2024/06/30 のログ
ご案内:「黒街-裏路地」にシュエットさんが現れました。
シュエット >  
黒街(ブラックストリート)。その裏路地を、一人のエルフが駆けていた。

美術品と見紛う、風に靡く柔らかな金の髪と白の肌。
それらは、この薄汚れた街の空気には、あまりにも不釣り合いであった。

しかし、その瞳に湛えた鋭さは、ある意味この街に相応しいと言えるだろうか。

エルフの少女は、
先端に青色に輝くクリスタルが浮かんでいるロッドを前方へと掲げた。

暫しの後に、彼女の脳内に直接、ソナー音が鳴り響く。

数値測定(キャリブレーティング)――警戒(イエロー)
 空気もじっとりしてきましたね」

霊晶振動子(クリスタルユニット)を用いた反響測距を行うことで、
近場で穢を放っている存在を探知しているのだ。

定期的に鳴り響く音は、まるで鈴の音。

激しくはない。
しかし何処か急かすように響くそれは、黄色に輝き始めたクリスタルと共に、
近い距離に穢の元が迫っていることをエルフの少女に教えていた。

シュエット >  
『ふむ、周辺一帯に瘴気が満ちているということか。
 多くの人間が巻き込まれていないことを祈るばかりだ』

ロッドに組み込んだ携帯審神者から、エルフの少女の脳内に男の声が響いた。

ダンディな髭面の壮年男性――そのモノクルの奥の、にやついた目が、
エルフの少女の脳裏に浮かぶ。

ミスター・カーマイン。
祭祀局の抱える審神者の一人である。
好色家なのが玉に瑕だが、仕事ぶりは信頼できる男だ。


「それで、ミスター・カーマイン。
今回出現した怪異についての情報は?

緊急出動ってことで……大した情報は貰っていないんですよ。
正体についても、祭祀局の方で当を付けていただいたと聞いているのですが」

探知(ソナー)音に注意を祓いながら、歩を進めてゆく。

先から、人とはすれ違っていない。
黒街に入ってすぐの頃は、やれ一緒に遊ぼう、やれいくらで抱ける、などと。

頭が痛くなるほど声をかけられたものだが。
そんな声をかけてくる者は、既にここには居ない。

道中で瘴気に当てられて倒れている者が居ないか、
怪異の犠牲となってしまった者は居ないか、
視界の隅々まで注意を払うことも、少女は忘れない。

シュエット >  
「ミス・アリスブルー。
 いつも言っているが、情報は何よりも大切だからね。
 私としても、怪異の情報と魅力的な女性陣のスリーサイズだけは
 ばっちりと収集しているよ。はっはっは」

セクハラですよー訴えますよー、と低いトーンで返すエルフ。

そして、ミス・アリスブルー。
それが彼女のコードネームだ。
怪異相手に名を知られることは、致命的な結果を招くことに繋がりかねない。
故に使用している、偽名(コード)の一つだ。

「ところで、ミス・アリスブルーは、異界の出だが、
 『聊斎志異(りょうさいしい)』はご存知かな?」

脳内に、ぱちり、と指を鳴らす音がした。

「中国の……伝奇小説でしたかね?」

うーむ、と。顎に白く細い手をやる少女。


「ふむ、悪くない回答だ。近いと言えば、近いよ。

蒲松齢(ほ しょうれい)の『聊斎志異』が世に出てきたのは、清時代。

所謂、志怪(怪を記す)小説と呼ばれるジャンルの書物だよ。

伝奇小説は、唐代に志怪小説の流れを引き継いで出てきたものだ。

さて、この『聊斎志異』は、
当時の中国各地に伝わっていた怪異譚を編纂――収集して纏めたものでね。

ここでも語られているとある怪異が、
今回の事件を引き起こしていると、祭祀局側で当まではつけたところだ」

流暢に、一瞬の空白も怯みもなく語り続けるカーマインの声。
ミス・アリスブルー――シュエットは、
あちらこちらに真剣な目をやりながら、その音を頭に入れていた。

「あのー。私、今……授業受けてます?」

更に低いトーンの音が、少女から繰り出された。
眼の前にこの男が居たのなら、
きっと思う存分冷たい視線を向けていたことだろう。

「まぁまぁ、そう言わず。
ヒントになるかも知れないから聞いておきたまえよ。

いや何、その怪異の話が面白くってね。
清の時代に大規模な農民反乱――于七の乱というものがあったんだ。
そこで多数の死者が出た中で、李化龍という男が戦に巻き込まれてしまって。
この李化龍という男は、たいそう――」 
 

