2024/06/27 のログ
■藤白 真夜 >
「……命、そのもの?」
答えた。真夜も、わたしも、解かされた暗号に挑むように。
だから、だろうか。
眩すぎる美しさ、高すぎる価値は、そのもの以外全てをぼやけさせる。
それがなければ、しんでもいい。命よりも、大事なもの。よく聞くフレーズだけれど、だからこそ実在すれば悲劇的な響きを持つ。
あの絶望に追われる闘争のような詞は、そこから生まれたのだろうか。
「……ちょっと、嫉妬しちゃうな」
この身には、珍しい感情。先の嫉妬は、正しくは少し違う。真夜が誰かと愛を育むのは、良い。育まなくても、良い。貪られても、良い。
その全て、わたしは見ていた。
それを、見れなかった。それが、厭だっただけで。
「あなたの音楽は、死神みたい」
湯上がりの躰の熱。服越しに感じる、それ。かすかに濡れていた。
──いや、なにかが、もっと溢れ出し、滲み、濡れそぼる。
つー……とねばついた赤い雫が、紅い河の流れる白い躰に、こぼれていた。黒いセーラー服が赤く濡れて、中身があふれていく。
外気に触れても凝固せず、真夜の体よりもずっと熱を持ち拍動するかのように蠢くそれが、女の体を這う。
愛撫などとは、到底言えない。ただ、確かめていた。その熱を。──本当に、生きているのかを。
「……あなたを、奉仕者だと思ってた。
だれかのため。よわいなにかのため。立ち上がる美しさを見るため。
何かに投資するみたいだって」
……実のところ、わたしの異能の判定は怪しい。よく、わからない。これが、終わるに正しい存在なのか、わからない。
──でも、だからなんだ?
「あなたは、独りだった。うん。独りで、歌ってた。
そっちのほうが、ぜったい正しい。ううん、すき、かな。
血の滲むような努力が。
喜んでもらうための奉仕が。
正しいセッティングと受け入れられるメロディが。
──そんなもんに、なんの美しさもない。
音楽は、ロックは、そうでしょう?
ただ、音楽が降って湧いた。それだけのヤツが、全てを握る。
それ以外、いらないの。
受け入れられるための努力や奉仕より、生まれ持った魂だけが、スタァを作る。でしょう?」
この女は、そうだ。
わたしは、単純なものがすき。
行儀の良い、受け入れやすい、だれかに媚びたもの。
そんなものより、ただ独り善がりで、自分を信じてブチあげたもの。
それこそが、わたしの好きな“芸術”だった
「つながりは、あるの。
命はたったいちどだけ、繋がれる。
たったひとつだけの命を、終わらせたもの。……これ以上のつながり、ないでしょう?
あなたの には、届かないかもしれないけれど」
躰を確かめた血液が、揺らめくように姿を変えていく。
──ナイフ。
ありふれた、暴力のかたち。
首に、狙いを定めた。手でナイフを持って。手なんか使わないほうが、もっと上手にやれる。でも、こうしなきゃ。
他の女の名前を出すような、余裕はあげちゃいけないの。
左手で首を掴む。とびきり、優しく。彼女の躰に流れる血と……音楽を、感じながら──、
■藤白 真夜 >
誘惑。
届くことも、無いかもしれない。でも、睦言ってそういうもの。
あなたへ。少しでも悦んでもらえるよう、囁きながら……
ああ、確かに見ていた。見出した。
その、美しさへ。その、白く美しい首へ。
刃を、振り下ろした。
目を、逸らさない。血を、厭わない。わたしの異能は、その血と死を食む。
刃が、届かなくてもいい。
■そうと思えた。それだけでも。目前に、死の芸術を見出された。その美を、この萎んでもなお足早に脈打つ心臓が、確かに捉えていた。
──あなたは、きれいに殺せる、って。
■藤白 真夜 >
振り下ろされた刃の行方は、次の夜に。
それまで、関係者以外立ち入り禁止の立て札が、降りることはない。
ご案内:「◆!STOP! MEMBERS ONLY(過激描写注意)」からノーフェイスさんが去りました。
