2024/06/27 のログ
藤白 真夜 >  
「……命、そのもの?」

 答えた。真夜も、わたしも、解かされた暗号に挑むように。
 
 だから、だろうか。
 眩すぎる美しさ、高すぎる価値は、そのもの以外全てをぼやけさせる。
 それがなければ、しんでもいい。命よりも、大事なもの。よく聞くフレーズだけれど、だからこそ実在すれば悲劇的な響きを持つ。
 あの絶望に追われる闘争のような(せかい)は、そこから生まれたのだろうか。

「……ちょっと、嫉妬しちゃうな」

 この身には、珍しい感情。先の嫉妬は、正しくは少し違う。真夜が誰かと愛を育むのは、良い。育まなくても、良い。貪られても、良い。
 その全て、わたしは見ていた。
 それを、見れなかった。それが、厭だっただけで。

「あなたの音楽は、死神みたい」

 湯上がりの躰の熱。服越しに感じる、それ。かすかに濡れていた。
 ──いや、なにかが、もっと溢れ出し、滲み、濡れそぼる。
 つー……とねばついた赤い雫が、紅い河の流れる白い躰に、こぼれていた。黒いセーラー服が赤く濡れて、中身があふれていく。
 外気に触れても凝固せず(止まらず)、真夜の体よりもずっと熱を持ち拍動するかのように蠢くそれが、女の体を這う。
 愛撫などとは、到底言えない。ただ、確かめていた。その熱を。──本当に、生きているのかを。

「……あなたを、奉仕者だと思ってた。
 だれかのため。よわいなにかのため。立ち上がる美しさを見るため。
 何かに投資するみたいだって」

 ……実のところ、わたしの異能の判定は怪しい。よく、わからない。これが、終わるに正しい存在なのか、わからない。
 ──でも、だからなんだ?

「あなたは、独りだった。うん。独りで、歌ってた。
 そっちのほうが、ぜったい正しい。ううん、すき、かな。
 血の滲むような努力が。
 喜んでもらうための奉仕が。
 正しいセッティングと受け入れられるメロディが。
 ──そんなもんに、なんの美しさもない。
 音楽は、ロックは、そうでしょう?
 ただ、音楽が降って湧いた。それだけのヤツが、全てを握る。
 それ以外、いらないの。
 受け入れられるための努力や奉仕より、生まれ持った魂だけが、スタァを作る。でしょう?」

 この女は、そうだ。
 わたしは、単純なものがすき。
 行儀の良い、受け入れやすい、だれかに媚びたもの。
 そんなものより、ただ独り善がりで、自分を信じてブチあげたもの。
 それこそが、わたしの好きな“芸術”だった

「つながりは、あるの。
 命はたったいちどだけ、繋がれる。
 たったひとつだけの命を、終わらせたもの。……これ以上のつながり、ないでしょう?
 あなたの  には、届かないかもしれないけれど」

 躰を確かめた血液が、揺らめくように姿を変えていく。
 ──ナイフ。
 ありふれた、暴力のかたち。
 首に、狙いを定めた。手でナイフを持って。手なんか使わないほうが、もっと上手にやれる。でも、こうしなきゃ。
 他の女の名前を出すような、余裕はあげちゃいけないの。
 左手で首を掴む。とびきり、優しく。彼女の躰に流れる血と……音楽を、感じながら──、

藤白 真夜 >   
 誘惑。
 届くことも、無いかもしれない。でも、睦言ってそういうもの。
 あなたへ。少しでも悦んでもらえるよう、囁きながら……
 ああ、確かに見ていた。見出した。
 その、美しさへ。その、白く美しい首へ。
 
 刃を、振り下ろした。
 
 目を、逸らさない。血を、厭わない。わたしの異能は、その血と死を食む。
 刃が、届かなくてもいい。
 ■そうと思えた。それだけでも。目前に、死の芸術を見出された。その美を、この萎んでもなお足早に脈打つ心臓が、確かに捉えていた。
 ──あなたは、きれいに殺せる、って。
 

藤白 真夜 >  
 振り下ろされた刃の行方は、次の夜に。
 それまで、関係者以外立ち入り禁止(MEMBERS ONLY)の立て札が、降りることはない。
 

ご案内:「◆!STOP! MEMBERS ONLY(過激描写注意)」からノーフェイスさんが去りました。
ご案内:「◆!STOP! MEMBERS ONLY(過激描写注意)」から藤白 真夜さんが去りました。
ご案内:「◆!STOP! MEMBERS ONLY(過激描写注意)」にノーフェイスさんが現れました。
ご案内:「◆!STOP! MEMBERS ONLY(過激描写注意)」に藤白 真夜さんが現れました。
ノーフェイス >  
 
