2024/06/17 のログ
ご案内:「◆落第街、裏通り(過激描写注意)」に藤白 真夜さんが現れました。
藤白 真夜 >  
 落第街。
 其処は、法律に縛られない無法の領域。地図にすら乗らない、存在しないはずの街。
 真の意味での自由は、強者が弱者を貪ることすら否定しない。
 違反部活が“通常の”生徒を苛むことも。
 風紀という立場がその街を締め付けることも。
 ──あらゆる異常が己が目的の為蠢くことも。
 あらゆる出来事を、否定しない。
 
 わたしは世事には疎いが、聞けば随分と荒れているらしい。
 またぞろ怪人が生徒を傷つけただとか。風紀に負傷者が出て本気を出すだとか。新手の怪異が発生したとか。
 ──実にどうでもいい(ありふれた)日常の些事ばかり。
 
「んふふ♡最近、色々あるみたいで面白いね~。
 ……でも、当たり前だよね? こういう場所に居るなら……死ぬこと(非日常)くらい。それも日常のうちだもんね~」

 そんな落第街を、あたかも学園生活の日常を送っているかのような風体の女が、歩く。愉しげに。
 非日常が常の場所を、日常を纏った風の女が、歩く。
 それこそが、真の意味での異常だった。
 落第街の人間にも多少は知れ渡ったのか、その女に簡単に声をかけるような獲物は存在しない。女のほうも、すでにそれを気にしてはいなかった。
 今回の目標は、無辜の民を唆すことでもなんでもない。
 するすると落第街を泳ぐように歩き、奥まった裏通りへと足を進めていく。
 この散歩の目的は──

「おっ。あったあった♡」

 落第街の、更なる暗がり。
 どこか荒らされた様子の裏通りの最中……紅い、糸が見えた。
 目を凝らさなければ見えないほどの、糸。人の足にちょうどひっかかるように仕掛けられた、それ。
 ──明確な悪意を持って張り巡らされた、罠だ。
 
 近頃現れた新しい怪異が、なんだかヤッてるらしい。小耳に挟んだ“真夜”の話を聞いて、わたしが遊びに来た、というだけのこと。

(──悪くない。悪くない、けど……)

 何一つためらうことなく、紅い蜘蛛の糸に指を伸ばす。
 ──ず。
 あまりにもあっさりと、伸ばした指が糸に切られて落ちた。

「わお♡ ……ふぅん、なるほどね。
 ……ソッチが目的ね」

 ぽたぽた、と血が落ちる。
 しかし、愉しげに微笑む女の顔に、痛みは微塵もない。 
 見れば、切り落ちたはずの指は何事もなく元通りになっていた。かすかな、紅い煙だけを残して。

藤白 真夜 >  
(これなら──)

 辺りを見回す。
 ソレの性質は、多少は理解った。そして同時に、その毒は受け付け難く、受け入れられず、付け入る隙間はもう存在しない。
 この女は、すでに死と異能に寄生されているも同然であるのだから。

(──臭う)

 先から、この裏通りにはその臭い(死の香り)が満ちている。
 それだけで、わたしにとってはご馳走だったが……違う。
 もっと。……もっと、大事で、大きなもの。
 
 小走りになり、駆けた。
 まるで、待ち合わせに赴く恋する少女のように。
 ああ、はしたない。そう思う気持ちがまだ残っていたなんて。


「やっほ。
 ね。……──生きてる?」

 裏通りの、崩れた家屋の、その陰の中。
 何かから、逃げ込もうとしたのだろうか。
 安全地帯を狙って仕組まれた、罠。あるいは、雑に撒き散らしただけだったのか。
 罠にかかったのだろう。小さな子が、倒れていた。──くるぶしから先を、紅く濁らせた姿で。

藤白 真夜 >  
 『…………』

 返答は、無い。
 だが、わずかに顔がこちらを向く。生きている。生きてしまっていた。
 あの紅い毒の性質は、触れただけで理解った。
 感染系の、怪異に同化させる類のもの。
 ──あの様子じゃ、もう随分と進んでいる。かろうじて、命と自我を保っている、そんな姿で。