ご案内:「◆!STOP! MEMBERS ONLY(過激描写注意)」から藤白 真夜さんが去りました。
ご案内:「◆!STOP! MEMBERS ONLY(過激描写注意)」にノーフェイスさんが現れました。
ご案内:「◆!STOP! MEMBERS ONLY(過激描写注意)」に藤白 真夜さんが現れました。
■ノーフェイス >
肉に割り入る、硬い感触。
おちる。
■ノーフェイス >
貫通した刃を、涙のようにつたって、ぽたり、ぽたりと落ちる紅のしずく。
それに首元、胸元を、更に緋の斑に汚す。
穏やかな微笑みのまま、音もなく瞬然と動いた腕が、掌でその刃を受け止めた。
あの花と同質の刃が手の甲を通し、眼前に咲いていた。
それ以上は進まない。いまはまだ、そこまで届かない。
「……ケダモノ」
返事を待たずに突っ込もうとするなんて――そう告げると、はじめて。
獰猛に牙を剥くかのよう、生の欲動が表情に滾る。
「そうやって、キミは……
終焉をそのやらしい声で囁いて……
ことばたくみに甘い誘惑を煽って、合意にもってく。
ひとをうごかす、芸術の本質――あんな花を誕めるわけだ。」
黒いセーラー服の、色事師の方程式。
肌に押し込まれたそれをうけとめるよう、指を握り込む。
指は、とても長い。掌もおおきかった。
「そうやって何人、殺してきたんだ……色情狂が……」
教えてくれよ、なんて。仰臥のまま顔を近づけ、覗き込む。
その死が、抱きしめて、呑み込むような――……そんな優しい眠りだとしても。
「芸術に、斯くあるべし……なんていうのはない、とボクはおもう。
商業や社会秩序という仕組みに寄り添えば、実績や影響みたいな……
別のばしょにある規則を適応しなきゃいけないだけだって。
自己嫌悪も、自己愛も、やはりどこかまじめだ。
ただしさ、真贋で……語りたがる……とらわれる。 かわいいね」
まず自我がある。それを社会秩序に寄り添わせる。
そうして社会と一定の契約を交わす。
これは、表舞台でも、落第街でも、変わらない。
「立ち入り禁止の、美術館に……
いくつもいくつも閉じ込めた、キミによる芸術……あの夏の雨に香ったのは、死か……。
社会的に認められずとも、いや、認められたくもないはずだ。
他人の注目も、手垢も、不愉快なんだろ。さっきも、キミはお客様のひとりだった」
大切な――まあ、いまは特別扱いをしてしまっている、わけなのだけども。
「独り占め……キミだけのものにする、というコト。
それが、キミなのか?真夜。
ふたりとも、そうなのかな……? 我慢してるかしてないかってだけで。
どんな清らかな人間でも、愛はひとの口から語られた時点で正しくなくなる。
愛、なんていうから――ややこしくなる……欲望だろ? なあ……」
なんと、正しい欲望だろう。
外に向けて、言葉にしてしまった時点で、聖なるものではありえないのだ。
社会とは、人間とは、聖なるものではないからだ。
聖ならぬことが非だというひととは――考えが合わない。
■ノーフェイス >
「もちょっと血はヌいてくれても構わないかな――あたま、冴えてきた。
……命そのもの……、近いケド、すこし違う。
ボクにとって歌うこととは、生命の活動……快楽だ。
心臓がうごいて呼吸するということじゃない、もっと動的な意志……
芸術だ、なんだって……そんな評価だって結局後付けのラベルだよ。
ボクという音楽が身近で大衆的、ってだけなのさ」
飾られれば見世物となり、売られれば商品になって、評価されれば芸術だ。
心に響いた。その事実をしてこれは芸術だ、とさわぐような。
「理想の実現のために、生きてきた。
技術を磨くのも、人を集めるのも、準備をするのも、すべては実現の手段だ。
キミのナイフと、おんなじだ――足りなきゃ届かないんだよ?