 
肉に割り入る、硬い感触。

おちる(・・・)
 
 
 

ノーフェイス >  
貫通した刃を、涙のようにつたって、ぽたり、ぽたりと落ちる紅のしずく。
それに首元、胸元を、更に緋の斑に汚す。
穏やかな微笑みのまま、音もなく瞬然と動いた腕が、掌でその刃を受け止めた。
あの花と同質の刃が手の甲を通し、眼前に咲いていた。
それ以上は進まない。いまはまだ、そこ(・・)まで届かない。

「……ケダモノ」

返事を待たずに突っ込もう(・・・・・)とするなんて――そう告げると、はじめて。
獰猛に牙を剥くかのよう、生の欲動が表情に滾る。

「そうやって、キミは……
 終焉(ゆめ)をそのやらしい声で囁いて……
 ことばたくみに甘い誘惑(デストルドー)を煽って、合意(・・)にもってく。
 ひとをうごかす、芸術の本質(・・・・・)――あんな花を()めるわけだ。」

黒いセーラー服の、色事師の方程式(くどきテク)
肌に押し込まれたそれをうけとめるよう、指を握り込む。
指は、とても長い。掌もおおきかった。

「そうやって何人、(コマ)してきたんだ……色情狂(シリアルキラー)が……」

教えてくれよ、なんて。仰臥のまま顔を近づけ、覗き込む。
その死が、抱きしめて、呑み込むような――……そんな優しい眠りだとしても。

「芸術に、斯くあるべし……なんていうのはない、とボクはおもう。
 商業や社会秩序という仕組みに寄り添えば、実績や影響みたいな……
 別のばしょにある規則(ルール)を適応しなきゃいけないだけだって。
 自己嫌悪(いもうとさん)も、自己愛(キミ)も、やはりどこかまじめだ。
 ただしさ、真贋で……語りたがる……とらわれる。 かわいい(・・・・)ね」

まず自我がある。それを社会秩序に寄り添わせる。
そうして社会と一定の契約を交わす。
これは、表舞台(あっち)でも、落第街(そっち)でも、変わらない。

立ち入り禁止(MEMBERS ONLY)の、美術館(こころのなか)に……
 いくつもいくつも閉じ込めた、キミによる芸術……あの夏の雨に香ったのは、(それ)か……。
 社会的に認められずとも、いや、認められたくもないはずだ。
 他人の注目も、手垢も、不愉快なんだろ。さっきも、キミはお客様のひとりだった」

大切な――まあ、いまは特別扱いをしてしまっている、わけなのだけども。

「独り占め……キミだけのものにする、というコト。
 それが、キミなのか?真夜。
 ふたりとも、そうなのかな……? 我慢してるかしてないかってだけで。
 どんな清らかな人間でも、愛はひとの口から語られた時点で正しくなくなる。
 愛、なんていうから――ややこしくなる……欲望(・・)だろ? なあ……」

なんと、正しい欲望(あい)だろう。
外に向けて、言葉にしてしまった時点で、聖なるものではありえないのだ。
社会とは、人間とは、聖なるものではないからだ。
聖ならぬことが非だというひととは――考えが合わない。

ノーフェイス >  
「もちょっと血はヌいてくれても構わないかな――あたま、冴えてきた。
 ……命そのもの……、近いケド、すこし違う。
 ボクにとって歌うこととは、生命の活動(・・・・・)……快楽だ。
 心臓がうごいて呼吸するということじゃない、もっと動的な意志……
 芸術だ、なんだって……そんな評価だって結局後付けのラベルだよ。
 ボクという音楽(そんざい)身近(カジュアル)大衆的(ポピュラー)、ってだけなのさ」

飾られれば見世物となり、売られれば商品になって、評価されれば芸術だ。
心に響いた。その事実をしてこれは芸術だ、とさわぐような。

「理想の実現のために、生き(うたっ)てきた。
 技術を磨くのも、人を集めるのも、準備をするのも、すべては実現の手段だ。
 キミのナイフと、おんなじ(・・・・)だ――足りなきゃ届かないんだよ?
 高め、更新し、思考し、試行錯誤を繰り返し、結実すればその先へ。
 それこそがボクであり、だからこそそうしている。
 試練に挑むコト……挑み続けること、階梯を上がり、上がり続けること……」

