじゃ、見つかって捕まって、記憶処理されておしまいでしょうね」
相棒の言う通り、残り時間を計算すれば、突入はおよそ20時頃になるだろう。
「とはいえ、無暗に拘束や殺害するような事はしないから、上で動けなくなってる連中は、丁寧に保護されて全部きれいさっぱり忘れて、日常に戻れるでしょうね」
そういう意味では、一先ず、学生や生き残りの研究員を助けるという目標はクリアーだ。
黒杭の破壊と、救出は、結果として達成できたからいいとして。
「――問題は、私たちが捕まれば、記憶消去は免れないって所ね。
それも、今日だけじゃなくて、数日ほど記憶を持ってかれると思う。
その上で二度と方舟に興味を持たないように暗示を刷り込まれてね」
となれば、遭遇しないように隠れて逃げるか、別ルートで脱出するかしかない。
「となると、非常経路か」
第一方舟には存在した、非常時脱出用の避難経路。
第二にも存在するとは限らない、が。
「キョウドウ、その端末から非常用の裏口みたいなのがないか、洗えない?
間違いなくあるとは思うんだけど、有るとしたら地下のどっかなのよね」
地上階に用意するほど、親切な設計ではない。
というよりも、地上階で事故が起きた場合の脱出路なのだから当然の位置関係だ。
そこが使えれば、清掃部隊と接触せずに脱出できるだろう。
まあ――非常口の出口に別動隊が待ち構えていないとは限らないが。
■挟道 明臣 >
「記憶処理ねぇ……」
何もなかった事にしたい方舟からすればその手しか無いか。
そればっかりは身に危険が無かったとしても、断固として拒否の一択。
記憶の中にしか大切なモンが残ってない身からすれば死んでもNOだ。
実際カチあったとして、まぁ手が無い訳じゃないが……戻れるかという別問題が出てくる。
「真っ当に所内のシステムから障壁が開けれりゃソレで良いんだが……無理そうだしな」
言いつつ端末の中身をひっくり返してみるが、それらしいものが無い。
地上階と屋上という消防規格通りの物がこれ見よがしに図面として残されているばかり。
更新前のデータを復元してもそれらしいものは見つからず。
無い訳が無いんだが……さて。
━━ある前提で、考えろ。
今俺たちが探しているのは、隠されている以上限られた一部の人間用のモンだ。
非常事態の中で、他の全てを見捨てて研究結果だけを握りしめて駆け込む為の物。
その扉を超える鍵を与えられているとすれば━━恐らくクラスA。
その前提で合致するなら所長室か、地下2階のいずれかと言ったところだが……
所長室にあるなら此処まで来た職員達がそのドアに手をかけずに干からびる理由が無い。
「あるとすれば地下二階、か。
作ったとして、何処に繋がってる……?」
この施設の位置関係を、思い出せ。
研究区の島端。
この施設で脱出する事だけを考えるのなら━━
「海か」
■焔城鳴火 >
「――東?
