2024/07/07 のログ
ご案内:「落第街 路地裏(過激描写注意)1」に八ツ墓 千獄さんが現れました。
■八ツ墓 千獄 >
「その美しき剣…さぞ名のある剣とお見受けします。
宜しければ。その美しき剣を私に見せていただけませんか?」
怪訝に振り返った、異邦人の剣士の視線の先には黒衣の女が佇んでいた。
足音も、気配もなく。まるで闇に染み出てきたかのように。
『…何者だ女。俺に何か用か』
男は警戒する。
このような場所で、得体の知れぬ女からの声かけ。
しかも剣士として生きてきた男に、一切気取られることなく背後をとった存在に。
「私が何者かは置いておきまして、
貴方への要件は既に伝えましたよ?」
女はくすりと笑みを浮かべ、足音もなく男へと歩み寄る──。
■八ツ墓 千獄 >
『一つ目の質問にも答えを貰いたいところだが…。
まぁ良い。生憎この剣は俺の生きる術そのもの…見知らぬ女においそれとは───』
「見せてきたけませんかと」
『ッ…!!?』
言葉を紡ぎ終えるよりも疾く。
男の眼の前にはその瞳孔を大きく開いた女の貌が迫っていた。
咄嗟に距離を取り、男は構える。
己の半生とも言える時間を共に過ごした、剣を。
『もう一度聞くぞ』
『何者だ。女』
■八ツ墓 千獄 >
「残念…もっと近くで見てみたかったのですけれど。
大事な大事な一振りのご様子。その刀身にはさぞ長い年月が刻まれているのでしょうね」
それまで男が立っていた場所で、黒衣の女は何かに欲情するような色めいた表情を見せる。
口元に翳した手指の間からは、紅い舌が唇を舐めずる様子すらも覗かせる。
「お願いを変えてみましょう」
「その子を、私に譲ってはいただけませんか?」
表情を柔和な笑みに変えて、男に言葉を投げかける──。
■八ツ墓 千獄 >
『巫山戯た女だ』
男は唾棄するようにそう吐き捨てる。
得体の知れぬ女相手に気圧されぬ様子は、歴戦の剣士さながらの面構え。
威脅す様な眼光を向けられても、女は尚、涼しげにその視線を男の剣へと向けている。
男の顔など見てもいない。
問いかけの答え以外など、聞いてもいない。
そんな空気を隠そうともしない正体不明の女に、男は僅か危機感を憶える。
『残念ながらコイツを渡すわけにはいかん。早々に去れ、女。…去らなければ、俺が去ろう』
そう言って男は女を一瞥する。
踵を返し、背後に気を配りながらも男はその場を去ろうとしていた。
「───成程」
「それは本当に残念ですね」
■八ツ墓 千獄 >
剣士としての男の実力は申し分なかった。
女に背を向けたことも、油断などではなく…例え怪物が仕掛けてきても、即座に迎撃できる準備は出来ていた。
ただ、女にとっては…。
男がこちらを向いていようと、背を向けていようと。
油断していようといまいと、何も関係のないことだったのだが。
"ピッ……"
男は頬に飛んだ鮮血の雫の感触で…初めてそのことに気づく。
「ふぅ…まったく。
こんな粗野な"腕"…私は不要ないのですけれど…」
目を見開き振り向いた剣士の男が見たものは、
"己の腕ごと"、剣を愛しげにかかえる黒衣の女の姿だった。
■八ツ墓 千獄 >
『─────!!!』
路地裏に男の絶叫が響き渡る。
痛みどころか斬られた感触すらなかった、男の…その右腕は確かに失われ、女の胸元に抱かれている。
あまりの事態、現実味すらなかった光景の中で…随分と遅れて、激痛と噴き出す鮮血がその現実を報せる。
「はぁ…この子の名を聞くことも出来なかったのが残念です…。
ああ、でも今日からは私の子ですし、お名前は私が新たにつけてあげましょう」
剣の柄を掴んだまま硬直する男の腕を、まるで汚らしいものを引き剥がすようにして地面へと打ち捨てる。
「──…では、私はこれで。要件は済みましたので」
黒いドレスの裾を翻し、女は満足げに背を向け、歩きはじめる。
…それを見ていた男は、弾かれる様に、地を蹴った。
冷静ではなかったのだろう。己の大事なものを奪った女に向け、追い縋り…そして。
「……ああ」
「この子の切れ味くらいは試しておきましょうか…」
小さくそう呟き、女が振り返る。
狂気に満ちた血の色の瞳。
歴戦の剣士すらもその背筋を凍らせる様な"笑み"を向け振り返った女の貌。
──それが、その場で消息を立った異邦人の男が最後に見た光景。
…翌朝になり、その場に遺されていたのは…人体の部品の判別が難しい程に斬り潰された肉塊だけだった。
ご案内:「落第街 路地裏(過激描写注意)1」から八ツ墓 千獄さんが去りました。