だからこそ、そう在ること(ひとりよがり)が許される。
舞台上で、独り――だれもが独りだ。

「努力―――ああ。
 ことあるごとに賛美される、ボクの嫌いな言葉だ」

努力することは、尊いのだと。
だから、嫌いになってしまった。

「無私の奉仕なんて――
 幸福を生むようで、なにも生産しやしない……
 他人にも、ボクにも……どころか、いろんなものをダメにしちゃう。
 だからボクは、共鳴したひとに……人間だと認識できる相手に。
 じぶんのできるかたちで、手を貸すだけ。
 魅せてくれると期してだ。個人(ボク)にできる範囲でね」

利害関係は一致するなら。
何事にも、ただ与えることを望まない――それがもたらす悲劇を知っているから。

「だからキミにも、ハイどうぞ――って、命は与え(・・)てあげられなかった。
 焦らしてゴメンね。苦しいだろ……?フフフ……
 きっとキミは気持ちよくイけただろうに、慈母のように受け入れてあげられなかったな。
 この硬くて尖ったやつを、いまにも、ボクに押し込みたくてたまらないか……?
 どうしてこんな、イジワルをするのか」

ぐち……。濡れた肉の音が響く。手を動かし、傷が広がった。
自分のなら、治せる。他人のは難しいが。
――そう。
凶暴な正義を前に屈辱を刻みつけたのも、あの刃に身をさらすことに条件をつけたのも。
おっと、こんどはまた別の女のことを考えてしまった。この存在は恋が多かった。

「これが、こたえだ」

――ささやく。

藤白 真夜 >  
「あ」

 ……ハズレた。
 でも、残念だ──なんて感じる余裕は、無い。
 ソコでも、肉に変わりは無いのだから。
 肉に突き刺さる、赤黒い(ナイフ)
 ──うん、届いている。
 そう、けだものだ。けだものなら——目先の快楽が、最高のモノ()でなくとも、構わない。
 当然だ。
 わたしは、首輪付き。餌にまてをかけられてる犬。おりこうで、いいこ。だったのに。
 あんな、開放と欲望のうたを聞かされたあとに。目の前で。誘われれば、そうもなる。
  
 それの言葉を、芸術を、魂を、美学を。
 ──全部、すっとばした。
 餌に群がる犬が、飼い主の撫でる手に構わぬように。
 それは、あと。もっと、ほしいものがあるんだから。

「──ん、……ちゅ」

 くちびるの、音。口づけの先は、被害者の胸元に溢れた、紅いしずく。
 わずかに吸い付くそれは、求愛じゃなくて、蝙蝠と蛭のそれ。
 これでいい。吸血鬼と、誹られてもいい。その言葉は嫌いだけれど。
 あまりに……もったいなすぎるから。
 手で、血で、異能(カラダ)で感じる、肉の鼓動。紅い血潮。やっぱり、冷ややかな鼓動。当たり前だ。音楽が流れてないと、その躰は熱を持たない。
 ──それでも、いい。
 わたしが突き立てた刃。それが、届いている。命でなくとも。肉に。
 
「ふふ。んふふ。
 ……ちょっと、にがい。オレンジジュースとは、言えないね。
 冷たいのに、舌がひりひりするくらい、アツいの。
 甘みは、ぜんぜんない。なのに、野心に満ちた……よくぼうの味がするよ」

 ぺろり。舌なめずりをして、でも血は落ちない。唾液と血がとろりとルージュを描く。
 別に、無理に■そうとかは、しない。でも、刺さったままのナイフは……どくり、と蠢く錯覚がある。いや、事実そうであったかも。異能で形作られたソレは、己の欲望のカタチと相違ない。
 わたしの異能で繰る血は、指先であり、手であり、心臓であり、武器であり、血を求めるくちびるで、味を確かめる舌だ。
 平静を保つようで、瞳はうつくしさに潤み、傷口が広がりナイフに触れる肌の感触に、びくりと震える躰が素直に反応していた。
 でも、少なくとも、食んだ。
 それは、もっと……と欲を滾らせもしたけれど、束の間の平静を与える。ソレの言葉が、囁きが届く程度には。