高め、更新し、思考し、試行錯誤を繰り返し、結実すればその先へ。
それこそがボクであり、だからこそそうしている。
試練に挑むコト……挑み続けること、階梯を上がり、上がり続けること……」
だからこそ、そう在ることが許される。
舞台上で、独り――だれもが独りだ。
「努力―――ああ。
ことあるごとに賛美される、ボクの嫌いな言葉だ」
努力することは、尊いのだと。
だから、嫌いになってしまった。
「無私の奉仕なんて――
幸福を生むようで、なにも生産しやしない……
他人にも、ボクにも……どころか、いろんなものをダメにしちゃう。
だからボクは、共鳴したひとに……人間だと認識できる相手に。
じぶんのできるかたちで、手を貸すだけ。
魅せてくれると期してだ。個人にできる範囲でね」
利害関係は一致するなら。
何事にも、ただ与えることを望まない――それがもたらす悲劇を知っているから。
「だからキミにも、ハイどうぞ――って、命は与えてあげられなかった。
焦らしてゴメンね。苦しいだろ……?フフフ……
きっとキミは気持ちよくイけただろうに、慈母のように受け入れてあげられなかったな。
この硬くて尖ったやつを、いまにも、ボクに押し込みたくてたまらないか……?
どうしてこんな、イジワルをするのか」
ぐち……。濡れた肉の音が響く。手を動かし、傷が広がった。
自分のなら、治せる。他人のは難しいが。
――そう。
凶暴な正義を前に屈辱を刻みつけたのも、あの刃に身をさらすことに条件をつけたのも。
おっと、こんどはまた別の女のことを考えてしまった。この存在は恋が多かった。
「これが、こたえだ」
――ささやく。
■藤白 真夜 >
「あ」
……ハズレた。
でも、残念だ──なんて感じる余裕は、無い。
ソコでも、肉に変わりは無いのだから。
肉に突き刺さる、赤黒い杭。
──うん、届いている。
そう、けだものだ。けだものなら——目先の快楽が、最高のモノでなくとも、構わない。
当然だ。
わたしは、首輪付き。餌にまてをかけられてる犬。おりこうで、いいこ。だったのに。
あんな、開放と欲望のうたを聞かされたあとに。目の前で。誘われれば、そうもなる。
それの言葉を、芸術を、魂を、美学を。
──全部、すっとばした。
餌に群がる犬が、飼い主の撫でる手に構わぬように。
それは、あと。もっと、ほしいものがあるんだから。
「──ん、……ちゅ」
くちびるの、音。口づけの先は、被害者の胸元に溢れた、紅いしずく。
わずかに吸い付くそれは、求愛じゃなくて、蝙蝠と蛭のそれ。
これでいい。吸血鬼と、誹られてもいい。その言葉は嫌いだけれど。
あまりに……もったいなすぎるから。
手で、血で、異能で感じる、肉の鼓動。紅い血潮。やっぱり、冷ややかな鼓動。当たり前だ。音楽が流れてないと、その躰は熱を持たない。
──それでも、いい。
わたしが突き立てた刃。それが、届いている。命でなくとも。肉に。
「ふふ。んふふ。
……ちょっと、にがい。オレンジジュースとは、言えないね。
冷たいのに、舌がひりひりするくらい、アツいの。
甘みは、ぜんぜんない。なのに、野心に満ちた……よくぼうの味がするよ」
ぺろり。舌なめずりをして、でも血は落ちない。唾液と血がとろりとルージュを描く。
別に、無理に■そうとかは、しない。でも、刺さったままのナイフは……どくり、と蠢く錯覚がある。いや、事実そうであったかも。異能で形作られたソレは、己の欲望のカタチと相違ない。
わたしの異能で繰る血は、指先であり、手であり、心臓であり、武器であり、血を求めるくちびるで、味を確かめる舌だ。
平静を保つようで、瞳はうつくしさに潤み、傷口が広がりナイフに触れる肌の感触に、びくりと震える躰が素直に反応していた。
でも、少なくとも、食んだ。
それは、もっと……と欲を滾らせもしたけれど、束の間の平静を与える。ソレの言葉が、囁きが届く程度には。
■藤白 真夜 >
言葉は、囁きは、答えは、届く。
「わたしは、たぶん……独占欲を認識してなかった。
でも、そうなのかも。ひとのおわりを求めてる。同意もないのに。
最高のものでななかったとしても。悲劇的なものだったとしても。
……ひとつしか訪れないから、それは美しくなる。
輝く星のような才能を持つミュージシャンって、何回死んだかな。
それが……書くべき曲を全て書いて、全て歌って、あらゆる栄光を得た果てに、愛に満ちた家族と子供とペットの犬に看取られるのか。
人気絶頂の最中、つまらない殺人鬼にナイフで殺されるのか。
……その二つに、差は、あるかな?
