2025/02/17 のログ
ご案内:「Free5 セーフハウスにて」に焔城鳴火さんが現れました。
ご案内:「Free5 セーフハウスにて」に挟道 明臣さんが現れました。
■挟道 明臣 >
「……ねっむ、つーかさみぃ」
外気温は言う程には低くない。
ただ吹き付ける強風のせいか、体感温度は随分低く感じるだけなのだろう。
学生街の外れ、自分の契約したマンションに向かって歩を進めるがその足取りは重い。
真っ当な身体ではないが故か、日に日に体力は目減りしていく。
日の当たる内こそマシではあるが、まともに動ける時間は一時期と比べれば随分と落ちている。
衰え、というには極端で。
文字通り根を張るように、フットワークの軽さが失われていく。
「たっけぇんだよな此処……」
とはいえ、だ。
それを理由に無視できない事情が其処にはあった。
外観からすれば二階建てのなんの変哲もない鉄筋コンクリート造のアパート。
ただ、知る人ぞと言われるような曰くつきの物件だ。
あるいは、曰く付き向けの物件というべきか。
異質な上下階構造の間取り、一室毎に設けられた非常口。
外観から見える外階段も、掲載されている二階部分の情報もダミー。
住人も当然訳アリ同士、相互不干渉の不文律。
フロントのオートロックを自前の認証キーで解除する。
「入るぞ」
言葉が先か、手が先だったか。
応答も待たずに、辿り着いた部屋のドアを開ける。
■焔城鳴火 >
適度に人目があり、『敵』が直接手出ししにくい場所。
そんな無茶振りに応えて貰って、用意してもらった隠れ家。
そこは、部屋に入ると初夏のような室温であり、冬の身支度では非常に厚いと言ったくらいであった。
「――あ、来てくれたのね」
ドン、ドン、とリズミカルな打撃音が響いていた部屋からは、相棒の登場によって音が止まる。
代わりに、鳴火はグローブを外しつつ、椅子に掛けていたタオルを取って汗を拭った。
「悪いわね、わざわざ来てもらって。
あんたのトコのおチビちゃん経由で連絡してもよかったんだけど――」
そこまで言ってから、頬を掻いて目を逸らした。
「――ちょっと、人の顔が見たかったの。
ん、んっ。
明臣、そっちの方は順風満帆――って様子じゃないわね。
身体の方、大丈夫?」
既に遠い昔に感じる、第二方舟での戦い。
それ以降、相棒の様子は会う度に消耗しているように見えた。
専属の医師が手は打っているかもしれないが、心配するような表情はどうしても浮かんでしまう。
■挟道 明臣 >
「あっつ……なんだこれ」
汗が吹き出しそうな程の室温。
方舟由来のイカレタ暖房器具でも使ってんのかコイツ。
温度差で枯れるわ。
「別に、急ぎの用が他にある訳でもない。
準備こそしちゃいたが、暇はあったからな」
断続的に続いていた打撃音が止んだのを気に、視界を部屋の中に移す。
備え付けの空調が動いている様子も無い。
それなのにこの室温という事は、おおよその察しが付く。
「大丈夫ってのが十全な状態を指すなら未来永劫訪れねぇんだわこれが。
お前の方こそ、コレお前の仕業だろ」
息苦しい程の熱気。
トレーニングをして温まった、というにはあまりにも異常としか言えないだろう。
「で、だ。
連絡があったって事は進展があったって事だろ?
バイタル確認のモニター眺めて待ってるだけってのも居心地悪くてな」
■焔城鳴火 >
「あー、ごめん、暑いか。
冷房いる?」
サンドバッグを叩いていた手を軽く伸ばしてストレッチしつつ、苦笑した。
「暇があったのはいいじゃない。
私もなんだかんだ、入院期間を自由にさせてもらってるわ。
ま、蛇の目の監視が着いちゃいるけど」
直接手出しはされていない。
というのも、強引な手段で鳴火を連れ去る事にデメリットが大きいからだろう。
メインから外れていても、ここは学生街。
近くの通りは風紀の巡回ルートでもある。
「ははっ、お互いさまってことか。
んーまあ、私は大丈夫――とは言えないわね、生物学的には。
バイタルデータ見ればわかるけど、異常発熱状態」
肩を竦める。
取得されてるデータを見れば、現在の鳴火の体温は、『80℃』近くある。
それで肉体に悪影響が無いのだから、奇妙な話だ。
「進展、かはわからないけど。
星骸の流出事件があったでしょ?