藤白 真夜 >   
 言葉は、囁きは、答えは、届く。

「わたしは、たぶん……独占欲(それ)を認識してなかった。
 でも、そうなのかも。ひとのおわりを求めてる。同意もないのに。
 最高のものでななかったとしても。悲劇的なものだったとしても。
 ……ひとつしか訪れないから、それは美しくなる。
 輝く星のような才能を持つミュージシャンって、何回死んだかな。
 それが……書くべき曲を全て書いて、全て歌って、あらゆる栄光を得た果てに、愛に満ちた家族と子供とペットの犬に看取られるのか。
 人気絶頂の最中、つまらない殺人鬼にナイフで殺されるのか。
 ……その二つに、差は、あるかな?
 後者は、どう見たって正しくない。悲劇だし、つまらない終わり方。
 ……でも、その命の意味が翳るかな?
 正しくなくて、悲劇的で、認めたくない。
 ——だからこそ、死が美しくなる」
  
 ……殺人鬼。
 美学に則って何かを殺めるもの。わたしの正体は、ソレにすぎない。命の終わりを独り占めにする独占欲の認識は、そのアタマに無い。
 だからこそもっと悪質だった。
 それが唯一だから、なんて高尚な考えが、無い。
 愛すべきものすべてに愛を注ぐ。なんの躊躇いもなく。唯一の愛を、自分以外のすべてに求めるようなもの。
 だって、しょうがない。
 それがきれいなんだもの。
 
「……んふふ。アナタのほうがよっぽど、欲深だね。
 あのライブは、……まさしく、繁殖行動なんだ。
 アナタを、誰かの中に、音楽で植え付ける。それであんなにきもちよさそうだったんだねぇ。なっとくぅ~」

 そう言いながらも、わたし自身も蕩けていた。
 なにせ、ナイフはハイったまま。くちびるには血の味。
 わたしの体温は本来低いけど、血が熱く滾って。ナイフは、血の異能は、歓喜にふるえていた。
 
 本能は、訴えている。
 やれ(殺せ)、って。
 だからこそ、なんだって。同意が無い。だからなに。だからこそ。その最中でこそ、悲劇性も高まる、のに——。
 頭の、ううん、心の奥底で、まてがかかる。犬の、首輪が。
 かわりに……もう一度、首に触れた。
 刃なんかじゃなく、くちびるで──、
 

藤白 真夜 >  
「……でも。ちょっとだけ。言ったよね。歯型は、つけるって。
 ──あむ」

 がぶ。囁くまま、その白い首に、噛みついた。
 歯型をつける、とか言いながら、全然力の入ってない甘咬み。据え膳を見せつけられたお返しみたいな、ちょっとだけのいじわる。
 

ノーフェイス >  
自分のなかで脈打つそれ。血を介して彼女と交わった。
突き刺さるような激痛さえ、甘く愛しく思う。歌に比べればささやかでも生の実感と、相手を感じた。
心がふれあう――という、お互いの妄想で幻像(イメージ)を補完し合う甘いうそよりも。
遥かに確かな情交であったのかもしれない。
抱きとめた。僅か吸い上げるだけで、痕のつくような純白の(はだえ)に、濡れた花びらが散る。
流れ落ちる血を、あげる理由は――ある。それだけのものは、もらっていた。

「ブラックコーヒーかなんかか、ボクの血は……
 フルーティーな酸味はおありで?
 まえむきだから、褒められてると受け取るケド。
 お気に召したなら、()かない程度にすきなだけ」

語り始めたソムリエに、瞳は笑わぬまでも失笑がこぼれた。
苦みと酸味と、熱さ。淹れたてのやつだ。
いまはもう、美味しくのめるようになった。

「……未練は尽きなくとも」

うけとめた()は――
とても、論理的で、共感や共鳴はできずとも、理解はできた。

「後悔のない生き方をする。
 理想に届いてしまえば、その先へ、さらにその先へ……
 だから、それ()そのものに、そこまでの関心はない。
 けれど……、それがあるから、生きていられる……」

死への敬意(・・)だけはあった。
無数に語られた、多くの星々の人生(ものがたり)
それに思いは馳せども、おもねることはしなかった。
胸の混沌(うちがわ)に閉じ込めて、みずからの血肉として、歌へ変えるためのもの。
激しいサウンドとともに、脳裏によぎった――

「かみさまのように崇められて、だから……
 ………思うように書けなくなって、歌えなくなって。
 ショットガンをくわえて、ひきがねを引いたひと……」

それでも、迎えたくない死の形は――あった。
彼は、ひきがねを引いたから(・・・・・・・・・・)死んだのか?
思わずそう考えると、きつく、交わるほうでない腕で、重なる体を抱いていた。
――恐れたのか。その反応を示してから、自分のなかにあった弱さを認識した。

