2024/06/26 のログ
ご案内:「◆!STOP! MEMBERS ONLY(過激描写注意)」にノーフェイスさんが現れました。
■ノーフェイス >
スタッフ専用の通用口をくぐりぬけ、蝋燭の燭台が照らす廊下の先にそこはある。
控室とは名ばかりで、上等なホテルの一室のように、設備が整えられている。
カウチセットでくつろいでも、寝台で寝入ってもいい。
バロック様式の調度に、巧妙に隠された最新式の設備。これは趣味。
そこは、喚ばれぬ限りは立ち入り厳禁だ。
たとえ、スタッフであっても。
翻って。
直接、喚んでしまったのなら――鎖す閂があろうはずもない。
部屋の主の、意図した、しないにかかわらず。
それはきっとこの劇場の、所有者の意向、あるいは意趣。
■ノーフェイス >
その奥の浴室で、ひとり、シャワーを頭からかぶる。
水だ。そうでなくては、燻った肢体が冷えてくれない。
最近は、とくにひどい。
表情を作る余裕すらなく、姿見にうつった自分とにらみ合う。
息が荒い。身体を滑り落ちる水の感触さえ、ともすればわからなくなるほど。
額を鏡面に押し当て、目を閉じる。ながく、ながい、排熱――ひどく喉がかわいた。
「ッ」
だがそれでも。
音をとらえぬわけがなかった。
肩越し、浴室の向こう――近づいてくる、扉をひらく、あるいは――侵入した、だれか。
「……だれ?」
声は、かすれていた。
ご案内:「◆!STOP! MEMBERS ONLY(過激描写注意)」に藤白 真夜さんが現れました。
■藤白 真夜 >
時は遡って。
その、少し前。
「──」
困惑よりの驚愕。
己が抱いた感情の中で、一番近しいもの。だが、違うと心の奥が訴えるもの。
いや、でも、そりゃ、そうだ。
苦手なのを我慢して暗号を追って、ようやく場所を突き止め、いざ乗り込んでみたら、バリッバリのライブをぶちこまれた。
場所のことは調べたから、うっすら予想はしていたものの。
予想を超えるもの、というのはある。魅せつけられた、という感覚もある。
何より、わたしは──真夜もだけど──音楽など、ろくに知らない。こういった場所で催されるライブも当然。今まで聞き得た最も“ちゃんとした”演奏といえば、魂を奪うという触れ込みの呪物のバイオリンの演奏くらい。奏者は当然、亡霊。方向性があんまりにも違いすぎる。
経験知的にいえば、真っ白のキャンパスに赤いペンキをぶちまけられたような感覚に陥るのも、仕方ない。
でも、もっというのであれば。
あの輝かんばかりの、音楽が。あの刺々しいまでの、思想が。あの炎のような、うたごえが。
響かせるための熱を、すでにわたしはこの身に持っていた。
でも、それは共鳴しない理由にはならない。
わたしは、音楽を知らない。
わたし自身の芸術を──いや、わたし自身が美しいと認めたものを、わたしはもう決定しきってしまっている。そういう生き方であり、死に方で良いと。
だから、あのうたの美しさを、わたしが本当の意味で知り得ることは無い。
それでも、だ。
わたしは、音楽を知らない。舞台のセッティングも、流れるようなメロディも、彼ら彼女らが払ったであろう対価、時間、努力も。
開放の呼び声も。破壊の衝動も。法を打ち破る自由も。喪失と情動の青い春も。
知らない。わたしはもう、切り捨てたものたち。
でも──
まるで……何かに追いかけられるかのように永遠に走り続ける罪人を、その物語の中に見出した。
彼女では、無いだろう。
彼女なら、いうだろう。
ひとはみな、運命という鎖に囚われ、生という重荷を背負いながら、終わりの死へ走り続けるものだと。もしかしたら、彼女もそうなのかもしれない。ずいぶんと輝かしく、耽溺した生を送っているようにしか見えないけれど。