こっから東なんてなにも――」
何もない、と言いかけて引っかかった。
この島に来て日が浅い鳴火としては、まだ地理関係を完全に把握しているとは言えない、が。
「そうか、脱出する事だけを考えたら、それなら間違いがない」
海上、または海底。
どちらにせよ、脱出先としては人目を避けられた上で、理論的には島のどこにでも行ける。
それこそ、第二がダメになった事で台頭するだろう、第三の方舟にも。
「地下二階、か。
でも隠し通路の入口を見つけた――ってわけじゃないのよね」
相棒の様子を見ていればわかる。
自分じゃ操作できない速さで流れて行った、端末の情報にもそれらしいものはなかった。
その上であるという前提で考え、さらに重要な物を確実に持ち出すとしたら。
「星骸保管庫、ねえ。
かなりリスキーな賭けになるわよ。
出来る事なら、絶対に近寄りたくない場所ではあるし」
しかし、鳴火の目的の心臓も、有るとすれば地下二階の保管庫だ。
けれど、そこには恐らく――いや、確実に。
「千利のやつも、そこにいるでしょうね。
しかも、最悪の場合、保管庫中の星骸と星核を呑み込んでるかもしれない」
それは、一体どんなバケモノに成っているだろうか。
左腕を持ち上げて、鎖と手枷を見た。
鳴火の知る限りであれば――これが機能すれば、理論上は、どんなバケモノでも葬れるが、けれど。
「隙を見て隠し扉を見つけるか、正面からぶちのめすか。
あんたに渡した外套なら、隠れて調べる事も出来るでしょうけど」
星の鍵、死の衣。
自分の存在を隠匿する能力を持つ外套。
それは身を護る能力も相当な物だが、本領はその隠蔽能力だ。
羽織っているだけで、周囲から死者と認識させる事ができ。
能力を起動させれば、誰からも認識されなくなる。
それこそ、とんでもない感知能力でもなければ、容易には見つからない。
「行くなら、私が注意を引いているうちに、あんたが隠し通路を探すのがベターか。
本当なら調べておきたい物もあるけど、贅沢は言えなさそう」
二人で脱出する――最悪、どちらかでもここで得た情報を持ち帰る事を考えれば、心臓は諦めるしかないだろう。
そして当初の役割分担を考えつつ、体一つの無能者とはいえ、星骸の特性や、異形体の性質を知っている自分が囮になるのが最も危険が少ない――いや、最も相棒の生還率が高い。
そしてこの相棒なら、一人で助かったとしても、新たな協力者だって得られる事だろう。
そんな、自分の命をすでに計算から外して――考える。
■挟道 明臣 >
「リスクは承知の上っつーか実質一択なんだからやるしかねぇだろ。
アルカディアとかいうモンに水卜がなってるのか成り損ねるのかは知らんが、
溶けるか弾けるかしてなきゃ、まぁ居るんだろうが」
溶けてくれてりゃ万々歳なんだが。
願いや望みと逆のモンが転がってる己の常が例外を作ってくれるとも思えない。
「……は? 馬鹿言え、居たら正面からぶちのめすぞ」
良策を提案したみたいなツラして、コイツ今なんつった。
一人で相対して一人で打倒するから死に紛れて出口を探せって?
━━却下に決まってんだろ。
「全賭けだって言ったろ。
帰るんならチップの一枚も落としていかねぇ。出口は安全を確保した上で探す。
化け物でも星でも構わんが、要はお前が懐に飛び込むまで時間稼げば良いんだろ?」
だったら任せてお前が被ってろと、外套を投げ渡す。
お互い身体のベースはただの人間。
外套はより接近する人間が持つべきだ。
「文句とケチの受付はお前が木材より頑丈になったら考えてやっから。
ウダウダ言い合って消耗する前に行くぞ」
どうせ、この先は言い合ったところで平行線だ。
事ここに至って他者の命だけを矢面に立たせられるような人間ではないのだから。
■焔城鳴火 >
「は――笑えない」
外套を押し付けられて、出てきたのはそんな言葉。
言葉とは裏腹に、その口元は、笑みと言って差し支えない形に成っていた。
「残念ながら逆なのよ。
こっちはあんたが持ってないと、私があんたまで灰にしちゃうから」
そう言って、外套を押し付け返した。
「この手枷と鎖は、ヴィヴィ姉さんが作った、唯一の純粋な兵器。
黒杭に変わって『星』と戦うための、絶対殲滅兵装。
ただし、無差別攻撃しかできない」
だから過去、一度も使われる事が無かった。