「…………そうだね。種子を撒いていた。交わっていた」

世界を侵した。これからも、侵し続ける――その時まで。

「あの花に、心に棲まれた恋慕と嫉妬は――昇華できた、とおもう。
 いまは、殺人鬼(キミ)が欲しい。殺人鬼(キミ)をくれ。
 この胸の混沌(なか)にいなかった、死を求めるキミという(イメージ)を。
 そうすればボクはより、高みへ……、あらたな階段に、足をかけられる……」

生き続けるのだ。
大きな事件だった。殺人事件など、世間にとってのではなく。

ノーフェイス >  
「……掌ブチ抜いといてかわいらしいこと」

いいよ、と後頭部を脇息に預けて、さらした。
接吻でああなのだ。歯型なんて、簡単についちゃうんだ。

歯型(これ)()さないでおくよ……、
 この痛みと、かたちと、キミの熱を、懐きながら……」

体が離れても、そこに思い描き続けて。

「死を、うたってみよう」

うなされるようにして。あるいは、陶然と。
着想を得た――犯されて、芽吹いた種。末那の躍動、生死の欲動が。

藤白 真夜 >  
「まさか。果物の味(楽園の果実)なんてどこにもないよ。
 わかってるはずでしょ?
 紅茶より紅くて、コーヒーよりどろどろしてる。
 地獄みたいなのに、其処に在る。存在してる。
 まずいのにおいしい、みたいなかんじ。ふふ」

 こぼれる笑みは、まさしくお気に入りの味だった。
 ……割と、誰に対しても美味しいって言っちゃうんだけど。

 強く、でも弱く、抱かれる腕を感じて。
 音楽家の終わりの話は、ちょっとずるかったかな、なんて思った。

「わたしはね、それでも良いって思うんだ。
 どれだけ、くだらなくて。
 どれだけ、つまらなくて。
 どれだけ、惜しまれるものであっても。
 安寧と、平和の中でも。
 絶望と、後悔の中でも。
 最高の終わりになるんだ、いのちって。
 その瞬間を……わたしは、うつくしいって、思うんだ。
 綺麗な命と、美しい死。それを、わたしは信仰してる」

 他のひとは、きっともっと、複雑に生きてる。
 芸術の意味が。終わる才能の損失が。“黒い冬”が、音楽史に残した傷が。
 きっと、わたしは在るはずの未来……そういうものが、見えてない。
 終わりの向こう。もし生きてたら、が視えない。その終わりだけを、見つめてた。


「……ふふ。結局独占欲(それ)じゃぁん。
 でも、わかる。わかるよ。
 それが、キミの音楽()のためなんだね。
 ヒトの芸術にはキョーミない──って言いたいとこだけど、うん。
 ……あなたはとくべつ」

 特別。その言葉は、少し穿っていたかも。わたし、特別がいっぱい居る。きっと。
 何にでも目移りするんじゃなくて。ただ、刹那的に。今その瞬間に、美しいものを見出しちゃうから。
 ──目を閉じた。その囁き声を、ひとつのこらず聞くために。
 ──、
 

藤白 真夜 >  
「え~? ガマンしてよね。こっちもガマンしてるんだからっ。
 ……わかってる!? すんごいお預けくらったんだからね!?
 わたしがねぇ、一体いつからガマンしてわざわざ落第街でふらふらして──違反部活とかどうせ──でもダメって頭いたくなって──そこらへんのオッサンでも──風紀がヤッてんのに──……、…………」

 がみがみ。カラダを重ねながら、愚痴る。
 モテるひとにはよくある光景かも、しんないけど。
 島に来てからのわたしは、すごく禁欲的なのだから。多少は、許してほしい。
 そんで、こんなのを寝物語にするつもりも、無い。

「……ね。手。
 感じて?」

 ナイフを突き立てる、わたしの手。……それが、どろりと溶けた。赤く、カタチを失う。
 わたしはもう、異能()のほうが、個人としての意味合いが大きい。人間より先に異能がある。ヒトのカタチより先に、血のカタチがある。だから、動かせる。血液操作(異能)で。
 ずるりと蕩けた手は、ナイフと混じり合い──再びカタチを得た。
 きゅ。
 お互いにナイフに貫かれ、手を繋ぐ。はずれない。独占欲の顕れ……かはわからないけれど。
 