シュエット >  
 
「えーっと、今北三行(要約よろしく)?」 
 

シュエット >  
探知音は、少しずつその間隔を短くしていっている。

穢れの元まで、あと少しといったところだ。
神経を集中させ、視界内に入るもの、周囲の音。
そういった情報を受け取る感覚を研ぎ澄ませる。
このじめっとした空気の中、
あれこれと興味深い話をしてくれるのはありがたかったが、

今は任務中だ。
シュエットとしては、なるべく雑音(ノイズ)は、排除したかった。

「おや、すまないすまない。
この手の話になると興が乗ってしまってね。

この『聊斎志異』に出てくる話を纏めると。

対象の名は、野狗子(やくし)
半獣半人の怪異で、脳を好んで啜る。
力が強く、伝承では口を攻撃されて撃退されている。

こんなところか。これで十分かね? 
必要ならば、いくらでも補足は可能だが?」

路地の曲がり角、交差する道。壁に背を預けながら、上下左右へ気を配る。
冒険者時代、迷宮探索をしていた頃は、
こういったことは得意な人々が請け負ってくれていたものだが。
今は、自分で全て行わなければならない。シュエットは小さく、息を吐いた。

「ミスター・カーマイン。要約感謝します、概要は理解しました。
しかし、人間の脳を啜る怪物なんて、尖った怪異が居たものですね。
私の世界でも、聞いたことがない訳じゃないですけれども……」

重要な情報は聞くことができたからか、
シュエットからも少し深堀りする話題が振られた。

「そう思うだろう。思うだろうね。
ところがこの世界、特に中国の伝承では結構例があるのだよ。
『捜神記』に登場する、埋葬された死体の脳を食う(おう)や、
『子不語』に出てくる山和尚(さんおしょう)、他にも――」

待ってました、と言わんばかりに、
シュエットの脳内に朗々とした声が響き始めた。


「そ、そのくらいで大丈夫です。
 私が話振ったのが悪かったですね、ほんとごめんなさい……。
とか何とか言ってる間に、そろそろ穢の濃度も――……あら?」


数値測定(キャリブレーティング)――警告(レッド)

シュエット > それは、一瞬のことだった。
確かにロッドの先にあるクリスタルが赤く光った筈で。

探知音も一瞬、凄まじい勢いで鳴り響いた筈だったのだが。
どちらも一瞬にして、先と同じような反応(イエロー)へと戻っていた。

「いやぁ、すまないすまない。
 この辺りの文献や伝承には、昔から好むところでねぇ。
 
久々に血が騒いで、年甲斐もなく張り切ってしまったよ。
いや、エルフのキミにこんなこと言うのもなんだがね……。
あ、いやいや……別にキミが老けているとかいうわけではなく、
経験によって醸成されたオトナの魅力を持った素敵な女性だと……
む、ミス・アリスブルー、どうかしたかね?」

楽しそうに話していたミスター・カーマインだったが、
シュエットの反応を耳にして態度が一変した。

確認を行う声色は先ほどまでと打って変わって、低く落ち着いた音だった。

こういう切り替えのできる男だから、
仕事のパートナーとしてギリギリやっていけるのだ、と。
シュエットは心の底で改めて感じるのだった。

「そちらでは確認できませんでしたか? 
先ほど測定値が警告(レッド)まで行ったのですが、
今は消えてしまって……」

ロッドを振ったり、周囲を見渡したりしてみるが、
特に変化はないようだった。

頬に手をやりながら、
困った声色でシュエットはカーマインへと言葉を投げかけた。

そんな折。

シュエットの向かう先に、人が倒れているのが見えた。
制服を着た、少女のようだ。
血だらけで、かなりの大怪我をしているのが遠目にも見てとれた。

息は、おそらくあるが――手当をせねば、時間の問題だろう。
長年クレリックをしてきたシュエットの勘が、そう告げていた。

「……待って、人が倒れています。
ロッドからの映像データ、確認できますか?
酷い怪我をしているようです」

そう口にして、距離はそのままにロッドを前方へと翳す。
ロッドからは映像が送られており、
祭祀局(カーマイン)側で確認ができる仕組みだった。

シュエット >  
「……ふむ、確かに、生命活動は確認できる。
まだ助かる余地はあるようだ。
ミス・アリスブルー。
少し近寄って状況を確認いただけるかな?
こちらでも周辺の調査を行おう」

