2024/07/28 のログ
■エルピス・シズメ >
「大丈夫。覚悟は決めてきたから。
耐えられないことはないけど……ありがとう。助かるよ。」
呼吸を整え、安全そうな経路を伝って降りる。
受け取った頭痛薬は降り切った所で飲む。
「そうだね。大体あってる。『エルピス』は仕事の途中で、あるものを持ち逃げしようとしたんだ。」
「結果として穴に落ちて、何処かで朽ちた。にしても……」
気持ちの整理も兼ねているのだろう。
引きずり出された記憶を言葉にして吐き出しながら、異界化した穴の中を進む。
「……怪異は居ない、いや、来ないね。」
「弱まっていても目立つ呪いは、マーキング足り得る、か。」
イーリスのドローンが安全な経路を選び、エルピスが流れを読んで進んでいるにしても"出なさすぎる"。
それが正解かどうかともかく、そうである心当たりを思い浮かべて毒づいた。
「もう少しで辿り着く、気がする。」
■Dr.イーリス > 「もし気分が悪くなったりすれば言ってくださいね。休憩ぐらいは取ってもいいと思いますからね」
本当にエルピスさんが限界になれば引き返す事もイーリスの中では選択肢に入っているけど、エルピスさんの覚悟もあるので今は口にしなかった。
おそらく、お節介にもなるだろう。
事前に先行したドローンの映像を頼りに降りていく。
「あるものを持ち逃げ……。それは……何なのでしょうか? 『エルピス』さんと共に、そのあるものもこの先にある可能性が高いですね。そのあるものに関しても、出来る限り『エルピス』さんが望んだように扱いたいです」
言葉を傾げる。
あるもの、そては『エルピス』さんが最後の最後に重要視していたもの。
『エルピス』さんの意志は、イーリスも出来る限り継ぎたい。
例えば守るべきものなら守りたいし、封印すべきものならこの黄泉の穴に封印するのがいいだろうか。
「……思ったよりも出くわさない怪異……。計測では、これ程安全に進めるものではなかったです。悪夢の前兆ではない事を祈るばかりですね……」
幸運とは解釈せず、嵐の前触れだと、イーリスはなおも慎重になりエルピスさんの手をぎゅっと握りしめてしまう。
こんな呪いでも、マーキングとして役に立つというのも皮肉な話。
「……もう……この先に……。『エルピス』さん……今、向かいますからね……」
『エルピス』さんがどのような状態なのかを想像すると、不安になる。せめて……綺麗な状態であればと……。
「エルピスさんにこれも渡しておきますね。呪われている私達でも、さらなる感染を防ぐお薬です。万が一でも、『エルピス』さんに感染するのを防ぐためですね」
再度、アタッシュケースを持つ棺桶型のメカがエルピスさんとイーリスにそれぞれ小さな瓶に入った飲み薬を渡す。
イーリスは飲み薬を受け取って一気に飲み干し、そしてその瓶を棺桶型メカに返却した。
■『数ある便利屋、エルピス』の残骸 >
辿り着いた先には、イーリスが手をつないでいるものと同一の『壊れた機械』がある。
生身の部分は殆どが白骨化している。肉は穴の住人に喰い尽くされたのだろう。
染みついた腐臭と異界の瘴気はどうにかなる範囲。
機械部分も攻撃による損傷が激しいが、炉を含め修理すれば再利用できそうだ。
弔うことも、回収することも出来る。
ただし、もう一つ見過ごせない要素がある。
その遺骸は『蓋の空いた箱』を抱きかかえており、遺骸の周囲には黒い染みの付いた書類が散乱している。
染みだらけの書類を集めれば、『箱に入って"いた"成果物』について書かれている。
彼は動かない。握られた手からは、震えが伝わる。顔は青を通り越して白い。
今にも崩れ落ちそうだがギリギリ立っている。会話は難しい。
誰にも見せた事のない、心の折れかけた彼の姿。薬も飲めそうにない。
どこから手を付けるかは、イーリス次第。
■Dr.イーリス > 「……ひっ!?」
その光景に、青ざめた。
白骨化に加え、腐敗、そして喰いつくされた跡。
機械部分も損傷が酷い。
あまりに無残で、あまりに悲惨。
「……そんな…………」
震えだしそうになったけど、隣で手を繋いでくれているエルピスさんを思い出し、踏ん張る。
このような光景を見て、最もショックを受けるのはエルピスさん自身だ。
イーリスが、心を砕かれている場合じゃない。
「エルピスさん……」
エルピスさんは震えていた。その顔色は、イーリスよりもなお悪い。