「……寝物語に、教えてあげる。
 わたしが……誰をどう■して、何を想われて、何を遺されたか。
 何人コマしたか、って言ったよね。
 ──全部、覚えてるから」

 肉体に、欲望に、任せてもよかった。このひとになら。……別に、惜しむようなカラダでもないのだけれど。貞操なんて、当然無い。
 でも、うたうと言った。わたしの、好きなもの()を。
 それは──わたしも、聞きたい。
 だから、歌い手の求めるものを、わたしの中のもの()を、あげよう。このひとに。
 互いの芸術が交差しなくてもいい。
 すこしでも……このひとが。
 高らかに、()を謳えるように──。
 

ノーフェイス >  
コドモ(ボクたち)にはまだはやい味ってコトかも。
 これからも熟すよ。最高の瞬間となる、そのときまで」

ずいぶんな物言いに、ぴんときてはいないのだが。
長めの赤い舌を伸ばして、白い腕に流れたそれを掬ってみる――。
くちのなかで転がした。視線がうつろう。……眉が顰められる。

「キミだけの認識(せかい)だ」

興味はあっても、理解はできない、妄想で補うしかできない。
彼女が視ている死は――もしかしたら明るくまばゆいのかもしれない。
他のどんなものよりも。
音楽家の覗き得ぬ、愛しい殺人鬼の心象のなかでは、
きっと醜く腐り落ちることはできぬのだ。

「博愛主義者みたいなコトをいう。
 そこははっきり、キミとボクとで違うトコ」

この地上に満ちた唯一無二の終わりは、星の数では効かないのだ。
そのどれもを愛する物言いには、否定はせずに、寄り添った。
死も愛も。どんな願いを抱えていたって、独りのままだって、
他人と重ならなければ成り立たない、性なのだ。

「そうだよ。……とくべつ(・・・・)になりたいの。
 だれにとっても、……傷のような。
 わかっててそのコトバをつかったな……、
 そう簡単にゃおっこちないよボクも」

他と同じ序列なんて、いやだね。
ふ、と鼻で笑ってみた。
そんな彼女の現在を打ち砕くには、自分は未だ至らなくて。
だから、階段を上がり続けるしかない。
その先に在る理想に、見下され、罵倒され、そのたびに激烈な怒りと悔しさに晒されながら。
それでも。

ノーフェイス >  
xxxx(クソがよ)……」

言ってはいけない文句が出て、思わずぷいと顔を逸らした。
生殺し。寸止め。それでもいうことをきいちゃう。
自分がフェアゲームを望むのをわかってそう言われると、むすくれながらも承服するしかない。

「じゃあキミのまえで無防備に寝ちゃお~っと。
 セクシーな頸をめのまえに、首輪の鎖をがちゃがちゃ言わせてるといいぜ、フフ。
 ……そうやれば、お互い重なれるかな、すこしでも」

彼女もいろいろ大変らしい。そういう意味では、自己嫌悪(いもうとさん)には感謝しよう。
こんなイジワルも成立するのだ。殺人鬼を前にして。

「ん」

視線を向けた。ブラッドオレンジの瞳。
瞬く。溶け落ちた手――おもわず、追いかけようとするように長い指がすがった。
それこそが、いのち。藤白真夜。自分とはまた違う、紅い流れ。
留まる。留めようとする。――どこかにいけるのか。
だから、そうして握り合うかたちに。掌が重なった。ふたまわりほど、大きいかも。

「抜いたらあふれちゃう(・・・・・・)しな」

ふたりでいる間は離さないでいてね、ということ。
わずかに、手首を動かす。癒着しつつある。

「すごく、痛い……」

いやというほど、肉を貫くそのかたち。指のかたち。掌のかたち。
熱も脈動も感じた。かさなりながら眼を閉じた。その声に酔いしれるように。

「そう……識りたいのは、藤白真夜(キミ)の……」

新聞記事を読みたいのではないから。
殺人鬼が識り、受け止めて、解釈して、語られるものに意味がある。
社会にこっそりと潜んだ、潜まざるを得ない。
出会いは始まりか、別離は終わりか、あるいは永遠。
そこにたしかにある、主観と感性と情動こそが。
識りたいもの。よりすぐれた音のため。
死にのみ感じるような、この殺人鬼をもふるわせる(・・・・・)音のため。

「…………ああ、」

艶のない不透明さ。粉っぽくも感じる甘さ。
とろけるようなやすらぎ。ぞわつくような官能。
悪くないかも(・・・・・・)と思ってしまうほどの――――