2024/12/25 のログ
ご案内:「『さやかに星はきらめき』」にネームレスさんが現れました。
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ネームレス >  
時は一日遡って、聖誕祭の前日(クリスマス・イヴ)
島の盛りは賑わしく、居住区はその有り様を眩く装って、今日この日を迎えていた。
夜にも明るく見えるようにして、しかしこの者はその祭りにひとり静かに。
古い――この時代においてはそう扱われる――クリスマスソングを口ずさみながら自室のキッチンに立つ。
Gibson Houseの201の入居者は、先日から正規学籍へと移されている。

「なんかこの日をこう過ごすのもずいぶん久々ぁ」

この島に来てからの聖夜は基本的に出かけていたので。
まあそもそも、人を待てるような場所に住んでいなかったのもあるし。
――今日は、作業に没頭していたい理由もあった。
ので、自宅で腕をふるって、馴染の品々を拵えていたのである。

「…………」

ちょっと胃がきりきりする。夕食前なのに。
オーブンの世話をして、ひとまず準備が整った。伸びをして、一息つく。
ちょこんと床に置かれたミニチュアのツリーには、
包装されたプレゼントボックスが寄り添っている。

「まさかあいつから切り出してくるとは思わなかったケド」

ハロウィンのことも説明した記憶があるから、
ともすれば『クリスマスってなんですか?』と言いそうですらある。
意外にも知識があったから、なおのことあの時機嫌が悪かったのか――
頬がジンと痛んだような錯覚の直後、訪客の気配。火を止めて玄関へ向かう。
鍵を開けてドアを開くと、護衛(パートナー)を部屋へと招き入れた。
時は夕刻。逢魔とも。

「メリークリスマス。寒かったろ?」

緋月 >  
「確かに今日は冷えました。
もう少し位暖かくても、バチは当たらないと思うのですが。」

挨拶にはそんな言葉を返す、暗い赤色の外套(マント)に書生服姿の少女。
手には少しばかり厚手の手袋だ。
片手にはいつもの刀袋、もう片手には軽く抱えられる位の大きさの、飾り付けがされた箱。

「流石に、これだけでは首元が寒いです。
マフラー、でしたか…適当に、価格が手頃なのを探しておかないと。」

夏は外套を平気で着ていたのに、流石に冬はもう少し増やさないと辛いらしい。
ともあれ、おじゃまします、と部屋に上がり、腰に刀袋を差すと、

「流石に風情がないので、開けるのはもう少し待ってくださいね。」

などと宣いつつ、テーブルによいしょ、とプレゼントの箱を両手でそっと置く。
動作は丁寧だったが、片手で抱えられる代物である。
それほど重さはないのだろう。

ネームレス >  
「雪が降ってないだけまだマシ――ってくらいかもな。
 ボクは暑いのも寒いのも、季節感じられてスキだケド」

マフラー、と言われると、招いた彼女の背後でぱちり、と眼を瞬かせて。
そこから笑みを深め、後ろから両手でほっぺを包む。
台所で作業していたからか、大きく、そこかしこが硬い手は、いつも以上に温かい。

「――ひやし饅頭」

もっちもっち。

「プレゼントは、寝て置きたら――だけど、あとで交換しよっか。
 サンタさんが追加で持ってきてくれるかもしれないから、
 クッキーとミルクをツリーのところに用意して寝るんだぜ」

ずいぶんいい匂いをさせていて、オーブンのなかには何かが待っていた。
暖められていた小鍋の中身をガラスのカップに注ぐ。
クリーム色のほくほくと湯気を立てるそれを、並んで座るソファの前、テーブルに置いた。
ほい、と外套を受け取ろうと、彼女に手を差し出す。

