2024/07/14 のログ
ご案内:「◆仮想域:《胡蝶の社》(過激描写注意)2」に藤白 真夜さんが現れました。
■藤白 真夜 >
7月7日。
七夕。
星の恋人達の逢瀬が叶う日。
一年に一度の奇跡に乗じて、願いを飾る日。
そんな日に……わたし達は、祭祀局の下部組織の、薄暗い地下に居た。
一切の光が届かない、暗闇。
だが、陽の光ではない光源が確かに在った。
薄暗い。
だがぼんやりと、何かの液体で満たされた床と、地下とは思えないほどに広がる無窮の暗闇が確かに存在していた。
『術式を貼り終えました。……いつでも良いわ』
祭祀局の先輩の声が届く。電子機器を介してではなく、人の縁故と精神を辿る結界術の応用で届く声。
この場には、わたし以外誰も居なかった。
祭祀場に、ひとり。
身に纏うは、祭祀局御用達の耐穢装束を、反転させたもの。
──触穢装束。
穢を払うのではなく、籠める。己の内へ。通常の耐穢装束など、この身では着れたものではない。
だが、その外見だけは、整えられていた。
まるで──織姫のように。身にまとう羽衣こそ無いものの、今……七夕に、着飾った乙女であること。それが必要な条件のひとつ。
もうひとつが……。
「……“天の帝よ どうか、お慈悲をくださいませ。どうか、牛牽きの咎を、このいっときのみ、お許しくださいませ……”」
わたしの、精神。いや、属性。
己の体を、異能を、呪いを、全て閉じ込める。
そのナカを異能で誤魔化すこと。それが、わたしの役目。
──すなわち、織姫に成り切ること。それが、この儀式のひとつ目の目的。
乞い願う言葉とともに、一瞬、座り込んだ床が一面、光る。
一瞬浮き上がる、真っ赤な液体。それらは紅く輝き、揮発するようにほどけていく。すぐさま、祭祀局本部からの術式が浮かび上がっていた。
──広大な空間。未だ、真っ暗に近い。
だが、ちかちかと何かが光る。無数の、光。
その下で、いくつもの鳥居が並び立つ。
……仮想術式で現実に再現した、胡蝶の社
これが、この儀式の本来の目的。
──常世神の誅滅
■藤白 真夜 >
(……ああ。
……むりだ)
今はもはや、わたしの精神は一種のトランス状態にあった。
……というより、乗っ取られている、というほうが近い。
いま、異能で己自身の属性を操作し、@織姫であること@に限りなく近づけていた。
恋を知り、そして奪われ、星に願うもの。
そこに、藤白真夜という人格は可能な限り消す必要がある。
わたしの異能は、血ほど体を弄り作り変え、それを実現していた。
……が。
理解る。
だからこそ、わたしでは務まらない。そんな普段のネガティブ思考も、表には出てこないのだけれど。
(……恋なんて。知らない。
願っても、願っても、会いたいと思える相手なんて……)
そんな切なる願いは、わたしの中に無かったのだ。
なら、恋を知る女の子を呼べば……とも、いかない。
この儀式は、呪詛返しの危険性を大いに孕んでいたから。
「どうか、願いを。──どうか、叶えてくださいませ」
術式が続く。
わたしのではなく、本部の、先輩の、結界術の、祓使の。あらゆる術式が、集中する。
わたしを取り囲むように、鳥居が暗闇に浮き上がる。彼方に、さらさらと音を立て竹林の概念が顕れていた。
あたりのかすかな光──星々が瞬く。空。宇宙。──いや、天の川が、確かに煌めき流れていく。
いまも流れる足元にあふれていた血が、もう一度再変換される。願いの魔法陣。
ありとあらゆる、七夕の概念が構成されていく。
──ただ、その一つの願いを、掏り替えるがため。
「おねがいです。
どうか、どうか」
わたしの意思とは別に、言葉が続く。
わたしの声で、会いたい誰かを、求める声が。
(──え?)
