2024/11/02 のログ
ご案内:「Free5」に焔城鳴火さんが現れました。
ご案内:「Free5」から焔城鳴火さんが去りました。
ご案内:「Free5 児童養護施設『方舟』」に焔城鳴火さんが現れました。
焔城鳴火 >  
 ――心地よい秋晴れの日。

 こういう日は、子供たちを連れて庭に出て、外で遊ばせるのが決まり。
 とはいえ、普段の院長先生(・・・・)のしつけがいいものだから、ぼんやりと喧嘩やケガをしないか眺めているくらいで、鳴火の仕事は十分――

『――ねーえー!
 めーちゃんせんせーもあそぼー!』

『めーちゃんもかくれんぼしよー!』

「あぁぁぁ~~――引っ張るな揺らすなクソガキ共~ぉ」

 両腕を幼い女児と男児に引っ張られ、右へ左へと体が揺れる。
 庭のベンチで座って、ぼけっと考え事をしているだけでよかったはずなのだが。
 言葉も態度もキツイはずなのだが、なぜか子供に懐かれてしまうのは、楽でもあり面倒でもあった。

(――そういや、兄さんもそうだったっけ)

 被検体として連れてこられた子供達は、素顔を晒さない、あのどこか乱暴な人に懐いていた。
 理由はよくわからないが――自分もその一人だった事を思い出すと、こうして両手を引っ張られていても悪い気分には――

「――ああもうっ、鬱陶しいわお前ら!」

『きゃ~!』

『ぴよちゃんがおこったー!』

「誰がぴよちゃんだこのガキ!」

 逃げようとした男児をひっ捕まえて、片腕で頭を乱暴に、わしゃわしゃとかき回す。
 そうされるのがまた、嬉しそうなのが腹立たしい。
 子供と言うのは本当に、扱いが面倒で、厄介だ。
 

ご案内:「Free5 児童養護施設『方舟』」にノーフェイスさんが現れました。
ノーフェイス >  
色の失せつつある季節に、くっきりと黒い影がある。

地味な黒一色に襟を詰めたその装いは、司祭の身を証す僧衣(キャソック)
僅かに丘陵を描くような胸元にはロザリオが歩くたびに揺れて、時折、秋の太陽を照り返す。
鍔のある帽子と、片手にトランクケースなど提げた様は、
どこかドラマの登場人物のような、あまりに紋切り型の装いだった。

子どもたちが賑々しく遊んでいるところから、少し離れたところ。
その姿が現れたことに、気づくものもいたかもしれない。
目深に帽子を被ったせいでその目元は見えないが、
細い顎のライン、赤い唇は、女性のそれを思わせて。

『ごめんくださーい』

徒手の片手を唇の横に立て、発されたのは流暢な英語だ。
そこまで張り上げた音量でもないのに、なににも阻まれぬように静かに音の波紋が広がっていくような。
上品ながらもはつらつとした声。年若さを思わせるが、男女定かならぬ甘い声色。

あえてこうして発したものはといえば、その場にいる「大人」への用件であることは明白。

焔城鳴火 >  
 ――英語?

 子供の相手をしていたら、聞きなれない声が届いた。
 そっちを見れば、黒い人影、
 あまりにも、あからさまな装い。

 その不思議な人物に、興味を引かれる子供たちは少なくない。
 遊んでいた手を止めて、不思議そうに来客を眺めている。

「――ライアン、チビたちを連れて中に入ってなさい、
 そろそろ昼寝の時間でしょ」

『あっ、うん、わかった』

 名前を呼ばれた、十代後半の少年は、子供たちの中心になって院の中へと戻っていく。
 遊び足りなそうにしている子供たちも、不思議な来客の登場もあってか、様子を気にしながらそろそろと、院の中に戻っていった、

「まったく、聞き分けがいいのは助かるんだけどねえ――さて」

 そう気だるそうにしながら、ポケットから新しいシガレットチョコを出して咥えつつ。
 不思議な――いっそ不審とも言える来客に視線を向けた。

「悪いけど、司祭は不在よ、もう一ヶ月くらい。
 何か用事があるなら、言伝くらいは聞いてやるけど?」

 そう客人に対する態度とは思えない、明らかに面倒だという様子で言葉を返した。
 

ノーフェイス >  
『ごめんねー。すこし、先生の時間をもらうね?』

年長らしい少年に対して、親しげに声をかける。
にこにこと口元が笑っていて、手袋に包まれた手をひらひらと振っていた。
胡散臭いくらいに友好的なその姿は、やがて子どもたちの気配がひとまず消えた頃、
あらためて"めーちゃんせんせー"のほうに向き直った。

「学食で食事中に多量の出血によるショックで昏倒し、搬送された。
 一ヶ月以上を経ってなお、教会を預かる司祭さまは療養中……」

なにひとつ困ることのない、流暢な――流暢すぎるほどの日本語を口にして、
併設されている教会のほうに視線を向けるようにしたあと、歩み寄りながら帽子を取った。
鮮血のような髪が流れ、焔の黄金の双眸があらわれる。輝くような貌だ。不自然なほど。