後者は、どう見たって正しくない。悲劇だし、つまらない終わり方。
……でも、その命の意味が翳るかな?
正しくなくて、悲劇的で、認めたくない。
——だからこそ、死が美しくなる」
……殺人鬼。
美学に則って何かを殺めるもの。わたしの正体は、ソレにすぎない。命の終わりを独り占めにする独占欲の認識は、そのアタマに無い。
だからこそもっと悪質だった。
それが唯一だから、なんて高尚な考えが、無い。
愛すべきものすべてに愛を注ぐ。なんの躊躇いもなく。唯一の愛を、自分以外のすべてに求めるようなもの。
だって、しょうがない。
それがきれいなんだもの。
「……んふふ。アナタのほうがよっぽど、欲深だね。
あのライブは、……まさしく、繁殖行動なんだ。
アナタを、誰かの中に、音楽で植え付ける。それであんなにきもちよさそうだったんだねぇ。なっとくぅ~」
そう言いながらも、わたし自身も蕩けていた。
なにせ、ナイフはハイったまま。くちびるには血の味。
わたしの体温は本来低いけど、血が熱く滾って。ナイフは、血の異能は、歓喜にふるえていた。
本能は、訴えている。
やれ、って。
だからこそ、なんだって。同意が無い。だからなに。だからこそ。その最中でこそ、悲劇性も高まる、のに——。
頭の、ううん、心の奥底で、まてがかかる。犬の、首輪が。
かわりに……もう一度、首に触れた。
刃なんかじゃなく、くちびるで──、
■藤白 真夜 >
「……でも。ちょっとだけ。言ったよね。歯型は、つけるって。
──あむ」
がぶ。囁くまま、その白い首に、噛みついた。
歯型をつける、とか言いながら、全然力の入ってない甘咬み。据え膳を見せつけられたお返しみたいな、ちょっとだけのいじわる。
■ノーフェイス >
自分のなかで脈打つそれ。血を介して彼女と交わった。
突き刺さるような激痛さえ、甘く愛しく思う。歌に比べればささやかでも生の実感と、相手を感じた。
心がふれあう――という、お互いの妄想で幻像を補完し合う甘いうそよりも。
遥かに確かな情交であったのかもしれない。
抱きとめた。僅か吸い上げるだけで、痕のつくような純白の膚に、濡れた花びらが散る。
流れ落ちる血を、あげる理由は――ある。それだけのものは、もらっていた。
「ブラックコーヒーかなんかか、ボクの血は……
フルーティーな酸味はおありで?
まえむきだから、褒められてると受け取るケド。
お気に召したなら、逝かない程度にすきなだけ」
語り始めたソムリエに、瞳は笑わぬまでも失笑がこぼれた。
苦みと酸味と、熱さ。淹れたてのやつだ。
いまはもう、美味しくのめるようになった。
「……未練は尽きなくとも」
うけとめた死は――
とても、論理的で、共感や共鳴はできずとも、理解はできた。
「後悔のない生き方をする。
理想に届いてしまえば、その先へ、さらにその先へ……
だから、それそのものに、そこまでの関心はない。
けれど……、それがあるから、生きていられる……」
死への敬意だけはあった。
無数に語られた、多くの星々の人生。
それに思いは馳せども、おもねることはしなかった。
胸の混沌に閉じ込めて、みずからの血肉として、歌へ変えるためのもの。
激しいサウンドとともに、脳裏によぎった――
「かみさまのように崇められて、だから……
………思うように書けなくなって、歌えなくなって。
ショットガンをくわえて、ひきがねを引いたひと……」
それでも、迎えたくない死の形は――あった。
彼は、ひきがねを引いたから死んだのか?