わたしは、作戦の前にちゃんと、報告した。
わたしでは、足りないと。……だが、それでも、儀式は続いた。
わたしの中に、──会えるはずの無い誰かを求める心など、無いのだと。なのに──
■藤白 真夜 >
「──どうか、愛しき彦星様と、刹那の邂逅を」
『──どうか、悪しき常世神に、永遠の眠りを』
願いは、すり替えられた。
いや、重ねた。
七夕という、願いの時期。概念として溢れる願い。
常世神という、願いの神。信仰として溢れる害悪。
願いを叶える神だというのなら、願いで殺せばいい。
それが、この儀式の目的だった。
言葉とともに、座ったままの足元から赤黒いなにかが、溢れていく。
血だ。肉だ。臓物だ。
それらは全て、捧げ物だ。
人間にとって、絶大な価値を誇るもの。命。
それらの偽物を、大量に捧げる。
星に願いをかける貴人。織姫の属性を帯びたものの、生命。それを、捧げる。
魔術的な意味合いでならば、存分に願いが叶えられるであろう、生贄。
空では、星が瞬き、流れていた。天の川。流れ星。
全ての願いの属性を持つものを籠めた──死ねという願い。
星が加速する。暗い夜空に、幾筋もの同心円が現れた。そこへいくつもの流れ星が重なっていく。
真っ白に輝く空。紅く蠢く対価。魔と神秘の光を放つ術式と、魔法陣。
それらの光が重なり、溢れ──
■『先輩』 >
──弾けた。
藤白真夜の、肉体が。
術式の中央に在った織姫の触媒は、今や触穢装束──織姫の着物と顕現しつつあった羽衣だけを残し、無数の蝶となって消し飛んでいた。
「……第四結界、観測者消滅。崩れます」
『……ダメだったろ?』
私達の組織の全てを籠めた結界であり、術式だったはず。
ベストだった、とは言えない。
藤白真夜の触媒としての性質は、疑問視されていた。
だが、物理的、肉体的、属性的には完璧な逸材である、とも。
唯一、精神的な部分が実現に足りない、と本人は言っていたが……。
「真夜は完璧にやりました。
……アレは、間違いなく。
絶対に会えない人間を知っている魂でした。それこそ、誰かを求める願いを産みます」
『そだね。
……畢竟、地道にやれということだよ。あるだろ、そういう訓戒。
願いを叶える、なんて手段に頼るな、ということだ。
奇しくも、あの怪異と同様にな』
「……はい」
……失敗だ。
術式に使った費用やら今後の対処、上への反省文……色々と、頭に浮かぶ問題はあったが。
「……平気?」
振り返り、問いかけた。
祭祀局の、霊的隔離室。
私自ら作り上げた結界が幾重にも絡んでいる。
ここならば、神霊級の呪詛返しも届きはすまい。
■藤白 真夜 >
蝶になった。
蝶になった、夢を見ていた。
気楽かというと、そうでもない。
何もかも、夢のようにふわふわして。
だが確かな渇望だけが、あった。何かを、延々と求めている。
花、だろうか。
恋、だろうか。
(……違います)
ふわふわと飛ぶ蝶は、やはり難しいことを考えられないようだった。
浮かぶものといえば、どこかの神社。
いくつもの、ひと。
橘の、花。
牛を牽く少年。
──ああ、混ざっているんだ。
それだけはわかる。
これは、常世神の、アゲハ蝶の、織姫の、誰かの翅の視点。
願いを求め。大切なものを求め。彦星を求めている。
(──いいえ、違います……!)
──そのどれも、わたしじゃない。
わたしが求めるもの……いや、相手。
そう、断じた瞬間。
絶対に会えないもうひとりのわたしがそこに居て──
夢から、覚めた。
わたしは、蝶じゃない。
「ぐッ……! は、ぁ……」
ばしゃり。
黒いボストンバッグが、倒れていた。中身に溢れた、血といっしょに。
そこから、ずるりと這いずり出る。
即死の回避点は、わたしにはいくらでもある。血が残っていれば、それでいい。
それでも、精神的な干渉は避けられない。そのための、チェックポイント。
「……だい、じょうぶ、……です。
……ですよね……?」
床に這いつくばりながら、問いかけに応える。
元から、戻ってきた後は夢見心地になる。それが余計に、トランスと何かのフラッシュバックを起こし続けていた。
■藤白 真夜 >
『ん。平気そうね。
お疲れ様。アナタはよくやったんだけど。
……相手が悪かったって』
任務は、失敗。
生贄と願いを重ねた……概念による神殺しは、見事に失敗した。
先輩と話す間にも、走査魔術と、審神者に依る診断が走る。
結果は当然、全部異常。
わたしはずっとこうだ。AI審神者だと勝手に緊急連絡が入るからもっとひどい。
このまま、七夕はこの隔離室で経過観察を見るついでに監禁が確定した。
「……すみません……、あ、いえ、その」
勝手に謝る癖も、やはり抜けない。謝る必要は無い。それは、先輩が言ってくれた通りの結果。
……相手が悪い。
アレは、文字通りこの島に根を降ろした神性であろうから。
『いいってば。
異能者に巫女の代わりができるか、なんて言ってたやつに見せたかったし。
……まあ、負けたんだけど……。
真夜はこっからたいへんだろうけど、何かあったらいつでも呼んで。
報告書と始末書が、私を開放してくれたら、いくからさ』
「……す、すみません……いえ。
…………ありがとうございます」
祭祀局の先輩に、謝罪と感謝を。わたしが謝ったって、しょうがない。
結構な量の部署とリソースを注ぎ込んでの失敗。なんだかんだ、事後処理はたいへんになる。おまけに敗北感もセットだ。上部の小言は増えること間違いなし。……多少は、わたし達がやれることを証明できたかもしれないけれど、失敗は失敗。
「……はぁ」
わたしはわたしで、ここで隔離されたまま、何も出来なくなる。
仕方がない。神性級の怪異に汚染された可能性がある。それも、審神者に判定出来ないようなモノを抱えた呪物体現者。
天井を見上げた。
低い。殺風景な部屋。簡単な監視装置だけが取り付けられた、牢屋みたいな。
それでも、天を仰ぐ。
……結局、わたしの願いは、叶うことも無いのだけれど。
「…………すこしは、……平和になるといいなあ……」
怪異に追われ、任務に追われ。
終わることのなさそうな数々の騒動を思い浮かべながら。
……少しでも、と。
常世の島が、平和になるよう。そこに棲まう人々が、健やかであるよう。
叶わぬ願いを、独りで願っていた。
ご案内:「◆仮想域:《胡蝶の社》(過激描写注意)2」から藤白 真夜さんが去りました。