あれが落ち着きだしてるって言うから、そろそろ、蛇が動き出しそうだったから」
そろそろ隠れて引きこもっているのも限界だろう、と思っていた所だった。
「ああそうだ、あんた、飯くった?
昨日作ったカレーがあるんだけど、食べる?」
とはいえ、本人的には気楽――のように見せてるだけだが。
不安で参っている、という様子が無いのはマシな状況なのかもしれない。
■挟道 明臣 >
「いや、いい。
こっから冷やされる方がキツイ」
靴を履いたまま玄関を上がる。
感覚的には慣れない所もあるが、いちいち内履きなんぞを履く奴はこんな所には住みやしない。
「監視、ね。
直接手を出してこないのは気にしなきゃ良いんだろうが、まぁ気味悪いな」
居住者の拉致なんて物を賑やかにやりづらい場所にしておいたのは効果があったというべきか。
出せない、とまでは言えないのは第二方舟の一件で考えられた被害の規模のせいでもある。
水卜の暴走によるものではあったが、自分の計画の為ならその他大勢を切り捨てる選択を躊躇いはしないのだろう。
方舟の研究者全てとは言わずとも、計画を主導する人物達は恐らく。
「機材側のトラブルじゃなくてすげー残念なんだけど?」
摂氏80度。
人体を構成するたんぱく質が耐えきれる温度などとうに超えている。
計測器が壊れている訳でないのなら、平然と話をしているこの状態は異常なのだろう。
体温異常、といった言葉で済ますにはスケールが別の領域のナニカ。
「あぁ、あれか」
俺も人探しも兼ねて一回現地に行ったきり。
あまり派手にあそこで動くと命が幾つあっても足りないが、相変わらずこの島の自浄作用は異様としか言えない。
収束するのに相応の時間がかかったのは結果としては都合が良かったというべきか。
「━━あ?」
言われて、一瞬固まる。
飯。食事である。空腹感はまるで無い。
何日前に食事を摂ったかも思い出せないというのに、だ。
「あー……いや、いい。食うと動けなくなる。
水があればそんだけ貰うわ」
言ってから手料理を拒むのは失礼だったかという考えが過ったが、吐いた言葉は戻らない。
味覚はとうにおかしくなって、気が付いた時には殆ど刺激を受けなくなっていた。
平然と振る舞う努力をしたところで、ボロが出るのは目に見えていた。
■焔城鳴火 >
「それもそうか」
ただでさえ、それなりに寒い外から来たのだから、頻繁な温度変化は一般人でも体調を崩しかねない。
「ま、その監視の空気感が変わったから、そろそろか、ってね。
その前にあんたにはちゃんと面と向かって礼を言っておきたかったし」
そう言いながら、テーブルを示して椅子に座るよう促す。
機材の不具合ならよかった、そう言う相棒に苦笑して、自分の側頭部を指先で叩く。
「どんどん活性化してるのよね。
まるでなんかのリミッターが突然外れたみたい」
鳴火の脳内に移植されている星核:せいかくは、日に日に活性化していた。
その結果の一つが、肉体に悪影響を与えない、奇妙な異常体温である。
またもう一つあるにはあるが――
「へえ、アンタもあそこ行ったのね。
汚染源が、巨龍に呑み込まれた星核四つだった、ってんだから笑えないわ。
あ、水には栄養剤でも入れとく?」
そう言いながら二つのグラスに氷を放り込み、自分にはやたら度数の高いウィスキー、相棒の分には水を入れてテーブルへと運んだ。
■挟道 明臣 >
「なるほどな?
此処の契約金なら落ち着いた時にでも請求してやっから礼ならいらんぞ」
この手の直感の類は信用しておいて損は無い。
取り越し苦労という事もあるが、見逃して後手に回るよりはずっと良い。
「このひと月そこらでこんだけぶち上がってまだ止まんねぇのはどうなんだ……?