「ボクの用事は、アナタに対してだよ。焔城鳴火先生。
 星護さんの事情に関わっていたら、面倒に巻き込まれてしまって。
 ぜひお話を伺いたいのだけれど――アナタのほうは、関わりたくなかったりする?」

華美にすぎ、聖職者を名乗るのは逆に不敬になりそうな有り様で――
――しかし最も奇異なるのは姿でも声でもなく、より確かな事実。
星核を所持していることを感じ取れるならば、それがなによりの逸脱といえる。

焔城鳴火 >  
「なんだ、知ってるんじゃない。
 だったらさっさと帰――」

 現れたその鮮烈な色に、目を奪われたわけじゃない。
 ただ、鳴火の『視覚』はその鮮やかな色に混ざる、奇妙な色を二つ(・・)捉えた。

(――一つは知らないけど、こいつの、この色)

 ガツン、と頭を殴られたような衝撃が、頭蓋の中に響く。
 それがただの頭痛や、病気の類ではなく。
 鳴火の頭に埋め込まれた物の、共振である事は言うまでもない。

「お前――その名前を軽々しく口にするな。
 問うのは私の方、
 お前、どうして神山舟(かやふね)を持ってる。
 返答次第じゃ――」

 ガチャリ、と鳴火の左腕が上がる。
 その腕には重そうな手枷と鎖が巻き付いていた。
 

ノーフェイス >  
「待って待って待って!
 こどもたちが遊ぶ庭にバラ撒こうとすんなよ、めーかせんせー。
 覗かれてるかもしれないんだよ?トラウマ植え付けちゃうって」

なにやら物騒なものを取り出して凄む相手に、
トランクケースを取り落とし両手をあげる(ホールドアップ)
とはいえ神山舟を所持しているとなれば、そんなもの何のアピールにもならない。
慌てたような素振りも、そう、振りだけだ。芝居がかった所作の裏、氷のような冷静さがある。

……そして、何があっても切り抜ける自信。

「彼女から預かってる。疑わしいならいま問い合わせてみてごらんよ」

ひらひら、と手首を軸に両手を振って。

「――こっちにも、たしかになんか……うん、反応してるな。
 波打つようなふるえ……ざわついてる。
 でもアナタは、ボクがなにを持ってるかまでもわかるんだ?」

小首を傾げた。扱いも知識も、一日の長があるのか、あるいは。

焔城鳴火 >  
「――チッ」

 舌を打ち、不機嫌そうにシガチョコをかみ砕いた。
 芝居がかった降参アピールも、はっきりと言えば癪に障る。
 それが冷静さと自信に裏打ちされてるとなれば、更に燗に触る。

「別に疑いはしないわよ。
 神山舟は誰でも手にとれるようなもんじゃない。
 それを持ってる時点で、一定の証明になるって言っていい」

 いらだちを隠す様子もなく、新しいシガチョコを咥え直すと、鳴火が向けていた敵意は霧散する。
 とは言え、燃えるような苛立ちは少しも消えはしなかったが。

「言葉通り、格の違いってやつよ。
 内蔵か外付けか、ね」

 それ以上に、関わってきた経験も知識も明らかな差があるのは違いない。
 とはいえ、それを真っすぐ話すには、この場所は開けすぎている。

「――それで、何の用?
 あらたまって聞きたい話なんかあるの?
 あの女から渡されてんでしょ。
 必要な事は聞いてんじゃないの」

 星の鍵を持っているとなれば、各種計画を始め、大まかな事は知っているはずだと考える。
 なぜなら、何も知らないまま鍵を渡されるなんてことはあり得ないのだ。
 これらはそう簡単に、手に取れるような、優しい道具ではないのだから。
 

ノーフェイス >  
「……完全不活性だったはずじゃーぁ……?」

丁寧過ぎるほどの説明であればこそ、そこが気にかかる。
活性化していなくても共鳴反応が起きるのか、あるいは起動する何かがあったか、だ。
――たとえば、そう……

「彼女が入院したあとは、メッセンジャーづてしか接触できてなくてね。
 まだ正規の学生じゃないもんだから、医療機関には立ち入りづらいの。
 ……なにより、なにもかもが断片的だから。
 事態の成り立ちも全容もみえてない。ハッキリ言って必要なほどに達してない。
 今後どう関わっていくかについてもね」

よいしょ、とトランクケースを拾い上げた。
土汚れがついていないかぽんぽんと叩いて、あらためて帽子をかぶる。

「ところで、アナタ事故現場にいた?」

焔城鳴火 >  
「――あ?」

 何でそんな事まで、と思いつつも。
 あの女が情報源なら、『不自然な事』は何一つない。

「なるほど、まだまだ申請中び異邦人か、非正規か。
 どっちにしろあいつの病室には近寄れないでしょうね。
 明らかに不審な事故だったし、警備も硬い」

 よ、と軽く立ち上がると、相手との身長差が非常に大きいのが強調されてしまう。
 悲しいかな、こればかりは成長期を終えた手前、二度と縮まる事のない差だ。

「事故――事故ねえ。
 私はよく知らないわ。
 研究区でトラブルがあったってくらいは聞いてるけど、私今、教員は休職中だもんで」

 言いながら、院の正門を示して、先に歩いていく。
 広々とした玄関に入れば、綺麗に並んだ子供たちの靴。
 そんな玄関のすぐ右側に、『あーちゃんのおへや』と手作りのプレートが掛かった部屋があった。