「……ん。
 まあ、別に、君を助けに来たヒーローとかじゃないんだけどね。がっかりさせたらごめんね?
 ──きみ、もう死ぬよ」

 しゃがみこんで、頬杖を付きながらその子を覗き込む。
 髪の毛はぼさぼさで、薄汚れた身なり。平均的な落第街の住人。よく見れば、少年かもしれない。少女かもしれない。どうでもよかった。
 突き放すような、絶望を知らしめるような言葉にも、彼/彼女は狼狽えない。
 ……可愛くない。その年頃なら、泣きわめくべきだろうに。

「わたし、シュミが悪くてさぁ~。
 ひとが死ぬとこ、大好きなの。
 だからさ、君のこと看取り()にきただけ。
 死神──ってのは烏滸がましいし、“位”がたんないかな? この島、居るし。
 そだね……野良犬ってとこかな。……もっと汚い喩えもされるんだけどね~。
 …………おこった?」

 その場に、あまりにかけ離れたあけすけな笑顔で、悪戯っ子のようにそう宣う。
 ……ここまでやっても、彼/彼女は、ただわたしを見ているだけだった。驚くほど、静かな……終わりかけの瞳で。

『…れ………い、から』

「……ん? なんて~?」

 はじめて、声が聞こえた。高い、子供の声。なのに、くぐもった響き。──死者の喘ぎ声。
 顔を寄せて、もういちど。

藤白 真夜 >  
『そこに、いて』
 
「──」

 人の死を、玩具のように扱う女の前で。
 彼/彼女は、それで良かったらしい。
 泣いちゃうんじゃない? とか。ちょっと煽りすぎたかな? とか。
 そんなことを考えてたわたしは、ぶっ飛んだ。頭ン中でね。

『……いっしょに、……いて……』

 最後の声を振り絞るかのように、請われた。
 こんな、死体に集る禿鷲みたいな真似をしてる女に向けて。

「……そう、なるのね」

 彼/彼女を見つけてからずっと浮かべていた上機嫌な笑顔は、かき消えていた。
 ……この街で、人間が死ぬのは当たり前だ。
 ましてや、子供。一番死にやすい。
 昔は砲弾だの飛んできたし、怪人も出てくるし、こうして怪異だって湧く。
 死ぬのは、当たり前だ。犠牲者が居るのは、当たり前だ。異常と幻想の入り混じったこの世界では、当たり前のことだった。

 ……でも、本当にそうだったかな。
 いや、わたしが何を言ったって、変わりゃしない。
 ただ、ただ……目の前のものを、美しく感じただけ。

「……ねえ。
 君はもう死ぬ。それは変えられない」

 ごろん。
 彼/彼女と並んで、寝そべった。
 眺めが最悪だった。
 汚い瓦礫の天井と、なんか粘ついた蜘蛛の巣みたいなのがへばりついてるだけ。星空が見えればよかったのに。

「それまで、いっしょにいてあげる。頼まれたからね。
 ……でもさ。君のソレ。理解るでしょ?
 たぶん、君が死んだら、ソレは君を乗っ取る。ソレが、君になる。
 そんな君と一緒には、わたしは居られない」
 
 きっと、何言ってんのかわかっちゃいないんだろーなー。
 そう思ったのに、ちらと横目で見たら、じっとわたしを見てる。くすんで、汚れて、濁った、末期(まつご)の目で。
 
「だからさ。
 ……お姉さんと取引しない?」

 その瞳が、微かに瞬く。理解ってるだろうにね。
 もう、何も起きやしないって。
 そういう現実なんだから、ここは。なのに。
 ──どうして、そんな目ができるんだろう。

「君の命、わたしにくれない?
 ……いや、ちょっと違うか。
 ──わたしが、きみのこと(ころ)していい?」

 言葉は、塞がれてた。その言葉を、“真夜”は許してないから。
 でも──

『……、──』

 彼/彼女は、頷いた。……はじめて、涙を溢しながら。
 

藤白 真夜 >  
「……そっか」

 許可。許可だ。被害者からの、心からの、許可。
 できる。これならば。
 内心は、欲望が渦巻いた。渦巻いている、はずだった。久しぶりの、それ。わたしが求め続けた甘美なもの。
 だが、思ったよりも落ち着けていた。子供が見ているから……なんて思いはしない。

