2024/09/28 のログ
ご案内:「落第街の一角」に夜見河 劫さんが現れました。
夜見河 劫 >  
落第街の一角。
特に物騒なその区画で、何かを殴る鈍い音が散発的に響く。

「っは、ははは、ハハハハハハハ――!!」

ネジが飛んだような笑い声を上げながら拳を振るっているのは、顔を包帯巻きにしたブレザー姿の若者。
そのブレザーも所々が破れたりほつれたり、あるいは返り血で、酷い有様である。

「おらどうした、そんなへっぴり腰じゃ人一人潰せねぇ――がっは…!」

殴り合っている相手…服装からしてゴロツキの類から強かに殴られ、ぐしゃ、と音がする。
鼻か、その辺りが潰れたか。鼻出血で聊かの不快感と、それ以上の替え難い感覚を感じる。

「訂正してやる…ちっとは腰が入ってるようだ、なっ!!」

仕返し、とばかりに今度は若者の方が思い切り相手の鼻柱に向かってのストレート。
ぐちゃ、と、今度は粘性の高めな音が相手の顔から聞こえて来た。
同時に拳に少し痛み。

(力が入り過ぎたか…これは骨まで行ったな。
ま……どうでもいい!)

更に逆の拳を振るい、今度は顎に向けての打ち上げ。
がつ、と手ごたえのある音と感触が伝わる。

そして、顎に強烈な一撃を喰らったゴロツキは、鼻と口から血を垂れ流し、硬い地面に倒れる――。
 

夜見河 劫 >  
派手にぶっ倒れたゴロツキの襟元を掴み、若者はぐらんぐらんとその頭を揺さぶりにかかる。

「何ネンネしてる! タマぁ付いてんのか! とっとと起きろ!」

酷い罵声を浴びせながら暫く揺さぶるが、起きる様子はない。
どうやら、完全に気を失ったらしい。
それを確かめると、ブレザーの若者はあからさまな失望と、火の消えたような雰囲気で、
チンピラを地面に放り出す。

「……クソ、つまんね。」

口に出したら、嫌でもその感触が来る。
さっきまでは全身が燃え上がるような高揚感があったのに、それがまるで
水を思い切りぶっかけられたように、綺麗さっぱり消えてなくなる感触。

「……面白くねぇ…。」

ひどい脱力感と、鼻の辺りの不快さ、それに拳の痛みが余計に強くなったように感じる。

確かめてみたら、返り血だけではない。
拳の方からも、皮膚が少し破れて血が流れていた。

「…………。」

それを目にすると、まるで血と一緒に、ほんの僅かな余熱が失われていく感触を感じる。
つい今しがたまでの「最高」が、たちまちに「無」へ塗り替わっていく不快感。

そして、それが止まらない事への小さな苛立ち。

「……つまんね。」

もう一言、愚痴じみた言葉を吐く。
そこから、ずるずると体を引っ張るように歩き、そこらの建物の壁に身体を預けるように座り込む。
 

夜見河 劫 >  
きっかけ自体は、些細な事だった。
ゴロツキが因縁をつけて来たんだか、自分から因縁をつけたんだか。
その辺は覚えていないし、正直どうでもいい。
そこから売り言葉に買い言葉で、殴り合いになるのは「当たり前」の流れ。

「……一人しか引っ掛からなかったから、なるべく長引かせたかったんだがなぁ。」

無気力な声が思わず漏れて出る。
相手の方はどうだったか分からないが、若者にとっては「その時間」が最高の時間だった。

殴られるのはいい。殴るのはもっといい。痛みがあればあるほど、とてもいい。
「自分が今生きている」という実感を、これ以上なく感じ取れる。

だから、なるべく長引かせて楽しみたかった。
それに相手は善良な一般生徒ではなく、すぐに牙剥くゴロツキの類。
良心、なんてものが自分にあるとは思っていないが、相手は選んだ方が後々面倒じゃない。
何より血の気の多い奴の方が、長く楽しめる。

だから、正直この時間は物足りなかった。
もうちょっとは楽しめるかと思ったのに、落ちるのが早い。

「……今日は日が悪かったかな…。」

気力の無い声でぼやきながら、ブレザーの若者は軽く鼻を押さえ、鼻から空気を出す。
痛みと一緒に溜まっていたらしい血が押し出されて軽く飛び散ったが、潰れていた鼻はしっかり元通りだ。

拳に目を向け、軽く拭う。
少し血で汚れているが、もう破れた皮膚は塞がっている。

「………。」

殴られて負ったと思う怪我も、ほぼ治っている。
異能のお陰でいちいち病院に通わなくてもいいのだけは、本当に助かる。

「……おかわりは、いないか…。」

ぼそり、と呟き、周囲に目を向ける。
殴り合いを始めた頃は、もう2~3人くらい、周りで囃し立ててた奴等が居た筈だが。
まあ、あのくらいで逃げるような相手じゃ、碌に楽しめずに潰していたような気もする。

「……風紀が来たら嫌だし、帰るか。」

億劫そうに立ち上がり、血塗れで気持ちの悪い包帯を顔から解いてそこらに投げ捨てる。
何処に帰ろうか。
……昨日使った廃屋にするか。

すっかり働きが悪くなった頭でそんな事を考える。
 

夜見河 劫 >  
そうして、のたりのたりと若者が歩き去っていけば、
後に残るはぶちのめされて「潰れた」チンピラ一人。

それも、その内駆けつけた風紀委員辺りにしょっ引かれていく事だろう。
これも、落第街の日常。そのひとつ。
 

ご案内:「落第街の一角」から夜見河 劫さんが去りました。