 鳴火はそんな部屋を蹴り破るような勢いで開け、半歩踏み込む。
 振り返って、客人に人差し指を上に向けて、ついて来いと促した。
 

ノーフェイス >  
(小柄なヒトだけど、アレはおもったより―――)

真面目な顔をしているから、漂泊の詠人の詩吟か、
あるいは芸術を審美するような佇まいかもしれなかった。

「ハロウィン・ナイトにトラックがひっくり返ったときの。
 けっこう面白いニュースだったけど、ご存知なかった?」

いかにもな帰り支度の風体ながらに、招かれれば一も二もない。
秋風はじわじわと冷たくなってきたから、長話なら屋内でするに限る。

あーちゃん

いまなお、この名前を名乗っているのは、どんな感情なのだろう。
あんな寓意の効いた名で、元の名を否定しながらも。

(……ひとに言えるボクじゃなかったな)

自嘲の笑みは口端にも上がらずに。

「いたんだな、アナタも?」

懺悔室の内装は一瞥に留め、扉が閉まれば改めて。

焔城鳴火 >  
「へえ、今年も活きの良い馬鹿がいたもんね。
 ハロウィンは、ここの連中の相手で手一杯なのよ」

 去年はあの女の手伝いだからまだよかったものの。
 一人で相手にするには骨が折れるというもの。
 しかも、いつの間にやら、去年よりも随分と住人が増えているのだから堪ったものじゃない。

「適当に座りなさい。
 ああ、和室がダメでも苦情は無しで」

 そう言いながら、客人を持て成す態度とは全くかけ離れた対応で、座布団を足蹴にして畳の上を滑らせた。
 部屋は典型的な和室で、大きな桐ダンスとクローゼットが並んでいる。
 ちゃぶ台の横には、恐らく敷きっぱなしの布団。
 その周囲には、空の酒瓶がいくつも転がっていた。

「――いかないわけにも行かなかったもんで」

 言いながら、自分用の座椅子に座り、天井を仰ぐように凭れる。
 体格に比して大きなものが強調されるが、まるで気にしていない様子だ。
 
「そーいうアンタこそ、なんでまた。
 あの女に頼まれでもしたわけ?」

 そう言いながら、ボリボリ、とシガチョコを噛み砕いては、新しい物を咥える。
 

ノーフェイス >  
「へーき。さいきんはちょこちょこ縁があるから」

座布団のうえに腰を下ろし、片膝を立てる姿勢でくつろいだ。
畳のうえも、まあ、そこまでそわつく感じではないようだ。
酒瓶――おそらく現在は、この女性の居住スペース……この女性の……

(悪くない眺めですこと)

お茶もなにもないが、客として来たわけではない。

「第二方舟――とだけ伝えられて。
 偶然、ボクが見学に来てるときに事故が起こった。」

トランクケースを開けて、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。
開栓し喉を潤しながらつづけた。

「そこで資料をいくらか漁って――アナタに行き着いたのもそこから――
 ……過去と現在の計画(プロジェクト)についても、いくらかは。
 だから、すくなくともかつての当事者であるアナタに話を聞きたい、とね。
 ……しょうじきボクとしては、神山舟(アレ)超克(クリア)できれば関わる動機も薄いんだケド」

ふわり、と宙空に出現し、浮遊する多面体――神山舟の収納形態。
ふたつの権能のうち、片方――『不滅』ではないほうに、興味が向いているようだった。

「あ、そうだ」

と、思い出したように、トランクケースから学生手帳(オモイカネ8)を取り出す。
ひらひらとそれを振った。画面を覗くように促して。

焔城鳴火 >  
「そいつはまた――運がいいわね」

 あの場所にいて、生き残った。
 客人の実力もあるのかもしれないが、まぎれもなく幸運だろう。

「ああ、あそこの資料を読んだなら、私の事なんて大体わかってんでしょ。
 移植実験の失敗作。
 今はとっくに、関係が無くなってる――はずだったんだけど」

 浮かんだ多面体は、見慣れた色と形。
 自称、完全無疵の美少女、『E』が設計した、自分専用の星の鍵。
 使われた星核は二つ、そして所有する権能も二つ。
 一つは非常にシンプルな物だが、もう一つの存在のために、扱える人間はごく少数に限られてしまう。

「それを使える人間は、私の知る限り二人だけ。
 無理して使おうなんてやめた方がいいわよ。
 武器として作られた鍵なんて、どれもろくなもんじゃない」

 そう言いながら、自分の左腕を眺めた。
 手枷と鎖で一組の星の鍵。
 兵器として作られたこの鍵は、敵も味方も関係ない、無差別破壊兵器なのだ。

「あん――?」

 手帳を出されれば、なんだとばかりに画面へと視線を向ける。
 

ノーフェイス >  
VV-05(じんめつ)……そんなふうに出しててイイもんなの?」

あるいは、失敗作だから使えない。
資料の内容は、ほぼ頭に入っているようだった。
――はずだったのに?と問いたげ視線だけを向けながら。
 
「使い道はいくらか思い浮かんではいるケド、
 武器として扱うことに興味はない」

新たな力が欲しいとか、倒したい(ヤツ)がいるとか、そういうのではない。

「ただ、そう言われると三人目に、そしてその極北に成りたくもなる。
 試練への挑戦が眼の前にあり、ボクなら使い方がわかるとのことだ。
 じゃあ、やれってコトだろうし、やってみせなきゃなんだよな」