「エッグノックをどうぞ、お嬢様。
 クリスマスには甘ーいこいつを飲んで暖まるのがお約束」

緋月 >  
「わっぷ。」

もちもちされて思わず変な声が出た。
精神の奥で小さく笑うような気配があったので、軽く圧をかけて置く事に。

「も~…饅頭なんて言われる程肥えてるつもりはないですけど…。」

苦情が届いているかは不明である。
ともあれ、頬は触り心地が良い事であろう。

「…先日、部活の部員の方々とパーティーをしましたけど、
随分と雰囲気が違ってますよね。
あちらはひたすらお菓子なんかを食べて飲んでお話して、でした。」

と、お話したのは凡そこの国におけるオーソドックス…といっていいのかは
分からないが、よくある形の騒ぎ方であった。
そちらはそちらで、存分に楽しんだのであろう。

「聞いた話だと、靴下を枕元に置いておくという話でしたが。
これもお国柄の違いというものでしょうか。」

柄でもない考え顔をしながら小首を傾けていると、やって来たのは卵の黄身のような色の、暖かそうな液体。

「あ、これはどうも。では――」

外套を外して、折角のエッグノッグをこぼさないように注意しながら手渡すと、
硝子のカップに手を伸ばし、少し息を吹きかけてから一口。

「――――はぁ、温まります…。」

とても幸せそうなお顔。
シナモンパウダーの香りが気にかかったのか、ちょっとだけ怪訝そうだった
表情は綺麗に溶けて消えてしまった。

ネームレス >  
ハンガーツリーに外套と手袋をかける。
最近よく着ている白のチェスターコートと、明暗の揃いになった。

常世島(ここ)は聖誕祭も新年もどっちも騒ぐんだよね。
 ボクのとこだと、この日はゆっくり休むお祝いの日なんだ。
 まァ、パパがけっこういそがしかったから、昼か夜のどっちかだけしか全員揃わなかった。
 ……外に出てもね。お店がどこもやってなくてさ。街がしん……と静かになるんだよ」

その様子が好きだったのだと。そういう調子で語った。
和洋折衷、様々な文化が混在しているが、やはり日本が強い気がする。

「ボクも常世島では、聖誕祭は出かけるコトが多かったケド――
 どお?部活――占星術だっけ?楽しかった?」

少々、彼女が属するには突拍子がない気がしたが、趣味が増えるのはいいことだと思う。
まず運ばれるのは、ドーム状の大きなパンが深い皿に乗せられたものだ。
天辺の部分に包丁が入れられていて、蓋のように取り外せるようになっていた。
中をくり抜いて、いつものクラムチャウダーを注ぎ入れた料理だ。

「――あ、そのまえに」

料理を出しておいて、お預け。
隣に座ろうとした直後に再びキッチンへ向かうと、棚から細長い箱と、一揃えのグラスを取り出した。

「乾杯しなきゃね。
 キミもボクも、彼の尊き御方を信仰する身じゃあないケド。
 クリスマスは聖誕を祝するだけじゃなくて――
 良き新年を迎えましょう、という祈りの日でもあるんだ」

教師みたいな物言いだ。

「残り数日、無事に生き残らないとな?」

悪戯っぽく笑った。教師には向かない不謹慎さ。

緋月 >  
「ふむ…この島や、此処に来る以前に私が過ごしたこの季節とは、随分様子が異なるのですね…。
私が知ってる限りでは、それこそ夜中まで飾り付けを光らせて、夜などないかと思うような有様でしたが。」

言いながら、語られる情景に軽く思いを馳せる。
静かなのは、嫌いではない。
郷で暮らしていた時は…狭い部屋暮らしだった事を除けば、いつも静かなものだった。
残ったこの年のあと暫しの日々。
昔を思い返しながら静かに過ごそうか、などと考えつつ、またエッグノッグを一口。甘い。

「ええ、流石に部員全員…とはいきませんでしたが、集まった皆さんで夜更かしして過ごしました。
ケーキやコーラ…でしたね、そういったものを口にしながら。
炭酸飲料…でしたか、私は山葵ジンジャーエールの方が好きでしたけど。」

なんだその奇妙な飲み物は。

と、やってきた料理を見れば、おお、と小さく声。
最早おなじみのクラムチャウダーだが、何度食べても飽きるという事はない。

と、食前に持って来られたのは細長い箱とグラスがふたつ。

「よき新年を――ですか。
こちらでは、年が明けてから神社に詣でて祈願するのが普通ですから、聊か気が早い…というのは、
私が「こちら側の文化」の者だから、という事ですかね。」