崩れ落ちそうになっているがなんとか立っているエルピスさんだったけど、イーリスがゆっくりと抱きしめて支えながらエルピスさんを座らせていく。
会話も……出来そうにない状態……。エルピスさんはお薬も飲めていなかった。
そっ、と震えるエルピスさんを抱きしめる。
「…………少し、こうさせてください……。……お辛い時は……泣いたって……いいです……。今は……ここに、私とあなたと……『エルピス』さんしかいませんからね……」
ぎゅっ、とエルピスさんに肌を密着させるように、強く抱擁した。
エルピスさんが辛いなら、その辛さを開放できるように……。
辛さを心の中で貯め込む事がないように……。
■エルピス・シズメ >
「みっともないとこ見せちゃったね、イーリス。」
「覚悟はしてたけど、足りなかった……。」
拒むことなく膝を付き、イーリスの抱擁を受ける。
確かな暖かさを一身に受けて、言い表せない感情を涙として流し始めた。
「……もう一つ、辛いことがあるんだ。そこの書類を読めば分かるんだけど……」
少しずつ、澱んだ心を言葉に変えて吐露する。
だって、そうでもしないと、自分を保てない──。
「僕は……ほんらいの自我すら、無かったんだ。」
『彼の自我』は始めから存在しなかった。
『成果物』が『エルピス』の遺志を継承して、形作っているに過ぎなかった。
『蓋の空いた箱』の中身は、イーリスの両腕の内に在る。
「ごめん。イーリス……」
■Dr.イーリス > まずはエルピスさんの事だと思い、箱と書類については後回しにしていた。
「……直接このような光景を見れば、エルピスさんも思い出す事が多いでしょうからね。あなたの覚悟は十分だったと思いますし、決してあなたの弱さではありません……」
エルピスさんを抱きしめつつ、書類の方に視線を移した。
その後、告げられた言葉に、イーリスは目を見開いた。
ほんらいの自我すらない……。
「……そんな事……って……。なら、あなたは……『エルピス』さんを引き継ぐために生まれた存在……という事なのですか……」
箱を目にして脳裏を過ったのは、パンドラの箱だ。
箱を開けてしまえば絶望が振りまかれる。だが、箱の奥底に眠るもの、それが”エルピス”と呼ばれるもの。
「……エルピスさんは、ここで生まれたのでございますか?」
箱を眺めつつ、恐る恐る聞いてみる。
今はエルピスさんを抱きしめている。書類は、メカニカル・サイキッカーが回収していた。
■エルピス・シズメ >
「そういってくれると、嬉しい。……僕も、頑張ったよね。」
少しずつ気を取り直す。
早い段階で心の整理を付けられたからか、感情の暴走や呪いに蝕まれることはない。
「分からない。そもそも『エルピス』を継がせるつもりじゃないと思う。
部署が違うし、そもそももっと強い存在がいっぱい要る。」
首を横に振る。今の自分があるのはそうではない。
エルピスは完全な英雄の再現には程遠い。
経験も英雄と言うには足りない。
じゃあなぜ、『エルピス』が居るのかと言えば。
「エルピスが願ったから……僕が居るんだと思う。
そう言う意味では、ここで産まれたのかな……。」
抱きしめられたまま、現状に回帰する答えを出す。
パンドラの箱、と言った見立てはある種正しい。
この『成果物』は、本来ならば英雄足り得る怪物を継ぐ器だ。
再現された『怪物』が潰えても『成果物』が『遺志』を継承する。
経験を備えた『新たな怪物』が遺志のもと、再現される。
それが潰えれば、同じことを繰り返す。
その循環の果て、『完全な英雄の無尽再現』を行う成果物。
せめて、この『成果物』が絶望ではなく希望を継ぐように。
あわよくば、『エルピスである僕』が全てを忘れて日常に戻れるように。
エルピスが命を賭して、『成果物』に遺志を継がせた。
そうしてパンドラの箱は記憶と共に再び閉じられた。
閉じられた箱は、向き合いたくない記憶として暴かれた。
だけれど、箱の底の希望もちゃんと見つけてくれる人が居た。
「すごく遠回りしたけど……イーリスがいてくれたから、結果オーライ、だと思う。」
「エルピスが生き返った……って言っても過言じゃない、から。」
■Dr.イーリス > 「……そうですね、あなたはとても頑張りました」
抱き締めながら、こくこく頷く。
エルピスさんは覚悟を決めて、辛くてもここまで頑張って来た。
凄く頑張った……!