使い手になることをあるいは期されている。
彼女のため、ではなく、自己の超克のため。
そこに畏れも驕りもない。自分の可能性の見積もり、挑み、より完全に(つよく)なることに滾る人間――
熱に浮かされた危うさは、ない。階段を昇ることに、ただ意欲と理論、自信がある。

それが、自分の関わる理由となった。
それ以外に何か外的要因があって関与している――と言いたげでもあり。

「ん」

画面を起動し、インターネットブラウザで動画配信サイトが立ち上がる。
投影されて立体に再生されるのは、高精細の30秒枠のCMだ。
アメリカのコスメブランド『MAZE(メイズ)』の、冬の新作。
テレビを見ていれば、ハリウッド映画の主演で見た顔かもしれぬ、
モデルとなった女優の唇を飾る紅々としたルージュが、
華麗なシャッフルビートの曲をバックに、塗ってみせる仕草から眩しい。

焔城鳴火 >  
「記憶力いいのね。
 へーきへーき、ヴィ――『V』姉さんの作品は、まず大前提として、まともに機能しないから。
 これを使うには、姉さん好みのサプライズを起こすか、姉さんが作ったバックドアを使って起動させるしかない。
 ――で、そのバックドアのキーを知ってるのは、この島にはもう、私しかいないわ」

 要するに、現時点で使える人間――使った上で生き残れる人間は、鳴火以外に存在しないのだ。
 そして、一度、認証されれば、この手枷は外れない。
 外すなら腕ごと切り落とすしかないが、そんなことをしてまで外す必要もない。
 軽く肩を竦める。

「あのクソ女が死にかけてるんじゃ、無視も出来ないでしょうが。
 第二のクズ共に、なにやってんのか問いただす予定だったのよ。
 んっ、とに、あいつ、いつまで寝てんのよ――ここのガキどもが落ち着かないじゃない」

 盛大な舌打ちを鳴らしながら、心底不愉快そうに。
 そして、目の前の客人にも呆れたような顔でため息を吐いた。

「こっちがイカれても面倒は見ないわよ。
 自分から死にに行くようなヤツを見てやるほど、優しい医者じゃないもんで」

 そう言いながら、自分のこめかみを指先で叩く。
 それだけ、多くの人間が、神山舟に挑戦し、廃人になってきたのだ。
 ただ、それを止めるつもりも然程ない。
 というよりは、その手に渡っているという事実が、三人目になれるという保証のようなものだ。
 その過程でどれだけ苦しむかは、知った事ではない。

「――ぁ?
 これが何よ」

 残念なことに、コスメの類には興味がない鳴火としては、そのCMを見たところで、碌な感想を抱かなかった。
 

ノーフェイス >  
「ボクが歌ってる」

主体は、むしろ後ろで流れているCMソングのほう。
正規の学生の身分を持たない、プロのミュージシャン。
……である、ということだ。するり、と事も無げに自己紹介。
目ざとければブラウザ上でその動画を再生した回数が三桁に乗っているのも覗けるだろうけど。
画面を消して、

「神山舟の超克は、ボクだけの事情、挑戦――……
 自己の弱さを直視し、克服、更新しなければいけない……という生き方の話で。

 切実なところが……個人的に雇い入れてる護衛(ボディガード)も彼女に世話になっててね。
 あいつの気が(そぞ)ろになるから、どんな形であれ決着まで付き合わないといけない」

ふう、と困ったように溜め息をつくものの。

「……アナタが、この事柄に対してどういうスタンスでいるのかをまず知りたい。
 ボクは彼女がどうなるにせよ、それまで尽くせる手は尽くすつもり。
 それが、アナタとぶつかり得る道なのかどうかだ」

付き合いはいいほうだからね、と肩をすくめながらに。
敵なのか味方なのかの、明確な線引きをしようとする――要するところ。
理外一致ならば、使える手札になり得るというコト。

焔城鳴火 >  
「は?
 へぇ――」

 歌っていると聞けば、聴覚の方が優位に働く。
 その歌声は、鳴火からしても、手放しに賞賛出来るものだった。
 感心するような声を零しつつ、動画の再生回数をちら、とみて。
 映像と客人を見比べて、少しだけ面白そうな顔をした。