軽く苦笑い。
来年の事を言うと鬼がなんとやら、と言うが、本来なら良い年である事を願うのは年が明ける前が
らしいといえばらしいタイミングなのかも知れない。

「また不謹慎な事を。
――逮捕されるような事をしたら、今度は拳ですよ。」

さらっと恐ろしい事を。
ビンタでアレである。拳だったら目も当てられなくなるだろう。
ともあれ、箱の中身が気になる模様。

ネームレス >  
「クインシー……大きいマーケットがあってさ。
 そこの駐車場もがらーんとしてて、朝はやくに、そこをひとりで歩くのがすきだった。
 ……逆にこことか日本本土は、新年(ニューイヤー)をすごく静かに過ごすんだってな。
 夜空がお昼みたいに花火で埋め尽くされて、そこかしこで騒いでる印象なんだケド」

なにを重視するかは、国柄によって違うもの。
どちらかというと、騒ぐ理由を捜している人が、大半なように思えた。

「っ、」

思わず顔を庇うように腕が出た。
その向こうから警戒心が顔を覗かせる。それなりに堪えはしたらしい。

「こほん。お互い明日も知れぬ身だろー?
 新年はキミとどぉ過ごそっか?とは思うケドさ、どうなるかなんてわからない。
 明日にだって、いまこの瞬間にだって……また
 世界がひっくり返るかもしれないんだし?」

歌に剣に、命を捧げば。そして、世界は優しくもない。
今この時にも何かが始まり潰えていくなかで、噛みしめるべくものもある。

「残念だけどワサビは入ってないぜ。美味しかったの?ワサビのジンジャーエールって」

お洒落な深い緑色の瓶に、ラベルにはホウキに跨る魔女のシルエット。
柄にはバスケットがかかっていて、林檎がぎっしり詰まっている。
魔女のしわざ(ウィッチクラフト)』、という銘柄を与えられたりんごの飲み物だ。
色々書いてあるなかに、緋月が金髪の少女と出会った、
小さな村の名前が英字で綴られていた。そこで造られたものだ。

「うちのレーベルの人にリクエストしたんだ。デビュー祝い。
 まだ造ってるっていうから、小さい頃に飲んでみたかったやつ贈ってもらったの」

緋月 >  
「文化の違い…というものでしょうか。
往く年、来る年を静かに迎える…というのは、私としても性に合うというか。
代わりに、初詣は…パーティーとは言わずとも、人が沢山集まりそうですが。」

新年の願掛けに、神社に詣でるのはこちら側ではオーソドックスだ。
常世神社は、それはそれは人が集まりそうだ。

顔を庇うような仕草を見れば、小さく鼻息をひとつ。

「――下手したらこうして過ごす事も出来なかったかもしれないんですよ。
何かする時は、後々の影響というのを考えて下さいね。
…まあ、私が言えた義理か、というのもありますが。」

軽く苦笑しつつも、ぐさっと深めに釘を刺して置く。
自分も割と後を考えず、重傷になる手を使いがちだ。
反省はすれども、「あそこであの手札を切らねばどうしようもなかった」という
事情を鑑みる以上は、後悔というものは考えたくない。
出来れば、来年はその反省が軽くなるような形に持っていけるようにしよう、と軽く自戒。

「世界がひっくり返る、とは大きく出ましたね。
……まあ、否定は出来ません。
世界と言わずとも、色々なものが……ほんの少しの間、ほんの小さな切っ掛けで、
大きくひっくり返ってしまう出来事を、今年は少し多く見過ぎたし、感じ過ぎました。」

そんな事を語りつつ、取り出された品を見ると、ああ、と納得した様子。

「お酒でしたか。…大丈夫なんでしょうか、年齢とか。

あ、山葵ジンジャーエールは美味しかったです。
こう、香りと刺激がすっとくるというか。」

余っていたら持って来ていた所だが、残念なことに部活のパーティーで全部飲んでしまった。
ともあれ、お酒については少し悩み顔。年齢制限、という奴は流石に学園で学んでいた。

ネームレス >  
「だって、大変容はなんの前触れもなく起こったんだから」

なにが起こるかなんて、わからない。
世界は一度ひっくり返っている。五十年以上前に、ただただ無慈悲に。
コルクを外しにかかる横顔はひどく穏やかな微笑ではあるけれど、
だいたい、いつもこうだ。内心を隠し、人に見せる顔を意識し、自然すぎる演技をする。