「……英雄継承プロジェクトにおいて、継がせるものは、本来は別の誰かを継がせる計画だった……という事ですね」
エルピスさんは何かを継ぐ力がある。
だが元来は別の人を継がせる予定で、英雄継承プロジェクトという名称から察するにその継ぐ力は英雄と呼べるべき存在だという事だろう。
ここまでは、英雄継承プロジェクトの話。
「あなたは、『エルピス』さんに願われて、そして『エルピス』さんを継いだのですね。記憶なども継いでいるので少し特殊かもしれませんが、『エルピス』さんはあなたの“親”であるとも言えるのかもしれませんね。子が親を継ぐのは、よくある事です」
子は、親に願われ生まれてくるもの。そして、子は親を継いでいく事も多い。
エルピスさんは『エルピス』さんに願われて生まれて、そして生きている。
「それに、私の大切な人は、今この手で抱きしめているエルピスさんです。『エルピス』さんが、生き返ったわけではありません……」
『エルピス』さんが生き返った、その言葉にイーリスは首を横に振る。
エルピスさんは、かつての『エルピス』さんを思い出すたびに頭痛がする程心を痛めていた。それは、エルピスさんと『エルピス』さんの自我が同一ではないからではなかろうか……。
自我が同一なら、生き返ったとも言えるかもしれない。
エルピスさんは、エルピスさんだ。
親と子で例える事はできる。
だけど、それだけじゃない。どう……伝えればいいだろうか……。
その時に脳裏に過るは、イーリスが抱いていた感情。
恥ずかしくて、口に出す機会もないと思っていた……。
「私が好きなエルピスさんは……たった一人……です……。私が、愛してしまった殿方は……たった一人の……エルピスさんです……」
頬が染まる。
このような形で想いを告げるとは思っていなかった。
だけど、伝えなければいけない。
エルピスさんは、エルピスさんだ。イーリスが愛したエルピスさんは、一人しかいない。
■エルピス・シズメ >
「そう。別の誰かだと思う。あるいは、もっと『調整された』何かかもしれない。
誰かは分からないし、何とも言えないけれど。」
何を継がせる予定だったのかはあまり考えたくはない。
気分の問題もあるだろうけれど、悪いものしか浮かばない。
「親と子……そう言う見方もできるんだ。」
『親』から『子』へ。
その例えばエルピスにとってとても暖かく、受け容れ易かった。
一番の懸念も、イーリスによって否定された。
「そっか。僕は僕で、エルピスのアンデッドじゃない──。」
物事には状況、と言うものがある。
不死者にも多種多様な背景があることは理解はしているが、自身やイーリスの周囲を取り巻く状況が状況なだけに、
『自分がそれと同類』であると認めたくない心情があった。
その不安は、イーリスが『エルピス』さんが、生き返ったわけではないと断じたことによって取り除かれた。
彼の心に強く響き、折れかけた精神を立ち上がらせるには十二分な言葉だった。
だからこそ、続く告白を正面から受け止めることとなり──。
「ぅ、うん……僕も、イーリスのことは……大好きだと思う。振り返ってみると、特に……うぁ……」
肯定と赤面と動揺。
ここにソファーがあったのならば、間違いなく顔を埋めていただろう。
記憶を反芻する。
彼女に初めて出会った時の、健気に自販機に背を伸ばす姿。
機械のことになると楽しげに語るイーリス。
すごい技術を持っていて、それを面白い方向に発明し続ける楽し気な彼女。
メンテナンスのやり取りの最中に届いたSOS。
自分を信頼して、身体を預けてくれた時の記憶。
大事な友達として認識できた瞬間。