……いや、それこそ、杞憂か。
だって、
「……アナタはずいぶん、気持ちよさそうに演るんだね」
……見届けた。聞き届けた。その、うたを。
本当の意味で、わたしを震わせることはなかったかもしれない。
真夜が聞いたならば、どれほど──……、……そう、考える時点で。
わたしの最も大切なものに、あの輝きが届けば。
そう、狂乱する劇場の、隅っこで独り。夢想した。
■藤白 真夜 >
そして、現在。
ここからだ。
関係者以外立入禁止のドアを、躊躇いなく開く。ノック無しで。
毛足の長いカーペットを、踏みぬいて。
「……お花をお届けに参りました──なんて言えば、伝わるのかな?」
誰かの領域に踏み入ることに、躊躇は無い。
実際、この招待の目的は、未だわからない。いざ、■し合い──になっても、なんら驚かない。むしろ歓迎。
でも、ここは違う。
あのひとは、わたしを招待してくれた。なら、それに則らなくては。
小さな、けれど真っ赤な薔薇を、一輪。
胸元に、丁寧に携えて。
見た目だけでいえば、控室に押しかけた熱狂的なファンの女子高生に……見えなくも、ないのかも。
「見たよ。
君の花も。
君の唄も。
……わたしにはちょ~っと難しかったケド」
■ノーフェイス >
「供物を――……喚んだ、おぼえは……」
しのつく水滴の落ちる音が反響するなかで。
肩越しの気配への応えの語尾が濁る。
喚んだおぼえは、ある。
でも、それは。
「……その、音……」
ずっとまえ。
そう、16にとってはずっとまえのことだった。だが、憶えていた。
白亜の城で、壁に飾られていた神雷に打たれる塔のまえ。
それにひどく近しい音色に、だからこそ、わずかな混乱――そののち、思考が無為だと切り替える。
「くつろいでいて、荊棘の君……、
に……、さんじゅうびょう、くらい。いいかな」
待っててもらっても……?
歓迎の準備のなってないことを恥じ入る、そんな余裕もない声が。
扉のむこうに切り取った陰影から、くぐもって放たれた。
――期待に、……再燃しそうで。
冷まさなければ。
■藤白 真夜 >
「──……?」
ライブの時にも起きた、妙な既視感。姿なくとも、いや逆に、声だけでこそ、その存在を認識するには十分で。
だからこそ、その既視感は起きた。
──が。どうでもいい。このわたしにとって、間違いなく初対面だ。あったとしても、表側と死と、怠惰に抜け落ちがちな記憶の中にのみ。
「なんだ、歓迎してくれるんだね。
てっきり、わたし荊棘を踏んだのかと思ってたよ。結構好き放題しちゃってたし」
警戒は、していない。
何食わぬ顔で、カウチに腰を下ろす。でもほんの少し、普段に比べて行儀が良い。丁寧に、両手で薔薇を抱えたまま。
……でも、言葉は奔放に。
「ふふ。意外と丁寧なんだね、キミ。シャイとかじゃないでしょ。
歌ってるときの、あの乱れっぷり。
あんなの見せてるのに今更、取り繕ってもしかたないと思うけど?」
……微かに、似たものを感じていた。
あのとき。舞台の上で。……彼女は、独りだったのか。それとも、みなの視線を感じていたのか。
恥じらうこともなく、その扉の向こうをじっと見つめていた。
そんなもの、わたしはどうでもいいのだから。
■ノーフェイス >
「……恋慕と嫉妬は、同時に存在できるとおもう?」
果たして、向けていた感情は、怒気や嫌悪といったものではなかったらしい。
言語化するには難しいインプレッション。あの赤黒い、毒の薔薇に懐いた感情。
背中を撫でる、扇情の声に、ぞわりとふるえて。シャワーの栓を閉めた。雨音が止まる。
僅かに栓の表面に爪が食い込んだ。ためいき。
「乱れたまんまじゃ、取り繕うことさえできない。