「お互い、まだまだ全然コドモで。
 いろいろ知らなさすぎることが多すぎるから。
 今年もあって、来年もきっと、おもいがけないいろんなコトが起こるんだろうね。
 ……そのすべての出来事を喰らって、自分を成長させていきたいと思うよ」

キミは?そう問いたげに振り返った。
細いグラスに満たされる、黄金色の林檎酒(シードル)
甘やかな香りが立ち、ほのかな炭酸がしゅわしゅわと歌っていた。

「もちろん、まちがいなくいけないコト。
 だからキミが責任をもって、きょうとあしたはボクを閉じ込めて護ってね」

と、グラスを差し出した。どうする?なんて、試すように微笑むのだ。

「まえに進むと決めている。ようやく一歩踏み出せたんだ」

待たせて不安がらせたことは、省みてはいるけれど。
前に進むために必要な手続きだったから、出頭したのだ。
それを悔やむことも誤りとも思わずに。

「残る今年も、来年も。
 理想を実現し、世界に証明するためだけに生きる。
 神仏に祈ることはしないから、この場を借りて誓っておこう」

くるり。
細いグラスの脚をつまんで揺らせば、黄金の水面がたゆたう。

「キミは、これからどう生きる?」

なにをもって乾杯しよう。

緋月 >  
「知らない事が多いのは…ええ、確かにそうでしたね。
知らない事が多すぎて、知ってしまって苦しい思いをした事も随分とありました。

……私としては、もうお腹いっぱい…と、泣き言をほんの少しこぼしたくはあります。
生憎、それを許してくれるほど平穏な来年は過ごせそうにないと…もう、確信は持ってしまってますが。」

泣き言、と言いながらも、その表情は遠くを見据える猛禽のような光を見せていた。
今年中に清算出来た因果は確かに在るが、生憎それが叶わなかったものもある。
現れる試練を避ける事も出来れば、逃げる事も可能だろう。
だが、試練の真の意味は、そんな己の心を超克する事にこそ存在する。
だからこそ、逃げるという選択肢を考える事は出来なかった。

「どう、生きるか――――ですか。」

差し出されたグラスを受け取り、その泡立つ水面をしばし眺める。
さしあたり、考えつく事は色々とある。だが、それらは言ってみれば
「清算できなかった因果」の決着の為の過程に過ぎない…そんな気がする。

考えた末に出て来た言葉は、

「――――因果を斬る。」

先日、面会に向かったある人物との会話で出て来た言葉だった。

「刻まれてしまった傷跡、それは既に消す事は出来ない。
なればせめて――其処から続く「因果」を…身近な人が其処に巻き込まれる前に、
斬る事の出来る刃でありたい、でしょうか。

命でなく、その「業」を断つ刃でありたいと。」

瞬間。その目が一振りの刃の如き光を見せる。
触れれば斬れそうな、刀の如き雰囲気。
斬れぬモノを斬れる刃でありたいと、そう在ろうとしようと。
果ての見えぬ、更なる高みへ向かいたいと。

「…まあ、その前に、閉じ込めていないと何処かへふらふら出掛けてしまいそうな
薄情な誰かさんが年内にまた馬鹿をやらないように閉じ込めておくのが、今は大事ですね。」

特に今年はやらかしましたからね、と視線を向ける。嫌味か。

ネームレス >  
「なんだか具体的に話すじゃないか」

横顔を見つめながら言葉を受け止めて、そうつぶやいた。
観念的なことを言ってるようでいて、なにか思い当たる節もありそうな。
グラスを見つめたその瞳に満ちる、鋭い輝き――自分が持ち得ない要素(もの)。刃の心。
それを眺めていると、唇にはふと笑みが浮かぶ。