もうあと数度でどこでも人体発火現象起こせんぞ」
コイツは太陽にでもなるつもりか。
今のところ本人に悪影響は出ていないようだが、周囲への影響は避けられないだろう。
「あ゛?」
耳を疑う発言が聞こえた気がした。
巨龍、こっちに関しては異界と繋がりでもしたか、引き寄せられたか納得のしようはあるのだが。
四つ、とは。意図的に仕掛けたにしても想定外があったにせよ随分な大盤振る舞いが過ぎると思うが。
「光合成とかできるようになった辺り割とイケる気はするんだが、冒険すんのは今じゃねぇや」
実際の光合成とは異なる物ではあるが、陽の光を受けているかどうかで随分とコンディションは変わって来る。
原理の部分は未知数の部分だが、熱量が内に蓄積できている実感もある。
実際のところ、栄養の摂取が無くとも活動できるのはそれによる所が強いのだろう。
「んで、そのリミッターってのを放置しとく訳にもいかねぇだろ。
手段に思い当たる所は?」
■焔城鳴火 >
「いいわね、何なら私のメインバンクごと献上するわ」
くすくす笑いながら、自分も椅子に座ってウィスキーを呷った。
喉を焼くような痛みが心地いい。
「それはまあ――大丈夫だとは思う。
とはいえ、100℃を越えられると困るけど」
『今でさえあんたに触れたら火傷させちゃうのに』と、愚痴るが深刻そうではない。
少なくとも、異常体温、異常発熱という現象自体は、常世島の臨床事情では特別に珍しい事ではないのだ。
「ね、冗談みたいよね。
まあそれも、二つが壊されて、二つは無事に回収された、って聞いたわ。
あの緋月って子がやってくれたみたいよ」
言いつつ、相棒の順調な人間離れには眉間にしわが寄る。
出来るなら専門家の主治医に協力して、ある程度、一般人側に引っ張り戻したい所だ。
「あ~、そっちはまったく。
元々、私に移植されてる星核自体が規格外品――とんでもなく自我の強い人のだからね。
抑えるのは無理じゃないかしら。
まあ持病が増えた、って考えればそんなに困ったもんでもないわよ」
普通の生活には確実に不便を強いられるだろうが。
生きている分には問題ない。
――そう、生きてさえいられれば。
「だからまあ、直近の問題としては、いよいよ私を連れて行きたい蛇どもの動向のほうね。
ここにいるのも限界そうだけど――他にも隠れられる場所とかある?
っても、ここから出たらすぐにでも仕掛けられておかしくないんだけどさ」
そう言いながら、ため息一つ。
相棒に護衛を頼んだとしても、それで外を動ける保証はなかった。
■挟道 明臣 >
「良いのか? その金善意の第三者って名前でどっかに消えるけど」
ウィスキーを一息に呷る姿は何処か異様で。
アルコールによる酩酊感を楽しむためという風でも無く。
まるで、というよりも文字通りの自傷行為のようだが、それを止めるでも無い。
「その状態で近寄らないでください死んでしまうので」
4割近くが浸食された今、そこらへんの人間より良く燃えるのは明らか。
「緋月か。
あの子は強いな、例の件も受け止めて真っ直ぐに歩けるってのは」
腕っぷしもさることながら、その心のありようと折れない事こそ、であろう。
酷な決断を迫った自覚はあるが、あの女のお気に入りがあの程度で折れはしないという打算も込みだ。
「規格外品ね、あんなもん全部がぶっ飛んだ構造だろうに。
そんなもん食っちゃう女の気が知れねぇや」
手が無いと鳴火が断言するのであれば、そうなのだろう。
「一時しのぎ程度なら落第街に一つと、若干リスキーだが研究区にも一つ。
あとは船着き場の岩礁近くにも一応場所は作っちゃいるが磯臭くてオススメはしねぇ。
が、まぁどうせ監視されてんだろうし俺が此処に来た時点で蛇には見られてんだろ。
動くなら雁首揃えて来られる前にさっさとすんのを勧めたいとこだが?」
■焔城鳴火 >
「ぷ――ふふっ、なによ、アンタもそんなことしてるの?