呪いによる不安や弱さを、打ち明けてくれた信頼。
僕が何か出来ないかと、スラムで行った空回りした威嚇。
殺害欲を引き継いだ際の、"王"への対抗心。
王のふざけた態度への悪感情を語るイーリスの声と、"王"の執着心への印象。
こっそりと、『イーリス』と呼ぶようにしていた自分。
自身がエルピスを継いだことをはじめて打ち明けた時に、
僕を僕として、エルピスをエルピスとして分けて認めてくれた彼女の気持ち。
慰霊の話が出た時に、イーリスの不良仲間と『エルピス』を弔いに行くことを決めた彼女の意思。
明確に好意を頂いたタイミングが"何処"かはハッキリしていない。
だけど、段々と好いていた自覚はあるし、それが強まった『理由』も思い返すと鮮明だ。
(ずっと、僕を僕として見続けてくれた。)
「『エルピスさん』じゃなくて、僕を……エルピス・シズメを見続けてくれた、イーリスが好き。でも、本当に……後悔、しない……?」
■Dr.イーリス > 元々は、別の誰かを受け継ぐはずだった。そんな“もしも”の話は、もうない。
英雄継承プロジェクトで何を継がせるつもりかだなんて今や関係ない。
あるのは、今、エルピス・シズメさんが存在しているという事のみ。
そして、便利屋の『エルピス』さんは親のような存在とは言えるかもしれないけど、『エルピス』さんが蘇生されたわけじゃない。
ましてや『エルピス』さんのアンデッドだなんて、あるわけない。
『エルピス』さんとは、お会いしてみたかったと思う……。お話すれば仲良くなれたのではないかと、なんだか確信もできる。
だけど、便利屋の『エルピス』さんは便利屋の『エルピス』さん、エルピス・シズエさんはエルピス・シズメさんだ。
そして、イーリスが愛した殿方は、たった一人のエルピスさんだ。
「…………ふぇあぁ!?」
先に想いを告げたのはイーリスからだ。
だが、エルピスさんの「大好きだと思う」と、想いを告げていただければ我に返ったように素っ頓狂な声を上げて耳も赤くしてしまった。
想いを告げた後に、想いを告げられる心の準備も出来ていなかったかのように……。
エルピスさんが、エルピス・シズメさんとして前向きに自分を肯定してほしいと必死だったから。
エルピスさんは、たった一人のエルピスさんで、誰かの代わりではないと伝えたかったから。
自販機の前で出会って、当時片手片足が欠損していて自販機の前でイーリスが困っているところをエルピスさんが助けてくれた。それが最初の出会い。イーリスが飲み物を零して悲しんでいる時に、自分の分の飲み物を譲ってくれたあの時の親切は、今も心の中で温かく残り続けていた。
”王”に敗れ、あと命が僅かで死への恐怖に震えるイーリスを、危険を顧みず助けにきてくれた。
もしエルピスさんが来てくれなかったら、イーリスは本日開催される慰霊祭にその名が刻まれ……る事はなく、ひっそりと亡くなっていただろう。
その時も、食料とか色々持ってきてくれて、エルピスさんはとても気が利く人……。
事務所に匿ってくれた直後のイーリスは酷く衰弱していた。そんなイーリスの手助けをしてくれたのもエルピスさん。
“王”の呪いを受けて、その恐怖でエルピスさんに泣きついた事もあった。エルピスさの肌に触れていると安心できて、“王”への脅えがなくなっていった。
高かっただろうに、パソコンまで手に入れてくれた。イーリスを守るために、エルピスさんがスラム街で啖呵を切ったと聞いた時は、とても嬉しかった。
イーリスは、エルピスさんを襲ってしまった事もある。“王”の呪いにより、イーリスは強制的に殺害欲を埋め込まれ、そして望まずしてメカを動かしエルピスさんを襲撃してしまった。