会いたかったんだよ。それは動物としてじゃない」
なにをしてしまうかわからないから、だ。
おさえの効かない、じぶん――それは、彼女が礼を守るからこその。
白いガウンを羽織って、前を閉じた。髪も身体も濡れたまんまだが、それでいい。
扉を開け、て。
「…………、」
開けた扉に、半身を預け。
濡れて、乱れた前髪の隙間から、蒼い瞳があなたを視る。
「真夜……、じゃ、ないんだよね?」
首を傾いだ。
まったく同じ見た目ながら、ちがう、とわかった。
なにがどうといわれると、いろいろ可能性は出てくるので。
「妹さん?」
どこか気だるげに、湿った笑みをむけた。
■藤白 真夜 >
「できるよ」
即答した。
「恋は、すぐ混ざる。
燃え上がって愛になったり、蛙になったり、……大事なものの引き金になったり。
混ざって、溶け合って、別のもののようでいて……ずっと本質は変わらない。
嫉妬って、自分より良いものに抱く感情でしょ。“いいもの”に恋をするのは、人間としておかしくないもの」
応えて、気づく。わたしも、混ざっている。
わたしの恋は、殺意とそう変わらない。嫉妬や嫌悪が、そこに無いと何故言えるだろう。
「ふぅん、それもそっか。
……わたし、結構動物だけどね。……首輪つきの。ふふ」
何が面白いのか、犬を自称して、どこか愉しげに笑っていた。欲望のまま生きて、法を顧みることが無いのなら、それは動物とそう変わらない。……今は、待てが効いているけれど。
「うん、わたしも真夜。わたしが、真夜。
ひとつの中に、ふたりいるの。
……そっか、真夜と会ったことあるんだ。……なんで覚えてないんだろ……そういう意味じゃわたしが姉なんだけど……」
その瞳を見つめながらも、応えていた。お互いの、違和感に。
内心、こいつ、目も赤いほうが映えるのに、なんて思ってはいたけれど、口には出す理由はない。
「お風呂上がりに悪いけど、あげる。一応、花を届けに来たんだから。
……これで、身分証明にはなるでしょ?」
両手で握った薔薇を差し伸べると、ふわりと浮かぶ。
確かに、あの冬の薔薇のミニチュアだった。刺々しく、無機質で、呪いめいた花。恋と嫉妬が、混ざりあったような、なにか。
手に取るには攻撃的なそれは、何も言わずただ浮かぶのみ。
■ノーフェイス >
「寝台を使いたいって?
むずかしかった……だっけ。濡れたって感じじゃない。
衝動は、理性で飼いならして、解き放つ場所をえらびたい――文化人だからね?
……首輪がはずれたキミにも興味はあるけれど」
ひた。
絨毯のうえ、剥き出しの白い素足が近づく。
むかいのカウチの、片側の脇息に、しなだれるように座った。
「ふぅ」
テーブルに指をすべらせると、中からペットボトルと、二種類の粉末薬――のようなもの。
「…………」
左手を伸ばす。
そっと、つまみあげる――いつものように、それは膚を傷つけ得るのか。たしかめるように。
「ボクは、ないものに嫉妬した……」
熱に浮かされ。脇息に身体を預けた。寝そべるようにしながら、腕を枕に。
「この花を、ボクは咲かせようとさえおもわなかった。
あのときの未熟だった、ボクは――……ねえ……あれからずっと考えてた。
キミはどんなヤツなのか、って。セーラー服の怪。キミだろ……?
じぶんの混沌に、取り込むまで、……迫ることさえできない。
路地裏に描いたのも、お粗末な造花どまりだったハズだ」
本物からすればな、と笑う。
ボトルのなかに満ちたオレンジ色の液体に、二種の粉を混ぜ入れる。
「それが、まさか、ねぇ。
あの"真面目ちゃん"の、お姉さん? ……おなじ躯の。
とっくに会ってたなんてね――おたがいを覗けないのか?