じゃ、さっさと渡しちゃうから、好きにしちゃって。
私も、収入のほとんどは養護施設の運営に回してるし」
笑いながら、自分のオモイカネを操作して、目の前の相棒に口座情報と、名義変更の手続き情報を送った。
前々から準備していたのか、始めれば名義変更は簡単に終る事だろう。
「分かってるわよ、これ以上は近づかない。
――やっぱ何とかしたいわね、これ」
む、と苦々しい表情を浮かべる。
本来、孤独が苦手で人と触れ合うのが好きな性格なのだ。
無事に生き延びられたとしても、それが出来なくなるのは明確な不満点だった。
「強い――だから、期待しちゃう、し過ぎちゃうんだけど」
剣士の少女を思い出しながら、本土で今も活躍している愛弟子の事を考えていた。
自分の心の弱さを自覚しているからこそ、彼女たちのように前へ進める強さを羨ましく――嫉妬や憎らしさも覚えてしまうのだ。
「私も含めて、第一に居た人間は少なからず、『そうするしかなかった』連中ばかりなのよ。
まあ――私と一番相性が良かったのが、兄さんだけだったってだけでもあるんだけどさ」
ひらひら、と手を振って苦笑。
鳴火が星核移植を受けたのは、重篤な脳疾患が発見されたからだった。
結果、疾患は完治したものの、今になって代償を後払いする事になったのだが。
「そうねえ。
他に迷惑を掛けないで済みそうなのは落第街、か。
そうね、折角明臣が居てくれるし、荷物もまとめてあるし――」
そこまで話した時。
突然、鳴火の身体が傾き、ウィスキーのグラスが転がってアルコールの匂いが充満した。
当の鳴火は頭を押さえて、強烈な頭痛に耐えるような苦悶の表情を浮かべている。
そしてそれとほぼ同時。
堂々と、この部屋の扉をよわよわしくノックする音が二人の耳に届く。
――隠れ家のセキュリティは、一つも反応していなかった。
■挟道 明臣 >
「誰かに恩を売ってる感覚だけで飯食ってる気になれるからな
っつーかマジで送る阿呆がいるか。受け取れねぇっての」
冗談が通じないタイプの女だった。
表を生きてる人間が使ってる口座情報なんてもんを他人に委ねるな。
汚い金を洗う方法は知ってても綺麗な金の運用法は未履修なのだから。
「まぁ強いだけの奴ならごまんといるんだろうが、
期待せざるを得ないってのは一種の才能だろうさ」
眩しくて綺麗なんだよと、ぼやくように言う。
真っ直ぐに歩くのが苦手な人間からすれば、眩さに目を焼かれるほどに。
「そうか、そいつは悪い事を言ったか」
選択肢なんて物が存在するのは恵まれているのだと、昔誰かに言われた気がする。
その時は笑い話だった気がするが、今となってはそうではない。
一本道の流れの中で、外れようとすればその先に道など無いのだから。
「━━あ?」
急変。
今の今まで起きていた体温異常とは別の何かが起きた事と、その音が聞こえたのは殆ど同時だった。
■焔城鳴火 >
「いーから、取っといて。
で、あの女――ポーラの教会運営が危うそうだったら雑にぶち込んでくれればいいから」
くっく、と笑う。
そんな話も束の間の休息。
悪い事を、と言う相棒には可笑しそうに。
「第一での出来事は終わった事――終わった事にしなくちゃいけない事だし。
気にする事じゃないわよ」
なんて肩を竦める余裕があったのが嘘のように。
部屋の中に一瞬おとずれる、異様な静寂。
鳴火の苦し気な深い呼吸音がするだけだ。
「――まいった、わね。
明臣、アンタがぶん殴りたいと思ってる、狂った女がいらっしゃったみたい」
そう言いながら、鳴火はふらつきながら椅子から立ち上がる。
そして、扉の方へと近づいていこうと歩き出した。
■挟道 明臣 >
「っても本人が来るっつーのは想定外なんだが?」
監視に蛇が付いているのは前提として理解はしていた。
だからこそ後手に回らないようにする為に、移動を考慮していたところにコレだ。
が、早すぎる。
「開いてるぞ、入ってくんならお好きにどうぞ!」
ふらふらと歩きだす鳴火の手を引っ張り、