そんなイーリスの洗脳を止めてくれたのもエルピスさんだ。なんと、エルピスさんはイーリスの呪いの一部を引き受けるという手段で、洗脳を破ってみせたのだ。
我が身を挺して、エルピスさんはイーリスを守ってくれた。
エルピスさんから借り受けている感情魔力混合炉は、実は今もイーリスの胸部、心臓のすぐ近くにある。
エルピスさんが託してくれたものは、希望も含めて、この胸の中に……。
離れていても、エルピスさんを感じる事ができる……。
今、心臓の激しい鼓動と共に、それに呼応するように感情魔力混合炉が活発に動いていたりする。
そんなエルピスさんが、抱える不安はとても大きい……。
なにせ、自分が別の誰かから受け継がれた存在だったから。
向き合いたくない過去、それでもエルピスさんは頑張って向き合った。
とても立派で、とても偉い……。とても強い人……。憧れもしてしまう。
二人で一緒に、幸せを見つけていければいいなと、そう願わずにはいられない。
向き合う覚悟を決めたエルピスさんが、ここまで辿り着いた。
全ての真実が交わる、この場所──。
かつて生きていた便利屋『エルピス』さんと向き合い、そしてその希望と勇気が勝って、乗り越える事ができた。
いつもイーリスも守ってくれて、助けてくれて、
頑張って向き合いたくないものと向き合い、勇気を振り絞って乗り越えようとして、
いつも心優しくて、温かくて、
惚れないわけがなかった。
これまでの事は全部、エルピス・シズメさんとイーリスの思い出だ。他の誰でもなく、エルピスさんと過ごした時間。
「エル……ピスさん……」
瞳が潤み、頬に涙が伝う。
改めて、好き、と言ってくれてとても嬉しかった。
「後悔は……少し……。私……不良少女です……。悪い子……です。スラム出身の孤児で、お金もありません……。今は呪われてもいます……。エルピスさんのような心優しくて……素敵な殿方と……つりあわない……かも……しれなくて…………」
瞳を麗しながらも、自分に自信がないような振る舞いで、視線を逸らしてしまう……。
想いを告げたものの、卑しい身分の不良少女。その事が後ろめたさとなっている。
■エルピス・シズメ >
「イーリス……うん……。」
思い返してみれば、色々あった。
勿論まだ『全部終わっていない』けれど、それはそれ。
異能がなくたって、伝わる想いは伝わる。
ちゃんと向き合から、辿り着けた。
それは場所の話でもあるし、気持ちの話とも思ってる。
ならば、後はしっかり言うだけだ。
「そっか。なら……そういうことなら、大丈夫。」
お互いに釣り合わないと思ってしまっていたらしい。
自分の弱気を振り払い、イーリスを抱えながら立ち上がる。
「眼を逸らさないで、僕を見て。えっとね……」
もう膝を付く必要も、涙を流す必要もない。
立ち上がって姿勢を正し、向き合えるように抱きしめる力も緩める。
「愛してる。王に勝って、それから二人で幸せを見つけよう。」
恥ずかしさがゼロではない。
後で悶えるかもしれない。
それでも、はにかまずに……満面の笑みを向けて、イーリスに言う。
言った。
■Dr.イーリス > 「……大丈夫とは、どういう事でしょう?」
潤んだ瞳で、小首を傾げた。
エルピスさんに抱き抱えていただきながら、立ち上がる。
恋は、憧れながらも諦めていた。自分には縁のない話であると。
卑しい身分の不良少女とつりあう人がどこにいるだろう……。
だけど、想いを告げた。
エルピスさんはエルピスさんであると伝えたかった。
それはあるけど、イーリスも諦観に抗いたかったのかもしれない。