ボクと真夜はあんなに情熱的に愛し合ったのに、憶えられてないなんてさびしいんだケド」
くっく、と喉を震わせ、粗末な嘘で唇を彩った。
片手にボトル。放ってはくるりと回転させ、キャッチ。かき混ぜる。
もう片方は、てのひらのうえ、ミニチュアの憧れを転がした。
■藤白 真夜 >
じっと、見ていた。その嘆息を、薬を、濡れた髪を、今にも白い指先に突き刺さらんとする薔薇の棘を。
アレの躰と顔貌が整っているからとかではなく、癖のようなもの。
美しいものを愛でる……というには少し言い過ぎの。
彫刻家が岩塊の中にヴィーナスを見るように、あの肉体と造形に相応しい部位を考えていた。
でも、それを表に出さないし、異能で浮かせてるだけの薔薇を彼女の指に食い込ませたりもしない。それが彼女のいう文化人で、首輪のついたわたしなんだ、たぶん。
「まあ、結構出歩いてたね。服なんて、これしか無いし。勝手に着替えると怒られるしさ~。
……、……あれは……」
花のことを引き合いに出されると、少し言葉が淀む。
あれは、文字通り混沌だった。ただわからないまま、わからないものを、形にしただけ。
「……あのときは、芸術のことを考えてたの。キミのほうが、正しく芸術家だと思うけど……わたしも、そんなことを考えたんだろうね。
わたしには魅せる芸術は要らないって、断じれたけれど」
……確か、真夜が見ていたんだ。誰かの、美術品を。思えば、あれもわたしの嫉妬から出来て、あの街への愛のようななにかで、咲いたのかもしれなかった。
──が。
情熱的な愛のくだりになると、ほんの少し眉を下げた。
「わたしは覗いてるよ。毎日、飽きないの。ベッドも、お風呂も、戦いの中でも、死ぬときも、ずっといっしょ。
わたしはたいてい、覗くだけ。なにをするにも。本物の愛は、あのこの中には無いの、わたしは知ってるんだから。
……そのはず、なんだけどね……。まあ、やらかすことも多いんだよ。動物だからね。
……はあ……アレ、わたしよりノーガードだからなぁ……」
ぶつぶつと呟いて口数が増えたあたり、お粗末な嘘は結構効いていた。些細な見落としがあることが瑕疵になる、独占欲の顕れかもしれない。
「……おくすり?
…………もしかして、ミュージシャンおきまりのやつ?」
いや、こんな飲み方はしないのだろうけど。俗物的な偏見は、結構ある。わたし自身が社会的には無知だから。本質的には差別することは在り得なかったけれど。
■ノーフェイス >
「好きすぎるだろ、真夜のこと」
いつもように覇気も、軽薄さもない。疲れ果てた犬のようにカウチに身を預けながら、思わず笑う。
視線には、いくらでも。無防備すぎるほどに自然体で、晒した。
なにに晒されても、動じず、受け入れてしまいそうなほど、悠然としていた。
相手のことを信じ切っているのか、なにをされてもいいと本気で考えているかは、濁ったままだ。
「すこし彼女がうらやましい。
キミにそうしてほしい、というワケじゃないし……あの娘がなんていうかはわかんないケドね。
その時も、覗かれていた――ら、刺激的だったかもな。ボクのひみつも、みえてしまったかも。
弱い場所も、とってもイイところも」
姉妹のつながり。それをどうこう名付ける理由もみあたらなくて。
ああ、脊髄喋ってる――という実感のなか、指が器用に栓をあけた。
「お塩とお砂糖。……オレンジジュース、すきなんだ。
つかったぶんはしっかり摂ってから寝ないと、あした起き上がれなくなっちゃうから。
クスリは、強いのでも、あんまりイイもんじゃない。
舞台に比べたらゴミみたいなもんだった。薄すぎる」
ぐ、とボトルをひといきに煽る。
渇いた喉に、軀に、染み入る――喉を嚥下し、垂れ落ちる雫も、そのままに。
空のボトルは、ころりと床に転がした。プライベートの姿。
ようやく、心地よさげに息をついて、瞬き――瞳に橙が灯り、染まった。
「正しい芸術家、本物の愛……」
彼女の言葉を、花に流し目を向けながら、ため息まじりに愛でた。
姉妹だな――なんて、思っていそうな、間。
手のひらを返し、指先が、花の輪郭をなぞる。
「では、キミにとっての"芸術"とは?」
謎という誘惑に、痩せ犬のように食いついちゃった。
ひとさしゆびの腹が、ぷつり――……みずから、花に押し付けられた。
真っ白な、演奏者の硬い指先に、赤い玉が、浮かぶ――