コートの内から護身用の拳銃を取り出しつつ、そう吼える。
鳴火に触れた箇所が悲鳴を上げるように、燃え上がるように痛んだが、
ドアの側に不用意に近寄られるよりはマシだった。
■焔城鳴火 >
「私ってそう――え、ま――」
待って、という前に相棒が声を上げる。
その行動に驚きながら、慌てて手を振り払って、相棒の後ろに下がる。
不器用にも守ろうとしてくれている――それが嬉しくないと言えばウソなのだ。
しかし。
「ちょっと、どうするつもりよ。
これまでに比べても、よほどマトモじゃない相手よ?」
そう小声が問いかける。
その間にも、緊張から背中に冷や汗がにじむのが分かった。
どれだけ平気そうなフリをしていても――今後の自分の運命を考えれば緊張と恐怖を覚えないはずがなかった。
■クライン >
――ノックの音が止まってからしばしの間を置いて。
扉は冗談のようにゆっくりと、隙間を開ける程度に開いた。
そこから現れたのは、まるで死人のような、幽鬼のように滑り込んでくる女。
緑色の髪は恐らく伸ばしてほったらかしなのだろう、膝当たりの高さまで、無造作に荒れて垂れている。
前髪だけはクリップで止めているが、その顔は土気色で、目の周りにはあまりにも濃い隈が出来ている。
しかし、その髪よりもずっと昏い緑色の瞳だけは、執念というべき熱量が燃えていた。
「扉、重いですね」
その声はハスキーな、掠れた音。
視線は、最初に探偵を見て、次にその後ろの実験体へと向く。
「はあ――預けていたモノを、引き取りにきました」
非常に気だるそうに、面倒くさそうと言ってもいい様子で、探偵を見ながら言う。
預けていたモノ、が鳴火である事は、明確と言えるだろう。
しかし、女――クラインは、袖と裾が余った白衣を着ているだけで、武器の様なものは持っている様子はなかった。
■挟道 明臣 >
人を見かけで判断するな、とは言うが第一印象は否が応でもついて来る。
扉の隙間から姿を見せた女に抱いた印象は、昔居合わせた現場の死霊術の類で垣間見た物と似ていた。
生きているという差異すら希薄に感じさせるほどの生命との隔たり。
人間らしさという物を削りに削った果てに残った人形に、執着という動力を与えられた存在。
ガラスをこすり合わせるような掠れた声。
暗い緑の視線に映った己は、どれほどの恐怖を滲ませていただろうか。
「預けていた物ってのはコイツの事か? それともその中身か?
ここでバラそうってんならお断りだぞ、安くねぇ金額払ってる念願のマイホームなんでね」
飲み込め。
生物的に不可避の恐怖も、悍ましさも。
そんなものは減らず口を叩いて、傍らの熱に焼べてしまえば良い。
■焔城鳴火 >
「ちょっと、明臣――」
鳴火は、もはや不安を隠しきれない声で呟く。
それは自分の行き末よりも、青年へを案ずる故の声だ。
しかし、頭痛は先ほどよりも激しくなり、足元がふらつくようだった。
■クライン >
「中身――ああ、塵灰の星核、でした、っけ。
ぼくは、そっちには、あまり。
必要な、物は、あるので」
特徴的な、短く音を区切る喋り方。
クラインは、一言終えると、けほ、けほ、と乾いた咳をした。
「ぼくは――ああ、ぼくは、クライン、です。
必要なのは、素体、ですから。
傷つける、つもりは、ありません。
争うのも、非効率、ですから、渡して、ください」
その言い方は、かつての妹弟子への情など感じさせない様子で、抑揚のない、それこそ機械的な声音だった。
■焔城鳴火 >
「クライン、姉さん」
頭を押さえながら、鳴火はゆっくり首を振る。
「――明臣、気を付けて。
姉さんは、星核を、十三個も移植してる」
明らかに異常な頭痛は、星核同士の共振が原因だった。
そして、共振すれば、この場に幾つの星核があるかもわかる。
それがどれだけ尋常でない事か、瞭然としていた。
「私が行けば、危険はないから。
直ぐに殺されるわけじゃないし、無茶は、しないで」
そう言いながら、自分を庇おうとしてくれている相棒の前へと出ようとする。