「ふうん、悪くない生き方じゃない」

 客人が神山舟に挑む理由を聞けば、素直に好感を抱いた。
 そしてまた、切実な理由の方を訊けば、くっく、と笑った。

「後の理由は、本当に切実そうね?
 方舟(あいつら)とやりあうのは、骨が折れる――前に心が折れかねないと思うけど」

 口元だけで笑いつつ、手近な酒瓶と使い捨てのプラカップを手に取った。

「あんた、酒は?」

 そう言いながら、返事を聞く前に自分と客人の前になみなみと注がれた、琥珀色の液体。
 アルコールの匂いよりも、甘い蜂蜜のような匂いが強く漂った。

「――クラインをぶん殴る」

 そう言って、乾杯などをするでもなく、当たり前のように一口でカップを飲み干した。

「だけの、つもりだったんだけどね。
 思わぬものを取り戻せたから、計画から潰さないといけなくなった。
 それも出来るだけ早く、ね」

 そう話しつつ、二杯目の琥珀色を注いだ。
 

ノーフェイス >  
もとより『MAZE』は勇名ブランド。女優に、覆面歌手も相まって、
全体の再生回数――それこそとんでもない数字のほうが目についているのであって。
不覚にも「それ」は見落としていたのが、見比べられると、
歌手としての自分に興味を持ってくれたのかな、などと笑顔など返してしまっていた。にこっ。
 
甘い(こういう)のはすきだよ」

透明な容器に満たされた香りを、まずは嗅覚で楽しんだ。
辛口の米酒、強烈なウォッカや薬草酒の類は正直あまり好ましくはないが、
蜂蜜の香りがとてもいい。一口、舌に乗せて楽しむ。単車で来なくて助かった。

「――ん。
 まあ、そうなるよね。最初は彼女(ポーラ)の意向を汲めばと思ったんだけど。
 よりによって"アルカディア計画(プロジェクト)"の、文字通りの(キーパーソン)……

 だったもんだから。護衛(あいつ)の心の落着のためには、
 方舟(アーク)……計画を主導してるクライン(ヤツ)との衝突も避け得ないかな、とは」

思ってる。
それに畏れはない。ただ、気乗りしていないようだった。
そういう衝突や闘争に、あまり惹かれない類。音楽家。
ゆえに基本的に無派(ノンポリ)――個人として事件全体に求めているのは、
あくまで事態の収束、ポーラ・スーの解放、そして護衛の納得。
最後のものが、最優先。かなり冷静に臨んでいるといえる。

燼滅(それ)もって殴り込んで自爆でもするつもりー?」

どうやら、裏技(バックドア)で使用可能になっている無差別兵器。
そんなつもりではないだろうと思ってはいるし、対策もされているだろうと目してはいるが。

「…………アナタは、」

一口飲んで。

「キミは計画そのものが否の姿勢(ノー)なのか、
 それとも、使われているのが彼女の心臓だから?」

外様である自分に対して、それこそ。
前進の計画からの当事者であり被検体である彼女は、いかに。

焔城鳴火 >  
 琥珀色の蜂蜜酒を飲む様子に、付き合いがいい女だ、と鼻で笑う。
 人によれば馬鹿にされたようにも取られかねないが。

「――ふぅん、なるほどね。
 私としてはここで退いておけ、って言わせてもらうけど。
 クラインは、はっきり言ってマトモな人間じゃないわよ」

 昔のクラインとは、一緒にメビウス博士に師事した仲ではあるが。
 星骸計画と第一方舟、そしてメビウスを失った彼女は、すでに鳴火の知っている『クライン姉さん』ではない。

「冗談、燼滅(これ)はもうまともに使えないの。
 次に使ったら、多分、数秒だって制御できないし、私も死ぬだろうしね」

 実際は使えないわけではないが、鳴火の異常活性した星核と、どんな共振現象が起こるかわかったものではないのだ。
 最悪、辺り一面を焼け野原にしても、焔は荒れ狂うかもしれない。

「――ん~?」

 客人の問いに、頬杖を付きながら、カップを揺らす。

「アルカディア計画は、メビウス博士の理想から外れている。
 あの人の生徒であった以上、このまま計画を進ませるわけにはいかない」

 星骸計画ですら、彼女の理想ではなかったのだ。
 そこからさらに外れたアルカディア計画は、実行させるわけにはいかない。
 ただ。

「――アルカディアの体なんて、はっきり言って興味ないわ。
 心臓だろうが何だろうが好きに使えばいい。
 でも、あの女の首から上だけは返してもらう。
 ま、その手段がないのが問題なんだけど」

 鳴火にとって、星護有瑠華(ほしのもりあるか)以外はどうでもいいとすら言っていい。
 計画自体は止めるが、それは『彼女』の身体を取り戻してからだ。
 とは言え、どうすれば取り返せるのかは、何一つ目途が付いていないのだが。
 

ノーフェイス >  
「それで?」

マトモな人間ではない――それ以上の理由、言葉の続きを待った。
相手がマトモではないというだけで、停まる理由にはならないのだ。
それは自分もだし、恐らくは理由となっている護衛のほうも。

「メビウス・コアトリクエ。
 ――の、遺言?それとも、キミ個人の意思?」

奇妙なところに、拘った。
現状、行方知れず――という認識の――星骸計画の主導者である女性から、
その遺志を託されているのかどうかが、まるでひどく重要なことであるかのように。

「人が管理できる"神"をつくる、だっけ。
 たぶん、人類全体の再定義(メジャーアップデート)を行う前進計画に対して、
 ひとりのリーダーを作成しよう、みたいなたくらみなんだろうとは思うけど。
 ……しょうじき、うまくいくとは思えない。
 いや、つくるところまでは実現性も実行性もあるとは思うケド……」

