2024/11/03 のログ
焔城鳴火 >  
「思想は相容れない――でも、大した人間よ、あんた」

 どこまで行っても格差を肯定できない鳴火とは、理想も思想も相容れる事がない。
 それでも、今の世界を生きる人間として、なんと逞しいことか。

「――理想に恥じない自分で、か」

 自分が誰よりも輝くと言ってのける客人に、鳴火は心底面白そうに笑った。
 致命的にクラインとは絶対に相容れない。
 この客人はきっと、中指を立てに乗り込んでいくのだろう。

「そう上手くいけば、めでたし、でしょうよ。
 世の中そう上手くいかないから、クラインや私みたいなのが出来上がるわけ。
 でもまあ、私もエンタメは嫌いじゃないけどね」

 鍵を受け取ってもらえれば、少しだけほっとする。
 鳴火にとって心残りがあるとすれば、ここの子供たちと――あと一人、優しい生徒。

「――は?」

 名前を聞いて、ヘンな声が漏れた。
 それはそうだろう、その名前は、あの日、共に生き残った相棒の名前なのだから。

「なるほど、アキオミ、ね。
 あいつなら確かに、信じられるし、頼れるわ」

 くっく、とまさに奇縁としか言えない縁に、腹を抱えて大笑いするのを堪えつつ。
 ひぃひぃ、言いながら、奇妙な本を受け取った。

「はぁ~――で、こいつは?」

 妙に手触りの良い装丁の本を、ぱらぱらと捲っていく。
 

ノーフェイス >  
「ボクが大した人間かどうか……ずっと、証明し続けなきゃ、なんだ」

評価も、称賛も、恥じ入りつつ、否定はせずに受け取っても。
それに舞い上がる様子を見せないのは、理想からは未だ遠いから。
……本心から評価を喜ぶのは、きっとたとえば、一歩を進んだ足跡や。
自分の歌が流れるCMや、それがおおくのひとに届いた事実なのかも。

「……空を埋め尽くすでっかい円盤に、
 単身突っ込んでいって世界を救うのも、エンタメといえなくもないケドさ」

古ーい映画だ。この世界においては。

「……ボクは可愛い女の子大好きだからねー。
 将来有望なコとか、どーしちゃうかわかんないよ?
 預けたこれがキミにとって大事なものなら、ちゃんと取りにきて。
 誰かに責任を託すのも、このまま持ってるのも、熱くてヤケドしちゃいそうだ」

さて、と立ち上がる。
付き合いはいいほうだ。律儀に言いつけは守るけども。
みすみす死なせやしないし、それやるとたぶん護衛に詰められる気もするので。

「あれ知り合い? えっ、それとももっと深いカンジ?」

なんだかツボに入ったらしい。
大人の関係にはいまいちピンと来ないが――まあ。
あの探偵のことだ。なにか、放っておけない事情があったのだろう。

「――ああ、星の鍵の構造をあらかたアタマに叩き込んで。
 あの仕組みや理論、なにより《星核》を動力にして、
 ボクの大魔法(アルス・マグナ)が、他人にも使えるようにならないかな……って。
 ざっとだけど、ボクなりに図面引いてみたんだよね」

より科学的かつ即物的なアプローチで。
よりピーキーかつ獰猛な装置。

「《星の鍵》の技術者や、なにかこういうのに詳しいヒトがいたら。
 ちょっと共有してみてほしいんだ――なんなら、
 その《楯無》は、キミの《燼滅》と相性がいいかもよ」

書き連ねられているのは、まず常人が扱えない狂気の沙汰ばかり、である。
マトモな人間――では、ない。

「星核の能力限界がわからないから、詳しい検証はそっちに任せるとして。
 なにかおもしろいことになりそうだったら、アキオミくんづてにボクに連絡して」

焔城鳴火 >  
「私たちの理想を否定するんだから、やって、証明し続けてみせなさい。
 あんたが証明し続ける限り、私たちは『この世界』を許容していられるんだから」

 それは期待であり、挑戦。
 言外に、折れるならさっさと折れろ、お前が折れたら、星骸計画をやってやる。
 と、信念を試すような。

「レトロゲーにあったわねえ、そんなの。
 『E』姉さんとよく遊んだわ」

 くすくす笑いつつも、次の言葉には肩をすくめて鼻で笑う。

「うちのガキどもは、見る目だけはあるのよね。
 あんたがソデにされるのも見てみたいもんだけど。
 ――取りに行くわよ、死んだとしてもね」

 預かってくれた事にほっとしつつも。
 笑いのツボに入ってしまっては、腹筋も落ち着かない。

「あー、まあ、大人の付き合い、ってやつよ。
 あいつには、私の命よりも大事なもんを預けてあるの」

 有瑠華(あるか)の心臓を信じて預けられる、今の鳴火にとってこの島で最も信頼できる男だ。
 ――つり橋効果かもしれないが、男としても悪くない、と思う程度には頼りに想っている。