■挟道 明臣 >
「気を付けてっつっても━━」
職業柄と言うべきか、経験則というべきか。
打つ手がない事は、即座に理解できていた。
9mm弾が相手を傷つける事を叶える姿も、左腕での力押しが通じる姿も、
ビジョンとして全く思い浮かばない。
シンプルに、それに抗うに足る何かを持ち合わせていないのだ。
「無理と分かっている無茶は、流石にな」
無茶をしないというのは、基本的に無理な注文だとしても、
勝てる手のない勝負にチップを放り投げる程には愚かではない。
ポーカーだって、1ゲームで4度はベットできるのだから。
「降参だ、降参。ばかばかしい。
せっかくここまで保護してきたんだ。
丁重に扱ってついでにその狂った体温もどうにかしておいてやってくれ」
テーブルの上にセーフティをかけた拳銃を置いて諸手を挙げる。
抗った所でかすり傷一つ付けられるかすら怪しい。
組み立てるプランが全部土台から崩壊しているともなれば、全面降伏しておくに越したことは無い。
どちらかと言えば、身の安全がひとまずの物としてすら保障されていないのは己一人なのだから。
いざとなった時の離脱の為に思考のリソースは回しておくべきだろう。
■クライン >
「よかった。
あまり、人を、傷つけ、たくはない、ので」
青年が降参を示すと、クラインはどうやら好意的に笑ったようだった。
しかし、それは表情筋が引きつったようなもので、悍ましくしか見えなかったが。
「迷惑、かけました。
ぼくは、実験体を、回収できれば、いいので。
あなたは、無関係、ですから。
ええ、その、星核は、余分、ですし、除去します」
そう言って、視線だけ鳴火へ向け、自らやってくるように促しているようだった。
しかし、クラインの言葉は、明らかに『焔城鳴火』を人間扱いしてはいない。
すでに、情が働く段階を越え、ただの計画に必要なパーツ――でしかなくなっているのだろう。
■焔城鳴火 >
「――ごめん、明臣」
鳴火は、すれ違いざまに、小さく謝って、俯いたまま歩いていく。
その様子は、処刑台に上るような有様だ。
「無茶して、助けに来たり、しないでよ」
そのまま、クラインの元へと。
俯いたままの鳴火の表情は、うかがい知ることは出来ないかも知れないが。
その声は、明らかに不安と恐怖に震えていた。
■挟道 明臣 >
そよ風のような静けさで、されど嵐のような脅威を伴って。
女は、クラインは去っていく。
本当に荷物でも受け取りに来たかのような単調さで、鳴火を伴って。
そうして、数瞬の内にその一室は静けさと季節相応の温度を取り戻していた。
「こっわ……人を人とも思ってねぇ奴なんざ散々見て来たつもりでいたが……」
そんなイカれた奴が核相応の爆弾13個も抱えてるとなれば正気を疑う。
いや、正気などとうに失っているのだろうが。
息を吐いて、改めてセキュリティを確認するが、監視に付けられていた蛇とやらが後始末に来るといった気配もない。
完全に監視の目が解けるという訳でも無いのだろうが、鳴火のいない今となっては用済みなのだろう。
曰くつきのアパートだというのに、輪をかけての事故物件にしてしまったかも知れない点には申し訳なさが無いでもない。
「んで、だ。
無茶して助けに来るな、か」
無理な相談だ。
そもそもが助けてくれという先約がまだ片付いてもいないのだから。
クラインに鳴火が連れていかれる、そこまではある種想定通りの避け難い部分ではあった。
彼女に言わせれば与えられた自由時間が終わっただけ、とでも言うだろうか。
予定調和と言えば、それだけなのだ。
「しっかしまぁ」
部屋の温度は冷えていく。
急速に、そして確実に。
コンクリートの壁に反響した声が部屋の中で響いて━━
「……無力だな」
右の手のひらに残った火傷の後だけが、虚しさを紛らわせていた。
ご案内:「Free5 セーフハウスにて」から挟道 明臣さんが去りました。
ご案内:「Free5 セーフハウスにて」から焔城鳴火さんが去りました。