敵も味方も関係無く滅ぼしてしまうからだ。
「性質は火。
だから私がこれを使えば、あんたまで燃やしちゃうって事。
それこそ、絶対燃えない外套でも被ってないとね」
相棒が一人でやらせないと言ってくれるなら――絶対に失いたくない。
純粋な我儘だ。
「時間稼ぎはその通りだけどね。
私がこれを動かすまでの時間を稼いでくれれば、バケモノを滅ぼすのは私がやるわ。
まあ私が使える保証もないんだけど――全賭けなんでしょ?」
くすくすと、少女のような笑みが自然と浮かんだ。
ハッキリ言って、状況は最悪一歩手前。
だが――ここまで気分よく、道連れになってくれる相手がいると思うと、いっそのこと清々しい気持ちになる。
「――千利は元々、星骸や星核への耐性がかなり高い人間だった。
だから、溶けてる可能性は限りなく低い。
そして、異形体の中でも過去最大の規模に変異してておかしくない状況よ」
もう相棒と押し問答するつもりはない。
自分に全賭けしてくれるのなら、鳴火もまた賭ける物を惜しむつもりはなかった。
「まだ切羽詰まった時間じゃないわ。
一旦、お互いの状態を確認しましょ。
怪我や疲労、浸食の状況も含めて。
それに、そこの私用研究室にも、なにかあるとも限らないし」
運がよければ、浸食耐性薬の一つや二つは残っているかもしれない。
水卜の異形体だけならまだしも、星骸や星核の影響で精神汚染が進めば、時間稼ぎをしてもらうのも困難だろう。
「とりあえず、私の方は体力的にも、精神的にも好調。
怪我もまあ、幸いあんたと会ったおかげでしてないわ」
一人で施設中を歩き回っていれば、もっと異形体と接触する事になっていただろう。
そうなれば、怪我の一つや二つは覚悟しなくてはいけなかった。
――一人で無い事の有難さをひしひしと感じる。
「で、星骸に触るような事もしてないし、これと言って浸食されたような覚えもない。
まあ、そもそも適合率0%の人間は、星骸にすら拒絶されるし――」
そう言って、鳴火が自分のリストバンドを見た時だ。
その異常にやっと気づいたのは。
「なに、これ――」
【適合率:999%】【浸食値:99】
目まぐるしい速度で、数値が切り替わる。
測定器も兼ねているリストバンドは、一時たりとも、まともな数値で留まってはいなかった。
■挟道 明臣 >
「……そのヴィヴィって奴、
見た目と実用を紐づけない事に関してはマジで一級だよ」
開いた口が塞がらない。しょうがないから皮肉だけ吐いておこう。
おおよそ拘束具の形してるもんの説明として何一つ合致しない物を聞かされた気がする。
その見た目なら無力化するとかそういうもんだろ!?
「理屈は分かった。
無駄にジタバタしなくても囮になれると思ったんだが……まぁしょうがないか」
突き返された外套を掴んで羽織る。
少なくとも俺にはその枷と鎖が使えないのは目に見えている。
やれるかも、というならその時間稼ぎに努めるまでだ。
【適合率:002%】【浸食値:07】
数値化された死に等しい結末。
それが迫っているのを再認識すると、否応なしに冷や汗が出る。
「こっちもまぁ、余裕はないが限界間近って程では……」
私用研究室方へと向かいながら言いかけて、背後で起きた異変に気付く。
調子よく話していたメイカの突然の呆然とした様な声。
「どうかしたか、メイカ」
■焔城鳴火 >
「囮になってもらう必要はどうしたってあるけどね。
私も、使い方を知ってるだけで、本当に使えるかはわからないし」
それこそ時間稼ぎ――場合によっては正面からぶつかってもらう必要だってあり得る。
むしろ、その可能性の方が高いだろう。
この星の鍵には、かなり厳重なロックが掛かっているはずなのだ。
そのロックを外す方法は――完全に手探りになる。
今も意識を傾けてはいたが、まったく見当がつかないのだ。
――流石にそれを言う事はしないが。
そして互いの状態を確認し合った挙句――
「ねえ、キョウドウ――」
相棒にリストバンドを見せる。
「私、結構、ヤバいのかも」
それを見せた時の鳴火の表情は、珍しく青ざめていた。
■挟道 明臣 >
見せられた数値に、目を疑った。
留まる事を知らない数値の変動と、とっくに超えられた限界値。
危機の破損、という線に頼るのはあまりにも楽観的過ぎるだろう。
(……何時からだ?)