「それこそぶった斬ればイイって話でもないんだろうね。
 ずいぶん大きく出たもんだケド、キミにやれるのかな~」

なにやら困難に挑もうとしているよう。
考えねばならないこと。易くは成らない大望に。
見つめたるは成長の兆し。試練を乗り越えた証。

「それがキミをより成長させるっていうなら、ボクからしても望むとこ。
 迷妄に堕ちるのではなく、より鋭く成るというなら――期待しちゃうかな」

ゆら、ゆら。
掲げたグラスの向こうから、黄金の瞳が見つめている。

「んははは。この祝すべき日ばかりは、首輪でもなんでも歓迎しようか。
 ――薄情なんてのは人聞きの悪い話だケドね。ちゃんと想ってるよー、キミのコト」

へらへら笑いながら、グラスを差し出す。
言葉に出して誓い合えば、あとは杯を交わすだけ。
後戻りはもうできないのだ。

「来たる朝に、迎える新年にも、より理想に近づくために」

緋月 >  
「勿論、そう簡単に出来るとは思ってませんよ。
でも、そうと決めて――それを忘れずに、惑わずに、進んでいければ、辿り着けると思ってます。」

向かって、進んでるわけですからね、と、道理が通ってるんだか通ってないんだか分からない理論。
それに、と、言葉を続ける。

「随分前、神社で怒鳴られた時に、一度はあなたに刃が「届いた」じゃないですか。
――まあ、いつでも出来る技じゃないだろと言われれば、それまでですけど。」

あれから特訓は続けているものの、あの時の「絶」の太刀は今の所、
何時でも出せるような代物でもないらしい。
努力は続けているのだが。

「でも…諦めずに歩いていけば、アレも必ず、「己のモノ」として辿り着くと思ってますよ。
流石に一足飛ばしのズルは出来ないですが。」

暗に「宿命」を指しての一言。今もあの技は禁じ手扱いで使っていないらしい。
そもそも、そのズル自体が自分の命を賭けた大勝負、しかも勝ってもバックファイアが大きすぎる。

「全く、そう言う所ですよ。…まあいいです。」

同じく、グラスを軽く持ち上げて、

「来たる年は、過ぎ往く年よりも更なる「高み」に至れるように。」

言葉にした以上、逃げも隠れもできないし、しない。
それだけの覚悟と意気を、静かに込めて。

ネームレス >  
「まったくもって、あれには驚かされたよ。増えるんだもんな。
 そのあとに、大きな借りも作っちゃってさ……不覚だった。
 ……あれを返すまでは少なくとも、キミのまえからいなくなったりしないさ。
 とはいえ、ボクの成長の分も勘定にいれるように、とは思うケドね?」

うかうかしてたら置いてっちゃう。それはお互い様のこと。 
でも、一度――しかし確かに、彼女に自分は斬られていた。
死んでも惜しくないと思ったあの一瞬は、忘れるわけもない。
それが自信に繋がったなら、甲斐もあったというものだ。

そしてそのあと、彼女の言葉を、しっかりと受け止めた。
遮ることも反駁することもなく、耳を傾けていた。
やがてひとつ、ちいさくうなずく。

「叶えるために、生きよう」

追いかけることが目的ではないのだ。
願えば叶うものでも、見果てぬ幻想でもなく、この手に掴むための生であれと。
必ずできるとは言わない。だからこそ価値があると思うから。
すくなくとも、いま語る彼女の言葉に、この存在の心情は随分近しいようだった。

「乾杯」

そうして、涼やかな音が鳴り響く。
ひとくち含む味は、ずいぶんと甘くて、想像していたよりも深い。
味わって、そして――一瞬だけ、泣きそうな顔をした。

「あのさ」

ぽすん、と肩から、彼女に寄りかかった。

緋月 >  
「――信じます。」

いなくならない、という言葉には、ただ一言。
口とはいえ、約束されたなら信じるもの。
それに足るだけの重みも、感じられたから。

「ええ――お互い、目指す形に至れるように。」

乾杯の声と共に、二つのグラスが軽く音を響かせる。
くい、と口にすれば、甘味と共にくらりと来るような味わい。
これが酒精というものか、と思いつつ、それに呑まれぬように大きく一息。

と、其処に、肩にかかる重み。
決して悪いものではない重み。

「――何ですか?」

静かに、問う。

ネームレス >  
「……今日なんだよね」

12月24日。
世間ではお祭りだったり、休日だったり。

小さく見えるのに、頼もしい芯を得たような肩によりかかりながら。
ぽつり、つぶやいた。壁を――リビングにテレビはない――見つめながら。
グラスを傾けて、くぴくぴとやる。