思わずそう考えると、きつく、交わるほうでない腕で、重なる体を抱いていた。
――恐れたのか。その反応を示してから、自分のなかにあった弱さを認識した。
「…………そうだね。種子を撒いていた。交わっていた」
世界を侵した。これからも、侵し続ける――その時まで。
「あの花に、心に棲まれた恋慕と嫉妬は――昇華できた、とおもう。
いまは、殺人鬼が欲しい。殺人鬼をくれ。
この胸の混沌にいなかった、死を求めるキミという美を。
そうすればボクはより、高みへ……、あらたな階段に、足をかけられる……」
生き続けるのだ。
大きな事件だった。殺人事件など、世間にとってのではなく。
■ノーフェイス >
「……掌ブチ抜いといてかわいらしいこと」
いいよ、と後頭部を脇息に預けて、さらした。
接吻でああなのだ。歯型なんて、簡単についちゃうんだ。
「歯型は治さないでおくよ……、
この痛みと、かたちと、キミの熱を、懐きながら……」
体が離れても、そこに思い描き続けて。
「死を、うたってみよう」
うなされるようにして。あるいは、陶然と。
着想を得た――犯されて、芽吹いた種。末那の躍動、生死の欲動が。
■藤白 真夜 >
「まさか。果物の味なんてどこにもないよ。
わかってるはずでしょ?
紅茶より紅くて、コーヒーよりどろどろしてる。
地獄みたいなのに、其処に在る。存在してる。
まずいのにおいしい、みたいなかんじ。ふふ」
こぼれる笑みは、まさしくお気に入りの味だった。
……割と、誰に対しても美味しいって言っちゃうんだけど。
強く、でも弱く、抱かれる腕を感じて。
音楽家の終わりの話は、ちょっとずるかったかな、なんて思った。
「わたしはね、それでも良いって思うんだ。
どれだけ、くだらなくて。
どれだけ、つまらなくて。
どれだけ、惜しまれるものであっても。
安寧と、平和の中でも。
絶望と、後悔の中でも。
最高の終わりになるんだ、いのちって。
その瞬間を……わたしは、うつくしいって、思うんだ。
綺麗な命と、美しい死。それを、わたしは信仰してる」
他のひとは、きっともっと、複雑に生きてる。
芸術の意味が。終わる才能の損失が。“黒い冬”が、音楽史に残した傷が。
きっと、わたしは在るはずの未来……そういうものが、見えてない。
終わりの向こう。もし生きてたら、が視えない。その終わりだけを、見つめてた。
「……ふふ。結局独占欲じゃぁん。
でも、わかる。わかるよ。
それが、キミの音楽のためなんだね。
ヒトの芸術にはキョーミない──って言いたいとこだけど、うん。
……あなたはとくべつ」
特別。その言葉は、少し穿っていたかも。わたし、特別がいっぱい居る。きっと。
何にでも目移りするんじゃなくて。ただ、刹那的に。今その瞬間に、美しいものを見出しちゃうから。
──目を閉じた。その囁き声を、ひとつのこらず聞くために。
──、
■藤白 真夜 >
「え~? ガマンしてよね。こっちもガマンしてるんだからっ。
……わかってる!? すんごいお預けくらったんだからね!?