「……ん? どうしたの?」

 わたしにとっては、望外の幸運。
 彼/彼女にとっては、当たり前の悲劇。
 その落差を考えるよりも先に、手がわたしの服を引っ張っていた。
 添い寝を乞うように、その顔が二の腕に近づく。それでもまるで、感じられない息吹。
 その顔を、静かに抱き寄せた。

「いくよ。
 ……少し、痛いかも」

 ぷつり。
 触れた肌と肌から、紅い雫がこぼれていく。お互いに、温度はごく低い。なのに、わたしの血だけは、火照るように熱かった。
 己の血を、己の異能を、彼/彼女の中へ送り込む。
 輸血なんて、丁寧なものじゃない。文字通り、体の中をまさぐるようなそれに……その子は、ひとつも痛がる様子も見せず……じっと、胸元からわたしを見上げていた。
 彼/彼女の中に、わたしが流れ込んでいく。
 ──丁寧では、いけない。一気に、完璧に、カタチを残さず■さないといけない。あの毒を追いやる力は、自分以外には渡せない。
 ──粗雑でも、ならない。全ての死を、わたしは愛しているから。
 むずかしい。
 面倒だ。
 わからない。
 ──でも、編み上げる。
 人の体と、血と血。血管と、心臓。
 それらを、合わせていく。
 パズルのように。慎重に、ガラスを撫でるように。
 異能をたぐる指先が、久々に痛む。
 それでも、続けた。
 すべて……すべて。
 ──彼/彼女を、■■ために。
 

藤白 真夜 >  
「……うん。
 じゃあ。……いこっか」

 準備は出来た。もっと、気の利いた台詞でも言えばよかった。ううん、普段なら言えるのに。今日は、違った。
 誰も見届けることのない。紅い血と異能で繋がった、ふたりだけの閨。──きっと、あの毒よりも強く、深く。

『……──』

 彼/彼女の言葉は、かすかに。たが、見ている。ただ、瞳が在った。
 その瞳が──

「ああ。
 ……きれい」

 わたしを見つめたまま。血で赤く、塗りつぶされた。
 
 ……ヒトのカタチは、残せない。
 乱暴で、でも一つも遺さない、最期。
 溶けて、消えていく彼/彼女を……紅い、血の沼が飲み込んだ。
 
「うん。……これで、一緒だよ。……ずーっと……。
 ふふ、真夜がうまくやるまで、ずっと。ね」

 わたしも、とろけていた。紅く、濡れ広がるように。音もなく、ひとつになる。
 彼/彼女の最期。彼/彼女の想念。彼/彼女の無念を。飲み込みながら。

「……おやすみなさい」

 生という長い苦しみに幕をひく、終わりの()を告げながら。
 独り、酔い痴れた。
 無垢で、無情の、されど。死を受け入れた、美しく強い魂を。
 

藤白 真夜 >  
「またひとり、増えちゃったねぇ。
 ほんとは、もっと増やしてる予定だったんだけどな。変なのにかすめとられたりするし。
 ……でも、大丈夫。……みんな、連れていくから」

 女の感情は、この街にはさして向いていない。
 その街に住む人間の悲劇にも、向いていない。
 ただ……そこに、現実に向き合う人間の逞しい命と……その美しい終わり。
 それを、愛でて、蒐めていた。
 自らのシュミのため。
 自ら(真夜)の願いのため。
 自ら(ふたり)の……命のために。

 いつぞやの花のように、意趣返しとはいかない。むしろ、好ましい。目的も美学も、合いはしないだろうけれど。

「……善く生きられると、いいね」

 その暗い街へ、声をかけた。
 いつ死が訪れるともわからないその場所は。
 ……ああ。わたしにとって、随分美しく見えるのだから。
 

ご案内:「◆落第街、裏通り(過激描写注意)」から藤白 真夜さんが去りました。