「そういう――悶々とした想いが、ボクの膚を破ったんだ。
雪の深い日だったな。なつかしい。ボクを魅せておきながら、なんて言い草だっておもうケド。
なにかしらの結論と納得には、行き着いたんだろう?」
■藤白 真夜 >
「うーん……すきなのかなあ……。あのこは、わたしのことすんごい嫌ってるから。
自分が嫌いなんだろうね。
わたしは、すきというか、……──」
わたしにとって、もっと先に在って、根本からある感情。結局、わたしはそこしか見えていなかった。
そこから始まるから好きで、好きだからそうしたいだけ。
「ああ、わかるかも。わたしも、お腹空かせがちなの。
あの街のおかげで、最近は随分愉しませてもらってるけどね。
……そっか、あなたは、愉悦で消耗するのね。
ちょっと、羨ましい。
溺れずにすむもん。……クスリは、そこがいいんだろうね。ただの化学物質でゴミみたいに溶けてく自己を感じれるのが」
快感を頭ごなしに否定する気はなかったが、それには同意した。強すぎる快感は、わたしも十二分に知っている。それを、求め続ける飢餓も。
ついで、瞳を見て、まばたき。……そうなってるんだ。グレープジュース飲んだら紫になるのかな、なんてメルヘンなことを考えた。
「“うつくしさ”」
ぽつりと、声に出した。
即答のようで、そうでもないかもしれない。実際、未だ悶々としている。だが、自らの中の審美眼は、常に輝かしいものを見つけ出していたから。
「芸術って、見られることにあると思ったの。
誰かの心の中に、美しさを現出させられるかどうか。
あるいは、価値……かな。嫌な表現だけどね。
万人に、美しくみえるもの。
魅せるためのもの。
高く売れるもの。
あなたの舞台も……そう思ったときがあったよ」
訥々と言葉を並べながら、目はじっと彼女の指先を……溢れた紅い雫を眺めていた。もとより、この女には赤が似合う。そう思っていた。
「あの花は、わたし自身。
誰かを傷つけても、知らない。そういうもの。
……わたしがきれいだ、って思ったら、それで良いって思ったの。
わたしにだけ届く、わたしの芸術。
わたし……ずっと、そういうものに魅入られてるんだろうね」
紅い色を、みていた。
理解されなくても、いい。
それに美しさを見出してしまったのだから、しょうがない。
そんな、ある種の開き直り。
会心の結論とはいかないだろうけれど、これ以上の無い納得を、自分の中に生み出した答え。
■ノーフェイス >
不意にこぼされた――うつくしさ。
そのことばをきいた瞬間に、視線が彼女のほうへと吸い寄せられた。
「そりゃぁ――ボクは売ってるからな。
商品だ。芸術が、じゃない。ボクが。
いちまいごせんえん。ボクの総取りだけど、そこからスタッフに払ってる。
公演は独りじゃ、できない。なにをするにも、お金も人も要って……、さ。
ネットにあげてるような音源は、ラジオとかでもときどき流してもらってて……タダなんだけどね。
それで、価値を見出してくれるのは、文化を創るお客様……」
てのひらを、そっと握り込む。
愛しい棘に、ずたずたにされたって、構わなかった。
「聴いてもらえなきゃ、本末転倒なんだ。ボクのは」
手のひらに、手首に、つたう――鮮やかな紅色。流れ落ちる。重い、いのちのいろ。
我がものとするような。
「うけとめるのは、理性と道徳の、さらにおく……」
いつか、真夜に語った音楽のききかた。
それは、じぶんの――真如にむきあうこと。
「キミは、とてもおりこうだ」
真夜のだけのものである華を、解放した。
斑の艶を乗せた花から、手のひらはみずからの首元に。
鮮やかな紅が、動脈に沿って、伸ばされる。
「おいでよ」
こっちに。
やぶれた指先が、とん、と鎖骨の中心をたたいた。
「ほかのだれかに共有されるようなものじゃ、響かないんだろ?」
あの場所、すべてに。
この劇場のそとの、すべてにも。
届けとうたったものが――むずかしかったのは。
「キミたちは」
■藤白 真夜 >
「……どうかなぁ。
わたし、音楽はわからなかった。もっというと、歌はそんなに好きじゃないの。
音楽に、言葉が必要なのか? って。余分な意味を付け加えてるだけなんじゃないか、って。
でも、それはわたしの間違えだったと、今は思う。
キミの歌じゃないし、演奏でもない。……いや、すごかったよ?