「ま、アキオミには思いっきり頼るつもりよ。
 連絡もアイツ経由でいいなら楽だわ。
 こっちも便利なルートがあるからね」

 キョウドウアキオミという個人、更には408研究室という組織。
 どちらにも頼もしいラインがあるにはあるのだ。
 しかも内容を盗み見られる心配もない。
 ――しかし、と、本の内容を流し読みつつ。

「――随分とまあ、愉快な物を持ってくるじゃないの。
 ふん、面白いわね」

 そう目を通しながら、『仲間』達の顔を思い浮かべ。

「形だけなら、作れなくはないでしょうね。
 ただ、時間は貰うし、星核が無い以上、かなり下位の代替動力を使う事になる。
 生きてるうちに連絡は取ってみるけど――ま、受取人はアキオミにしておけばいいか」

 自分が受け取れる保証はないが、彼であれば一先ずは大丈夫だろう。
 なにより、悪用を考えついても、実行できるタイプの人間じゃない。
 
「――で、それはそうとお客人さん?
 最後にあんたの名前くらいは聞いても?」

 そう、肘を立てて面白そうに訊ねる。
 

ノーフェイス >  
「眼の前を楽しくするさ。生きていくうちに、"眼の前"がどんどん広がってく」

そう生きるのみだ。
曲げた時は死ぬ時だろうから、ある意味では狡い受け答えかもしれなかった。

「実際に、ボクの大魔術を他人が運用すること自体が未知数だから。
 稼働させるだけでも、技術屋と設計士……多くの専門家の力を借りなきゃ、
 実証段階までもいけないと思うし、ボクひとりだとできるのはここまで。
 ……"面白い"って思ってくれたんだったら、よろしく」

なにせ、"面白そう"と思って考えたのだし。
有用性や称賛よりも、なによりも後押しする印象を与えられたらしい。
――だれかの挑戦になれたら、いい。

「――それじゃあ、ボクも。
 "登山"の準備にとりかかるよ。必要な(ピース)は、こっちも仕上がった。
 いったいなにに使わせようとしたのかはまだわからないけ、ど――」

立ち上がり、帽子を被り直す。ニセ神父の出来上がり。
それじゃあと去りがてに呼び止められると、少し考えて。

「"I have no name : I am but two days old."」

肩越しに振り向いた姿勢で、唇のまえに指を立てて。

「いまつかっている名前も、じきになくなるだろうから。
 名無し(ネームレス)……って名乗っとこうかな。
 つぎに逢うときまでに、気の利いた渾名(ニックネーム)を考えといてくれる?」

にこ。そう笑って、去っていった。
遠回しの再会の約だ。自分から会いに行くための。
――なんとなく、そう。彼女は、このひとの死を望んでいない気はするし。
自分がそうする必然性は、十二分にある。

ご案内:「Free5 児童養護施設『方舟』」からノーフェイスさんが去りました。
焔城鳴火 >  
「――ネームレス、ね」

 立ち去る客人を、呆れたような笑みで見送って。

「次、か。
 私にあと何回、『次』があることやら――」

 クラインがその気になれば、いつでも鳴火の首を取りにくるだろう。
 そして、それから逃れる方法は――鳴火には一つも思いつかない。

「しかし、ほんとにおもしろいわね。
 ヴィヴィ姉さんが見たら、きっと大喜びで作――るのを、先生が止めるか」

 そう思いつつ、携帯端末で、ある人間(・・)に連絡を取った。

「ああ――悪いわね、忙しいところ。
 あんたにいくつか、外に連絡を取って欲しいのよ。
 ――そ、誰にもばれないように。
 依頼料は――はいはい、わかってるわよ」

 いつも通りの、大量のお菓子の要求に笑う。
 菓子作りは得意ではないし、連絡相手の方が上手いのだが。
 どうやら人に作ってもらった物はまた違う味わいらしい。
 その辺りの感覚は、分からないでもなかった。

「――わかった、近いうちにそっちに寄るわ。
 ん、ああ、今時珍しい、アナログな本なのよ。
 ――そうそう、よろしく頼むわ」

 そう言うと、相手の盛大なため息と了承の言葉に笑って、連絡を切った。

「――さて」

 空になったカップを底面から覗きこんで。

「死に支度を、整えるとするか」

 関係者がやってきた。
 それはいよいよ、鳴火に時間が残されていないことを、如実に表していた――。
 

ご案内:「Free5 児童養護施設『方舟』」から焔城鳴火さんが去りました。