半ばほどまで減ったカップを揺らしながら、ぼんやりと考える。

「ああ、なんか首から上だの下だのどうとか言ってたな、あいつ……
 (CPU)だけもってきても、それを乗せる肉体(マザーボード)がない?
 取り替えられた……人間の肉体にとか……?そっか、どっかで保存されてんのか……
 なんか映画とかでよくある、カプセルに首だけ入れて保存するとかは無理なの」

厳しいとわかってて告げた与太話。

「―――――」

なんで彼女にそこまで拘るの、と問いたげな視線が一瞬。
一瞬だけだ。どうでもいいことだった。
精神の変容が起こったことは、資料からでも知れた。
立ち入っていい問題ではないように思えた。

「……それで彼女がそれらの事情から解放されるっていうなら。
 ボクとしては、むしろそこがひとまずの落着(ゴール)にはなるかな。
 まあ、後顧の憂いを断っておきたいって気持ちもないワケじゃないケド……
 クラインの意思と方舟全体のベクトルがどこまで重なってるかも気になるトコ」

一口呑んだ。

焔城鳴火 >  
 それで、と返ってきた言葉に肩を竦めた。
 予想通りであって、諦めていた通りだ。

「私の意志」

 客人の問いには、間髪入れずに答えた。
 なにせあの『先生』は、何一つ鳴火に遺してくれなかったのだから。
 だから、計画の妨害はどこまでも自己満足でしかない。

「同感ね。
 でも、賛同しない相手を一人残らず星骸にしてしまえば、世界はたった一人の管理下に統一される。
 それだけの兵器も、クラインは用意してるって事。
 問題は、明らかに計画を急いでいるのが不気味なのよね」

 本来なら、もっと慎重に進めるべき計画なのだ。
 あのような『事故』も起こるはずのない事。
 水卜千利を暴走させない方法はいくらでもあったはずだ。

「首から上だけの保管、自体は不可能じゃないわ。
 とはいえ、理論上は可能なだけで、倫理的に認められてないけどね。
 首から下が、完全に保存されてるなら楽なんだけど」

 言いながら、その可能性は低いと、ため息を吐いた。
 なにせ、先日たった一部――心臓だけを取り返したばかりなのだ。

「――どうでしょうね。
 一番は、アイツがクラインにとって無価値になればいいんだけど。
 んー」

 同じように一口、酒を含んで。

「クラインと方舟(アーク)の意志に関しては、どうにもきな臭いところね。
 統一されてればマシだけど――そうでないなら、この後のクラインがなにをするか、わかったもんじゃないわ」
 

ノーフェイス >  
自分の意志だと告げれば、ふうん、と息を吐いた。
正解――でもないが、望むほうの解答であったらしい。

「亡霊は、生者が産むものだといわれてた時代があったんだってさ……」

中身の残ったカップが揺れる。
琥珀色の世界に映る自分を眺めて。

「……じゃあ、クラインはどうだろう?
 メビウスとは、どういう関係だったのかな。
 彼女は……マトモではないっていうけど、どういう人間だったのか」

推量するには、こちら側の情報が足りなさ過ぎる。
どうのように(How)よりもまずなぜ(Why)から。

「ついでにシュレディンガーとかディラックもいるかどうかは聞いときたいな」

笑いながらの冗談。天才の名の符合。
ポジティブな方向に進んでいるのであれば、縁起を担いでも良かったのだが。

代替品(スペア)保持(キープ)しとくものだから。
 それが起こり得るんだとしたら、彼女の上位互換をクラインが入手したうえで
 実験が完成すること――まあ要するに、クラインが勝たないとそうはならないから」

一番は手遅れになってからしか訪れないので、次善を追及するしかない。

「逆に、組織をあげての動きなんだとしたら第二方舟の事後処理が杜撰すぎる。
 ボクは都合、午前10時から六時間くらいいたケド、『対処』が起こったのは夜だったんだろ?」

あとでニュースを見た限り。
その時に"保護"された者たちは、残らず――まあ殺されてやいないだろうが、
なにも見なかったことにはされているだろう。一瞬、鼻腔に血の香りがよぎった気がした。
指で擦る。鼻血は出てなかった。

「水卜とクラインが男女の仲だった――とかじゃないんだったら、クライン派、みたいなのがいて。
 限られた人数で秘密裏に動いてるんだとしたら、いたずらに追い詰めるのもヤバいかもな。
 極端に走って変なスイッチを押したりしかねないし」

精神が強い女性には、写真で見る限りにも思えなかった。

「目的と手段が逆転してるというか……
 そのどっちも、どうでもよくなってるように感じるね」

――賛同しない相手をひとり残らず星骸に。

「そんなつまんない世界を創り出してなにになるんだろ」

焔城鳴火 >  
「――亡霊。
 言い得て妙ね」

 まさに今のクラインを表すのに、相応しい言葉だろう。

「クラインは――」

 そこから先は、上手く言葉にならなかった。
 鳴火の知る『先生』と『姉さん』の関係は、ただの博士と助手、という間柄と見るには、あまりにも強い絆があった。
 だからこそ、『先生』が否定されたとき――『姉さん』は、アルカディア計画を牛耳る事にしたのだろう。
 ――『先生』の理論が正しいと証明するために。