シュエットは頷くと一歩、また一歩と静かに少女へ近付いていく。
怪異が獲物を態々放置しているのには、訳がある。
おそらく何かしらの罠があるであろうことは、分かりきっていた。
もう、何度も経験済みだ。

少女は目を閉じたまま、ぐったりと壁に背を預けていた。
額と肩には大きな爪痕があり、未だに血を流している。

深い傷跡だ。
このような傷が、
自分の肌につけられたら――シュエットは思わず、
ぞくりと身を震わせた。

頭を振る。
まずは声をかけよう、そう考えて口を開いた瞬間、
シュエットの腕が彼女に掴まれる。


「た、助けて……! あの化け物を祓って! お願いだから……!
嫌だ、死にたくない……まだ死にたくないよぉ……!」

泣きながら、必死に腕を掴むその少女に対して、
シュエットは穏やかな笑みを浮かべた。

多くのものが『女神の微笑み』と口にする、
清廉な、そしてどこまでも包容力のある柔らかな笑みだ。

「落ち着いてください。もう大丈夫です。
少しだけ、手を添えますね。癒やしの術をかけますから――」

そう口にして、泣いている少女の額に、シュエットはそっと手を添えた。
白く眩い光が、彼女の手から放たれ始める。

その瞬間。彼女の脳内に、カーマインの大声が響いた。

「これは……付近に妖術の痕跡を検出した! 
 アリスブルー! まずい! その手を――」

シュエット >  
 
「――塵と砕けろ! 破壊の矢《アロー・オブ・ディストラクション》!」 
 

シュエット >  
彼女の内にある膨大な魔力が指先に集中し、一気に弾ける。
眩い閃光が辺りを包んだかと思えば、
轟音と共に床が――そして少女の頭部が砕かれる。

巻き上がった瓦礫の粉塵を浴びながら、
氷の如き視線で、シュエットは少女だったモノを見下ろしていた。

閃光が去り、薄暗くなった裏路地の中で、

ミス・アリスブルーの瞳だけが蒼く、蒼く輝いていた。


「人に擬態するクリーチャーなど、ごまんと居るものです。
そうして貴方がたは大概、犠牲者のフリをする。怪異も変わりませんね。
それに目覚めてすぐに私を見て、祓ってだなんて。
あからさま過ぎますよ。
……さて、これらに関しては、
こちらからの情報提供(お礼)ですよ、ミスター・カーマイン」

溶けていく少女の身体。
それはすぐにぼこぼこと歪に膨れ始め――少女の頭を破るように
男の頭部が現われたかと思えば。
一瞬にして少女の身体は弾け飛ぶ。
ドス黒い赤が、臓物が、骨が、飛び散った。

そうして、血しぶきの中央に居たのは、半人半獣の怪異だ。
黒い毛皮に覆われたそれは、眼前のエルフに憎しみの目を向けている。

「まずは、貴方に質問があります……っと、っ!?」

落ち着いた声色で、ロッドを構えるシュエット。
しかし怪異は、速い。疾い。

尋常でない速度でその巨腕を振るえば、
軽いシュエットの体は後方へ弾け飛んだ。

周囲の廃ビルの壁が崩れ落ち、怪異――野狗子に幾つも衝突したが、
化け物は、意に介していないようであった。

「馬鹿にしやがって……もうちょっとで啜れたんだがなァ。
ま、良いぜ。凌辱(狩り)は相手が抵抗する方が燃えるからなァ」

壁に吹き飛ばされて、そのまま背中を擦るようにしてずるずると倒れ込んだ
シュエットを、今度は怪異が見下ろす形となった。
嗜虐的な視線を向けながら、怪異は嗤っている。

シュエット >  
「ミス・アリスブルー! 大丈夫か……? 至急、救助要請を!
このままでは彼女がマズい!」

カーマインが呼び続けるも、シュエットからの反応は、ない。
精巧な人形のように微動だにしなくなったシュエットの腰を、
怪異の巨腕が掴み持ち上げた。

そうして空いた獣の手でシュエットの頭を掴みながら、
耳元で囁くように、にちゃにちゃと声を発する。

断末魔(絶望する声)が聞けねェのは残念だが……
 こんな美味そうな女、こりゃ我慢できねェわな。」

野狗子が、彼女の頭部を掴む手に力を入れようとした、その瞬間。
シュエットは、目を開いた。

「……一つだけ質問があります」

言葉を発したのは、他でもないシュエットだった。
巨腕に腰を掴まれたまま、開かれた視線は怪異の方へ向けられていた。
今までになく鋭い、それでいて何処か、穏やかな瞳であった。

「はっ、またそれか。 (エサ)が強がってんじゃねェよ……」

野狗子は、腰を掴んでいた腕に、力を込める。

それでも、シュエットの表情は崩れない。
寧ろ、その口元は余裕さえ湛えているようにも見えた。

「……一応。改めて聞いときますけど、
 この島で皆さんと平和に暮らしていくつもり、あります?