彼は、初恋の相手だ。
初恋は実らないと聞くけれど、彼も“好き”と言ってくれて……。
「……はひ!」
緊張で、変な声の返事をしてしまう。
お顔を染めたまま、じっとエルピスさんを見る。
真っ直ぐ見つめ合うと、心臓の鼓動が高まっていく。
緊張が漂う中、
エルピスさんは、改めて想いを告げてくれた。
「私も、あなたの事をお慕いしています。ご一緒に、幸せになりましょうね」
にこっ、とイーリスも笑みを浮かべた。
つりあわないだとか、そんな事はきっとエルピスさんとイーリスの間ではささいな事。そう思えて。
■エルピス・シズメ >
「幸せになる。そのためにも、やる事はやらなきゃね。」
通じ合ったと分かれば、もう一度優しく抱きしめる。
少しの時間そうしてから、名残惜しそうに離す。
「それで……彼……のことなんだけれど。」
『かつてのエルピス』を見る。
思う所は多いけれど、頭痛はないしちゃんと見れる。
「教会かどこかに弔いたいな。炉だけは回収したいけれど……
……腕と足は、イーリスが居るから。」
無理に再利用する必要はないと思ったのだろう。
炉──感情魔力混合炉だけは、危険性も含めてそうもいかないので、回収するつもりらしい。
「そしたら二人で帰ろ、イーリス。」
■Dr.イーリス > イーリスもエルピスさんの背中に両手を回して、抱きしめ合った。
しばらく抱きしめ合って、だがエルピスさんの仰る通りやる事があるので二人は離れる。
便利屋『エルピス』さんを見ても頭痛になっているような素振りを見せないエルピスさんに安堵して。
「そうですね、お墓……立ててあげたいです。損壊が酷い状態ですが、私なら極力傷つけずに炉を取り出す事も可能だと思います。一旦、棺桶に入れてここを出ましょうか」
棺桶型メカは二足歩行から四足歩行に移り変わった。
この棺桶、内部はかなり安定している設計だ。ここであれこれするより、書類や箱含め一旦事務所に運ぶ事を提案してみる。そのための準備もしてきたのだから。
損壊の激しさもあって、炉を取り出すにしても事務所の方が確実だろう。
■エルピス・シズメ >
「うん……お願い、イーリス。」
確かに『この場で作業』するよりは戻った方が良い。
棺桶型メカも八面六臂の活躍を見せており、頼もしい。
「帰り道は覚えているから、僕に任せて。
……帰りも油断しないで、手を繋いで伝って行こうか。」
言葉と共に手を伸ばす。
"行こう"、と、意思を込めて。
■Dr.イーリス > 微笑みながらエルピスさんに頷いた。
この時のために造った棺桶型メカ。
四足歩行に変わった棺桶型メカだが、何本かの機械の手が伸び、『エルピス』さんを丁寧に、慎重に中に入れる。
その作業は慎重なので、少しばかり時間がかかったけど、その分丁重に『エルピス』さんが棺桶の中に納められた。
ひとまず、箱は『エルピス』さんが抱えていた事もあったので、そのまま一緒に棺桶に入れた。
メカニカル・サイキッカーが回収した書類はイーリスが受け取り、アタッシュケースの中に入れていたクリアファイルに収納。
アタッシュケースを右手に持ち、左手でエルピスさんの手を握り、力強く頷く。
「ありがとうございます。はい。帰り道の案内、お願いします」
案内はエルピスさんがしてくれる。ならドローンには周囲の警戒をさせよう。
そうして恋人と手を繋いで、歩き出す事になるだろう。
何事もなければエルピスさんの案内で“穴”を抜け出し、事務所に帰還する事になるだろうか。
ご案内:「黄泉の穴・より深くへ」からエルピス・シズメさんが去りました。
ご案内:「黄泉の穴・より深くへ」からDr.イーリスさんが去りました。