「――悪い、上手く説明できない。
 ただ、単なる主任と助手、って関係じゃなかった事は確か。
 クライン――姉さんは、とても献身的で、熱心で、すぐに寝食を忘れるような、ワーカーホリック。
 どれだけ、栄養失調で倒れた姉さんを面倒みたか」

 そんな、些細な思い出話の瞬間だけ、鳴火の表情はとても柔らかく、穏やかになっていた。

「ははっ、良い質問じゃない。
 プランクって面白い博士は居たわよ。
 バイオリンが得意で、よく聞かせてくれたわ」

 とある学者の直系に当たる子孫。
 面白いのは、そんな彼女の演奏があの『方舟』での団欒の時間を作っていた事か。

「実験、計画の完成か――あまり楽観視できないのよね」

 その上位互換が存在していた――それがあまりにも笑えないのだ。

 客人の言う通り、『杜撰』であるという事には同意せざるを得ない。
 対処そのものが遅すぎるのもあるが――

「――千利如きが?
 それはあり得ないから――派閥があるんでしょうね。
 で、今のところ、クラインの方は旗色が悪い、か」

 目的も手段もどうでもよくなっている――結果さえ残せれば。
 いや、恐らく。

「先生の理論を実証できるかどうか。
 それしか考えていないのかもしれない」

 だからこそアルカディア計画なんだろう。
 星骸計画は――人為的に妨害されたのだから。

「どうでもいいのよ、その後の世界なんて。
 むしろ、滅びてしまえとでも思ってるんでしょ」

 そう言いきってから、長くため息を吐いた。

「私は、あんたたちが何をやろうと、邪魔はしないし、可能なら協調はする。
 だから、あんたたちも私の邪魔をしないで」

 目的はどちらも『あの女』に絡んでいるが、完全の一致ではない。
 だからこそ――

「――というわけで、協力しあう事は出来ない。
 私に、後、どれだけ時間が残ってるかもわかんないのよ」

 そう言って、ちゃぶ台の上に、見覚えのあるリストバンドを転がした。
 そこには、【適合率:300%】【浸食値:Error】と表示されたままだった。
 

ノーフェイス >  
「芸術にも通じてるとなると、いよいよ過去の偉人(マックス)と関係性を疑っちゃうな。
 ――作用量子(プランクコンスタント)は、ボクからしても他人事じゃない。
 過去に遡ることに興味はないけど、そうした偉人たちと
 直接言葉を交わしてみたいって気持ちはある……相手が合わせてくれるかどうかからになるケド」

なにせ、人智魔術の基礎理論に大きく影響している分野でもあるから。
そして、闇を切り拓いてきた先人たちに、自分の人智はおそらく、及んでいない。

「もっと、ただしいところをいくなら。
 多く、過去になった音楽家たちと、おなじステージに立ってみたかった、とか」

その考えにとらわれることはないが。
思いを馳せることは、ないわけではない――そして。

「……憧れより身近な過去に、生者はとらわれて、惹きつけられて。
 むねのなかに、たいせつな記憶の亡霊を生み出してしまうこともある。
 ――まるで神を信仰するように。
 そしてその信仰は抱えているうちに美化され、変質し。
 ……いつしか信仰に自意識が支配される」

あくまで、焔城鳴火の目から見たクラインでしかないのだとしても、ある程度は理解はできた。
それだけ強烈に敬愛していた相手の喪失――おそらく実験中に起こったなんらかの出来事を、
未だに処理しきれていないのかもしれない。

ノーフェイス >  
「アルカディア計画は、いままでの歴史が、なにより人間という種族の本質が。
 ……前身である星骸計画は、………、……」

わずかに、言葉に詰まった。
コップを傾けて、ごくりと喉を鳴らしてから、天井を仰いで息を吐く。

「……『大変容』、が……否定している。
 そうだ。どっちも"スタートラインをゴールと見ている"ような。
 そんな違和感があった――急ぎすぎている……
 人間ってヤツは、いまなお、『大変容』への適応進化の真っ最中……のハズだ。
 たとえ、それが亀の歩みで、恒常性(ホメオスタシス)に負けつつあるように、みえたとしても。

 人類の一括管理……、そして、人間という種全体の再定義……いずれにしても。
 大切なのは、考えなければいけないのは、それを実現した"あと"のことなのに……ッ」

――大変容がもたらしたものは。
ある一方向から見れば、人間たちを強制的に進化し、次の段階に推し進めたともいえる。
だが、いまもってなお『大変容』は災害として広く扱われている。
まるで狙いすましていたかのように現れた常世財団が、
その『大変容』をスタートラインとして、こうしていま時代が動き続けている。
人間はその絶望のなか、どうにか生き延びて文明と種を存続させることに成功しながらも、
歴史の転換点となった『大変容』を、五十年の時があっても、『祝福』に変えられていない。

―――――変えられて、いないのだ。

「……じゃあ、なんのために……」

……………大変容がおきたというんだ。

ノーフェイス >  
……一瞬だけ伏せていた瞼をもちあげて、過去から現在へ回帰する。

「第二方舟の事故が人為的なものでないのだとしたら……
 水卜のやらかしが、クラインを必要以上に追い詰めた可能性もある。
 たしかに時間はなさそうだし、近日動きがあるかも、か……」