表情を見る限り、メイカ自身も今気が付けばといった様子。
始めに見たリストバンドの数字はどちらも0だった。
資料の中で見えた適合率が今のコレと同じ物かは定かではないが、
焔城 鳴火の数値は100と0の両極端な数値が記録されていた。
それ自体はメイカ自身が気に留める様子が無かったからこそ
その異常な数値に言及してこなかった。
その結果が、これか。
「……良い、ひとまずアンタは座ってろ」
後回しにしていた研究室。
その扉を個人端末の接続で開け放って、その中を漁る。
「なんか、なんかねぇのか!」
手近な棚を荒らすようにひっくり返して抗浸食薬を二つ見つけるが……
自分に使った時の事を思えば気休めになるかすら怪しい。
焦燥感の中、壁面の棚に納められた銀のケースに手が触れた。
緩衝材に満ちたその中身は殆ど持ち出された後のようだったが、
ただ二つ、赤と緑のアンプルだけが残されていた。
【肉体再構成補助剤】と【星骸不活性化剤】
書いてある事のニュアンスは分からなくはないが、これが果たして使えたものか。
「おいメイカ、意識ははっきりしてんだろうな。
ひとまず手あたり次第に持ってきたぞ」
ありったけ、目に映る薬剤らしき物を片端から掴んだがそれらの量はそう多くない。
使える物が多少でもあればいいが。
■焔城鳴火 >
「ああ――うん」
言われるまま、近くの椅子に座る。
混乱していないと言えば嘘になる。
方舟のこれら測定器の正確さは、鳴火自身がよく知っているのだ。
だからこそ――このでたらめに数値が変動している状況に、恐怖を覚えても仕方ないだろう。
「いつから――どうして――」
原因、切っ掛けが分からない。
この研究所に入ってから、やってきた事が多すぎるのだ。
どれもが原因になりそうで、どれも違う気がしてくる。
ただ――原因を外部に求めず、自分自身の中から探すのなら。
唯一、思い当たる所は、確かにあった。
「――ぁ、ごめん、ありがと」
椅子から起き上がって、相棒と一緒に薬品類を確認する――が。
「今使えるのは抗浸食薬くらい、か。
こっちの二つは、持ち帰っておきたいけど、今は使い道がないわね」
星骸の活動を停止させ、保存されている記憶から星骸になる前の肉体を再構成する薬剤のセット。
使い道は何時かあるかもしれないが、今は不要と言っていいだろう。
「これ、キョウドウが使っておいて。
それこそ千利と正面からやりあう事になるなら、余裕はあった方がいいし」
言いながら、抗浸食薬を相棒に渡す。
自分に使うという考えは無かった。
「すぅ――はあ」
ゆっくり呼吸を落ち着ける。
ここまで来ておびえてる場合じゃない。
この数値の異常が何を示しているか、確証がないとしても、やるべき事は変わらないのだ。
「――後は、保管庫に殴り込むだけね」
そう言いながら、薬品をまとめたケースを閉じて、抱える。
その手は、平時と明らかに異なり、小さく震えていた。
■挟道 明臣 >
「そう、か」
渡した薬剤のどれもが、彼女の身にある異常の解決には繋がらない。
試してみる、などというのはもってのほか。
明確に効果が無いのであれば、薬は身を滅ぼす毒にもなりかねない。
「余裕な……確かに幾らあっても困りゃしないんだが」
その余裕を完全に失ったはずの彼女に冷静に言われては、従う他無い。
自分には使わない。
彼女がそう判断した抗浸食だが、実際俺が使う分には計測値は目に見えて下がってきた。
一日の接種上限などがあったとすれば余裕で超えていそうだが、
それでも効能に変わりは無いらしい。
【適合率:002%】【浸食値:05】
「あぁ━━━━行くか」
震える背中を前に、どうしてやる事もできない。
不安か恐怖か、あるいはその両方でも語れぬ思いがあるのかもしれない。
大丈夫だなどと、無責任な言葉が吐けるタチならどれほど良かったか。
それでも、目下の問題を解決しない限りは安息など無い。
急く気持ちを抑えつつ。
ただ小さく震えるその手を取って、腰かけた椅子から引き起こしてやる。
向かうは恐らく水卜の待つであろう地下二階。