わたしがねぇ、一体いつからガマンしてわざわざ落第街でふらふらして──違反部活とかどうせ──でもダメって頭いたくなって──そこらへんのオッサンでも──風紀がヤッてんのに──……、…………」
がみがみ。カラダを重ねながら、愚痴る。
モテるひとにはよくある光景かも、しんないけど。
島に来てからのわたしは、すごく禁欲的なのだから。多少は、許してほしい。
そんで、こんなのを寝物語にするつもりも、無い。
「……ね。手。
感じて?」
ナイフを突き立てる、わたしの手。……それが、どろりと溶けた。赤く、カタチを失う。
わたしはもう、異能のほうが、個人としての意味合いが大きい。人間より先に異能がある。ヒトのカタチより先に、血のカタチがある。だから、動かせる。血液操作で。
ずるりと蕩けた手は、ナイフと混じり合い──再びカタチを得た。
きゅ。
お互いにナイフに貫かれ、手を繋ぐ。はずれない。独占欲の顕れ……かはわからないけれど。
「……寝物語に、教えてあげる。
わたしが……誰をどう■して、何を想われて、何を遺されたか。
何人コマしたか、って言ったよね。
──全部、覚えてるから」
肉体に、欲望に、任せてもよかった。このひとになら。……別に、惜しむようなカラダでもないのだけれど。貞操なんて、当然無い。
でも、うたうと言った。わたしの、好きなものを。
それは──わたしも、聞きたい。
だから、歌い手の求めるものを、わたしの中のものを、あげよう。このひとに。
互いの芸術が交差しなくてもいい。
すこしでも……このひとが。
高らかに、歌を謳えるように──。
■ノーフェイス >
「コドモにはまだはやい味ってコトかも。
これからも熟すよ。最高の瞬間となる、そのときまで」
ずいぶんな物言いに、ぴんときてはいないのだが。
長めの赤い舌を伸ばして、白い腕に流れたそれを掬ってみる――。
くちのなかで転がした。視線がうつろう。……眉が顰められる。
「キミだけの認識だ」
興味はあっても、理解はできない、妄想で補うしかできない。
彼女が視ている死は――もしかしたら明るくまばゆいのかもしれない。
他のどんなものよりも。
音楽家の覗き得ぬ、愛しい殺人鬼の心象のなかでは、
きっと醜く腐り落ちることはできぬのだ。
「博愛主義者みたいなコトをいう。
そこははっきり、キミとボクとで違うトコ」
この地上に満ちた唯一無二の終わりは、星の数では効かないのだ。
そのどれもを愛する物言いには、否定はせずに、寄り添った。
死も愛も。どんな願いを抱えていたって、独りのままだって、
他人と重ならなければ成り立たない、性なのだ。
「そうだよ。……とくべつになりたいの。
だれにとっても、……傷のような。
わかっててそのコトバをつかったな……、
そう簡単にゃおっこちないよボクも」
他と同じ序列なんて、いやだね。
ふ、と鼻で笑ってみた。
そんな彼女の現在を打ち砕くには、自分は未だ至らなくて。
だから、階段を上がり続けるしかない。
その先に在る理想に、見下され、罵倒され、そのたびに激烈な怒りと悔しさに晒されながら。
それでも。
■ノーフェイス >
「xxxx……」
言ってはいけない文句が出て、思わずぷいと顔を逸らした。
生殺し。寸止め。それでもいうことをきいちゃう。
自分がフェアゲームを望むのをわかってそう言われると、むすくれながらも承服するしかない。
「じゃあキミのまえで無防備に寝ちゃお~っと。
セクシーな頸をめのまえに、首輪の鎖をがちゃがちゃ言わせてるといいぜ、フフ。
……そうやれば、お互い重なれるかな、すこしでも」
彼女もいろいろ大変らしい。そういう意味では、自己嫌悪には感謝しよう。
こんなイジワルも成立するのだ。殺人鬼を前にして。
「ん」
視線を向けた。ブラッドオレンジの瞳。
瞬く。溶け落ちた手――おもわず、追いかけようとするように長い指がすがった。
それこそが、いのち。藤白真夜。自分とはまた違う、紅い流れ。
留まる。留めようとする。――どこかにいけるのか。
だから、そうして握り合うかたちに。掌が重なった。ふたまわりほど、大きいかも。
「抜いたらあふれちゃうしな」
ふたりでいる間は離さないでいてね、ということ。
わずかに、手首を動かす。癒着しつつある。
「すごく、痛い……」
いやというほど、肉を貫くそのかたち。指のかたち。掌のかたち。
熱も脈動も感じた。かさなりながら眼を閉じた。その声に酔いしれるように。
「そう……識りたいのは、藤白真夜の……」
新聞記事を読みたいのではないから。
殺人鬼が識り、受け止めて、解釈して、語られるものに意味がある。
社会にこっそりと潜んだ、潜まざるを得ない。
出会いは始まりか、別離は終わりか、あるいは永遠。
そこにたしかにある、主観と感性と情動こそが。
識りたいもの。よりすぐれた音のため。
死にのみ感じるような、この殺人鬼をもふるわせる音のため。
「…………ああ、」
艶のない不透明さ。粉っぽくも感じる甘さ。
とろけるようなやすらぎ。ぞわつくような官能。
悪くないかもと思ってしまうほどの――――