 あ、祭祀局(わたしたち)に使役されるってのでも良いんですけど……」

シュエットは、にこり、とあたたかな笑みを浮かべ、小首を傾げて見せた。
対する野狗子はと言えば、
身体を仰け反らせて大いに笑う。嗤う。嘲笑う。

「……ハッ! 良いぜェ?
 祭祀局とやらに入ってやらァ。
テメェを気持ち良くぶっ殺して、
さっきの女の身体みてェに、俺がいただいた上で――」

シュエット >  
シュエットの手が、光る。
先の攻撃で取り落としていたロッドが床から浮遊し、
一瞬の内に彼女の手に握られた。

間髪入れず。

シュエットは、そのロッドの先端を、野狗子の口に突き入れる
そうしてそのまま、野狗子の口の中でロッドを天へと向けた。

一切の容赦なく、冷徹に、冷酷に。

「……がッ……!? おごッ……デ、エ(テメェ)ッ……!
ユ゛ウザ、ネ(許さね)……」

獣の牙が、ロッドを噛み砕こうとする。
しかし、ロッドは砕けない。
その程度では、到底破壊し得ない。


「はぁ。口に物を入れておしゃべりだなんて――マナーがなってませんよ」

ロッドに彼女の魔力が集中する。
魔力が巡る。彼女の内側から溢れんばかりの力が、ロッドへと注ぎ込まれていく。
力は一点に集中し、放たれる。

それは、先よりも眩い――

「――穿て、破魔の聖弾《バレット・オブ・セイクリッド》 」

――破壊の閃光(ひかり)

白く細い光が、野狗子の脳天を突き抜けた。
その数瞬後。

極大の魔力がロッドから放たれ、一瞬にして怪異を消し飛ばした。


黒街にまるで雪のように降り注ぐ、白き光。

その中心に、シュエットは立っていた。

シュエット >  
「祓、完了――」

そう口にすると、血振りの形でロッドを振るった後に、
くるりと回して腰のベルトへと装着した。

それと同時に、残っていた怪異の欠片も、天へと霧散していった。

「全く、ヒヤヒヤさせてくれるね、ミス・アリスブルー」

カーマインが、頭を抱えているのが
シュエットの目にはありありと浮かんでいた。

「でも、ちゃんと仕事はこなしましたよ。どやぁ~」

腰に両手を置いて、胸を前に突き出すポーズをとるシュエット。
直後に、いてて、と蹲ることになるのであったが。
ついでにため息と息切れもついてくる。シュエットは体力がないのだ。

「どやぁ~、って……それって口で言うものかね?
しかしまぁ、良かったよ。
どうかね、頼れるサポート役の私と、この後デートというのは。
私は美しい女性の夜のサポートも、完璧! なのでね」

美樹(かのじょ)さんに言いつけますよ!?

 それに私、帰ったら傷を治して、
 メタラグのランク回さないとなんで……。
 あの怪異の身体(ガワ)として使われていた死体――生徒の件は、
 そちらにお任せしましたよ。

 じゃ、通信切りまーす」

ふぅ、と一息。

魔は祓っても、気は滅入る。

この仕事に携わっていれば、日常茶飯事ではあるが、それでも。
怪異に食い破られた肉塊。

そこに残された、彼女(犠牲者)の生徒手帳を手に持つ。
そこに映し出される、彼女の笑顔を見て。

シュエットは一人、唇を噛んだ。

「怖かった、ね……救えなくて、ごめんなさい……」

人知れず、シュエットは胸に手を置いて、祈り続ける。
その祈りは清らかな風に乗って、何処かへと消えていった。

「どうか、安らかな眠りがありますように」

明日は明日の風が吹く。

それでも、ああ。

今だけは。

心を静め、ここに祈ることを、どうか。

どうか――。

ご案内:「黒街-裏路地」からシュエットさんが去りました。