【9/25 17:23】【適合率:002%】【浸食値:05】【~B2F星核保管庫】
■焔城鳴火 >
「――大丈夫、原因は、多分」
薬を使う相棒の横で、自分の頭を押さえる。
計測値が狂うほどの何かがあるとすれば――それは、鳴火の身に移植された星核の影響だろう。
「幻聴に幻覚、今思い返せば、心当たりがないわけじゃない。
一先ず、命に直結する事じゃないから、大丈夫」
その繰り返される大丈夫、は自分に言い聞かせているようでもあった。
よく知っている人間、それも尊敬し慕っていた人間が変えられた星核でも、それがどんな影響に繋がるかは未知数だ。
ただ。
「十数年、活性化しなかった星核が活性化した。
――これが、幸運の兆しだと願うほかないわ」
そう相棒に言いながら、手を取って立ち上がる。
その手は、青年らしく、頼もしいと感じた。
二人が行く先は、最後の部屋。
――B2 星骸保管庫。
【9/25 17:23】【適合率:999%】【浸食値:99】
――保管庫の扉は、シェルターか何かのように強固な扉だった。
「パスコードが必要――とかじゃなさそうね。
この端末、持ってこなくてもよかったかも」
念のため、と思い水卜の個人端末を持ってきていたが、今のところ出番はなさそうだった。
「中から音は――聞こえるわけないか。
でも」
でも、と言った直後に、床から振動が伝わってくる。
とても巨大な質量が動いたかの様な振動だ。
「――中にいるのは間違いない、と。
どうする、とは聞かないでいいわよね」
そう言いながら、保管庫の電子ロックへと近づく。
そしてリストバンドをかざせば。
重たい音を立てながら、巨大な扉がゆっくりと開いていった。
■【水卜異形体】 >
ソレは、すでに人間としての意識はなかった。
周囲にあったあらゆる星骸と星核を取り込んで、自我などはとうの昔に消え失せている。
しかし――
『あ、ああ――ある、か、でぃ、あ』
保管庫の奥にある、巨大な円柱状の培養槽。
緑色の養液に満たされたそれに、異形となった身体は縋りつくように、背中から生えた四本の腕を伸ばしている。
芋虫のような体に、無数の大小様々な足。
背中からは四本の腕が生え、その頭部は、頭だけは、『水卜千利』の名残を完全に残している。
ソレは、保管庫の扉が開いた事にも、二人の侵入者にも気づかない。
保管庫の中はめちゃくちゃに破壊されており、星骸や星核を保管していただろうケース類は、悉く壊れていた。
唯一無傷で残っている培養槽には、異形と化したバケモノが縋りついており、その中には、小さな心臓が一つだけ浮かんでいた。
■挟道 明臣 >
異能など無くとも肌で、全身で感じる異形の存在。
重い、重い扉の向こうで二人はそれに相対する事になった。
「っ━━━」
息を飲む。
壊れたラジオのようにアルカディアの名を呼ぶそれは、確かに水卜千里なのだろう。
その残滓は最早頭部以外には微塵も残されておらず、
単一の生命としてのデザインが崩壊していた。
外見や目に映る物を指して美醜を語る事の無価値を知った上で、それでも思わずにはいられない。
なんて、醜悪な姿なのだろうか。
「これが進化だ、なんて言って誰が納得するってんだ」
こちらに気づいた素振りも無く、一心不乱に培養槽に手を伸ばす怪物を前に小さく呟いた。
音や光といった刺激は、既にアレにとっては感知する物ですら無いらしい。
聞こえているのかはともかくとして、過敏な反応は見せてこない。
「まぁ、それならありがたく今の内に用意させてもらうとするか」
預かった外套から左腕だけをはだけて、形を変えていく。
鋼のような密度を持たせたまま形状を変えるには、ついぞさっき無茶をさせ過ぎた。
それでも、『星』と見紛う程の虚像を形作る所までは、なんとか回復していた。
無視していられない程に強大に見せて、隙を作る。
「用意は良いか、メイカ。
アレと会話しようだとか間違っても考えんな、最短ルートで叩いてくれ」
肩を、そして背を這うに根が浸食する実感を覚えながら合図を待つ。