でもね……わたしが“いい”なぁって思ったのは、あの場所そのものだった。
あの、熱。
わたしは、ベクトルがほしいんだと思った。熱量、かな。
方向性はどこだっていい。いいことでも、わるいことでも。
ただ、その大きさが美しかったんだと思うんだ」
視線が、擦れ違う。
言葉に、芸術に、目をとられる彼女とは別で、おなじ。
わたしはただ、自分の美しいと思うものを、みつめていた。流れる、血を。
独占欲のままに掴まれた薔薇は、当然のように人を傷つける棘で応えた。
お風呂上がりの芳香と、オレンジジュースの残り香が、赤く滲んでいく。
「……おどろいた。どうして理解ったの? しかも、ふたつ」
驚いた、と言いながら、表情は変わらない。
ずっと、彼女を見つめている。
「あなたの芸術は、あなたの音楽は、あなたの中にある唄なのか。
それとも、共有した世界観──観客を悦ばせるための奉仕者なのか。
それとも、己の独我──剥き出しの自我を魅せつける独裁者なのか。
……わたしは、後者」
本当の意味で彼我の芸術が重なることは、無い。灰の劇場を調べて、わかったことがある。
あの場所に、血は持ち込めない。
法にも縛られないが、無益な殺生は違うのだと。
でも──ここは?
もうひとつの疑問の先。
「……どうして、首だって、わかったの?
わたし、ずっと思ってた。
これを──この赤い女を■すなら、首だって。
……死は。
ひとつにつき、ひとつしか、訪れない。
あなたを終わらせるなら、それが相応しい。あの……炎のような哀惜と、冷たい恋をうたう、その喉を、終わらせるの。
あなたは……髪がきれい。吹き上げる血と、靡く赤色、それが──」
うつくしさに、魅入られる。
ああ。歌声よりも、ずっと。あれが輝かしく聞こえれば聞こえるほど、その終わりも美しく、わたしに響く。
誘われるまま、彼女の躰に触れる。くび。両手で。首を締めるかのように、でも優しく。傷つけないように。
愛撫といっていい。肌に。温かさに。肉に。血の管に。確かめるように、触れて……愛おしむように、撫でた。血が広がる。彼女の、血が。
押し倒したりなんて、しない。
ただ、愛でるように。少し大柄な彼女の躰の上に、影を差す。追い詰めるように。けど首以外に触れず。静かに、くちびるを、耳元へ──
■藤白 真夜 >
小さな要求は密やかに。
誰にも、聞かれず。己の内にも、届かない。
ただ、うつくしいものに、浮かされただけ。
ずっと。ずっと、見ていたその瞳を、紅く……輝かせて。
■ノーフェイス >
その影が重なるならば、みずからは、投げ出されていた白い脚の片方を、カウチの座面にのせた。
仰臥して、受け止める。白と紅、そして黄金のみずからのうえを這う、黒い荊棘。その棘に身を委ねた。
「そんなギンギンにしちゃって……、ボクが気づかないとでも思った?
やらしい視線が絡みついてた。悪い娘だ。隠しなよ――……こんな場所じゃなきゃ風紀に捕まるよ」
うっすらと、唇が弧を描いた。
蠱惑の美姫の婀娜っぽい微笑みで受け入れて、朱に染まった手を伸ばす。
未だ新しい血が滲む指が、細顎をそっととらえた。
「…………、」
カウチの布張りに広がる、艶めく真紅に、しかし守られることはなく。
首の筋肉のうねり。重たくゆっくりとした脈動――平静。
過敏な場所をかすめられると、熱っぽい溜め息がこぼれた。
乱れた胸元、女の丘陵を描いた稜線、その合間に垂れ落ちる紅い河は未だ鮮やか。
高い体温に凝固をためらういのちがながれる。
「――――ふふ」
直球な要求に、思わず笑った。
「ああ」
血のかおりだ。自分のそれとは違う。
声にしていってもいいけれど。
「睦言がお望みかな……、お客様には、ナイショにしなきゃ」
VIPチケットの特典としても、過激すぎるサービスだ。
独占欲が強いキミがそれを望むまい。
交わらせた視線のあとに、抱きしめる。
みずからもまた、その耳元にくちびるをよせた。
■ノーフェイス >
「―――……それが、キミの要求へのこたえになるよ」
タナトスがすぐそばに迫っていても。
トーデストリープに一切傾ぐことなく、悠然と少女を出迎える。