すでに何かしらの極端が作動している可能性すらある。
まるでピタゴラスイッチのように、連鎖的に誘爆が起こっているのかも。
溜め息をつきながら、示されたものを身を乗り出して眺めた。

「……………」

バグっているとしか思えないリストバンドの数値。
少し考えてから、視線があがる。
主張している胸……をなぞりあげてから、その顔に。

「まさかとは思うんですケド」

自分のコップに、勝手に酒を継ぎ足して。

ここなの?」

コップを持った手の人差し指で、器用に自分のこめかみをたたく。
星核内蔵型――平たくいえば人間型の星の鍵。
核、という言葉と、何度かあがった話題から、てっきり心臓に埋め込んだものと思ったが。

首から上
はまってほしくないパズルのピース。

焔城鳴火 >  
「――耳に痛い言葉だわ」

 鳴火自身、信仰じみた想いを未だに引きずっているのだ。
 何一つ言い返せる言葉が無かった。

「立派なもんね、後の事を考えられるなんて」

 何のために――その言葉に鳴火は応える術を持たない。
 『大変容』を純粋な災害として捉えている鳴火には、星骸計画を肯定した鳴火には――本来であれば、その後を託されていたというのに。

「あんたみたいな、『その先』を見つめられる人間が大多数なら、『先生』も本心からの理想を目指せたのかもしれない、か」

 ぐい、と一気に酒を呷る。
 喉が焼けるような刺激が、胃まで駆け抜けた。

「あー、そこは逆ね。
 クラインが急ぎ過ぎて、千利が暴走した。
 ただ、第二を捨てても急いだ理由が――」

 自分が転がしたリストバンドを眺めて、ふ、と自嘲した。

「『これ』を見つけるためだとしたら――大成功よ」

 言葉では返さず、空になったカップを転がし。
 とんとん、と人差し指で自分の頭を叩いた。

「この一ヶ月。
 私が無事でいられてる事が不自然なくらいなのよ。
 だからもう――いつ、『これ』を持っていかれるかわからない。
 いつそうなってもおかしくない、のよ」

 そう言ってから、ポケットから一つの鍵をちゃぶ台の上に投げ転がす。

「もし私が突然いなくなったら、ここのガキどもを頼むわ。
 その鍵を生活委員に渡せば、悪いようにはならないだろうし。
 むかつくけど、『あの女』は上手く馴染んでたからね」

 そう言いながらも鳴火の瞳は、諦めた人間のものでなく――何かに挑むような焔の色を宿している。
 

ノーフェイス >  
成長とは」

立派といわれれば、どうなのだろう。
自分がそうなのか?それとも、周りがそうでないだけなのではないか。
おかしいのはどっちだ?――ずっと、口に出さずにいる感情を、
煮えたぎる益体もない思考を、瞬きのうちに追い出した。
ぽつぽつと、つぶやかれるは、それを冷やす降り始めた雨のように。

「促されても、示されても、導かれても。
 ……最終的には、自分の意志で、階段をあがること」

そこだけは、他人に譲ってはならないと。

「……そうであってほしいと思ってるだけ。
 さっきも、いったろ。自分の弱さにむきあって、それを乗り越えることが……」

最後のステップまでも、強制的になされてしまえば――歪みが生まれ、破綻が近づき、あとから適応するしかない。
劇的な奇跡というまぼろしに、しかし、ひとは弱さゆえに魅せられてしまう。

周囲(せかい)を変えるよりも、自分が強くなったほうが手っ取り早いし……」

この人間は、格差を肯定している
できるものとできないもの、優れたるものと劣るものがいる現状を肯定している。
そのうえで人間は成長できると、前に進めると信じている。
 
「……理想に恥じない人間(ボク)でありたい」

正否ではなく。自分で世界を、あらゆる価値観を定義する、虚無の生き方。
だからこそ――一律に押し上げる、ということには賛同できないし。

「たったひとつ輝く星も、人間(ボク)であるべきだ」

にま、と唇が久しく笑みを結んだ。
だから、クラインを否定し、対立する理由は自分にもできた。
せっかくひとつステージを上がったんだ。世界をめちゃくちゃにされたら困る。

「――ええー。孤児院の神父様ってガラじゃないからなぁ。
 できるかぎりふたりともうまく帰着することを目指すよ。
 ボクが演ってるのは、尊い犠牲を語り継ぐタイプの吟遊詩人(ジャンル)じゃないし。
 そうなりたくもないだろ?ボクが求めるのは、派手で痛快な娯楽(エンタメ)さ」

鍵はいちおう受け取っておくし、
死にに行こうとはしていないことはその眼をみればわかったけども。
もしものときの保険の重みを掌に感じ――肩を竦めた。

「知り合いの便利なヒトに渡りをつけとく。
 ――挟道明臣(きょうどうあきおみ)、ってヒトが接触してきたら、信じていい……あとこれ」

ぽい、と。
こつ然と手元に出現した、革張りの書物を代わりに手渡した。