緋月 >  
今日。
そう言われて、少し酒精の回った頭を叱りつけ、少しだけその言葉を考える。
他に特別な日は――――ああ、と、予想がひとつ。

「――――バースディ、トゥ、ユー、でしたっけ?」

その日にはそんな歌を歌って祝うのだ、と、文化・風俗関係の授業で知ったものだった。
本当は更にもう一単語、頭に付くのだが、それを付けて良いのかが図り切れなかったので、
敢えて抜く事にした。

(ずるい言い回しですね。)

思わず自分の言動に内心で叱りを入れる。

ネームレス >  
「…………生まれた日と言えばそう。誕生日は違うケド」

くる、と顔を向けた。なんかちょっと険しい表情。
おなかがいたいときはこんな顔になるような。

合衆国(ステイツ)でCDが出て。サブスクとかの販路にも乗ってて。
 ……どんなふうになってんだろって思って、怖くてネット視れてない……」

なんとも情けない言葉が零れた。
遠く離れた国で起こっていることで、肌で感じられないのがもどかしい。
注射を前にした大型犬よろしく震えさえしている始末だ。

週間百位(ホットハンドレッド)にも入ってなかったらどうしようって思うとさ。
 今日他にも良いのいっぱい発売するから……埋もれて……
 そんなこと考えてたらなんかいてもいられなくなってクラムチャウダーとか……
 アップルパイとかもすごい気合い入れて作って……冷蔵庫に入ってて――あっ」

チーン、とオーブンが調理完了の合図を鳴らした。メインディッシュを忘れていた。

緋月 >  
「ああ……。」

デビュー、だったか。
誕生日とは違うが、確かに形になった「作品」が世に「生れ出る」日ではある、という事か。

「………あなたってば、そう言う所は妙に繊細ですよね。」

緊張している、というのが一番近いのだろうか。
どんな評価を受けて、どんな評判が立っているのか。
それこそ笑って一蹴すればいいのに………などとは口にしないし、出来ない位には、
書生服姿の少女にもデリカシーとか、空気を読むという技能はあった。

「…慌てて、食器とか落とさないで下さいね。
ゆっくりでいいですし、私は逃げませんから。」

そう言いながら、メインディッシュへと送りに向かわせる。

――勿論、その間に何もしない程、暇でも頭が回らない訳でもない。

(朔、オモイカネの使い方、分かりますよね?)
《良いのか?》
(あの様子じゃ、自分から触れたがりはしないでしょう。)
《全く――素早く終わらせるぞ。》

精神内での対話を素早く終えると、オモイカネを素早く操作し、問題の件――
CD発売についての件を軽く調べる。

ネット社会、というものは中々侮れない。
書生服姿の少女は流石に英語のニュースサイトを読む事は出来ないが、
評判が大きい話題は日本語の方でも取り上げられる、というのは分かっていた。
戻ってくる前に素早く済ませなくては。
友の力を借り、普段からは考えつかない程の速度で操作を行い、検索と確認に向かう――。
 

ネームレス >  
「舞台に立つまえもずっと不安だケド。
 歌いだしちゃえばぜんぶブッ飛ぶ公演と違って……
 お客様も眼の前にいないから肌感覚もわかんない。
 ふ、不安だ……、新曲あげたときと比べ物にならないくらい……
 料理してたら気が紛れるのに……」

オーブンをそのままに、ぐいー、とグラスを傾けている始末。
酒のせいもあるのか、酒で誤魔化しているのか。
武力とか、そういうのでは。どうにもならないこと。

「これで逃げてたらキミこそ薄情もいいトコだよ……いってきまーす」

離れがたそうである。なんなら書生服の袖とかつまんでた。
やがて寝起きの深海生物のようにもぞもぞとソファから立ち上がる。
オーブンを開くと、ずいぶん香ばしい――お肉だ――焼けた香り。

探れば、緋月と朔の知らぬ世界が広がっている。
知らない名前、知らない話題。カテゴライズされた、デジタルの新聞。
芸能のカテゴリのなかには――あった。
初日。初動。その滑り出しは本人の不安をよそに、
見出し記事になるほどには、ずいぶんな好調であるらしい。

「熱っつ。……あ、ちょっとテーブルにスペース作っといてくれる?」

ミトンを嵌めつつ、肩越しに声をかけた。視てはいないようである。